2016
12.31

なにやら、大晦日


 今日は、何やら大晦日です。

 うっそーっ!って。
 実は、いまだに信じられなかったりします。

 ま、毎年のことですね(笑)






        みなさま、よいお年を! イッヒッヒ 



スポンサーサイト
Comment:0  Trackback:0
2016
12.25

メリー


 ♪メぇリさんのひつじ ひつじ ひつじ
  メぇリさんのひつじはかぁわいい~なぁ~
 じゃなくて、今日はメリークリスマスの日ですね。


 もっとも、ここニッポンじゃぁ、クリスマスはイブの24日のことで。
 25日ともなると、もはや誰もが大晦日、正月に向けてラストスパート!って感じになっちゃって。
 25日に「メリークリスマス!」なんて言おうもんなら、「なに寝惚けたこと言っんだ?」みたいな顔されちゃう気もします(笑)


 ま、それはそれで全然OKなんですけどね。
 でもまぁ、いよいよ今年もあと1週間と、なのに「え?ホント!?うっそー!」って、気分はまだまだ10月の下旬くらいっていうのも、もはや毎年のことですねー(爆)

 そんな年末年始の課題は、ハードディスクレコーダーの残量がもぉほとんどない中、「朝までドキュメント72時間」の5時間半分をどう確保するか?だったんですけどね。
 でも、なんと!大晦日に「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」の映画版をやるとかで、これは嬉しい反面、頭抱えちゃう事態ですね(泣)
 確か、正月開けたら太川蛭子コンビでの最後もやるはずで、いやもぉどぉしたらいいのやら?

 ていうか、年賀状を全然忘れてたことに、今気づきました(爆)  

 どぉ~しよぉ~!(笑)
 どぉしようもなにも、書くしかないわけだけど、あー!めんどくさい(笑)
       


 そんなクリスマスの夜は、ローラ・ニーロの Let It Be Me(笑) 
 https://www.youtube.com/watch?v=QfBMLIrzwgo
  
       

Comment:4  Trackback:0
2016
12.25

怪談16.12.18「家族の出来事-4」


 前にも言ったと思うけど、姉の入院っていうのは、決められていたことではなかった。
 あくまで医者から「気分転換と療養を兼ねてどうだろう?」的な、そんな話だったように思う。
 ただ、現在になってみると、それって本当にそうだったんだろうか?って穿った見方をしてしまうというのもあるわけで…。

 というのは、なぜその時期だったんだろう?というのがあるからだ。
 確かに、学校は夏休みだし。また、8月初めの林間学校が終わった後で、学校に差し障りがないというのはある。
 でも、それこそ姉が毎夜悲鳴のような声をあげていた時でなく、なぜそういったことが落ち着いた頃に、しかも「したらどうだろう?」という形だったんだろう。

 これは現在になって、ふと思ったことなんだけど、もしかしたら、あの入院っていうのは医者が勧めたんじゃなくって。父と母は、姉をその頃に入院させたいって思っていたんじゃないかって気がするのだ。
 つまり、姉が入院を勧められていた時期っていうのは、まさにお盆の時期にあたるのだ。
 長期の入院をしている人が、正月やお盆に一時帰宅するっていうのは時々聞く話だ。
 でも、その反対にお盆の時期だけ入院させるっていうのはあまり聞かない。
 なのに、わざわざその時期だったというのは、もしかしたら父と母はお盆の時期に、姉は家にいない方がいいと考えたのではないだろうか?

 仏壇を拝むことなんて、ほとんどなかったっていうことをみてもわかるように。
 わたしの父と母が、お盆は先祖の霊が家に帰ってくる時だから、姉が金縛りを起こすかもしれないみたいには考えていなかったと思う。
 ただ、そういう意味じゃ父と母っていうのは、物事をとっても合理的に考える──効率的に考えると言ったほうがわかりやすいか?──人たちだったから。
 「霊云々」とかそういうことではなく、お盆には先祖の霊が帰ってくるという「信仰」が姉の心に影響を与えるかもしれないと考えて。
 なら、その時期は家でなく病院にいた方が、むしろ姉のためになると考えたのではないかって気がしてくるのだ。

 また、これはそれよりずっと嫌な考えだけれど。
 お盆には親戚が泊まりにくるから、姉がそういうことになってるのを知られたくないっていうのもあったのかもしれない。

 ただ、そう考えつつも、やっぱり医者の方がその時期の入院を勧めたのかもしれないって気もしてくる。
 つまり、医者からすれば、そういう症状の患者っていうのは、何も姉一人ではないわけだ。
 もしかしたら、経験則的に起こる事のある程度の予想はついていたってこともあるんじゃないかって気もするのだ。
 つまり、お盆みたいなそういう時期っていうのは、姉のような患者の心に影響をおよぼす可能性があるわけだから、入院してもらった方が医者としても安心みたいな…

 うーん…。
 でも、だとしたら…
 うーん。
 もしかしたら、あの医者って、その時点でその先で起こる事まで──そう。それはわたし自身に──わかっていたってこともあるのだろうか?
 そんなことを考えていたら。わたしは、ちょっと変なくらいドキドキしてしまう。
 なんだか、今更…


 姉がいなかったとはいえ、お盆は叔母夫婦や従兄弟が来て、ウチはとってもにぎやかだった。
 ちなみに、叔母たちには、姉はバレー部の合宿でずっと出かけているということにしていた。
 叔母たち2人──父の姉と妹──っていうのは、子供のわたしから見ても同じ兄弟でこんなに差があるのかと思うくらい、父とは大違いの性格をしていて。とにかく2人ともあっけらかんと大らかで明るいので、わたしは大好きだった。
 また、従兄弟たちは年齢が近いこともあり仲がよく、そんなわけでわたしは叔母たちが集まるお盆やお正月等が大好きだった。

 先にやってきたのは、下の叔母(父の妹にあたる)一家だった。
 下の叔母は子供が多くて、しかもまだ小さい子もいるので、叔母一家が玄関に入ってきた途端、家中もう大騒ぎになった。
 祖母は、久しぶりに見る孫たちの顔を見て、いつもの何十倍もニコニコ元気だし。父は父で、子供の頃は妹である叔母を可愛がっていたらしく──正直、それって想像し難い──やっぱり叔母の子供が可愛いらしくって。
 いつもなら機嫌がいい時ですら、しかめっ面のことが多いくせに。今日は、それがまるで嘘のように、普段ならおおよそ言わないようなくっだらない冗談なんか言ってはしゃいでいた。
 そういう意味じゃ、母はこういう時っていうのは、みんなからなんだかちょっと浮いてしまうのだが。
 とはいえ、そんな時でもいつも通り変わらないのが、母らしいところなのかなーとも思う。

「B子ちゃん、大きくなったわよねー。
 えっ、何センチ?
 ウチのY子より全っ然大っきいわよねー。」
「いやさー。ウチはB子もそうなんだけど、A実も同じでなりばっか大きくってさ。
 やっぱり女の子はっていうのはさ、
 Y子ちゃんみたく、素直で可愛気がなきゃなぁー。」
「なに言ってんのよぉー。
 B子ちゃんも、A実ちゃんもこんないい子なのに。ねぇ?
 そもそもさ、素直で可愛気っていったら、兄貴が一番ないじゃないのよぉー。」
「いやお前っ。お義兄さんに可愛気があったら、逆に薄っ気味悪い…。」
「ま、そっか。ハハハ…。」
「そうなのよー。あたしもずっと思ってたんだけどね。
 ほんっと、この子っていうのはさ。
 小ちゃな頃からさ、いつでも変に分別くさい顔しててさ。
 子供らしい可愛さっていうのが全っ然な子だったよね。ハハハ…。」
「いいんだよ。男なんだから可愛気なんて。ハハハ…。」

 そんな、叔母一家が来るなり玄関先で始まった大騒ぎに、わたしも一緒になってゲラゲラ笑っていた時だった。
 ふいに、母がわたしを振り向かせたかと思うと、耳元にあの大きな目を近づけてきて小さな声で言った。
「B子、急いで仏壇の扉を開けてきてくれない。
 鍵は、食器棚の一番左側の引き出しを開けたら、すぐわかるから。」
「え、鍵!?
 あっ…。
 う、うん。わかった。うん。食器棚の一番左ね?」
「そう。食器棚の一番左の引き出しね。
 早く行ってきて!」
「うん。」
「あ、そう。扉開けたら、鍵はすぐ元に戻しておいてよ。
 あんたが持ってたら、また無くすから。」
「うんん…。」

 いや、もうその頃は、仏壇の扉に鍵がかかっていたことなんて、わたしはすっかり忘れていた。
 しかし、これは現在になって思うのだけれど。
 その時も仏壇の扉に鍵がかかっていたということは、祖母は毎朝毎夕母から鍵を借りては仏壇を拝んで、そして拝んだ後は母に鍵を返していたってことになるわけだ。
 母のことは、あまり批判っぽく言いたくないのだけれど、でもそれって、祖母が可哀相な気がして。
 今更だけど、もう少しなんとかしようがなかったのかなぁって思う。


 そんなこんなで始まったお盆だったが、午後には父の姉にあたる叔母一家もやってきた。
 家の中は、午前中でもすでに充分にぎやかだったのに、午後からは、わたしの家じゃないみたいな大騒ぎになった。
 それこそ、いつもなら閉まったままの仏壇の扉もずっと開かれたままという、(わたしの家では)普段にない状態で。
 暗くなってからは、みんなで提灯をぶら下げて、先祖の霊をお迎えにお墓に行ったり。
 帰ってくれば帰ってきたで、叔父さん2人がわたしや従兄弟たちを集めて怖い話をしてくれて、みんなでキャーキャー騒いだりもした。
 次の日には、片道1時間くらいの所にある観光地にみんなしてドライブにも行ったし。
 それ以外にも、従兄弟たちと近くの川に遊びに行ったり、虫取りしたり。
 帰ってきたら、みんなで縁側に並んで座ってスイカを食べたりと。
 叔母一家が来ていたそのお盆の4日間っていうのは、なんだかいかにも小学生の夏休みって感じだったなーって。
 現在思い返してみても、あの時っていうのはホントに楽しかったなって、つくづく思ってしまう。

 ただ、いつものことながら、その4日間が楽しかっただけに、従兄弟たちが帰るその日は寂しくってしょうがないわけで。
 ううん。寂しいのは従兄弟たちみんな一緒なのだろう。
 これもいつものことなんだけれど、従兄弟たち誰もがみんな、なんだか誰にも優しくなって。
 それゆえに、なおさら別れるのが辛くなるみたいな……

 子供っていうのは…。そう、特に現代の子供――それは、戦後や高度成長期以降、現在までの子供って意味だ――っていうのは、実はクラス替えや転校等で「別れ」ってことが日常的にあるせいか。案外、「別れ」ってことに慣れているような面があるんじゃないかって気がするんだけれど…。
 わたしだって、従兄弟たちとの別れを、それまでにも何度も経験していたはずなのに(それこそ、その年の正月だって経験したはずだ)。
 なのに、その夏に限って、従兄弟たちが帰る時になぜかわたしはとてつもなく寂しい気持ちに襲われ大泣きしてしまった。

 あの時っていうのは、もうとにかくもう涙が止まらなくって。
 従兄弟たちや叔母・叔父たちが、しきりと慰めてくれるんだけれど。でも、そのたんびそれに何か言おうとして、さらに嗚咽が止まらなくって、もっと深い悲しみに潜りこんでいってしまうみたいな…。
 終いには、そこにいた従兄弟たちはもとより、叔父・叔母、父や母、祖母、誰もがシーンと黙っちゃって。
 わたしにつられて泣き出しちゃった従兄弟をのぞけば、大人は誰もがみんな、その顔に笑みこそ浮かべているんだけれど。でも、その笑みは、なんだかとっても寂しそうな、そんな感じで。
「今よー、俺…。
 B子ちゃんの寂しそうな顔見てたらよ、
 なんだか、とっても悪いことしてるんじゃないかって…。
 そんな気がしてきちまってよ。」
「そうよぉー、B子ちゃん。
 こんな寂しい想いするくらいなら、
 あたし、もぉここ来たくなくなっちゃうじゃないのよぉー。」
 そんなことを言いながら、やっとクルマに乗り込んだ叔父叔母、そして、従兄弟。
 その、みんなの背中。
 それは、わたし、現在でもその全部を鮮明に憶えている。


 従兄弟や叔母たちが帰った後。
 わたしは一人、ずっと仏壇のある部屋にいた。
 それは、やっと落ち着いたかと思ったら、その4日間の従兄弟たちとのやりとりを思い出してしまって。
 また、哀しくって、寂しくって、そして何よりその時に戻りたくても戻れないもどかしい感情がしくしくとこみ上げてくる。
 それも、やっと落ち着いてきたかと思ったら、またもやこみあげてくるそれに嗚咽が止まらなくなってしまう。
 その夕方。わたしは仏壇のある部屋で、そんなことをずっと繰り返していた。

 そんなわたしが、ふと見上げた視線の先にあったのは、扉が閉じられた仏壇だった。
 従兄弟や叔母たちが帰ったのはついさっきだというのに、そこにはやっぱり鍵がぶら下がっていた。
「……。」
 その時わたしは、それをしばらく見つめていた。
 でも、「あぁそっか。いつもにまた戻ったんだな…」って。
 変な話だけれど、それに気がついた途端、わたしは泣くのをやめていた。

 そんなわたしの寂しさって、あの時のわたしの心にどのくらいの影響を与えていたのだろう。
 そのことを考えると、人の感情や思いっていうのは、実はとっても怖いものでもあるのだなぁって。
 それは、ちょっと戦慄に近いものがあるような…。
 そんなことを、こんな現在になっても思ってしまう。


 それは、叔母たちが帰った次の日の朝だった。
 ううん。わたしが、それがあった日を次の日の朝だったと言ってしまっては、それはちょっと変なのだろう。
 だって、わたしは眠っていて、それもこれも全て夢うつつだったからだ。
 ただ、現実にそれがあったのは次の日の朝なわけで、こうしてお話しする以上、それは次の日の朝と言うしかないのだろう。

 その時、わたしは深い夢の中を、とぼとぼと歩いていた。
 そこは、暗くって、どこだかまったくわからない。
 どこから歩き出して、どこへ向かおうとしているのかも、なんで歩いているのかも、全然わからなかった。
 とにかく。気がついた時には歩いていた。
 ただ…
 こんなことって、前にもあったような気がして…
 夢うつつながらに、なんでそんな気がするんだろう?って、ずっと思っていた。
 そう。それは、そんな時だった。

「B、B子っ。あ、あんた…、えぇっ!?」
 わたしを呼ぶ母の声に、「あれ?こんな所にお母さんが!」って振り返ったら、目の前がパぁーっと。
 とにかく、目の前がいきなり真っ白に眩しくって、何も見えない。
 そんな中、母の声だけが聞こえていた。
「ちょっと…。
 ど、どういうこと、それって…。
 えっ。つまり、B子。あんただったってことなの?」
「えっ、なに…。」
 その眩しさにやっと慣れたわたしが、辺りを見回せば…
 そこは、あの仏壇のある部屋。
 そして、いつもの大きな目より、さらに目が大きくなった母の顔。
「えぇっ…。」
「起きたら、台所の食器棚の引き出しが開けっ放しになってるから…。」
 そんなことを言っている母の指が指しているそこは、なぜかわたしの左手。
 ううん。それは本当に何がなんだかわからない。
 なんで、わたしは、マッチなんか持ってるんだろう。
「…!?」
 そして。
 何気なく振り返ったそこには、扉が開いた仏壇が。
 そこに揺らめいていた、2つのロウソクの炎……


 なんでも、その後。
 母はわたしを叩こうと、近寄ろうとしたらしい。
 でも、わたしはそんな母にカーッと目を剥いて。
 その、まるで威嚇でもしているかのような、見たこともないわたしの顔。
 その顔に母が驚いたその一瞬後には、わたしはもうその場にパタリと倒れていたらしい。
 駆け寄った母が、慌ててわたしを起こしてみても。わたしは体全体がだらーんと力のない状態で。
 もちろん、意識も全くない状態だったんだとか。

 その後、救急車で病院に運ばれたわたしは、丸々2日間意識不明だったということだ。
 その2日間を含め、わたしは1週間を病院で過ごして…。
 わたしが家に戻った時には、姉はもぉ家に戻っていた。
 そしてそれは、なんだか不思議なくらいそれだけだった。


 やがて、また学校に行く季節になって。
 ううん。相変わらず、わたしの家では誰も朝の挨拶をしなかったし、「いってらっしゃい」や「いってきます」も一切聞くことはなかった。
 ただ、わたしの家の中の空気には、それまでと違う居心地のよい柔らかさみたいなものがあった。
 ただ、それもやっぱり…
 なんだか不思議なくらいに、それだけのことだった。

 学校に行くようになってからも、わたしは病院へ週に1回の割合で通っていた。
 その病院へはやっぱり姉も通っていたのだが、医者から「もう来なくてもよい」と言われたのは姉の方が全然早かった。
 ただ、姉は自分が病院に行かなくてもよくなってからも、わたしが病院に行く時は必ず付き添ってくれた。
 バレー部の練習があったというのに…。

 そんな病院の行き帰り、わたしは姉といろんなことを話した。
 うん。それは、今までの話とは全然関係のないこと。
 学校であったこととか、テレビのこととか、あと、それから、クラスで気になる男の子のこととかも。
 ただ、そうやって姉と話していて、ふと思ったのは、そういえばわたしと姉って、今までこんな風にいろいろ話したことがなかったんじゃないかって…。
 そしてそれは、姉もやっぱりそんな気がするらしくって。
 思い返してみてもそんなことはないはずなのに、それってなんだかとっても不思議だ。

 そう。不思議といえば…
 あの、わたし自身の一連の出来事の中で、姉がああいう体験をしてしまったのはなぜだったんだろう。


                           ―― 『家族の出来事』〈了〉
注!無断転載禁止
  断りなく転載されるのは非常に不愉快です。やめてください
  ブログの記事は全て「著作物」であり、著作権法の対象です
        ↑
   ちょっと剣呑で、ゴメン(^^;)



Comment:2  Trackback:0
2016
12.23

最後は、大坂城でホントにサラダボウル状態になっちゃった『真田丸』(笑)


 『真田丸』。
 終わってみれば、真田丸っていうわりに、「真田丸」の登場シーン、ずいぶん少なかったのね(笑)

 ていうか、大坂の陣になってから、なんかミョーっ!に呆気なかったように思うんだけどなー(泣)
 鳴り物入りみたいにネットのニュースにあった、太陽に吠えろになぞらえたという「大阪5」の面々も最後はやけに呆気なかったですし。
 『八重の桜』は見てないんだけど、番組の合間にちょこまか出てきた鶴ヶ城の戦いシーンみたいな迫力のある映像を期待してただけに、ちょっと(かなり?)残念でした。


 ま、そもそも真田幸村(信繁)ってあんまり好きじゃないっていうのは、とってもあったんでしょうけどね(爆)
 子供の頃は好きでしたけどねー。
 でも、この齢になっちゃうと、ドラマの中の徳川の家ちゃんのセリフじゃないですけど、(現代も)もぉそういう時代じゃないって感じで。
 戦術家とか軍師とかみたいな人…、もしくは、「義」みたいな人、あまり興味持てなくなっちゃったっていうのはあるんですよね(笑)

 そういう意味じゃ、あの登場人物の中では本多正信が一番面白かったですね(笑)
 正純の没個性キャラとはホント対照的で、最後に本多正信が一人旅してて信之と相部屋になってニコニコ語ってるなんて、そんなことないと思うなーってツッコミ入れつつも、まぁいいよね、なんて(笑)

 本多正信のあの人って、思えば『黄金の日々』じゃ、やたらカッコいい(カッコつけまくり?)石田三成だったわけで。
 島津斉彬と久光どっちも演じている桃太郎侍(の人)みたいで、な~んか面白いですね。


 ま、きりさんのキスされてもベラベラしゃべってるシーンと、あと最初の頃のぼたもち投げつけるシーンは大好きだったんですけどねー。
 ていうか、最後に幕末の佐久間象山がなんちゃらかんちゃらなんてぇのくっつけるくらいだったら、きりさんが千姫届けてその後元気に暮らしてるシーンとかあってもよかった気がしますね(笑)

 そういう意味じゃ千姫も、やたら没個性キャラでしたよね。
 本多正純と千姫の二人は、あのドラマのなんであんなに没個性キャラにしちゃったんだろ?の双璧だったりして(笑)

 没個性と言えば、秀頼のキャラも何だかなーって。
 個性をつけてるんだか、つけてないんだか、ミョーに中途半端で。
 ま、あんだけ登場人物がいると、さすがに個性をつけるのも大変ってことなんでしょうか?
 話題になっていた(らしい)大坂城のお局さんも、あれはあれでいいのかもしれませんけどねー。
 でも、個人的にはああいうキャラにしちゃったことで逆に中途半端になっちゃった…、というか、あの場合は、牢人たちの正しいっぽい主張にすぐ乗っかっちゃう秀頼を諫めるというパターンを延々繰り返してるって感じで。
 それでなくとも短かった大坂の陣で、なにまた漫才やってんねん?って感じだったかなぁ~(笑)

 あと、決して没個性じゃないんだけど、お話の中の位置づけがイマイチ煮え切らないイメージだったのが真田信之ですかねー。
 主役の1人と言ってもいいと思うんですけど、結局、最初から最後までお話の周りでドタバタしてただけだったような(笑)
 お話を軽妙にして楽しくするのは全然いいと思うんでけど、その対比としての重厚さみたいな役割を信之に与えてもよかったように思いましたね。


 反対によかったのは、秀吉、家康、秀忠の天下人3人+淀の方のキャラ付けでしたねー。
 おしっこを信繁になすり付けちゃう太閤殿下(あの時は太閤じゃかかったけど)なんて、あり得ないようで実際はそんなもんかもなーって笑って納得しちゃったし。
 秀吉を描くのでは課題となる、晩年の醜い秀吉をただの弱い年寄りと割り切って描いちゃうことで醜さをカバーしたのはコロンブスの玉子だったんじゃないでしょうか。

 徳川の家ちゃんは前半のドタバタキャラから一変(したのか?)、後半はタヌキ親父(というほどでもなかった)に変わるわけですが、なるほどなーって納得出来たのが2代将軍秀忠のバカ殿っぷり(笑)
 つまり、秀忠のあの凡庸なキャラづけは、前半の家康そのままってことなんでしょうね。
 あの1年後、家ちゃんが死んで後、大坂の陣の家康(のようなキャラ)へと成長していくってことなんだろうなーって、そこはスゴイって思いました。

 あと、面白かったのは淀の方のキャラでしたね。
 どっちかと言えば悪役イメージの強かった淀の方を、“ただの弱くて悲しい(愛すべき)女”として。さらに今風な“平和ボケした女の人”っていう要素を足したのはなるほどなーって。
 ま、淀の方は落城を2回経験してるわけで、平和ボケしていては変なんでしょうけど
 ただまぁ淀の方みたいな美女が、あんなに頻繁に臣下にしがみついちゃってたとしたら、やっぱり秀頼は太閤殿下の子供じゃなかったんじゃない?なんて(爆)


 というか、というか、どうしても後半のイメージが強くなっちゃうわけですけど、面白かったのはやっぱり前半でしたかね。
 最初の信長につくかつかないかから始まって、徳川、上杉、北条のバランスの中で生き延びていく様子は、詳しく知らないというのもあって興味深くて面白かったです。
 北条といえば、白塗りの北条氏政もよかったなぁ~www

 そう。前半がよかっただけに、大坂の陣からがどうしても落ちますよね。
 いや。もしかしたらそんなに悪くないのかもしれないけど、回数的にも短すぎたし、描き方もあまりに淡々とし過ぎてたように思います。
 それこそ、出来事が箇条書きのように進んでった感じ

 例の七曲署をイメージしたという大坂5なんて、それぞれ1回ずつ主人公になる回を設けて、それこそ太陽に吠えろばりに派手にカッコよく死なせてやってもよかったんじゃない?(笑)
 後藤又兵衛と長曾我部なんとかの最後なんて、「え?なに?死んじゃったの!?え…」ってくらいの呆気なさだったじゃないですか。
 どうせなら、七曲署の面々が死ぬ場面のパロディやってほしかった(爆)
 あと、徳川方の真田軍と真田信繁(幸村じゃなかったの?)の衝突も、ホンっト一瞬だったし(というか、アクシデントレベル)。
 物語的にそこは泣かせどころなんだから、それで丸々1回使うべきだったと思うんだけどなぁ…。

 ま、関ヶ原のシーンが全くなかったのは確かに本筋とは関係ないわけで、ま、そりゃそうだよねって納得だったんだけど、前半の上田合戦も含めて戦の場面は全般にあっさりすぎでしたかね。
 ま、別に戦のシーンを期待して見てたわけではないですけどね。
 でもまぁ三谷幸喜って、たぶんそっちは苦手なんだろうなーって。それは思いましたね(笑)
 三谷幸喜脚本で、平安貴族のドロドロ劇とか、あと忠臣蔵! 三谷忠臣蔵はぜひ見てみたいですね~www


 と、まぁいろいろ文句はあったけど、久しぶりに楽しく一年見ること出来たわけで(一時中断もあったけど)。
 ま、真田幸村が題材となると、講談になっちゃうのはしょうがないわけで。
 そう考えると、最後の一歩間違えると七五三ってくらいピカピカな恰好も、ま、それはそれでいいのかな?(笑)
 なんてったって、コスプレ時代の大河ドラマなんだもんねwww

 とはいうものの、家ちゃん、「控えていよ」なんて言わないで、問答無用と一斉射撃しちゃって。
 ぶっちゃけ、『ラストサムライ』の最後みたいに華々しく死んじゃうシーンを見たかったです(笑)




    もしくは、撃たれて馬から落ちて、「なんじゃこりゃぁ」って言ってほしかった(爆)




Comment:4  Trackback:0
2016
12.18

怪談16.12.18「家族の出来事-3」


 姉が入院することは話したと思うけど…。
 実は、入院までには、それ以外にもいくつか出来事があった。
 わたしの頭で整理する意味も含めて、まずそれらから話そうと思う。
 ただ、何度も言うようだけど、このことは頭に入れておいてほしいなーって思うことがあって。
 つまり、それらの出来事っていうのは、結局はわたしが関連していると思っていることだけを話しているにすぎないってことだ。
 もしかしたら、それらはそれぞれが関連しているようでも、実は全然別個の出来事だったのかもしれないし。
 また、反対に本来は関連していた出来事であるはずなのに、わたしがそうは思わなくって話さないことが──あるいは、それこそ忘れてしまったことが──他にもしかしたらあるのかもしれない。

 わたしの話っていうのは、もちろん事実だ。
 でも、それっていうのは、いわゆるわたしの中で本当だと思っている「事実」なんであって。案外、本当の「事実」っていうのは全然別のものだったりするのかもしれない。
 それこそ、あの出来事を「昔あったこと」と言えるようになってしまった現在となっては、もしかしたら、姉や母、父、そして現在はいない祖母も含めて、それぞれがそれぞれに思う「あの出来事」という話があるのかもしれないなぁなんて思ったりもする。

 結局、事実や真実なんてものは…
 いや、これはあの出来事のことだけでなく、日々ニュースなんかを見ていてもよく思うんだけれど、事実や真実なんてものはいくつだってある──それこそ人の数だけ?──ってことなのかもしれないなぁなんて思う。


 それらっていうのは、どれも夜中の出来事だったのだろう。
 だって、そのどれもが朝になってそれを母が見つけることでわかったのだから。
 祖母の仏壇のロウソクの点けっ放しに始まって、姉の居間のテレビの点けっ放し…。
 居間の蛍光灯の点けっ放し、洗面所の水道の出しっ放し、そうそう、扇風機が首振って回ってたこともあった。
 あとは、台所の勝手口の戸が開けっ放しになっていたのを朝に母が見つけてみたり、タンスの戸や引き出しが開いていたなんてこともあったらしい。
 細々とした物がいつの間にか違う場所に動かされていたなんてことは、もう何回あったかわからない。そういえば、洗って持っていくはずだった給食当番の割烹着が、なぜか仏壇のある部屋に置かれてあったあの時はわたしも大慌てだった。
 大慌てといえば、休日の朝。スイッチを入れてもウンともスンといわない洗濯機に、母がいつもより激しく癇癪を起こしたことで家族中大慌てみたいなこともあった。
 それは、コンセントがいつの間にか抜かれていたのだった。


 とにかく、そういったことがあるたんび母はひどく怒って…、というのも朝一番早く起きるのは母だから、それらを見つけるのは当然母だった。
 そのたんび母は、姉やわたし、もしくは祖母、そしてたまに父と、それをしそうな家族の誰かを激しい口調で注意した。
 でも、テレビの点けっ放しの時、姉がそれまで聞いたことがないような激しい口調で学校に行っちゃったように。それらは、誰もが自分の身に覚えがないことだから──その時は当然わたしだってそうだった──母との間で激しい言い合いになった。

 あれが続いてた頃っていうのは、そんなことがほぼ毎朝だったから。そのたんび母と家族の誰かが言い合っていて、家中が嫌ぁーな雰囲気になっていた。
 もっとも、母っていうのは、怒る時はやたらめったら激しい口調で怒るんだけど、でも幸いなことにその怒りが後に引かないタイプだったから。また、わたしたち家族もそんな母のことはわかっていたっていうのもあったから、まぁなんとかやり過ごしていた。


 そう。まさにあれが続いていた時というのは、家族全員なんとかやり過ごしていたってことだったんだろう。
 一見いつも通りなんだけど、家族それぞれに相当なストレスがかかっていたんだと思う。
 それは、たぶん祖母が一番酷くて──何より家族の中で母と過ごす時間が一番多いわけで──わたしが朝食を食べる時に同じテーブルでお茶を飲むという習慣をやめてしまったのは話したと思うけど、夕食の時も「食欲がない」と部屋から出てこないことが時々あった。

 ただ、現在になって、いろいろ考えてみると。
 もしかしたら、あの頃ストレスを溜め込んでたのは、実は祖母よりもむしろ母だったのかもなぁーって。
 実は、そのことは医者も言っていたらしい。
 もっとも、当時そのことを家族の誰かから聞いた時、そうは全然思わなかったけど…。


 そんなようなことが梅雨の初め頃から、ぽつんぽつんと頻発するようになって。
 でも、そんな時でも時間っていうのは普通に過ぎていくもので、気がつけばわたしは夏休みになっていた。
 また、姉は、その頃父母と医者から、8月の頭の学校の林間学校から帰ってきた後くらいに、気分転換と療養をかねて入院することを勧められていた。
 もっとも、姉はバレー部の練習もあるし、お盆は従兄弟たちが遊びにくるから入院はしたくないと言っていた。
 ただ、姉は例の夜中の金縛りが酷くって。一時は、それが毎夜のように続いて。
 夜中に悲鳴をあげて起きては、ずっとすすり泣いていたりなんてこともあったものだから、さすがに父と母も気がついて姉を医者に連れて行ったのだ。
 医者に行って薬──たぶん精神安定剤だったのだろう。
 でも、当時わたしは、それをズバリ金縛りにならない薬だと思っていた──をもらってきてからはかなりよくなっていたんだけど。
 それでも、週に1回くらいの割りでそれが起きていた。

 うん。そりゃ、一番怖い思いをしているのは、間違いなく姉だったんだろう。
 でも、姉のその苦しそうな声や物音、時にはそれが終わった後のすすり泣きを、隣りの部屋でわたしはもろに聞いてしまうわけで。わたしだって、生きた心地がしないくらい怖い思いをしていた。
 そうそう、あまり怖かったものだから。姉が飲んでいる金縛りにならない薬をわたしにも頂戴って言って、母に怒鳴られたこともあったっけ。

 姉のそのことで、父と母はずいぶん色々と話し合ったらしい。
 ただ、そこはもちろんああいう父と母だから。夜中のうちにある例のテレビや電気の点けっ放しと、その夜の姉の発作──「金縛り」という言葉は、父と母は意識して使わないようにしていたみたいだ──を同列のものとして話すことはなかった。
 ただ、二人とも口にこそ絶対出さなかったけど、心のどこかでそれとなく意識していたっていうのは絶対あったと思う。


 その時っていうのは、父が夕食の時にいたんだから休日の夜だったのだろう。
 夕食を食べ終わった後、父と母は例の夜中にあるテレビや電気の点けっ放しのことについて話していた。
 そう。あの時は姉はいなかったから、バレー部の練習か、それとも友達の家に行っていたのか?
 まぁ夜の金縛りが怖かったというのがあったのだろう。姉は夏休みに入ってからはよく友達の家に泊まりに行っていた。
 そう、それから、その時その場には祖母もいなかった。
 前にも話したと思うけど、祖母はあの仏壇のロウソクの点けっ放しの件以来、食欲がないから夕飯は食べたくないと言って部屋にこもってしまうことが度々あって、その時もそうだった。

 そんな、姉と祖母抜きで夕食を食べ終わった居間。
 わたしは、そのまま寝転がってテレビを見ていた。
 とはいえ、例の電化製品の点けっ放し等のことで父と母が話しているのもそれとなく聞いていた。

「ねぇ。まさかとは思うんだけどね。
 もしもってことを考えて、一応、警察に相談した方がいいんじゃないかって思うの。」
「えぇっ、警察!?
 おい、何言ってんだって。
 そんなの、お袋か、A実か。でなければ……か、が。
 ついうっかり忘れたってことに決まってるだろぉー。」
「だから、もしもってことを考えてって言ってんじゃない。
 あたしだって、誰かのうっかりだとは思うわよ。
 思うけど、でも毎朝そのことで注意するの、もう嫌んなっちゃってきたのよ。
 言うと、誰も知らないって怒るし…。
 あなただってそうじゃない。」
「だから、俺は知らないよ。
 言ったろ、あの時…。
 そりゃステレオを使うのは、この家で俺だけだけどさ。
 でも平日に、しかも夜中に聴くわけないだろ。
 それでなくっても、毎日睡眠不足だっていうのにさ。
 第一、ステレオでラジオは俺、ほとんど聴かない──。」
「じゃぁあの朝、ステレオのラジオが点けっ放しだったのは誰の仕業だって言うのよ?」
「知るわけないだろ、そんなこと。
 おおかたお袋かA実…。
 そう、A実なんかは、そろそろラジオの深夜放送に興味を持ち出す年頃だろ。」
「だから、その話はこの間も聞きましたっ!
 でも、いくらA実がラジオの深夜放送を聴く年頃だからって、
 なんでわざわざステレオのラジオを聴かなきゃなんないのよ?
 だって、あの子は自分のラジカセ持ってるのよ。
 それに、あの子は、ステレオはあなたに怒られそうで嫌だから触ったこともないし。
 そもそも、どうすれば音が出るのかも知らないって言ってたわよ。」
「わかるもわからないもないだろ、あんなもん。
 電源入れて、あとはアンプをラジオにするだけなんだから…。」
「そんなこと言ったって、そんなのあたしだって知らないわよ。」
「そんなこと言ったって、お前とA実くらいの年頃じゃ違うだろ。
 A実くらいだったら、触ってりゃなんとなくわかるもんだ──。」
「だからっ!そういうこと言ってんじゃないじゃないの。
 お義母さんも、A実も、B子も、そしてあなたも言うように。
 もし、あれがウチの誰でもなかったらどうするのよっ!」
「ウチの誰でもないって、お前、そんなこと…。
 じゃぁ何か?お前は、泥棒かなにかの仕業だとでも言うのか?」
「言ってないでしょ。あたしは、そんな泥棒だなんて…。
 でも、朝起きたらテレビが点けっ放しだったり、
 水道が出しっ放しだったりっていうのがあるのは事実でしょ。
 そして、それはウチの誰に聞いても、それは知らないという…。
 なら、ウチの誰がやってるんでもないって考えることだって必要じゃない!違う?」
「そ、それはそうだけどさぁー…。
 でもさ、それでなんで警察なんだよ?
 第一、そんなことで警察がまともに相手するわけないだろ。」
「だからっ!警察って言ったのは、モノのたとえでしょ。
 じゃぁ何?警察が駄目なら、私立探偵?興信所?」
「いや、だから…、わっ!」
「っ!」
「うぐっ!」

 その3つ目の「うぐっ!」は、わたしの驚きの声だった。
 その時っていうのは、わたしは目でテレビの画面を追いかけながら、でも耳では母と父の話をずっと聞いていて。
 いきなり聞こえた父のその驚きの声に胸を潰して、寝転がっていたわたしは反射的に起き上がりながら、父と母の視線の先を追っていた。
 そんな、廊下の方を向いた父と母の顔の先に立っていたのは…

「なんだ、お袋かよ…。
 はぁー、ビックリしたー。
 もぉーっ。おどっかすなよ。」
「あ、お義母さん、お腹空きました?」
「もぉお袋さ、夕飯くらい一緒に食べろよ。
 C美だって、一人一人に食べさせてたら大変──。」
「警察なんかじゃなくさ、お寺なんじゃないのかい?」
「お、お寺!?
 お寺って…。」
「だからさ。相談するなら、警察じゃなくお寺じゃないのかい?」
「お寺?お寺って、何でそこにお寺!?」
「だってお前、A実の夜のあれ…。あれをどう思うんだい?」
「え、え、A実…!?
 いや、だからお袋。今C美と話しているのはさ、A実のあの発作のことじゃなくってさ。
 例のお袋のロウソクの点けっ放しから始まった、
 テレビとか電気の点けっ放しのことを話してるんだって。」
「お義母さん、どうします?
 今日は煮魚とポテトサラダだったんですけど、食べられそう──。」
「お前たちだって、うすうすは思ってるじゃないのかい?
 A実のあの夜のことと、テレビや電気の点けっ放しが関係ある──。」
「ちょ、ちょっと待った、お袋…。
 あのさ、A実の夜の発作のこととそれとは全然違うぜ。
 第一、医者だって言ってんだから。
 中学に入っての環境の変化が、たまたま心に過度なストレスを与えたせいだって。
 なぁ、そうだよな。あの医者そう言ってたよな。」
「そうですよ、お義母さん。
 お医者さんも言ってましたけど、あのくらいの年齢だとああいうことがあるのって、
 それほど珍しいことじゃないらしいですよ。」
「あたしは高校も満足に行ってないから、確かに医者の言うようなことはわからない。
 でもね、この歳だからね、それなりにいろんなことは見てきたつもりだよ。
 確かにそう言われてみれば、A実のあれはあのくらいの歳の時になることが多いもんだよ。
 EんとこのF子も、それからG叔父のとこのH男も…。
 思い出してみれば、確かにA実くらいの歳のことだったよ。」
「えっ、EんとこのF子って、それってF子ちゃんのこと?
 H男っていうのは、あのいつも小うるさいH男叔父さんのことかよ?
 えっなに、F子ちゃんもH男叔父さんも、A実くらいの時に、そんなことがあったの?」
「そんな風に言うかどうかは、あたしは知らないよ。
 でも、EんとこのF子も、G叔父のとこのH男も。
 それがあった時は、お寺に相談して治してもらったんだよ。
 そりゃお前は、子供の頃から勉強がよく出来たから、
 そんな昔のことって、あたしの言うこと馬鹿にするかもしれないけど──。」
「いや、だから馬鹿にも何も、俺は何も言っていないだろ。
 というかさ、今俺たちはテレビの点けっ放しのことを話してるんだからさ。
 A実のことでお寺に相談した方がいいとか、話を混ぜっかえさないで欲しいんだよな。
 まったくー。
 それでなくたって話がややっこしくなってるんだから…。」
「混ぜっかえしなんかしやしないよ。
 あのね。あたしは、お前たちが点けっ放しのことで話してるから、
 だからA実のことも一緒に話したらどうだい?って言ってんじゃないか。
 あのさ、お前たちね。いつまでも自分たちの考えに酔ってないで、
 A実のこと、もう少し親身になって考えたらどうだい?」

 その時のわたしは、全然その会話の外だったんだけど。
 でも、もうテレビなんかそっちのけで、ただただ両親と祖母のやりとりを見ていた。
 だって、いつも大人しい祖母が父にそんな風にいろいろ言っているとこなんて見たことなかったし。
 なにより、わたしがずっと思ってたこと──つまり、テレビ等の点けっ放しと姉の金縛りって関係があるんじゃないだろうか?──を祖母が言ったからだ。

 ただ、前にも言ったけれど。父と母だって、口に出すことは絶対なかったけど、でもやっぱりそれは心のどこかでは思っていたような気がするのだ。
 そう、その時のわたしにはよく理解らなかったけれど。
 父と母はそれは思いつつも、あえて別個に考えることにした──心のどこかで思っていたそのことは頬っかむりすることにした──んじゃないだろうか。
 だからこそ、その後母は祖母にあんなに強い口調で言ったんじゃないかって思うのだ。
 そう。そういう意味じゃ祖母はあの時、母の心にある「虎の尾」を無遠慮に──それももろに──踏んじゃったってことなんだろう。

「お義母さんっ……。」
 その母の声のピーンと張り詰めた余韻ときたら。
 それこそわたし、思わずキチンと座り直しちゃったくらい。
 そう。そういえば、あれはその年の冬のことだったか?
 学校の音楽室の掃除をしていた時。グランドピアノをいたずらしていて、何の気なしに一番高い音の鍵盤を叩いて、出たその予想外の鋭い音に、ビクっとした、あの時の感じといったらいいか…。

 蒸し蒸しと暑い夏の宵だっていうのに、まるで、真冬の朝のようなキーンとしているその空気感。
 呆気にとられたような顔をしている祖母と、目をつぶって大きくため息を吐いている父。
 でも、そんな中、話し出した母の口調は意外に物静かだった。
「お義母さんが、
 A実のことでお寺に相談した方がいんじゃないかっていうのはよくわかります。
 あたしたちだって、決してそういうことを考えなかったわけではないんですから…。」
 母は、いったんそこで口を止め、そして父の顔を見た。
 でも、父は相変わらず目をつぶったまま。
「その上で、A実のことは医者の言うことに従うことにしたんです。
 なぜなら、今っていうのはそういう時代だからです。
 それが、普通だからです。
 だから、あたしたちはそう決めたんです。
 それは、お義母さんも了解してください。お願いします。」
「あのねC美さん、昔があるから今があるんだよ。
 今から見れば貧しくて愚かだった昔があったから、豊かで賢い今があるんだよ。
 こういう時っていうのは、昔かっらお寺に相談して解決してきたものだよ。
 そういうことを頭ごなしに否定してはだめだよ。」
「ですからお義母さん。何度も言うようですけど、
 あたしたちは、そういうことを何も頭ごなしに否定しているわけではないんですって。
 ただ、今回のA実のことは医者に任すとあたしたちは決めた。
 そういうことで、それ以外に他意はないんです。」
「あのね、いくら今が豊かで賢いからって、
 昔から受け継がれてきた知恵ってものまで無視しちゃったら、
 愚かな昔に戻ってしまう──。」
「だからっ!
 もうお義母さん、何度も言いますけど、
 あたしたちは、何もそういうものを無視しているわけではないんです。
 それにお義母さんだって、その昔から受け継がれてきた知恵ってものが絶対だって
 言ってるわけではないでしょう。
 それこそお義母さんだって、A実やB子が風邪ひいたら
 お寺や神社に相談しろとは言いませんよね。
 医者に行けと言いますよね。
 それは、お義母さんは、風邪をひいたらお寺や神社よりも
 医者の方が効果があると思うから、医者に行けと言うわけですよね。
 それと同じなんです。
 あたしたちがA実のことは医者に任すと決めたのは。」
「いいや、違うよC美さん。それとこれとは…。
 こういうことっていうのはね、
 昔からずっとやってきたことの方が正しいんだよ。」

 その時っていうのはわたし、子供ながらに「まずい…」って思った。
 ううん、違う。むしろ、母の子供だからこそ…か?
 そう。それはわたしが母の子供だっただけに、それに敏感だったのだろう。
 つまり、母っていうのは、祖母のその言葉みたいな物言い──現在のわたしならそれを「根拠のない断定」って言える──が一番嫌いだった。

「いい加減にしてください、お義母さん。
 このこと、あたしは何度言えばわかってもらえるんですか!」
「だから、A実のことはお寺に──。」
「お義母さんは、さっきからずっとA実のあのようなことはお寺にって言ってますけど。
 A実のあのようなことって、いったい何なんですか?
 お義母さんは、そのあのようなことがどういうことで、
 そして何が原因で起きているのかわかるんですか?
 原因がわかった上でお寺とかって言ってるんですか?」
「いや、だから昔っから──。」
「昔、昔って言いますけど、
 その昔あったことと、A実のことが同じだってどうして言えるんですか?
 今、お義母さんがそれを言ってくれて納得できるならあたし、
 お寺でも何でも今すぐに行きますよ。
 だって、A実はあたしの子なんですから。」
「………。」
「お義母さんがそれを言う気持ちって言うのは、
 すごくよくわかります。
 A実のことを心配するからこそですよね。
 でも、それはあたしだって同じなんですよ。
 A実を心配しているからこそ、あたしたちはこのことは医者に任すって決めた。
 そういうことです、これは…。」

 母がそこまで言った時だった。今までずっと目をつぶって黙っていた父が口を開いた。
「なぁ、母さんよ…。
 C美の言うことも、少しは聞いてやれよ。
 C美が言ってるのはさ。
 正しいからそうする、正しくないからそうしないって言ってるんじゃないんだよ。
 俺とC美2人で話し合って、
 A実のことは医者に任すと決めたからそうするんだって言ってるんだよ。
 だって、それが正しいか正しくないかなんて、
 今だろうが昔だろうが誰にも絶対わかんないだろ?」
「あのね、お前──。」
「だからさ、最後まで聞けって。
 もしかしたらさ、結果的には母さんの言うことが正しいということもあるのかもしれない。
 俺たちの決めたことが間違ってるということがあるのかもしれない。
 でもさ、だったとしても、それはそれでどうしようもないことだろ。」
「お前ね、そんなこと言ってA実のことなんだよ。
 自分の子供だよ。
 今は口でそう言えるかもしれない。
 でも、もし間違ってたらどんなに後悔するか…。」
「そう。だからだよ。
 だって、母さんの言うことが絶対正しいって、母さんは言えるのかよ?
 言えないだろ?
 それが正しいとか、正しくないとか、そんなことじゃないんだよ。
 昔だろうが今だろうが、そんなことは誰にも絶対わかるわけないんだから。
 もちろん、母さんの言うように、昔のように寺に相談するって人もいると思うよ。
 でも、俺とC美は話し合って、医者に任すって決めたんだよ。
 なら、そうするしかないだろ。
 それが一番って思って、そうするしかないだろ。」
「………。」
「………。」
「………。」

 あの時っていうのはわたし、父母と祖母のその話を聞いていてどう思ってたんだろう。
 うん。現在なら、父と母の言っていたことっていうのは、すごくよくわかるって言える。
 特に母の言っていたこと、というかその思いが…。
 でも、反面祖母の言ってたことにも一理はあるような気もする…。
 まぁなんだ。
 わたしも大人といえる齢になって、その辺りは小ズルくなったってことなのかもしれない。
 というか。人の知恵なんて、昔だって今だって所詮は大差はなく、同じようなものにすぎなくって。
 いいとこ、小ズルい程度のものなのかもしれないなーなんて思ったりもする。
 だからこそ、思いもかけないことが起こるのだろう。
 そう。あの時だってそうだった。


 あの時居間では、それっきりしばらくは父母も祖母も何も言わずにそのままで。
 また、わたしはわたしで、子供のながらにやっぱり何か考えていて。
 テレビは相変わらず点いていたけど──その後で消した記憶が残っている──もはやわたしも含め誰も見ていなかった。
 そう。それは、そんな時だった。

「わっ!」
「っ!」
「ひっ…。」
「うっ!」
 最初に驚いた声をあげたのは父だった。
 わたしや母、祖母はその父の声に何より驚いて顔をあげ、そして父の視線の先を見た。
 ぼーっと。
 そこに、そんな風に立っていたのは姉だった。
 そう、姉なのに、わたしも、父も母も。そして祖母も、なんだかとっても驚いていた。
 というよりは…
 うん…。
 なぜだかわからないが、誰もが一様に怯えたような顔をしていた。
 そして、それは、あの頃ウチでよくあったことだった。
 それは、まるで家族の誰もが誰かの存在に怯えているようだった。

「な、なんだ。今度はA実かよ…。
 もぉっ、おどっかすなよ。はぁー、ビックリしたー。」
 居間の戸のところから半分だけ体を出して立っていた姉は、なんだか浮かないような表情をしていた。
「A実、どうしたの?気分でも悪いの?」
「ううん…。」
「なら、夕ごはん食べちゃいなさい。」
「ううん…。」
「え、なに?どこかで食べてきたの?
 もぉー、A実。ご飯どこかで食べるなら連絡してって、
 いつもあれほど言ってるじゃないの。」
「うん。ごめんなさい…。」
「ま、いいわ。そう、A実、薬は?」
「うん。そっちも大丈夫…。」
「そう…。あ、ならお風呂──。」
「ねぇお母さん。
 わたし、今日これからI子のとこに泊まりに行くから…。」
「えっ、泊まりに行くって?
 ちょっと、I子って誰よ?どこのうちよ?」
「バレー部の友達よ。前に言ったでしょ。
 あと、わたし、やっぱり入院する…。
 だって、怖いのもう嫌だもん。」
「えぇっ!入院って、A実…。
 えっ、A実!A実っ!」
 その、すーっと居間の戸から姿を消してしまった姉の姿。
 そして、その姉の口調に、何とも言い難いものを感じた母と父が立ち上がった時だった。
 バターン!

 あの、激しく閉まった玄関の戸の音は…
 父も母も祖母も、そしてわたしも。
 そこにいた誰もの動きを一瞬止めてしまう何かがあったように思う。



                    ―― 『家族の出来事-3』〈了〉 4につづく


注!無断転載禁止
  断りなく転載されるのは非常に不愉快です。やめてください
  ブログの記事は全て「著作物」であり、著作権法の対象です
        ↑
   ちょっと剣呑で、ゴメン(^^;)



Comment:2  Trackback:0
2016
12.17

Mr.キトーのチーズケーキの店

 ホームセンターにチーズケーキを買いに行ったら、その一画に「Mr.キトーのチーズケーキの店」という店があって。

 そこのカウンターでチーズケーキを食べていたおにーさんと地元のスィーツ談義をして。
 それが、どこそこ駅前のきんつばがどーのこーのとか、スッゴイ詳しい!

 すっかり意気投合したまではよかったんだか、その後、頬を付けあって写真を撮ることを強要されて。

 嫌々一枚撮って、やれやれと頬を離しかけたら、それを見ていたおにーさんの娘が「パパ、わたしにも撮らせて」って。

 仕方なく、また頬をくっつけて。
 言われるがままにニッと笑うんだけど、そのバカ娘、写真の撮り方知らないみたいで、「笑って」、「あれ?撮れないなー」の延々繰り返し。

 おかげで、こっちも延々そのおにーさんと頬をくっつけちゃぁ、ニッと笑うの繰り返し……


 いや。さすがにそこで目が覚めたんだけどすけどね。
 でも、目が覚めてもおにーさんの頬の感触が残ってて、キモチワルイったらありゃしない。

 しかも、チーズケーキがやたら食いたいって、あぁコワい(笑)
 今も食べたいwww


 ていうか。
 そもそも、ホームセンターにチーズケーキを買いに行くって時点で間違っていると思うんだけど、間違っていると言えば、そのチーズケーキの店の名前。
 「Mr.キトーのチーズケーキの店」って、いったいどういう名前なんだ!?って(爆)
 おにーさんと頬をつけて写真を撮ることになるのといい、もしかして、心の奥底にそんな気色ワルイ願望があるんだろうか?って、そこは、マジ怖かったです(泣)
 目が覚めて、おにーさんの顔はもう憶えてないんだけど、Mr.キトーのニッと笑った顔はハッキリ憶えてると




          だから、チーズ・トリックじゃなくってねwww


Comment:2  Trackback:0
2016
12.11

“戦慄に恐怖する”って、なんじゃそりゃ?(爆)


 ま、UFOとオバケが出てくるバカ番組に、ケチつけてもしょーがないんですけどね。
 でも、“戦慄に恐怖する”というナレーションには、「な、な、なんじゃそりゃぁ!?」って。
 一瞬、何がどーなってどーなってるんだか、全くわかんなかったです(笑)

 番組では、イエティに襲われた話を紹介してたんですけどね。
 思わず、
 恐怖を感じるなら、ちゃんと“イエティに”恐怖しろよ!
 “戦慄に”恐怖したって、面白くもなんともねーだろ!って(爆)


 ていうか、イエティはヒマラヤですよね。
 ロシアにイエティはいませ~ん(笑)
 え、なに?ヒマラヤにもいない?(爆)







 まー、以下は、戦慄もイエティも関係ない話(笑)

 今朝、ニュースの天気解説みたいなコーナーを見てたら、冬の雷の話をしていて。
 ま、冬に日本海側、それも北陸の辺りで雷が多いのは、私も知ってたんです。
 というのは、湯沢辺りにスキーに行くと、たまに雷鳴が聞こえることあるんですよね。
 でも、冬に雷が多いっていうのは日本とノルウェーだけの気象で、世界的に非常に珍しいことなんだっていうのは初めて知りました。

 ま、なんというか。
 あのイエティの話よりは全然面白かったなーって(爆)
 ていうか、この場合、面白かったではなく、興味深かったですね。
 戦慄の度合いではイエティより上かも(笑)


Comment:8  Trackback:0
2016
12.11

怪談16.12.11「家族の出来事-2」


 母が言っていた仏壇というのは、仏間…。いや、ただ、それは決して仏間っていう部屋ではなく、1階の居間の隣りの、あまり使っていない部屋にそれはあった。
 元々は居間にあったらしい。
 その居間の隣にある部屋に移したのは、なんでもわたしが小さい頃。よちよち歩きをしていて仏壇にぶつかって。その衝撃で、線香立てが仰向けにひっくりかえっていたわたしに落ちてきたってことがあったんだとか。
 ま、幸い大したことはなかったらしいのだが。でも、もし頭や顔に落ちてたりしたら大変だったということで、使っていなかった隣りの部屋に移したらしい。


 そこは4畳半の部屋で。隣りには、祖母の部屋があった(ちなみに、祖父はわたしが幼稚園の時に亡くなった)。
 その仏壇のある部屋の反対側の隣り──玄関の側──には、前に言ったように普段家族がテレビを見たりして過ごす居間があって。
 居間は、朝食を食べたりするテーブルのある台所と、廊下を挟んで接していた。

 うーん。ちょっとわかりづらいのかな?
 つまり、わたしの家というのは、玄関を入って廊下を進んでいくと、左側に居間、仏壇のある部屋、そして祖母の部屋という順番で並んでいて。そして、その3部屋は南に開けた庭に面していた。
 そういえば、3部屋って南に面していたんだから、当然日当たりだっていいはずだと思うんだけど…。
 ううん。その3つの部屋のうち、居間と祖母の部屋は日当たりがよく明るい部屋なのだ。
 でも、窓の大きさのせいなのかなんなのか、仏壇のある部屋というのは、なんだか妙にうす暗い感じのする部屋だった。
 ただ、うす暗いっていっても、それは、陰気とか、ひんやり寒いとか、もしくはジメっとしてるっていうことではなく。
 というか、むしろそのうす暗さゆえに、わたしにとっては不思議と落ちつける場所だった。

 そう…。
 その頃も、その前も、その後も。母にキツく怒られた後や、学校で嫌なことがあった時なんかには、わたしはよく仏壇のある部屋で時間を過ごしたものだった。
 そして、それは、わたしばかりでなかったらしく、何かの折につけ、その部屋に姉の姿がぽつんとあるのを見かけた。
 そんな時に、その部屋に入って姉の顔を見ると、そこには涙の痕があったり、目が赤く腫れていたりしていたものだった。

 ただ、これは現在になって思うんだけど。
 もしかしたら、それは祖母も同じだったのかもしれないなーって。
 もちろん祖母は朝起きてすぐ、夜寝る前と日に何度か仏壇に線香をあげるのが習慣だった。
 でも、それより何より祖母のことを、その仏壇のある部屋でよく見かけたような気がする。

 そう。そうなのだ。
 たしかに、わたしも姉もその仏壇のある部屋にはよく出入りしていた。
 でも、それは仏壇を拝むためでなく、たんにそこが落ち着ける場所だったからにすぎない。
 つまり、わたしと姉はその部屋に行ったとしても、仏壇に線香をあげたりすることはほとんどなかった。

 そういえば、わたしの家は、朝起きた時や夜寝る前に挨拶をする習慣がない家だったというのは話したと思うけど、それは、仏壇に関しても同じだった。
 現在思い出してみても、わたしの両親が仏壇を拝んでいるのなんて、ホントお盆や彼岸、あとは法事で叔父や伯母が来た時くらいだったように思う。
 ただ、母っていうのは、常に何かしてないといられないっていう質だったから。その仏壇のある部屋も、掃除をするために毎日出入りしていた。
 それから、朝夕のその部屋の雨戸の開け閉めは母がしていたし。
 そう考えると、あの部屋に一番出入していなかったのは父だったかもしれない。


 と、そんな、仏壇のロウソクの火の一件。
 実は、それっきりだった。
 ううん。それっきりと言ってしまっては、ちょっと正確じゃないんだけど、でもまぁそれはまた後で。
 というのも、母からその一件を聞いた父が仏壇の扉に鍵を取り付けてしまったからだ。
 つまり。その鍵は母が管理していて。祖母は、仏壇に線香をあげに行く時には母に言って鍵を受け取って、終ったらまた母に鍵を返すという…。
 いや、現在になって思うと、それってなんだかなぁーって思う。


 ところで、これはあとから母に聞いたことなんだけれど。
 母は、父に「それではお義母さんがさすがに可哀相だ。要は、ロウソクの火の点けっ放しが怖いだけなのだから。仏壇からロウソクと線香立てを取り去って。お義母さんには拝むだけにしてもらえばいいんじゃない」みたいなことを言ったらしい。
 でも、それに対して父は「仏壇に線香がなかったら、拝んだ気がしないだろう。それこそお袋が可哀相だ」と言ったとかで。
 もっとも。祖母もそんな父の思考パターンに慣れていた──この子にして、この親ありと言ったらいいのか(笑)──というのもあったのか。
 まぁ考えてみれば、なんといっても自分が生んで育てた子だ。
 その時は、「あたしも齢だし、火の点け忘れが絶対ないとは言えないし。何より火事になったら大ごとだから、その方がいい」みたいなことを言っていたらしい。

 その時っていうのは、わたしも子供だったから。母からそれを聞いて、単純にそれでいいのかなって思っていたのだが。でも、それなりに世間ってものを知るようになったこの齢になってみると、わたしの家…、というより家族って相当変わってたんだなぁ…って、なんだかちょっと笑ってしまう。
 だって、「仏壇からロウソクと線香立てをなくしちゃえばいい」という母も母だが、「仏壇に線香がなかったら拝んだ気がしない」と仏壇の扉に鍵を取り付けちゃう父っていうのも相当変だ。
 というか。仏壇の扉が開くのが、朝起きた時と夜寝る前だけで。昼間はずっと閉まっている家というのも、相当珍しいんじゃないだろうか。
 まぁそれ以前に、仏壇を拝むのは祖母一人っていう家自体が変わってるんだろうけど…


 まぁとにかく。
 つまり、ここまでがあの出来事の第一幕だったと言えるのだろう。

 そう。これは、今ふと思ったことなんだけれど。
 わたしの家族の仏壇をめぐるその話というのは、もしかしたら読んでいて不快感を感じる人も多いのかもしれないなって思う。
 だって、世間一般的には「ご先祖は大事にしなきゃいけない」、「仏壇は大事にして日々拝まなきゃいけない」というのが常識だからだ。
 ただ、何度も言うように、わたしの家というのは、家族で朝の挨拶とかしない家だった。
 家族では挨拶をしないのに、でも仏壇は拝むって──つまりそれは挨拶をするってことなわけで──わたしには逆に変な気がするんだけど…。

 思うのだが、わたしのこの話が終わった後、「ほらみろ。先祖を大事にしないから罰があたったんだ」とか言う人もいるのかもしれない。
 うん。まぁ確かに、そういう考え方にも「一理」はあるのかもしれないなぁ…と、最近はわたしも思ったりする。


 そうそう。話を第二幕に進めなくっちゃ。
 しかし、第二幕って…
 うーん、ずいぶん他人事な言い方だ。
 だって、この話ってわたし自身の話なのに…
 もっとも。他人事みたいに話せるくらい、わたしの心の中で突っ放せてなきゃこんな話、そうそう他人に話せるものじゃないかなぁって気もするかな?
 なぁーんて。

 そう。第二幕の始まりも、やっぱりわたしは布団の中だった。


「A実、あんた、昨日の夜っ。また、居間のテレビ点けっ放しだったでしょ!」
 階下から響いてきた、その激しい口調のその母の声に。布団で寝ていたわたしは思わず跳ね起きた。
 いや。それは決してオーバーに言ってるんでなくって。
 その前の夜に、試験の点数のことで母からかなりキツく注意されていたってこともあったのだろう。階下から聞えてきた母の怒った声に、それこそ目が覚めるより早く体の方が反応してしまった。
 「わっ!」って思った時には、わたしは布団から飛び起きるなり回れ右をして、ドアを向いて立っていた。

「一昨日の夜も、点けっ放しだったよね。
 朝起きて、居間の雨戸あけようと思って行ったらチカチカしててさ。
 ホンっト、いったい何んなのかと思ったわよ。」
 なおも聞こえてくるその階下からの声に、わたしは思わず、
「うぅーん…。なんだ、お姉ちゃんかぁ…。
 もぉ…。気持ちよく寝てたのにぃー…。」
 そんなようなひとり言をブツブツと言いながら、そして再び布団にペタンと腰を下ろした。
 階下から家を通じて低く聞こえてくるのは、姉が母に何か言っている声なのだろう。

「ふぅー…。」
 時計に目をやれば、6時半前。
 起きるには早いけど、でもまた寝ちゃうには危険な気がする時間。
 これで寝すぎちゃったら、今度はわたしがあの声で叩き起こされることになる。
 とはいえ、まだ眠い。
「うぅぅーん、もぉぉ…」
 布団の上でぺたんと座り込んだままのわたしが、くちゃくちゃなタオルケットを抱え込んで頬をつけ、そんな風にぼやいていた時だった。
「だから、知らないって言ってんじゃない!」
「へっ!」
 聞いたことがないような姉の激しい声に、わたしは思わずビクっと実を起こした。
「A実っ!あんたっ!」
 母のその激しい口調と時を同じくして、階下の廊下をダンダンと音をたてて歩く音の後だった。素早くギぃぃって玄関のドアの開く音がしたかと思ったら。
 いきなり、ドドーンっ!
「きゃっ!」
 それは、まるで家全体が揺れたんじゃないかってくらい激しくドアが閉まった音だった。


 しかし、こうなると…。
 朝っぱらから、母と姉が階下でこれだけの騒いでいて、わたしが起きないのはどう考えたって変だし。
 かといって、怒っている母と顔を合わすの気まずくて嫌だ(というか、わたしがとばっちりを食いそうだ)。
 しかし…(それに、まだ眠い)。
 うーん…。もぉ何なのよぉぉー!
 なんて、布団で思っている間もなかった。
 ダダダダダダーってもの凄い勢いで階段を上がってくる音がしたかと思ったら。
 わたしの部屋の戸を思いっきり叩く、そのドン!ドン!って音がするより早く母の激しい声が飛び込んできた。
「いつまで寝てんの、B子っ!」
「は、はい!」
 わたしが思わずそんな声を出しちゃった時には、母が向こうの部屋でカララララーっとガラス戸が開ける音が聞こえていた。


 顔を洗ったわたしが朝食を食べようと台所に行くと、そこはやっぱり誰もいなかった。
 そう。それは、祖母が仏壇のロウソクを点けっ放しにして、そのことで母がいろいろ言った一件以来ずっとだった。
 そういえば、あれからというもの、祖母はどこか元気がない。
 ううん。というよりは、たぶん母となるべく顔を合わせないようにしていたのだろう。
 そんなわけで、最近すっかりそれが当り前のようになってしまった、一人っきりの朝食を食べていた時だった。

「B子、ちょっと訊きたいんだけどさ…。」
 後ろでいきなりした母のやけに静かな声に、わたしはもぉドキっと。
 それは、とんでもないところを見つかってしまった時みたいな、なんだかそんな感じ。返事したわたしの声は、わずかに震えていた。
「え、え…?な、なに…。」
 振り返って見た母の顔は、ついさっきの声のように怒っているという感じの表情ではなかった。
 でも、なんと言ったらいいのか?
 それは、今までわたしが見たことがないような表情だった。

「A実、あの子…。何かあったのかなーって。
 あんた、もしかして何か知らない?」
「何かあった?
 え、えぇっ!?」
「昨日、今日って、テレビが点けっ放しだったのよ。
 夜中…。」
「夜中?」
「朝起きたら点いてたんだから、夜中でしょ。」
「えっ、それってお姉ちゃんなの?」
「だって、夜中にテレビ見るなんて、考えられるのはA実くらいじゃない。」
「でも、夜中にテレビ点いてたら、2階まで聞こえると思うけど…。」

 テレビのある居間は階段に近く、その居間の音は意外なくらい2階まで聞えてきたし。
 また、わたしの部屋は階段を上がってすぐ。つまり、居間のほとんど真上だったから、テレビが点いていると音というか、電波?静電気?
 とにかく、言葉ではちょっと言い表せないテレビが点いている気配みたいなものが下から上がってくるのが感じられるのだ。

「うん。だからボリュームは下げて点いてたのよ。
 昨日も今日も。
 だからあたし、なおさら驚いたのよ。」
「えっ。でもその点いてたチャンネルって何番だったの?
 お母さんとお父さんが昨日の夜見てたチャンネルだったってことは?」
「そんなのは知らないわよ。とにかく朝起きてビックリだもん。
 あ、なに?B子。
 あんた、それ、あたしとおとうさんが
 点けっ放しにしてたんじゃないのかって言ってんの?
 あのね、そんなわけないでしょ!
 だって、あたしは毎晩テレビや電気や戸締り。
 ガスの元栓だって、全部ちゃんと確認してから寝るのよ。
 あんた、そんなこと知らないでしょ。」
「あ。う、うん…。」
 母の口調がまた怒った感じになってきたのを感じたわたしは、反射的にそう口を濁していた。

「あんたの部屋って、A実の隣りじゃない?
 あの子ね、最近夜中にトイレに行くことが多いのよ。」
「トイレ?」
「いや、だから、普通夜中に起きて行くとこっていったらトイレでしょ。」
「あ、うん…。」
「A実って、前はとにかく寝ちゃったら
 朝まで何があったって起きないって方だったでしょ。」
「えぇ、知らないよぉ~。
 お姉ちゃんが寝ちゃったら朝まで起きないなんて、そんなのわたしぃ~。」
「だからっ!
 あんたは部屋、隣りでしょ。
 夜だもん、物音とか聞こえるでしょ。
 夜中まで音がするとか、起きてるみたいとか、
 そういうことで気がついてたことがあったら教えてって言ってんじゃない。
 もぉさ、あんたって、そういうとこ、嫌んなるくらい察しが悪いのよねぇー。」
「そ、そんなこと言われたってー。。
 わたしだって、夜はぐっすり寝ちゃうし…。
 お姉ちゃんだって、部活で朝は毎日こんな早いし、帰りだっていつも遅いし。
 夜なんて、疲れちゃっててすぐ寝ちゃ──。あっ…。」
「ちょっと、B子。何よ、また、“あっ”て?
 こないだもそうだったんだけどさ。
 あんたの“あ”は、変に疲れんのよねー。」

 いや。わたしは、その時。思い出したことで「あっ」と口から出てしまったそのことを、母にすぐ言おうとしたのだ。
 でも、それを言うつもりで母の顔に視線を向けた時、その後ろでこっちを見ていた目に気がついて。そのことで、ちょっと驚いてしまって開きかけたわたしの口を思わず閉じてしまったのだ。
 たぶん、わたし…、その時って、とっても変な顔をしていたのだろう。
 母はわずかな間、わたしの顔を怪訝な顔でじっと見ていたんだけど。
 でも、すぐにハッとした顔になって、わたしが見ている視線の先をくるっと振り返った。
「あら、お義母さん…。
 お茶…、ですか?
 あっ、お湯…、沸いてたっけ?」

 わたしの母っていうのは、どんな時でもさっと動く。
 その時もそうだった。
 母だって、祖母のあのどろりとした目にドキリとしていたはずなのに。
 そう。あの台所の入口のほんの間際のところから、わたしと母をじっと見ていた祖母の目は…
 そう、たぶん何かを考えていた目だったんじゃないかなって。
 それは、わたしと母の会話をひとつひとつじっくりと、まるで言っていたことのひとつひとつを舐めるように確かめていたみたいな。
 うーん…。というよりは、わたしと母の会話の内容をはなっから疑って聞いていたみたいって言った方がいいのか?
 ううん。そんなことはないと思うんだけど。
 でも…。
 間違いないのは、祖母はその時わたしと母の会話をそこでじぃーっと聞いていた。
 そして、その会話の内容について何か思うところがあったんだと思う。
 なぜなら祖母は、わたしの視線が母から祖母に移ったことに全く気がつかなかったから。
 その祖母の目は、間違いなく話しているわたしと母を見ているというのに。
 でも、それはむしろ自分の頭の中をとろっとろっと覗いているんじゃないかって思っちゃったくらい、そんなような目の動きをしていた。

 そういえば、そんな祖母の顔がいつもの祖母の顔に戻ったのは、母が声をかけてからもちょっと間があったように思う。
 それに、その時の母の口調もどこか変だった。
 もしかしたら、母も祖母のその表情に何か感じていたってことなのかもしれない。
 でも、すぐいつもの顔に戻った祖母は、母が言ったその言葉にも、学校に行くわたしにも何ひとつ言うことなく、すーっ自分の部屋のほうに行ってしまっただけだった。


 祖母が行ってしまった後。
 母は、まるでなにか大事な忘れ物でもしたみたいに、しばらく台所の入口の向こうをポカーンと見ていた。
 でも、ふいに、
「あっ!ちょっと、こぉんな時間じゃない。
 あんた、早く学校行きなさいよ。遅刻するわよ。
 もぉー。そういえば、今朝って洗濯もまだ途中なんだっけ…。」
 そう言って。
 後はわたしのことを意識的に視界から外すようなそんな目の動きで、いつものように忙しげにどこかに行こうと。
 そんな母に、わたしはつい今母と話をしていて、姉のことで思い出したことを話そうと…。

「ねぇお母さん…。」
「え?何よ?」
 もう台所の入口の所にいて、半分だけ振り返ったその母の顔。
 それは、なんだか今までわたしと話をしていたことなんて全く憶えていないみたいな、そんな顔で。だから、わたしは、つい…
「ううん。何でもないの…。」
「うん。あんた、早く学校行きなさい。」
 それを言い終わるより、母の姿が見えなくなくなった方が早かった。


 その朝、母と姉のことで話をしていて、わたしが思い出したことというのは…
 それが、その何日前の夜だったのかはよくわからない。
 その時というのはわたし、夜寝ていて何気にふっと目が覚めて。
 ううん。それって本当に目が覚めたのかどうかはよくわからない。
 気がついた時は、またいつの間にか寝入っていて──何か変な言い方だ──そして朝、目を覚ました時だったから。
 そう。もちろん、朝になって目を覚ました時は、そんなこと憶えてなんかいなかった。
 そんなすっかり記憶からなくなってしまったことを思い出したのは、やはり母に姉のことで何か気づいたことない?って聞かれたからなのだろう。

 そう…。
 その時、わたしはふっと目を覚まして。
 ううん。目が覚めてそれに気づいたのか、それで目を覚ましたのか。
 それは、隣りの姉の部屋からだった。
 それは、うなされているような、荒い呼吸をしているような…。
 わたしは、布団の中で「お姉ちゃん、どうしたんだろう?大丈夫なのかな…」って、夢うつつに考えていた。

 うーん…。
 ただ、それって、どのくらいそう思っていたのだろう。
 隣りの部屋から聞こえてくる姉の苦しそうな声に、わたしは何かしなきゃ、何かしなきゃって思うんだけど。
 でも、わたしの大部分はまだ眠ったままみたいで。
 なおも聞こえてくる姉の苦しそうな声。
 わたしが、どうしよう、どうしようって、夢うつつに煩悶していたそんな時だった。
「きゃっ!」
「うぐっ――。」
 その姉の声を聞いたわたしが、布団の中でドキンとした時──そう。これも変な言い方だけど、もしかしたらあの瞬間が一番目が覚めていたような気がする。
 その後、ちょっとして、いかにもそーっとって感じの、姉が部屋のドアを開けた音がして。パチンっていう、階段の電気のスイッチを点けた音がしたのは、そのすぐ後だった。
 そう。そういえばあの時、自分の部屋のドアの隙間から明りが洩れていたのを見た記憶がある。
 ただ、その後って…
 姉が静かに階段を降りていく音がしたのまでは、うっすらと憶えているんだけど…。
 たぶんわたしは、その後あっという間に眠ってしまったということなんだと思うんだけど…

 そう。あの夜の姉は、もしかしたら、わたしがそのちょっと前になってしまったように、もしかしたら金縛りにあっていたんじゃないかって。
 わたしはその朝、それを母に言おうとしたのだ。
 でも、その時たまたま祖母がわたしと母を見ていたからなのか、それとも、いつものように母が忙しげにわたしのいうことを遮ってしまったからなのか。
 とにかく、そのことを言う機会は失われてしまった。

 でも、わたしのその予感って、実は当たっていた。
 そう。その後姉は、夜毎のそのことに苦しめられるようになり、やがて病院に入院することになる。


 現在になって、あの出来事っていうのをあらためて思い返し、そしてわたしなりに考えてみると。
 姉が入院…、ううん。入院って言ってしまうと、なんだかスゴクとんでもないことのようになってしまうのだが、でも、決してそんな大げさなことではなくて。あくまで医者から気分を変えた方がいいんじゃないかと入院を勧められたくらいのことで、期間だって、確か1週間か10日くらいだったと思う。
 つまり、その姉の入院までが、あの一連の出来事の第二幕だったのかなぁーって。
 ううん。何度も言うようだけど、第一幕とか第二幕とかって、ホント他人事な言い方だって思う。
 だって、これって全部わたし自身のことなのだから。
 でも、これも何度も言うようだけど。
 こんな風に他人事みたいに話せるくらい、わたしはあの出来事っていうのを心の中で突っ放せるようになったんだなぁーって。
 そのことは、自分でもなんだか不思議なくらいだ。


                    ―― 『家族の出来事-2』〈了〉 3につづく

注!無断転載禁止
  断りなく転載されるのは非常に不愉快です。やめてください
  ブログの記事は全て「著作物」であり、著作権法の対象です
        ↑
   ちょっと剣呑で、ゴメン(^^;)



Comment:2  Trackback:0
2016
12.04

もはや、コタツは絶滅の一途なのか?


 先週の雪の次の日の寒さで、たちまちコタツが降臨しちゃった私のウチですがー。
 でも、金曜くらいからやったらポカポカで、点けていいんだか、点けない方がいいんだかーって、ちょっと戸惑ってる毎日です(笑)


 で、そのコタツ。
 先週、朝何気にTVを見ていたらビックリ!
 なんと、コタツの生産台数が激減してるんだとか。

 なんでも、経済産業省の生産動態統計によると、コタツの国内生産台数は平成2年…、だからつまりバブル真っ只中の90年が178万台に対して。
 去年、平成15年は、24.7万台なんだとか。

 こりゃまった、ずいぶんと減ってるよなーと思いつつ。
 ま、確かに今は椅子の生活が主流だし。
 夏が暑すぎるだけに、エアコンが生活必需品になってしまったことで、暖房器具もエアコンでっていう世帯も多いっていうのもあるんだろうなぁーって。

 とはいえ、コタツなんてローテクなモノ、今は海外で生産してる方が多いんじゃないの?って。
 で、見てみると…

 SUUMOジャーナル、20代の男女(237名)のアンケートでは、「あり、使ってる」が35%
 「あるけど使ってない」が14%、「ない」が51%だったと。

 ただ、それを単身世帯と二人以上世帯で見てみるとー
 単身世帯(151名)で「あり、使ってる」が26%、2人以上世帯(86名)が51%と。
 ま、つまり、単身世帯だとやっぱりエアコンで間に合わしちゃうって傾向が強いんでしょうね(たぶん)。
 http://suumo.jp/journal/2016/02/25/106738/
 *SUUMOジャーナル


 その他、コタツの県別所有率っていうのがあってー
 保有率の全国平均(全国平均!?)が24%に対して…、え?保有率って、今や1/4なんだ!
 https://hikkoshizamurai.jp/report/report012/
 *2012年:(株)引っ越し侍調べ 

 で、まぁ県別では福島県が一番で42%。
 続いて、島根県40%、鳥取県40%。
 以下、長野、群馬、徳島、山梨、愛媛、山形、京都が37~34%くらいと。

 上記を見てると、寒い地域よりは関東や西日本の都市部の方が意外とコタツは使われてるようなんで。SUUMOジャーナルの35%というのは20代とはいえ、ま、その辺ってことなのかな?とさらに見てみるとー。

 ネット調査のディムスドライブによる調査(N=8338)でも、(2009年とデータがちょっと古いものの)冬場使用する暖房器具は、コタツが35%になってますね(最も活躍するでは、14%)。
 http://www.dims.ne.jp/timelyresearch/2009/091215/ 
 *ディムスドライブ「暖房器具に関するアンケート」2009年


 と、まぁコタツ。
 世の人が使おうと使うまいと、個人的にはどーでもいいわけですけどー。
 とはいえ、真冬の夜中にあったか~いコタツに入って、面白い本を読むというのは得難い楽しみであるわけで。
 いつまでもなくならないで欲しいなーっていうか、買い換えなきゃならない時でもお手頃価格で買えるものでモノであってほしいなーって(笑)





    ていうか、しんしんと冷え込む真冬の夜に、コタツを囲んで怪談会!
    なぁ~んていうの、一回やってみたいです。 ←結局ソレか!(爆)



Comment:6  Trackback:0
2016
12.04

怪談16.12.4


 B子さんが言うには。
 それがあったのは、小学4年生の時のことだったと……


 そういえば、「こっくりさん」の初体験って、いくつぐらいが多いんでしょう。
 そういう私だと、確か小学4年の時だったような…。
 その記憶に小5の時に転校しちゃった友人が出てくるんで、たぶん小4だったんじゃないかと思うんですけど、現在の子供だと、もしかして、もっと早かったりするんでしょうか。

 ま、それはともかく。
 そういえば、子供の頃学校で「こっくりさん」とかが流行った時(タイミング)って、クラス替えがあったの後の5月に入る前後くらいから6月にかけてくらいが多かったように思うんですけど、どうでしょう?
 つまり、「こっくりさん」みたいなものって。
 クラス替えという、クラスの誰しもがちょっと不安定な状況の中。
 やっぱりまだ不安定な関係である、新しく出来た友だちとのコミュニケーション手段という側面が、もしかしたらあるのかなーと。


 で、まぁ。そのB子さんもそうだったのかはわかりませんけど。
 B子さんも「こっくりさん」を初めてやったのは、やっぱりクラス替えをした小4の初め頃だったとかで。
 B子さん、連休はとっくに終っていたと思うと言いますから、まぁ5月の中旬か下旬くらいのことだったのでしょう。

 実はB子さん、「こっくりさん」みたいなことって、その時まで全く知らなかったんだそうです。
 それを始める前。友だちが書いていた、鳥居やら、五十音やらが書かれた用紙を見た時は、普通の小4の女の子の生活にはまず見かけないその違和感に、怪し気なドキドキ感があったといいます。
 その時っていうのは、B子さんは10円玉を押さえる係ではなかったらしいんですけど。でも、友達が押さえていた10円玉がするすると動き出した時は、ホントにびっくりしたらしいです。
 そして、それは他の友だちも同様だったようで。
 その一瞬、声にならない驚きが一斉にあがったといいます。

 とはいえ。まぁ内容的には、「誰々ちゃんが好きなのは誰?」みたいな、誰でもやるようなことを聞いたくらい。
 そんなこんなで終った時は、B子さんはじめ誰もが「ほっ…」っとしつつも。反面、「ちゃんと、しきたり通りに終らしたよね…。こっくりさん怒らすようなことしなかったよね…」って、心の中でドキドキしながら、誰もがどこか引きつったような笑みを浮かべていたと。
 そんな、みんなの顔に浮かぶ引きつった笑いが消えたのは、「こっくりさん」終了の約束事である、使用した10円玉で買い物をしたその後だったとB子さんは言います。

 ところが…
 B子さんにとって、その「こっくりさん」の刺激って、ちょっと強すぎたのかもしれません。
 いや。B子さん、もちろん、自分でそれを意識していたわけではないらしいんですけど。でも、その時の興奮が、夜まで残ってしまったみたいで。
 なんと、初「こっくりさん」をしたその日の夜に、初「金縛り」という……


 いやもぉそりゃビックリしたでしょうねー(笑)
 と、言ってしまえるのは、まぁそれは他人事だからで。
 B子さんに言わせると、あれはホントに怖かったんだと。
 なんでも、寝ていてふっと目が覚め、目が開いたその瞬間──。
 カっツーンっと音が聞えたような、聞えなかったようなと思ったら。
「はっ…。体が動かない!」
 何が起こったのかわからない、何が起こるのかわからないという、言いようのしれない恐怖感。
 やがて…
 それは、枕元とも、胸の上とも、よくはわからないんだけど…
 何か、白い人のような姿が感じられたと思ったら…
 そこからすーっと手が伸びてきたようなそんな気がして。
 さらに、急に息苦しくなってくる…
 その息苦しさは、なおも強くなっていって……

「わ、わ、わ、わーっ!」
 いや。B子さん、実際にそんな声を出したんだかどうかはわからないんだと。
 ただ、B子さんがその声を出したと思った途端。
 ぽっつーんと。
 自分がいつも寝ている部屋の、暗く静まりかえったその光景を見回していたことだけは憶えている。
 でも、その後のこととなるとよくわからない。
 いや。それこそ金縛りのその時くらい怖い…、いや、もしかしたら正気に戻っているだけに、それ以上に怖い時間を過ごしたはずだろうに…

 ただ、B子さんが後から両親に聞いた話では、B子さんがわんわん泣きながら部屋に入ってきたってことらしい。
 でも…
 B子さんには、その記憶はまったくなくて……


「今だから言えるけど…。
 あれはホント、絵に描いたような金縛りだったなぁー。」
 って、まぁB子さん。
 そんな人事のように言えるのは、現在ではこのお話の出来事──もちろんその金縛り初体験も含めて──が、過去のお話とスッパリ割り切れるようになったから。
 つまり、それっていうのは。
 B子さんの家で起きた、一連の出来事の始まりだったんだと……



 それに、最初に気がついたのは母だった。
 その時っていうのは平日の早朝で、わたしはまだ布団の中で。
 そう、確か、あの金縛りからは1週間か、2週間くらい経っていたように思うんだけど…。
 ううん。でも、このことを話すのに、その金縛りのことまでひとくくりにして話していいものなんだろうか。

 うん…。
 ホントのこと言うと、わたし自身、それってよくわからない。
 まぁ人って、普通…、こういう時のことっていうのは、思いつくこと、全部一緒のこととして話しちゃうものなんだろうけど…。

 そういえば。子供って、とっても怖い体験をしても、その時こそわんわん泣くけど、でも、あとは意外にケロッとしてたりする。
 そう。それは、あの金縛りの時のわたしも同じだったみたい。
 その時は、金縛りにあったことはほとんど気にしていなかったように思う。

 そうそう。例の「こっくりさん」の方は、あれからクラスでみんながやるようになっていたんだけれど。
 たぶん、わたしはああいうことが合わないタイプだったのだろう。
 あの時以来、することはなかった。
 一切……


 そう。その朝っていうのは、すごく蒸し蒸していたような記憶があるから、もしかしたらもう梅雨に入っていたのかもしれない。

「お義母さん!
 仏壇のろうそくは、その都度その都度必ず消してくださいね!
 昨日の朝も点けっ放しだったんですよ。
 あたし、起きて仏壇の扉が開けっ放しだから、
 あれって思ってみたら、ロウソクが点けっ放しで、
 もぉびっくりしちゃって、慌てて消しましたんですよ。
 ほんと、火事になったらどうするんですか。」

 その朝。わたしは布団の中で、怒ったような口調で何か言っている、母の声で目を覚ました。
 その後に聞こえてきた低いもごもごとした声は、たぶん祖母なのだろう。でも、それはまたすぐに母の大きな声に変わった。
「お義母さん、とにかく。
 火事なったら大ごとなんですから。
 このことは本当に注意してくださいね。お願いしますよ。」


 わたしの母というのは、気が強い人だった。
 一方、祖母は、母みたいな人にぽんぽん言われちゃうと、口ごもって何も言えなくなってしまうようなところがあった。
 わたしは子供の頃、気が強くて怖い母よりも、どちらかといえば祖母に親しみを感じているところがあったように思う。
 それは、母はずっと会社勤めをしていて、わたしは小学2年の夏まで祖母に育てられたからということが大きいんだと思う。
 それから、母に叱られた後なんかに、よく祖母に慰めてもらってたというのもあるだろうし。
 ただ、不思議なのは。現在の齢になってみると、むしろ母の立場──うん、気持ちというべきかな?──の方が、なぁーんか理解るって気がする。


 その朝、わたしが朝食を食べようとテーブルについた時、そこには祖母の姿はなかった。
 いつもだったら、朝食を食べるわたしを嬉しそうな顔で見ながら、お茶を飲んでいるのが祖母の毎朝の習慣なんだけれど。でも、その朝は、母にキツイ口調でいろいろ言われたことで、自分の部屋に戻ってしまったのだろう。
 だから、わたしが朝食のテーブルについた時、そこには誰もいなかった。
 父はいつも家を出るのが早かったし、姉は中学のバレー部の練習で、とっくに学校に行ったあとだった。

「あ、起きた?早くご飯食べちゃって。」
 たまたまその時台所に入ってきた母は、起きてきたわたしに半分だけ顔を向けてそう言うと。後は、母らしいテキパキした動作で、味噌汁の鍋に火を点け、せわし気にご飯をよそった。
 そして、バタンと。
ちょっと乱暴な感じにテーブルに置いた思った時には…。
 もはや母は、せかせかと台所を出ていった後だった。

 ううん。別に、わたしの家の家族関係が希薄だったとか、わたしと母は仲が悪かったとか、特にそういことはなかった。
 わたしの家族の雰囲気っていうのは、現在になって思えば両親の性格──それはたぶん特に母の性格──によるものだったんだと思う。
 そういえば、わたしの家では、朝起きた時の「おはよう」や、夜寝る前の「おやすみなさい」を言う習慣がなかった。
 まぁわたしも姉も、小学校の低学年の頃は、「行ってきます」や「ただいま」くらいは言っていたように思うんだけど…。
 うん。それすら、いつの間にか言わなくなっていた。


 その場面っていうのは、なぜか現在でもよく憶えている。
 それは、朝食を食べ終わったわたしが、歯を磨こうと洗面所に行った時だった。
 その時の母っていうのは、洗濯物の入ったカゴを持って、洗面所をいそいそと出ようとするところで。
 そんな母に気がついたわたしは、慌てて道を開けるように廊下の端に寄った。
 というのも、母が家事等で忙しい時っていうのは、そうしないと母に怒鳴りつけられるからで──そう。母が仕事をやめてすっと家にいるようになったばかりの頃は、わたしも姉も母をイラつかせて、よく怒鳴られたものだった。

 せかせかと向こうに行ってしまった母の代わりに洗面所に入ったわたしは、ちょっとだけぼーっと立っていた。
 それは、すぐに歯を磨くでなく、鏡に映ったわたしの顔を何をするでなくぼーっと見ていた、そんなタイミングだった。

「B子、ちょっと…。」
「えっ!あっ…。」
 いや、その時っていうのは、わたしは、母はとうに洗濯物を干しに行ったと思っていた。
 だから、いきなりの後ろから聞こえた母の声に驚いてしまって。
 そのせいなのか、急いで歯を磨いていた風を装おうと…。
 ううん。わたしとしては、そうしたつもりだった。
 でも、慌てていたせいか、手に取った歯ブラシを床に落としちゃって…。

「何やってんのよ、あんた。」
「う、ううん。歯…。歯、磨いてたの…。」
 歯ブラシを取ろうと屈みながら、わたしが言うと。
「磨いてたのって、まだ磨いてないじゃない。」
「う、うん…。そう…。」
「あのさ、B子。ちょっと…。」
「え?」

 その時っていうのは、わたし、母がそんな風にためらいがちに話をすることってあまりなかったから──それも、辺りの様子を伺うような仕種──ちょっと奇異な気がしたのを憶えている。
「B子…。」
 潜めた声で、わたしを手招きする母に。
 わたしはといえば、その手招きに引き寄せられるように母のすぐ傍らに寄っていったのだが。
 でも母は、そんなわたしを無視でもするように、サッと後ろを振り返った。
 そんな母の視線に わたしも思わずそっちを見たんだけど。
 でも、特に何もなくって。
 「…!?」って、戻したわたしが視線は、今度は、思いもよらぬ間近にあった母の大きな顔と大きな目にぶつかった。
 わたしはそのことで、おどおどしてしていたのだが、でも母は特に気づく様子もなかった。

「B子、お祖母ちゃんのことなんだけどね。」
「お祖母ちゃん?」
「うん。お祖母ちゃん。
 お祖母ちゃん、最近ちょっとボケてきちゃったみたいでさ…。
 あ、うん、ゴメン。
 そう…、最近ちょっと物忘れが多いっていったらいいのかな?」
「…!?」
「うん。それがね、仏壇の──。」
「あ…。」
「あっ、なに。もしかして、B子も気づいてたの?
 仏壇のロウソクのこと。」
「え…。」
「お祖母ちゃんが仏壇のロウソクを点けっ放しにしてたのを、B子も見たの?」
「お祖母ちゃん?仏壇?ロウソク?
 えっ…。」
「B子ね、あんたがお祖母ちゃんのこと好きなの、
 それは全然いいんだけどね。でもこれは、大変なことなの。
 ロウソクの火、そんままにして、もし火事になっちゃったらどうなるか、B子もわかるよね。」
「う、うん…。」
「なら、正直に言って。いつ見たの?
 お祖母ちゃんが、ロウソク点けっ放しにしてたの…。」
「え…。わたし、そんなこと知らない…。」
「だからっ…。
 うん。ねぇB子。
 あんただって、仏壇のロウソクを点けっ放しにしてたら、
 危ないことくらいわかるよね。
 あたしだって、お祖母ちゃんにそんなこと言いたくないのよ。
 でも、言わなきゃしょうがないでしょ?
 だって、火事になったら大変だもん。
 あたしが気がついたのは、今朝と昨日の朝の2回なんだけどね。
 だから、それは今朝お祖母ちゃんに言ったの。
 気をつけてくださいねって。
 でもね。あたしが気がついたその2回以外にもあったんなら、
 もう一度お祖母ちゃんに言わなきゃいけないのよ。
 それはB子だって、わかるよね。」
「う、うん…。わかる…。」
「じゃぁ教えて。いつ見たの?」
「だから…。わたし、そんなこと知らない…。」
「B子っ──。」

 一瞬大声を出しかけた母は、はっとした顔で慌てたように振り返った。
 でもすぐに、またわたしの顔のすぐ傍にまで顔を近づけきて。
 怒った時と同じ、あの大きな目がわたしの目の中をグイと見つめて、そして言った。
「別にあんたが言ったなんて、お祖母ちゃんには言わないわよ。
 だから、正直に言って。
 いつ見たの?
 お祖母ちゃんが仏壇のロウソク、点けっ放しにしてたこと…。」
「だから…。わたしは知らないのよ、ホントに…。」
「B子、あのね…。」
「ホントよ!ホントだって、お母さん。
 わたしのこと、信じてよ。」
 でも母は、大きくため息をついて、そして。
「あのね、B子。あんた、あたしがこの話し始めた時…。
 あんた、あたしが仏壇って言った途端、
 “あ…”って言ったでしょ。」
「え…。」

 そう。確かに。あの時わたしは、お母さんのその「仏壇」って言葉を聞いた時、思わず「あ…」と声を洩らした。
 ただ、それっていうのは――。
「言ったわよね?何か思い出したっていう顔して。
 それは、つまりお祖母ちゃんが仏壇のロウソクを
 点けっ放しにしてたのを見たってことなんでしょ?」
「ち、違う…。違うの、それはね、お母さん…。」

 そう。あの時…。
 母が「うん。それがね、仏壇の…」って言った時。
 思わずわたしが「あ…」って言葉が出てしまったのは。
 そう。それは、何かこう…、唐突にイメージのようなものが脳裏に浮かんだから。
 ううん。イメージのようなものっていうか…
 ようなものっていうよりは、それはわたしの家の仏壇そのもので…
 真っ暗な部屋で、わたしは扉が開いているその仏壇を見ている。そんな、やけに鮮明なイメージと言ったらいいのか…
 その時わたしは、母にそのことをわかってもらおうと一生懸命説明したんだけど、それは母には伝わらないみたいで。
 いろいろ説明しているわたしをじっと見つめる母の大きな目。
 でも、それは、ふいに違う方を向いて。
「ふぅぅぅーーー……」
 そう大きくため息を吐いたと思ったら。
「うん。わかった。
 もういいわ…。
 でも、B子。
 もし今度、お祖母ちゃんが仏壇のロウソクをつけっ放しにしたのを見たら、
 その時は教えて。
 それは約束出来るよね?」
「うん。わかった…。」

 わたしがそう返事したのは、もちろん祖母が仏壇のロウソクを点けっ放しにしたのを見たら母に教えるって意味だった。
 でもその時。母は、次からは教える──でも、前に見たのは教えたくない──という意味でわたしが返事したと解釈したような気がして。
 だからわたしは、そんな母に何か言おうとした。
 でも、何か言おうと思った時には、母は、また大きくため息を吐いて、私にクルリと背を向け廊下を向こうに行こうとしているところだった。
 いや。わたしはその母の後ろ姿に向かって、何か言おうと──もちろん弁解を──したのだけれど。
 でも、その時わたしに出来たことといえば…
 口を2、3度、パクパクさせただけだった。


                          ―― 『家族の出来事-1』〈了〉


注!無断転載禁止
  断りなく転載されるのは非常に不愉快です。やめてください
  ブログの記事は全て「著作物」であり、著作権法の対象です
        ↑
   ちょっと剣呑で、ゴメン(^^;)



Comment:4  Trackback:0