2015
12.31

毎年のことながら、今年も気がつけば、えっ。もぉ大晦日!?


 いやもぉ、ホンっトそのひと言(笑)
 とはいえ、ま、大晦日を迎えられただっていうのは、ある意味幸せってことでもあるんだろうなぁ…(笑)


 そんなわけで今年一年を振り返ってみれば、まー、どうしたって後半のことの方が印象が強いわけで(笑)、個人的に怪談が復活しちゃったのが、やっぱり一番かなー。 ←もぉ大したとなかった一年というのバレバレ(爆)

 ま、怪談そのものについては、飽き飽きっていうのは変わらないんですけどね。
 ただ、リアルに怪談会に参加したことで面白くなってきちゃったんでしょうね。

 まー、やっぱり。
 つまりは、人は、リアルな「こと」や「人との繋がり」こそが“刺激”であり“楽しい”ってことなんだろうなぁ…。

 そんなわけで、まぁ来年はそういうことを充実させたいかな♪
 …って、なんだよ。
 これじゃまるでブログじゃん(爆)


 来年はどんな年になるんでしょうねー。
 ま、これはあくまで私の感覚だけど、今の時代の空気感って、どこか80年代前夜のそれに似てるような気がしてしょうがないんですよね。
 
 ってまぁんなこと言った日にゃぁ、80年代アレルギーに人たちがギャーギャー騒ぎそうだけどさ(爆)
 とはいえ、ま、人なんて。誰であろうと、時代の波の中であっぷあっぷしてるしかないわけで。
 来る時代を、目一杯楽しく生きられるようにガンバルしかないんだろーね(笑)

 柳ジョージも歌ってたじゃない。
 ♪あぶく銭で買える幸せをつむぎなら生きてゆこうか~
  人はみんなプリズナー
  見えない鎖に繋がれても踊り続けるよーってさ。

 そういう意味じゃ、つい何年かの日本人って、ダンスはそれこそ学校の授業でもするくらい一般的になったのに、なぜか“踊ること”は忘れちゃったみたいだよなーなんて、やっぱり今年最後も“皮肉”(爆)





 スコットランドの一介のロックミュージシャンが、“俺は東京にいる 夜明けだ 雨がハレルヤと降っている 明るく照らされたネオンの谷で渋谷の歩道をふらつく”なんて、さらりと歌詞にしちゃう今って、いったいどんな世界なんだろ?って、ここ数年の世界的な日本の観光ブームはよくわからないですね。
 *訳詞はCDの江良洋子訳
 ただ、そんな世界的な日本の観光ブームって、たんなる一時の流行り(バブル)なんだろうか?それとも続いていくんだろうか?
 そんな時代、そんな世界でも、日本は、日本人は、移民難民の受け入れを拒否し続けるんだろうか?って。

 でも、オコエ瑠偉とか、サニブラウンとか、あとミスユニバースの宮本エリアナとか、はたまた活躍しているハーフのタレントたちとか。
 あんな風に、今までの日本人と異なる血っていうのは、日本の、日本人の新たな可能性を示してるわけで、そういう意味でも日本人はもぉいい加減移民難民受け入れを真剣に考えるべきだと思うな。 

 思うに、去年11月のパリのテロ事件は、「アラブの春(の嵐)」がバージョン1から2.0、つまりアラブの春から「世界の春(の嵐)」に変わったということだと思うんです。
 それは、何もムスリムの人たちが世界中で事件を起こすってことではなくて、世界中でいろんな価値観を持った人が今の社会にある瑕疵に対して事件を起こすってことなんだと思う。
 そういう意味じゃ、アメリカの「銃乱射事件」とか、日本でここ何年か起きている「“誰でもいいから”殺人」や「“死刑になりたかった”殺人」なんかは、まさにそのはしりとも言えるんじゃないのかな?

 結局それは、“何が幸せなのか?”ってことがよくわからなくなっちゃったってことなんだと思うんだけど、そういう意味でも“違う環境に自分をおいてみる”っていうことが大事なんだと思う。

 そう考えるなら、今の世界の混沌を修復するのは、混沌としちゃった人が「違う環境」でさらに混沌としちゃうことこそが解決の近道なんじゃないのかなぁ…。
 つまり、混沌とした人を違う環境が受け入れてみるor混沌とした人が違う環境を受け入れ見るってことだと思うんだけど、こんなこと言っちゃった日にゃぁ、「テロリストを受け入れろって言うのか!」なんて、全くの勘違いで目ぇ三角にしちゃう人もいるのかなぁ…(爆)

 …って、こんなこと書いてる間にも人口が減ってるっていうのにさ。
 日本の人口が減っているのは、制度の不備のせいだけではなくて、“価値観の変化ゆえ”って、内心は誰だってわかってることじゃない?
 今みたいに、キレイごとやウケ狙いで制度の不備のせいだけにしてたら、日本人が「今の暮らし」を維持できなくなっちゃうのって、そんな先じゃないと思うんだけどな。




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2015
12.29

大槻教授と韮澤さんも、齢…、とったなぁ……


 いやもぉそのひと言でしたね。

 まー、考えてみれば。
 90年代初め?半ば?くらいの「超常現象バトル」からですもんねぇ…。
 
 あぁ~あ。あの頃は、面白かったのになぁ…


 ま、基本的には、大槻教授と韮澤さんの一騎打ちだったっていうのが面白かった理由なんでしょうけどね。

 ただ、それもありつつ、“イタイ人”とか、“変に辛気臭い肯定派の人”みたいなのを出しちゃうのがツマンなくなっちゃう原因なんでしょうね。

 あとは、ツマンナイ動画!
 超常現象番組がツマンなくなっちゃたのは、素人がカンタンに動画を作れるようになったのも大きいよね(爆)

 ていうかさ、ぶっちゃけさ、山●敏★郎とか、もぉ出さないでほしい!
 個人的には、韮澤さんの宇宙人の住民票問題追及よりは、アイツに「その後、ゴム人間は現れたんですか?」って追及してほしいかな!(爆)

 そうそう。
 追求と言えば、肯定派のイオンド大学の元教授の人、あの人ってTV出演大丈夫な人なんだろうか?(笑)


 とはいえまぁ今回、あの“肯定派の人その他大勢”の方々にいたっては、もぉ心底どーにもこーにもでしたね。
 こう言っちゃなんですけど、ひと目見ただけで近寄っちゃダメな人たちっていうか…(爆)

 今はさ、ネットがあるから、あの手の人たちでも活躍の場があるんでしょうけどねぇ…。

 ま、そういう意味じゃ。
 “ネットはバカとヒマ人のもの”っていうのは、確かに言い得て妙なんでしょうね(笑)


 ていうか。
 いたこ(28号)さんも、あんな番組出るなよ!

 あの手の番組出て「ぬらりひょんの写真です」って、それじゃただのバカじゃん(爆)
 そういうことやるから「怪談」がツマンなくなっちゃうだよー(怒)

 ま、いわゆる「実話怪談」とかいう世界じゃ、それなりの地位築いてきた人なんだからさ。
 いくら全国ネットのTVに出演出来るからって、浮かれてあんな連中とホイホイ一緒に並ぶなよ。

 「怪談」っていうのはさ。
 それが事実とかウソとかじゃないでしょ。
 “怖くて不思議なお話を楽しむ”、それが「怪談」でしょ。

 もっとも、今はいちいち頭に「実話」とかつけなきゃしょうがないウソの怪談が多いのも事実なんだけどさ。
 でも、「怪談」っていうのは、それもこれもひっくるめた“玉石混交”であるところが面白くて、怖いんじゃないのかなぁ…。

 ハッキリ言って、“最凶”だの“超怖”といった枕詞がいちいち付く怪談なんて、バカバカしいだけだと思う。
 オバケってーのは、そんなメンドクサイこと、絶体しない!(笑)
 「怪談」っていうのは、しょーもないお話や、地味ぃ~なお話、さらには子供が語るようなお話みたいな、種々雑多なお話の中に「ちゃんと怖いお話」が混じってるからこそ、怖くて面白くなるんだと思うな。


 しっかしまぁ。
 たけしが出てくる番組は基本的にツマンナイっていうのはあるから。
 たけしだって、面白い番組作ろうと思ってやってないでしょ?
 全く期待しないで見ましたけど、いや、ホンっト。心底ツマンなかったですね、あの番組…
 もはや、笑うとこすらないっていうか……

 唯一笑ったのは、たけしのセーラー服のオジサンが走ってったのを見たのを誰にも信じてもらえなかった話をした時の“絶妙な間”と、大竹まことの十八番のツッコミぼやき、くらい?

 あとは、今年の暮れも大槻教授と韮澤さんの顔が見れたことが収穫!(笑)
 たけしと大竹まこと、大槻教授と韮澤さん、あとナレーターの女の人の5人だけでやれば面白いのに!

 ということで。
 ホンっトツマンない番組なんだけど、来年もやるなら、まぁたぶん付き合っちゃうんだろうなぁ…(爆)
 ただし、動画と山●敏★郎が語るとこは早送りで見ます(爆)




 ていうか。
 正月2日は、「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」またやるんですってね。

 今回は、水戸偕楽園~長野善光寺だとかで、こちらもしばらく低迷状態のあの番組としては、久々に難コースって感じでかなり期待です(笑)
 もっとも、最近のテレビ東京って、何年か前の面白さ、欠片もなくなっちゃったからなぁ…。
 どーなんだろ?かなり心配(爆)




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2015
12.27

なんでだろ?

Category: 怪談話-番外

 心霊動画って、何で必ずオチがついて、そこで映像が終わるんだろ?

 心霊動画に出てくるオバケって、何で必ず一度見えなくなって、
 その後誰かの後ろにいるんだろ?

 心霊動画に出てくるオバケって、何でどれも間違い探しみたいな顔なんだろ?

 心霊動画って、何で窓の外の人影を見ようと窓を開ける前、一瞬しょうゆを写すんだろ?

 ていうか。
 心霊動画に出てくる(生きてる)女の人って、みんな何であんなに料理がヘタなんだろ?

 えっ、何?
 ソコは突っ込んじゃいけないとこなの?(笑)

 




   ていうか、そんなモン見てるヒマあったら年賀状でも書け!って?(爆) 

 
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2015
12.23

明後日は、メリークリスマスでんがな ←なぜか関西弁



 クリスマスですねー。

 クリスマスといえば、プレゼントですがー。


 ってことで、



 アラタァタニモォ チェルシー アギタァイ


 って、ウソウソ。
 コレ、ウマいんで、絶対あげたくありません。
 1人で全部食べたいです。


 ま、そんな今日は、クリスマスイブイブ(笑)



 

 で、このプレミアムチェルシーとやら。
 “濃厚カラメリーゼ”味だったり、“なんだらパティシエおススメ”だの、やったら、ヘソで茶ぁ沸いちゃいそうな言葉が並んでますけど、そのわりにはすんごくウマイです(笑)

 ていうかー。
 光の加減でシルバーのクロスの模様が見えたり、見えなかったりするシャレたパッケージなのに、な~んで、上にズラズラキャンペーン情報とか載せるかなぁ…。

 いやもぉまさに、文字中毒、情報中毒の最近のニッポン人…(泣)

https://www.youtube.com/watch?v=DH3hd9E6N6o


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2015
12.21

怪談話-15.12.21

Category: 怪談話-番外


 もうずいぶん前のこと。
 東京のある地域でマンションの建設計画が持ち上がって、付近の住民と結構揉めたことがあったとかで。
 ただ、最終的に賠償とかあったのか、ま、その辺りの詳しいことはわかりませんが大半の住民とは和解に至ったんだそうです。

 しかし、ある一人暮らしのお爺さんだけは全然和解に応じなかったらしくて。
 とはいえ、1人くらいの反対は無視されてしまうんでしょう。
 あっという間にマンションは建って。
 そこに住民が引っ越してくるわけですが、それはそのマンションに人が住むようになってしばらくたってからのことだったといいます。
 マンションの敷地にゴミが撒かれているということが頻繁に起きたらしいんです。

 もっとも、そのことはすぐにマンション建設時に最後まで反対していた、例のお爺さんの仕業と知れるわけです。
 それは、そのマンション住むある人が、深夜にそのお爺さんがゴミを撒いているところを見て取り押さえたから…、となっているからです。

 ただ、それというのは、人々がその一連の出来事を話す中のたんなる憶測がひとり歩きして、もっともらしい噂として広まったものなのかもしれない。
 というのは、その人が一連の出来事の最初の人だったということだからです。
 つまり、最初に亡くなった人……


 エントランスにあるベンチで亡くなっていたんだそうです。
 心不全ということになっているらしいですから、つまりそれは事件性はないけど死因は不明ということなんでしょう。
 それなりに年配は年配だったらしいのですが、普段から元気な方だったとかで。
 お通夜に訪れたマンションの住人たちは「元気だったのに…」と、しきりに話していたんだとか。

 その時点では、当然ながらマンションの住民たちはたまたま起こった不幸としか思ってなかったらしいです。
 というか、かなり大きなマンションだそうですから、そんなことがあったことすら知らない住人も多かったんじゃないでしょか。
 ただその後。
 そのマンションに住む人達の間で不幸だったり、大きな事故に遭ったり大病を患ったりというのが妙に続くようになって……

 いくらご近所つきあいが希薄な現代とはいえ、不幸があればそれなりにわかります。
 最初は「どこそこの誰々さんが…」と好奇心半分で噂をしていた住人たちでしたが、あまりに続く不幸に「えっまた…」って眉をひそめながら噂し合うようになって。
 それはやがて、「どこそこの家であって、次がどこそこ。そしてどこそこだから、今度はあの家だと思う」なんて根も葉もない噂をしたり、さらには「どこそこで先週亡くなった誰々さんを見た…」みたいな話まで。

 小さな子供たちは噂に怯えて…、というよりはその手の噂話をする大人たちが醸し出す空気感におびえて家から出なくなってしまったんでしょう。さらに、そういった噂をネタに陰湿なイジメが蔓延ったり。
 やがて、それは子供たちほどではないにせよ、というよりもっと陰にこもった形で大人たちにまで広まって。
 そして、そのことでノイローゼになった人が、また新たな不気味な噂のネタになっていく。

 その頃になると、大人の男性ですら、マンションの敷地に入ってから家の玄関までは怖々と歩いているようなありさまだったそうです。
 エレベーターや廊下で顔を合わせても、ろくろく挨拶もしなかったり、逆に人がいることでホッとしてみたり。
 とはいえ、夜は家々に明かりが点いていることで人の気配が感じられるだけまだよかったそうです。
 雨の降っている平日の昼間なんて、マンションのどこを見ても全く人の気配が感じられず、シーンと静まり返っていて。
 その不気味さといったらなかったっていいます。


 そんな状態が2年近く続いたある日。
 例のマンション建設の折に一人和解に応じず、その後ゴミを撒き散らしてた(という噂の)お爺さんの家で葬式があったんだそうです。

 亡くなったのは、そのお爺さん。
 しかし、マンションの住人はといえば、そのすっかり見慣れてしまった光景を特に意識もせず横目で見ているだけだったそうです。
 というのも、ほんの一握りの人を除いてそのお爺さんのことなんて、すっかり忘れていたらしいんです。
 いや、その人たちだって、その時はたぶんそんなこと忘れていたのではないでしょうか。

 でも、それを思い出したのは…
 「最近、不幸とか事故とかなくなったよね…」と、そのマンションの住人たちが気づいた時だったそうです。
 そしてそれは、
「そういえば、あの家…。
 ほら、あのゴミの一件の、あのお爺さんが亡くなった頃くらいからだよね……」
と思いあたったと。

「えっ。なに?じゃぁそれって、つまりそういう…!?
 えぇぇ、でもそんなこと…(ホントにあるの?)
 うーん…。でも、確かに最近キッカリなくなったよねぇ…。」
 もちろん、そんな呪いみたいなことがあるなんて誰だって100%思うわけじゃない。
 思いはしないけど、でもあのお爺さんが亡くなったくらいから、あれほど続きまくっていた不幸や事故がピッタリ無くなったのは確かなことだった。



 まぁそういうお話なんですが…

 ただ、このお話ってどうなんでしょうね。
 出来事を都合よく関連付けて、怪談のセオリーに則って解釈していけば、どんな不気味な怪談にだってなってしまう典型のお話という気もするんですよね。
 不幸や事故、病人が続いたっていうことにしても、そのひとつひとつを具体的に把握していた人がいるとはとても思えませんしねぇ…。

 つまり、たまたま続いた(気がついた)偶然に対しての無責任な噂とその伝播、そしてその相乗効果の中で生まれた、いわゆる「都市伝説」にすぎないといってしまうならば、まさにその通りなのでしょう。
 ただ。
 「偶然」があまりに続くなら、“そこには何らかの要因があるのでは?”と考えることも必要なわけで…。

 と、まぁなんとも煮え切らないお話ですけど、でもそう考えると、本来なら煮え切らない話を語り手が独断で煮え切らしちゃったのが、つまり「怪談話」ってことなのかなーなんて(爆)


 ―― 怪談話-15.12.21『なんとも煮え切らない話』〈了〉


注!無断転載禁止
  断りなく転載されるのは非常に不愉快です。やめてください
  ブログの記事は全て「著作物」であり、著作権法の対象です。
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    ちょっと剣呑で、ゴメン(^^;)




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