2017
03.26

いやはや、雨…


 雨ですねぇ…。
 あぁ~あ。
 春は、これだからイヤ!(笑)


 春がイヤといえば、5月になると、ティシュペーパーやトイレットペーパーが値上げなんだとか。
 あと、電気料金も!
 なんでも、標準的家庭で月額150~210円程度らしいんですけど、その理由がハラたつんですよね。
 再生可能エネルギー普及のための賦課金か5月から増えるためって言うんですけど、再生可能エネルギーって何だよ!
 再生可能なエネルギーなんてあるわけねーじゃねーか!嘘つき!

 ていうか、森や山をつぶして太陽光発電って、どこがエコロジーなんだよ!
 エコロジーどころか、環境破壊、環境汚染じゃねーか!

 嘘つき!
 世の中、ホンっト嘘が好き。たぶん、本当よりも好き(笑)

 春は、嘘つきの始まり(爆)


 
 
 
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2017
03.26

怪談:17.3.20『姉弟掛け合い怪談-その10』


「どうしたのよ?
 アンタの番でしょ。早く話しなさいよ。」
「……。」
 カチカチいってる時計の音に、ふと見れば、もう11時を回っていた。
 話し始めたのって、4時前くらいだったっけ?
 ということは、かれこれ、7時間も怪談を話していたことになる。
 もっとも、途中夕食を作って食べたし。あと、話すたんび、このバカな弟がツッコミ入れてくるもんだから。その相手して、ワケわかんないおしゃべりしてた時間も多かったんだけど…。
 そういえば雨は止んだのか?さっきまでの窓を叩いていた音は止んで、今は夜の静けさだけが耳にあった。
  
 なんとなく手持無沙汰だったのだろう。さっき淹れた中国茶のマグカップを口に持って行ったら、もう空で。すかさずティーポットを取ったら、こっちもやけに軽い。見れば、案の定、空。
 しょうがないからまた淹れようと立ち上がったら、弟の声がした。
「ねぇ。コーヒー淹れてよ…。」
「えー。」
 コーヒーなんて、と思った瞬間、あー、コーヒーもいいなって思った。
「あー、うん。コーヒーにしよっか…。」
 父がコーヒー好きだからだろう。わたしの家には、サイフォンやらコーヒーメーカーやら、器具がいろいろあった。まぁさすがの父も、最近はサイフォンは使ってないみたいだったけど。
 わたしは、コーヒーはドリップで淹れたのが好きだった。だから、お湯を沸かそうとポットに水を入れていて、ふと。
「あ、コーヒーメーカーの方がいいよね。」
「え…。あぁ。うん。そうだね。」
 コーヒーメーカーのいいところは、いちいちお湯を沸かさなくていいことだ。あとは、そう!今のような場合だ。つまり、おかわりが出来ること!
 その分、味はまぁ落ちるけど、でも、弟と怪談を語ってる分には十分だ。
 そんなわけで、コーヒーメーカーがゴボゴボ音をたてだすと、たちまち部屋にいい香りが漂い出した。
 そうそう。コーヒーメーカーのいいところは、コーヒーの出初めの時、香りがとってもいいというのもあった。

「で?どうしちゃったのよ。続きは?」
「あー、うん。次、なに話そうかなーって思ってさ…。」
「なら、もぉやめよっか?11時過ぎたし…。」
「なに言ってんだよ。せっかくコーヒー淹れたのにさ。
 ていうかさ。ねーちゃんの今の話、来週スノボ行ったら、
 みんなに話してやろうかと思ってさ。
 思い返してたっていうのもあったわけ。」
「ふーん。ま、いいけどさ。
 でも、アンタ。スノボなんだから、夜は早く寝なさいよね。
 ちゃんと寝とかないと、怪我するよ。
 アンタだってさ、もぉそんな若くないんだし…、ね?アッハッハ。」
「あー、それは大丈夫。だって、滑ってると、それはさすがに実感するもん。
 前は、昼飯食ったら、あとは夕飯までずっと滑ってたのにさ。
 最近はさ。午後は一回休憩いれないと、脚が持たないんだよね。飛ばされちゃう。」
「あー、それ、わかる。わたしもそう。
 午後の休憩のケーキがさ、甘くて苦いの。しみじみ…。」
「ぶぶっ!なんだよ、それぇー。
 午後にケーキ食ってるようじゃ、ねーちゃんも終わりだね。
 骨折る前にスキーはやめた方がいいよ。アッハッハ!」
「な、なに言ってんのよ!
 わたしはね、大学の時、サークルでみっちり鍛えたから大丈夫なの!
 アンタは休みの日というと、ゴロゴロ寝て、あとはポテトチップ食べてるだけじゃない。
 それも2袋って…。
 ポテトチップ、いっぺんに2袋食べる人、どこの世界にいるのよ!
 そういうのをね、世間じゃイモ!っていうの。
 まったく…。イモイモしい…。」
「な、なにそれ?ギャグ?え…!?」
「るっさい!ていうか、アンタ!さっさと話しなさいよ、もぉーっ!」
「うぅわ!コぉワっ!」


「大学ん時の友だちから聞いた話なんだけどさ。
 その友だちの今の上司…、まぁF川さんとしとくけど、
 そのF川さんが、九州の支店にいた頃あった話らしいだ。
 なんでも、ある時期。F川さんの住む街の繁華街や駅前に、
 宗教っぽい人たちがいるのを、よく見かけたんだって……。」


 当時、私の職場であるその支店は、九州の某県の県庁所在地にあった。
 それは、オウムの一連の騒ぎの何年か後だった。
 繁華街や駅前等人の集まる場所を歩いていると、若い男だったり女だったりが、「悩みや悪縁を断ち切りたくはないですか?」声をかけてくるということがあったのだ。

 オウムの事件の何年か後のことだ。街を歩いていて、宗教っぽい人が声をかけてきたら気味悪いと思うのだが、それでも相手をする人はいた。
 もちろん、私自身は相手をしたことはなかった。
 でも、話しかけられたことは何度かあった。また、ソレなんだろうなって若者に呼び止められた人が、立ち止まって話している光景は何度か見かけた。
 もっとも、そこで何が話されているのかは気にしたことなかった。
 当時、私は支店の営業部で課長をしていた。忙しい私からすれば、それは煩わしいか、どうでもいいことの最たるものだったのだ。
 
 そんな、どうでもいいことの最たるソレがどういうことなのか知ることになったのは、街の繁華街であるX町の居酒屋で課のみんなと、いわゆるノミュニケーションってヤツをしてた時だった。
 なんかの拍子に、例の街中の声かけが話題に上がって。
 「どうせ、また宗教の勧誘だろ」とか、「ていうか、あれジャマなんだよなー」なんて。
 みんな、口々に言っていたのだが、ほんの一瞬、みんなが黙ったタイミングだった。ある若い女性社員が、そこにポンと言葉を投げてきた。
「それってー。
 悩みや悪縁を断ち切りたくはないですか?っていうのですよねぇ。
 あれー、あたしぃ、話を聞いたことー、あるんですぅ。」
「えぇっ…。」

 あの時は、そこにいた誰もが思わずその若い女性社員の顔をポカーンと。なんだか、呆気にとられて見ていたのを憶えている。
 その若い女性社員は、H原さんといった。
 入社して3年目なのだが、私さんからすると、いかにも育った時代が違うという感じの女の子…、そう、まさに女の子っていう感じの女性で、つまり、もはやおじさん世代の私からすると、どう接していいかよくわからないタイプだった。
 というのも、表情の変化が変に乏しく、普段ほとんど笑わないくせに、時々妙なタイミングで笑っていたりする。
 そんな可笑しいかなーと、後で女性社員のボス的な存在のI坂さんに聞いてみたら、彼女も「あぁH原さんですかぁ…」と言ったっきり、黙っちゃって。しばらくしてから、「H原さんは、わたしもわかりません」と苦笑していたくらい。
 もっとも、どこか可憐な雰囲気があって。若い男性社員には、人気があるようだった。

「え、アイツらって何なの?やっぱり新興宗教かなんか?」
 そこにいたみんなの視線は私がそれを言い終わるより早く、H原さんに向かっていた。
「えぇ…。あー。」
 それは、肯定したのか、それとも何か理由で言葉を濁したか。全然わからなくて、口を開きかけた瞬間、I坂さんが口をはさんできた。
「やっぱり、お布施とかって話になるの?」
「いくらなんだって、最初からお布施はないんじゃないですかねー。」
「だから。あの手は、最初はどこそこに来てくださいっていう風になるんだって。
 そうだよね?H原さん。」
 H原さんが何か言うより早く他のみんなが口々に言ってる中、やっと本人が話しだした。
「あー、だからー。はい。そういうことはなかったですねぇ。」
「じゃぁどうなるの?」
「はいー。」
「…!?」
 変に疲れる、その微妙な間ときたら。
「ですからぁ、糸ぉ…、糸を見せられるんですぅ。」
「いとぉ!?
 いとって、あの糸?裁縫に使う!?」
「あー、裁縫の糸ぉ?あー、それよりは太い糸だったですかねぇ。
 そぉー、タコ糸みたいな感じかなぁ。」
「タコ糸。…!?」
「ですからー。
 手の甲をー、うーん、こんな風にぃ。あたしに、向けてぇ。」
 H原さんは手を横にすると、人差し指から小指をピンと伸ばし、親指だけ隠すようにした手の甲をみんなに見せた。

「手をぉ、こんな風にー、わたしにぃ向けてぇ。
 好きな糸を選んでください…、って言うんですよぉ。
 見るとー、その手…。あー、だから、あたしからは手の甲ですよねぇ。
 見えてるのはー。
 手の甲の上から、糸が3本…、そうー、3センチくらいかなぁ。
 親指と人差し指で挟んでるんだと思うんですけどぉ。
 あー、だからー、そぉ、あたしから見るとー、
 横にした手の甲の人差し指の上からー、
 タコ糸くらいの糸がぁ、3本見えるんですよぉ。」
「……!?」
 みんな、H原さんの説明する手からタコ糸が出ている情景を、必死で思い浮かべていたのだろう。
 しばし、その場は沈黙に包まれた。

「あ、それって、あれ!昔、駄菓子屋にあったクジの飴!
 そうよね?そんな感じよね?」
 誰かがそう言うと、H原さんはそっちを見てパッと目を輝かせた。
「そうー。そうなんですぅ。
 クジなんだと思うんですよー、結局ぅ。」
「え?どういうこと!?」
「向こうは、こう言うんですー。
 あなたが断ち切りたいことを思い浮かべながら、
 糸を一本選んで引っ張ってくださいってぇ。」
「えぇー、何なのぉそれー。
 やっぱり、何かちょっと気味わるいぃー。」
「しかし、H原さん。そんな話、よく聞く気になったねー。
 ほら。オウムのこともあったじゃない。
 だからアレ、俺なんか、ちょっと怖かったんだけどな。」
「えー、そうですかー。
 でもぉ、何かあっても、大きな声出せばぁ、誰か助けてくれますよね。普通ぅ。」

 なんというか。その時私は、正直、H原さんって、こんな話し方をする子だったんだっていう印象の方が強かったくらいだった。
 ただ、その反面、この話ってどう続くんだ?という興味もあったのも事実で。だから、話を進めさせようとしたのだ。
「えー、でー、あ、う、うん。ゴホっゴホっ。ゴメン。ちょっとむせた。
 それで?結局、それからどうなったの?」
 思わず口から出た言葉は、まるでH原さんの話し方がうつったみたいで。咳払いしてごまかしたつもりだったのだが、視界の端ではI坂さんが手で口を押えて噴き出していた。

「あー、ですからー、わたしも友だちの話を聞いてなかったらー、
 たぶん、怖くて話は聞かなかったと思うんですぅ。
 友だちが言うにはー、そんな風に糸を選ばさせられてぇ。
 その糸を引いたらー、
 その糸、たちまちプッツリ切れちゃったらしいんですよぉ。
 ていうかー、それってー。
 あたしはー、最初から短い糸だったんじゃないかって思ったんですけどねぇ。」
「あー、なるほど。」
「糸を引っ張っぱれって言われたら、普通、長い糸が出てくると思うじゃないですかぁ。
 だからー、そうじゃないからー、驚いちゃうんだと思うんですぅ。
 ところが。」
「!?」
 いや。ずっと語尾を伸ばす話し方をするくせして、ふいに言葉を止めるもんだから、聞いてる方は変に話に引き込まれてしまうのだ。
 変な話、私はそのH原さんを営業として鍛えてみようかと、一瞬思ったくらいだった。

「え?で…。」
 ところが、その「ところが」の後の間が長い。いや、ダジャレじゃない。
「フフッ。ところが、どうしちゃったの?」
「あー。ですからぁ。
 そしたらぁ、向こうはおめでとうございますって。
 それだけだったってぇ。」
「えぇ!?ど、どういうこと?」
「だからぁ、彼女ぉ、その後。腐れ縁みたくなってた彼氏とー、
 急にスッパリ別れちゃったっていうんですよぉ。
 それを聞いてたから…。」
「え?え?え?
 じゃぁ何、H原さんも別れたかった彼氏がいたってこと?
 そういうこと?え、うん!?」
「あー、だからぁ。そういうことじゃないですってぇ。
 あれは、あくまでー、悩みや悪縁を断ち切りたくないですか?ですからぁ。」
「じゃぁ何か悩みがあったってこと?」
「だからぁ。それはもぉいいじゃない。
 そこからは、H原さんのプライベートな話よ。」
「そうだよ。I坂さんの言う通りだよ。
 お前だって、悩み、一つくらいはあるだろ。」
 そう言って、この話は終わりにしたつもり…、というか、正直終わらせたかったのだ。

「それでですねぇ。」
「へっ、何?続きがあるの?」
 いや。その若い社員は、思わず私の顔をさっとのぞき見したくらいだった。
「あー、ですからぁ。
 わたしが選んだ糸ー、切れなかったんですぅ。」
「はい?ど、どういうこと?」
「引っ張ってもー、引っ張ってもー、糸がどんどん出てきてぇ。」
「えぇーと。だから、それはどういうことになるんだ?
 つまりー、悩みが断ち切れないってこと?あれ、違う?うん!?」
「そぉ。そぉなんですよぉ。あたしも、そう思っちゃったんですぅ。
 だからー、ちょっと慌てちゃってぇ。
 聞いたんですよぉ。断ち切れないんですかぁ?ってー。」
「そしたら?」
「そしたらー、その人ぉ。やっぱり、おめでとうございますってぇ。」
「なんなのよ、それ?」
「何でもぉ。それはー、断ち切っちゃいけないことなんだってぇ。
 なぜならー、今は断ち切りたいと思ってたとしてもー、
 実はー、それは未来の良いことにつながってるからだってぇ。」
「何なのー、それぇ?
 モノは言いようというか、ああ言えば何とかっていうか…。」
 繰り返すようだが、それはオウムの一連の事件の何年か後だったのだ。

「ていうか、H原さん。その後どうしたの?」
「あー、はい。だからぁ、それで終わりですぅ。」
「は、はぁ?何それ…!?」
「その人が言うにはー、いいことにつながってるんだから、大丈夫です。
 頑張ってくださいって。それで、さよならーですぅ。」
 やっと話を止めたH原さんだったが、でも、そうなっちゃうと、だからそれってどういうことなんだ?と思ってしまったのも事実だった。
 というか、これは課のノミュニケーション――I坂さんは死語と笑うが――の場なわけで。
 まぁつまり、今までよくわからなかったH原さんを知るいい機会なのかも?と思ったのだ。

「H原さんさ。」
「あー、はい。」
「H原さんは、そう聞いてどう思ったの?」
「あー、はい。
 だからー、あたしー、さっきクジって言ったじゃないですかぁ。」
「くじ?あぁ。」
「だからー、当たりを引いちゃったんじゃないかってぇ。」
「当たり?当たりって…。
 あぁ。じゃぁ何かいいことあったんだ。」
「あー、はい。あー、いえ…。」
 一瞬、頭を抱えたくなった。
「だからー、違うんですよぉ。きっと…。」
「!?」
「当たりっていうのはー、あたしにとって当たりじゃなくてぇ。
 きっとー、向こうにとっての当たりだったんじゃないかってぇ。」
「向こうにとっての当たり?
 え、どういうこと?」
「あー、だからー、そんなのわかんないですってぇ。
 ただ、たぶんそういうことなんじゃないかって思っただけですぅ。」
「うーん。だからー。うーん。
 だから、そのー、H原さんは何でそう思ったの?」
 視界の端で、またI坂さんが笑っていた。
 ったく…。

「あー、はい。
 だからー、それからなんですけど、あたしぃ、
 気がつくと糸が出てるってことぉ、よくあるんですよぉ。」
「糸が出てるぅ!?えー、どういうこと?」
 いやまったく…。
 チラリと目をやれば、I坂さんは天井を見て澄ましているのだが、なんとも話しにくいこと、この上ない。
 ただ、H原さんのその話は、さすがにみんなも全然わからなかったのだろう。
「えー、H原さんさ。糸が出てるってー、なに?どーいうこと?」
 普段からH原さんとよく話してる若い男の社員だった。H原さんもそれはわかっているのだろう。そちらに顔をつきだすようにして、楽しそうに話しだした。
「あぁだからねぇ。例えばぁ朝起きたとするじゃないですかぁ。
 なんとなく手を見ると、指の先から糸が出てるんですよぉ。
 だからぁ、指の先でそれをつまんで、引っ張るとぉ、それが、すーって抜けるんですぅ。
 あー、でも、そんなに長くないんですよぉ。
 そうですねー、大体10センチとかー、20センチとかぁ。そのくらいの糸…。」
「……。」
「あとー、朝だからー、顔を洗いますよねぇ。
 顔を洗って鏡を見るとー、耳のとこからまた糸が出ててぇ。
 だから、わたしは鏡を見ながらそれをつまんで。
 スーッと抜く――。」
「ちょっ、ストップ!」
 H原さんの話を遮ったそれは、まるで悲鳴だった。
「ゴメン。H原さん。お願いだから、もぉ止めて。その話。
 わたし、ダメ。もぉそれ以上聞けない…。」
 見れば、その女性社員は首をすくめて。両手で自分の腕を抱きかかえるようにして、その腕をゆっくりさすっていた。
 そう。それは、私だって、何だか寒気をもよおす話だった。
 ただ、それは聞いていて、あれ?と思ったのも事実だった。そして、それはみんなも同じだったのだろう。

「それってさ、都市伝説であったよね。
 ピアスの穴を開けたら、そこから糸が出てたんで。
 引っ張ったら急に目が見えなくなっちゃった、とかなんとか…。」
「そうそう。わたしもそれ、思った。」
「あぁ。糸が目の神経かなんかだったってヤツでしたっけ?」
「そうそう。あったねー、そんな話。ハハハ。」
 そんな騒々しくも、どこかほっとする会話の中。
「えー、なんですかー、都市伝説ってぇ。」
「……。」
「……。」
 なぜか、思わず口をつぐんでしまったみんな。いや、私も何か言おうとしたのだが、どういうわけか言葉が出ない。

「え?H…、原さん。と、都市伝説って、知らないの?」
「あー。都市伝説ってゆうのは知ってますよぉ。
 いくらなんだってー、そのくらいあたしでも知ってますよぉ。あはは。」
「あー、あー。うん、うん。そりゃそうだよねー。ハハハー。」
「だ、だから、お前、そんなの当たり前だろ。
 いくらH原さんだって、そのくらい知ってるよ。ねぇ?ハハハー。」
「あー、はい。
 だからー、そのぉ、ピアスの穴開けたらっていうのぉ。
 それはー、何なんですかぁ?
 だって、あたしー、ピアスの穴なんて開けてないですよぉ。」
「え?あぁ、あぁ。ピアスの穴ね。うん。そう、だからー。」
「あー、だからさ。都市伝説はわかるんだよね?H原さんは?」
「もちろんですよぉ。そんな、バカにしないでくださいよぉ。ふふふ。」
「あー、じゃぁ話早い。
 昔からある都市伝説でさ。そういうのがあるわけよ。
 鏡を見たら、ピアス穴から糸がちょろっと出てて。
 なんだろうと引っ張ったら、急に目が見えなくなっちゃったって。
 つまり、その糸って、目の神経だったって、そういう話。
 そうだよな?それでいいんだよな?」
「あー、じゃぁH原さん。この話は知ってる?
 学校のトイレで、はーなこさん、遊ぼって言うと。
 中から花子さんが出てきて、トイレに引きずり込まれちゃう――。」
「バカ。それは、都市伝説じゃないだろ。学校の怪談だろ!」
「ふふふふ。トイレの花子さんも知ってますよぉ。
 小学校の時ぃ、流行りましたもん。」
「あー、そうなんだ。へー。」
「あー、だから。違うんですってぇ。」
「違う?え…!?」
「あたしはピアスの穴ぁ、開けてないですしぃ。
 それにー、ピアスの穴っていったらー、フツー、耳たぶですよねぇ。
 だからぁそれってー、耳の穴だったんですよぉ。」
「え?耳の穴!?」
「あー、だからー、糸が出てたんですぅ。
 顔を洗ってー、鏡を見たらぁ。耳の穴から糸が出てたんですよぉ。
 だからー、あたしー、あー、まただーって思ってぇ。
 それをつまんで引っ張ったら、すーって。
 糸がぁ、20センチくらい――。」
「だ、だから…。
 もぉやめてって言ってるでしょ!」
 突然発せられたその声の大きさに、いくらなんでもこれはヤバイと周りを見回した時はもう遅かった。
 その声の異常な大きさは、そこにいた私たちだけでなく、店の中全体が一瞬シーンと静まり返ってしまったほどだった。
「す、すみません。わたし、ちょっとトイレ…。」
 そう言って、立ち上がった女性社員は、後は駆けるように。さらに、それにつられたかのように、2、3人も立ち上がって駆けて行った。

 さすがに、これはお開きにしないとマズイと思ったのだ。
 店の中は喧騒が戻っていたが、ここにいるみんなは誰も何も言わず、落ち着かない表情でお互いの顔に目を走らせているばかり。
「今日は、これでお開きにしよう。いいよな!」
 そう言った視界の端では、I坂さんもうなずいていた。
 他のみんなの顔も次第に落ち着きいてきて。最初は、隣りの人と目を合わせていただけだったが、やがていつものように話し出していた。
 そんな中、一人みんなの会話に加わってないH坂さんの様子はちょっと気になったが。
 でもまぁ今日のところはとりあえず…、なのだろう。
 今日は今日。明日は明日の風が吹く。
 明日も明後日も、その先も。いろいろあったとしても、このメンバーで仕事をしてくしかないのだ。私もみんなも、そしてH原さんも。
 そう。その時はそう思ったのだ。

 夕方、お客のとこから帰ってきた私に、「ちょっといいですか?」とI坂さんが耳打ちしてきたのは、あの飲み会から一週間経った頃だった。
 その表情の雲行きから、「会議室行くか?」と言うと。I坂さんは、さっと目を反らせて「ええ」とひと言。そのまま歩き出した。
「何があったの?」
 ドアに鍵をかけているその後姿に、待ちきれずにそう言うと。
 I坂さんは黙ったままこっちに歩いてきて、やっぱり何も言わずに私の隣りに座った。
 一瞬、私をじっと見ていたI坂さんだったが。やがて、一瞬ドアの方を見てから、声をひそめるように話しだした。

「何かあったの?って言ったってことは、課長は気づいてないんですか?」
「気づいてないって、何を?」
「だから、H原さんのこと…。」
「H原さんのこと?え…。」
 H原さんといえば、そう。一週間前の飲み会だった。
 でも、気づいてないって、どういうことなんだろう…
「あの時、H原さんが言ってた話は、まさか憶えてますよね?」
「あぁ。あれだろう?駅前とかにいる宗教の勧誘の話…。」
「違いますよ。それじゃなくて、H原さんが言ってた糸の話…。」
「あぁあぁ、あの話か。
 うん。こう言っちゃなんだけど、ちょっと気持ち悪い話だった――。」
「だから、彼女。あれからずっと、その糸を抜いてるんですよ…。」
「えぇ?どういうこと?」
「課長、ホント気づいてないんですか?」
「気づいてないって…。えぇっ?それは、H原さんが糸を抜いてるってこと!?
 えぇっ、I坂さん、いったいなんの話をしてるの?」
 その時、私はI坂さんが何を言ってるのか全然わからなかった。
 あの飲み会は、確か金曜日だったか?うん、違う?
 金曜日にしても、そうじゃないにしても、H原さんが会社を休んだ記憶はなかった。もちろん、あの時悲鳴のような声を出した女性社員も。
 そう。今朝だって、どちらも挨拶を交わした…。

「いえ。本当のこと言うと、実はわたしも全然気づかなかったんです。
 でも、昨日、G橋さんから話を聞いて…。
 G橋さん、わかりますよね?」
「もちろん。あの時、彼女が話をやめてって言ったんだよな。」
「G橋さんが言うには。
 あれ以来、ふと見ると、H原さんが糸を抜いてるって。
 それも、手だったり、胸だったり、顔だったり。
 体中から糸を抜いてるようだって言うんですよ。
 いや。わたしだって、なに言ってるんだろ?って、最初、笑っちゃいましたよ。
 でも、G橋さん、真剣なんですよ。
 本当です。本当なんです。信じられないかもしれませんけど、本当なんですって。
 あんまり真剣に言うもんだから、
 わたし、今日、H原さんのこと、時々注意して見てたんですよ。
 そしたら…。」
「え。つまり、H原さんが糸を抜いてたってこと?体から!?
 だから、I坂さんまでそんなこと――。」
「もちろん!もちろん、彼女が本当に体から糸を抜いてるかなんて、知りませんよ。
 だって、糸なんて見えませんもん。それは、G橋さんも同じです。
 でもね。見えなくても、H原さんのその動作を見てると、
 どうしても、そんな風に見えちゃうんですよ。
 H原さんがそうしてる様子見てると、思わず体中がゾワッて。
 ホント、怖気立ってきちゃうんですよ…。」
「……。」
 I坂さんの、今にも泣き出しそうなその顔に、私は一瞬何の言葉も出てこない。
「あれは、なんていうんですかねー。
 H原さんを見てると。時々、彼女、仕事してた手がふっと止まって。
 自分の体のその部分を、ちょっとの間、じーっと見つめてたかと思うと、
 手で、まるで体のそこから糸の端が出てるのをつまむような動作をして。
 その後、すーって…。
 まるで、本当に体から糸を抜くように、手を宙に持ってくんですよ…。」
「っ…。」
「で、ですよ。その瞬間、その瞬間のH原さんの表情がまた…。
 糸を抜くまでは、キッと、目を吊り上げてソレ…、
 あ、だからそこにあるだろうソレ、つまり糸を…、ですか?を見つめてるくせして。
 抜いてる時は、何とも言えない気持ちよさそうな顔に変わるんですよ。
 しかも、その後…、だから、彼女にはその糸が見えてるってことなんですしょうね。
 つまんだ指先を見て、一瞬、ニッと笑うんですよ。
 G橋さんは、それが気持ち悪くて気持ち悪くて。
 もぉ気が狂いそうですって言ってましたけど、わたしもそれ、わかります。
 あれは、まるでホラー映画ですよ。
 いったい、何なんですか?あの子って…。」


 それから、2週間もなかった。
 H原さんのその動作は、みんなも知っていたのだろう。
 いや。私もI坂さんに言われて実際に見たが、確かにそれは彼女が言うようにホラー映画さながらで。大の男の私ですら、ゾッとする光景だった。
 仮にも、上司である私がそんなことを言ってはまずいとは思うのだが…。

 結局、女性社員たちが、あからさまにH原さんを避けるようになったことで、私とI坂さんとでH原さんと話をしたのが裏目に出てしまったのだろう。
 H原さんは、次の日から会社に来なくなった。
 電話をかけても出ないし。アパートに行っても、いるのかいないのか、ドアが開くことはなくて…。
 あとで支店長に聞いたところでは、彼女とは結局連絡がつかなくて。近県の親御さんの方に連絡をしたら、「辞めさせてください」の一点張りだったそうだ。

 そんな、気味が悪くも、後味の悪い出来事だったが。
 今になって思い返してみると非常に違和感を覚えるのは、あの飲み会の時、H原さんが言ってた、その新興宗教の連中から引いた糸が「当たり」という話だ。
「当たりっていうのはー、あたしにとって当たりじゃなくてぇ。
 きっとー、向こうにとっての当たりだったんじゃないかってぇ。」
 つまり。H原さんがああいう風にいなくなってしまうことが「当たり」なんだとしたら、それは連中にとってどういう意味があるのだろう?
 


                    ―― 『姉弟掛け合い怪談:その10』〈つづく〉

注!無断転載禁止
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   ちょっと剣呑で、ゴメン(^^;)



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2017
03.20

目覚めよ…


 悪魔と称するプロレスラーが、「目覚めよ…」「目覚めよ…」「目覚めよ…」「目覚めよ…」「目覚めよ…」「目覚めよ…」「目覚めよ…」「目覚めよ…」と、とにっかくうるさいんで。
 しょうがないから目を覚ましたら、なんと、起きる時間の1時間前!

 眠いんだよ!こっちは!
 まったく…
 春は、ホントめんどくさい(笑)



 で、春といえば、こういうのも春の風物詩ということなのか…

 スーパーに行ったら、野菜売り場で、男、2人が立ち話してて。
 たぶん、2人とも20歳代前半くらい。
 でもね。ソイツら、通路の真ん中で向かいあって話しをしてるんです。

 コイツらジャマだなーと思いながら横を通り抜けようとしたら。
 その瞬間、デッカイ声で、
「オレ、おっ○い派~!」「オレもおっ○い派~」って(笑)

 いやもぉ傍にいたら、こっちまで「おっ○い派~」の人に思われちゃいそうなんで(爆)
 いそいそとソイツらから離れたから、その後、何を言ってたのかはわからないんですけどね。

 まーねー。「おっ○い派~」と聞こえたように思うんだけど、やっぱり、別のことを言ってたのかなーって気も?
 ていうか、いくらあのくらいの齢の男がおっ○い大好きっていっても、まさかスーパーの野菜売り場で、デッカイ声出して「おっ○い派~」なんて、あからさまに言うとも思えないですよね(笑)

 とはいえ、野菜売り場で「おっ○い派~」の語感に近いモノ、特に思い浮かばないしー。
 ていうか、休日のスーパーの野菜売り場で、20歳くらいの若い男2人が話し込んでるっていうのもあまり見ないかなーって気もする。

 ってことは、あの2人って、やっぱり「おっ○い派」?(爆)


 いやはや。
 スーパーって、あれで意外と変なヒトが多いよーな(笑)
 もしかして、よい子は近寄っちゃいけない場所……、とか?
 ていうか、それもやっぱり“春”のせい?
 だとしたら、春って危険(笑)



 春は、一日のうちで気温の上下が激しいせいか、個人的に激カゼを引きやすい季節なんですよね。
 昨日なんかもそうですよね。
 昼間はポカポカ陽気だったのに、夜になったら北風、ボカン!ボカン!吹いてましたもん。
 そう。やっぱり、春は危険(笑)

 そーいえば、陽気のついでに本屋に寄ったら。
 つい、本を衝動買いしちゃいました。
 それも、春のせい。
 だから、春は危険!春はヤバイ!



 

 いつも不思議に思うのは、春っぽくなってくると、みんな、変に嬉しそうにしてるんですよね。
 でもね。私は、春は別にキライじゃないですけど、いろいろ苦手なんですよー。
 ていうか、季節は夏と冬の2つで充分!って思う方です(笑)


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2017
03.19

怪談:17.3.19『姉弟掛け合い怪談-その9』


「ちょっと。アンタね、誰が不良小学生よ!
 どさくさ紛れに、変な言いがかりつけないでくれる。」
 A子ちゃんの話が終わった後だった。
 バカな弟が、小学校の帰りに買い食いしてたわたしのことを不良小学生だとか何だとか、ネチネチ絡んできたのだ。

「えー。でも、ねーちゃん、買い食いしてたじゃん。
 それも何度もさ。オレ、知ってるもん。」
「そりゃしてたけど…、でも、小遣いで買って食べてただけでしょ。
 別に万引きしてたわけじゃないもん。なら、いいじゃない。」
「ブブーっ!先生はダメって言ってましたぁー。」
「先生はダメって言ったってさぁ…。
 あ、ほら。先生っていうのは学校の先生じゃない。
 なら、その効力は学校の中だけ――。あーっ!」
「な、なんだよー。いきなりデッカイ声だしてぇー。
 不良小学生改め、今じゃ中年小学生かよー。」
「思い出した。うん。
 何年生の時だったかは全然憶えてないんだけどさ。
 なんだろ?学校で、なんかの行事があったのよ。
 それが午前中で終わってさ。
 その後、地区ごとに集団登校…、じゃない。集団下校したの。」
「集団下校ぉ?何それ!?初めて聞いた。」
「うん。たぶん、その時と、あと1回か2回あったか?ってくらいかなー。
 って、アンタ。中年小学生ってね。
 こんなにきれいなお姉さんつかまえて、中年とはなによ!
 それを言ったら、休みというとゴロゴロ寝てばっかり。
 ポテトチップかじってるだけのアンタなんて、中年ジジイじゃない。」
「ブブーっ!
 オレはまだ20代だから、少なくとも若者ジジイですぅー。
 でも、ねーちゃんはもはや30代だから、もぉ中ぅーねーん!
 ヒッヒッヒ、イテっ!何すんだよぉ。」
「つまんないこと言ってじゃないわよ!このうすらバカ!」
「う、うすらバカって…。
 それを言ったら、ねーちゃんなんか、うすらねーちゃんじゃんか!
 ていうか、集団下校だよ!その集団下校が何だってんだよ!」
「あ、だから。集団下校した時、当然A子ちゃんもいたわけよ。
 でさ、帰り?ほら、ウチの地区って学校から遠いじゃない。
 お腹空いちゃってさ…。」
「えー、買い食い?A子さんも!?
 無理やり買い食い付き合わせて、不良の仲間入りさせちゃったと?」
「だからっ!小遣いで買って、食べたの!
 みんなでさ。その中にA子ちゃんもいたわけよ。」
「なんだよ。つまり、そういうことか。
 ねーちゃんが、A子さんに買い食いを教えて。
 買い食いの楽しさに目覚めちゃったA子さんは、
 お返しにオレにその楽しさを教えてくれたと…。
 あぁ~あ。なんか、ツマンねぇ。」
「バカ、なに言ってんのよ。」
「あー、またバカって…。」
「またじゃないでしょ。さっき言ったのは、うすらバカ。
 ていうか、そういうことじゃないでしょ。
 A子ちゃんはさ、だから、きっと…、そう、もっといろいろ遊びたかったんでしょ。
 わたしやアンタや、みんなみたいにさ。普通に…。
 でも、病気のことや、あと自分の性格のこととか。
 病気のことだって、たぶん、自分がずっと入院しなきゃなんないの、知ってたんじゃない?
 そんな時、アンタが一人でいるのを見かけたから、思い切って…。」
「あ…。」
「まーさ。たぶん、アンタはいいことしたのよ。
 A子ちゃんが、今、何をしてるかは知らない。
 知らないって言ったら、小学生の時、アンタと買い食いしたことを憶えてるかわからない。
 でも、忘れてたとしても、今でもそれはA子ちゃんの大事な一部分になってるはずなのよ。
 たぶん…。」
「ふーん…。
 そっかー。
 あー、でも、ねーちゃんさ。」
「なによ?」
「いや、うん。
 今の話聞いてたらさ、ねーちゃんも、少しはいいとこ、あるだなーって思ってさ。」
「は、は、はぁ?
 アンタ、この流れで、その言いぐさってね…。
 ていうか、アンタ。何でその時、その崖から落っこって、
 頭ぶつけて死んじゃわなかったのよ!」
「あー、違う、違う。違うって。
 だから、その集団下校の時。
 ねーちゃんが、A子さんにおごってあげたことだよ。
 だから、それこそ、いいことしたって思って――。」
「どーせ、わたしは不良小学生ですぅー。
 なによ。自分が年上にちょっとモテるからって、エっラソーに。」
「だ、だから、ホメてんじゃん…。
 なんでホメてんのに怒んだかなぁ…。
 あっ!だから、次っ!次だよ、次の話!
 ほら、ねーちゃんの番だぜ。
 ねーちゃんの話ってさ、なんかスっゴク面白いんだよー。
 だからさぁ。早く話してよぉもぉ~。ほらぁ~、ね?ハハハ…。」

 ま、そんなわけで、気づけば、怪談を話していたわたし。
 つまり、思うに。
 この弟、もしかしたら、年上の女の扱いにとっても長けてるのかもしれない……


 きっかけは、何年か前。デジカメを衝動買いしちゃったことだ。
 デジカメというのはカメラなわけで、つまり、無性に写してみたくなったのだ。
 たまたま、その週末は天気がよかったこともあって。私は、近郊のあるハイキングコースに出かけることにした。
 ま、写すだけなら、別にウチの妻か子供でもよかったのだろう。
 でも、その時は仕事がやたら忙しかったりというのもあって。1人で息抜きしたかったというのもあったのかもしれない。

 そのハイキングコースのD山。
 最初は快適だった。
 紅葉の盛りは過ぎていたのだが、11月にしてはちょっと暖かいかな?っていう超ピーカンの日で。
 忙しい仕事のことなんか、頭の中からきれいサッパリ消えてしまったくらい。
 でも、半分くらいまで登った辺りだった。道がやけに急になってきて、運動不足でたるみきった40歳目前の体にはキツイのなんのって。

「これじゃぁ、ハイキングじゃなくて登山だろ!」
 なんて、思わずひとり言が出ちゃうくらいで。というか、そんなブツブツつぶやきながらでも登ってられるうちはまだよかった。
 その内、息が切れちゃって。ヒーハー、ヒーハー、足が全然前に出ない。
 俺も体力ずいぶん落ちたもんだなぁーなんてことを思いながら、下を見ながら休憩。
 下を見ながらというのは、つまりこれから登らなきゃならない上を見てたらウンザリしてくるからだ。
 休んでいて、ふと思ったのは、ガイドブックの「D山は、戦国時代に遠見として使われていた」という一文。
 戦国時代の連中って、こんな急な道を駆けずり回ってたんだなー
 いやぁー、俺にはできねぇー、できねぇー

 そんな急な道にヒーハーヒーハー息も絶え絶えな私だったが、おニューのデジカメを写すことは忘れなかった。
 さきほども言ったように、秋のどピーカンの日だから、何を写したって絵になったのだ。


 急だとか何だとか言っても、所詮はハイキングコースの山だ。
 5分登って10分休むみたいなペースで登っていた私だったが、そのうち道は緩やかになって。木がまばらになってきたなーなんて思ったら、そこからちょっと行った所が頂上だった。
 頂上は視界がぱーっと開けていて、もう大パノラマだった。
 何度も言うようだが、秋の超どピーカンの日だ。
 空は青くどこまでも高く、まわりの山々がずっと連なっていて。
 麓を見れば、下界が伸びやかに広がっているのが見える。
 もちろん、頂上で昼食だ。
 家から持ってきた缶ビールをプシュっとばかり開けて。
 グビグビやりながら、おにぎりを頬張って。
 おニューのデジカメで写した写真を見れば、なかなかいい感じで、私はもぉすっかりご満悦だった。


 頂上の心地のよさに、すっかり長居してしまった私。
 そろそろ行くかと、時計を見ると12時半をちょっと過ぎたくらい。
 麓にあるE駅までは、ガイドブックによると2時間ちょっとだ。
 てことは、写真を写したり、たっぷり休憩したとしても3時半くらいには着くだろう。
 いそいそと身支度をして、忘れ物はないかと辺りを見回していると、ふと、小さな古い石の祠が目についた。
 近寄ってよく見ると、苔むしていてかなり古い物のよう。
 もしかして、このD山が戦国時代に遠見として使われていた頃のものなのかな?なんて。軽く拝んで出発した。

 下りは、もう急降下。
 でも、道はすぐにだらだらした下りになって。
 あいかわらずのいい天気。
 遥か遠くには、秋の空を映した湖面が真っ青に輝いてた。
 あれはどこの湖なんだろ?なんて思いつつ。でも、面倒で地図で確認する気にもならない。
 そのくせ、おニューのデジカメは、下りで体力的に楽なこともあって大活躍だった。

 そんなことをやっていたら、ちょっと開けた場所に出た。
 古ぼけた案内看板があるので読んでみると。
「へぇー。ここって、戦国時代の古戦場だったんだ。」
 といっても、何があるってわけでもなかった。
 史跡ということで、木を少し切って、草刈もして。まがりなりにも整備してあったのが心地よく見えたのだろう。
 私はザックを置いて。デジカメだけ持って、なんとなく辺りをふらふら歩いていた。
 ふと、何やら板で作った屋根みたいなものが目に入ってきて。
 それは、ごくごく最近作られた物のようで。私は、なんだろう?とその前に回ってみた。
「っ…。」
 思わず息を呑んでしまった。
 そこにあったのは、石の六地蔵。
 古いものなのか新しいものなのか、さっぱりわからない。でも、そんなことより何より驚いたのは、その六地蔵、一体残らず首がなかった。
 一瞬、その場に凍りついたようになってしまった私。
 だが、しつこいようだがその日は超どピーカン。
 よくよく見れば、わずかに傾きかけた秋の日差しの中、それはむしろあっけらかんとした感じで。
 六地蔵の上の、いかにも応急って感じの木の屋根も、気味悪さを軽減させたのだろう。
 とはいえ、そういう場所でのんびりした気になれるわけもなく。
 「イヤなもの見たなー」と、早々にその場を退散することにした。

 その下の道は、山腹を右に曲がったり、左に曲がったり。
 所々木々が開けている所があって、そのたんび、どんどん下に降りてることがわかった。
 疲れてきたものの、まだ休むほどでないかなーと。
 道は藪の中を、相変わらず右に曲がったり、左に曲がったり。
 でも、気がついたら、あっけなくそこが林道だった。

 まだ日は高かったのだが、林道は深い谷沿いにあって。おまけに周りは杉の植林帯だったから薄暗かった。
 そんな、沢の流れる音しかない薄暗い林道をしばらく黙々歩いていると、なにやら前がぱぁーっと明るい。
 この暗い植林帯、やっと終わってくれたのかな?なんて思いながら、道を曲がると、そこは道のすぐ脇をきれいな沢が流れている所。
 その明るさにホッとして、休憩することにした。
 ザックを降ろして、沢の水で顔を洗って。
 その冷たさが心地よく。シャキッとする感じ。
 「大丈夫だよな?」ってつぶやいて、ちょっと飲んでみると。
「うまっ!」
 まろやかで、ほのかに甘くて。
 咽喉につるーって入ってくる感じで、ついゴクゴク飲んでしまった。
 ふーっと一息ついて。
 日の暮れる時間にはまだまだだったが、なにせ秋のこと。早々に出発した。

 それは、休憩した場所から少し行った所だった。
 見れば、曲がった先がまた明るくて。杉の植林帯が切れてるみたいだなーと思っていると、なんと、そこは林道の上を沢の水が斜めに流れているではないか。
「ど、どうなってんだ、これ?」
 土木工事ことはよくは知らないが、せっかく作った林道の上を沢が横断してら、道は流されてしまわないのだろうか?
 でも、その流れは、上流は林道の左側から流れてきて。下流は、林道の右側の湿地と池に続いていた。他に流れはなかった。

 林道は、その上を横断する流れの向こうへと続いてた。
 それは間違いなかった。左側は藪と沢だし。右は湿地と池しかなかった。
 水は林道の上を洗うように流れていたから、別に深くはない。
 たぶん1センチか、せいぜい2センチとか。
 ただ、水量が多く、流れに勢いがあって。あと、林道を斜めに横断してるので、その幅は10mくらいあるから靴はびしょ濡れになるだろう。
 その時、私が履いてたのは一応トレッキングシューズということになっているのだが、ディスカウントショップで買った安物なので、たぶん防水ではないはず。
 まったく…
 私はため息一つ吐いて、足を踏み出した。
 すると、足にぶつかってきた水が、たちまち靴の甲を越えて流れていく。
 いや。深くはないのだ。水の量が多いだけなのだ。
 幸い、靴に水が入ってくる感触はなくて。
 早く渡っちゃえと、ジャブジャブ歩いていた時だった。
 突然、変な気持ちに襲われたのだ。
 と、平たく言ってしまうと状況は伝わりにくいのだろう。
 わかりやすく言うと、なにやら急に淫靡な気持ちに襲われたのだ。
 さらに、なんだか体がフラフラするような…。
 視界が極端に狭くなって、まわりがぼんやりしてきて。
 五感が外に向いてるんじゃなくて、体の内に向いているような、そんな感じ。
 脈拍がドクンドクンと打っているのがハッキリ感じられ、その音が体の中で反響して聞こえてくる。
 視界はさらに狭まっていき、それとともに首の後ろがゾワゾワゾワーっと収縮していくような…。
 足元を洗っている水の感じはわかるのだが、でも、なぜか今、自分が地面を踏みしめているのか、それとも逆さで宙を歩いてるのか、よくわからない。
 いや、実は。そんな様々な感覚の中でも、一際強く感じていたのはお腹の下あたりだった。
 ホント変な話で申しわけないが、その言葉に表しようのない気持ちよさといったら。
 それとともに顔の後ろが、カーっと熱くなっていくのが感じられ……


「ちょ、ちょ、ちょっと待った。
 なんの話だよ、それぇー。」
「え、だから、怪談。」
「怪談って、誰の話だよ?」
「え?あぁ職場の人。」
「なんで職場の人が、お腹の下がキモチいいなんて話するんだよ!」
「えーと。あれは新年会だったか、忘年会だったかなー。
 それとも、新人歓迎会かな?あ、送別会?
 その辺は忘れちゃったけど、とにかくお酒の席。
 ほら、いるじゃない?
 お酒が入ると、そういう話するの好きな人って。アハハ。」
「いねーよ。ウチの会社には。
 わっけわかんないなー、ねーちゃんの職場…。
 って、あっ!もしかして、ねーちゃんの彼氏、とか?」
「はぁ?なんで彼氏なのよ。
 ていうか、なんで彼氏がそんな話しなきゃなんないのよ。
 そっちの方がワケわかんない。」
「でもさ。ほら、寝物語に…、とか。
 ちょっとありそうじゃん。ハハハー。」
「ないわよ、そんな話…。
 ていうか、アンタ。つまり、アンタはB美さんとその時、そんな話してるってこと?」
「な、な、なに、ワケのわかんない…、ていうか、なんだよ!
 いきなりその時って、そんな露骨な…。」
「え?てことは、2人は“その時”は、もぉ経験済みと…。
 あー、恥ずかしがってるぅー。ケラケラケラ。」
「恥ずかしいよ!当たり前だろ、もぉーっ!
 もぉいいよ。そんな話。だから早く続き、話せよ!」
 いや、弟があんまり慌ててるもんだから。
 つい、わたしも妙な絵面を想像をして、ちょっとどぎまぎしてしまった。


 自分は今、道を歩いているんだという感覚はあった。
 わずかながら前は見えていて、そこを進むように風景が動いていた。
 なのに、自分は立っているのか?それとも逆さになっているのか?はたまた、横になっているのか?それがよくわからないのだ。
 そのくせ、足が踏みしめる地面の感触もはおぼろげながらあって。なおかつ、足を左右交互に出して歩いているのも感じられた。
 そんな時、どこからともなく聞こえてきた異様な声。
「うぅぅっ!うぅぅっ!」
 ずっと続いているお腹の下辺りの快感を感じながら。
 「この声って、どこかで聞いたような…」と考えようとしても、虚ろになった頭ではよくわからない。
 でも、ふいにそれが自分の声だって気がついて。
 いきなり腰が抜けたようになって、体がグズグズと沈んでゆく。
 もはや、見えるものは、ぼやけた木々の緑色や空の青い色だけ。
 それらが私のすぐ上でぐるぐる廻っている様子は、まるで水の中から水面を見てるような…
 もしかして、俺はあの林道を洗う流れの中で倒れたのか?
 だとしたら、早く起きて立ち上がらないと溺れちゃう…
 体のどこからか危険信号が発っせられてるんだけど、でも、俺の頭と体は、さらなる快感を求めてズブズブ沈んでいくばかり。
「あぁー。俺、ここで死ぬんだなぁ…」
 それとともに、きゅぅっと収縮していく意識。
 しかし、それはあまりに気持ちいい…
「あっ、あっ、あっ……。」

 パーン!
 それは、目の前で火花が散ったようだった。
 でも、その後、うすぼんやりした視界の先になにやら顔のようなものが見えてきて…
 それが、次第にハッキリした像として結ばれ…
 気がつけば、それはいかめしい顔をした女性…、えっ、何なんだ、この人は?
 そのいかめしい顔つきが、ふっと緩んた。
「気がつきましたか?」
「…!?」
「そこにベンチがあります。とりあえずそこに座って。」
「ベ、ベンチ!?」
 ふいに、ゆらっと体が傾いた感覚あった。
「あ、危ない!」
 倒れかけた体を支えてくれたのか?気づけば、その女性にだらりとぶら下がっていた私。
 そして、そのままその女性に肩を借りるように、私はすぐ横にあったベンチに座らせてもらった。
 それでも、ぼーっとしていた。
「上からフラフラやって来るから、ビックリしましたよ。
 道をあっち行ったり、こっち行ったりで。」
「……。」
 そう言われても、何が何だかさっぱりわからなかった。
 頭の中は濃い霧がかかったようだし、体は砂袋になってしまったように重かった。
「どうです?一人でいても、大丈夫ですか?
 大丈夫だったら、いま暖かい飲み物持って来ますから。
 ちょっとここに座っててください。」
「暖かい飲み物…。え?あぁ…。
 あれ?ここは?ここは、どこ…?」
「ここはP神社です。わたしはここの者です。」
「P神社?」
 見れば、それは親切そうな中年の女性。
 笑みを浮かべた穏やかな表情。ただ、その居ずまいには、どこかピンと張り詰めたものがあった。
「私は…。私は、いったいどうしたんですか?」
「あー、大丈夫です。もう大丈夫です。
 ちょっと待っていてください。暖かい飲み物を持って来ますから。
 それをゆっくり飲めば、大丈夫です。」
 そう言って、足早に向こうに行ってしまった女性。
 その後を視線で追っていくと、今、私がいるのは神社の参道のような所で。その端にある、ベンチに座っているのがわかった。
 女性が走っていった先には平屋の建物があって…、あれは社務所か何かか?
 参道の両脇には、低い木がずっと連なっていた。
 ただ、その参道をずっと行くと何があるのかは木々に阻まれて様子がわからない。
 変なのは、沢の音が聞こえず、辺りがシーンとしていることだった。
 林道に降りてからは、ずっと沢の脇を歩いていたというのに…
 P神社って言ってたけど、いったいどの辺なんだろう?
 地図を見ようとしても、それがとっても億劫で。
 というか、座っているのもやっとというくらい体が重かった。
 まるで、座っているそのベンチから無数の糸が伸びていて、私の全身を引っ張っているような感じ。
 ふっと暗くなったのは、目をつぶったのか、それとも気を失ったのか…

「さ、これをゆっくりゆっくり飲んでください。
 そうすれば大丈夫ですから。」
 声に我に返ると、それは先ほどの中年の女性。お盆にのった湯飲みを手に取ると、私に差し出した。
「お茶?ですか…。」
 湯飲みの中を見て、さらに女性の顔を見ると。女性は、私の顔を見ながら笑ってうなずいた。
 その手に伝わってくる熱い感覚。それは、私をほっと落ちつかせてくれた。口に含むと、さらにそれは強まった。
 サーっと。頭の中が、霧が晴れるように冴えていく。
「あぁ…。助かった…。」
 思わず、口をついて出たその言葉。
 でも、いったい何から助かったというのだろう?
 ただ、その言葉を聞いた途端、うなずいて微笑んだ女性の顔を見ていたら、助かったというのが間違いではないんだと、私は確信した。
 ううん。それも、なぜかはわからない。

「私に、いったい何があったのですか?」
 しかしその女性、首を横に振って微笑むばかり。
「あ、もしかしたら、私はこの神社の神様に助けられた…、ってことなんでしょうか?」
 まだ残る、湯呑の温かさをしっかり握るようにそう言うと。
「D山を登られたのですよね?」
「ええ…。」
「D山は、高い山ではないので、甘く見られがちなんですけど、急なところが多くって。
 みなさん、自分で思っているよりも疲労が溜まる山みたいですよ。」
「そうなんですか…。
 あ、これ。ありがとうございました。おかげで助かりました。」
 私が湯飲みを差し出すと、お盆でそれを受けた女性はまた微笑んだ。
「いえいえ。どういたしまして。」
「あのー。神社の神様に、
 お礼に拝ませていただこうかと思うんですけど…。」
「それはかまわないのですが…。でも、もうすぐ日が暮れますよ。
 駅までは、ここからまだ1時間以上かかります。この辺は、タクシーもありませんし。
 とりあえず、今日のところは、先を急がれた方がいいと思いますよ。」

 私は、その「もうすぐ日が暮れますよ」という言葉に、とっても慌ててしまったのだ。
 なぜだか、よくわからない。でも、あんな変な経験をしたからだろう。
 そう。考えてみれば、私は自分が今どこにいるのかもわからないのだ。
 そんな場所で日が暮れてしまったら大変と、女性にその駅までの道を聞くと。
 なんと、意外なことに。女性の言うその駅とは、私が行くつもりだったE駅だった。
 ということは、道に迷ったということではないのか!?
 つまり、この場所は予定通りのハイキングコースの途中なわけだが、でも……
「さ、もう行かれたほうがいいですよ。
 駅までは、まだありますから。」
「あ、はい。」

 後は、挨拶もそこそこ。立ち上がれば、先ほどの体の重さが嘘のようで。私は参道を鳥居の方に歩き出した。
 それは、鳥居の下。振り返ると、先ほどのベンチの所にあの女性が立っていて深々と下げているのが見えた。
 慌てて、私も立ち止まって、頭を下げて。後は、女性が教えてくれた道を足早に歩いていった。

 そこは、またもや高い杉が生茂る暗い道だった。
 しかし、先ほどの道とは違って、クルマがすれ違えるくらいの道幅で。下は砂利を敷いて整地してあった。
 そんな道を10分ほど歩くと。気づけば、集落の外れに立っていた私。
 そこは、山の斜面に段々畑があって。思ったよりも全然明るい西日に照らされ、地元の人が農作業しているのが見えた。
 そんな風景にほっとしながら歩いていると、前から作業着姿のお爺さんがこっちにやって来た。
 神社から歩き出して、まだ10分ちょっと。あの女性によれば、駅まではまだ1時間くらいかかるはずだった。
 あらためてそれを確認しようと、そのお爺さんに駅までの道と時間を聞いてみた。
 すると、
「えぇー、駅ぃー?駅なら、そこ曲がって。通りを渡れば、すぐだぁ。」
 と、訛りまじりののんびりした声が返ってきた。
「えっ?あ、だからバスの、じゃなくて、鉄道の駅ですよ。」
「あぁ。バス停かぁ。バス停なら、曲がって通りに出たとこだぁ。
 もっとも、バス停は駅にもあるけどなぁ。
 まぁどっちも、すぐそこだぁ。」
 お爺さんは、やっぱり、のんびりした口調でそう言うと。後は、笑いながら私が来た道を登っていく。
 その後姿を見ながら。「まぁ田舎の人のすぐは、とんでもなく遠いって言うからなぁ…」と、思わず苦笑してしまった私。
 とにもかくにも。思ったよりも、まだ日は全然高かったが、とにかく先を急ごうと、私はまた歩き出した。
 ところが…。
 角を曲がって通りの向こうに見えてきた、駅のような建物。
 というか、通りには「駅入口」という案内看板が立っているではないか。
「…!?」
 どう考えたって、あの神社からまだ20分も歩いてなかった。
 変だなぁーと首を傾げながら駅に向かっていて、ふと駅舎の時計が目に入って驚いた。
「えぇっ、まだ3時半!?ウソぉ…。」
 慌てて自分の腕時計を見ると、もちろんそれは駅舎の時計と同じ時刻を示している。
 慌てて、辺りを見回すと。
 それは西の空。ずいぶん赤みを帯びてきたとはいえ、まだまだ高い所に輝いている太陽の姿。
 振り返れば、ぼこっと一際高いD山の頂が西日に照らされている。
 やはり西日に照らされているその下の山腹。さらにその下には、先ほど見た段々畑。
 そこで作業をしている人たちの姿が、やけに大きく見えて。
 そう。どう見たって、1時間もかかるような距離ではない。

 もう一度自分の時計を見ていて、初めてそのことに気がついた。
 なんで、いままで時計を見なかったのだろう…
 何だか変だった。
 でも、どこから変なのだろう?
 自分の記憶のそのあまりに強烈な違和感に、ふと、あの神社に戻ってみようかと思って。
 2歩、3歩歩きかけて、ふいにゾクゾクっときた何か…
「っ!」
 即座にくるりと踵を返した私。
 そうだ、デジカメ…
 私は駅の写真だけ急いで撮ると、後はその中に逃げるように駆け込んだ。

 あの日のD山の写真は、自宅のパソコンの中にある。
 今でもそれを見ると、考えてしまうのだ。
 古戦場の写真から駅の写真まで、一気に飛んでいる「約一時間半の空白」を…
 

「途中のお腹の下には、どういう話だよ?って思ったけど…。」
「終わってみれば、どういう話だよ!? …でしょ。」
「えぇ?つまりさ。つまり、神社のその女の人――。」
「ストップ!」
「え?」
「だから。それを言うのは、野暮。
 後は、聞いた人がそれぞれに思い巡らせばいいのよ。
 どうしてもそれを話したいなら、そこに行ってみればいいのよ。違う?」


                    ―― 『姉弟掛け合い怪談:その9』〈つづく〉

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  断りなく転載されるのは非常に不愉快です。やめてください
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2017
03.12

怪談:17.3.12『姉弟掛け合い怪談-その8』


 小学2年か、3年か。どっちだったかは憶えていない。
 時期は、4月だったか、それとももぉ5月になってたのか?
 とにかく、春爛漫っていうよりは、完全に初夏って感じの日だった。

 たまたまその日は、班長会議か何かで帰りが遅くなって…、遅いといっても昼前か昼をまわったくらいだったから、それは土曜日だったのかもしれない。
 1人だけ帰りが遅くなったこともあって、いつも一緒に帰る友だちはみんな先に帰ってしまってた。
 僕は友だちがいる時はそうでもないけど、一人だと途端に気が小さくなってしまう子供だった。
 子供の頃って、みんなそんなものかもしれないが、でも僕の場合、それが極端だったような気がする。

 僕の家は学校から遠かった。小学校低学年の僕の足だと、40分以上歩かないと家にたどり着けなかった。
 そんな、一人で心細く歩いていた僕だったが、それはやっと2/3くらいまで歩いた時だった。
「P太クン。」
 ふいに名前を呼ばれて。いや、それが女の子の声というのは気がついていた。
 でも、一人で心細かった僕は、女の子でも誰か知ってる人がいたと喜色満面で振り返ったんだと思う。
「え…。」
 そこにいたのは僕の家の近所のB沼さんちの子、A子ちゃんだった。
 でも、B沼さんが僕を呼ぶなんてこと、あるわけなかった。
 それは、B沼さんが僕より2つ年上の女の子だから――いや。今はどうだか知らないが。僕の子供の頃は、男と女って基本的に一緒に遊ばないものだったのだ。お互い、意識して避けてるっていうか…。
 と、それはありつつ、それがあり得なかったんは、そこにいたのがB沼さんだったからだ。
 体調が悪くて学校を休むことの多いB沼さんだったけど、それでも朝の集団登校では一緒だから、それなりに知っていた。
 だけど、僕はB沼さんと話したことが一度もなかった。
 ううん。それは僕だけではない。一緒に学校に行く友だちもそうだった。というより、B沼さんが女の子とおしゃべりしてるのも見たことがなかった。
 
 そういう子って、クラスの中に大体1人くらいはいた。
 だから、B沼さんもそういう子なんだろうって思っていた。
 ただ、そういう子って。まぁちょっと冷たい言い方になるが、誰もその子を意識しなくなっちゃうものだけど、B沼さんはそうではなかったように思う。
 というのは、B沼さんって、当時小学校低学年だった僕から見ても、なんか、きれいって感じがする子だったのだ。
 いや。それは見た目がたんにきれいというのとは微妙に違う。おしとやか…、というのとも違うし…、なんて言うか、大事にしてあげなきゃいけない子、みたいな。
 B沼さんというのは、そんな雰囲気がある子だった、と言ったら一番近いのかもしれない。

 話が脱線したが、つまり、B沼さんというのは、まず2つ上のお姉さんで。そして、大人しくて、おしゃべりしない子、だった。
 だから、その時。僕は呼ばれて振り返っても、一体誰が呼んだんだろう?と、B沼さんの後ろをキョロキョロするしかなかったのだ。
 だって、B沼さんが僕に話しかけるわけないのだから。
 ところが、そのB沼さんが、急にこっちにタッタっと駆け寄ってきたから、僕はびっくりだった。
 だって、B沼さんに話しかけられるだけでも驚きなのに。その時、B沼さんは、なんとニコニコ笑っていたのだ。
 いやもぉ今度は逆に、B沼さんは僕じゃない誰かに笑いかけてるのかと、後ろをキョロキョロしてしまったくらいだった。

「一人なの?」
「え…。」
 バカな話だけど、まだ僕に話しかけてるって思わなかったくらいだった。
 だから、彼女の口からその後出てきた言葉は、それが本当にあのB沼さんなんだろうか?って、唖然としてしまったのを憶えている。
「P太クン。ねぇ、買い食いしてかない?」

 買い食いなんて言葉、今はもぉ死語なんだろうか?
 それは、僕が子供の頃、学校帰りに店で何か買って食べるということを意味していた。
 そして、それは学校で禁止されていることであり、つまり先生や親に見つかったら叱られることだった。
 つまり。その時B沼さんが言ったのは、「見つかったら絶対怒られるんだけど、だからこそ楽しい買い食いをしてかない?」というお誘いだったというわけだ。
 それって、今なら、そう、小4くらいの女の子が、学校帰りに近所の小2くらいの男の子をマクドナルドに誘うくらいの感覚だろうか?
 いや。小1の女の子が幼稚園の男の子を誘うくらいの感覚かもしれない。
 しかも、誘ってきたのはあのおとなしいB沼さんなわけで、僕はそのの時、何をどう言えばいいのか全然わからなかったのを憶えている。

 そんな僕の口からやって出てきた言葉は、「お金持ってないからダメ」というものだった。
 ところが、B沼さんは、僕の顔の顔を見ながら、さも可笑しそうにクスって笑って。さらに、イタズラっぽい口調でこう言った。
「オゴってあげるから…。ね!」

 いくらなんでも、「オゴってあげる」のひと言で「うん。行く!行く!」って喜んでついてくほど現金じゃなかったと思う。
 ただ、おごってもらうにしても、もらわないにしても、帰り道は一緒なわけだ。
 また、いくらおとなしいB沼さんとはいえ、あのくらいの齢で2つ上っていうのはもう絶対的な差だ。だから、「行こう」と言われたら、ついてくしかなかったというのもあったと思う。
 あと…、そう。その日が、初夏全開のとっても気持ちのいい陽気だったというのもあったのかもしれない。


 買い物に入った店は、家からは15分くらいの所にある文房具屋兼パン・駄菓子屋の店だった。
 繰り返すようだが、買い食いは学校で禁止されていることだった。
 だから、店に入るのはB沼さんに引っ張られるようにだし。店の中では、お菓子を選んでいるB沼さんの後ろで黙って見ていただけだった。
 
 そして、買い物を済ませて店を出た、直後。
 いきなり、B沼さんの顔が僕の顔のすぐ横にやってきて。そして、僕の耳元で、ヒソヒソ声でささやいた。
「ねぇP太クン。裏道から帰ろうね。買い食い、見つかっちゃうから…。」
「う、うん。」
 思わず、そううなずいた僕。だた、うなずいてから、そのことを思い出した。
 裏道って、えっ…

 裏道というのは、いつも僕が学校の行き帰りをする大通りから森を挟んだ向こうを通る道だった。
 森といっても、決してそれほど広いわけではない。でも、そこは他の森と違って藪が濃く、気軽には入れない場所だった。
 一方、その裏道を挟んだ向こう側は、X社の研究所がある敷地で。研究所だから人がいるはずなのに、その気配が全然ないという所だった。
 研究所とされる建物は道から50mくらい向こうにあるのだが、その間はきれいに整備された庭があって。でも、その庭すら人がいるのを見たことがなく。シーンと謎めいた場所だった。
 裏道は、そんな藪の濃い森と、いつも静まり返った研究所の敷地を分けるように真っ直ぐ通っていた。
 つまり、そこというのは、普通の家が7、800mくらい一軒もない場所で。当時、僕は夕方や雨の日はもちろん、一人の時は晴れた日でも通らないようにしている道だった。
 とはいえ、大通りを堂々と買い食いしながら歩けるわけもない。
 まぁ2つ年上のB沼さんと一緒だし。何より、その日は日差しがキラキラ眩しかったから…

 いつもの通りをちょっと歩いたところに、裏道との分岐があった。
 いつもの通りとその裏道の境にある森は、そこはまだ幅が狭い。でも、その場所ですら、藪は奥が全然見えないくらい濃かった。
 道は真っ直ぐ、一番向こうまで見渡せた。でも、そこには人っ子一人、クルマ一台なかった。
 そんな人気のない裏道を、あの時、僕はB沼さんと何を話しながら歩いていたのだろう。

 それは、その裏道の2/3を過ぎた辺り。
 左側の森は相変わらず続いていたが、例のX社の研究所の敷地がちょうと終わった所だった。
 研究所の敷地の向こうは竹林があるのだが、そこがまた変な場所で。
 太く高い竹が生えたそこは、2mくらいある高い金網に囲われ、昼でも薄暗いのだ。
 その薄暗さは、向かいの藪の濃い森よりも暗いくらいで。その反面、森と違って下草がないので中が見通せる分、かえって気味が悪かった。
 そんな場所で、B沼さんはふと立ち止まって。僕の顔を斜めに見下ろしながら、そこを指さした。
「ね、P太クン。そこ、行ったことある?」

 B沼さんが指差したのは、研究所とフェンスに囲まれた竹林の境にある小道だった。
 しかし、その道は、木で作られた柵のような門が、いつも通せんぼしているところだった。
 もちろん、その日も柵のような木の門が閉まっていて。真ん中には、これ見よがしに太い鎖と大きな南京錠が鈍く光っていた。
 そんな門を見ながら、僕は首を振って言った。
「ここは、入れないじゃん。」
 そんな僕の顔をじっと窺っていたB沼さんの目。でも、それは、すぐにちょっと小馬鹿にしたような笑みに変わった。
「あぁやっぱり。男の子たちって、ここ知らないんだ。
 あのね、P太クン。ここは、スっゴクいい所なの。
 ねぇ。ちょっと、今から行ってみない?」

 当時、僕は友人たちと、近辺のほとんどの所にもぐり込んでいた。
 その裏道の左側の藪の濃い森にも、大人に連れられて山菜採りに一度だけ入ったことがあったくらいだ。
 でも、その研究所と竹林の間にある小道は木の門が通せんぼしていたこともあって、頭から入れない場所と思い込んでいた。だから、入ろうと考えたことすらなかった。
 そんな所を、いつもおとなしいB沼さんが知っているのも驚いたのだが。でも、それよりなにより、門に鍵がかかっている、つまり大人が「ここには入ってはダメ」と言ってる場所に入ったと言うのだから、びっくりしてしまった。

「ふふっ。ね?行こ…。」
「えー、大丈夫なのぉ?」
「うん。」
「B沼さんは、入ったことあるの?」
「うん。何度もあるよ。」
 またクスっと笑ったB沼さん。そして、僕の顔を覗き込むような目で少しの間見ていたのだが、やがてからかうようにこう言った。
「怖いのぉ?P太クン。男のくせに…。
 うふっ。大丈夫よ。誰も来ないわ。
 すっごくいい所なのよ。ね、行こ…。」
 気がついたら、僕の右手はB沼さんにぎゅっと掴まれていた。
 そしてそのまま、僕を木の門の方へ引っ張るように歩き出した。

 当時、僕は小学校の低学年。女の子の手を握るなんてことは、運動会のフォークダンスくらいだったと思う。
 それだって、イヤイヤ触れる――そう、それは“握る”というより“触れる”という方が近かった。
 なのに、その時僕ははなぜかB沼さんに手を握られたままだった。

 そして、僕はあの木の門のすぐ前にいた。
 その門越しに向こうを見ると。左側は2mくらいの高い金網に囲まれた真っ暗な竹林がずっと真っ直ぐ、奥まで。右側は、研究所の石垣とその上の等間隔に植わった松の木が並んでいた。
 そこは、それらが左右にずぅーっと向こうまで、暗ぁーく続く細い道。
 舗装されてない、真っ黒な土。何日か前に降った雨のせいだろうか?まだぬかるんでいて、ところどころ大きな水溜りが残っていた。
 ただ、道をずっと行った遥か向こうは、パァーっと眩しくて…

「えっ。何してるの!」
 見れば、B沼さんは木の門の下をくぐっているところ。
 いつものおとなしい感じとは全然違う身のこなしで、あっという間に門の下をくぐってしまったB沼さん。門の向こうでさっと立ち上がったかと思うと、服についた土をパッパと払って。
 そして、「ねぇP太クン。早く来なよぉー」って、クスクス笑いながら。でも、その目は門の木の間からじっと、決して僕の目を離そうとしなかった。
 その時の僕は、まるでその目に操られいるかのようだった。
 だって、気がついた時には、腹這いになって木の門をくぐっていたのだから。

 
 不思議なことに、その後はしばらく記憶がない。
 高い金網のの竹林と研究所の石垣の間を通る薄暗い道を、B沼さんと2人して歩いたはずなのだが、その時のことは全く憶えてないのだ。
 だから、その後の記憶というのは、その薄暗い道を抜けて見た光景だ。
 そこは、暗い道がパーッっと開けて。ついさっき、通りを歩いていた時のような初夏の陽射しを感じたと思ったら、視界の遥か向こうにC川が青々と光っているのが見えた。

 そう。僕は、いつのまにかC川を望む崖の上に来ていたのだ。
 もっとも、それは当たり前だった。
 僕の住む街というのは、C川から一段上がった河岸段丘の上にあるわけで。C川のある南の方に歩いていけば、絶対崖か坂にぶちあたるはずだった。
 それは頭ではわかっていた。でも、いましがたまでのジメジメ薄暗い道とは真逆な光溢れる光景に、僕はしばらく声も出ないくらいだった。

 呆気にとられている僕を見て、B沼さんは満足したのだろう。また、あのクスっという笑みを浮かべた。
「ねっ?きれいでしょ。」
 B沼さんの、やけに自慢げな口調はちょっと癪にさわったけど、でも、この風景は確かにきれいだった。
 だから、僕はわざと返事をしないで、少しの間そこを歩いて、C川を眺めていた。
 そんな僕がやっと振り返ると、B沼さんは崖に近い、柔らかい草が一面に生えている場所にペタンと座っていた。
「P太クンもこっち来なよ。お菓子、まだ残ってるよ。」
 
 B沼さんのすぐ横で貰ったお菓子を食べながら、僕は胸が甘酸っぱくなってくる、変な感覚を味わっていた。
 そんな時、目の前の草むらに赤いものがあるのを見つけたのだ。
「あっ、イチゴ!」
 叫ぶより早く、僕は手を伸ばして、その赤い実を摘んでいた。
 僕が、その透き通った赤い実を手にとって見ていると。
「食べれるよ。おいしいよ!」
 そう言って、B沼さんは、自分でも近くにあったその赤い実を摘んで、ポンっと口に入れてしまった。
「えぇー、おいしいのぉ?」
「おいしいって。P太クンも食べてみなよ。」
 近くにあった実をまた口に入れている、B沼さんのなんとも言えないような表情。
 野イチゴってそんなにおいしかったっけ?と、僕は恐る恐るその赤い実を口に入れた。
 でも、それはやっぱり酸っぱいばかり。それがおいしいとは、どうしても思えなかった。
「酸っぱいよー。おいしくない。」
 そんな顔をしかめた僕に、B沼さんはまたクスクス笑った。
「この酸っぱいのがおいしいんじゃなーい。」
 そう言ったそばから、また近くの実を摘んで口に放り込んでいる。

 野イチゴをおいしそうに口に入れているB沼さんを、僕は疑わし気に見ていたのだが。
 ふと、たまたま摘んだ実がおいしくなかったのかもしれないと思って。だから、いかにもおいしそうな、赤い色が鮮やかな実を見つけようと周りを見回した。
 すると、なぜ今まで気がつかなかったのだろう?
 そこには、辺り一面の黄緑色の葉陰に赤い実がたくさんなっているのが目に入ってきた。
 僕は四つん這いになって、おいしそうな赤い実を探し始めた。
 いつの間にか、それに夢中になっていたのだ。でも、ふいに怒ったようなB沼さんの声が聞こえて、「えっ?」とその声の方を振り返った。
「危ない!P太クン。そっちは崖よ!」
 驚いて見ると。そこは野いちごの蔓に隠れて、地面がふいにえぐれるように崖が口を開いていた。
「わぁっ!」
 慌ててB沼さんの傍に戻った僕。
 でも、そこって、実はそんな大した崖ではなかった。
 そこそこ5、6mくらい?関東地方に住んでいる人なら誰でも見たことがある、黄色い関東ローム層がボロボロと剥きだしになった土の崖だった。
 もっとも、落ちたらそれなりには怪我するんだろうけど。

 自分の隣りに逃げ込むように戻ってきた僕に、B沼さんはちょっと満足そうな笑みを浮かべていたように思う。
「フフフ。危ないよ、P太クン。」
「うん。びっくりしたよー。」
「イチゴはやめて、これ食べなよ。」
 そう言って、紙袋に手を入れると、B沼さんはそのまま僕の口に入れてくれた。
「っ…。」
 たぶん、それは表面のチョコレートがドロドロにとけた菓子パンだったと思う。
 野いちごのすっぱさとは対照的に、それはとろーりと甘くて。のどに落ちていく、そのぬらりと甘い余韻を感じていると。
 B沼さんはといえば、手についたチョコレートを舐めながら「おいしいね」って言って。あとは、クスクス笑っているだけ。
 その後だった。
 B沼さんは、僕の顔をしばらくじーっと見ていたのだが、ふと。
「もぉー。それじゃお母さんに買い食いバレちゃうよー。」
 そして、スカートのポケットからハンカチを出して。
「ほら。もぉP太クン。じっとして…。」
 いや、ホントはよくわからない。
 なぜなら、その時僕は、ふわーっと顔が熱くなってしまったから。
 でも、たぶん。B沼さんは、そんなことを言いながら、僕の口のまわりについているチョコレートを拭いていたんだと思う。

 
 僕とB沼さんは、その後もしばらくそこにいた。
 ただ、それはよく憶えていない。
 唯一、憶えているのは、帰り道。
 もう崖の上のその場所を出て、またあの薄暗い道を歩き、木の門をくぐって。さらに藪の濃い森の脇の道も抜けた、僕とB沼さんの家がある住宅地の中の道だった。
 B沼さんと何を話しながら、そこまで帰ってきたかは憶えていない。
 でも、B沼さんはいつものおとなしいB沼さんでなく、あそこにいた時のB沼さんのまま、ずっとクスクス笑っていた。
 そこは、道を左に曲がればB沼さんの家。僕の家は、このまま真っ直ぐという所だった。
「ねぇ。また行こうね。あそこ…。」
 でも、そう言って見た顔が、急に困ったような顔になって。
 そして、ふっと顔をあげたB沼さんは、僕を見ずに、家の方に目を向けた。そして、ひと言。
「うん…。そうね…。」
 それだけ言って、急にくるんと背を向けたB沼さん。
 と、思う間もなく、僕が目にしたのは、家に向う道をタタターっと駆けて行くB沼さんの後姿。
 それは、家に飛び込むように、その姿が消えてしまった直後だった。
 カチャン
 少し遅れて聞こえた微かなそれは、B沼さんの家の門扉が閉まる音だった。


 その後、僕はB沼さんとそこに行ったことはない。
 というより、B沼さんと話をしたことすらないように思う。
 朝の集団登校にB沼さんはいたけど、でも、そのB沼さんはいつも通り誰とも話さない、おとなしいおねえさんに戻っていた。

 いつの間にか、雨の降り続く季節になっていて。
 それは、夏が来るちょっと前のことだった。
 学校から帰ってきた僕が、「B沼さんちのA子ちゃん、なんとかという思い病気で入院するんだって」と母から聞かされたのは。
 その後、僕は、A子さんの噂を聞いたことはない。


「なんかさ。哀しいね…。」
「うん…。」
「A子ちゃんってさ…。えぇ!?今、どうしてるの?」
 弟が小2か小3の時のことだから、わたしは中学生だった。だから、その頃は小学生のA子ちゃんのことは意識になかったはずだ。
 ただ、そう言われてみれば、母からA子ちゃんが入院したなんて話、聞いたような…
 変な話、亡くなったということはないはず
 だって、亡くなったということであれば、お葬式などの記憶があるはずだから…
 B沼さんちは、たぶん今でもあの家に住んでると思うんだけど…
 でも、そう思うだけで、実際のところよくわからない
 まぁ母に聞けば、何かわかるのだろうけど…
 もしかしたら、今でも……
 なぜだか、ふいに。小学生の集団登校でのA子ちゃんの顔がハッキリ思い出された。


「でも、あれだね。アンタってさ、結局、小学校の時から年上好きだったんだね。
 よかったじゃない?B美さんも年上だしー。アハハ。」
 B美さんは弟より3つ上。つまり、わたしの2つ下だった。
 実は、彼女も高校の時はわたしと同じバレー部で。試合等で見て、わたしのことはなんとなく憶えていると言っていた。
「ていうかさ。A子ちゃんのそんな話、初めて聞いたけど…。」
「だって、まさか言えないだろ。
 買い食いしたの、バレちゃうわけだもん。」
「そういうこと?そぉ!?えぇー?」
「うん。ていうかー、たぶんさ。子供ながらに思ったんじゃないのかな?
 これは、親はもちろんだけど、他の人にも言っちゃダメなんだって。
 だって、変な言い方だけど、ある意味秘め事だろ?
 それも、言ってみれば、男と女の…。」
「ぶぶっ。アンタ、いったいなに言ってんのよ。小学生でしょ?
 ていうか、えっ!もしかして、キスとか、それ以上とか、しちゃったってこと!?
 A子ちゃんと?えー、ウっソぉっ!」
「バ、バカ。ねーちゃんのスケベ。そんなことあるわけねーだろ!
 ち、違うって。だから、なんて言うかー。
 子供のレベルだと、そのくらいでもぉ充分秘め事っていうかさー。
 ハハハ!ダメだ。もぉやめよ。終わり、終わり。ハハハー。」
「……。」
「な、なんだよー。」
 思わず、弟の顔をじっと見ないではいられなかった。
 秘め事かー
 なんだろう?よくわからない。
 でも、それを姉のわたしとはいえ、肉親の前でするっと口に出来るって、この弟もずいぶん大人になったもんだ…って。
 わたしはその時、なんだかそんな風に変に感心してしまったのだ。


 さて…
 次はわたしの番、この流れでどんな話をすればいいのだろう
 だって、秘め事、それも男と女のソレなんて、反則だろー
 だって、それ以上の怪談、あるわけないではないか
 となると、オチャラケるべきか、怖いのがいいのか、うーん
 って、なんだか、弟のペースに完全のせられちゃったみたいで癪にさわらないでもないが、そうだ。こういうのはどうだろう……



                    ―― 『姉弟掛け合い怪談:その8』〈つづく〉

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2017
03.12

仮面ライダーになった夢を見ちゃいました ←子供かwww


 仮面ライダーになった夢を見ました。
 家に戻ってきたら、仮面が濡れてたんで、干したり。
 あとは、泥だらけになった服の洗濯とか、もぉ大変!

 ま、夢はその場面だけだったので。ショッカーとかは、特に知りません(笑)


 で、仮面ライダーといえば、例の「MOZU」(笑)
 映画版がTVでやってたんで、録画して見ちゃいました。

 ま、ツマンナイって話は聞いてたし。
 放送する時間が日曜の夜中(土曜の夜中でなく、日曜の夜中)だったこともあって。
 つまり、それって「面白くないよ」ってことだよね?と思って見たら、いやぁ、まぁーまぁー。
 というか、結局、楽しく最後まで見ちゃったんですけどね。
 でも、見終わってみたら、あぁーあ。なんでこんなツマンナくしちゃったんだろ?って(笑)

 うん。まぁ最初のビル占拠テロ(ただし一部屋)のシーンからして、なんだかなーっていうのはあったんですよね。
 最近のお話は、何でもかんでもテロ、テロ、テロ…で。
 テロとか、ハッカーとか。サイバー犯罪とか、ドローンとか、そんな現代用語の基礎知識(imidas?え、死語?)みたいのばっかで、なんだかもぉウンザリ。
 えー、またそれなのー?なんか、他にないのー?って言うんですかねー。
 お話に、そんな言葉が出てきただけで、作者(作った人)を軽薄ぅ~って思っちゃうっていうかー(笑)

 ま、それらを出しとけば、とりあえず見てる方も、お!カッコイイとか思っちゃうから、いいっちゃぁいいんでしょーけどね(爆)
 でも、テロと犯罪の定義を区別させなくしちゃったのは、ブッシュ元大統領の「企み」だと思うんですけどー

 でも、その(ツマンナイ)テロのおかげで、大杉さんと明星さんの楽しい会話が中断されちゃったのはなんだかなー(笑) ←何が見たいんだ?
 ていうか、最初にあのテロのシーンがあるから、あの権藤とかいうチンピラ(殺し屋だっけ?)がお話に必要になるわけで。
 その権藤(ちなみに、チャラい)とか、あと中盤の余計なアクションシーン、全部とっぱらっちゃって、その分ストーリーに割いてくれたら、あの映画、もっと全然面白くなったと思うんだけどなー。
 ま、そのストーリーのアイデアが浮かばなかったから、アクションシーンでごまかしたっていうのはわかるんだが…

 ていうか、アクションシーンはアクションシーンでいいから、最近の映画でよくある前編後編とかには出来なかったんだろうか?
 ここまで、ダルマ、ダルマで引っ張っといて。
 最後の最後にダルマ復活しました。
 でも、ヘリコプターが墜落して死んじゃいました。
 じゃぁなぁー(あ、ネタバラシしちゃったwww)。

 あれじゃぁ、さんざんボコボコにされても元気に活躍してた中神甚も、さんざんウルトラスーパーな存在だった築城警視正も草葉の陰で泣いてると思うな(笑)


 まー、それらもありつつ、映画版は倉木さん、大杉さん、明星さんがやられすぎで、活躍しなさすぎ!
 ま、必殺仕事人の映画版をあげるまでもなく、昔からドラマの映画版って主人公が活躍しないものなんですけどねー。
 とはいえ、倉木さんは、殴られっぱなし、刺されっぱなしだし。
 大杉さんは、爆弾投げたらブスっ!で、あとは貞子さん状態だし。
 明星さんにいたっては、今回は敵に捕まっただけなんだもん。
 せめて捕まるシーンくらいあってもよくない? いくらなんでも、サボりすぎです(爆)

 それでいて、前半は引火でボカン! 後半はヘリコプター落ちてボカン!(のシーンはなかったけど)で敵が死んじゃうから、見てる方はストレス溜まる!溜まる!(笑)

 と、言いつつ、(少数派らしい)明星さんファンとしては、今回もあの目の演技にうわぁ~って(笑)
 目は口ほどになんとやらとか言うわけですけど、明星さんの場合は口の何倍もしゃべっちゃうのがスゴイです。
 なのに、あの雨の夜に倉木さんと会う場面、あんなに暗いんだよ!
 肝心の目が全然見えねーじゃねーか!って(笑)
 もしかして、映画館だとちゃんと見えるのかな?

 MOZUファンの方にも「セリフ棒読み」とか言われちゃう明星さんですけど、あの目の動きだもん。セリフなんかどーでもいいだろ!って思うんだけどなぁ~(笑)
 ていうか、あの口調はそういう役どころなんだと思いま~す(笑)


 と、まぁ散々っぱら文句垂れまくりでしたけど、でもMOZUって、何か引っかかるものがあるんですよね。
 子供の頃、仮面ライダーを見てワクワクドキドキしてた、あの感覚を思い出すっていうのかなー(笑)
 だから、ヘリコプターは落ちちゃったけど、でもダルマは生きてたよ!
 築城警視正も死んだと見せかけて、実は生きてたよ!
 でも、何でもいいから(というか、それ、定番ですよね)、また新しいヤツ作ってほしいんだけどなぁ…(爆)
 あ、でも映画じゃなくてドラマね。それも5回じゃなく、せめて10回!


 そんな、仮面ライダーの夢をめぐるお話でした。
 チャンチャン(笑)



 

 ラストの、大杉さんと明星さんがレストランで倉木さんを待ってるシーン。
 ピアノの演奏が、途中から「第三の男」にかわるのは倉木さんにかけてるのかなーと思ったんだけど、でも、あれ、なんかイマイチダサいんだよなぁ~(笑)
 あと、ラストのラストでクリスマスの街中を倉木さんが歩くシーンにサンタクロースがいるけど、どうせなら、それが新谷和彦だった、くらいのサービスはあってもよかったと思うな♪




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2017
03.05

なんだか、いきなり…


 いやはや。
 なんだか、いきなり、すっかり春めいちゃって…

 つい、何週間か前の日曜の公園なんて、人、ほとんどいなかったのに。
 今日は、もぉウジャウジャ。
 いやはや…(笑)

 買い物に行く時通る、ある家のしだれ梅なんか、これから咲くんだか?もぉ終わりなんだか?
 垂れた各枝にポツンポツンと花がついたみょーな咲き方で、なんだか赤ん坊の上でくるくる回ってるオモチャか、カサのぶっ壊れたのみたいで。
 間が抜けてて、思わず笑っちゃいました。


 春めいてきたせいなのかなんなのか、先週くらいから野菜が安くなってきたのはありがたいですね。
 たぶん、近郊近県の露地物なのかな?比較的天気がいいのが続いてて日照時間が長いのに加えて、暖かくなってきたんで急にグングン育っちゃったってことなんでしょう(笑)
 ブッコロリがかなり安くなってるし。あと、レタス!レタスは、ヘタしたら2玉100円(ただし小玉)とか、やたらめったら安くなってて。
 いやもぉウハウハしちゃいます。 ←青虫か!(あれ?青虫はレタス食べない?)

 その反面、高いのが白菜っ!
 いやもぉ何であんなに高いんだろう???
 ただ、地元の野菜直売所に行けば、まぁまぁの価格で買えるんで。
 それを見ても、ここ2週間くらい、野菜が安くなってきたのは関東地方で好天が続いてるのと、暖かくなってきたからなんでしょうね。

 とはいえ、いままでずっと高すぎっ!でしたしねー。
 ていうか、1月からこれだけ好天が続いてるってことは季節が変わったら雨ばっかって可能性が高いわけだし。
 ま、つかの間の平安のこの期間に、せいぜいイッパイ食っといた方がいいのかも。


 でー、春といえば、例の村春氏の本(笑)
 何気にアマゾン見てみたら、2/24に出たばかりで、上下1000ページの本を100人以上レビューしてるっていうのには驚いたというか、呆れたというかー(爆)
 しかも。アンチ村春氏らしい方のレビューまであるって、どういうこと???

 古本屋にたくさん売ってたんで買ったら後悔してるなんてクサしてる人もいたけど、ホントなのかなぁー。
 アマゾンの古本見ても、まだそんなに出品されてないみたいですけどねぇ…(笑)
 ある意味、怪談本です!(爆)


 そういえば、村春氏のその本が発売される夜、特集したTV番組がやっていて。
 バクモンの太田が「(村上春樹を読むと)こんな日本人いねーよ!って思う」って言ってたんですけど、むしろ、今や“そんな日本人”の方が多いだろー!って思うかなぁー(笑)
 太田さん、あまい!www

 それこそ、TV番組に出てきた、アマゾンで村春氏の本にアンチなレビューを書いたら、何万って人が「参考になった」ボタン押しちゃったレビュアーの人ですら、アンチとか言ってるわりに、ミョーぉに村春臭が漂ってましたもんね(笑)


 ていうかー。
 世の村春フィーバーに影響されちゃって(影響されやすい性格なんですwww)、あー、そういえば久しぶりに読んでみたいなーって。
 『回転木馬のデッドヒート』っていうの買っちゃったんですけど、まだ全然読んでないですね(笑)

 村春氏の小説は、3年前くらいに初めて読んで(ノル森は出たばっかの時読んだけど、内容は全く憶えてない)、最近はそれほど(読まず)アンチじゃないんですけどねー。
 ていうか、『アフターダーク』と『スプートニクの恋人』は好きです

 ただ、今回の本は、下巻のサブタイトルに、お決まりの「メタファー」って言葉が出てくるのはなんだかなーって。
 いやまぁ「メタファー」なら「メタファー」でもいいですけどー。
 でも、文章を書くのを生業の人が、その言葉を別の言葉で表現出来ないっていうのはちょっとなぁ…。
 バカな実話怪談作家が、暇さえあれば「禍々しい」とか「漆黒」って言葉を使いたがるのと一緒みたいで、ちょっといただけない気がしちゃいますね(笑)
 ま、もっとも。
 サブタイトルに、「メタファー」って言葉を使ったのはファンサービスなのかも?って気がしないでもないですけどね(笑)
 あるいは編集の意向とか?「これで、数万部は違うはずです!」とかなんとかwww


 村春氏のお話のいいとこは、個人的には、70年代の終わり、それも80年代直前の空気感があるとこなんですよね。
 いろいろ背伸びしたい感じっていうのかなー。
 変な話、昔あった、ソニーのAHFのカセットテープ(水色のヤツ)のイメージ?
 BHFやCHFはイヤだけど、でもその上のヤツは高いから我慢して、その分もっとレコード買いたい!みたいな。
 登場人物がやたらスパゲティを食べるところも、まさにそんなイメージ。 ←どういうイメージだ!?(笑)

 ま、そんな村春氏の本ですがー。
 とりあえず、『回転木馬のデッドヒート』を読んで。
 あとは、アマゾン見たら、いつの間にか何年か前に出た『田崎ナントカ』がもう文庫になっていて。しかも、古本がまぁまぁお手頃の値段になってたんで。
 まぁ気が向いたら読んでみよっかな!とか思っちゃいましたとさ。
 めでたし、めでたし(笑)



 
      なんでも村春氏って、レディオヘッドとか聴いちゃうらしいですけど。
      でも、村春氏というと、シューゲイザーってイメージがあるかなー(笑)




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2017
03.05

怪談:17.2.26『姉弟掛け合い怪談-その7』


 今思い出してみても、あれは変な光景だった。
 洗面所の窓の向こうにあるススキ野原の空き地。さらにその向こうには道があった。幅は、そう、クルマがやっとすり違えるくらいの幅。舗装はしてなかった。砂利がしいてあるだけ。
 そんな砂利をしいただけの道を通り過ぎていった、白いドレスのような裾の長い服を着た女の人。
 それは、怖いとか不気味とか、そういう感覚はなかった。
 というのも、なんだか優雅という言葉がピッタリくる光景だったのだ。

 女が通り過ぎていったと言うと、いかにも幽霊然とスーっと平行移動していく様を想像してしまうかもしれない。
 が、それは、そうではなかったのだ。
 足は、普通に交互に出して歩いているように見えた。
 そして、その歩き方が優雅というしかない感じだったのだ。
 スーっ、スーっと普通より歩幅を広くとるような。しかも、ちょっと跳ねるような。
 ううん。それは、決して跳ねているわけではない。
 片足を前に出す時には体がスーっとかすかに沈み、前に出した足に体重がのっかると肩がスーっと上がる。
 さらに、今度は逆足を前に出すと体がスーッと沈んでいく…
 そんな歩き方。
 それは、舞踏のステップでも踏んでいるようで。今思えば、ファンタジーか、御伽噺の中の1コマという光景だった。
 あの夏の夜。僕が見たのは、白いドレスのような裾の長い服を着た女の人が、スーっ、スーっと向こうの道を通り過ぎて行く光景だった。

 当時、僕は寝る直前に歯を磨く習慣だったから、10時半は間違いなく過ぎていたと思う。TVの映画を見たりすることもあったから、もしかしたら11時を過ぎていたかもしれない。
 今は11時なんて、小学校低学年ですら宵の口なのかもしれない。
 でも、あの頃は、深夜という感覚は明らかに現代より早かった。
 よくわからないが、今の感覚だったら、たぶん午前0時をちょっと過ぎたくらいになるんじゃないだろうか。
 そんな時間、家がほとんど建っていない住宅地を通るの砂利道…、しかも周りはボッサボサのススキ野原だ。
 そんなところを、白いドレスのような裾の長い服を着た女性がスーっ、スーっと通り過ぎていく。
 それも、優雅にステップでも踏むように…
 
 今となっては定かではないが、その後。その女の人を見た僕は、「な、なに!?今の…」といささかボーっとしていたんだと思う。
 でも、それ以外特に何をするでもなく、いつも通り歯を磨いて寝たように思う。
 慌てて親にそのこと告げたとか、次の日、友だちに「幽霊を見た」なんて語ったりなんてことは全くしなかった。
 ただ、それ以降、夜に洗面所の窓から外を見ることをやめてしまったように思う。
 いや。たんに、涼しくなってきたので、窓が締まっていて。外なんて見なくなっただけなのかもしれない。


「Y町かぁ。アンタが小学校4年か5年の頃よねぇ…。
 あー、うん、そう。そうねー。確かに、何にもなかった。
 分譲住宅地だからさ。区画ごとに竹を組んだ柵で仕切ってあるのよ。
 でも、あそこはとにかくススキ、ススキ、ススキでさー。
 あれって、2mくらいになるじゃない。
 伸びてくると、もぉ竹の柵なんてどこにあるかわからないのよ。
 道もそうねぇ。その頃だったら、まだ砂利道だったかも。」
「えー、よく知ってんねー。その頃のY町なんてー。」
「あぁほら。今は、どうなのかな?Y町の向こうに森があったじゃない。
 あそこ、中はすごいガサ藪でさー。
 わたし、あの森と、あとX社の研究所の前の森、あるじゃない?
 その2つだけは中、入ったことない…、と思う。」
「えぇっ。X社の研究所の前の森ぃ?
 あそこは子供が入ったらヤバイでしょ。
 だって、道から中、見えないじゃん。藪が密集しすぎてて…。
 あーっ!」
「な、何よ。いきなり大声出して。」
「あ、うん。X社の研究所の森で思い出したことあってさ。
 ほら、小学校の集団登校の時。」
「集団登校?…って、朝の?」
「うん。集団登校の時、B沼さんっていたじゃない?」
「B沼さんって、えーと。あぁA子ちゃん?」
「うん。そぉ。A子さん。」
「A子ちゃんって…、えぇっ!?アンタ、話し、したことあるの?」
「うん。一度だけなんだけどさ。2人で一緒に帰ったこと、あってさ…。
 あー、だから。W辺の話が終わったら、次話す。フフフ。」
「なによ、含み笑いってぇ。男のくせに、キモチわるい。
 ていうか、だから、Y町の向こうの森よ。
 わたし、あの森を突っ切った向こうに友だちがいたのよ。
 だから、あの頃、Y町の方って、よく行ったのよね。
 友だちのお婆ちゃんに、あの森、昔は追剥ぎが出たもんだ、なんて聞かされてさ。
 追剥ぎが出たなんて言われても、こっちは追剥ぎって何だかわからないわけ。
 もぉ妖怪みたいなもん想像しちゃってさ。
 帰りがコワい、コワい。ハハハ。
 てー、いうか。え?アンタ、今、W辺クンの話し終わったらって言ったよね。
 って、どういうことよ?話、終わったんじゃなかったの?」
「あー、だからさ。ねーちゃんのさっきの話じゃないけど、その10年後だよ、10年後。
 W辺ってさ、その頃はZ町に住んでて――。」
「Z町?Z町っていったら、こっち側じゃない。」
 Z町は、わたしの実家…、つまり今わたしがいる家のある町内の隣りの隣りで。一方、Y町は街を貫く電車の線路の向こう側…、そう、今の家とは3キロくらい離れていた。

 しかし、うーん…
 何だか、やたらいろんな話が錯綜していて、ちょっと頭がこんがらがってきた。
 えーと。つまり…、弟の友だちW辺クンの話は終わってなくって。しかも、続きは10年後にとぶと。
 Y町の向こうの林とX社の研究所の前の森はガサ藪すぎて、わたしは中に入ったことないというのは、まぁ脱線…、あぁそう。そこで弟のバカが話を思い出したとか言って、さらに脱線したんだっけ
 なんだ。だから、話がややっこしくなったんじゃない。
 ったく…
 ていうか、そぉっ、そうよ! A子ちゃんの話ってなによ?
 しかも、あのA子ちゃんと2人で帰ったって…
 えぇっ…!?


 白いドレスのような服の女性を見た夏のあの夜から、たぶん10年後。
 1月の後半か、2月の前半か。いずれにしても、一年で一番寒い頃だった。
 その頃、僕の家は、白いドレスのような服の女性を着た女性を見た家から、駅をはさんで反対側にある別の住宅街にあった。
 ちなみにだが、前の家とそこは線路を挟んで3キロくらい離れいた。
 その頃、僕は大学生だった。
 昼間は学校だったが、夜は遅くまでバイトという毎日だった。
 バイト先は地元だった。だから、深夜になっても困ることはなかった。
 家に帰るのは、大体毎日12時すぎ~1時くらい。2時3時ということもあった。

 そんなバイトの帰り。
 たぶん、少なくとも12時半は過ぎていたか、もしくは1時近かったのか。
 とても、北風の強い夜で、自転車のハンドルを握る手を交互にポケットに入れながら帰ったのを憶えている。

 駅から家のちょうど中間辺りに、道を右に折れる形で商店街があるのだが、それはその手前だった。
 いや。商店街と言っても、それは形ばかり。所々アーケードこそある物の、30mくらいの道の両側に個人営業のパン屋や電気屋、床屋などが10数軒程度あるという代物だ。もちろん、コンビニなんてあるない。
 当然、その時間に開いている店なんてなく、夜ともなれば、数台の自動販売機の光が寒々しいだけ。
 そんな場所だった。

 そう言うと、真っ暗な夜道を想像してしまうかもしれないが、そこは住宅街。そんなことはない。街灯が点々とあったし、少ないながらまだ起きている家の明かりもあった。
 ただ、その時、その住宅街を歩いている人は全くいなかった。
 というより、その夜は、バイト先を出てから歩いている人を一人も見なかったくらいだった。
 強いからっ風は電線をビュービュー鳴らし、夜空を冴え冴えとした群青色に染め上げた、底冷えのする真夜中。
 自転車がその商店街の手前まで来た時、僕は前を歩いているソレに気がついた。

 そこは、僕の自転車が走っている道の右側。道からは一段高くなった歩道の上を一人、女の人が歩いていたのだ。
 裾が脛まである真っ白の…、あれは何と言うのだろう?ネグリジェというのだろうか?上から裾までストンと落ちたラインの、薄地の真っ白い服。
 そんな服のせいなんだろうか?
 最初、その歩いている姿が、妙にふわっふわっとしているように見えた。
 ただ、僕の乗った自転車が近づくにつれ、女の人の歩調にしてはやや速く、また歩き方もせかせかした感じに見えた。
 というのも、着ている服が薄地のせいもあるのか。交互に動かす脚の動きに合わせて、真っ白いその服の腰の辺りのラインが、弾むように揺れていたからだ。
 揺れているといえば、肩よりも少し長い髪も、足の動きに合わせるように、さわっ、さわっと揺れていた。
 裾から、ふくらはぎがすーっと伸びていて、その下には素足の踵が見えた。
 サンダルでも履いているのだろうか?まさか、この寒空の下、裸足ということはないとは思うのだが、でも履いている物は見えなかった。

 年齢は…、そぉ、30代の半ばとか、後半…、くらい?
 そのくらいの年齢と思ったのは、たぶん足の動きに合わせて盛んに揺れていたその真っ白の服の背中から腰、さらにその下辺りの線だった。
 全体的にふっくらとしたその線と、さらに真ん丸のお尻が足の動きに合わせて弾むように揺れている様は、同性代の女の子には絶対ない大人の女の艶めかしさだった。
 それを見た時、僕は思わずドキンとしてしまったほどだ。

 ただ、その女の人を見た瞬間、強烈な違和感を覚えたのも確かだった。
 裾が脛まである白いふわっとした服を着ている女の人なんて、TVCMなんかでは見るが、普段着ている人を見ることはない。
 家の中では着ていたりするのかもしれないが、ここは外。しかも家の建ち並ぶ、住宅街の真ん真ん中だ。
 ましてや、このクソ寒さだ。こっちは何枚も重ね着してても、ひとたび風が吹いて来れば震え上がってしまうというのに、あんな薄っぺらな服一枚で平気で歩いてるなんて考えられなかった。

 ただ、夜中ということもあり、ジロジロ見ていると変な人と思われかねなかった。なにしろ、相手の服装が服装だ。
 だから、顔はとにかく前を向け、横目でずっと観察をしていた。
 しかし、僕のそんな気持ちとは裏腹に。その女の人ときたら、後ろから自転車で近づく僕の存在に気づいた様子が全くないのだ。
 僕が最初にその女の人に気がついた時と変わらぬ姿勢と歩調で、前を見たまま、スタスタ歩いているばかりだった。
 こうしてその時のことを思い出しながら話していると、今更ながら変な気がしてしょうがない。
 でも、その時は違和感こそあったものの、不思議とか、変だとかいう風には思わなかった。
 それはそうだろう。だって、変だとか、幽霊だとか思ったとしたら即座に逃げ出しているはずだ。
 そういう意味では、小学生のあの夏、洗面台の窓から見たあの女の人の時と全く同じだった。


 そうこうしている間にも、僕の乗った自転車は、その女の人に近づいてた。
 そして、僕の乗った自転車はついにその女の人の真横。
 その距離、3mくらい?いや、もっと近かったかもしれない。
 なのに、横目で見ているその女の人は、僕の方にわずかの視線すら向けてこなかった。変わらぬ姿勢と歩調で、前を見たまま、スタスタ歩いているばかり。
 もう耐えられなかった。真夜中の、人っ子一人いない住宅街。そこをこんな近さで歩いている人がいたら、その顔を見ない方が不自然だ。僕は、自分にそう言い聞かせて、後ろを振り返った。
 しかし、それは僕が振り返ったちょうどそのタイミングだった。
 それは、その真っ白の服に包まれた体をくるりと翻すように右に曲がって行った女の人の後姿。
 商店街のアーケードの暗がりにスーっと見えなくなっていく、その真っ白な様。
 そして、足の動きに合わせて弾むように揺れていたお尻の丸い線。
 僕は、それを見たのか、それとも後から想像したのか……


「ほら、怪談とか話してるとさ。
 よく、これは生きている人じゃないって気がついたっていう風な言い方する人、
 いるじゃない。
 これを聞いた時って、W辺とあと何人かで怖い話しててさ。
 誰かが、そんな風なことを言ったわけ。
 そしたらさ、W辺。急に、えっ…って言ったっきり黙っちゃって。
 しばらく、顔をしかめて考え込んじゃってさ。
 で、今の話を話しだしたというわけさ。
 ううん。W辺はその女の人のこと、ずっと生きてる人だと思ってたらしいんだ。
 ていうか、その時だって、そう思ってるわけだけどさ。
 でも、生きている人じゃないって気がついたっていうのを聞いて、
 初めて、その女の人をそういう風に考えることも出来るんだって…。
 ま、なに?初めて、その女の人のことを、そんな風に思ったってこと?」
「ふーん…。」
 うん。まぁそれはそうなのだろう。
 変な話、自分がそのコトを、どうカテゴライズして頭に整理しておくかということなんだろう。
 ただ…

「うん、でもさー、そのW辺クン?
 W辺クンって、要は、その女の人のお尻にコーフンしちゃったわけでしょ?フフっ。
 なんかさ、ちょっとカワイイよね。アッハッハ。
 でもさ。なら、幽霊じゃなくて、生きてる普通の女の人なんじゃない?
 うん。まぁよくわからないけどさ。
 でも、幽霊を見て興奮、それも性的に…、はないと思うなー。
 だって、性は生だもん。死んじゃった幽霊とは正反対よねー。
 夢遊病とか、ノイローゼとか。そういう人なんじゃない?」
「ふふっ。
 そりゃそうだよ、ねーちゃん。
 ていうかさ。それも含めて怪談だろ?
 怪談なんて、そんなもんだって。ハハハ。」
「えっ…。
 あー、ふーん、そういうこと!」
 なるほど。そうか。そういう考え方かと、まぁちょっと癪にも障るわけだが、でも、弟のことながら面白いと思った。
 わるく言えば、なんでも怪談にしちゃうってことなんだけど、でも、よく言えば、見方を変えるってことでもあるわけで…
 そう。大事なのは、楽しむってことなんだろう
 弟と話しているとよく思うのは、弟って、何も考えてないようで…、あ、いや。実際何も考えてないのだが、でも考えているわたし…、というか、何かと考えすぎちゃうわたしよりも上手く生きてるっていうかー
 生き方が柔軟っていうかー
 はぁー


「ね…。」
「えー、なに?」
「アンタの言うところの順番だと、わたしの番らしいんだけどさ。
 アンタ、まだ話したいみたいだし。
 特別に話させてアゲル、からさ。フフっ。
 さっき言ってた、A子ちゃんの話っていうの、話しなさいよ。」
「なんだよー。話させてあげるってー。」
「だって、話したくてしょうがないんでしょ?」
「だから。そんなに話したいわけじゃねーよ。」
「あー、アンタって、ホンっトめんどくさい。
 だから、なんか聞きたくなっちゃったの!
 もったいぶってないで、さっさと話しなさいよ、もぉー。」

 A子ちゃんというのは、近所のB沼さんちの子供だった。
 確か、わたしが小4の時、一年生で。ということは、3年間は集団登校で一緒に学校に行ってたはずだなのだが、でも、話をした記憶って全くない。
 ううん。いくらなんでも話をしたことないわけないのだけれど、ただ、そのA子ちゃんって、極端に大人しい子で。また、体が弱いらくて学校を休むことも多かった。
 A子ちゃんはわたしより3つ下だったから、弟からみれば2つ上のお姉さんということになる。
 ま、確かに、弟はギャーギャーうるさい子供ではなかったし。何より、女の子をイジメて喜んでるってタイプでもなかった。
 とはいえ、そんな弟だって、一応普通の男の子なわけで。
 大人しすぎるA子ちゃんからすれば、粗暴でバカな男の子の1人でしかなかったはずだ。
 そんなA子ちゃんと弟の接点って、いったい…
 


                    ―― 『姉弟掛け合い怪談:その7』〈つづく〉


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