2016
09.25

お悩みカフェ ~ 第八回:BGMに“お悩み”する

Category: お悩みカフェ
 こう見えて(ブログだから見えないですけど)、意外とお悩みする方だたったりします(爆)
 ただ、お悩みするわりには、いよいよとなったら、結局、「えい!やー!」みたいな。
 お悩みと体が連動しないことが多いような気がします(笑)

 そんな私ですけど、結構深刻に悩むのが、ヘラヘラお話を書いてる時のBGM。
 あれは、ホント、真剣にお悩みしますねー(笑)

 というのも、BGMって私はスっゴク大事なんです。
 だって、まずBGMを決めないことには作業に入れませんもん。
 とか言って。
 実際書いてる時って、BGM、ほとんど耳に入ってなかったりするんですけどね(爆)

 なのに。
 CDが終わると、ちゃんと気がつくのは何故なんだろう? ←あれは不思議!
 しょうがないから、もうプレイボタンを押すか、他のヤツをかけにプレーヤーのとこに行くわけですね。
 つまり、それがめんどくさい!(笑)
 過去にリモコンの失踪事件が発生した

 ま、リピートにしちゃぇばいいんでしょうけどねー。 
 でも、リピートって。
 ふと気づいた時、相も変わらず延々それを鳴らしてる機械に、異様にムカついたりしません?(爆)

 ま、それこそ現在なら、ネットワークオーディオで聴けばいいじゃんってことなんでしょうけどねー。
 ま、古いのかなぁ…。
 MP3の音って、なぁ~んか好きじゃないんだよなぁ…
 気のせいって言う人もいますけど。でも、そう感じちゃうんだもん。しょうがないじゃん! ←怒ってどーする(笑)

 って。
 まぁハード面のお悩みはそれくらいにして(笑)
 今回“お悩み”したいのは、ソフト面です。
 つまり、お悩みの根本は、最近いいBGMがない!
 そこにあると。

 BGMっていうのは。
 BGMなだけに、音がジャマになっちゃうのはダメなんです。
 わかりやすい例をあげるなら、“歌詞がわかっちゃう音楽”、つまり日本語で歌ってる音楽ですね。
 あれは、無意識に歌詞を追っちゃうからBGMにならないんです。
 あとは、やたら派手派手なロックや、やたら陽気だったりノリがいいのもダメですねー。
 最近流行りのサビがアゲアゲなのもダメ!

 ま、これは個人の好みの問題になるんでしょうけどね。
 私としては、基本的にアップテンポよりはミディアムテンポ。
 明るい感じよりは、まぁどっちかといえば暗ぁ~くって。
 聴いていいて、気持ちがズンズン沈み込んでいくようなのがいいんだけどなぁ…(爆)


 ちなみに、イージリスニングは論外です(笑)
 あと、クラシックも。
 クラシックはね、音の強弱が激しすぎちゃって、全然BGMになんないんですよ。
 「play」を押したのに全然音が聴こえてこないと思っていたら、いきなり♪ジャーン!じゃ、思わず「ギャー!」です(笑)

 まぁそんなわけで。
 個人的にBGMにベスト!と思っているのは、「ブルース」。
 あっ、ブルースで、エリック・クラプトンとか言わないでくださいよ。
 エリック・クラプトンはね、あれは「ロック」。
 って、いきなり上から目線(爆)

 ブルースは、先に上げた“歌詞がわからない”や、“音がジャマにならない”という良い点があるわけですけど、それより何より“テンポがいい”んですね。
 早くもなく、かといって遅くもないそのテンポが、キーボードパコパコするのに(私は)ピッタリなんです。
 あとは、リズム進行といのかメロディというのか、反復が多いのもBGMとして気に入っています。

 そうそう。
 反復というのは、人をトランス状態に導くために宗教でよく使われたりするわけですけど、宗教音楽っていうのも結構いいんですよね。
 ヘラヘラ書く時には。

 ただ、宗教音楽はねー、大きな欠点があるんです。
 というのも宗教音楽っていうのは、今の日本人の平均的ライフスタイルからすると、あまりにかけ離れすぎちゃってるんでしょうね。
 つまり、普通の人が聞いたら「あのウチの人、変な音楽聞いてる」ってなっちゃいがちであるがゆえに、大きな音で聴くのがミョーっにコワいとこがあるわけです(笑)

 つまり、お経ですよ。
 お経って、私、聴くのが結構好きだったりするんですけど、でもお経をBGMとして聴いていて隣りの人がそれを聞いちゃった日にゃぁ、何言われるかわからないですよね。
 それこそ、「ウルサイ」で済めば、まだしもです。
 ヘタしたら「あの家、霊が出る?」だの、「あの人呪われてる?」だのって話になりかねません(笑)

 それと同じく、例のヌスラット・ファテ・アリ・ハーンとか、あとコーランのアザーンなんか聴いてるのを隣の人に聞かれちゃった日にゃぁ大変です。
 それこそ、「隣にヤバイ人が住んでます」なんて通報されかねません(爆)

 そんなわけで、宗教音楽を聴く時は、とにかくひたすら音を絞って、絞って(泣)


 …って。
 なんだかんだ言っても、ベストなBGMあるんじゃん。
 それなら、全然“お悩み”ないじゃんって、もしかしたら思ってるかもしれません。

 でもね。
 人って、どんな気にってるもんでも、なぜか飽きちゃう時ってあるでしょ?(笑)
 結局そこに戻るんだとしても浮気したい時って、往々にあるもんじゃないですか♪
 いや。生臭い話じゃなくってね。あくまでBGM、ね(笑)

 まー、そんなわけで。
 去年、村春氏の本読んでいた時に、そうだ。ジャズはどうだろう?って聴いてみたんですけど……

 いっやー。
 もぉてんでダメ!(笑)
 ジャズはねー、とにっかくテンポが速いのもさりながら…
 ジャズ特有の、あの♪ズンっズンっズンっズンっ…、♪チンチンチンチン……が醸し出す密閉感に「うぎゃーっ!」(爆)


 って、まぁそんなどーでもいいことをズラズラ書いたのは、先週やってた『タイプライターズ』を見たからです。
 http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2016/160914-i243.html
 *フジテレビ:タイプライターズ

 ゲストは、中村文則(一冊だけ読んだことある)だったんですけど。
 その中村氏、なんでも缶詰になりたい時、ホテルを使い分けてるんだとかで。
 例えば、静かさが欲しい時は、番組でも出ていた銀座のホテル。
 ガヤガヤが欲しい時は、池袋のホテルという風に。

 その中村氏、何でも最近新刊を出したとかで、それは静けさが欲しかったから、その銀座のホテルで書いたらしいんですけどー。
 何でも、耳栓して完全に無音の状態にして書いたんですって。

 いや、それを聞いた時、思わず「あぁー、それ、オレ、絶対ダメ…」ってTVの前でつぶやいちゃったと(笑)

 外部の音が全く聞こえない状況は、絶対イヤですね。
 不安で。
 落ちつかない。
 震災があってからは、特にダメです。


 ただ、その中村氏は、無音状態の中でとにかく集中して、自分の意識の奥の奥までいく的なことを言っていて…。

 まぁどうなんでしょうねー。
 そもそも、それが具体的にどういう状態なのかわからないわけですけけど、ていうか、「仕事」であるがゆえに、そこまでしないとダメなのかもしれないなーって。
 ぶっちゃけ、それって、ナルシシズム・マゾ?って気もしないでもないが…(笑) 


 とはいえ、ま、好きな音楽をBGMにキーボードパコパコしてるのって、とっても楽しいんでー(笑)
 その辺のお悩みは、ま、どーでもいいっかなぁー(爆)





  ていうか。 
  最近は、天気の方がよっぽど悩みの種です(泣) 


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2016
09.25

怪談16.9.25

Category: 怪談話-番外

 その日、A太さんはツーリングに行く予定だったそうです。
 特にどこっていう行き先があったわけではなかったのですが、なんとなく奥多摩の方に行こうかなぁくらいに思っていたらしいです。


 起きたのは5時半。外は、まだ真っ暗だった。
 真冬の寒さが、布団から出たばかりの体に染入ってくるようで。
 朝食はどこか外で食べればいいやと思っていたので、顔を洗ったらすぐ出かけるつもりだった。

 愛用のヘルメットとグローブ、そして前夜適当に荷物を入れたディパックを持ち、部屋の戸をそーっと開けた。
 休日だった。誰もまだ寝ているのだろう。
 家の中はおろか、窓の外もシーンと静まり返っていた。
 目覚めたばかりで暗闇に目が慣れていたこともあって、オレは電気もつけず階下に降りた。

 パチっ!
 洗面所の電気のスイッチを入れると、その明るさに眼が眩んで一瞬何も見えない。
 とはいえ、そこは、毎日暮らしている自分の家。
 目が眩んだまま、洗面所の脇のトイレに入った。
 その後、顔を洗って電気を消すと、今度は逆に真っ暗で何も見えなかった。
 でも、やはり、かまわず廊下を玄関に向かった。
 暗がりの中、玄関の上のくもりガラスからの外の街灯の灯りが、ボンヤ~リと框と土間の境を浮き立たせていた。

 それは、オレがヘルメットとディパックを玄関の框の手前に置いて。
 出かける前に、何か飲もうと真っ暗な廊下をキッチンに向かった時だった。
 ガサっ!
 後ろで聞こえた、かすかだけど、やけにリアルな音。
 その物音に、オレは反射的に玄関の方を振り返った。
 でも、そこは、框の手前に置いたヘルメットとディパックのシルエットが黒く浮かびあがっているだけ。
 しかし。
「っ!」
 そのシルエットが、沸き立つように大きく膨らみだして……

 シーンと静まり返った家の中で、オレが自身以外の気配を感じたのはその瞬間だった。
 そうしている間にも、なおも大きく立ち上がるヘルメットとディパックのシルエット。
 声をあげ、台所の方に逃げようとしても。
 あまりの驚きで、腰が抜けたみたいに尻餅をついてあとずさることしかできなくって…

 そんなオレの目に映ったのは、ついに框の上に立ち上がった、そのシルエット。
 それが――。
 ダンっ!ダンっ!ダンっ!ダンっ!ダンっ!
 真っ暗な廊下に、いきなり轟きわたった足音。
 大きくなったシルエットは、真っ黒な人の姿となって、こっちに駆け寄ってくる。
 ダンっ!ダンっ!という激しい足音ともに、奇声を発しながら。

 後は、もぉ何がなんだかわからない。
 ソレは、廊下に尻もちをついていたオレに、覆いかぶさるようにのしかかってきて。
 むせび泣くような声をあげながら、体を荒々しく摺り寄せてくる。
「うゎーっ!」
 オレは、その時、驚きと恐怖で、ただただ叫ぶことしか出来なかった。


 ここから先は、その時オレの体験というよりは、後で親父と兄貴から聞いた話が中心だ。
「なんだ!なんだ!何があったんだ!A太っ!
 大丈──。うっ!」
 その時というのは、階下から聞こえてきた、たただならぬ声と物音に、親父も兄貴も飛び起きて。もぉ大慌てで、2階から駆け下りてきたらしい。
 しかし、その二人も1階の廊下で繰り広げられていた、あまりにわけのわからない状況に、階段の下三分の一あたりで、固まってしまったのだと。

「うわっ!うわっ!うわっ!うわっ!」
 ひたすら叫んでいるオレの声。
「たぶふぇておぉぉー、たぶふぇておぉぉー。
 おれふぁいぉぉー、たぶふぇておぉぉー。」
 奇声を発しているソレ。
「な、何なんだ!?おいっ。大丈夫か!A太っ!」
 やっと我に返ったオレの親父と兄貴。
 そんな二人が見た光景。
 それは、廊下に倒れたオレの腰のあたりにむしゃぶりついている何者か。
 ソレは、髪をふり乱し、むせび泣くような奇声を発しながら。
 両手でオレをつかんで体を掻き毟るように、揺すっていて…。

 泣き叫んでいるのか?
 それとも、なにかわめき散らしているのか?
 髪が長いところをみると、おそらく女…。
 なんなんだコイツは!?
 一瞬、顔を見合した親父と兄貴。
「何なんだぁ、お前はっ!」
 兄貴は、その女を後ろから羽交い絞めするようにして、オレから引き離すと。そのまま玄関の方に放り投げた。

 ドッシーン!
 「ぐぇっ!」
 家の根太を揺るがすような音と、女のうめき声とも悲鳴ともつかぬ声。
 しかしそれもつかの間。

 玄関の土間に転げ落ちたその女は、手を框にかけ、這うように廊下に上がってこようとしている。
 その間にも、女は、何やらわめき続けていた。
 しかし、オレはもとより、親父も兄貴も、その女がわめいている言葉は聞こえていても、目の前のあまりの事態に注意をはらう余裕がなかったらしい。
 兎にも角にもその女を引き離して、オレに駆け寄ってきた親父と兄貴。
 二人は、オレが無事なのを確認して、少しだけ安心したのだろう。
 その瞬間、その女がわめき声が、ふいに言葉として意味を成したらしい。

「痛い、痛い。痛いよぉー…。
 た、助けてよぉぉー。た、助けてよぉぉー。
 お、お願いよぉー…。助けてよぉぉー。
 うっぅぅぅぅ…。痛いよぉー。
 こ、殺される。主人に殺されるよぉー。
 た、助けてよぉぉー。痛いよぉー。」

「…!?」
「…!?」
 驚きと恐怖で茫然自失のオレはともかく。その瞬間、親父と兄貴は、思わずキョトンとしてしまったらしい。
 「助けてよー」って、そりゃこっちのセリフだろ!って言いたいくらい。
 おおよそ、明け方に忍び込んだクセモノが言うセリフとは思えない、そのセリフに、もぉ何が何だかわからなくなったという。
「お、お前は、いったい何なんだぁ!?」
 さすがに親父も、トーンダウンした声でそう言うしかなかったと。

「助けてよぉぉー。助けてよぉぉー。
 お願いよぉー…。助けてよぉぉー。
 殺される。主人に殺されるよぉー。
 助けてよぉぉー。殺されるよぉぉー。」
 そんな親父の気の抜けた怒鳴り声にも、女は框に顔を擦りつけちゃ、泣き叫んでいるばかり。
 見れば、中年くらいの女のよう。
 服装からしたって、普通の家の普通の主婦という感じだった。


 とんでもなく異常な事態ではあるものの、どうやら気が変になった女らしいと、やっと状況が飲み込めてきた親父と兄貴。
 そんな二人は、お袋の警察を呼んだという言葉を聞いて、やっと一息ついた。
 後は、警察が来るまでその女を遠巻きに見てるくらいしか思い浮かばない。
 一方、女の方も、玄関に上がろうとするのは諦めたのか。
 そこにうずくまったまま、例の意味不明な「助けてよぉぉー。主人に殺されるよぉぉー」とむせび泣いているだけだった。


 以下は、駆けつけた警察の方から聞いた話だそうだ。
 その女は、実はオレの家と同じ町内に住んでいる主婦ということなのだが、精神を病んでいて。
 なぜか、時々見ず知らずの家に入り込んで、「主人に殺されます。助けてください」と訴えることがあるのだとか。
 しかも、その女が見ず知らずの家に入り込む時間帯というのは、なぜか必ず夜明け前の真っ暗な時間なのだと。
 もちろん、旦那が虐待しているなんて事実は全くなく。
 「助けて!殺される!」と訴えるのは、どうもその女の精神的錯乱ゆえらしいのだと。


 そのような説明した後、警官はこう言った。
 いや。その時には、さすがにオレも、なんとか落ち着いていた。
「ところで、玄関の鍵はかけてあったんですよね?」
 オレの家は親父が戸締りに神経質だったこともあり、家族全員、鍵は常にかけるっていうのが習慣になっていた。

「ええ、もちろん…。
 あっ!A太、お前、出かけるんで鍵開けたのか?」
 もちろん、オレは慌てて首を振った。
 思い返してみても、あの時オレは、ヘルメットとディパックを置きに、框までしか行ってない。
 頭の中でそれを確認してから、オレは、起きてからの状況を警官に話した。
 それをうなずきながら聞いていた警官だったが、ふいに、ふーっとため息をひとつ漏らした。
「一応、戸締りを全部確認してもらえますか?」
 もちろん、戸締りは万全だった。
 しかし…
 
「ち、ちょっと…。
 えぇぇっ!?
 じゃぁこの女、いったいどこから入ったっていうんです?」
 思わず、警官に降り注がれた、オレたち家族全員の視線。
 全員の視線の圧力に、さすがにちょっとたじろいだのか。
 警官は、視線を件の女に向け、そして首をひねるようにして言った。

「それなんですよ…。
 いつも、それがわからないんですよねー。
 どうやって入ったんだ?って聞いたってああでしょう。
 本人が答えるわけはなし…。
 実は、我々もちょっと参っちゃってるんですよねー。」



                          ―― 『ツーリングの朝』〈了〉

注!無断転載禁止
  断りなく転載されるのは非常に不愉快です。やめてください
  ブログの記事は全て「著作物」であり、著作権法の対象です
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   ちょっと剣呑で、ゴメン(^^;)




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2016
09.25

ディストピア好きのユートピア


 くっだらねー、くっだらねー、と言いつつ、それでも、みょぉ~に後を引くんで毎週楽しみにしていた『仮面ライダーアマゾンズ』。
 来週は最終回だとかで、なぁ~んかちょっと寂しいです(爆)
 http://www.toei.co.jp/tv/amazons/
 *東映

 しかし、仮面ライダーといっても、スタントシーンはないし。
 “ライダー”なのに、バイクスタントもないと。

 仮面ライダーの魅力は、やっぱり、アクションが直線的なところにあると思うんです。
 直線的だから、それは力強い。力強いから、見ていて、血沸き肉躍っちゃうんだと思うんです。
 なのに、今風にワイヤーアクションとかCGとか使っちゃうから、アクションが妙にグニョグニョしちゃって。
 肝心かなめのトコが、な~んかなよなよしてるように見えちゃう。

 お話がヒーロー中心だから、怪人(?)の造形がやっつけ仕事だし。
 ていうか、仮面ライダーなのに変身ポーズがないのが最悪!
 ってまぁ、どんだけ昭和の仮面ライダーファンなんだよ!って話ですがー(爆)


 ま、そうはいってもね。
 子供の頃に興奮して見ていた昭和の仮面ライダーが、今さら面白く見ることなんて出来るわけもなく(泣)
 まぁアレはアレでいいんでしょう…、ね?
 ていうか、毎週見てたわけですから、きっと、よかったんだと思います(笑)


 ただ。
 ま、これは不満ってわけじゃないんですけど、でも、見ていてつくづく思ったのが、なんで最近のお決まりのディストピアな世界観なんだろう?ってこと。

 大企業が、お金儲けのためにアマゾン細胞なるものを開発。
 実験でアマゾン細胞を植え付けられたんだか何だかで、人を食べるようなった人(?)たち。
 その何百匹もの人たち(アマゾンと呼ばれる)が、間違いがあったんだかなんだかで、街に逃げ出しちゃったからさぁ大変。
 企業は「駆除班」なる組織を作って、そのアマゾンたちを駆除(“狩る”という)することに。

 その「駆除班」というのが、笑っちゃうくらい、前時代的な組織というか、貧乏所帯というか。今風なわかりやすい言い方しちゃうなら、ブラックバイトというか(笑)
 5人くらいの男女が、ろくに日も差さないうす暗い部屋で住み込み働き。食事なんて、5人が部屋にある丸いちゃぶ台を囲んで食べているありさま。
 女性も一人いるというのに、プライバシーは全くなし。
 でもって、何かというと「俺たちは金のためにやってる」と(爆)
 そこに、主人公の緑色の(仮面ライダー)アマゾンも紛れ込んできちゃって、一緒に、今時なシェアハウス暮らしを始めちゃうと(笑)

 一方、もう一人の主人公(?)の赤い(仮面ライダー)アマゾンは、彼女と、これまったうす暗いアパート暮らし。
 元々は、アマゾン細胞の研究員だったか何だかで、その実験に憤慨して。
 自らアマゾンになっちゃって、アマゾンを(自分を含めて)一人残らず抹殺するという使命感に燃えている。

 そんなお話はいろいろあって(というほどないが)、例の企業が街に大量のドローンを飛ばして、アマゾン駆除薬を散布しちゃうというのがクライマックス。
 ドローンねぇ…。はぁ。ワンパターン。ダッサ…

 その大企業の中でも、駆除薬散布は賛否両論だったんだけど。
 これまったディストピアには付きものの、企業のトップの(マッドでエゴの塊な)老人の「生き残るアマゾンがいるはず。私はそれが見たい」的な鶴の一声で実施決定という、これまったディストピアなお話、お決まりのパターン(笑)

 でもって、そんな、企業のエゴが世の中を好き勝手にしちゃう、みんな大好きディストピア! 最終回はどうなる?
 みたいな展開(爆)
 ま、赤い方は死んで、緑の方は生き残って。あわよくば続編をつくりたいよねってパターンか?www



 しかし、その手のディストピアな展開のお話って、最近、ホンっト多いですよねー。
 なんだろ?やっぱり、『マトリックス』の大ヒット辺りが走りなのかなぁ…。
 ていうか、『マトリックス』って、確か日本のアニメとかに影響されてるっていう話だから、元々は日本のアニメが走りなのかな?
 誰か、ディストピアなお話の年表とか作って~(笑)

 ま、古くは『1984』とか。というか、そもそも20世紀の共産主義国家や全体主義国家、はたまた資本家の横暴とか、そっちに行きつくんでしょうね。たぶん。

 ただ、それにつけても思うのは、昔って、こんなにディストピアな世界観のお話ばっかりだったっけ?ってことです。
 そもそも、仮面ライダーって、カッコよくって、スッキリするお話じゃなかったっけ!?


 まー、つまり。
 思うに、それは日本を含め世界がそういう流れになってるからこそ、その世界観(のお話)がウケるっていうことなのかなーって。
 まぁ確かに、広がる格差とか。また、それによって起こるテロ(ていうか、たんなる犯罪?)とか。
 日本でいえば、グローバリズムという旗の名の下に終身雇用と年功序列の重荷を自ら解放しちゃったことで、成長を止めちゃった大企業とか。
 あとは、やりたい放題出来る中国の国営企業なんかも入るのかな?

 ま、とにかく。
 企業が世の中を好き勝手してるのに、批判されるどころか、人々はむしろそれを歓迎する傾向が強いというのを「ディストピア」と言うのなら、もしかしたら、今の時代くらいディストピアな時代はなかったかもしれませんね(爆)

 それこそ、ポケモンGOを運営している会社の社員なんて、もぉ毎日笑いが止まらないじゃないでしょうか。
 だって、「明日は、どこそこにレアなポケモンを出現さーせよ」って設定するだけで、そこに何千人って人を集められるわけですもん。
 いやもぉそんな愉快な光景見ることが出来る人生って、たぶんそんなにないですよね?(笑)

 地図を見て、明日はお台場。明後日は新宿の○○、その次は渋谷の○○。
 その次は、えーと…。あ、そうだ!上野の弁●堂は禁止なんて言いやがって生意気だから、その周りに出現させちゃおーっと!
 ライバルゲームメーカーのイベントがあるから、そこにレアポケモン出現させてイベントをつぶしてやれ!
 来週の日曜はオレのことフリやがった女の結婚式だから、そこにも出現させちゃえー!
 あれ?政府から、政策批判のデモ行進を阻止するのに、レアポケモンを出現させてくれって要請があったよ……


 ま、それでも何でも、レアなポケモンをたくさん捕まえられて楽しいわけで、つまり、それって「ユートピア」?(爆)







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2016
09.19

3連休の辻斬り


 しっかしまぁ、この3連休。
 関東地方は、もぉ散々な天気で…。

 というか、8月の末くらいから、ずっと散々な天気なんですけどね(泣)
 こんだけ散々だと、すでに馬鹿高っ!な野菜だけでなく、そろそろ米の値段も心配になってきますよねー。


 と、まぁそんなこんなな3連休ですが、その1日、ある怪談作家の方と、あーでもない、こーでもないと、いろいろ怪談談義をしてきたと(爆)

 ま、タテマエは、ネタの披露し合いだったんですけどね。
 でも、そっちよりは、“怪談とは何ぞや?”とか、“(理想としての)怪談のあり方”とか。
 はたまた、かねてから聞き及んでいた、オバケも泣いて逃げ出すくらいドロドロ怖ぁ~い、怪談業界の裏事情等々。
 終わってみれば、そっちのお話の方が多かったよーな(笑)


 その怪談作家の方っていうのは、実は、某超々有名怪談作家(決してオーバーでなくホントに有名)の弟子というか、師事しているというかなんですけどね。
 その、某超々有名怪談作家(しつこいようですけど、決してオーバーでなくホントに有名)から、ちょっと前に、こんなご託宣を授かったんだそうです。
 それは、“怪談は辻斬りだ!”

 うん。なるほどなーって思いましたね。
 その某超々有名怪談作家はその後、“読者は辻斬られたいと思ってる”とも言ったそうですけど、そっちも含め、まさにその通りだと思いました。


 ただ…。
 ま、これは、それを教えてくれた怪談作家の方も納得してくれると思うんで書いちゃいますけど(笑)
 その怪談の本質的構造を表す、“怪談は辻斬りだ”という言葉。
 それは、あくまで現在流通している「怪談(“実話”怪談)」および、「怪談(“実話”怪談)本」の本質だとも思うんですよね。

 つまり、それは、怪談の基本である「談」という、コミュニケーションとして怪談(怖い話)を話すという形態の本質であり。また、その基本の形態を文章にした「(現在流通する)怪談本」の本質なんだと思うんです。

 だから、それはそれで全然OKなんだと思うんです。
 でも、言ってみりゃぁ“その真逆な怪談をやりたい!”とずっと思ってきた私としては、それはもちろん本質として含みつつ。
 その本質をオブラートで包んで…、というか、ぶっちゃけ、小麦粉をまぶして、溶き卵にくぐらせて。それにパン粉をつけて、油で揚げて。
 皿に並べたら、トマトソースかなんかを作って、上にかけ。
 横には千切りキャベツだのトマトだの並べて、食後にはデザートとコーヒーも欲しいよなぁ…みたいな(笑)

 わかりやすく言っちゃうなら、“怪談は辻斬りだ!”というのは、とってもよくわかる。
 わかるけど、“辻斬られたい読者”なんか辻斬っても面白くない。
 それよりは、“辻斬られたくない読者(たち)”を、斬って、斬って、斬りまくりた~い!
 なんて、まぁタチの悪い(爆)


 とはいえ、タチが悪いから怪談っていうのもありますよね(笑)
 ていうか、怪談はもぉやめる!って、ずっと言ってんじゃん(爆)








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2016
09.19

「修身教授録」と「I've never been to me」


 まー、世の中、日々、刻一刻と変わるわけで。
 その時、あー、これ、ブログネタにしよ!って思っても、そのあと、もっと面白いブログネタが見つかったりで、ついついブログに書き忘れちゃうなんてこと、よくあったります。
 ありますよね?

 とはいえ、そんな中にも、何かの拍子に「あー、あれ。あれは自分が忘れないためにもに書いときたいよなー」なんて思い出すネタもあったりするものです。
 ありますよね?

 ま、つまり、そんな話なんですけど、以前、「モーニングサテライト」という番組で、SBIホールディングスの北尾吉孝氏が紹介していた『修身教授録』の中にある“最善観”という言葉。
 あれは、ホント頭に入れておきたい言葉だったなーって。
 http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/nms/bookmark/post_113838/
 *テレビ東京/モーニングサテライト「リーダーの栞」


 北尾氏は、最善観についてインタビューでこう言っています。
 “最善観とは、わが身に降りかかるいっさいのこと。
  それは我が身にとって、絶対必然であり、また、絶対最善だ。
  こういう風に思うと気が楽になって、新しい挑戦が出来る。”
 
 いやね。ぐうたらな私としては、この「最善観」を、つい、ものぐさの言い訳にしちゃいそうで諸刃の剣でもあるんですけどねー(爆)
 とはいえ、確かに。
 そう思っちゃうと、新しいコトする時に楽になる気がするんですよね。

 今の自分の状況なんて、少なくともその瞬間は変えようがないわけで。
 そうなれば、それが必然であり、最善だと思って、そこからいろいろどうかしてくしかないですもん(笑)

 …って、なかなか、そぉポジティブになれないですけどねー。
 でも、いざという時、この「最善観」という考え方を頭に入れておくと、な~んか違う…、かもしれない(笑)

 ていうか、少なくとも、とっても気持ちのいい考え方だなーって。


 って、まぁ6/28に放送したそれ(もぉそんな前だったんだ)を、今頃になって思い出したのは、そのモーニングサテライトの天気予報で流れる今月の曲の「I've never been to me」(愛はかげろうのように/シャーリーン)を聴いたからなんです。

 「I've never been to me」(愛はかげろうのように)って、確かにメロディーは有名ですからねー。
 でも、それが、「I've never been to me」(愛はかげろうのように)というタイトルで、シャーリーンって人が歌った曲だとは知りませんでした。

 全然知らなくとも、曲そのものは何かの折につけ、何度も聴いてたんでしょうね。
 あぁこれって、シャーリーンって人が歌ってたんだって、ユーチューブで探してみたんです。
 そしたら、対訳付きのヤツがあったんで、それを見てみたと。

 最初に聴いたのがコレ
 https://www.youtube.com/watch?v=wKeI9ENaPf4&spfreload=10

 えー、この曲って、こういう歌詞だったんだーって。
 いや。結構おどろいちゃいました(笑)

 で、驚いてたら、横にもう一つあって。
 https://www.youtube.com/watch?v=2gOfQ0bWWq0

 最初の方のコメントを見ると、“上品に訳してる”とか、“清潔に訳してる”ありますけど、確かに、2つ目の方は、“もろ”な気がします(笑)

 というか、他の人はどんなふうに訳してるんだろうって見てみると、“王様に裸にされて、女なら見たくないような光景もいっぱい見てきた”なんて、ホントもろに訳される方もいたかたと思えば、この曲は高級娼婦の歌だって言ってる人もいたり。

 ただ。どの方が訳したのをも見ても、なーんかイマイチよくわからないのが、タイトルでもあるI've never been to meなんですよね。
 自分というものがよくわからない…
 本当の自分がわからない…
 自分自身だけが手に入らない…
 自分というものがない…
 私の居場所がみつからない…

 って、結局、
 “甘い生活を選んだ”んだか…
 “誰もが羨むような幸せを手に入れた” んだか…
 “甘い誘惑に負けた”んだか…
 ま、その辺りが(私の英語力がなくて)よくわらないんですけど、でも、はた目からは幸せといえる人生をとりあえずは手に入れたにもかかわらず、いまだに「自分探し」だったり、「居場所探し」をしちゃうもんなの?って(笑)

 世の中、もっとパッパラパーだと思うけどなーって気がしちゃうのは、ま、私が、この人が手に入れたような豪勢な幸せを知らないだけなのかもしれませんけど。
 って、ちょっとひがんでみたり(笑)


 ただ、そうはいいつつ、よくよく考えてみると。
 歌詞に出てくる、カリフォルニアだ、ジョージアだ。モンテカルロだ、ニースだって、その誰でも思いつくような地名に、どこまでホントなんだろ?っていうのもありますよね。
 情事の内容も、安っぽいメロドラマかなんか、そのものだったり
 あと、本当に、そんな風に自分の心と体をダマして売って過ごしてきた人って、そこで自分を省みるのかなーって気もする。

 まー、豊かすぎる毎日を享受してると(それが当たり前になってしまうろ)、極端に虚無に陥ってしまうってことなんですかねぇ…。
 というか、今のニッポン人の「なんとなく希望がない病」も、結局そういうことなんじゃな~い?
 なんてね(爆)



 で、まぁ最初に戻るわけですよ(笑)
 つまり、6月に見た「最善観」という言葉を思い出したのは、この「I've never been to me」の歌詞対訳を見ていた時だったと。

 まー、なんですねー。
 この人が「最善観」という言葉を知っていたら、こんなどうどう巡り虚無には陥らなかったかもしれない。
 でも、幸か不幸か知らなくて。
 虚無に陥って、この歌詞を書いたからこそヒットした。
 つまり、それこそが“必然であり、最善であった”ってこと?(爆)

 とか言ってこの曲、作詞作曲は当時のモータウンのヒットメーカーの方らしいですね。
 そう聞いちゃうと、人は、何もしないことで虚しくなることはあっても、さんざんっぱら何かしたと思うなら虚しくはならないんじゃない?
 な~んて思ったり。

 ま、自分を見つける以前に、♪答えが見つからな~い(笑)



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2016
09.11

ネット小説に思う

Category: お悩みカフェ

 ネット小説って…、いやー、うん。いいと思うんです(笑)
 自分の内面を見つめるっていう意味でもいいんだろうし、空想の世界や自分の理想の世界への(ポジティブな)逃避っていう意味でもいいんだと思うんです。

 “書く”っていうのは――ま、今はパソコンだから実際には書かないけどね(笑)――自らの思考を整え、再確認して、新たな方向性を見出す作業なわけで、そういう意味でもいいことだって思います(笑)

 なによりも。
 ネット小説――ネットで小説(お話)を書く――の良さっていうのは、“他人にそれを見せる/見てもらう(さらに批評してもらえる)”ってところにあると思うんですよね。
 “他人に見せる/見てもらう”わけですから、それなりに色々考えたり調べたりして書かなきゃならないわけで。

 ま、責任が生ずる、とか言っちゃうと大げさになっちゃいますけど。
 でも、間違いがあったら恥ずかしいから、文字や事柄を調べたり。
 あとは、浅知恵や付け焼き刃な知識と思われないよう熟慮したりといった、恥かしい指摘をされないよう、それを整える作業をすることが糧になるんだと思います。

 というか、他人に読んでもらって、「よかった」って言ってくれたら、それは素直にうれしいですからね。
 さらには、幸運にも批評のコメントをもらえたなら、それは批判であっても(というか批判だからこそ)貴重です。
 それは、自分が書いたソレを見つめなおすいい機会になるし、何より今後のいいヒントになります。
 
 そんなネット小説ですけど、最近は“どうなんだろう?”っていうのも多いのも事実ですよね。
 てなこと言うと、、ネット小説というのは、そもそも “どうなんだろう?”だからこそネット(の中にしか存在出来ない)小説なんだろーが!とか言われちゃいそうですけどね(爆)

 いや。だからね。
 その、“どうなんだろう?”っていうのは、その「出来」じゃなくって。
 あまりに反社会的だったり、公序良俗に反していたり、要は社会の秩序を乱すようなモノが見受けられるような気がするんです。

 とか言うと、戦後に蔓延った「進歩的文化人」とか称するアホバカ連中や、他者への批判はやり放題だけど自分らが批判されるとブッキレるマスコミが、何かというと唱える「表現の自由を守れ」って話になるんでしょうけどねー(爆)

 でも、日本の戦後の今の繁栄(今、まさに私たちが恩恵を受けているそれ)を築いたのは、進歩的文化人でもマスコミでもないわけで。
 そんな、マスコミだの進歩的文化人だののお題目よりは、今の日本の繁栄や社会秩序が維持発展する方が絶対大事です。
 だって、呑気にネットでお話を書いてられるのは、日本の繁栄と社会秩序が守られているからですもん!

 何かというと「表現の自由を守れ」と騒ぐ人たちがいますけど、少なくとも私のような一般庶民が表現で窮屈な思いをしたなんてこと、一度だってありません。
 であるなら、今の繁栄と社会秩序が守られ、さらによくなる方が絶対大事です。


 って、なんだか話が違う方にいっちゃましたけど。 ←いつも(笑)
 ま、そんなことを書いたのは、某小説投稿サイトを見ていて、そんな不快極まりない小説を書いて、やにさがってるヤツをみかけたからなんですね。
 ご丁寧にも、あとがきと称して、それを書いた理由を論理的に書き出してみたりで。

 ブログ等、普通の人が書く文章が論理的に考えられてる、最近の傾向というのはいいことだと思うですよ。
 でもね。組み立てる論理の素材や考え方がおかしかったら、意味ないでしょう。
 というのも、その論理の根本は、たんなる偏狭なミーイズムにすぎないんですよ。
 狭い了見によって形作られたソレで、安直で無責任な社会批判をして。
 その社会への批判からくる不満に、自らの下半身の欲望を加えて、力の弱い者を暴力で虐げる小説を書く、その醜さといったら…。

 その内容はは、戦争の最中に往々にして起こる、武器を持った者が武器を持ってない者へなされる非道さと、全く一緒です。
 あれを書くということは、IS等過激組織が住民に対して行っているとされる、非人道的な虐待行為を支持しているのと同じです。


 まぁ確かに。
 ここ日本では表現の自由が認められてますから。
 そんな醜悪な小説でも、書くのは全く自由なんでしょう。
 というか、その類の醜悪な小説や映像は、普通に「商品」として流通していたりします。
 そう考えるなら、その人だけを批判するというのは見当違いなのかもしれません。

 でもね、でも…。
 ネットにお話(小説)を書くというのは、「無償の行為」だっていうのを忘れてはいけないと思うんです。
 ごくごく一部のプロを除けば、誰も、お金儲けとか、生活の糧を得るためにやってるわけではありません。
 「それが好き」だからやってるんですよね。
 みんな、それが好きだから、毎日忙しくて疲れてる中、それに時間を割いてるんだと思うんです。

 つまり、それは、誰にもとやかく言われることのない「無償の行為」だからこそ、そこに自分(の想う世界)を100%投影出来るわけでしょう。
 そんな自分の貴重な世界を、人の反応(閲覧数の数)を得たいという目的で、自らの内面の醜悪さや矮小さをひけらかすことに何の意味があるのか?ですよ。

 小説投稿サイトに投稿するということは、その人も物語の面白さや感動を知ってるんだと思うんです。
 少なくとも、一度は(どういう感情かはともかく)心を揺さぶられたことがあるから、そこに投稿したんじゃないでしょうか。
 そういう世界を、自らの心にある醜い部分で汚してしまって、それでいいんでしょうか?
 その醜さで他の人の露悪な好奇心を煽ることで増えた閲覧数を見て、その人は本当に満足なんでしょうか?

 そうとは、全然思えないんですよね。
 だって、その人は自らを、バーチャルな世界に醜悪な小説を書きこんだ自分と、リアルな日常を暮らす自分を絶対切り離してるはずですもん。
 つまり、自ら書いたものが醜悪なものだという認識は、きちんと持っていて。
 その醜悪なものを書いた自分は、あくまで「ウソの自分」で。
 「本当の自分」は、リアルな日常で、醜悪どころか、正しく生きていると思っている(思い込もうとしている?)わけです。
 それは、あとがきで書いた小説の醜さを、それは「社会が悪いからだ」と自己弁護しているのをみても明らかです。

 だとしたら、その小説への反応は、その人の心にある「本当の自分」への反応ではなく、「ウソの自分」への反応ということになりますよね。
 つまり、その小説について投稿サイトで得られた満足感は、あくまで「ウソの自分」が得られた満足感であって。自分が一番大事な「本当の自分」は、何の満足も得ていないということになるんじゃないでしょうか。


 ただ、まーね。
 満足とか不満とか言ったって、所詮は、中身を読んだ、しかも最後まで読んだという「数」ではないわけで。
 ネットでお話を書いている人たちにとっての本当の満足というのは、やっぱり「傑作(と思える)ものが書けた時」なんだと思うんですよ。
 つまり、それというのは、自分のリアルな日常にいる周囲の人たちにそれを見せても誇れるということですよね。
 そう考えると、ネットで小説を書くというのは、友人知人、家族や親戚に見せても恥ずかしくないものを書くんだという、矜持?心意気?何かそんなようなものを持っていることが必要で。
 そういうようなものを持ってない限り、「お話を書く」という行為で自らを満足させるることは出来ないのかもしれないなーなんて。

 全然結論になってないですけど、その小説のあまりの醜さに、そんなことを書かずにはいられなかったと。






 上記は、ネットの某小説投稿サイトをなんとなーく見ていて。
 投稿間もないのに「閲覧数」が多い小説に興味をひかれて見て思ったことなんですけどー。

 ただ、知ってる人も多いと思いますけど、あの「閲覧数」って自分でいくらでも増やせるんですよね(爆)
 しかも、全然読まなくても数だけはちゃんとカウントされると(笑)

 まー、何と言うか。
 いかにも、バンドワゴン効果が全てのインターネットの世界の評価だよなーって(笑)
 とはいえ、FC2ブログの「拍手ボタン」じゃないですけど、ああいうのに一喜一憂しちゃうとこ、人は、妙にあったりするものなんですよね(爆)

 そういう、自分への称賛の希求というのか、単純にナルシシズムでいいのか、その辺何となく曖昧なんですけど、そういう感覚が顕著になったのって、やっぱりネットが大きく作用してるんですかねー。

 ま、ネットが普及する前は、他の人が何を考えているか求めているかって、本やニュース・新聞で知るしかなかったんで、厳密にくらべられないんでしょうけどね。
 ネットもそうだけど、ケータイが普及も大きい気もするんで、もしかしたら90年代の後半からその傾向が強くなってるのかもなーって ったりもします。
 でもまぁ思い返してみると、昔も同じだったのかなぁ…。うーん。どうなんだろ?


 話は変わるようですけど、かつて怪談業界でそこそこ有名ない人がいて。
 ま、稲川淳二とか、あと有名な怪談作家ほどではないんですけど、ネットラジオの世界でかなり知られた人だったんです。
 それこそ、一時期は夜中のTVにもちょくちょく出てたりしたんですよね。

 ま、私は、その人のことを直接は知らないし、会ったこともないんですけど。
 ある関係で縁があったこともあり、その人のネットラジオは毎回楽しみにしていたんですね。

 怪談のネットラジオは、今ではいくらでもあるようですけど、当時はそんなにはなかったんです。
 そのせいもあってか、リスナーは毎回かなりの人数で。
 ネットラジオですから、聞きながらそれらの人たちが、リアルタイムで掲示板に「今の話は怖かった」的な書き込みをするわけです。
 たぶん、その数と称賛の書きこみに、いつしか感覚がおかしくなっちゃったんでしょうね。

 その人、掲示板にちょっと否的な書き込みがあると、放送中に怒るようになったんです。
 挙句の果てには、「批判的な書き込みはするな」なんて言ってみたりで。
 いくら無料で聞けるネットラジオとはいえ、批判をするなというのはおかしいでしょう。
 お話を聞けば、当然感想があるわけです。
 感想があれば、いいという人もいあれば、悪いという人もいるのが普通です。
 批判が疎ましいのはわかります。
 でも、発信する側がそれをダメと言ってしまったら、それは「私のことは全部称賛しなさい」と言ってるのと同じです。
 もちろん、その人も、さすがにそこまでは言いませんでした。
 でも、その人は、今までのリスナーの数と好意的なコメントに、もぉ自分が全く見えなくなっていたんでしょうね。

 実は、ラジオ自体は面白く聞いてたんですけど、個人的にはその人の話す怪談ってあまり好きじゃなかったんです。
 とにかく、おぞましいお話に仕立てちゃう傾向があるっていうか、何でも怪談にしちゃうところがあるというか。
 そんなこともあって。
 ある時、その人が、あまりに子供だましな怪談を話したのがキッカケで、一切そのラジオは聞かなくなっちゃったんです。

 それから2、3カ月くらい後だったですかねー。
 その人、ラジオの放送中に、スタッフから手ひどいしっぺ返しをくらうということがあって。
 詳しくは知りませんけど、スタッフとの間でも、自分が見えなくなったがゆえのトラブルがあったらしいです

 その後、何度か再起の機会はあったようなんですけどねー。
 ただ、その再起する中でも、人との付き合いが、やっぱり自分を見失ったままだったらしくて。
 結局、怪談業界の知人友人たちからも信頼も失って、表の舞台からは消えちゃったんです。
 業界の人に聞いたところでは、今は地方でやってるらしいとか


 いや。何でそんなことを書いたかというと、ネットというのは、やっぱりどこか自己への称賛にこだわっちゃう、そんな面があるのかなーって。
 なんか、そんな悪しき面があるような気がしてしょうがないんですよね。
 先にも書いた「拍手」とか、「閲覧数」とか。あと、フェイスブックだと「いいね」でしたっけ?
 あと、フェイスブックの友人の数に異様にこだわるとか…
 企業の採用担当が、応募者のフェイスブックの友人の数を見て評価してるって話を聞いた時は、さすがに呆れました
 それで給料もらえる採用担当って、楽な仕事でいいなー!(爆)

 いや、まーね。
 これも先に書きましたけど、その数が増えると妙にウレシイですしね(笑)
 たかが「数」だとはいえ、そのウレシイという感情が、日々の生活にプラスになるなら、それで全然いいんだと思うんです。

 ただ。
 こと、ネットでお話(小説)を書くとなると、それは微妙に違うと思うんです。
 なぜなら、ネットでお話(小説)を書いてる人っていうのは、本を出したいとか、小説家になりたいとか、さらにはベストセラー作家になりたいとか、そういう願望の程度は別として。その誰もが、「面白いお話を書きたい」っていうのは、絶対持ってると思うんですよ。
 その、「面白いお話を書きたい」という願望に、拍手や閲覧数の「数」は何の役にもたちませんよね。

 もちろん、何度も言うようですけど、その「数」にはなぜか嬉しさを感じてしまうのは確かです。
 その嬉しさから、次に書くお話のエネルギー(やる気)をもらうという面もあるのは間違いないでしょう。

 でも、その「数」――そこに、「面白かった」という称賛のコメントも付け加えてもいいかもしれません――がどんなに多くても、自分が書くお話のダメな部分っていうは浮かび上がってきません。
 ぶっちゃけたこと言っちゃうなら、私を含め、ネットでお話を書いてる人たちがネットでしか書けないのは、そのお話にダメな部分があるからなんじゃないでしょうか?(笑)
 そこを直して、一皮剥けないかぎり、書くお話のレベルはずっと同じなんですよね。

 もちろん、“自分の好きなお話をずっと書くことが願望なんだ”という人もいるでしょう。
 でも、繰り返しになりますけど、その人だって、「面白いお話を書きたい」、あるいは「傑作を書きたい」という願望は絶対あるはずです。
 というか、お話を書く人なら「本を出したい」という願望を持っている人がほとんどなんじゃないでしょうか?


 まぁそんなことを書くのは、今年は何人かの方からヒントになる言葉や指摘、さらにはいい刺激をもらえるという幸運に恵まれたからなんですけど…、まぁなんて言ったらいいのかなー。
 結局、同じことの繰り返しになっちゃうんでしょうけど、ネットでお話を書いてる人同士、もぉ少し気楽によくないところを指摘しあってもいいんじゃないのかなぁ…って(笑)
 というか。
 ま、それもありつつ、自分のお話づくりの糧として、意識して他人の意見に素直に耳を傾ける気持ちを持つべきなんじゃないですかねー。


って、結局、「お悩みカフェ」は、いつも通りの竜頭蛇尾だったりで、どーもスミマセン(爆)




 欲しいものは、欲しいものがわかるまで手に入らない
 だけど、わからないふりをして、他人に求めても意味ないし。手に入らないってことでは結局同じ
 でも、ネットな今の世なら、“相見互い”で、それを多少なりとも補えたり出来るんじゃないのかな♪



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2016
09.11

怪談16.9.11


 ~前回9/4からのつづきです

 その後、救急車を呼んで病院に行った。
 でも、検査しても特に何か見つかることはなくて。
 というか、もうそれ以前だった。
 L未ときたら、救急車が到着する前に、全然いつものL未に戻っている有様。
 きゃっきゃはしゃぎながら救急車に乗るL未を見た救急隊員は、わたしとB子を不審げな目で見ていたくらいだった。

 しかし、月曜日。病院から帰ってきたその夕方だった。
 結局その日、会社を休んでしまった私を含め家族3人、リビングルームでくつろいでいたその時だった。
 またL未が、「また、あのごろろぉーん、ごろろぉーんって音が聞こえるよ」と、辺りをキョロキョロそわそわ。
 私もB子も、「えっ」って顔色を変えたその直後、また窓のところでL未は歌っていた。
 その後も、全く同じだった。
 私とB子が駆け寄って手をかけると、L未はふわぁーっと床に崩れ落ち気を失っている。
 でも、すぐに気がついて、後はいつものL未そのもの。


「なぁ。確か昨日の夜、
 あの歌を知っているみたいなこと言ってたよな?」
 それは、やっぱりL未を寝かしつけた夜だった。
 ただ、私もB子も、もぉどうにもこうにも不安で。その夜は、とりあえずL未をリビングルームに続く部屋に寝かせていた。
 二人とも、今夜は一晩中そうしてL未ちゃんの様子を見つつ、リビングルームにいるつもりだった。

「だから、知ってるっていうか…。
 昔、どこかで聞いたような気がしてしょうがないのよ。
 なんかね。ここまで…、ここまで出てきてるんだけど…。
 でも、思い出さないの…。」
 そう言いながらB子は、自分ののどの前で右手をしきりと揺らしていた。
「なぁ。でも、聞いたような気がするっていうけどさ。
 あんな歌、本当にあるのか?
 葬式がどうとか、私が死んだとか、そんな変な歌…。
 まったく縁起でもない。
 あのさ。馬鹿なこと言うって思うかもしれないけどさ。
 でも、俺、なんだかちょっと気味悪く――。
 うん。いや、なんでもない…。」

 昨日の日曜日の夕方。最初にL未がその歌を歌いだした時は、私もB子も、それこそ驚くしかなかった。
 また昨日の夜中、2度目にそれがあった時は、驚くというよりL未のことが心配で。そして不安で。
 そんなわけで、L未が歌っていた歌の内容までは気が回らなかったのだが。
 でも、3度目ともなると、変な言い方だが多少は心に余裕が出てくるものなのか。私もB子も、L未が歌うその内容に気がつくようになっていた。

「わからない…。
 でもね。わたし、どっかで聞いたことがあるような気がしてしょうがないのよ。
 ほら、最初…。最初っていうのは、
 あなたが夜中に電話のベルで目が覚めたって言って、起きた時よ。
 わたし、あなたがそれを歌ったんだと思って、その歌なんだっけ?って聞いたじゃない。
 それって、つまり、聞いたことがあるからだと思うの。」
「でもさ、葬式に、死んだだぜ。
 そんな変な歌ってあるのか?」
「だから、わかんない…。
 聞いたことある気がするのは、メロディなのかもしれないし…。」
「つまり、たんに似た歌って可能性もあるわけか…。」
「ううん…。 
 ま、そう言われちゃったら、その通りなんだけど…。」


 とはいえ、その歌がなんの歌かわかったからって、L未が人が違ったようになって歌いだすということと、果たして関係があるのかわからないわけだし。
 また、それがわかったから全て解決するって保証もないわけなのだが。
 とはいえ、こういう時っていうのは…。
 人間は、こういう時、そうやって藁にもすがるようにいろいろなことを関連付けすることで、少しでも自分を納得させようとするものなのだろう。

「でも、それを言ったら、あれは何なの?」
「あれ?」
「あれよ、あれ…。
 あなたが夜中飛び起きた時。
 電話のベルの音が聞こえたって言ってたの…。
 あと、L未も言ってたわよね。
 昨日の夕方、L未がごろろーんって音がするって言って。
 その後、お祖父ちゃんの家の電話の音って言ったら、
 あなたも、オレんちにあった電話のベルの音だって言ってたじゃない。」
「あぁあれか…。うん。あれ──。」
「昨日の夜もそうよね。
 あなたが、あの音が聞こえるって言ったら、L未──。」
 いきなり、止まったB子の声。
 「うん?」って見ると、それは目頭を押さえているB子の姿。
 思わずB子の傍に寄って、肩に腕をまわして。さらに、きつく抱きしめれば、体を通してB子の嗚咽が伝わってきた。
「そ、そうよね。
 あなたが…、あなたがあの音が聞こえるって言ったその後、
 L未が部屋で歌っている声が聞こえてきたのよね…。
 そ、そう…。L未、さっきも言ってた。
 音がするって…。
 な、何なの?
 それって、何なの?
 あなたはさっき、その電話のベルみたいな音は聞かなかったの?」
「いや…。うーん…。」

 聞いたか?聞かないか?と言われれば、「聞いていない」と言うしかなかった。
 ただ、本当に聞かなかったのか。
 なにせ、その後L未がまた人が違ったように歌いだしたのもあって。ホント慌てたものだから、その直前の記憶というのはいまひとつ定かでないところがあった。
 それを聞いたB子は、すとんと。短く、でも深いため息と吐いた。
「そうよね…。
 そう…、だって、これって、L未のことだもんね。
 なんだかわかんなくなっちゃうくらい気が動転しちゃうよね。
 そう…。
 それに、それが何だってわかったからって、
 L未が、あんな風にならないって、わからないんだしね。
 でもね…。でも、なんかね。なんか、あるんじゃないかって…。
 それが見つかれば、L未はもとに戻るんじゃないかって思わずにはいられないのよ…。」


 そんな私たちの心配をよそに、L未がいきなり人が違ったようになってその歌を歌いだすというのは、それからも続いた。
 ただ、それは日に1度か2度。それ以外は、L未は全くいつも通り。
 また、それがあって気を失っても1分もしないうちに気がついて。その後はホント普通、いつものL未に戻っていた。
 とはいえ、私たちも、果たしてそんな状態のL未を学校に行かせるわけにもいかなくて。
 病院の先生と相談して、とりあえずその週は学校を休ませることにした。


 そういえば…。
 L未は、例の歌を歌いだす前に聴こえるという、ごろろーんという黒電話のベル(?)の音以外は、全く記憶がないらしくって。
 つまり、その記憶がないということは、本人は全くいつもの自分と変わらないわけで。
 私たちが、「今週は学校休みなさい」と言った時。L未は、一瞬怪訝そうな顔をした。でも、すぐに屈託ない笑顔を見せて、学校を休めることを喜んでいるような有様だった。
 とはいえ、そんなL未も、その週の終わり頃になると一人で家で遊んでいるのにも飽きてきたのだろう。
 「来週は学校に行く」と言い出すようになった。
 その言葉に、私たちが言葉を濁して顔を見合わせていると、L未は「わたし、なんで学校行っちゃだめなの?」としきりに聞いてきた。
 まさか、L未にその通りそのままのことを伝えるわけにもいかず。
 また、いつまでも学校を休ませているわけにもいかない。
 特に妙案も浮かばなかったが、とりあえず学校の担任の先生に相談してみたらどうだろうということになった。

 とはいえ、私たちが学校に行ってる間、そんな状態のL未を家に一人で置いとくわけにもいかなかった。
 ただ、それについては、L未がなついている、B子の妹にわけを話して家に来てもらることにした。
 そんな私たちが学校に相談に向ったのは、その週の終わりの土曜日の午後だった。


 その、L未の担任のY田先生。
 私が男親ということもあって、顔を合わせたのは1度きりだった。
 でも、Y田先生の齢が、自分よりわずかに年上という、同世代の親しみもあったのだろう。
 私は、そのY田先生のことを、どこか信頼に足る先生という印象を持っていた。
 もっとも、信頼感というのは、もしかしたらお互いがお互いに感じることで生まれてくるものなのか?
 実は、Y田先生の方も、私たち夫妻にはなんとなく親しみを感じていたようなところがあった。
 私たちの相談の内容というのは、話す側の話の持ってき方や、聞く方の受け止め方によっては、やたらオーバーに受け止められてしまって、責任の所在云々って話になってしまったり。
 もしくは、それこそ最悪オカルト的に解釈されたりと、話が変な方向に行っちゃう可能性もあった。
 でも、Y田先生の場合は、そんな風に話が妙にややこしくなることはなく、私たちの話を素直に聞いてくれた。
 話の後、そのY田先生が言うには、
「ま、とりあえず、学校は来週月曜から来るようにして。
 あとは様子見ながら…、しかないですよね。」
 と、あとは穏やかな笑みを浮かべていた。

「そう。そういえば…。」
 それは、私たちの相談が一段落して、一瞬会話が途切れた時だった。
 Y田先生が、思い出したような口調でポツリと口を開いた。
「いや、その歌…。
 その、歌いだすっていう歌のことなんですけど…。」
「そう、そうなんです。なんだかやけに縁起悪い歌詞の歌で…。」
「いや。違うんですよ、それ。
 確かに、一見、やけに縁起でもない言葉が並んでいるように思ってしまうんですけどね。
 でも、決してそういう歌ではないんですよ。」
「え…。」
「え…。」

 いやもぉY田先生の言葉に、私たちはもぉびっくり。思わず絶句してしまった。
 決して、そういう歌ではないんですよって…。
 つまり、それって、え?どういうことなんだ!?
 この先生って、いったい何言ってるんだろう?
 あ…。
 まさか…、つまり。
 あの歌って、この先生がL未に教えたって、そういうこと?
 …!?
「確か、私が大学生の頃だったと思うんですけど……」

 Y田先生の話によれば。
 その歌は、本当にある歌で。
 Y田先生が大学生の頃、大ヒットというほどでもなかったらしいのだが、それでもその頃の学生や若い世代に共感を得た歌だったらしかった。
 確かに葬式だの、私が死んだだの、ぱっと聴くと縁起でもない言葉が並んでいるのだが。
 でも、それは自らの失恋を意味しているのだと…。

「こんな歌でしょう?」
 Y田先生が、その歌の出だしを歌った時だった。
「あぁーっ!」
 それは、私の隣に座っていたB子の声。
 私が驚くより早く、B子は目を真ん丸に、顔をY田先生に突き出すように叫んでいた。
「そう!そうよ、そう!そう、それ、その歌…。
 あぁー……。」
「ど、どうしたんだよ?いきなり…。」
 そう言ってもB子は、しばらくかっと両目を開けたままだった。
 やがて、普通の表情に戻ったB子は、私の目をじっと見ながら、思い出すように話し出した。

「中学生の時ね。
 空家だった隣りの家に、新しい人が引っ越してきてさ。
 その家に高校生の女の子がいたの。
 あ、だから、今言うと、高校生の女の子ってなっちゃうんだけどさ。
 当時、中学生だったわたしからすれば、お姉さんよね…。」

「わたし、隣りの家のお姉さんとすぐ仲良くなってね。
 そのお姉さんの部屋によく遊びに行ってたのよ。
 ほら、中学生とかその頃って、いろいろ背伸びしたい年頃じゃない?
 だから、お姉さんに本を借りたり、
 いろいろレコード聴かせてもらうのが楽しかったのね…。」

「そう。そうよ、その時よ…。
 その時聴いたのよ、その歌って。
 わたしがその歌を好きだって言ったら、お姉さん、とってもうれしそうな顔してて…。
 ほら、やっぱりその時も、歌詞に葬式とか、死んだとかあるから、
 大人たちからいろいろ言われてたらしいのよ、その歌。
 だから、わたしが好きだって言ったの、うれしかったみたいで。
 お姉さん、レコードよくかけてくれて…。
 そう。そうだったんだ。
 あの時のあの曲だったんだ…。」

 なんだろう?
 何が解決したってわけでもないのに、Y田先生に話してホッとしたのと。L未が歌うあの歌が実際にあった歌だとわかって不思議と安心した私たちが家に帰ってみると…。
 そこで出迎えたのは、B子の妹の血の気がすっかり失せた顔。
 聞けば、私たちが帰るちょっと前に例のことがあったんだとか。
 もっとも。L未は、例によってその時にはいつも通りに戻っていたのだが……


 そして、その夜。
 私たちは、リビングルームにつづく部屋で寝ているL未を見ながら話をしていた。
 話していたのは、B子の妹が帰り際に言っていたそのことだった。
「お姉ちゃんさ、わたしは病院じゃないと思うよ。
 これはね、お寺とか神社とか…
 そっちに行くべきことのような気がするよ…。」

 それは、私たちも二人とも、心の中ではずっと思っていたことだった。
 思っていたけど、私もB子も、口にすることができなかっただけ。
 そのわけは、L未が歌っている時のあの顔だった。
 そこにいるのは間違いなく自分の娘なのに、どこか感じられるのだ。
 全く知らない女の顔を……
 それが自分の娘のことだというのに。私もB子も、それを見るたび、ぞわっと背中が粟立つのを抑えられなかったのだ。


 そんな夜が明けて、次の日だった。
 いつも通りのL未の見ている私たちだったが、でも、その心の内は、あのことがいつ起こるかと不安に苛まされていた。
 ただ…。
 気がつけば、その日は何事もなく夜になっていて…
 それは、さらに月曜日の朝に。

 その月曜日の朝。
 一週間ぶりに学校に行くL未の元気な後姿を、ほっとしつつも、どこか不安を抱きながら見送った私たち。
 でも、そんな不安をよそに、L未はそのまま何事もなく。
 気がつけば、また週末の朝になっていた。

 その後も、一切そんなことはなくて。
 あとになって思えば、それは、ちょうど1週間の間の出来事だったな、と気がついた。

 そうそう、そういえば。
 B子が中学生の時に、そのレコードを聞かせてくれたという、隣りの娘さん。
 気になったB子が実家に聞いた話では、特になんということもなく。結婚して、普通に幸せに暮らしているらしいということだった。



                               ―― 『一週間』〈了〉


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  断りなく転載されるのは非常に不愉快です。やめてください
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   ちょっと剣呑で、ゴメン(^^;)



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2016
09.11

煙草かぁ…


 最近、屋内全面禁煙が論議されているようですけど、まー、確かにねー。
 煙草、クサイですもんね(笑)
 

 まー、受動喫煙の害は、もぉ世論の大勢を占めちゃったみたいですけど。
 ただまぁ世論が大勢を占めたことって、往々にして全然間違いだった、なぁ~んてこと、よく、ありますよね(爆) ←根性曲がり

 とはいえ、地球温暖化とCO2の関係のように。
 とりあえずCO2が関係あろうがなかろうが、原因と考えられることは全て解消すべきみたいな考え方もアリだとは思います。


 って、まーね。
 ぶっちゃけ、私は煙草吸わないんでー(笑)
 屋内全面禁煙でも、全然OK!
 という気はします(爆)
 ていうか、煙草がそんなに悪なら、何で全面禁止にしないんだろ?そこが不思議


 ただ、なんていうのかなー。
 ちょっと寂しい気がするんですよね。

 まー、もっとも。
 それは、吸っていたことのない人には、わかんないだろうなぁ…。


 煙草って、今は、ホンっト、全然吸わないですけど、かつては結構吸ってたんです。
 ていうか、前は、煙草、大っ好き!でした(笑)

 一番吸ったブランドは、マイルドセブンかなぁ…。
 今は「メビウス」っていうらしいですけど、それってメビウスの輪のように延々吸い続けてねって意味?(笑)

 吸う前にフィルターの方を、テーブルでトントンと叩いて、中を詰めて。
 詰まって紙だけになった部分をライターで炙って。
 それから吸うんですけど、あー、あれ、ホントウマかったなぁ~(笑)
 何であんなにウマいんだろうと思うくらいウマかった。


 煙草を吸い始めたキッカケは、高校の時、周りに吸ってるヤツが結構いて。
 面白いつもりで言ってたんだろうけど、「オレは20歳になったらやめる」って、みんな、ホンっト異口同音に言ってたんで。
 全員、同じこと言ってるって、「あー、つまんな~い」って。
 「じゃぁオレは20歳になったら吸う」って、キッカリ20歳の誕生日に吸ったのが始まりでした(笑) ←面白ければ何でもよかったお年頃でした


 吸い始めた学生の頃は、行きつけの喫茶店がいくつかあったんで。
 そこで、友だちと、今思えばホンっト愚にもつかないどーでもいいような話を、当時はさもカッコいいことを話してるみたいに錯覚して。
 煙草吸いながら、延々語ってたっけ(笑)

 ほら、“紫煙をくゆらす”って言葉があるじゃないですか。
 煙草って。煙草から直接出る煙は、文字通り“紫煙”なんですよね。
 でも、吸って吐いた煙は、なぜか、ちょっと黄色がかった白になっちゃう。
 そんな、時には天井にモヤモヤ漂っていく煙を追いながら、愚にもつかない会話の行方を必死に考えてたりしてましたねー。

 煙草って、そう…。
 私にとっては、ある意味、青春のバカさ加減の象徴するモノなのかもしれないなーなんて思ったりもしますね(爆)

 新宿のDUGだったかなー。
 テーブルの上に、鉄のデッカイ灰皿が置いてあった店。
 あそこは、店が薄暗いのがみょーに落ち着くこともあって。もぉ心置きなく、延々吸ってましたね。
 心底、くっだらない話しながら…(笑)

 
 煙草といえば、私の世代は、子供の頃にドラマや映画でカッコイイものとして描かれていた時代で。
 そのカッコよさには、やっぱり憧れましたねー(笑)
 当時、煙草を吸うシーンがカッコイイといえば、まぁ『太陽に吠えろ』っていう人が多いのかもしれませんけど、私は、断然『俺たちの勲章』でしたね。 ←バカ
 いや。さすがにリアルタイムでは見てませんよ(笑)

 松田優作演じる中野刑事が、煙草(確か、ミスタースリム)口の右端に突っ込むようにして吸うのがカッコよくって。
 ミスタースリムは、ちょっと高いし、また辛かったんですけどね。
 でも真似したさに、ミスタースリムを買って。
 口の右端に突っ込んで、吸ってましたっけ(爆)

 そのほか、『俺たちの勲章』では、その中野刑事と五十嵐刑事(そっちは中村雅俊)ポケットに入れっぱなしでひん曲がった煙草を吸うってシーンがよくあったんで。
 真似するために、煙草をわざとズボンの前ポケットに入れたりもしてましたねー(笑)

 いっやー、今思うと、ホンっト、アホバカの極地ですな(爆)
 でも、今になってみると、そんなアホバカやってたことが、みょぉ~に愛おしくって仕方ないから不思議です(笑)
 青春とは、アホバカであるべきなんでしょうね


 そうそう、アホバカといえば。
 煙草を吸わなくなってからも、キャンプに行くと吸ってたのは、焚火の燃えさしで煙草に火を点けるっていうのをやりたいだけだったり(笑)

 まったく、ホンっト、「バカっ!」です(爆)


 でもまぁ、バカでカッコ悪いんだけど、バカがカッコつけるためにそんバカなことをやってたのって、スッゴク楽しかったですね。
 カッコつけなくていいやって思える齢になったのは、すごく楽だなーって思う反面、バカがカッコつけてバカやってたあの頃って、ホンっト毎日がワクワクだったよなーって(笑)

 まー、それに近いようなことを女性も、ある程度の齢にになると、化粧やファッションについて思うのかなー。
 それとも、思わないのかなー。

 ていうか、思う人もいれば、思わない人もいるんでしょうね。
 ま、そこは男も同じですもんね(笑)


 そんな煙草も、いつしか吸わなくなって…
 ある時を境に、吸ってもウマくなくなっちゃったんですよね。

 それまでだったら、そういう時は銘柄を替えてたんだけど、何を吸ってももぉウマく感じなくなっちゃった時があって。
 それが、キッカケといえばキッカケだったのかな?
 気がつけば、全く吸わなくなってました。


 しっかしまぁ煙草って、今はみんな400円以上するんですよね。
 やめといてよかったなーって(笑)
 いや、ホンっト。それは、つくっづく思います(爆)


 煙草といえば、嗜好品なわけですが…。
 嗜好品といえば、「アイフォン7」が発表されたんだとかで(爆)

 ま、発表されたのは全然OKなんですけどね。
 でも、「suica」機能が搭載されてることについて、どこのニュースも、「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」「日本重視」……。
 いやもぉ軒並み(笑)

 いや、だから、アップルは、別に日本を重視して「suica」機能くっつけたわけじゃないでしょ。
 それをくっつければ日本で売れると見たから、くっつけたわけでしょ。

 外人と見れば、日本(人)をちやほやしてくれるみたいな報道、もーいい加減やめよーよ。
 恥かしい(笑)

 ていうか、アップルのスマホのニューモデルはニュースにするのに、某隣国のスマホのニューモデルをニュースにしないのは差別だと思うな!(笑)
 またヘソまげちゃっても知らねーぞ(爆)







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2016
09.04

境は、たぶん関ヶ原?


 なんでも、今年8/31までの猛暑日の日数って以下のようになるんだとかで。

 仙台     1日
 東京     3日 
 熊谷     8日 
 名古屋     9日
 大阪     26日
 広島      16日
 熊本      26日
 日田(大分)   37日

 しかし、西高東低だというのはわかりきったことでしたけど、ここまで極端だったとは!
 日田は、えっ!毎日、猛暑日だったってこと?
 うわっ!

 名古屋の猛暑日は9日、大阪は26日って、つまり境目は、たぶん関ヶ原辺りなんだでしょうね(笑)
 西軍は、夏バテで負け!とか?(笑)


 とかなんとか言って、いつの間にか9月なんですすねぇ…
 あー、寂寥!(笑)



 


 西日本の方は、東海以東は涼しくていいよなーって思うのかもしれませんけどねー。
 うん。まぁ確かに、今年の夏は過ごしやすい気温の日もありましたけど…。
 でも、湿度が高い日が多かったんで、じっとしていても汗がたらたら出てくるみたいな変な暑さの日も多くって。
 あれなら、暑くてもいいから晴れて欲しいなーって思いましたかね(笑)
 ていうか、もはや恒例と化してる、週明け台風は勘弁してほしい(泣)


 ていうか、ていうか。
 先週木曜くらいからの、気象庁の(関東地方の)週間天気予報。
 「1週間全部雨」って、要はそれって、“複雑すぎて、もぉ予想しきれません”、あるいは“天候の変化があまりに局地的すぎて報じれません”ってことですよね。
 それなら、そうとちゃんというべきだと思います。
 気のきいた気象予報士の人だと、苦笑いしてそう言ってくれるんですけどねー

 ウチの辺りは、天気予報では雨でしたけど、昨日も今日も、時々黒雲は出るものの、まぁそこそこの天気です。
 昨夜半に、ちょっと降ったくらい
 天気予報では雨なのに、蓋を開けてみりゃぁ、そこそこの天気が連日じゃぁ、気象庁の信頼感ゼロです。
 今朝なんか、毎度毎度の「雨模様」的な予報に、「また言ってら」って。
 鼻で笑って、見るのやめちゃいましたねー(爆)
 
 でも、それってホントはとても怖いことなわけで、気象庁は、予想しきれないならそうと、ちゃんと言った方が責任感ある態度だと思いますね。
 とにかく、気象庁は、オオカミ少年的な予報があまりに多すぎます。
 あと、“50年に一回の××”みたいな、変な文学的表現も止めた方がいいと思う


 まー、とにかく。
 使えない今夏の太平洋高気圧には、さっさとおさらばしてもらって。
 バイバイ!
 一刻も早く、穏やかな秋が来てほしいもんです。



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2016
09.04

「ユアタイム」、見てます(爆)


 フジテレビの夜中にやってる「ユアタイム」。
 あれ、結構ファンなんです(笑)
 http://www.fujitv.co.jp/yourtime/
 *フジテレビ/ユアタイム


 「ユアタイム」を見るのは、そりゃぁもちろん市川沙耶のファンだからです(爆)
 市川沙耶は鉄道オタクというのは知られてますけど、実は坂道オタクでもあるんですよね。
 坂道オタクだっていうの、私は「タモリ倶楽部」で知ったんですけど、それ知った途端、もぉ大ファンになっちゃったと(爆)
 確か、「地形スィーツ」の回だったかな?

 そういえば、市川沙耶はザ・スミスも好きらしいですね。
 ザ・スミスが好きな女性っていったら、ザ・スミスが好きな男が全員思い出すのがあれです。
 そう。「(500日)のサマー」(笑)

 あの、映画の出だし、主人公がヒロインに恋に落ちるシーン。
 あれですよ、あれ。
 主人公とヒロインが、偶然エレベーターに乗り合わせて。
 主人公のヘッドフォンから洩れてきた、ザ・スミスのthere is a light that never goes outに「わたしもザ・スミスが好きなの~」と言った後、♪To die by your side such a hevenly way to die~ってそらで歌っちゃう場面。
 https://www.youtube.com/watch?v=7i5BzkyqRso

 「(500日)のサマー」の監督はミュージックビデオの出身だって聞いたことがありますけど、さすが、ロックファンというネクラでバカで、人付き合いとなるとやったらナィーブになっちゃう連中の心をつかむ術に長けてます(爆)


 つまり、ぶちゃっけ言うなら、坂道オタクなくせしてキレイな女性なら、あとは“かみかみ”でも何でも全然OKなわけですね(笑)
 でも、サザンオールスターズの大ファンって聞いた時は、思わずTV消しちゃいましたけど ←ウソwww

 ていうか。
 思うんですけど、あの番組を批判する人たちって、もしかして、フジテレビにニュースを期待してる……、とか?(爆)

 いや、かつてはどうか知りませんけど。
 今のフジサンケイは、マスコミとしては、もぉ箸にも棒にも…の域にいっちゃってると思うけどなぁー。
 ちなみに、ネットのニュースで、見出しがどんなに興味をひいたとしても、産経新聞とかSPAとかあったら、私は絶対読まないことにしています。

 だって、それが、どんなに興味をひく見出しだったとしても、中身を見れば絶対竜頭蛇尾だし。
 いや。それどころか、結論が先にありきの、勝手な決めつけであることがほとんどです。
 ていうか、それ以前に、文章があまりに稚拙すぎです。
 そのくせ、ミョーに難しい言葉を知っいて、やったらそれを使いたがるんですよね。
 だから、何度も読み返さないと絶対わかりません。
 そんなの、時間の無駄です(笑)
 いくら、ネットのニュースはヒマつぶしor気分転換に見るものだとはいえ


 それは、「ユアタイム」だって一緒なんですよね。
 記者がリポートする形容詞なんて、時々ムチャクチャですもん。
 何を言ってるのか、すぐには理解出来ない時すらあります。
 ま、それはNHKの記者も同じだったりするんですけどね(爆)

 確か、台風10号近づいていた夜だったかな?
 出だしの見出しに「未体験ルート台風に警戒」に出ていて。
 いやもぉ思わず、え?“未体験”なの? “未経験”じゃなく…!?
 って、キョトンとしちゃって。
 思わず出だしの市川沙耶の顔、見損ねちゃったじゃないですか!(爆)

 そのくせ、番組中のナレーションでは、「今までに経験したことないルート」って言ってみたり。
 あと、あの番組って、何か事件や事故があると、必ず「悲劇」って言葉をくっつけたがるんですよね。

 そりゃまぁ大まかには「悲劇」には違いなんでしょうけどねー。
 でも、それ、「悲劇」って言葉を拡大解釈しすぎだろーっていうか、他に言葉知らないのぉ~っていうか。
 まぁマスコミだー、何だー、かんだー言っても、所詮はその場の気分でしゃべったり書いたりなんだなぁ~って。
 なんだか、ちょっと呆れます(笑)

 まーねー。
 未体験でも、未経験でも、言いたい事は伝わるとは思うんです。
 でも、それを聞いた人の頭の中で醸成されるニュアンスは、それぞれ微妙に違ってくるわけ、じゃないですか。
 まがりなりにもとはいえ、「報道」なわけで。
 そんな曖昧で、ホントいいのぉ~?(笑)

 もちろんね。言葉というのは、そんな風に変わっていくものだとは思うんですけどねー。
 でも、それは、あくまで日常の人と人の会話の中で起きていく、自然発生的なものであるはずですよね。
 公共の放送やマスコミに携わる人たちの場当たり的な言葉使いが、世の言葉に影響を与えちゃダメじゃん(爆)


 ま、それはそれとして…、ていうか。
 ぶっちゃけ、番組自体はどーでもいいんです。

 だって、そもそも、ニュースとしては見てるわけじゃないもん(笑)
 ていうか、アレ、制作側も、ニュースというよりは、平日の夜の11時半という時間にぼーっと流し見できる番組が見たいんだけど、 でも芸人さんがギャーギャー騒ぐような番組は逆に疲れてイヤ!みたいなコンセプトなんじゃないですかね。
 いってみれば、見る睡眠導入剤なんじゃないかって(爆)
 そのコンセプトは、あー、それはアリだなーって思いました

 そんなコンセプトの番組に、それこそ池上彰氏が出てきたってしょうがないわけですよね。
 だって、それこそ、なるほど、なるほどって、逆に目が覚めちゃいますもん(笑)

 なら、市川沙耶でも全然OKじゃん!って(爆)
 というか、そこに市川沙耶を持ってきたっていうのは、面白い発想だなーって思うんですけどねー(笑)


 つまり、ね。
 市川沙耶が何を話そうと、TV番組である以上、所詮放送作家が書いた台本を元にしゃべってるわけでしょう。
 ま、あれは一応ニュースというタテマエになってるわけで、もしかしたら台本はないのかもしれませんけど、それにしたって、どこで 何を話すかは事前に打ち合わせは絶対しているはずです。
 しゃべりを“かむ”とか言ったって、そりゃモデルが本職の人に流麗なしゃべりを期待する方が間違ってるだろーって(笑)
 モデルの仕事に、“しゃべり”は普通含まれませーんwww


 いや。実は、これを書くのに「ユアタイム」で検索したら。
 なんと!「ユアタイム」って、本来は、例の経歴詐称で有名になったショーンなんちゃらと市川沙耶でやる予定だったらしいですね。
 彼が、出演出来なくなっちゃたんで、それで市川沙耶がメインになっちゃったんだとか。

 つまりはまぁ、世の中っていうのは、経歴詐称でも何でも、もっともらしい顔でもっともらしい(毒にも薬にもならない)こと言える人が持て囃されるってことなのかなぁ…(笑)
 ま、世の中って、実はそんなもんだったりするんですけどね(爆)


 ちなみに、某プロバイダーのネットニュースの記事によれば。
 市川沙耶は、「“見れる”、“食べれる”等のら抜き言葉を平気で使ってしまう」とか、「すぐにコメンテーターの助けを求める。どう考えてもキャスターのレベルではない」とか書いてありましたけど。

 だから、キャスターじゃないんだって!(笑)
 市川沙耶の本職はモデルだし(詳しくは知りませんけど)。
 そもそも、番組自体がニュースじゃないんだから、(ニュース)キャスターでもないじゃん!

 ていうか、番組名だって、「ユアタイム」なわけで、ニュースとはどこにも謳ってませんよね(笑)
 つまりは、某国営放送の「おはよう日本」みたいな感覚ね(爆)

 “見れる”、“食べれる”だって、そんなの今時誰でも使ってる言葉じゃんね。
 そんな風に小学校低学年の学級委員会みたいなことばっか言って、人のことをあげつらって悦に入ってる人、今はホンっト多いですよね。
 あー、イヤだ、イヤだwww
 そういう人って、現在、日本で多くの人が話している言葉こそが「日本語」なんだっていう認識ないのかなぁー(笑) ←イヤミな性格

 ていうか、ネットで記事書いているような人たちは、そんな正しい日本語論議する前に、一回目を通せばわかる文章を書く勉強をしてほしいよなー(笑)
 いくらゴジラが流行ってるからって、ゴジラが破壊しつくした街みたいな文章書かないでほしいぞ!(爆)

 ついでに言っちゃうなら、そのネットの記事。
 最後に、「あなたの時間じゃなくて、無駄な時間!?」と締めてましたけど、いや、そのオチって素人のブログレベルでしょ(爆)
 番組名は「ユアタイム」なのに、なんでオチは日本語なんだよぉぉ~(笑)


 「ユアタイム」といえば、(またかよ?な)三菱自動車の不正の後。
 日産との提携が決まって、ゴーン社長と益子社長が笑顔で握手している映像と見て、市川沙耶が「あの笑顔にはすごく疑問を感じました」とコメントしたの。
 あれは、ホンっト感心したけどなぁー。
 あのコメントだけでも、市川沙耶があの番組に出た価値、あったと思うな!
 だから、いいとこもちゃんと見ましょうね(笑)


 って、まぁ~ね。
 「ユアタイム」って、個人的にはリアルタイムで見る唯一の番組なわけで。
 ただ、スポーツは興味ないから、そこは飛ばして、後半は録画したのを後で見てます(笑)
 とはいえ、見るのは、あくまで市川沙耶が出てるからであって、番組のファンでは全っ然ないんで(笑)
 あ、モーリーさんのコメントは好き!
 てことで、これからもぜひぜひ市川沙耶で続けて欲しいなー!
 でも、タモリ倶楽部の地形の回にも出て欲しいぞ―!(鉄道はどーでもいいからwww)

 って、もはや、たんなるアホバカなファンの戯言と化してますな(爆)
 戯言といえば、TVの人たちはネットの“戯言”に耳を向けすぎだと思うけどな!
 いつも思うんですけど、TVの人って、なに怯えてんです?(笑)


 とはいうものの、「ユアタイム」って番組は、叩く相手と特定して、連日のようにあることないことあげつらう、いやったらしい特性があるんですよね。
 ちょっと前なんか、連日の前東京都知事叩きの醜悪さに、もぉウンザリで。
 しばらく見るのを止めちゃったんですけど、久しぶりに見だしたら…

 いっやー、今度は今度で。
 女優の子供が事件を起こしたことで、「成人の子供が起こした事件に親は責任があるか?」というお題目で、巷で意見を聞きまくりというネチネチさ(爆)
 聞きまくりといっても、ま、5人くらいでしたけど(笑)

 だから、ここ日本じゃ、成人の子供が犯罪を犯したとしても、親は罪に問われないって決まってんだって!
 そんな、某隣国でかつてあった「文革」みたいなこと、日本でやらないでほしいなぁ~。
 だって、法治国家じゃないみたいで、みっともないんだもん(爆)






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2016
09.04

怪談16.9.4


~前回8/28からのつづきです
 
 いきなり歌いだした後、気を失ったL未。
 私とB子は、とりあえずL未をソファに寝かせると、救急車を呼ぼうとした。
 でも、その時、L未が目を覚まして。
 ソファの上で体を起こしたL未は、私とB子の心配をよそに、「どうしたの?」と、きょとんとした顔でひと言。
 その表情は、それこそ親だからこそ実感できる、いつも通りのL未だった。
「まぁ、ちょっと様子見るか…。」
 私とB子は、どちらが言うともなく、そう顔を見合わせうなずいた。
 とはいえ、私たちの顔は、不安感でまだ強張っていたというのに、当のL未ときたら、まったくいつも通り。
 見れば、ちょっと舌ったらずな、いつもの口調で「ねぇ。ビデオ、少し戻していい?」って、リモコンを取ろうと手を伸ばしているところ。
 それにうなずきながらも、私とB子は顔を見合わせ、ほぉーっと長くひと息。張り詰めた心が静まっていくのを感じていた。

 とはいえ、もう一つ、胸騒ぎがしていたことがあった。
 そう。それは、親父とおふくろのこと。
 そんなわけで、ちょっと怖々実家に電話をしたのだが、でもそっちも全くのいつも通りで、ホッとするやら力が抜けるやら。
 ま、とりあえずは…と、やはりB子と顔を見合わせ、胸を撫で下ろした。


 そんな変なことがあった日曜だったが、その後は特に何ごともなく。
 その時は、L未はもう自分の部屋で寝ていた。
 L未は、いつもの休日だったら結構遅くまで起きているのだが、その日に限っては「今日は早く寝なさい」と無理やり寝かせたのだ。
 そんなL未が、私たちの言うそれにやけに素直に従って、部屋で寝ちゃったのは、たまたま眠かっただけだったのか?それとも、やっぱりどこかおかしいのか…。
 そんな風に、どうしても変に勘繰ってしまうわけだが、まぁそれはそれ。
 いずれにしても、とりあえず明日は学校休ませ、医者に診せた方がいいんだろうなってことで、私もB子も意見は一致していた。

 気がつけば、12時をまわっていて…。
 いつもの日曜の夜なら、もう寝ようかっていう時刻だった。
 とはいえ、やっぱり心がざわついていたのだろう。私もB子も、寝る気になれなくて、何をするでなく起きていた。

 テレビが点いてない日曜の夜のリビングルーム。
 ストーブの上のヤカンがシュンシュンいっているのだけが聞こえているその静けさは、私たちのざわついた心にやさしく沁みていた。
 とはいえ、私もB子も手に持った読みかけの本を読み始めたかと思うと、脇に置きいて。
 かと思うと、また手に取って開いて、すぐに脇に置く。
 それを繰り返していた。

 L未の様子を見に行ったB子が戻ってきて…
「どうだ?」と聞くと。
「うん…。気持ちよさそうに寝てる…。」と、B子はかすかな笑みをうかべた。
「そっか…。」
 そう言って、大きなため息を吐いて、私はまた本を開いた。
 内容なんて何一つ憶えていないのに、ページだけはずいぶん進んでいた。

 リビングルームが、またストーブの上のヤカンのシュンシュンいう音だけになって、しばらく経った頃だった。
「ねぇ…。」
「うん。」
「あのさ…。」
「…?」
「あのさ…。」
「なんだよ?」
「あのさ…。」
「だから、なんだよ?」
「ううん…。
 あれ…。さっき…。
 さっきさ、L未がお祖父ちゃんちのベルの音が聞こえるって言ったその後…。」
「うん!?」
 そう言って見たB子は、なんだか顔をしかめていた。
 いや。何かを思い出そうとしているのか?

「どうした?」
「うん、歌…。」
「歌?歌って、L未が歌ってた歌のことか?」
「ううん…、あ、じゃなくって。
 いや、違う。そうなんだけど、でも──。」
「なぁーに言ってんだよ。ふふふ…。」
 私は、B子が言っていることが全然わからなくて。思わず笑い出してしまった。
 でも、B子は相変わらず顔をしかめっ放し。
 そう。なにやら真剣な表情をしていた。
「あれさ。あれ…。
 あれって、もしかしたらL未が歌ってたのかもって。
 なんだか、そんな気がしてきてさ…。」
「あぁっ!?
 L未が歌ってたのかもって、歌ってただろ?
 え?なに、オマエ、違うって思ってたの?
 L未が歌ってなかったら、じゃぁいったい誰──。」
「違う!違うのよ…。
 さっきじゃなくって、夜中よ、夜中。」
「夜中ぁ!?夜中って…。」
「ほら、あなたが電話が鳴ったって飛び起きた時。
 わたし、あなたが戻ってきてから、
 その歌って何だっけ?って聞いたじゃない。」
「あぁ~あぁあぁ~。
 そういえば、そんなこと言ってたよなぁ…。
 って。だから、オレは歌なんて歌ってないって──。」
「だから!だから言ってるんでしょ。
 あれって、もしかしたらL未が歌ってたんじゃないかって。」
「L、L未?L未が歌ってた?
 えぇ!?どういうこと?」
「同じなのよ…。
「なんでL未が歌わなきゃ──。」
「だから、同じなのよ!」
「だから、なんでL未が歌、歌わなきゃならない──。」
「だから同じなのって言ってるじゃない!
 同じなのよ。同じ歌っ!
 L未がさっき歌ってた歌と、夜中聞こえた歌が同じなの!」
「なん、なん、なんだよそれ…。
 え?どういうことだ?」
 B子が何を話しているのかはわかっていた。
 でも、それがどういうことなのか、すぐには理解出来なかった。

「あぁ、そういうことか。
 夜中、オマエが聞いたっていうその歌が、
 さっきL未が急に歌いだした歌が同じだったから。
 だから、夜中に聞いたその歌も、もしかしたらL未が歌ってたんじゃないかって。
 そういうことか…。」
「そう。そうなのよ…。
 そうなんだけど──。」
「でもさ。だとしても、それってどういうことなんだ?
 というか、そもそもあの歌って何なんだ?
 確かオマエ、夜中の時は聴いたことある気がするけど、
 思い出さないとか言ってなかったっけ?」
「だからっ!
 だから、それが思い出せなくいから、ずっと苦しんでんじゃない!
 それを、あなたって…。
 人の気も知らないで、ぽんぽん、ぽんぽん…。」
「だからぁー。そんなのわかるわけないだろぉ。もぉー。」

 それは、そのタイミングだったと思う。
「あっ…。」
「何よ…。」
 B子の声は聞こえていたが、私はそれを手で制して。目を天井の方に向けるように耳をすませ、それを探ろうとした。
「まただ…。」
「何がまたよ?」
「ほら…。
 えっ。オマエ、聞こえない?
 ごぉぉぉぉーん、ごぉぉぉぉーんって…。
 そう。まったく同じだよ。明け方と…。
 あれ、いったい何の音なんだ?
 どこから聞こえてくるんだ?」
 私は、そう言いながら。視線を、ゆっくりゆっくりとB子の方に向けた。
 そんな私の目とB子の目が、お互いの不安な気持ちを見とめ合った時だった。

 ♪Uh~Uh~ UhUhUhUhUh~ UhUhUh~~
「うっ…。」
「きゃっ――。」
 家の中から突然聞こえてきたその歌声に、私もB子も声にならない悲鳴をあげていた。
 そして、それはなおも…
 ♪UhUhUh~ UhUhUhUh~ UhUhUhUhUhUh~~
  UhUhUhUhUh~ UhUhUhUh~ UhUhUhUhUh~~
  UhUh~ UhUhUhUhUhUhUh~ UhUhUhUh~~

 それは、確かにL未の声なのに。
 でも、乾いた冷たさに満ちた声に、どうしても自分の娘の声とは思えなくて…。
 そう。そこには、私とB子の心を一瞬に凍りつかしてしまう何かがあった。
 それは、昼間、窓のところでいきなり歌いだしたL未の両肩をB子がつかんで振り向かせたあの時まさに一緒。
 自分の娘の顔が、一瞬L未とは似ても似つかない別の人間の顔のように見えた、あの得体の知れない感情と全く同じだった。

 そんな恐怖の感情から私とB子を我に返らせたものは、お互いの目だった。
 それを見とめあった時、私とB子はL未の部屋に向って一気に駆け出していた。
 しかし、そうしている間にも、その声は歌い続けていた。
 ♪UhUhUh~ UhUhUhUh~ UhUhUhUhUhUh~~
  UhUhUhUhUh~ UhUhUhUh~ UhUhUhUhUh~~
  UhUh~ UhUhUhUhUhUhUh~ UhUhUhUh~~
  UhUh~ UhUhUhUhUhUhUhUh~~

「L未!」
「L未!」
 L未の部屋に駆けつけ、ドアを開けた私たちだったのだが──。
「っ!」
「きゃ…」
 自分の娘を心配して駆けつけたっていうのに…。
 でも、その光景には、思わず足が竦んでしまった。

 それは、引っ剥がすように開けたドアから見えた部屋の暗がりの中。
 ドアから入る斜めの光に照らされた、棒立ちのL未の姿。
 そして、昼間のあの時と全く同じあの顔が…
 ♪Uh~Uh~ UhUhUhUhUh~ UhUhUh~~
  UhUhUhUh~ UhUhhUh~ UhUhUhUhUhUh~~
 UhUhUh──。
「ちょ、L未!何──。」
 この時も、動いたのはわずかにB子の方が早かった。
 だから――もちろん私もL未の元に駆け寄った――その光景はハッキリと見ていた。

 開いたドアから差し込んでいる廊下の明り…
 その薄暗い光にぼんやり浮かぶ、どことも知れないものを見つめるL未の姿。
 それは、確かに左斜めから見た娘の顔なのに…
 その歌に合わせて動いていている口元を見ていると…
 ♪UhUhUhUh~ UhUhhUh~ UhUhUhUhUhUh~~
 なぜか、それが自分の娘ではない別の女のような…
 そう。女の子ではない。女……
 そんな娘を、飛びつくように抱きしめたB子の後姿。
 ♪UhUhUh──。
「L未!L未!L──。」
 まるで、空気が抜けていく風船のようだった。
 抱きしめたB子の腕の中で、床に溶けていく娘の体──。
「L未!」
 床に崩れ落ちる、まだにその直前だった。
 気がつけば、私は駆け寄って、B子の背中ごと、それを抱きとめていた。
 それは、間違いなく自分の娘、L未だった。
 腕にズンと伝わってきた、その体の重みがそれを証明していた。 


_________________________________________________________________________________________________ ――つづく  : 『怪談16.9.4』〈了〉


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2016
09.04

悪趣味な微笑み? いいえ。ラクシュミの微笑みです(笑)

Category: R&R

 漫画は、コマを読む順番がわっかんな~いんで、苦手なんです(笑)
 だから、あんまり読まないんですよねー。
 最近だと、『20世紀少年』と『のだめカンタービレ』くらい ←最近か!(笑)

 でも、久しぶりに読んじゃいました。
 『吉祥天女』吉田秋生作

吉祥天女IMG_3112

 そういえば、恩田陸の小説に『六番目の小夜子』っていうのがありましたけど、
 もしかして、その小夜子って、この小夜子から?(笑)

 転校生が来てから次々と事件が起こるという、いやもぉホンっト、まるっきり王道のストーリーで。
 子供の頃に読んだ『明日への追跡』(光瀬龍)が好きで、いまだに時々読み返しちゃう私(←バカ)としては大好物なお話です(笑)

 その、『吉祥天女』。
 何でも、83年~84年に描かれた漫画だとかで、いやもぉ登場人物の着てるモンとか髪型とか、まさにその当時の恰好(笑)
 あと、どっちかといえば脇役な主人公のお兄さんの、まさにその頃の大学生ぇ~って感じも、ハッハッハでした。

 あと、主要登場人物の高校の制服が詰襟とセーラー服なのがよかったかなー(笑)
 詰襟世代だったせいか、ブレザーの制服って、な~んかダサく感じちゃうんですよね。
 ぶっちゃけ、七五三みたいっていうかー、そんなおっしゃれ~なもん、学校から押し付けられてんじゃねーよ!というかー(爆)

 とはいえ、ま、詰襟だって、セーラー服だって、最初(明治期?)にソレを制服として学生に与えたのはハイカラ(=カッコイイ)だったからだもんなぁー。
 そう考えると、ま、ブレザーでもいいのか?(笑)
 ま、たんなる個人の好みの問題ってことねwww


 って、まぁそんな愚にもつかない話はともかく。
 あらすじは、単純に言っちゃうなら、ま、「復讐譚」…、になるのかな?
 作者は、女性なんで。たぶん、女性ならではの男への、あるいは男社会への復讐(恨みつらみ?)もメッセージとして含んでるみたいですね(笑)
 でもまぁそれより何より、本当の主人公である小夜子が着々と引き起こしていく事件が、読んでて小気味よかったです。

 そういう意味じゃぁ、小夜子の復讐がオカルトっぽく描かれる1巻の方が、単純な面白さがあったかな?(笑)
 後半、2巻だと、小夜子はいよいよ復讐の相手の家の兄をたらしこんで。
 それを利用して、その家を食い荒らしていくわけですけど、そっちはちょっと大人ぁ~な面白さというか。
 ちょっと大人ぁ~なシーンもあったりで(笑)
 いやー、まさに復讐譚の王道!っていう展開で、そっちはそっちで小気味よかったです(笑)

 意外だったのは、男側の主人公といってもいい遠野涼(復讐される家の弟)が最後に死んじゃったこと。
 あれ?コイツ、死んじゃうんだーって。
 その展開に、思わずキョトンとしちゃいました(笑)
 作者の男(社会)への恨みつらみ、そこまで深かったってこと?(爆)
 ていうか、あの手の男に、特に恨みがあったとか?www


 一つ難を言っちゃうなら、小夜子が相手の家に乗り込んでからが短かったかなぁ~。
 ぶっちゃけ、もぉ何人か殺してほしかったです(爆)
 前半1巻の不穏さや、小夜子の家にいる叔母(復讐される家の人間)をあっさり殺しちゃうシーンなんて、もぉワクワク…、じゃなかったドキドキだっただけに、そこはもぉちょっとサービスしてほしかったですねー(笑)

 ていうか、怖かったのは脇役みたいな主人公、由似子が時々する目!
 それは、由以子だけでなく友人の真理もそうなんですけど、時々目が鬼形礼(恐怖新聞)や、後一太郎(うしろの百太郎)になっちゃうんだもん(爆)

 いやー、アレ、怖すぎ!
 小夜子の目より、百倍怖かった。
 由以子の家に、夜毎、鬼形礼の死霊が恐怖新聞を届ける続編を描いてほしいくらいです(笑)
 それって、『吉祥天女』、『恐怖新聞』、どっちの続編になるんだ?

 あの目って、作者は何を意図してそうしたんだろう?
 ていうか、なんで鬼形礼や後一太郎の目なんだろう?
 ていうか、ていうか、小学生の頃読んだ漫画の主人公の目を、何でいまだに憶えているんだろ?
 やっぱり、それだけ怖かったってことなのかなぁ…(笑)

 って、まぁ。
 そんな、時々、つのだじろう目になっちゃう由以子や真理は、お話では普通の女の子として描かれているわけですけど……
 つまり、それは、女っていうのは誰でも小夜子になれるってこと?
 なぁ~んて、ね? ←怖すぎて、つい同意を求めちゃう(爆)


 そうそう。
 吉祥天女っていえば、ウチにもいるんです(笑)

 ラクシュミIMG_3115
 吉祥天は、元はラクシュミというインドの神さまなんです



 てことで、次、『邪悪な少女たち』アレックス・マーウッド著
 アレックスといっても、女性名のアレックスのようです

邪悪な少女たちIMG_3109


 そういえば、「ジャークチキン」っていう料理があるじゃないですか。
 なんでも、ジャマイカの鶏料理だとかで、ウワサによれば、あるミステリー小説の中にソレが出てきて。
 それを見た翻訳者は、“ジャーク”を英語で直訳して、つい「とんま鶏」にしちゃったんだとか(笑)

 その流れでいけば、「ジャークな少女たち」って、『とんまな少女たち』になるわけで、あー、それはそれで思わず読んでみたくなるタイトルだなーなんて(笑)

 とはいえ、まさかそんなわけもなく、『邪悪な少女たち』なわけですけど。
 実は、ホントのタイトルも「The Wicked Girls」で、まさに直訳じゃん!(笑)


 あらすじは、まぁさらりとネタバレ…、ネタバレ?
 ネタバレって、ネタをばらしちゃうってことなわけですけど、じゃぁネタって、このお話でいうと何なんだ?(笑)

 いわゆる、パズル小説なミステリー小説ではないんでー。
 ネタバレではなく、結末ばらしと言った方が適当なんでしょうね。

 まぁそんなわけで、さらりと結末ばらしを含みつつ、あらすじを思い出してみると、主人公は2人の女性。
 1人は、遊園地「ファンランド」の清掃社員のアンバー。
 もう1人は、フリージャーナリストのカースティ。

 その2人の女性。
 今は全く接点がなく暮らしているが、25年前。アンバーはアナベル、カースティはジェイドという名前で同じ町に暮らしていた。
その頃、2人は、小さな女の子を殺してしまった(らしい)。
 世間は、彼女らを「邪悪な少女たち」と散々非難した。

 別々の更生施設に送られた2人。
 何年かののち、2人は二度とお互い会わないという条件を科され、アンバー、カースティという新しい名前で社会に復帰した。
 2人は、お互いどこの更生施設に行ったかもわからないし、現在どんな名前になったのかも知らない。
 当然、どこに暮らして、何をしているのかも知らずに、それぞれに暮らしている。

 そんな中、アンバーの暮らす町で発生した女性の連続殺害事件。
 カースティが取材のためにその町を訪れたことで、2人は偶然会ってしまう。
 話したいという気持ちを抑えきれずに、一度会いたいとアンバーに名刺を渡してしまったカースティ。
 一方、アンバーの方もその気持ちを抑えられずに、結局2人は会って話をすることになる。
 会って話をしてみると、子供の頃にお金持ちの娘だったアンバーと、問題のある家庭に育ったカースティの立場(生活)はまるっきり逆転していた。
 そんな嫉妬や気まずさもあって、2人はもう二度と会わないと約束して別れた。

 実は、その2人が密かにあっていたのを、マーティンという男がずっと見ていた。
 マーティンは、自分がストーキングしていた女性をアンバーがかくまったことで彼女を恨んでいた。

 もちろん、マーティンは2人の素性を知らない。
 しかし、独特の勘でカースティには何か秘密があると感じて、以後カースティを付け回すようになる。

 過去を家族からも隠して暮らしている、アンバーとカースティ。
 それぞれの日常に、普通にストレスや問題を抱えて暮らしている。
 それらの細かいストレスや問題が描かれた後、アンバーの身に起こった決定的な出来事。
 それは、一連の殺人事件の犯人が、夫のヴィクターだったこと。

 ヴィクターの逮捕で、アンバーの日常は一変。
 マスコミや町の人間から、ヴィクターが犯人だったことを知っていたのに黙っていたのだろうと非難や抗議されるように。
 それは次第にエスカレート。群衆がアンバーの自宅に押し寄せてきたある日、アンバーはペットの犬が殺されているのを知る。
 アンバーが逃げ出したのを見つけた群衆は、彼女を追い回す。

 群衆の目につかないところに何とか隠れたアンバー。
 そんな彼女に、助けを求められる相手は、もはやカースティしかいなかった。
 過去がバレてしまったら今の自分の生活が壊れてしまうと、いったんはアンバーの助けを断ったカースティ。
 でも、助けに来てくれないなら、あなたの過去もバラすというアンバーに、カースティは町に向かう。

そんなカースティを家の前で見張っていたのが、ストーカーのマーティン。
秘密の匂いを嗅ぎつけたマーティンは、カースティのクルマを尾行する。

 アンバーが逃げ込んだ場所は、彼女の勤め先の遊園地「ファンランド」だった。
 カースティがアンバーを見つけたのは、ファンランドのオバケ屋敷みたいな施設。
 その一画、イギリスの過去の事件を紹介するコーナーで、語りだす2人。
 それまで、過程を小出しで出てきた、2人の起こした過去の事件の真相がついに明かされる。

 殺してしまった女の子は、事件というよりは事故だった。
 ぐずる女の子を、アンバーが、つい押してしまったことによって起きた事だった。
 しかし、その子をなんとか助けようと、TVドラマで知った蘇生法でその子の骨を折ってしまったり。
 最終的に、死んでしまった女の子を埋めて隠そうとしたことで、世の中から「邪悪な少女たち」と称されるようになってしまった。

 そんな2人の話を、隠れて聞いていたマーティン。
 ついに秘密をつかんだと狂喜するマーティンに気づいたカースティは、今の自分の生活を守るため追いかけるのだが……


 コレ、本屋で見て面白そうだなーって思った時は、帯はなかったんですけど、買った本には帯がついていて。
 そこには、「イヤミス・オブ・サ・イヤーと是非とも授与したい…」とかあって。あれ?コレって、そういうお話なんだ!?って思ってたら…

 うん。ここまでいっちゃうと、イヤミスというよりは、メロドラマに近いかなぁー。
 ていうか、そうか!イヤミスって、とどのつまりは、メロドラマの一種なんだなーって思っちゃいました(笑)

 ストーリーそのものはすっごく面白いんですけど、2人に(特にアンバーに)襲い掛かってくる逆境がくど過ぎる…、んだろうなぁ…。
 たぶん。
 くど過ぎるところが、このお話を、お昼のメロドラマにしちゃった気がしますね。

 2人が子供の頃に起こした事件は、どう考えたって事故なわけで、(マスコミや世間はともかく)ここまで苛烈になるかなーって気がするし。
 アンバーが群衆から逃げ出すのにしても、いくら旦那が連続殺人事件の犯人だからってこんな風になるのかなーって気がします。

 もちろん、どっちも群集心理が引き起こすわけで、実際起こっても不思議ではないんでしょうけどね。
 ただ、ちょっと(お話としては)やりすぎかなーと(笑)

 ていうか、過去に事件を起こしてしまった2人が、家族や周りにバレないかと、日々不安を抱えながら暮らしていて。
 そんな2人の日常に、ひょんなことからマーティンというストーカー気質の男が絡んできて…で、充分面白いお話になったような気がするんだけどなぁ…。
 ていうか、個人的には、その方が全然面白かったんじゃないかって(笑)

 そういう意味じゃぁ、まさに「イヤミス・オブ・サ・イヤー」だったなぁ…(笑)

 とはいえ、イヤミスって、メロドラマの一種なんだ!とわかったのは、収穫(爆)


 そうそう。
 収穫といえば、面白いなーって思ったのは、この作者が物語を進める中で時々現れる妙な唐突さ。

 600ページ近い、結構長いお話なんですけど、アンバーとカースティが出会ってしまうとことか、アンバーの旦那のヴィックが犯人だとわかるところとか。
 そういう物語の重要な場面で、この作者は、予感させる描写や事柄を小出しに連ねて、バーンと持っていくんではなくて。
 ホント、さらっと、唐突にその場面を出しちゃうんですよね。

 道を歩いていて、角を曲がったら、ソレがいて「ギャー!」っていうんではなく。
 角を曲がったらソレがして「あ、なんだ…」みたいな感じっていったらいいのかな?(笑)

 読んでいて、受けた感じがスゴク新鮮だったんで、このテクニックはちょっと盗んでみたいかなーなんて思っちゃいました(笑)
 もっとも、どうすればそうなるのかは、全っ然わかんないですけどねwww




 で、まぁ次、『大いなる謎 平清盛』川口素生著

 平清盛IMG_3109
 

 これは、アマゾンを見ていて古本1円だったんで、つい衝動買いしちゃいました(笑)

 でも、これは当たり!
 何年か前にやってた、大河ドラマの『平清盛』のもやもやしてた部分がクリアーになって、ホント大当たりでした(笑)
 ていうか、そもそも大河ドラマの便乗本でしたwww

 ただ、読んでいて名前が出てきても、さすがにあのドラマのどの人だろ?っていう人が多々いて。
 でも、ま、こういう時ネットは便利ですね。
 当時のホームページが今でも残っていて、それを見ながら、「藤原の家成って、そうか。あの顔の人か!」なんて。
 そんな風に、頭の中がいろいろ繋がって楽しかったです。

 あと、そう、平時忠(時子の弟)って、武家の平氏ではなくて公家の平氏だったんだーって。
 あのドラマを見ていた時はそれなりにわかって見ていたつもりだったんですけど、結構いろんなこと、わかってなかったんだなーって。
 そこが、ホント面白かったー!(笑)

 あんまり面白かったんで、思わずDVD借りて見返してみようかな?って思っちゃったんですけどね。
 でも、あのドラマの“NHKが本気出したら、こんなにスゴイんだぜ”的にバカ張り切りしちゃって。
付け加えちゃった、あのいろんなおバカなことも見なきゃなんないんだなーって思ったら、途端にそんな気ぃ、雲散霧消しちゃいました(爆)


 『平清盛』は、ホンっト面白かったのに、でも、ホンっトいろんな意味で残念なドラマだったなーって、今でも思いますね。
 今やってる『真田丸』も面白いのは面白いんですけど、『平清盛』に時々あった、あの得体の知れなさっていうのはないんだよなぁ…(笑)
 ま、これからに期待! …かな?

 表情…、というか、目つきがスゴかったんですよねー。
 清盛の弟の家盛が死んじゃった後、家盛の実母である池禅尼(当時は尼じゃないですけど)が、自分の子ではない清盛自分の子はでないを見た、一瞬の目つきなんて、もぉ鳥肌たっちゃって。
 寝っ転がって見てたんですけど、思わず正座しちゃいましたもん(爆)

 もっとも、一瞬の目つきの妙は、『真田丸』もいいんですよね。
 「真田丸」の場合は、“間”と言ったほうがいいのかな?
 場面の転換の最後によく登場人物が見せる、思わずクスっとしちゃう、あの目というか間というかは、実は結構期待してたりします(笑)
 前回、信繁が奥さんについて三成に聞いた、その最後の三成のなんともいえない笑みとか、もぉ最高!

 ただ、ま、歴史のドラマとして見るとなると、やっぱり『平清盛の』で登場人物たちが見せた、あの得体の知れない目って、凄味があったよなーって。

 ま、『平清盛』は最低視聴率だったわけで。
 お山の大将(というか裸の王様?)になりたいNHKとしては、それは永遠に封印なんだろうなぁ…。
 
 あぁ~、もったいない(爆)
 なんとかしてよー、総務省ぉ!(笑)





 『真田丸』といえば…。
 今は好々爺として描かれてる片桐且元が、大野治長や淀殿に追い出された後。
 淀殿がいつもいる辺りに大筒打ち込んじゃう、ダーク且元で得体の知れなさを描いてくれたらなぁ~なんて、
 ちょっと期待(笑)




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