2015
11.23

怪談15.11.23―仮題「山の怪談」後編

Category: 怪談話-番外
 前編は、雑誌の読者投稿欄にあったお話でした。
 実は、その雑誌の読者投稿欄のネタって、前にも使わさせてもらったんです。
 かれこれウン十年前の雑誌の記事ですしね。
 というか、せっかく面白いお話なのに、埋もれさせたままなのはもったいないってことで。

 というわけで、私が記憶を探りつつ、私なりの文章でブログに書いちゃう分には問題ない…、というか、この節お決まりのコピペではないわけで、まぁその辺はご勘弁を!と(笑)

 まぁそんなわけで免罪符を得たことで、次のお話に行きたいとこなんですけど、ま、それはまたの機会ということで、後編は私ネタです。
 「えぇぇー」なんて不満の声をあげてる人、誰?(爆)

 …って、まぁ怪談で、これだけ(笑)だの、(爆)だのが出てくるって何なんだよって気もするんで、怪談に行きます。
 やっぱり怪談ですから。“呪”とか“怨”とか、はたまた「実話」怪談大定番の“禍々しい”を使わなきゃダメですよね(爆)


 N県のQ岳にあるZ小屋に幕営(テント泊)した時のことです。

 稜線上にある幕営地の場合、水は小屋から買わなかえればならないことも多いのですが、Z小屋の幕営地には水場がありました。
 ただ、ちょっと離れていて…

 ま、離れているといっても、幕営地から歩いて10分か15分くらいでしたかねー。
 その日、Z小屋の幕営地には結構早く着いちゃって。
 午後から、お決まりの昼寝をたっぷりと楽しんだわけなんですが、ま、そんなこともあって夕飯を食べ終えるのも早かったんです。

 確か、その時っていうのは9月だったと思います。
 夕飯を食べ終えて後片付けを終えた時、辺りはまだ明るかったんですから、たぶん6時前後じゃないでしょうか。

 ちなみに、山(テント泊)での食事の後片付けっていうのは、食器や鍋を洗ったりはしません。
 水を少量たらして、通称ロールとかレッパーと呼ばれる、トイレットペーパーで拭き取るだけです。
 つまり、“出るトコ”と同じ♪(笑)

 山では環境の保全が何より大事で、かつ水が貴重というのはありつつ、ま、水を汲みに行くのが面倒くさいというのもありますよね。
 そのZ小屋の幕営地の水場も、10分だったか15分だったか歩くわけですから、今考えてみれば下界で自宅からコンビニに行くより遠いわけで、山ってやっぱり不便なんだなーってあらためて思います。
 思ったんですけど、タワーマンションの上の方に住んでる方って、コンビニに“ふと思いたって”行ったりするんでしょうか?

 夕飯を食べ終えたといっても、さすがにすぐは寝ません。
 通常は、テントの中でおしゃべりをしながら紅茶をいれたりします。
 紅茶をいれるには当然水が必要なわけで、また夜に目が覚めて水が飲みたくなるかもしれないし、朝食を作るのにも水を使います。

 そんなわけで、「暗くなる前に水汲み行ってくるか」と、私は友人の1人と出かけたんです。
 ヘッ電(ヘッドランプ)は持っていきませんでした。
 だって、夕方から曇ってきたとはいえまだ明るかったし、歩いて10分か15分の所でしたから。
 というか、その時はヘッ電を持ってくなんて考えもしませんでした。

 そのことを後悔したのは、水を汲み終わった時でした。
 チョロチョロと流れる水をやっとポリタンに入れ終わって立ち上がった瞬間、辺りが暗くなっていたことに気がついたんです。
 もっとも、それは水場が谷の方に降りた所にあるために余計暗く感じたのですが、それでもいきなり暗くなっていたことには変わりありません。
 幸い、水場への樹林帯を過ぎれば開けるので、暗くなったといっても見通しはききました。
 ところが、今度はいきなり霧が出てきて。
 しかもその霧、みるみる濃くなっていって、辺り一面すっぽり覆ってしまったんです。

 とはいえ、歩いて10分15分のところなんで、帰る方向もちゃんとわかっていました。
 また、足元に見える道をたどっていけば、霧の中から見覚えのある岩が出てくるので迷う心配はしていませんでした。

 その時は私が先頭、友人がその後を歩いていたのですが、それは幕営地に真っ直ぐ通じる道の手前、その道を直角に曲がる前の岩だらけの道を歩いていた時でした。

 濃い霧で相変わらず前方が見えない中。
 ますます暗くなった足元と、霧で見えない前方を交互に見ながら歩いていた時でした。
 その前方、霧の中、いきなり人が立ち上がるのが見えたんです。
 それもその人、この暗がりに上から下まで真っ白の服を着て、何をするでなくボーっと立ったまま。
「んぐっ……。」
 いやもぉ、あまりの驚きで声も出ません。
 さらに、首の周りからゾワゾワーっとしたものが中心に集まって、それがスーッと背中に降りていく。

 頭の中は、もうパニックです。
 あ、あれ。前のアレ、何なんだよっ!
 ああいう時って。そう思うなら止まればいいのに、足がいうことを聞かないんです。
 自分では止まりたいと思っているのに、足は今までの歩調のまま、勝手にスタスタ歩いて行くのです。
 前に立っている真っ白い服の人の方に……

 って、それ。実は、立ち枯れて白くなった木だったんですけどね(笑)
 とはいえ、それが立ち枯れた木だと気がついた時は、もぉホッとしたなんてもんじゃなかったです。

 面白かったのは、私がそれを木だと気がついてホッとした瞬間。
 後ろから、「何だ、あれ木かよ。無っ茶苦茶怖ぇー」と友人の声が聞こえてきたんです。
 聞けば、友人もやっぱり真っ白い服を着た人が急に立ち上がったように見えたとかで。

 ま、思い起こせば、直角に曲がる所の脇に立ち枯れた木があったっけってことなんですが、とはいえその木が人の姿に見えるなんて思いもしませんしねぇ…(泣)


 って、何だよ。結局、ドロン系の話かよ!って怒ってる人もいるかもしれませんが、ま、今のは前振り(爆)
 *ドロン系の話…オバケと思ったら違ってたという系統のお話。
  “ジャンキー”と称する怪談オタクに話すと怒りだすので要注意(笑)

 そんなわけで、いよいよ本題に入るわけですが、それはそんな話をAさんにした時でした。
「Q岳のZ小屋の幕営地?あー、あそこはいいよね。
 でもさ。実はあそこ、出るって話も聞いたけど。」
「えー、ホントに?」
「うん。知り合いのBさんって人が泊まった時、変なモン見たって……。」


 酷く蒸し暑い夜だった。
 そのせいで目が覚めてしまったBさん。
 時計を見れば、12時前。
 外の空気を入れようとテントから顔を出したBさん。フライシートのジッパーを上げようとして、それがビッショビショなことに気づいた。
「あれ…。雨降った?」
 ジッパーを上げるBさんの手に、水がたちまちしたたってくる。
 さらに、フライシートの片側が内側にだらりと下がってきて見えた外の妙な感じに一瞬戸惑うBさん。
「うん!?」
 フライシートのジッパーの間から見えた違和感は霧だった。

「すごい霧だなぁ…。」
 手に持ったヘッ電(ヘッドライト)の明かりは、何も照らさない。すぐ前で漂う霧にぶつかって、ぼわんと光ってるだけ。
 2、3メートルほどのところに大きな岩があって、寝る前には見えたのだが、それすらも霧の中だった。
 下を照らせば、地面も転がっている石もびっしょり濡れている。
 ただ、それはやっぱり雨ではなく、霧で濡れたようだった。
「ふぅ…。」
 ため息ひとつ吐いたBさん。テントに戻れば、中は相変わらず蒸し暑くて、またため息。
 よっぽどテントの入り口を開けっぱなしで寝ようかと思ったが、この霧じゃそういうわけにもいかない。
 外はそれなりに涼しくなっていたから、テントの中もその内下がってくるはずなのだが…。

 このまま寝ようかどうしようかとか、また、明日の朝テントをたたむ順番とか、いろんなことを真っ暗なテント中、一人座って思い巡らしているBさん。
 いきなり「そう!」と、靴を中に入れておかないと霧で濡れちゃうと、慌ててテントの中に入れてみたり。
 そんなことをしていて、気がつけば時間は12時半を回っている。
 4時には出発する予定だった。
 と、なれば2時には起きなければならない。
 Bさんは、慌てて寝ようとシュラフに入ろうと、ふと。
 暑いので、とりあえずテント本体は出入り口を上半分だけ開けて。ただし、フライシートだけはきっちり閉めておくことにした。


 何だかんだいって、前日の登り一辺倒の行程で疲れていたのだろう。
 あっという間に寝入ってしまったBさん。
 でも、ふいに意識が半覚醒して。
 というよりは、わーっと音のようなものが押し寄せてきた感覚にパッと目が開いた。
「……。」
 え、金縛り?
 体が全く動ないことに驚くBさん。初めてことで、無性に不安で、かつ変な怖さがあった。
 ど、どうなって、え――。
 何とか体を動かそうともがいていたBさんだったが、ふとテントの外にある人の気配に気がついた。
「だ、だ、誰…。」

 物音がするとか、息が聞こえるとかというのではなかった。
 外は真っ暗だったから、人影がテントに映っていたというのでもない。
 ただ、そこに人の気配がある。
 それは、じーっと。テントの中を見ているように。
 そして、なぜかそれがそこに立っていることもわかった。
 今、Bさんとその気配を隔てているものは、テント本体とフライシートの2枚の生地だけ…

 そのこともさることながら、Bさんはそんな事態に全く体が動かないことが恐怖だった。
 だから、何とか体を動かそうと、動かそうと、動かそうと、動かそうと。
「う、うっ、うーーーー、わっ!」
 自分の声が聞こえたと思った時には、Bさんは一気に体を起こしていた。
 とるもとりあえず枕元のヘッ電のスイッチを入れて、すかさず入り口に向かって身構えたBさん。
 何か武器になりそうなものはないかと見まわすが、目についたのはメンツ(食器のこと)の上のブキ(フォークやスプーンのこと)だけ。
「だ、誰だ…。」
 それは、ヘッ電を左手に持ち替え、右手にはブキを持ったBさんがやっと出した擦れた声。
 ……。
 でも、何も返ってこない。
 霧が出ている時特有の、聴こえるような聴こえないようなジーっというあの音が耳にまとわりついて来るだけ。
「誰だ。な、何なんだ。」
 その瞬間、“ゴッ、ゴッ”という音がテントの外でした。
 間違いない。それは登山靴で岩の上を歩く時の音だった。
 それが登山靴の音であったことで、それは人だと、Bさんはある意味安心したのだろう。
「何なんだ、こんな時間に!」
 強くしっかりした口調で言いながら、一気にテントの出入り口のジッパーを開け、さらにフライシートのジッパーを払うように引き上げた。
 ゴっ、ゴっ、ゴっ、ゴっ、ゴっ…
 走って行く登山靴の音がハッキリと聴こえた。
 Bさんは、それを追うように体をテントの外に突き出す。
 ゴっ、ゴっ、ゴっ、ゴっ…
 遠ざかっていく、登山靴の音。
 それを追おうと、まだ暗い辺りに視線をさっと走らせるBさんの目。
 と、同時に霧がすっかり晴れていることに気づいた。
 山は、稜線やその近く、森林限界以上の場所だと、夜でも比較的見通しがきく。
 ゴっ、ゴっ、ゴっ……
 それは、Q岳の山頂へと向かう稜線から。
 どんどん小さくなっていくその音の主の後姿に、やっと追いついたBさんの目。
 しかし…。


「でさ。その幽霊…。」
「ユーレイ?え、人じゃなかったの。」
「Bさん、たぶんあれは男だったって言うんだけど、服を着てなかったみたいだって…。」
「えぇっ。服着ていないって、つまり、すっぽんぽん?
 何なのソレ。
 あ、でも足音がしたんだから、ザン靴は履いてたってことだよね。」
「そう、なんだろうなー。」
「それさー。いわゆる“そういう人”だったんじゃないのー。
 60年代だか70年代だかに、“ナチュラリスト”と称する、
 山で、夜に裸で歩くのが好きな人がいたって話を聞いたよ。」
「うん。たださ、そこってZ小屋の幕営地なわけよ。
 行ったことあるなら、わかるよね。
 あの、大きな石がゴロゴロしている幕営地…。
 あそこを夜の真っ暗い中だよ。」
「あ…。」
「しかも、Q岳の山頂に向かう道っていったら…。」
「そっか。おっきな岩がゴロゴロだもんなー、あの道。
 でも、じゃぁ…。」
「うん。Bさんが言うには、他にも見た人いるらしいよ…。」



  ―― 『山靴の音(ただし、“変な”山靴の音www)』〈了〉


注!無断転載禁止
  断りなく転載されるのは非常に不愉快です。やめてください
  ブログの記事は全て「著作物」であり、著作権法の対象です
          ↑
       ちょっと剣呑で、ゴメン(^^;)




スポンサーサイト
Comment:0  Trackback:0
2015
11.22

『人間失格』って、もしかして日本の戦後サブカルチャーの源流だったりする?

Category: R&R

入間四角
こういう表紙で、もっと出してくれないかなー
 

 実は、キライなんです。
 太宰治!(笑)

 こんなこと言ったらファンの方には怒られちゃいそうですけど、あの顔がねー。
 うん。キライ(笑)

 何でだかわからないんだけど、太宰治の写真を見るたんび、「うっわぁー、信義の足らなそうな人だなー」って(笑)

 とか言って、中学校の教科書に載ってる『走れメロス』は信義を守るお話だったりするわけですがー(爆)


 でもね。
 “人って、とかくないものねだり”なものじゃないですか。

 例えば、何かと言えば“ヨーコ、ヨーコ”歌ってたジョン・レノンが、オノ・ヨーコと別居して好きなことやっていたように。

 自分に“そのこと”が欠けていると痛感するからこそ、“そのこと”の素晴らしさを高らかに謳いあげられるっていう面はあるんじゃないのかなぁ…(笑)


 そんな太宰治嫌いな私(ていうか、文学って嫌い!)が『人間失格』を読んでみたくなったのは、夜中にやってた『ザ・プロファイラー』って番組を見たからです。

 『ザ・プロファイラー』って番組はBSの番組らしくって、詳しくは知らないんですけど、ま、太宰治をプロファイル……、
 というか、ま、「プロファイル」というよりは、番組として普通に取り上げてたわけですね(笑)


 いや、うん。最初は特に面白くなかったんです。

 ゲストが、例によって又吉さんで。
 「又吉さんは、芥川賞貰ってから、顔が辛気臭くなったなー」な~んて思いながら見てたんです(笑)

 前半のセルフプロデュース云々の話も、それこそ「まさに信義に足らないヤツだったんだ」みたいな感じで(爆)
 ただ、後で考えてみたら、“信義に足らない”って、作家の才能の一つですよね(笑)


 それが、「あっ!太宰治って面白いのかも?」と思ってしまったのは、例の心中未遂で相手を死なせた後。
 本人のじゃなく、作中の方の心中ね

 主人公の所にやってきた(失格仲間の)堀木に、
 「お前の女道楽もこの辺でよすんだね。これ以上は、世間がゆるさないからな。」
と、言われて。
 主人公が、「世間というのは、君じゃないか。」と言いかけてやめるシーン。

 そのシーンは、実は戦時中と戦後で言ってることやってることを、臆面もなくガラリと変えてしまった「世間(の人々)」に、太宰治が言いたかったことじゃないか、と解説したのを聞いた時でした。

 いや、私。
 思わず、「それって、パンクじゃん」って(笑)


 そうなんですよ。
 「パンク」っていうキーワードをもらうと、太宰治って、(私は)スッゴク理解しやくなっちゃったんです(笑)

 だって、そういう風に見ちゃうと『人間失格』なんて、もろジョン・ライドンじゃないですか。

 というと、「えー、ジョン・ライドン!?シド・ビシャスじゃななくってー?」って言う人も多いと思うんですけどー(笑)

 ま、確かに。
 “破滅に突き進んでいく”という意味では、確かにシド・ビシャスのイメージと重なる気はします。

 ただ、それは、あくまで主人公の葉蔵なんですよ。

 よく言われるように、確かに葉蔵は太宰治の分身なんでしょうけど、でも、“完全にイコールではないはず”ですよね。

 つまり、“太宰治は『人間失格』を書いている時点で(気持ちが)既に死に向かっていた”みたいなことを言われるわけですが、それはあくまで“後付けの話(他人の解釈)”であって。

 人としての太宰治は“自殺するつもりは全然なかった”と、私は思うんですよねー。

 いや。もちろん、作家としての太宰治が『人間失格』を書く中で、“気持ちがソコに追い込まれていった”という面は確かにあるのかもしれませんよ。

 でも、人としての太宰治はそうではなく、むしろもっとポジティブだったように思うんです。
 ポジティブだからこそ、ああいうナルシシズム100%の自分の写真と撮らせるんだと思うんです


 ていうか。
 太宰治は「文芸作品」、つまり自己表現として『人間失格』を書いたわけですけど、それは小説という“一種の商品”を書いたということでもあるわけじゃないですか。

 そこは、“忘れてはならない”と思うんですよ。

 人間なんて、それも何十年と生きていれば、キレイごとじゃやってられないわけです。
 それは、太宰治だって同じはずです。

 そういう意味でも、作家のスタイルとしての太宰治は『人間失格』なのかもしれませんけど、でも、人としての太宰治とは必ずしもイコールとは限らない…、と私は思うなぁ…(笑)
 

 ていうのは、これは「プロファイラー」と「100分de名著/斜陽」を見て思ったことですけど、太宰治の小説って、表面的には絶対的にと言っていいくらい自己否定しつつ。
 でも、裏では無茶苦茶自己擁護してるという構造があるわけ、ですよね?(爆)
 
 それは、この『人間失格』も同じ、じゃないですか。

 つまり、太宰治は、結果(運命)として『人間失格』で破滅(死)に向かっていったように見えるだけど、実際に死に向かうしかなかったシド・ビシャスとは全然違うタイプの人間で。
 むしろ、パンクの本質である「自己否定」を実践して。それで成功を手に入れ、結果、自己を肯定した(自己実現を果たした)人であるジョン・ライドンの方が近いように思うんです。

 そう考えちゃうと、ジョン・ライドンの周りに、シド・ビシャスやマルコム・マクラーレンみたいな人たちいたように。
 太宰治の周りにも、そんな人たちがいて。
 そんな人たちが、『人間失格』の登場人物のモデルになっているのかもしれませんね。
 さしずめ、堀木はマルコム・マクラーレン?(爆)


 そう考えていくと、太宰治って、60年代後半~70年代半ばあたりが青春期にくるように生まれてたら、かなり面白いヒトになってたんじゃないかって(笑)

 ていうか、現在だったら無茶苦茶ラジカルなお笑いとかやってたりしたのかもしれませんね。

 あ、いや、だから私、太宰治はファンでも何でもないんで。
 あくまで、『人間失格』を1冊読んだだけのヒトの「たわ言」ですからね。
 ツッコミは大歓迎ですけど、そこんとこヨロシク(笑)
 あー、そうそう。そういえば、意外と今だったら矢沢永吉みたいだったかもしれませんね。太宰治(爆)


 でね。まー、それはそれとして。

 この『人間失格』を読んでつくづく思うのは、
 (過去はともかく)今の日本で、なぜこの小説がこんなにもてはやされるのだろう?ってこと、なんですよ。

 いや。文学作品として、内容、構造、文体が優れているのは確かなんでしょう。
 
 もちろん、「何言ってんだ。そのどれもが最低だ!」って言う人もいると思います。

 でも、“こんなクソ面白くもないストーリーを読ませてしまう(笑)”っていうのは、絶体何かあるわけですよね。
 ていうか、あの読点が延々と続く文章を読まされているのに、筋はちゃんと追っていけるのは何故?(笑)


 ただね、思うんですよ。

 例えば、誰にも知られてない太宰治の小説が発見されたとして。
 かつ、それが、『人間失格』に勝るとも劣らないデキだったとして。
 それを、それこそ今の日本のベストセラー作家といわれる人が、「自分の小説だ」と世に発表したとしたら…

 ま、ベストセラー作家の小説(として世に出るわけ)ですから、出た当初こそ話題にはなるでしょう。
 「よかった」という人もいるでしょう。

 でも、それはおそらく、広く「世間」で読まれることはないと思うんです。
 
 ましてや、『人間失格』のようにずっと読み続けられるってことはないんじゃないでしょうか?

 でも、『人間失格』は、広く「世間」で読まれている。

 もちろん、それは『人間失格』が優れているというのはあるでしょう。

 でも、昔から読まれてきた、あるいは昔から名作とされてきた「ブランド力」というものもあるはずです。


 というか、『人間失格』のブランド力というのは、「人間失格」というブランド名(ネーミング)のインパクトによるところも多いんじゃないのかなぁ…。

 ネーミングのインパクトが、ネット時代によってより加速した「バンドワゴン効果」によってより強くなって、その結果、ある意味安易な帰結として読まれているという面も強いように思うんですけど、どうなんだろうなぁ…。
 *バンドワゴン効果(ウィキペディア)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AF%E3%82%B4%E3%83%B3%E5%8A%B9%E6%9E%9C


 ていうか。
 そもそも、太宰治が生きていた時代と今では、「世間」に溢れる娯楽の量が全然違いますからね。

 今の世に太宰治が生きていて、今の世にマッチした『人間失格』を書いたとしても、いいとこ“今年のベストセラーとして消費されて終わり”だったりするのかもしれません。
 それこそ、本職はお笑い芸人やってて、本を書いたら芥川賞!だったり(爆)
 

 あと、思うのが『人間失格』って、今は『人間失格』を中高生の夏休みの課題図書にしたり、逆に中高生が「宿題としての読書感想文の題材」のチョイスとなっている風潮があるみたいですけど、なーんか変な風潮だなーって(笑)
 
 だって。
 『人間失格』から、“中高生が何を学べ”って言うんです?

 『人間失格』を読んで、
 人生は、ほとんどの場合キレイごとでは生きていけない。
 むしろ、「堀木」のように、あるいは「世間」のように小狡く薄汚くでも生きていくことが大事なんだなーなんて。

 そう生きるしかないからこそ「キレイごと」は大事なんだと、ちゃん諦観した後に“ポジティブに悟れる”中高生って、ほとんどいないでしょう?(笑)

 いや。中高生って、ホントはソレがわかるくらい賢いはずだと思うんです。
 思うんですけど、でもこれだけ“キレイごと絶対主義”が蔓延った今の「世間」で、ソレをわかれっていうのは酷なんじゃない?


 ただまぁ、例の又吉さんもそうだけど、「100分de名著/斜陽」で伊集院光も「中高生の時(人間失格を)読んでハマった」と言っていたように。

 “それにハマれない”っていうのは、私の感性がやっぱりそれだけ“鈍い”ってことなんだろうか?とも思っちゃうわけでー(爆)


 とはいえ。
 又吉さんの言うところの、「人間失格を読んで、これはオレだと思った」というのは、
太宰治が、読者をそんな風に思わせるように書いたってことなんじゃない?とも思うんですよねー(笑)

 つまり、クリスティーの『春にして君を離れ』を読んだ人が、“自分を、あるいは周りの人を主人公と重ねあわせて、不安な気持ちに陥る”っていう感想を持つ人が多いように。
 私は、それは、クリスティーが「エンターティメント」として、読者が“読後に不安感に陥る(ということを楽しむ)”ように書いたんじゃないかって思う方なんですけど、つまり『人間失格』もそういう面があるんじゃないかって思っちゃうんだけどなぁ…。



 って、まぁそれはそれとして(笑)

 (ま、こんなこと言ったら怒られるかもしれませんけど)実は、『人間失格』を(初めて)読んで、何がビックリしたって『野田と申します』の出だしって、人間失格のパロディだったってことです。←遅いっ!(笑)
 ていうか、『野田と…』は、全体に人間失格がモチーフになってるのかな?

 その他、なんとなくですけど、シンジくん(エヴァンゲリオンの)とか、アムロ・レイとか、それこそのび太とか、それらの作者は太宰治に影響を受けてるんだろうなぁ…なんて。

 もしくは『人間失格』の人物設定を元に、それらのお話を作ってるのかもしれないなぁ…なぁ~んて(笑)

 そういう意味でも、太宰治って、(本人からすれば)“早く生まれすぎた”ってことなんでしょうね。

 60年代後半が青春時代に生まれていたら…、というか、そう!太宰治が70年代に生まれてATGで映画つくってたら幸せだったろなぁ…。
 そういう意味じゃ、(太宰治からすれば)“世代間格差だー!”ってこと?(笑)

 ていうか、ていうか。
 太宰治って、結局、日本の戦後のサブカルチャーの元祖であり、それを担ってきた人たちの精神的支柱なのかもしれないなーっていうのは、スッゴク思いましたね。

 ま、そんな意味でもこんな意味でも、『人間失格』って名作なんだってことか!(笑)




        うん。ナルシシズムって必要なんだなぁ…、って思った(笑)


 ちなみに。
 こんだけ思いつくままズラズラ書いたのに、肝心なことを書けてないんだよなぁ…って思うわけで、そういう意味でも太宰治ってスゴイ!と思いました。

 ……とさ(笑)


Comment:2  Trackback:0
2015
11.21

炒飯にビックリしたこととか、2030年のこととか…(爆)

 タイトルを見て。

 「なんだよー。流行りにのってんじゃねーよ。ばーかー」
 とか言われちゃいそーですけど、でも、周りがやたら話題にしてたもんでー。

 つい、スーパーで買っちゃいました。
 冷凍食品のチャーハン!(爆)


 レンジが回って、ちょっとしたら、いい匂いがプ~ンって。
 いやはや。途端にハラが減ります。


 んで。
 出来上がって、まず見た目。

 「うん。まぁうまそーじゃん」なんて、まだちょっと疑いまなこ(笑)

 でも、口に入れたら、思わず「おー!」って一瞬目ん玉真ん丸。

 矢も楯もたまらず、ガツガツガツ半分くらいかっこんで。

 やっと落ちついて、「うーん。ちょっと味か濃いかなー」なんて(笑)


 いや。ほんとビックリしちゃったくらいの出来なんです。

 米粒の焦げたちょっとゴソゴソする、炒飯のあの食感とか、ほんとスゴいなーって。

 ただ、ここまで出来ちゃっただけに、「もう少しシンプルな味付けでもよかったんじゃないかなー」なんてケチつけたくなりますね(爆)


 あと、これは、食べ終わってちょっと経ってから感じたんですけど、口に油感が残るかなー。 ←けっこー気になった

 でも、そういう意味じゃ、「(いい意味で)子供の頃親が作った炒飯…、というか「焼メシ」というかのテイストに近いのかも!」とか、思っちゃいました。
 そのTVでは、もはや炒飯の合言葉と化した感のあるパラパラではなく、“しっとり”というキーワードが盛んに言われてたそうですけど、そういう意味でも「焼メシ」かなーって(笑)

 あ、もちろん「焼メシ」よりはゴージャス(冷凍食品でゴージャスって変か?www)なんですけどねー。

 ていうか、「商品」であるがゆえに、良くも悪くも“完成されてる(されすぎちゃってる?)”ってことなのかな?(笑)


 しかし、こうなると「ウマイ」というもう一つのメーカーのも食ってみたくなりますね(笑)


 ていうか、ていうか。
 こうなったら、伝説の「林さんチャーハン」を冷凍食品で出して欲しいかな♪(笑)
 もちろん、林さん監修でね!(笑)

 11/22:追記
 今朝、残りを食べて思ったのは、葱の千切りをもっと増やして欲しいかなーって。
 (但し、もっと薄切りにして!) 
 あと、胡椒をもっと利かせて欲しいなーって思いました。

 11/29:追記
 TVで紹介していたという、もう一つのメーカーのも食べてみました。
 うん。まぁ同じ?、か、なぁ……(しいて言えば、こっちの方が見た目がいいかも?)
 うまいのは、うまい。それは間違いない。
 でも、味付けが“濃い”というか、チャーハンはもうちょっとシンプルな味付けの方が、私は好み、だ、なぁ…(笑)

 ていうか、2つのメーカーのヤツ食べてみて、あらためて思ったのは、これって、この内容量でいいの?
 (私は)半分では、1食に足りないし。1袋じゃ、さすがに多い、よなぁ…と感じたんだけどどうなんだろう?
 (育ち盛りの子供のおやつにしても、半分じゃ物足りないし、1袋はさすがに食べ過ぎだよなぁ…)

 こんなこと書いちゃったらメーカーの人はガッカリしちゃうかもしれませんけど。
 個人的には、カゼをひいた時用食料として買い置きしておく、カップラーメンの代わりにいいかな?と、思いました(笑)





 で、チャーハンといえば、2030年(笑)

 ほら、ちょっと前に『2030年かなたの家族』と『2030年家族がなくなる?』という番組が放送されてたじゃないですか。
 http://www.nhk.or.jp/2030-family/

 あれを見た時って、“あらたな家族の形態”的に今存在するそういう家族を紹介する都度、ゲストたちが(どちらかと言えば)否定的にコメントを言うのがスっゴク印象的だったんです。

 でも、あの冷凍チャーハンみたいに。
 ここまで“完成されちゃったメニュー(食事)”が、普通にスーパーやコンビニで買えるっていうことを考えると、近い将来ホントに「今の家族形態」ってなくなっちゃうのかもしれないなーって。

 なんだか、ミョーっにそんな風に思いましたね。
 思い起こせば、「個食」なんて言葉が出来て、かれこれもぉ20年近くなる?


 ま、考えてみれば。
 家族形態が、親子孫の「三世代(四世代)家族」から、親子の「核家族」に変わっていったのなんて、つい何十年前のことですもんね。

 ただ、ま、それは“望んだからそうなった”そうなったわけで。
 大事なのは、“その時に一人一人が何を望んでいるのか”ってことになるんでしょうねー。

 そう考えると、あの番組のように今の情緒で語っちゃってのって、所詮は“今の人の今の価値観で、未来の人の未来の価値観にイチャモンつけてるだけ”なんじゃないのかなーって(爆)

 「その時の未来の人たち」が、“その時、人生のウェイトを何においているのか?”っていうのを、想像して提示しなきゃ片手落ちなんじゃないかなーとも思うな!(笑)
 ただ、ま、あの番組はそーいうことがやりたかったんじゃないんだろうな、とは思う






    ていうか。
    未来の人たちがあの番組を見て何と言うのか、スッゴク見てみたい!(爆)
         ついでに、未来の冷凍チャーハンも食べてみたいぞー!



Comment:0  Trackback:0
2015
11.18

秋深し 1匹コオロギが いとをかし。な~んちゃって(笑)

 
 いっやぁー、今日は暖かかったですねー。

 朝なんか、グレーの雲がたちこめてたもんだから、気温の感覚と相まって、一瞬「あれ?今って何月だったけ!?」なんて。

 ていうか、空の風景は、ホント梅雨時みたいでした。


 関東地方は、週末土曜日は寒かったんですけど、日曜日の午後、天気が回復してきたくらいから暖かく…、というよりは「暑い」と言った方が適当な感じになって。
 というか、今日はホントに暑かった!?

 気がつけば、さすがに聴こえなくなった、1匹で鳴くコオロギの声がまた復活しちゃったり。


 いや、ね。
 好きなんですよ、あの秋の終わりの寒くなってきた夜とかに、コオロギが1匹で鳴いてるの。

 なぁ~んか、無性に侘しくって。
 で、ミョーっにホッとするんですよね(笑)


 そんなわけで、先週の半くらいだったかな?
 夜中、ベランダに出ていて、コオロギの声がなくなっていたのに気がついた時は、「あぁもぉそんな季節なんだなぁ…」なんて。

 ていうか、「もぉそんな季節」って、よくよく考えれば、あと2週間で12月って時期なんですけどね(笑)

 とはいえ、人間、長く生きていると、意識がカレンダーより1ヶ月2カ月遅れてるっていうのは往々にしてあるわけで(爆)
 え、あなたも?(笑)


 ま、それはそれとして、1匹コオロギの声が聴こえなくなったことにちょっと寂しくなっていたら。
 ていうか、この際だから文学的に寂寥感に浸っていたら、日曜の夜から、また幽かに聴こえてきた1匹コオロギの鳴いている侘しさに、「あぁいいなぁ…」なんて(笑)


 でね。
 その、1匹コオロギ。

 今朝、ゴミ捨てに行ったら、やっぱり鳴いていて。

 「朝っぱらから鳴いてやがるぜ。コンチクショー」なんて、まぁ江戸っ子じゃないんで、そんな風には思わなかったんですけどね(笑)

 でも、ゴミ捨ての帰りにちょっと立ち止まって聴いてたら、なんと(!)1匹じゃなかったんです。

 こっちで「リリ」と鳴くと、ちょっと向こうで「リリ」。
 また、こっちで「リリ」。やっぱりちょっと向こうで「リリ」と、なんと2匹で鳴き交わしてたんですよ。


 ま、鳴き交わすって、コオロギに友だちの概念ないでしょうし、メスは鳴かないわけですから。
 実際は「ここはオレの縄張り。こっち来んな」、「るっせー。オレの縄張りだ。オマエこそこっち来んな」って鳴いているんでしょうけどね(たぶん)。

 とはいえ、こっちは人間なわけで(笑)、どうしたって友だち同士で鳴き交わしているように聴いちゃうわけじゃないですか。 ←なんとまぁおセンチなこと!

 まー、そんなこんなでゴミ捨てから戻って、朝のニュースを見ればパリの話題……


 まぁ何と言うか、コオロギじゃないんだからさー、人間なんだからさーと言ったらいいのか、それとも、とりあえずは秋の虫の声の侘しさに浸ってられる幸せをいとおおしく思えばいいのか…。








 秋の虫といえば、今くらいじゃなくって、9月くらいの最盛期の秋の虫の声なんですけどね。

 それこそ、あっちでもこっちでも、その向こうでも、もぉじゃんじゃん鳴きまくってる季節の秋の虫の声ですけど、毎年思うんですよね。

 うん。コオロギはコオロギで、もちろんいいんだけど。
 でも、たまにはスズムシとかも聴きたいよなぁ…って(笑)


 ウチの辺りって、周りにまとまった草原がないせいか。
 コオロギはいるんですけど、スズムシはいないんですよねー。

 あ、いや。スズムシの声を聴きたいだけなら5分くらい歩くと、いくらでも鳴いてるとこあるんですよ。
 でも、残念なことにウチからは聴こえないと。


 そんなわけで、今年の秋にふと思ったのが…

 そーだ!
 スズムシ買ってきて、裏に密かに放しちゃったらどうだろ?って(笑)
 捕まえてくるのは、さすがにメンドクサイ


 そんなこと言うと、何で放しちゃうの?
 せっかく買ったんだもん。
 家で聴けばいいじゃんって思う人も多いんでしょうけど……

 スズムシはねー。
 小学生の頃、飼ってたことあるんですよ。

 その頃は、家の玄関のとこにそれを置いといたんですけど、アレ、実はかなりウルっサイんですよ(笑)

 かなりの音量なんで、もうそれしか聴こえなくって。
 毎夜毎夜、♪リーンリーンって、うるせーのなんの。

 たまには、コオロギみたくしっとり情緒深く鳴きやがれ!
 な~んて(爆)


 まーね。
 たくさんいるからウルサイわけですよね。

 コオロギをスズムシみたく大量に飼う人もいないでしょうから、コオロギだって、集団になればたぶんウルサイんだとは思うんですけどねー。

 でもね。
 コオロギは、一匹でもいい声で鳴くんですけど。
 スズムシは、一匹じゃいい声にならないんですよ。
 アレは大量にいて、初めてあの♪リーンリーンになるわけです。


 つまり。
 だから、買ってきて密かに“放したら”どうだろ?
 なわけですよ。

 家で鳴かれるのはウルサイけど、外で鳴く分にはちょうどいい音量になるんじゃないかなーって(笑)


 それ、いい考えだなーって。
 さっそくネットで検索しようとしたんですけど、ふと……

 スズムシとかコオロギって、そいういえばゴキンチョの親戚なんだっけ…って思い出しちゃいまして(笑)


 ほら。
 子供の頃は、基本的に虫大好きですから。
 スズムシの形なんて、全っ然気にならなかったんですけど。

 でも、虫とはすっかり縁遠くなったこの齢になってみると、どうもゴキンチョと似通った部分にばっか目がいくわけですね(爆)

 そう、触角の動かし方とか…
 頭の形。あと、羽根の下の腹の形状とか……


 それを思ったら、下手に放すと、ゴキブリをバラ撒いてるとか勘違いされた日にゃぁヤバいよなーって(泣)

 いや、なら、事前に管理人さん辺りにひとこと言ってからやれば問題ないんじゃない?
 なんて…

 でもね、よくよく考えたら、そこまでしてすることか?って(爆)
 ていうか、それこそ変なヒトとか思われちゃいそうですよね


 ていうか、それ以前にスズムシ高っ!
 こんな高けーもん、誰がバラ撒くかっ!!

 



   まー、なんと言うか。
   人間、その事ばっか考えてると、いつの間にか視野が狭くなっちゃってて。 
   気づかぬ間に愚かなことしちゃっているっていうのの典型だったかなーなんて(爆)

        

Comment:0  Trackback:0
2015
11.16

怪談15.11.16 ―仮題「山の怪談」前編

Category: 怪談話-番外
 
 
 今回も前回に続いて(一週空いたけどwww)、いわゆる「山の怪談」ってやつ。

 「山の怪談」というと、わかる人はわかる「山のこわ~い話」っていうのが大好きだったんです。
 「山のこわ~い話」っていうのは、某山岳雑誌の読者コーナーの中の一コーナーだったんですけど、その中で同じ場所の話が2回投稿されたのはH池だけで。そんなこともあって、“H池はマジヤバイ”って当時は勝手に思ってました。
 ていうか、今でも一人では行くのは、ちょっとイヤかなぁ~(爆)
 

 そんなH池。今や「山の怪談」というよりは、たんに下界の「心霊スポット」になっちゃった感もありますが、でも「具体的にどんな話があるの?」ってネットで見てみると、ミョーっに曖昧な話ばっかですよね。
 女(の幽霊)が出るとか、それは昔ピストルで心中した女だとか…。
 全般に“…だと言われている”だとか“…らしい”みたいな、ある意味「都市伝説」に近くなっちゃっているような。
 ま、山の話で都市伝説っていうのも変ですけど ←しつこい(笑)

 ま、有名心霊スポットというのは、「有名」ってだけあって。
 いろんな人がそこに行っちゃぁブログ等に書き込むわけで、つまりはまぁいくら有名心霊スポットだからってオバケなんてそうそう出ないってことなんでしょうね。
 ていうか、“有名”な所ほど出ない?(笑)

 よって、そこの写真だけとか、不気味な感じがしたとか、そんな風に曖昧になってしまうわけですが、つまり、H池もそんな「心霊スポットの名所」の一つってことなんでしょう。



 そんなH池にまつわるお話。
 とはいっても、「怪談話」というのは、あくまで“個人の体験”なわけで。所詮は、そこにある“エピソードの一つ”でしかないんでしょうけど、私が聞いた(読んだ)H池の話というのは以下のようなお話です。
 ていうか、心霊スポットの名所である以前に、H池は「ハイキングの名所」なんですよね。
 つまり、怪異なエピソードよりは、“楽しいエピソードがイッパイある場所”であるわけですよね。
 ただ、そんな楽しさを期待して行ったはずなのに怪異な出来事に出遭ってしまった人がいるのも事実なわけで…(笑)


 そんなH池にまつわるお話、一つ目はおぼろにしか憶えてないのですが、確かその方は、万二郎岳・万三郎岳と天城山の縦走コースを経てH池に着いたんだったと思います。

 その方は、H池に前にも来たことがあったようで、着いた瞬間、その場所の雰囲気が以前とは違うように感じたようです。
 確か、その時天候がよくなかった(小雨模様だったか?)とも書いてあったような。

 ふと見れば、以前もあった東屋が建て替えられている。
 投稿者は、「そのせいか?」と思ったが、でも何か釈然としない。
 そんなわけで「なんか変だなぁ」と思っていると、池の畔を変な顔色をした男(確か、ハイカーではなく「男」と書いてあった)が歩いているのに気がついた。
 その男は、行ってしまったかと思うと、また池の畔を歩いていたり、かと思うとまた見かけなくなったり。

 H池で休んでいる投稿者たちが「なんだろうあの人は?」と怪訝に思っていると、今度は池の向こう藪の中に人影が見え隠れしている。
 それは、おおよそハイキングをする服装とは思えない白いぞろっとした服を着た女。
 すぐに、「あっちにコース(道)はないはず」と気づいた投稿者たち。
 急に怖くなって、慌ててH池を後にしたんだと。

 最後に投稿者は、「後になって思えば、建て替えられていた東屋の形が変だった。それは、普通の東屋の形ではなく、なんだか霊堂(だったか、祠だったか)を思わせるような形だった」と、お話を締めていたような記憶があります。
 ちなみに、今ネットで見てみると、東屋はごくごく普通の形であるように見えるんですけどねぇ…



 てことで、もう一つのH池にまつわるお話。

 そのお話は、H池に幕営(テント泊)した時のこととあったんで、やはりその投稿者も天城山縦走コースを経てH池に着いたのでしょう。
 “H池”とか書いてるくせして、山の名前はしっかり書いていたことに今気づいた(笑)

 投稿者は、二人だか三人だかのパーティだったと思います。
 投稿者が男か女かは憶えてないのですが、確か投稿者より年上の女性がいたんだと思います。
 というのは、そんな口調の会話が出てきたからです。

 事が起こったのは深夜。
 テントの中で寝入っている投稿者。
 ふと、遠くから聴こえてくる足音で目が覚めた。
 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ…。

 それは、縦走路の方から。
 その音と歩調からして、それは登山靴(注:トレッキングシューズではない)をはいた人、つまりハイカーの歩く音。
 しかし、こんな真夜中に?

 投稿者が、シュラフ(寝袋)の中でそんなことを思っていると。
 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ…。
 次第にハッキリ聞こえるようになってきた、ハイカーの足音。
 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ…。
 それは、こっち向かって歩いてくる。

 いや。テントは縦走路のすぐ脇に張ってあるから、そこを辿るハイカーならばこっちに向かって来るのは当たり前なのだ。
 とはいえ、深夜のこんな時間。
 テントがあるのに気がつけば、少しは遠慮して歩きそうなもの…

 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ…。
 足音は、もうすぐ近く。
 おそらく、昼間だったら顔の表情が見えるくらいの所を歩いているはず。
 その瞬間、投稿者は違和感を覚える。
 えっ。あの人、ヘッ電(ヘッドランプ)点けてない…
 シュラフの中から見るテントの中は、ほぼ真っ暗。
 テントを直接照らすことはないにしても、この暗さでヘッ電を点けていれば、何かしら光が感じられるはず…

 そんなテントの中の投稿者をよそに、足音はさらに近づいてくる。
 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ。
 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ――。
 それは、今まさにテントの横。

 ゴクリ…。
 足音はテントのすぐ横で止まったっきり。
 その得体の知れない怖さ。
 その時だった。
 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ。
 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ。
 足音が、テントの周りを走るように回りだしたのだ。
 それも必要以上に大きな音をたてながら。

 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ。
 あまりの恐怖に、シュラフにもぐり込んで震えることしか出来ない投稿者。
 しかし、足音は止まない。 
 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ。
 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ。
 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ。
 ドゴっ、ドゴっ、ドゴっ……
 
「○○さん。○○さん、起きて!
 ○○さんってば…。」
 同行者の声で起こされた投稿者。
 薄明るいテントの中。どうやら外は夜が明けた様子。
 もちろん、登山靴の音なんてしていない。
「あれ…?もうそんな時間――。」
 頭がハッキリしないまま言った投稿者の言葉を、同行者が強い口調で遮った。
 その、ただならぬ表情。
「ここには、得体の知れないものがいる。
 それは、夜の間ずっとテントの中を覗いていた。
 夜が明けたらいなくなったみたいだけど…。」
「え…。」
「早く。とにかく早く、ここを立ち去りましょう。」




 一応断っておきますが、以上はあくまで当時読んだ記憶の範囲で書いていますので、多少の齟齬は絶対にあると思ってください。
 “記憶なんていかにいい加減か”ってことは、怪談好きの方であればおわかりですよね(笑)

 また、元の文章は雑誌の読者投稿欄の小さなコーナーです。
 それを記憶している範囲で書いているので、そこには当然多少の脚色をしています。
 ただし、怪異の部分については(記憶の限りで)極力そのままにしてあります。



 ところで、今はいわゆる「トレッキングシューズ」というものが一般的になってしまって、当時の「登山靴(の音)」がどういうものかイメージ出来る方って少ないのかもしれませんので説明しておきます。

 登山靴、通称「ザングツ」は、(今の)トレッキングシューズと違って、全て革製でごっつくて重かったんです。
 底も、ゴムのビブラムソールの上に木や皮が幾重にも層になっていて硬く。尖った岩から足を守ったり、岩の小さなとっかかりでも体を支えられるように作ってありました。

 登山靴は、重いのとその(底の)構造のせいもあって、歩くと“ドゴっ、ドゴっ”というか、“ボクっ、ボクっ”というか。そんな低くくぐもった独特の音がしました。

 ちなみにですけど、某「実話怪談」に出てくるような、“ザッザッザ”なんて音はしないと思います。
 そもそも、山で“ザッザッザ”なんて、そんな激しい音たてて歩いていたら、たちまちバテてしまうと思います(笑)
 登山靴と軍靴は違いますし、そもそも軍隊だって“ザッザッザ”と歩くのは行進の時だけなんじゃないでしょうか

 もしかしたら、(その「実話怪談」では)雪を踏む音として、(想像で)その“ザッザッザ”を使っているのかもしれません。
 でも、何センチか積もった程度なら無雪状態と変わらずに歩けるわけですから、足音は雪を踏む“ザクっ。ザクっ”という音になるはずです。
 それが、新雪のサラサラ雪だったら音はしないでしょう
 雪が脛まで、あるいはそれ以上積もっていたなら、それこそ “ザッザッザ”なんて音の出る速度では歩けません。

 仮に、山で“ザッザッザ”という足音がしたのだとしたら、それは通常では考えられない音であるはずです。
 通常でない音がしたのだとしたら、登場人物(体験者)はそのことに対して何かしらの説明をするのが「普通」だと思うんですけどねぇ…。 

 いわゆる「実話怪談」の語り手(書き手)は、その辺り、もぉちょっと気をつかって欲しいなぁ…――ていうか、もぉちょっと想像力働かせてよ――って思うのは私だけなのかなぁ…(泣)

 とはいえ、ま、「実話怪談」が大っキライな怪談好きって、そうそういないのか(笑)
 いえいえ。私がキライなのは巷に蔓延る、いわゆる「実話怪談」であって。実体験にもとづく怪談は大好きですよ




── 本日これまで!
  怪談15.11.16― 仮題「山の怪談」前編〈了〉/後編につづきます
          

注!無断転載禁止
  断りなく転載されるのは非常に不愉快です。やめてください
  ブログの記事は全て「著作物」であり、著作権法の対象です。
           ↑
     ちょっと剣呑で、ゴメン(^^;)




 しっかし、このお話を書く前は“H池は今でも一人では行くのは、な~んかいやぁ~”なんて書いていたくせして。
 コレ書くためにネットで天城山の縦走コースをいろいろ見てたら、
“いっやぁココ、無茶苦茶よさそうじゃん!行ってみたいなー”なんて(笑)

 標高のわりには山容がダイナミックなのと、あと海が近いせいか植生が内陸の山と違うのが魅力ですよね。

 ていうか。
 書いていて、ふと思ったんですけど、H池の怪談って、もしかしたらモリアオガエルの研究者や昆虫好きの人のことだったってことはないのかなぁ…(笑)

 とはいえ、かの荒俣宏も言ってました。
 “伊豆は怖い”って……




Comment:0  Trackback:0
2015
11.15

なぜか、かっぱえびせん



 なぜか、急に「かっぱえびせん」が食べたくなって……


 買ってきて、食べたら、

 やっぱり、“やめられない、とまらない”

 だったと(笑)

 かっぱえびせん、スゴイ!

 ただ、別に血圧とか高いわけじゃないんだけどさー。 
 さすがに、塩分がちょっと気になるなぁ……(爆)



 「かっぱえびせん」なんて買ったの、それこそ十年ぶりくらい(?)な気がするんですけど、でもこんな真っ赤っかなパッケージだったんですね。




 ていうか、裏を見て笑っちゃいました。

 かっぱえびせんを作っている「えびママ(という名前らしいです)」が、な~んか、ゴキンチョに見えちゃって、思わず「オエっ」(爆)

IMG_3061.jpg

IMG_3062.jpg
   コレ、ちょっとだけリアルで見てみたいかも!なぁ~んて(笑)


 でね。
 かっぱえびせんのサイトを見ると、パッケージの変遷が載ってるんですけど、
 *カルビー
 http://www.calbee.co.jp/kappaebisen/history/

 それを見ると、パッケージのエビの絵って、2002年にデザインされた絵に変わったんですって。


 そう。実はね。
 「かっぱえびせん」を食べようとして、エビの絵が角々した絵に変わっているのに気がついたんです。

 「何だろ、この変なエビのデザイン!?昔って、こんな変なエビだったっけ?」
って、思っていたんですけど、なーるほど!2002年に変わったんですね。


 ていうか。
 2002年って、あぁー、つまりそれって、小学生の学習ノートの虫の絵がキモチ悪いとか文句つけまくっちゃう、その手のクソバカどもからクレームが入ったってことなんですかねぇ…(泣)


 ねぇ。
 つまりはさー、
 そう!かっぱえびせんには、キモチのわるぅ~~~い、足がたくさんモゾモゾしたエビがイッパイ入ってるのよぉぉぉ~。

 そーいうヒトは、かっぱえびせんなんて食べないで、れーとー食品のエビフライでも食べてればいいんじゃなぁ~い!(笑)
 え?なに?れーとー食品のエビフライの尾っぽがキモチ悪い? あぁ~ら、そう(爆)

 そうそう!
 ケチャップの赤は、カイガラムシからとった色素使っているらしいけど、そっちは大丈夫ぅぅ~?

 なぁ~んて(爆)


 てなわけで、思わずイヤ~な性格のヒトになっちゃったわけなんですけど、でもね。不思議なのは、パッケージの後ろのゴキンチョそっくりの「えびママ」は何ともないんだろうか?

 つーか、この「えびママ」の尾っぽがエビ反りなんだけど、これって動物虐待じゃね? ←若者風イントネーションで読むこと(笑)


 まー、つまり。
 自然の生き物はキモチ悪いけど、
 バカ丸出しの格好したゆるキャラなら何でもOK!

 ってことなのかなぁ……(泣)


 しっかしさ。
 今のニッポンジンって、なんでフツーの自然が大っキライなんだろ?





  *続きはこちら
  https://www.youtube.com/watch?v=RzuXZfKg2YM

 ちなみにですけど、私は「ゆるきゃら撲滅委員会」の会員という、つまりそーいうヒトです。ごめんなさい


Comment:0  Trackback:0
2015
11.03

カチカチ派? ジュルジュル派?



 あ、いや、だから、柿の話ね(笑)

柿⑴



 
 ほら、時々八百屋で、熟しきっちゃって中身がジュルジュルになっちゃった柿を売ってることがあるじゃないですか。

 表面が、柿のあのオレンジ色じゃなくて、もぉ朱色に染まってるようなヤツ。


 あれって。
 やっぱり、売り物としては何なんだってことなのかなぁ…。

 3つで100円とか、やたら安く売ってたりしますよね。



柿②
   これは、カチカチのヤツ。ジュルジュルの方は、買ってすぐに食べちゃったんで(笑)



 先週末に八百屋に行ったら、やっぱりそんなのが売ってて。

 でも、その横には普通の(カチカチの)柿が8個で280円(!)と、これまった安く売ってって。

 「8個で280円は絶対買いだな」なんて思いつつも、「でも、ジュルジュルのヤツもウマイんだよなぁ…」なんて(笑)


 
 ま、そんなわけで、しばらく迷ってたら。 ←迷うな!(笑)

 後ろから、若いお父さんと小さな子供の親子連れがやってきて。

 その子供が、ジュルジュル柿を見て「お父さん、この柿安いよ」と。

 ところが、お父さんいわく、
 「それは中がグチャグチャでおいしくないからダメ」と(爆)

 すると、子供なんざ素直なもので「ふーん。おいしくないんだ」と。



 横で聞いてる私は心の中で、

“オマエな、親の言うことが正しいとは限らないんだぜ。
 親や世間の言ってることが正しいと思って、何も考えないでいると、
 いろんなイタイ目に遭うんだぜ。
 オマエはこの先、それを何度も痛感することになるんだぜ”

なぁ~んて、ニヤニヤ、ニタリニタリ(笑)



柿尻⑴
     こうしてあらためて柿を見ていると、やっぱりニタリニタリ…。なーんちゃって(笑)



 ま、結局。
 その親子は8個280円の柿の袋をカゴに入れ、私のカゴにはどっちも入ってたわけですが、“そうかー。ジュルジュル柿ってキライな人もいるんだなぁ…”なんて。


 とはいえ、よくよく考えてみたら。
 “あ、そういえばオレも昔は好きじゃなかったっけ”なぁ~んて(爆)


 ていうか、そもそも柿自体、前はあんまり好きじゃなかったうよーな!?

         だってさ、甘すぎるんだもんっ!

柿尻②
  柿って、こうして見ると、結構官能的だったりしますよね?ホント、見るからに甘そぉぉ~(爆)




 柿って、それこそ子供の頃なんてキライだったよーな(笑)

 ま、これは柿じゃなくて干し柿なんですけど、給食で出た時は、もぉ阿鼻叫喚でしたねー。
 もぉ死ぬような思いで、牛乳で流し込んだっけ(爆)


 でも、この齢になって今は柿、かなり好きです!
 干し柿は、デーツを食ってから、まぁ好きになった…、かな?(笑)



 てことは。
 つまり、柿、それもジュルジュル柿って、もしかしたら“大人の味”?(爆)
 それより、ジュルジュル柿は“アダルトなお味”と言った方が適当だったりして♪

 ていうか。
 ぶっちゃけ、“中年(以降)の味”なのかもなーなんて(笑)


 そういえば、柿って、なぜかミョーに“お爺さんのイメージ”がありません?

 お爺さんが庭いじりしていると、お婆さんが「柿むいたから、お茶でも飲みましょう」とか言って。
 縁側で二人して、お茶飲みながら食べてるみたいなー(笑)


 そこまで考えて、ふと思ったんですけど、
 若者が柿を食べてる絵面って、どうしてもイメージできない!
な~んて(爆)


 ていうか、柿に限らず、果物って、全般に若者とミョーにイメージがくっつかないような気がします(笑)

 若者というと、やっぱり「日本初上陸!なんだらパティシェのほにゃららスィーツ」みたいな方がイメージ、な気がしません?(笑)

 ていうか、ていうか。
 「若者」っていう“若い人”を指す言葉、もっと適当なのないんですかね。
 何だかそれを口にするたんび、現千葉県知事の顔、思いだしちゃうんだよなぁ…(爆)



 いや。まぁいくらなんだって、そりゃ偏見だろーという気もしますけどねー。

 でも、まぁ世の中なんて、そんな風にして順繰り回っていくもの…、なんじゃないですかねー(笑)



 つまり。
 あの子供もあっという間に、いい爺さんになっちゃって。
 でもって、「ジュルジュル柿はウマイなぁ…。なぁ婆さんや」な~んて言ってんじゃねぇかなぁ…

   ……てなこと言った日にゃぁ、あの子のお父さんに怒られるのか?(爆)




 そういえば。
 私、20代の頃は、果物はキライじゃないんだけど、でも、食べるのがめんどくさくって。
 ほとんど食べなかったように思うんですけど、みなさんはどうですか?


Comment:0  Trackback:0
2015
11.02

怪談15.11.2 -仮題「山伝説」後編

Category: 怪談話-番外


 怪談15.11.2 -仮題「山伝説」後編


 まるで、「その歌」がとり憑かれてしまったようなAさん。
 といっても、別にその間の記憶がないなんてわけではなく、頭の中で「木綿のハンカチーフ」がずっと流れている以外は全然普通だったと言う。
 ただ、頭の中で絶えずその歌が流れていたせいなのだろう。夜は全く眠れなかったと…


 おかげでAさん、次の日は歩き出した直後から見事にバテてしまった。
 それこそ、その日一日、前を歩くサブリーダーの後姿を追うように、死ぬ思いで歩いた記憶しかないような有り様。
 その日、10時間の行程が終わって幕営地に着いた後は、他のみんなが設営したテントに放り込まれてそれっきり。
 それでも夕食で起こされた記憶はあると言うが、結局食べずにそのまま次の日の朝まで眠ってしまったらしい。
 もっとも、何が幸いするかわからないもので。
 その朝目が覚めた時は、Aさんの頭の中から「木綿のハンカチーフ」も、また例の赤いバンダナの男のことも、やっと消えていた。


 その日は、山行の最終日だった。
 実はAさんたち、その山行は夏山だというのに全員ピッケルを持ってきていた。
 というのは、その夏は残雪の多い年で。ならば、最終日のルート上にある雪渓を、グリセードというピッケルを使った下降技術で下ろうと計画していたからだった。

 そんなAさんたちのパーティー。
 様子を見ながら雪渓を下って行けば、どうやら雪も多く、またそこを行く登山者も比較的まばら。
 これならグリセードで下っても問題ないだろうとリーダーは言ったものの、しかしグリセードは一歩間違えば危険でもある。雪面を滑っていくだけに、自在に止まれなければ滑落につながるし、転倒した時にピッケルを体に刺してしまうこともあった。
 というわけで、サブリーダーが始めに滑り降りて、以下一人一人サブリーダーの所まで降りるというように。ちょっとシケたグリセードだったが、でも夏山の雪渓だったらまぁそんなものだろう。
 わずかな距離の滑走だったが、それでもショートカットでもするように、雪渓の上を滑り降りるのは気持ちよかった。
 Aさんを含めパーティーのみんなは、滑り終わるたんびに興奮して歓声をあげていた。

 Aさんの、そんな何度目かのグリセードの時だった。
 滑り出して初めて気がついたのだが、サブリーダーをはじめみんなが立っている位置まで今までよりちょっと長めだった。
 両足の踵に伝わってくる振動と、ピッケルから両腕にグイッと伝わってくる雪の抵抗。
 ザ、ザ、ザザザザー、ザ、ザ、ザ、ザザーという不連続な音とともに顔にぶつかってくる残雪の粒。
 流れていく夏の山の様々な色。
 あぁ。この雪渓を降りたらこの山行も終わりなんだなぁ…
 その途端、Aさんの脳裏に浮かんだ、ある女性の面影。
「……。」
 それに気を取られたということなのか。
 ふと気づけば、視界のすぐ斜め前方、思ったより近くにパーティーのみんなの姿がグングン近づいてくるのが見える。
 なぜか、雪面を滑り降りる音がくぐもったように聞こえて…。
 そんな意識が内にこもったようになっていくAさんの脳裏に、流れてきたあの歌。
 ♪~ ♪~~ ♪~
 なんだろう?横を過ぎていくみんなの姿は、なんだかとても慌てているように見える。
 ♪~~ ♪~ ♪~
 ザ、ザ、ザザザザー、ザ、ザ、ザ、ザザー
 滑走感が、やけに気持ちよかった。
 雪の粒が顔にやたら飛んでくるので、つい目をつぶってしまう。
 そんな、Aさんが目をつぶる一瞬前。
 目に飛び込んできた、岩の上で両手をあげた赤いバンダナの男。
「っ!」
 感情がうかがえないその表情がスローモーションのように。
 ♪~~ ♪~ ♪~
 ザ、ザ、ザザザザー、ガガッ!
 突然体が軽くなり、夏の太陽がくるんと回る。
 ガツンという衝撃が全身にくるより早く、何もかもがパッと消えた。



 Aさんが気がついた時、そこは地元の病院だった。
 いや。滑落した直後にパーティーのみんなに助けられた時や、運ばれている時の記憶、それ以外にもいろいろあった。
 ただ、それらはどれも断片的で、何より遠い昔のことのようで…。
 Aさんの意識が確かな現実に戻ったのは病院、それも手当てを受けた後だった。

 Aさんの怪我は右足首の骨折、その他打撲や切り傷擦り傷を体中におっていた。
 とはいえ、断片的でも滑落直後の記憶はあったから、Aさんは混乱もなく落ち着いていた。
 それでも、病室の窓から滑落事故を起こした雪渓のある山々が見えるのに気がついたのは何日か経ってからだったという。


 東京からは離れていたが、Aさんが入院していた病院は山の玄関口ともいえる街にあったから見舞客は結構あった。
 つまり、そのほとんどは山仲間。つまり、山の帰りに寄るわけで、しばらく山どころではないAさんとしては、楽しかった山行の話を聞かされうらやましいやら悔しいやら。
 とはいえ、親しい友人たちの顔を見るとやっぱりホッとした。

 そんな中、当時Aさんが付き合っていた彼女が見舞いに来たのは、9月に入って何日か過ぎた頃だった。
 彼女は同じサークルで同じ学年。やっぱり山の帰りだった。
「ふーん。すっかり元気そうじゃない。」
「えっ。あ、あぁ、うん…。」
「松葉杖で歩けるなら、もう東京に戻ってくればいいのにぃ…。」
「そうなんだけどさ。ほら、頭も打ったろ。
 ま、今んとこ異常はないらしいから。今度の検査で問題なければ、
 来週の終わりか再来週の頭には戻らせてくれるんじゃないかな。
 ていうか、オマエの顔見たら早く戻りたくなった。ハハハ。」
「まったくー。なに変なコト考えてんだか。
 そんなことなら、もっと入院してなさい。フフフっ。」
 Aさん、彼女とは電話で何度も話をしていた。
 でも、こうして実際に彼女の顔を見て、その存在を肌で感じたら一刻も早く戻りたくなった。


「そういえばさ…。」
「うん?」
「そういえば、誰かが言ってたんだけどね。
 あ、だから、もちろんふざけて言ってたことなんだけどね。
 Aが滑落事故を起こしたのは、Z岩稜で木綿のハンカチーフを歌ったからじゃないかって。
 木綿のハンカチーフって、あれでしょ?誰かが話してた…。」
 Aさん、「木綿のハンカチーフ」のことは、その時まですっかり忘れていたらしい。
 というよりは、そのことは頭からスッパリなくなっていたという。

「あぁ…。
 そうだ、木綿のハンカチーフ…。」
「え、何。どうしたの?」
 キョトンと無邪気に笑っている彼女。
 そんな彼女に、Aさんはその歌のことについて、あったこと全部を話だした。
 Z岩稜でつい口ずさんでいたこと、その後も歌がずっと耳を離れなくて夜眠れないくらいだったこと、そして滑落した時も頭の中でそれが流れていたこと等々。

「えぇっ、何よ。それって、冗談じゃないってこと?」
「いや。冗談というかさ。
 つまり、起こった出来事を、後から都合のいいとこだけ選んでつなぎ合わせた、
 いわゆる山の怪談なんだろうけどさ。でも…。
 あぁそう……。」
「えっ、何よ。何が、あぁそうよ?」

 Aさんは、その時初めて、山行中に何度も見たあの赤いバンダナと紺の山シャツの男と、山に行く前に聞いた「木綿のハンカチーフにまつわる話にでてくるZ岩稜で死んだ男」を関連付けたという。
 つまり、あの赤いバンダナの男は、AさんがZ岩稜で「木綿のハンカチーフ」を歌ったから現れた……
 いや、まさか…。

「まさか、そんなこと…。」
 気がつけばそこに気味悪そうにAさんをじっと見つめる彼女の目があった。
「うふっ。まっさかな。ハハハ。」
「そうよ。いくらなんだって…。
 だって、山の怪談でしょ?
 語り継がれて尾鰭だらけになっちゃった与太話に決まってるじゃない。」
「だよな…。」
 そう言って見た窓の向こうに見える山並みは、夏山の色とはどこか違っていた。
 ここ下界は、まだまだ夏そのままなのに。
 そんなAさんにつられたのか、窓の向こうのそれを見ている彼女。
 そして、顔をそっちに向けたまま、ポツリと言った。

「でも、だとしたら…。」
「え…。」
「だとしたら、それは登山者の安全を見守ってるってことよね。
 だって、Aがその赤いバンダナの人を見たのは、
 みんなPコルみたいな岩稜帯の危険な場所だったんでしょ?」
「そんなこと言ったって、確か滑落した時も見たぜ。ハハハ。」
「でも、登山者を呪いたいのなら、Z岩稜ですればいいじゃない。
 あそこなら、落ちたら助からない可能性高いもの…。」
「そんなこと言ったって、幽霊に理屈はないだろう。」
「ううん。それは違うと思う。
 幽霊っていうのは、何かしら理屈があるから出るものじゃないのかな…。」
 窓の向こうを見たままの彼女。それを斜め後ろから見ているAさんには、髪の毛で表情が全く窺えない。

「うふっ。知らねーよ、そんな幽霊の事情なんて。
 ていうかさ。オレ、なんだか早く帰りたくなった。
 うん。だから…、だからさ。オマエの顔見たから…、だな。きっと…。
 ハハハッ。」
 そんなAさんの笑いとは裏腹に。後姿の彼女の声は、それを打ち消すように、今までより強い口調になった。
「その赤いバンダナの人が登山者を見守ってるんじゃなくて、
 呪ってるんだとしたら――。」
「おい、もういいよー。その話は…。」
「見守ってるんじゃなくて、呪ってるんだとしたら。
 それは、つまり、その時急に見守っていたその人が許せなくなったから…。」
「……。」
 ふいに振り返った彼女。そのしーんと無表情な顔とは別に、瞳の奥には泣いているような表情があった。


「うん。帰るわ。お大事に、ね。
 そう。退院決まったら電話して…。」
 そう言って、急にそそくさと帰る準備を始めた彼女。
「な、なんだよ、急に…。
 あ、そうだ。エレベーターまで送るから、ちょっと待ってくれよ。」
 慌ててベッドの横の松葉杖を取って立ち上がったAさん。
 すでに歩き出した彼女の後を追おうとして、でも、一瞬脳裏によぎったソレにその動きが止まる。
 一方、彼女の後姿はもう病室を出るところ。
 Aさんはそれを追おうとするも、でも財布をポケットに入れることをどうしても止められない。
 松葉杖を突き突き、やっと歩き出したAさん。
 でも、彼女の姿はもう部屋にはなく。
「……。」
 あらためて考えてみれば、自分にとって大事なのは彼女だとわかっているのに…。
 
「ったく…。」
 でも、そんなに慌てるまでもなかった。
「っ…。
 な、なんだ、そこにいたのか。」
 それは、Aさんが病室から出たところ。
 廊下に置いたザックを足にもたれさせて立っていた、その姿。
 それが彼女だと気づいて見た、その暗い顔。
「な、なんだよ。どうしたんだよ…。」
「ううん。なんでもない…。」
「変なヤツだなー。」
「……。」
 彼女は、Aさんの苦笑いに何も言わずに。ザックのショルダーベルトを右肩にかけながら、クルリと歩き出した。

「何怒ってんだよ。」
「別に怒ってなんかない。」
「怒ってんじゃん。」
「そぉ?」
「おいぃー。」
「……。」
「オマエさー。
 そんな風に、怪我人を乱暴に扱っちゃダメだろ。もぉー。ハハハ…。」
 そんなこと言っているうちに、そこはもうエレベーターの前。

「じゃぁね。退院決まったら電話してね。」
「退院決まったらって、退院決まらなくても電話するよ。」
「フフフ。そっか…。」
 Aさんは、やっと笑って自分を見た彼女に安堵のため息。
「じゃぁ、ま、気をつけて帰れよな。」
「気をつけるも何も、わたしは電車乗るだけだから…。」
「もぉー。何ひねてんだよー。」
「ていうかさ。」
「えっ。」
「あなたの方こそ気をつけた方がいいと思うけどな。
 その赤いバンダナの男に…、さ。
 ほら…。」
 それは、Aさん見ていた目を、いきなりそのずっと後ろにもって行った彼女。
 そんな彼女の視線に、ドキッとして。Aさんは、思わず後ろを振り返ってしまう。
 でも、そこには病院の当たり前の日常があっただけ。

「な、なんだよ。」
 さっきから何を思っているのか、その感情がさっぱりよめない彼女に、ちょっとウンザリ気味のAさん。
 それでも顔を元に戻せば、彼女は何かを思い出したような表情。
「あれ…、電話。」
「えっ。電話?」と、またもや後ろを振り返るAさん。 
「Aは電話する時、いつもあそこから電話するんだね。
 わたしの時も、それ以外のひとの時も…。」
「…?」
 彼女が何を言っているのか、よくわからないAさん。顔を彼女に戻せば、やってきたエレベーターのドアがちょうど開いたところ。

「じゃぁね。」
「あぁ。」
 ドアの閉まった、トンっと微かな音。
「……。」
 Aさんは、その直前に見た彼女の表情が頭から離れなくて、なぜだかそこを動けない。
 なのに、Aさんはすぐにソレを思い出してしまう。
 たった今見た、彼女の双眸に浮かんでいたものを感じてエレベーターの前で立ちつくしていたことなんかパッと忘れて。
 松葉杖を突き突き、いそいそと電話に向かって行くのをAさんは止められない。
 そう。ソレとは、ついさっき彼女を追おうとベッドから立ち上がった時、すぐに追わずに、ふっと財布をポケットに入れたこと……

 たぶん、この時間なら家にいるだろう。
 Aさん、実はその頃、彼女以外にまた別の女性と付き合っていたという。
 しかも、それは結婚している女性だったらしい。
 その女性とはバイト先で知り合ったということなのだが、あくまで“遊び”のつもりだったと。
 でも、何度か会っているうちに、いつしかAさんの心はその欲望から逃れられなくなっていた。

 Aさんによれば、その時電話をかけたら、案の定その女性は家にいたらしい。
 そして、しばらくその女性と電話で話をしていたと。
 そこには、心の奥まで探れば恐らく誰にでも憶えがあるであろう、一番大事なはずの人では得られない、別の欲望を満たす“何か”があったということなのか…。

 それは、ひとしきり話をして受話器をおろした時だったと。
 その愉しさに思わずこぼれた笑みのまま、何気に見た窓の向こう。
 そこにいた、赤いバンダナの男。
 じっと見つめてくるその目から逃れようと、慌てて突いた松葉杖の先が床をツーっと滑る。
「あっ…。」
 たちまちバランスを崩したAさんの体。それは、まるで滑落したあの時のような、ふわっとする一瞬の感覚。
 病院内の風景がくるんと回ったと思ったら、Aさんの体は右側から勢いよく倒れていた。
「うっ。うぅぅー。」
 感じた衝撃から右足首を庇おうと、体をひねったAさん。
 「大丈夫ですか」とバタバタと駆け寄ってくる人の気配を感じながら、無意識に視線を走らせた窓の向こう。
 もちろんそこには、あの赤いバンダナの男の姿などあるはずもなく。
 ただただ、夏が終わる夕暮れの空が広がっていただけ。



 そんな、どこか“ありがちな”山伝説のお話。
 山伝説といえば、そう、“山で下界のことを考えながら歩いてると、転んで怪我をする”というのもありましたっけ。

 つまり…、そう。山というのは、やっぱり異界なのかもしれません。
 なにより人と人が、それぞれに異界であるように。




                 ―― 『赤いバンダナの男。…!?(笑)』〈了〉


注!無断転載禁止
  断りなく転載されるのは非常に不愉快です。やめてください
  ブログの記事は全て「著作物」であり、著作権法の対象です。
        ↑
    ちょっと剣呑で、ゴメン(^^;)



Comment:0  Trackback:0
back-to-top