2014
03.01

72話目 ~3話中1話目

Category: 怪談話


 お寒い日が続いていますが……
 
 しんしんと冷え込む夜といえば、やっぱり怪談・奇談の世界に静か~に浸るに限ります。
 現在あなたがパソコンを見ている、明るくほかほか暖か~い、その部屋。
 でも、そんな幸せな部屋を一歩外に出れば…

 そこは、染み入るような冷たい風が吹きぬける、あるいは雪がしんしんと降り積もる真冬の夜の世界。
 そこは、今この時も怖ぁ~いこと、不思議ぃ~なことが起きているのかもしれない世界…

 えっ。寒い日に怪談なんて、ゾクゾクしちゃってよけい寒いじゃねーかよって?
 いえいえ。
 ゾクゾクするのはお話のせいじゃなくって。
 (だって、そんな怖いお話をする気はありませんし…)
 それは、もしかしたら今あなたの家の窓の外に、身も心も凍えさせたナニカがいるからなのかもしれませんよ。

 冬の夜っていうのは、外にいる「誰」もが凍えているもんだから…
 ぽかぽか暖かそうな部屋を見かけると……

 ふっと中を覗きたくなるってもんなんです。




 それは何年か前のとっても寒かった冬のこと。
 その夜、Aさんは残業で一人会社に…

 オフィス街っていうのは夜。それも深夜になると、東京のど真ん中でも、ちょっとびっくりするくらい静まりかえっているもの。
 クルマなんて、時々タクシーが通り過ぎていくくらい。
 たまに通る人も、コートの襟を立てたりマフラーを口元まで巻いて。
 むっつり足早に、なぜだか妙に薄暗く見える明かりの点く地下鉄の出入口に消えていくばかり。

 ビルが高いせいなのか。
 それとも、オフィス街であるため店があまりないせいなのか。
 そこは、大都会のど真ん中だっていうのに変に暗くて。
 いや。遠くに目をやれば、あちこちのビルの窓に、ぽつんぽつんと明かりが灯っているのが見えるのに。
 でも、それが明るい分、まわりの窓が暗ーく沈んでいるような、なんだかそんな錯覚を覚える…。

 そして、それは建ち並ぶビルの根元がある地上も同じこと。
 エントランスや、ビルとビルの間のベンチがあったり木々が植わっていたりするわずかなスペース──そこは、昼間はサラリーマンやOLの憩いの場だったりするのに──は、不思議なくらい光が届いてこない。
 そこにだって、明かりはあるのに。
 それなのに、そこはなぜかとても暗く感じてしまう。

 そう。
 そこは昼間…
 そこにある、そのベンチで、恋人を横取りされたOLが、戻ってきて欲しいという希求と未練の思い、それと自分をこんな目に合わせることの怨嗟の思いのこもったメールをその彼氏に送った場所だから…?
 あるいは、最後の最後の土壇場で契約を他社に奪われ、けんもほろろに追い返された営業マンが悔し涙を流した場所だから…?
 あるいは、社内の出世競争の中、ライバル社員を蹴落とすための罠を仕掛ける計画を練った場所だからか……

 様々な黒く、そしてその黒さゆえに強い思いが滲みこんだ、そんな暗い場所を、からっ風が音をたてて吹きぬけていく、そんな真冬の夜。


 とはいえ、Aさん。
 その時、Aさんがそんなことを考えていたってわけではなく。
 というか、そんなこと考える余裕なんて全く皆無な状態。
 ま、つまり。
 だから、残業しているわけでー。

 ていうか、そもそも。
 そんなことに気を散らされる程度の忙しさなら、とっとと家に帰っちゃって。
 明日の朝ちょっと早めに出てきて、一気に片付けたほうがよっぽど効率的ってもの。

 だから、当然。
 その夜のAさんの頭の中には、同僚たちの間でなにかの折に話題になる、出張先で亡くなったある社員にまつわるあの話…。
 あるいは、行き先のない不倫の果てに結局死を選ぶしかなかった、例のOLの話なんて、これっぽちだってなかった。

 そう、Aさんの頭にあったのは…
 とにかくこの仕事を終電前に片付けて、一刻も早く帰って寝たいってことだけ。

 とはいえ、Aさん。
 今日一日、打合せやら何やらで飛び回って疲れていたわりには、仕事は着々と片付いて。
 そんなわけで、会社の裏口の重い戸を開けて出たのは、午前0時まであと15分か20分くらいという頃だった。


 電話がかかってこない分、夜は仕事がはかどるよなぁーなんて思いながら、あの暗いオフィス街を一人歩いるAさん。
 もちろん、そこはAさん以外誰も歩いてなかった。
 思わずうぅぅーって口から出ちゃうような、冷たいからっ風が吹きぬけていくばかり。
 今、Aさんの背中を竦ませたばかりのその風は、今度は葉っぱが一枚もない街路樹をぐらんぐらん揺らしている。
 それを見るともなく見上げて、足を早めたAさん。
 ま、寒いのは寒いのだが。
 予定の仕事をちゃんと片付けたこと。そして、その出来具合にもAさんは充足感と安堵を感じていた。


 そんなAさんの歩く先に見えてきた、地下鉄の駅の入口の灯り。
 でもそれは、虚ろに薄暗い。
 ビルが建ち並ぶ場所のせいなのか、それともわざと暗めにしてあるのか。
 もっと明るく感じられる地下鉄の入口だってあると思うのだが…

 階段も、やっぱりAさん以外誰もいなかった。
 そんな階段を降りていくと。
 出たのは、やっぱり人っ子一人いない地下の通路。
 そんなガラーンとした空間を、Aさんは今日の仕事のこと、明日の午前中やらなきゃならない仕事のことを考えつつ。
 灯りだけが妙に眩しい、がらんとした改札を横目に見て、さらに歩く。

 誰もいない長い通路…。
 そこは、何の音もなくて。
 ただただ、黙々と歩いているAさん……

 Aさんの歩く通路は、いきなり直角に折れて。
 と、そこに現れたのは、さらに地下深くへと降りていく長い階段とエスカレーター。
 その、やっぱりAさん以外誰もいないその空間。
 Aさんから見て、一番手前には階段。
 その向こうは、下に向かって降りていくエスカレーターが一基。
 さらに向こうには、上ってくるエスカレーターが2基。
 一番向こうのエスカレーターは、もう止っているのか……

 下りのエスカレーターのステップに足を下ろすと、ガタンという音がした。
 徐々に下に降りていく、Aさんの体。

 うぉんうぉんうぉんうぉんうぉんうぉんうぉんうぉんうぉん……
 するするするするするするするするするするするするする……
 それは、延々と続いているエスカレーターが発する音。
 それ以外、何の音もなかった。


 その、ガラーンとした空間は、天井がエスカレーターの傾斜と平行しているから下が見えない。
 そのくらい、はるか下まで続いている、長い長いエスカレーター。

 周りがあまりに静かなせいか、エスカレーターのうぉんうぉんうぉん、するするするするというかすかな音が、やけに耳にはいってくる。
 Aさん、普段ならそんなことないのに。
 なぜだか、ふと後ろが気になって…。
 何気なく振り返っても、もちろんAさん以外誰もいない。

 そこは…
 うぉんうぉんするするという音とともに、次々に降りていくエスカレーターのステップと手すりのベルト。
 そして反対に。その右側にある上りのエスカレーターベルトが、するする上がってくるのが見えるだけ。
 そんな、がらーんとした巨大な斜めの空間……


「ふぅー…。なんか、疲れたな…。」
 Aさんの口から、思わずこぼれ落ちたひとり言。
 その長いエスカレーターはやっと半ば。
 4基並んだエスカレーターと1つの階段。
 真夜中のそんな空間の中ほどに、Aさんはたった一人。

 うぉんうぉんうぉん…。するするするする…。
 Aさんしかいないのに、動き続けているエスカレーター……

 その時。ステップにずっと立っているだけだったAさんがエスカレーターを歩いて降り出したのは、いいかげんそのエスカレーターの長さに飽きたからなのか。
 それとも、歩きださければならないような何かを感じたからなのか。
 ガタン、ガタンと1歩2歩。3歩4歩と、エスカレーターを降り始めたAさん。
 でも、そんなAさんとは関係なく、エスカレーターも動き続けていた。

 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。


 ガタン、ガタン…。
 特に急ぐでもなく、下っているエスカレーターとともに降りているAさんの足。
 そのAさんの視線の先ににやっと見えてきた、エスカレーターの終点の向こうに広がる踊り場の床。
 普段は人で行き交うそこも、今はやっぱり誰もいなくて、ガラーン…。

 何気に上を見ても、いつも通りのはずなのに。
 不思議とうすっ暗く感じるのは、やっぱり誰もいないからなのか?
もっとも。
 そこまでたどりつけば、Aさんが乗る地下鉄のホームまでは短い階段がひとつあるだけ。


 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。

 でも、エスカレーターはまだ続いている。
 その時っていうのはAさん、気持ち足を早めようとしたはずなのに…。
 なのに、その足は、逆にふっと止ってしまった。

 真下にあるエスカレーターの終点を見ていたはずのAさんの視線。
 それが、ビクッとやや右にすっと動いて。
 うぉんうぉん、するする…という音ともに下っていく、Aさんの乗ったエスカレーター。
 そして、やっぱり同じ音ともに上がってくる、隣のエスカレーター。

 そのエスカレーターの動きとともに、やや右を見たAさんの視線は、さらに右に…。
 それは、さらにさらに右に…。
 少しずつ、少しずつ。右に右にと向いていく、Aさんの視線のその動きに合わせるように。
 やっぱり、少しずつ、少しずつ手前に寄ってくる視線の先。
 それは、Aさんの乗るエスカレーターの隣りを、するする上ってくるエスカレーター。
「…………。」

 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
 粛々と下りていく、Aさんの乗ったエスカレーター。
 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
 それは、粛々と上ってくるエスカレーター。
 いつの間に乗ったのか?
 Aさんの視線の先に立っていた一人の女性。
 それは、エスカレーターの動きとともに、どんどん近づいてくる……

「…………。」
 今はもう、ただただその女性に釘付けになっているAさんの視線。
 下っていくエスカレーターに立つAさんと、上がってくるエスカレーターに立っているその女性。
 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
 
 その女性の立つエスカレーターが上がってくるにしたがって、どんどん右に右にと向く、Aさんの視線。
 その目の焦点も、どんどん手前に手前にやって来る。

 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
 今、その女性が立っている場所は、Aさんの右斜めすぐ前。
 それが、真横を上って行って…
 そして、さらに上に……

 それでも、その女性から片時も外れないAさんの視線。
 それは、どんな鈍感な人だって絶対怪訝に思う、そんな視線だっていうのに。
 エスカレーターとともに上がっていったその女性は、Aさんに一瞬たりとも視線を寄こさなかった。
 何を見ていたのか、どこを見ていたのか…。
 その双眸は、ただ前を見ているだけで。
 それはまるで、すぐ隣りをすれ違っていったAさんが別の世界の人間であったかのような……

うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
「…………。」

 はるか上になってしまったいたというのに、その女性の後姿から視線が離すことができないでいたAさん。
 後になって思えば、エスカレーターの終点によく気づいたものだと…。


 唖然という感覚は、その長いエスカレーターが終わったところにある踊り場を直角に折れ、その下にある階段を降りている時もずっと続いていた。
 Aさんは、変にぼーっとしている頭をふりふりしつつ。
 そんな時、階段の下からふわぁーっと上がってきた風。
 その生暖かいような、それでいてすーっと冷えるような風を感じたAさんは、電車がホームに近づいていることに気づいた。

 駆け足で降りたホームにも、やっぱり誰もいなかった。
 いつものこの時間なら、今のAさんと同じようにぼーっとした目の会社員の男性、そしてたまに女性が、ホームにぱらっぱらっとはいるのだけれど…。
 でもまぁ今夜のこの寒さじゃ無理もない。
 誰も、今夜はとっとと帰ってしまったということなのだろう。

 それは、やって来た地下鉄の車両の中も同じだった。
 最終の2本か3本か前の電車だっていうのに、今夜はやけにガラガラ。
 ぽつぽつと立っている人もいたが、あちこち空いている席もあった。
 これ幸いと席に座ったAさん。
 両脇に座っていた、どちらも中年の男性が「ううん…」って、ちょっとだけ目を覚まして。
 横に座ったAさんにちらっと視線を送って、また眠りに戻っていく。

 座れたことで、思わずほっとひと息吐いたAさん。
 寝ちゃおって。
 何気に目をやったそれは、まだ開いているドアの外の光景。
 がらーんと誰もいないそのホーム…
 その虚ろな明るさのホームの灯り…
 そして、やっぱり虚ろな明るさの駅名や黄色の出口案内……

 その時、Aさんの脳裏にふっと蘇った、あのエスカレーターの女の姿…
 Aさんの乗ったエスカレーターが下がっていくにしたがって、どんどん近づいてきたその顔…
 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
 上りのエスカレーターの乗ったあの女がAさんの真横を過ぎて、さらに上へと上がっていくその光景…
 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……。
 そして。
 はるか上にいっても、何一つ変わらないままの姿勢で立っていた、その後姿…
 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……
 うぉんうぉんうぉん……。するするするする……


「あ…。」
 あれが、この世のものじゃないってことなのか……
って、Aさんが思ったのはその瞬間。

 でも…。
 もうAさんの視線の先に見えたものは、真っ暗闇が走り去っていくドアの窓ばかりだった。




 ──── 本日これまで!
          72話目「真冬の夜の夢:3話中1話目」〈了〉 メルマガ配信日:11.2.11
                                             *無断転載禁止



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