2017
04.16

怪談:17.4.16『姉弟掛け合い怪談-その13』


「古墳時代の人のユーレイかぁ…。
 イメージがさ、イマイチ湧いてこねぇんだよなぁ…。」
「えー、たまにはいいんじゃない。
 だって、ユーレイっていうとさ。
 まずは、髪の長い白いワンピースの女。次に、おかっぱ頭の少女。
 あとは、鎧着たざんばら髪の落ち武者って決まってるんだもん。
 日本のユーレイにおける三大コスプレに挑戦してるって意味で、
 かなり斬新な怪談だと思うんだけどなー。
 ぶぶっ。アッハッハ。」
「あのね。怪談はね。斬新とか、別になくていいの!
 お決まりのシチューエーションで、お決まりのヤツが出てくれば、
 それでみんな、全然OKなの!」
「あぁー、それはマニアの意見よ。
 そういうのはダメよ。わたしはキライ。」
「なにがダメなんだよー。
 娯楽なんだもん。楽しければそれでいいんだよ。
 そりゃーね。変わった珍しい話が聞きたいって、みんな言うよ。
 でもね。その“変わってて珍しい”は、
 いつもの話からは逸脱しない程度の“変わってて珍しい”でしかないんだよ。」
「なによそれ。ワケわかんない。」
「それの中の、それをさらに狭めた特定のパターンにこだわるからこそマニアなんじゃん。
 それは、別に怪談だけじゃないよ。
 マニアというのは、どんなもののマニアでもそんなもんだって。」
「あぁ…。
 そう言われてみれば、そんなもんかもねぇー。」
「へっへっへ。」
「なによ、そのエラっそうな笑い。
 ていうかさ。そのマニアたるアンタは、じゃぁどんな話がいいって言うのよ?
 マニアのマニアによるマニアのための怪談っていうの、話してみなさいよ。」
「え、いいの?ホントに?ヘヘーっ。
 じゃぁさ。これは大学ん時の友だちのK五から聞いた話。
 大学の3年の6月くらいのことだったらしいんだけどさ。
 そのK五の中学ん時からの友だちのM岡って人が、
 その頃、変に元気がないことに気がついたんだって。
 というのも、なんだか付き合いが妙に悪いんだとかでさ。
 でね。まーさ、K五っていうのは、よくも悪くも自己中心的っていうか、
 自分の基準を他の人にもあてはめちゃうとこがあってね。
 つまり、K五にとっては、元気ない=女にフラれた、なわけ。
 だから、まー、K五からすれば純粋に親切なんだけどね。ハハハ。
 そのM岡クンを合コンに誘ったわけよ。
 ところが、そのM岡クンが断っちゃったもんだから――。」
「あー、怒りだしちゃったんだ。」
「そう、それ。」
「いるよねー、そういう人。ふふふ。」
「ま、本人はそうは言わなかったけどさ。
 でも、たぶんそのM岡クンってさ。
 K五から、せっかくオレがお膳立てした合コンを断ったことで、
 オレはオマエにこんなにも傷つけられたんだってさ。
 ネチネチと延々文句を言われたんだと思うんだ。
 いやさ、K五ってそういうヤツなのよ。アハハ。
 まー、わるいヤツじゃないんだけどねー。
 だからさ、そのM岡クン。
 K五を宥めるのに、この話、仕方なくしたんじゃないかって……。」
 

 あの日、オレたち4人が古い町並みで有名なQ町に行ったのは、ホントたまたまだった。
 Q町って、もちろん名前くらいは聞いたことはあった。その古い町並みをテレビか何かで見たことだってあったかもしれない。
 ただ、そこに行きたいと特に思ったことはなかった。
 それは、一緒に旅行に行った3人も同じだったと思う。
 
 その旅行の日。
 オレとN原、さらにそれぞれの彼女という4人が乗ったクルマは、高速道路をずっと走っていた。
 というのは、どこに行くかまだ決まってなかったからだ。
 旅行に行くのに目的地が決まってないって、そんなことあるのかと思うかもしれないがその時は本当にそうだった。
 そう。そういえば、そんな当日になっても目的地が決まってない旅行にオレたち4人が行くことになったのも、ホントたまたまだった。

 その何週間か前、4人で居酒屋で飲んでいた時だった。
 「旅行に行きたい」と最初に言ったのって、誰だったのだろう?全く思い出せない。
 その「旅行に行きたい」って話は、いつの間にか「いつ行きたい?」って話になって。
 やっぱり、誰だったか憶えてない誰かが「今度のゴールデンウィーク、空いてるけど」と言うと、たまたま全員空いていた。
 急にテンションが上がったオレたちは、その瞬間ゴールデンウィークにクルマで旅行に行くことが決まっていた。
 そのくせ、具体的にどこに行こうという話にはならなかった。

 でも、まさか行くその日クルマに4人が乗り込んだ時点でも、行き先が決まってないとは思ってもみなかった。
 当日の朝、4人が集まったら、オレもみんなもとにかく楽しくって。いつものごとくしゃべったり笑ったりしていたのだが、クルマに乗り込んで、やっとそのことに気がついたのだ。
 「あれ?今日って、どこに行くんだっけ!?」って。
 あの時っていうのはオレたち4人、思わずきょとんと顔を見合わせて。
 でも、その一瞬後、オレたち4人はクルマの中で、それこそ腹を抱えるようにして笑っていた。
 そんな、5月の朝だというのに夏のような色鮮やかな日の光が差し込んでいたクルマの中。
 オレたちは、旅行に行くっていうのにクルマを1センチも動かすことなく、ただただ笑い転げていた。
 そう。あの旅行は、そんな風にメチャクチャ楽しく始まったのだ。

 そんな楽しく始まったオレたち4人の旅行だったが、クルマをどこへ走らせたらいいのかさえ決まってないというのはさすがに困った。
 でも、それはN原が変な、しかし面白い案を出したことで、たちまち解決した。
 つまり、オレたち4人に、それぞれ東北道、関越道、中央道、東名と割り当てて。ジャンケンして勝った高速をとりあえず走って、その後も途中途中でジャンケンして決めるという…。
 そんなわけで、ある高速をずっと走ったオレたちだったが、サービスエリアでたまたま目に留まったパンフレットが、古い町並みで有名なQ町だったというわけだ。


 オレたちがQ町に着いたのは、お昼過ぎだった。
 まずは食事をしようってことになって。郷土料理の店でソバをすすっていたのだが、その混雑ぶりにやっと気がついたのだろう。N原が今夜泊まる所と確保しないとヤバイと言い出した。
 何気に店員のおばちゃんに聞いたら、近くに宿泊案内所があるということで、とりあえずは落ち着いて食事を終えた。
 ところが、店を出ると観光客はさっきより増えていて。
 さすがに慌てたオレたちは、もう半ば走るように宿泊案内所に向かった。
 でも、そこはお客なんて一人もいなくって。ちょっと拍子抜けした。
 というか、普通、旅行というのはあらかじめ宿泊先を決めてから来るものなんだろう。
 そんなわけで、「泊まる所を紹介してほしいんですけど」って、オレたちが入っていくと、よっぽど暇だったのだろう。ずっと小さなテレビを見ていたらしいお爺さんが慌てて応対してくれた。

「えっ!今日かい?うーん。どうだろう?今日だよねぇ…。
 それで部屋は1部屋?2部屋?
 あー、まー、アベックさん2組だもん、そりゃ2部屋だよねぇ…。」
 宿泊案内所のお爺さんはそう言いながら、何やらノートの上からずーっと指をなぞっている。
「いえ。ないならまぁ1部屋でもしょうがないんですけどー。
 でもまぁなるべく2部屋あると助かるっていうかー。
 ないと、ちょっとヤバイっていうかー。」
 ちなみに、オレたちは──少なくとも今日は──オレとN原で一部屋、彼女たちで一部屋という組み合わせで泊まるつもりでいた。
 つまり、オレもN原も彼女とはまだそんな関係ではなかったということだ。

「あっ!お兄さんたち…。」
 ノートを眺めていたお爺さんが、嬉しそうに顔を上げた。
「あ、ありました?」
「お兄さんたち、運がいいよー。
 Q旅館で、今日キャンセル出てるねー。うん。2部屋。」
「えっ、ホントですか。やった!
 おい、大丈夫、あるってよ。うん、2部屋!」
「やったーっ、ラッキー!お爺さん、さすがっ!」
 N原とオレが振り返りながらそう言うと、彼女たち2人もやっぱり手を取り合って大喜び。調子よく、宿泊案内所のお爺さんをおだてたりしてていた。

「あれ?そういえば、お兄さんたちって何で来てるの?クルマ?」
「はい。クルマですけど…。」
「うん。ならいいや。
 いやね、このQ旅館っていう旅館、ここからちょっと離れてるんだよ。
 つったってね、クルマなら5分くらいのとこなんだけどね。
 まぁクルマだってことだし…、いいよね?」 
「ええ、全然。」
「うん。じゃあさ、ちょっと待ってよねぇー。
 電話しちゃうからさー。」
 宿泊案内所のお爺さんは、まだ相手が出ない電話の受話器を耳につけたまま、顔をこっちに向けた。
「Q旅館って、ちょっと離れてんだけどね。
 でもこの辺より静かだから、かえってゆっくり出来ていいと思──。
 あ、出た。ちょっと待ってねー。」
 そう言って、今度は旅館の人となにやら話しだした。

「あれ?そういえば宿泊料金っていくらなんだっけ?」
 と、オレがN原の顔を見ると。
「うん。だから…。そういうのも含めて、
 今、お爺さんが確認してくれてんじゃねーのか?」
「あ、そういうことか…。」
 ちょうどそのタイミングだった。
「お兄さんたちさ。
 飛び込みだからおまけして、一人、一泊朝夕付きで5500円だって言ってるけど…。
 どうだい?」
 それから3分も経たなかったろう。
 オレたちは、そのQ旅館に向かってクルマを走らせていた。

 オレは旅行とかあまりする方じゃなかっから、旅館の相場なんてよくわからない。
 ただ、5500円って聞いた時は、いくらなんでも高いとは思わなかったけれど、でも特に安いとも思わなかった。
 でも、その当時5500円という宿泊料金は「まぁそんなもんだろ」っていう感じだったように思う。
 現にその時、オレ以外の3人もその料金について、特に何も言わなかった。


 宿泊案内所のお爺さんが「静かなところ」と言っていた、そのQ旅館だったが、実際、クルマを走らせると、辺りはあっという間に山々に囲まれていた。
 ただ、そこに着いて。そのQ旅館を見た時は、思わず言葉が止ってしまったのを憶えている。
 というのも、「泊まる所」というとリゾートホテルとかペンションみたいなのを想像していたオレからすると、それは時代劇のあの旅籠に近かったのだ。
 それが木造2階建で、やけにこじんまり見えるのもその印象を強くしていたのだろう。
 もっとも、オレを除く3人、特に女性2人なんかは、「なんだかいいムード」とはしゃいでもいたんだけれど。
 
 ところが…
 本当に驚いたのは、そのQ旅館の玄関の格子戸を開けた時だった。
 戸を開けた瞬間向こうにあった、その黒ずんだ色合いの深さときたら…
 そして、その飴色がかった黒の柱や天井をはしる梁の太さ…
 それは自分の家のペラペラな柱や梁をそれと思っていたオレたち4人からすれば、なんだか圧倒されるような迫力で。
「うぅっわぁぁーっ!すっごーい!」
「なんか素敵…。」
 いや。女性2人からは、やっぱり感嘆の声があがっていたのだが…。

 そんな声が聞こえたのだろう。
 大きな暖簾をひらりと翻ったかと思ったら、50代くらいのおじさんとおばさんが微笑みながら出てきた。
「あぁお待ちしてました。
 今、案内所から電話あった方ですよね?
 どうぞ、どうぞ。まずお上がりください。」
 2人とも、とにかくニコニコ笑顔で愛想がいい。
 そんな愛想のよさと、宿泊案内所の話がちゃんと通っているらしいことに、すっかり安心したオレたち4人。おじさんおばさんと世間話をしたり、圧倒されそうな室内を見回したり見上げたり。

 格子戸を開けた時も驚いたが、中に入ってさらに驚いたのは、この旅館、実はかなり奥があったことだった。
 ウナギの寝床というのか?表のこじんまりした様子とは裏腹に、階段の手前向こうに真っ直ぐな廊下がかなり奥まで伸びていて。そこは、元々あまり陽の光が入らないのか、それともこの壁や柱の黒の色が光を吸収してしまうのか、奥まで見通せない。

「お部屋、もう入れますんで、まずご案内しましょう。
 ただ、申し訳ないんですけど、
 キャンセルのお部屋なんで、二つは離れちゃっているんですよ。
 それは、大丈夫ですかねぇ?」
 その宿のおじさんの言葉を聞いて、N原が振り返った。
「うん。別にいいだろ?」
「うん。ま、いいよな?」
「申し訳ないですねぇー。
 じゃぁお部屋、ご案内しましょう。」
 宿のおじさんはそう言うと、相変らずのニコニコ顔で振り返り、振り返り、階段を上がりだした。
 つられるように階段を上るオレたち。
 何気に振り返ると、階段の下では宿のおばさんがやっぱりニコニコと笑って見送っていた。


 階段を上がったそこには、やっぱり下と同じく長い廊下があった。
 それは、1階と同じような静々とした暗さが、ずぅーっと奥まで続いていて。奥までは視線が届かないような、そんな感覚があった。
「うわっ!すっごい奥…。」
 思わず出てしまったのだろう。ちょっと遅れて上がってきたN原の彼女がつぶやくと。
 その声が聞こえたのだろう。また宿のおじさんが例のニコニコ顔で振り返って言った。
「みなさん、そうおっしゃるんですけどー。
 いえね。実際は、それほど長くもないんですよ。
 とにかく真っ直ぐなせいなんですかねぇ?
 こう、ずーっと線が延びている感じが、みなさんそんな風に思われるじゃないかって、
 ウチの者たちは言ってるんですけどね…。」
「あー、そう…。
 なんだかさ、2階に上がった瞬間、
 まるで遠近法の見本でも見せられてるみたいだって思ったんだよなぁ…。」
 そのN原の言葉に、宿のおじさんはまた振り返って笑顔で答えている。

 遠近法の見本…。
 まさにそんな感じだった。
 廊下の両端の線。天井の両端の線。そして梁の線。
 等間隔で並んでいる部屋の戸が、奥に行くにしたがってそれらの線に従うように小さくなっていって…
 あと、柱や廊下の色がとにかく黒くて濃くて。さらに壁も濃い沈んだ色であるせいもあるのかもしれない。
 天井と廊下の四隅の線と、鴨居の線。さらに所々にある部屋の戸の線をずぅーっと目で追っていくと、何だか廊下の奥に吸い込まれてしまいそうな…。
 そんな錯覚を覚えるほどだった。

 そんなことを、やっぱりみんなも思っていたのか?
 それとも、さっきまでの5月の太陽がウソのようにヒンヤリと暗い、この廊下の雰囲気に呑まれてしまったのか。
 つい今まではしゃぎまわっていたのがウソのように、オレたち4人は宿のおじさんの後ろを静々と歩いていた。
 それは、話す時でさえ、思わずヒソヒソ声で話しているような有り様。
 そんなオレたち4人とは対照的だったのが、宿のおじさんだった。
 歩きながら何度も振り返っては、例の笑顔でオレたちに話しかけてきた。
 それは、その廊下を3分の2も歩いたところだったか。
 おじさんが、またくるっと振り返ったと思ったら、今度は足を止めた。
「一つ目のお部屋は、ここになります。
 こちらは、どちらさまがご利用になります?」
 
 その声につられるように入った部屋は、意外に普通の部屋だった。
 もちろん、廊下や1階と同じように柱や梁は、太く黒ずんでいた。
 でも、壁や畳は新しかったし。窓からは、5月の太陽の光が燦々とさしこんでいた。
 部屋の端の床の間のようになった所には、お決まりの100円を入れて見る小さなテレビもあって。
 そんな、どこにでもある旅館の、どこにでもある部屋だった。

「どうする?どっちが泊まる?」
 N原が女性二人を促すと。彼女たちは顔を見合わしていたが、「ねぇ、もう一つの部屋も見てから決めない?」と言ったのを、宿のおじさんが素早く引き取った。
「あ、そうですね。そのほうが…。
 それじゃぁすみませんけど。先ほども申し上げましたように、
 もう一つのお部屋はちょっと離れちゃってるんですよ。
 ホントごめんなさいねー。」
「いえ、そんな。空いてただけでありがたいんで…。」
「じゃぁ、ご案内しましょう。
 実はね、そっちは別棟でして。
 ま、一応新館ってなっているんですけど…。
 でもまぁお客さんたちみたいなお若い方からしたら、
 あまり新館って感じじゃないかもしれないなぁー。ハハハ。
 いえ。すみません。じゃぁさっそく…。」
 宿のおじさんはそう言うと、招くようにオレたちをあの暗く長い廊下へと連れ出して。そして、またあの廊下を歩き出した。


 その部屋から出てちょっと歩くと、そこは廊下の突き当たりになっていた。
 あれ?この廊下、いつの間に…
 思ったよりも全然早く廊下が終わっていたことに怪訝に思うより早く、その廊下が左に直角に曲がっているのに気がついた。
 宿のおじさんが言っていたように、この廊下は長く見えるだけなんだな…とオレは見まわしていて。
 その時、ふと目がいったのは、天井からぶら下がっていた非常口ランプ。
 その、例の緑色の場違いな感じ…。
 見慣れてるはずのソレがここではとても異様にさえ見えて、思わず見入ってしまったのだ。

「ここから新館になるんですよ。
 お部屋は、この廊下の突き当たりになります。」
 宿のおじさんについて直角に曲がった廊下の先は、新館とはおおよそ名ばかりだった。
 そこは、今まで歩いてきた廊下――本館?――の古さと全く変わらない。
 いや。というより、いつの間にか今までの廊下に戻ったのか?と思ってしまうくらい、やっぱり遠近法の見本のような廊下がずーっと。奥まで伸びていた。

 それは、曲がる前の廊下と同じく、天井と床の四隅の直線、その他の直線がすぼまるようにずぅーっと伸びていて。
 等間隔に並んでいる各部屋のドア、柱…。
 飴色を帯びた黒の柱や壁も、外の光が入ってこないのも、それらをじっと見ているとクラっとくる感覚があるのも、それはまったく同じ。
 さらには、あちこちキョロキョロさせながら一人遅れて歩いていたN原の彼女が、「うわっ!まったすごい奥…。」ってつぶやいたのも、やっぱり同じ。
「ハハハ…。
 ほんと、先ほども言いましたけど、
 みなさんがおっしゃるほど、この廊下って、長くはないんですよ。」
 そう言って、相変わらずニコニコ笑っている宿のおじさん。
 …って、考えてみればそれまで同じだった。

 そんなことを考えていたら、前を歩いていた宿のおじさんが急に振り返った。
 そして、例のニコニコ愛想のよい顔で、オレの顔を見て言った。
「ほら、ちょっと後ろを振り返って見てください。」
「えっ!?」
 見れば、あの非常口の緑色のランプがぶら下がっている直角の曲がり角が、意外なくらいすぐそこにある。
「あれぇ!?」
「ね?」
 その声につられるように前を向いた途端ぶつかったのは、なんとも嬉しそうなおじさんの顔。
「えー、なんだろ?
 ずいぶん歩いた気がしたんだけど…。」
「いいえー。わたくしどもの旅館は、
 そんな大旅館ではございませんから。ふふふ…。
 さ、お部屋はすぐそこですよ。」

 入った部屋は、先ほどの部屋とほとんど同じだった。
 しいて言えば、この部屋の方がちょっとだけ広いような。
「なぁM岡。オレたちがこっちの方がいいんじゃねぇかぁ。
 こっちの方が少し広いみたいだから、みんなで話するのにいいしさ。
 あと多少声が大きくなっても、ここって一番奥だしさ。」
 N原にそう言われると、オレも女性2人も特に異存はなかった。
 というより、部屋自体はほとんど一緒で、異存も何もなかったのだろう。

「お兄さん方がこちらになさいますか?
 それじゃぁ、私はお茶をお持ちしますんで。」
 そう言って、いそいそ部屋を出かけた宿のおじさんに、N原が慌てて声をかけた。
「あ、すみません。宿代って…。」
「あれ?案内所の人、言ってませんでした?
 すみません。お客さんたち飛び込みなんで、
 サービスさせていただいて5500円ってことでお願いしたいんですけど。」
「あ、いえ。聞いてはいたんですけど…。
 ただ、ここ、ずいぶん立派なんでー。
 ホントにそれで大丈夫なのかって、ちょっと心配になっちゃって…。」
「そうっ!そう。
 実はさ、オレもそれずっと心配だったんだよー。
 玄関入った時、一瞬、回れ右しようと思ったくらい。ハハハ。」
「そうそう。さっきね?」
「うん。」
 それは、うなずき合っている女の子2人。
「わたしたちも、それ言ってたのよ。」
 なんのことはない。実は4人とも、この宿に入った時からずっとそれを心配していたらしかった。
「ハハハ。大丈夫ですよ。お一人5500円で間違いないですよ。
 じゃぁ、わたしはお茶をお持ちしますんで。
 あっ。あと、お嬢さんたちを先ほどのお部屋にご案内しないと。
 じゃ、よろしかったら行きましょうか?」
「あっ、そうだった。
 うん、じゃぁ。荷物置いたらまた来るから…。」
 彼女たちはそう言うと、宿のおじさんと一緒に笑いながら部屋を出て行った。

「ふぅぅー…。」
 それは、彼女たち2人と宿のおじさんが出ていった途端だった。
 いきなり、畳にドサっと大の字になったN原は、寝転がった状態で思いっきり伸びをした。
そのままの格好で天井をじっと見つめているN原が、ちょっと離れた所に座っていたオレの顔を見た。
「いやー、ホント行き当たりばったりで、一時はどうなるかと思ったけど…。
 でも、結構どうにでもなっちゃうもんだなぁー。」
「うん。しっかしなんて言うか…。
 今ここにいることが考えられないって言うのか…。」
「そう!ホントそれだよ。なぁM岡さ。
 オマエ、今日オレたちがQ町に来て、ここでこうしてるなんて、今朝、思ったか?
 いやぁ思わねぇよなぁー、そんなこと…。」
 その時には、やっぱりオレも畳に大の字になっていた。
「うん。そう、まぁなんとかなっちゃうもんなんだな。
 まーよ。明日もこの調子でさ、よろしくな!」
「おぅ。こっちこそ…。」
 そう。あの時オレたちは、そうやってしばらく天井を見ながらずっと笑っていたのだ。
 その夜起こることなんて露ほどにも考えもしないで……


「あ、そうだ。」
 いきなり起き上ったN原。
「どうしたんだよ?」
「うん。ちょっと家に電話してくる。」
「えぇ?そんなの夜でいいだろ。」
「ウチ、今日、夜は出かけるとか言ってたんだよ。
 うん。めんどくさいから、ちょっと行ってくるわ。」
 そう言って立ち上がったN原は、引き戸を開けて廊下へ。
 それを寝転びながら見送っていたオレは、ふと起き上って。四つん這いのままズルズルと部屋の戸を開ければ──。
「っ…。」
 それは、あの遠近法の見本のような廊下の線の中で、どんどん小さくなっていくN原の後姿。
「おい!なぁ、おい、N原!N原ってば!」
 変な話だけれど、どのくらいの声を出せばN原の後姿に届くのか、感覚がつかめないのだ。
「N原!N原ってばっ──。」
 それは廊下のどの辺りなのか、やっと振り返ったN原。
「あのさー、お茶!お茶さ、みんなで飲もうぜぇー。
 だから湯呑み、4人分貰って来いよぉー。」
 オレが言ったことがわかったのだろう。
 廊下の四隅の線の中で、うなずきながら手でOKサインしているN原の姿。しかし、それはすぐに後姿となって、OKサインは手を振る仕種に。
 それは、天井と廊下、4本の線がすぼまっていくのと一緒に小さくなっていくN原の後姿……

 いや。この廊下はそんなに長くはない。
 N原の姿がだんだん小さくなるように見えるなんて、そんなことあるわけないのだ。
 なのに、その時。オレは、すっかり小さくなったN原の姿が廊下の奥を曲がるまで、それをずっと見つめていた。



                   ―― 『姉弟掛け合い怪談:その13』〈つづく〉

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コメント
雰囲気が良いですねえ。
5500円、えらく安くない? とこちらもドキドキしながら読んでます。若い子で旅行しないと分からないのかなー。

いわくありげな旅館。いわくありげな料金。
はたしてどんな事件が起きるのか、楽しみにしております。
椿dot 2017.04.16 20:02 | 編集
椿さん、コメントありがとうございました

> 雰囲気が良いですねえ。

ありがとうございまーす。

> 5500円、えらく安くない?

結構前のことらしいんで。
仮に飛び込みで1000円値引いてくれたとして、普通に泊まったら6500円だったら、当時だったらまぁ普通くらい?(笑)

> はたしてどんな事件が起きるのか、楽しみにしております。

鬼が出るか蛇が出るか。はたまたオバケが出るのか…、ていうか、オバケが出る話だった(爆)
百物語ガールdot 2017.04.22 00:57 | 編集
> 普通に泊まったら6500円
おー。宿泊場所によるかもしれませんが、学生の頃旅行に行く時に自分で宿を取るのにはまって(?)て。
京都とか仙台とかで、ビジネスホテルの素泊まりで五~六千円だったので、ちゃんとした食事つきの旅館は一万円前後のイメージがありました。
でも場所により相場は結構違うかもですね。
(そしてこの安さが気になるかも?)
椿dot 2017.04.23 00:12 | 編集
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