2013
04.29

怪談話-番外:その2

Category: 怪談話-番外

 番外話その2のこのお話も、実は前にあるお話の中で紹介されたお話でして。
 てなわけで、読んだことのある方もいらっしゃるかもしれませんけど。ま、思い出しついでってことで…。
 

 実はこのお話。私の母から聞いた話ってことで、ま、怪談話としては、まぁ比較的出どこがしっかりしたお話です。
 とはいえ、母が子供の頃のことといいますから、もう何十年も前のお話です。
 母の実家というのは旧家で、まぁ大きいといえるくらいの農家でした。
 昔の家、しかもそれなりの農家でしたから、当然大家族です。
 このお話っていうのは、その家族全員が体験したお話です。



 それは真夏の蒸し暑い夜のことで、篠つくような雨が降っていたそうです。
 真夏の田舎の農家ですから、窓も戸も全部開けっ放しです。網戸なんていうものもありません。
 それは、家族全員で夕飯を食べている時のことでした。
 茶碗を持ってご飯を食べていた祖父が急に――。
「おっ、タヌキだ!タヌキが月に化けとる。
 ほれ、みんな見てみろ!」
 そう言って、開けっ放しの縁側の向こうを指差したんだとか。
 その声に家族全員、食べるのをやめて祖父が指差す外を見ると…

 確かに月が出ている。
 雨だというのに…!?

 
 みんな、夕食を食べるのをやめて、ぞろぞろと縁側に行ってそれを眺めることにしたとかで。
 その時、縁側から見えた光景っていうのは、そりゃとっても珍妙なに光景だったといいます。
 
 庭の端にある井戸の屋根の上にかかっている、真ん丸の大っきな月。
 でも、その月がある場所は、明らかに低く垂れこめた真っ黒い雨雲の下。
 そのザーっという雨の音……

 祖父という人は、物好きな人だったようです。
 外はそんな強い雨が降っているというのに、外に出ると。
 びしょ濡れになるのも厭わず、そろりそろりとその井戸の上の月に近寄って行ったんだそうです。
 手には、長―い物干し竿を持って……

 そろりそろりと月の様子を窺いつつ、やっと井戸のところにたどり着いた祖父。
 一方、縁側にずらりと並んで座っている家族は、さてどうなることかと固唾を呑んで祖父と井戸の上の月を見ています。
 井戸にたどり着いた祖父は、びしょ濡れになりながら井戸の屋根の上の大っきな月を少しの間じっと見上げていたといいます。
 しかし、やにわに例の長ーい物干し竿を振り上げると!
「コイツめーっ!」
 一声叫ぶと同時に、物干し竿で月を思いっきりぶっ叩いたんだそうです。
 (しっかしまぁ、月を物干し竿で叩くって…笑)

 その瞬間――。
 井戸の上にかかっていた大っきな月がぱっと消えたと思ったら。
 井戸の屋根からその隣りにある植え込みの間を、ガサガサドタドタ騒々しい音をたてて落ちていく黒い固まり。
 縁側の家族全員の目がソレを見たと思ったその瞬間。
 それは、向こうの生垣をめがけ、庭を一目散で逃げていく一匹のタヌキの姿に……



 まぁ後日談になるんでしょうか。
 そのお話について、私はその場にいたはずの叔父や叔母に聞いてみたんです。
 そしたら…
 誰も彼も、「あぁ…。そんなこともあったけかなぁ…」って、なんだかやけに事無げに言うばかりで。
 いやはや。
 タヌキが月に化けたってぇーのも驚きですけど…
 叔父や叔母がその出来事を、(非日常でなく)まるっきり日常のこととして記憶していたことにもホント驚きましたとさ。
 めでたし、めでたし(笑)




 番外その2終わり。フっ!
                                      ―――― 「月と物干し竿
                                             *無断転載禁止


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2013
04.29

それは、菜の花。でも赤ぁ~い……

 グルメ記事第三弾は、「紅菜苔(こうさいたい)」です。
 とかなんとかいって、このあいだ食べるまで全っ然知りませんでした。
 まぁ普通こういう時は写真を載っけるんでしょうけど。
 写真撮る前に食べちゃったんで……(笑)
 つまり、食べたらウマくて結構気に入ったんで、忘れないようにブログに載せておこうと。

 てことで、こんなヤツです。
 http://www.weblio.jp/content/%E7%B4%85%E8%8F%9C%E8%8B%94

 ま、手っ取り早く言えば、茎が赤い菜の花ですね(手っ取り遅く言ってもそういうことみたいですけど)。
 中国野菜ってことらしいですけど、確かにちょっとクセがあります。
 山菜みたいな…、というか、私は、ちょっとワラビと似た風味を感じましたけど…!?
 (でも、ネットで見てみると、全然クセがないって書いてる人もいます)

 ちなみに、買ったのは花が開いちゃったせいで、たんに安くなってたからです。
 一把38円(嬉!)
 38円のわりには、結構ウマかったです。
 クセのある野菜がダメでないなら、たぶん気に入る味なんじゃないかなぁ…。

 調理方法をネットで検索すると、普通の菜の花と同じく茹でておひたしとか紹介されているようですけど…
 でも、炒めちゃった方がいいんじゃないかなーって。
 だって、茹でちゃうと、赤い色が落ちて緑色になっちゃうんだもん(笑)
 (赤い菜の花が緑色になっちまったら、たんなる菜の花じゃん!)
 ネットで見ると、なんでもこの赤い色はアントシアニンなんだとかで、茹でて捨てちゃうのはもったいないよーな気もしますしね。


 しっかし、紅菜苔って、なんで「苔」なんでしょうね。
 まぁ中国の漢字って日本と意味が微妙に違うものも多いんで、もしかしたら「苔」でも全然問題ないのかもしれませんけど(考えてみれば、「海苔」だって「苔」って字を使ってますもんね)。

 でも、ここまで大っぴらに「苔」とか言われちゃうと、どうしたってよく家の裏に生えているゼニゴケとか思い出しちゃって……
 いっやー、苔は食いたくないよなぁ…って思っちゃうっていうか。
 とはいえ。
 ゼニゴケはともかくも。よく盆栽とかに生えてる緑色のコケなんかは、もしかしたら食べたら――天ぷらとか…――意外とイケるんじゃないだろうかってちょっと思ってしまったり…(!?)


 でも、考えてみれば不思議ですよね。
 普段食べている物って、普段食べているのにどれも身近に生えてたり、いたりしないですよね。
 「あぁハラ減った。野っ原でキャベツかニンジンでも採ってくるかぁ」なんてこと、ありませんもんね。

 そういえば、クモは食べるとカニの味に似ているって聞きますけど。
 家や庭にクモがいるみたいに、普通に毛ガ二がうじゃうじゃ歩いていたとしたら、はたして、誰も今みたいに毛ガニを食べてるんでしょうか?
 あんがい、「キモチわるい」のひと言で害虫扱いされちゃって。
 殺蟹剤でシューっとひと噴きとか、毛ガニホイホイとかで捕まってポイ!とかになっちゃってそうな気がしますよね(爆)

 いや。だからって…
 クモ、ちょっと食べてみよっかな?
 なぁ~んて気はさらさらおきないんですけどね(笑)



 まぁたぶん。
 こういう話って、世間一般の常識では「グルメ」って言わないんだろーなーって気はしますよね。







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2013
04.29

57話目-6

Category: 怪談話

*57話目-6は続き物です。57話目-1から読んでいただければ幸いです
http://kaidansweets.blog.fc2.com/blog-entry-119.html


 Aさんとウィリアムは、その朝別れたといいます。
 Aさんという人は、超常現象みたいなことにはあまり関心のないタイプだったようですが、その時説明のつかないモノを自分が見てしまったのは確かなこと。
 しかし、ウィリアムが言うように、それが日本人だからって、じゃぁ誰なんだ?って言われても、なんのことやらわかるわけはなく。
 むしろ、子供の頃の体験もあることだし、ソレは自分よりウィリアムに関係したことなのではないのだろうか?と思った面も強かったのではないでしょうか。
 また、ウィリアムはウィリアムで、ソレが日本人で、なおかつAさんと関係があるって思い込んでいるわけですから、まぁ二人は別れざるをえなかったのでしょう。
 とはいえ、元々二人とも一人旅のツーリストですから。そういう意味じゃ本来の姿に戻って、一人で行動するようになるのは、時間の問題だったのかもしれません。

 そんなわけで、ウィリアムと別れて一人になったAさんのこのお話。
 舞台は、Aさんのとりあえずの目的地インド最南端カニヤクマリへと移ることになるのです。

 ところでカニヤクマリというのは、逆三角形の形のインド亜大陸の一番下の尖がった先端の地です。コモリン岬ともいいます。
 西はアラビア海、南はインド洋、東はベンガル湾と3つの海が交わる所ということで聖地となっています。
 確か、インド・ヒンドゥ10大聖地のひとつといわれていたような記憶があるんですけど、もしかしたら私の記憶違いかもしれません。
 ただ、いずれにしてもインドのヒンドゥ教徒にとっての巡礼の地です。



 カニヤクマリに来てから、どうも天候がすぐれなかった。
 確かに季節的には雨季。とはいえ熱帯の雨季だから、ザッとスコールがやってきてはカーっと晴れる。またスコールがやってきては、カーっと晴れる。その繰り返しとなるはずなのだが…。
 なのに、スコールがあがっても、雲がぐずぐずと居座っていた。

 ここまで来たからには、ベンガル湾から昇る朝日で始まって、そしてアラビア海に落ちていく夕日で終わる一日というのを体感してみたい。
 また、海で沐浴するインド人たちの姿を、朝に夕にそれぞれの太陽の光の中で見てみたかった。
 と、そんなわけでここカニヤクマリでグズグズしていたAさんだったが、それは何日目かの朝。
 例によって、あの変な夢から追い立てられるように目をさまして、はぁー、はぁーと荒い息の中。
 気持ちを落ち着かせようと、ベッドの上でミネラルウォーターを飲んでいて、ふと。
「うん?波の音……。
 うん。なんか、やけに静かだよな…。」
 一人になってからまたはじまった、例の独り言の会話をつぶやきつつ、Aさん。ゆっくり立ち上がって、窓の外を見れば…。
 まだ暗いが、空には星が出ている。
 そして、真っ暗な浜辺から聞こえてくる大勢の人の声。
 それは、漁にでる人たちが浜で船を準備している声。
「やった!今日こそは、朝日が拝めそうだぞ。」

 別に、ヒンドゥ教徒のように海で沐浴したいわけではなかった。
 が、あの変な夢のせいで汗まみれになった体では、なんだかいけないような気がしたAさん。
 そんなわけで、濡れたタオルで体を拭いていると、窓の外はさらに明るくなってきた。
「おっ!明けてきたか…。」
 見れば、空はずいぶん明るくなっている。
 しつこくグレーの雲がいくつかたなびいているものの、空はますます青味を増してきていた。

 さーっと凪いだ海を、浜辺に向かってくる波の横の線。
 それは、広い間隔でその後ろにも、さらに後ろにも、さらに…と沖まで延々と続く。
 その波を越えて沖に向かっていく、何隻もの黒い三角帆の漁師の船。
 波の線を越えるたび、船からワーっと声があがるのがここまで聞こえてくる。
 ここから見てる分には、波はそれほど高くは見えないのだが…。
 波を乗り越えていく船の動きを見ると、それは上に下にかなり激しい。
「おっと、急がないと!」
 乾いたTシャツを頭からかぶったAさんは、袖から腕を出すのもそこそこに部屋を出ていく。

 ザザザザ、ザッブーン!
 朝日の中、服を着たまま海に浸かり神に祈るインド・ヒンドゥの巡礼者たち。
 男も女も、老いも若きも、金持ちも貧乏人も…。
 胸まで海に浸かって、頭の上を越えていくような波もいとわず一心に祈っているその姿。
 感動──。いや、それはなんとも言い難い感動の衝動が湧き起こってくる光景なのだが…。
 ただ、信仰心ゼロな日本人であるAさんからすると、祈っている人たちがその波にさらわれないかと気が気じゃない。
 海に浸かって祈っている巡礼者を洗う波はそれほど高かった。
 そんな巡礼者たちが沐浴している沖では、例の黒い三角帆の漁船が漁をしていて。
 魚がたくさん獲れたのだろうか。うれしそうな歓声が波にのって、ここまでやってくる……


 Aさんにとって、そのカニヤクマリは、とりあえずの最終目的地としていたわけですが。
 ただ、実際のところ、本当に旅を終えるかどうかっていうのは、決めかねていたんじゃないでしょうか。
 話しを聞くかぎり、Aさんの旅というのは、最初北の方を回って、その後インドの西側を南下するように旅をしていたようです。
 東側も見てみたいっていう気持ちは、当然あったはずです。

 長期の貧乏旅行をした経験のあるツーリストたちに言わせると、旅っていうのは終わらせるのが一番難しいんだとか。
 旅を終わらせるきっかけ?理由?意味づけ?それがなかなか見つけられないのだそうです。
 でも、それが見つからないツーリストは、非日常であるはずの旅がいつしか日常にすり替わっていって…。
 その日常に変わってしまった旅というやつを、ズルズルと続けていくと。
 すると、その日常は、今度はストレスとなってツーリストの心と体をボロボロに蝕んでいくのだといいます。

 おそらく、Aさんもそんな状態に陥っていたのではないでしょうか?
 そしてそれは、もうずいぶん前からだったような気がします。


 その日の夕方。
 Aさんは、また岬の突端の沐浴場に出かけた。
 昼間はギラギラした陽射しが照りつけ、日向ではそれこそ水分が体から蒸発していくのが実感出来るような暑さだったが…。
 いや、そんな夕方の時間でも暑いのは暑いのだが、日がかたむくにつれそれは不思議と気にならなくなっていた。

 Aさんが、沐浴場に着いた時には、もうすっかり太陽の陽射しは優しい色に変わっていた。
 その潮風の心地よさときたら…。
 波も、朝よりぜんぜん穏やかになっていた。
 大人の頭の上を越す、朝の波の高さでは海に入れなかったのだろう。日本でいえば幼稚園児くらいの子供までもが、海に浸かってはしゃいでいる。
 その親たちなのだろうか。浜辺では、インド人の大人がベタっと座り込んで海の方を見ている。
 もちろん、朝のように海に浸かって、頭から波をかぶりながら拝んでいる人もいる。
 しかし、朝と違うのは、どこかピーンと張りつめたような敬虔な祈りの雰囲気が薄らいでいること。
 誰もが思い思いに、その場でその時を過ごしているという風に見えた。

 それは、Aさんたち他の国の旅行者も同じだった。
 朝は、誰もが立ちつくしてその祈りを見ていたのに、今は浜辺にベタっと座って。中には寝っ転がってるのまでいた。
 そして、Aさんもやっぱり…

 インド洋、ベンガル湾、アラビア海それぞれからやってくる波。
 そんな海を、波を蹴って走っている6、7歳くらいのインド人の男の子と女の子。
 女の子はインド風の濃いピンクのパンジャビドレスだったが、男の子はシャツにズボンの洋装。
 二人の子供は、波の中を駆け回ったり、水をかけあったりして、キャッキャ声をあげてはしゃいでいる。
 その服装の様子からしても、たぶんかなりの金持ちの子供なのだろう。
 それも、今までAさんが会ってきた大勢のインド人たちからすれば、考えられなくらいの…。
 この浜辺に座っている誰が彼らの親かはわからないが、きっとその親たちから愛情をいっぱい受けて、伸び伸びと育ってきたのだろう。
 そう、だからあんなに屈託のない声ではしゃいでいられるのだ。

 そんな時だった。
 ストンと、アラビア海と太陽がつながったのは。
 それに気がついたのか、駆け回っていた男の子と女の子の動きがピタっと止って。
 そんな二人は、手をつないだまま、その沈みゆく太陽をポカーンと眺めている。
 二人の足元を、スワーっと洗っていく波。
 でも、二人はそんなことはおかまいなし。
 手を繋いだまま、ただただずっと、それを見続けている後姿……

 ふと横に目をやれば…
 それは、岩の上に座る恋人たちのシルエット。
 シルエットだからよくはわからないが、女性がサリーを着ているところをみればインド人のカップルなのだろう。
 そのシルエットは、まるで凍えているかのように二人で身を寄せ合って、そのアラビア海に沈みゆく太陽をじっと見ている。
 やっぱり、ずっと……

 なんだか、みんな、とっても幸福そうだった。
 もちろん、彼ら彼女らはこのインドではごく少数の恵まれている人たちだ。それはわかっているつもりだった。
 しかし、それは、だからこそわかったのかもしれない。
 それが、日本人とあまりにかけ離れた日々をおくっている庶民のインド人でなく、むしろ日本人と比較的近い日々をおくれる裕福なインド人だったからこそ…。
 日本という国に住んでいる人たちが日々追いかけているもの…
 そして、ここインドで暮らしている人たちが日々追いかけているもの…
 日本人もインド人も、それはなんらかわらない。いや、かわらないどころか──
「なんだ…。
 同じなんだな…。」。

 そこにいたインド人たちと同じように、アラビア海に沈む夕日を見ていたAさんの口からこぼれた、「なんだ…。同じなんだな…」という言葉。
 それが、Aさんの『この旅をお終いにする理由』になった。



 Aさんは、次の朝トリヴァンドラムという街に向かったといいます。
 トリヴァンドラムは州都で、なおかつ空港もありますから、たぶんもう本気で日本に帰るつもりだったのでしょう。
 それは、Aさんがエアチケットを手配するためにトリヴァンドラムの航空会社のオフィスに行って、そこから出てきた時だったといいます。


 明後日のマドラス(現チェンナイ)行きのチケットを手配して、ひと安心したAさん。
 ずっと背負っていた肩の荷が無くなったような気持ちで航空会社のオフィスを出て、思わず大きく息を吐いた。
 1週間後には、日本の地を踏んでいるはず…。
 いや、デリーやボンベイ(現ムンバイ)経由なら、たぶん明後日くらいには日本に帰れただろう。
 でも、デリーやボンベイへは、もう戻りたくはなかった。
 また、インドの混沌に巻き込まれてしまいそうな気がして。
 それと…
 もしかしたら、アイツに会ってしまうんじゃないかって…
 この広いインドで、そんなことあるわけないのに……
 まぁいい。日本に帰れば、それはそれで──。
「うんっ!?」

 誰かがじっと見ているような…。
 顔をあげれば、そこにいたのはウィリアム。
 気だるそうに木に寄り掛かったウィリアムは、目をしかめながら。そして、煙草を(いや、ハッシッシか?)をふかし、Aさんの顔を窺うようにじっと見ていた。

 Aさんが自分に気がついたと見届けるやいなや、ウィリアムは大きく煙を吐き出して、やはり気だるげに手を上げてみせた。
「ウィリアムか…。」
「あぁ。ウィリアムだ。そして、オマエはAだな。」
 そう言っているウィリアムの顔は…。
 あれ、なんか変わった!?
 ひどく憔悴しているみたいな…?
 ウィリアムとは別れてからまだ何日も経ってないというのに、なんだか妙に痩せたようにも見える。

 そばによって見ればそれは明らか。頬のあたりがこけ、目の下には黒く隈。顔色もひどく悪い。
「なぁ、ウィリアム。
 いいかげんハッシッシは、止めたほうがいいんじゃないのか?
 酷い顔してるぞ。」
「ああ、わかってる…。」
「なら、やめろよ。
 今さらヒッピーを気取ったってしょうがないだろ。」
「気どってなんかいないさ。
 ハッシッシ吸ってるのはな、ここじゃアルコールよりコレの方が手に入りやすいからさ。」
「なぁ、ウィリ──。」
「よう、A。カニヤクマリへは、行ってきたのかい?」
「……。」
「……。」

 気だるげに顔をだらりと傾け、Aさんの顔をじっと見つめるウィリアム。
 Aさんも、同じようにウィリアムの顔を見つめていて…。
「…っ。」
 ふっとその目の中に何かわからない感情──、懇願?を認めたAさんはドキリと思わず息を呑んだ。

「お、おい…、ウィリアム。
 オマエ、どうしたんだ?何があったんだ?」
 たぶんAさんがそれに気がついたとわかったのだろう。ウィリアムは、じっと見ていたその視線をはずすと、フッと笑った。
「眠れないんだ…。眠ろうとするとアレが現れて…。
 息がができないんだよ……。」
「アレって……。
 あの、アレか…。」
「そうだよ。あの、アレだよ。
 あの日本人だよ。」
「だから、日本人って言ったって、オマエ──。」
「なぁA。アイツに言ってくれよ。あの日本人に…。
 アイツは、オマエの友だちだろ?
 アイツがオマエの友だちであるように、オレだってオマエの友だちだろ?
 なぁ、アイツにオレにかまうなって言ってくれよ!
 なぁ…。」




──── 本日これまで!
               57話目-6〈了〉/57話目-7につづく メルマガ配信日:10.4.26
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2013
04.27

手作りのアリの巣穴って…


 おとといの夜中だったか(いや、別に夜中だからってオバケの話じゃなく…)。
 夜中にね、いきなり目が覚めたんですよ。
 その目が覚めた原因っていうのは、夢を見ていて、その夢の中で叫んだからみたいなんです。

 いや。それを夢の中で叫ぶ直前の記憶(夢のストーリー)はあるんです。
 夜、商店街の中の道を歩いていたら、
「手作りのアリの巣穴でケガ人が出た模様です。」
と、いきなり商店街のスピーカーからアナウンス。
 それを聞いた私(もちろん夢の中です)は、
 手作りのアリの巣穴ぁ~?
 ……って、はいぃっ!?
って、そのアナウンスの内容を目玉ぐるぐる頭の中で思いめぐらせてたんですけど、でも!
 「手作りじゃないアリの巣穴なんてあるわけないだろーっ!」
って、思わず叫んじゃった瞬間目が覚めたと、そういうわけなんです。

 で、目が覚めたはいいんですけど。
 目が覚めた瞬間、「手作りのアリの巣穴でケガ人が出た模様です」というアナウンスより前の夢の内容をスッパリ忘れてしまったと。

 いやもぉ、目が覚めてからというもの。
 「手作りのアリの巣穴でケガ人が出た模様です」のアナウンスの前って、はたしてどういう展開だったんだろ?って、考えることしきり……
(ま、そのうちまた寝ちゃってたんですけどね…笑)

 ちなみに。
 そのあまりのバカバカしさに大笑いしちゃったのは、朝になって目が覚めてからでした(笑)
 
 うーん。文章にしちゃうと、イマイチ面白くないなぁ…、この話……。
 ま、YouTubeの動画埋め込みやってみたかっただけのネタなんで…(笑)




 

  

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2013
04.27

57話目-5

Category: 怪談話

*57話目-5は続き物です。57話目-1から読んでいただければ幸いです
http://kaidansweets.blog.fc2.com/blog-entry-119.html


 はぁー、はぁー、はぁー……
 はぁー、はぁー、はぁー……
 いったいなんなのだろう?
 今夜もまた、あの変に生々しい夢で目が覚めた。
 ものすごい速度で近づいてくるアンパサダー(クルマ)のライトと音。
 オレは、まるで真夜中迂闊に道路に出ちまった小動物のように、ライトの前から動けない。

 隣のベッドでは、ウィリアムが静かな寝息をたてていた。
 そういえば、あの夜も…。
 あのウィリアムがまるで何かの発作を起こしたようになって大騒ぎになった夜も…
 あの時も、やっぱりこの夢を見て目が覚めた。
 そう、それから…。
 次の朝、船の中でウィリアムが言っていた子供の頃の話しと、それが前夜の状況と全く同じだったこと…

 これって、ウィリアムの言ってたことと何か関係があるんだろうか?
 いや…。そんなわけはない。
 たって、夢はウィリアムと出会う前から見ていた。
 だから、ハッシッシによるものでもないはず…
 それに、ハッシッシはここ5日吸ってない。

 でも、じゃぁ何なんだ?
 なんで毎晩、この夢を見て目が覚めるんだ?


 Aさんの、あの変に生々しい夢は、ずっと続いていたといいます。
 とはいえ昼間は、Aさんもウィリアムも船でのその旅をたっぷりと楽しんでいたらしいです。
 たまたま泊まった小さな村では、そこのトロピカルな風情と村人のフレンドリーな雰囲気が気にいって、ついつい3日も滞在したり。
 なにかというと、「ハッシッシがもうない」って言ってたウィリアムも、次第にハッシッシのハの字も言わずに言わなくなって、村の子供を相手に遊んでいたりしたらしいです。
 そんな生活を送っていると体も自然に戻るのか、日が落ちて夕食を食べるとすぐ眠くなってきて。朝は朝で、日が昇る頃に自然に目が覚める。
 そんな穏やかな日々に浸っていたのだとか。
 ただ、Aさんが夜にあの夢を見てパニックのように目を覚ますのだけはまるで毎晩の行事になってしまったかのように、しつこく纏わりついていたんだと……

 しかし、そんな2人の船の旅も、もう終わり。
 やっと、Kビーチに着いた2人。
 かくしてお話の舞台は、リゾートホテルも建っているような観光地、Kビーチに移るのです。


「たんにビーチっていえば、それまでなんだけど…。
 でも、やっぱり今までの村とは雰囲気が違うよなぁ。」
「あぁ…。」
「ツーリストも多い…。っていうか、観光客が多いなぁ。」
「あぁ。そうだな。」
「ここだったら、ハッシッシも手に入るんじゃないか?
 おい!A。オマエもハッシッシ吸ったら元気出るんじゃないか?」
「ハッシッシ?あぁ、オレはもういらないよ。」

 すっかり元気で陽気そのもののウィリアムとは対照的なAさんの様子。毎晩あの夢で目が覚めるのが、まるで澱のように体に溜まっていっているかのようで。
 Aさんは、とにかく体がだるかった。
 このトロピカルそのものって装いのKビーチの景色を見ても、いまひとつ心が躍ろうとしなくって……

「なぁ、A。オマエ、相当疲れてるみたいだよな。
 どうだ?今夜くらい、いいホテルに泊まらないか?
 Aには、ずいぶん世話になったしな。なんならおごってやってもいいぜ。」
「そりゃありがたいな…。
 でも大丈夫だ。
 ここまで来ればカニヤクマリ(最南端)もすぐだしな。
 たぶんカニヤクマリが、オレのインド旅行の最後になるんだと思う。
 で、その後はボンベイ(ムンバイ)に戻るか、デリーに戻るか…
 でなければマドラス(チェンナイ)に行って、そこから日本だな。
 あっ、できればマドラスから帰りたいな。
 マドラスはまだ行ってないしな…。」
「プっ!マドラスはまだ行ってないから…か!
 おいおい。大丈夫だよ。
 そんな欲が残ってるなら、インドの旅はまだ続けられるよ。
 まぁ、なんにしても今日はいいホテルに泊まろう。
 で、少し美味いもの食って栄養つけて、ハッシッシもたっぷり吸って…。
 だろ?」

 そんなことを言いながら、だらだらビーチを歩いている2人。
 そんな2人をカモと見たのか、話しかけてくるインド人たち。
 それはもう、入れ替わりたち替わりひっきりなし。
 お決まりの「ヘロー!チェンジ・ダラー?」の闇ドル両替屋から始まって、パイナップル売り、ココナッツ売り、捕れたばかりの生きている魚やでっかいロブスターを売ろうとするヤツまで……

「ハッシッシを売っているヤツがいないなぁ…。」
と、ぼやいているのはウィリアム。
「おい、ウィリアム。
 せっかく船の旅でハッシッシとは縁が切れたんだ。
 この際やめちまったらどうだ?」
「うん。それもいいかもな。
 でも…。」
「でも?」
「このビーチで、たっぷり吸ってからだな…。」

 ウィリアムがそう言うのも、わからないではなかった。
 椰子の木の生茂る丘に囲まれた、いかにも南のビーチという感じの、とにかくなんだかワーッと声を出したくなるような解放された雰囲気。
 ひとつ向こうの岬には、なかなかシャレたリゾートホテルも建っていたり。
 そのせいか、貧乏旅行でない欧米の観光客も多くて。
 それらの多くは、水着でビーチを闊歩していて、中にはトップレスでビーチに寝っ転がっているのまで。
 それは、60年代の後半から70年代の前半くらいまで、インドがヒッピーの天国だった頃を彷彿させた。

「ヘロー。泊まる所はもう決まってるのかい?」
 話しかけてきたのは、ポロシャツにルンギ(インドの男性用の巻きスカートみたいなもの)姿のインド人。
 それは、ちょっと太り気味の体に鼻の下に髭をたくわえた、インド人らしいやけに立派な顔立ちの男。
「いや、まだなんだが、いい所あるか?
 今日は、ちょっといいホテルに泊まりたいだけどな。」
と言ったのはウィリアム。
「いい所か…。
 なら、あそこはどうだ?」
 男はニヤリと笑って、向こうの岬に見えるリゾートホテルを指差した。
「あそこは、オレ達ツーリストが行く所じゃないだろ?
 安宿じゃなくて、でもあんな所でもない。
 そんな手頃なホテルはないのか?」
「OK。ノー・プロブレム。いい所がある。乗ってくれ。」
 例のインド人特有の首を横に振る仕種をしたその男は、ついて来いとも言わずにゆったり歩き出す。
 見れば、ビーチの向こう。椰子の木の下に白いアンパサダー(白のアンパサダーは観光客用のタクシー)が停まっていた。
 どうやら、男はタクシーの運転手だったらしい。

「おい、ウィリアム。
 あんなのについてったらヤバイって。ボラれるぞ。」
「いや、アイツは大丈夫だ。怪しげな客引きじゃない。」
「だからっ!
 そう思い込んだ時が一番危ないんだって。」
 親しげに話しかけてきたインド人を不用意に信じ込んだ結果、散々ボラれた経験があるAさんはもう気が気じゃない。
「なぁA。あまり大きい声じゃ言えないけどな。
 インドはかつてオレの国…、
 つまりイギリスの植民地だったのはわかってるよな。
 いいか。植民地の人間っていうのはな、
 宗主国の人間がその国でどういう立場のヤツなのか、
 ひと目見ただけですぐ察するものなんだ。
 つまり、アイツは、オレがイギリスでどういう階級の人間かわかってる。
 だから、大丈夫なんだ。」
「ホントかよ?」
「ああ。なによりの証拠にアイツ、オレと話す時、背筋をピっとさせてたろ?
 こんなこと言ったら気を悪くするかもしれんが、
 もしAと話してたら、背筋なんか絶対伸ばさないはずだぜ。
 ダラーってくだけた感じで話してたはずだぜ。
 大丈夫だ。ここは大英帝国のオレにまかせとけ。
 威光は衰えたとはいえ、
 まだオレみたいな人間を、変な所には連れてはいかないはずだから。」


 ウィリアムの言ったことが正しかったのか、そのインド人が誠実だったのか、それともその両方だったのか。紹介されたホテルは、手頃な値段の割にきれいなホテルだったといいます。
 塀で仕切られているだけとはいえプライベート・ビーチもあって、そこにはオープンスペースのバーも…。


 久しぶりにお湯が出るシャワーを浴びてスッキリした後、バーのカウンターでビールを飲んでいるAさんとウィリアム。
 波の音と海風、そしてその海風になびく椰子の葉擦れの音がやたら心地よい。
「あー、いいなぁー。
 船の旅で泊まった村もよかったけどなぁー。
 でも、所詮オレたちは文明に毒されたヤツらなんだな。
 シャワー浴びてすっきりして、こうしてビール飲んでるとホント落ち着くな。」
 カウンターの背の高い椅子に座って、伸びをしながらそんなことを言っているAさん。
 ウィリアムは、それを見て笑っている。
 そんな中、2人の後ろに近づいてきたのはインド人のウェイター。

「ヘロー。アナタは英国人?アナタは…、ジャパーニ?」
 それは、日本人のAさんが聞いても、たどたどしい英語だった。
「ダラー(ドル)ないぞ。」と、日本語でAさん。
 だいたい、こういう風にインド人が馴れ馴れしく近寄ってきた時っていうのは、ドルの闇両替を言うのが常だった。
「ノー、ノー。旦那方。
 あー、マリファナ?ハッシッシ?
 あー、MAYAKU?
 欲しくないか?」
 思わず見たウィリアムの顔、それは目を丸くして「オー!」と声にならない声で口先を細めていた。
「ハッシッシあるのか?いくらだ?」
 ウィリアムの言葉に、ポケットからハッシッシを2本取り出したそのウェイター。まず、ウィリアムに、それからAさんに向けて見せる。
「これはプレゼント。よかったらもっと持ってくる。」
「おっ、それは気がきくな。よし、じゃ味見といくか。」
 ウェイターはウィリアムにハッシッシ渡して、ちょっとオドオドした様子で火を点けると。次に、Aさんにもハッシッシを差し出す。
「いや、オレは止めとこう。最近体調が悪いから…。」
 そう言ってウィリアムを見れば。
 いきなり、Aさんに向ってモワっと煙を吐いたウィリアム。その煙の向こうで、ふざけて恍惚とした表情をAさんに向けてくる。
「いや、A。こりゃいいヤツだぞ。イヤーな感じが全然ない。
 ほら、ちょっと吸ってみろよ。」
 Aさん、止めておこうなんていったくせして、そう言われるとやっぱり興味が湧いてくる。
「あっ、ホントだ。全然イヤな感じがない…。」
 渡したハッシッシを返されて、気弱そうに困った表情を浮かべていたそのウェイター。
 Aさんが「Good」と言っているのを聞くなり、たちまちニコニコ嬉しそうにしだした。


 結局、その時はAさんもそのウェイターからハッシッシを買い求めたらしいです。
 考えてみれば、ハッシッシは今までウィリアムからは貰っていたものの、自分で買ったのは初めて。
 一方ウィリアムも、いままでになく品質の良いハッシッシに大喜び。
 たぶん、その日は二人して、アラビア海に落ちる夕日を眺めながら、プカプカすっかり酩酊したんでしょう。


 そして、それはその夜中。

 はぁー、はぁー、はぁー……
 はぁー、はぁー、はぁー……
 また、あの変に生々しい夢に襲われたAさん。
 内容もまったく同じ。
 暗闇の中、アンパサダーのライトと音がものすごい速度で近づいてきて。
 その目の前に迫り来るライトを前にして、
 全く動けずに立ちすくんでいる……

 目が覚めた後、例によってAさんはミネラルウォータのボトルを抱え、荒い呼吸を繰り返していた。
 はぁー、はぁー、はぁー……
 はぁー、はぁー、はぁー……
 ドクドク、ドクドク激しく大きな音をたてている心臓。
「いったい、どうなってるんだ?」
 腕時計を見れば、4時ちょっと前。
 そんな中、波の音の間に聞こえる、サーっという音。
 うん。スコールか?
 あ、たしか窓が開いていたはず…。
 Aさんは、よろよろと立ち上がって窓を閉めにいこうと…

 幸い風向きが真逆なのか、雨は吹き込んでいなかった。
 しかし、ベランダはもうすっかりビショ濡れのようで、一面青黒くのっぺり艶めいている。
 風が出たのか、間断なく聞こえてくる波の音。
 でも、真っ暗で海は見えない。
 雲が低くたちこめているのか、空はやけに重っ苦しくて。
 ふと部屋のほうを振り返れば、その重っ苦しい雲のせいか、昨日の夜とは違って微妙に黒っぽいトーンの暗い部屋。
 そして……

 それは、そこにいた。
 ウィリアムのベッドの上。
 寝ているウィリアムに、のしかかるように──。

 動けない…。
 まるで、先ほどの夢の中の自分のように。
 その、ウィリアムにのっかっている、人のような姿形の黒い靄みたいなモノ…。
 それは、Aさんの目には、ウィリアムの首をグイグイと絞めているように見える。

「ウ、ウィリ──、起き、……起き、起きろ!おいっ!ウ──」
 やっと、そこまで言ったその途切れ途切れの言葉。
 でもそれは、その黒い靄みたいなヤツが振り返った、キっという視線で遮られ…。

 それは、あの時と同じ。
 ウィリアムと知り合ったあの日の夜中、ウィリアムが悲鳴をあげて悶え苦しんでいたあの夜と。
「うぐっ…。うっ、うっ、うぅ、うぅ──。
 おわぁぁぁぁっーー!」
 やはりあの時と全く同じな低く割れた悲鳴が、部屋の中で虚ろに響き渡ったその瞬間。
 ソレは、掻き消すようになくなっていた。


 うぐぐぐーっ!うごっ!ゲボっゲボっ!がぁー。うぉっ。
 ゲホン、ゲホン、ゲホン、ゲホン
「お、おい!ウィリアム!大丈夫か?おい!ウィリアム…。」
 慌ててウィリアムのベッドに駆け寄りかけたAさん。
 しかし、ウィリアムは──。
 うごっ!ゲボっゲボっ…。
「く、来るなぁっ!」
 うぐーっ!ゲホン、ゲホン…。
「こっちに来るなぁぁっ!」
 うごっ!ゲホン、ゲホン、ゲホン、ゲホン…。
 近寄ろうとするAさんを遮るようにしきりと左手を振って、さらにベッドの上をずるずると後ずさる。

「おい、ウィリアム。オレだ。
 大丈夫か?オレだ──。」
「Aっ!来るなぁぁっ!
 いったい…、いったい、オマエは何なんだ?
 オレをどうするつもりなんだ?」
 ゲホン、ゲホン、ゲホン…。


 いつの間にか、夜が明けはじめていた。
 空にはまだ黒い雲も残っているものの、スコールはすっかり上がって、ビーチに淡いグレーの波が打ち寄せているのが見える。
 窓のところで立ったままのAさん。
 ベッドの上のウィリアムは、Aさんから一番遠い所…。
 かすかに震えながら、Aさんをじっと睨みつけている。

「な、な…、なぁ、A…。」
「……。」
「な…、なぁ、教えろよ。アイツ…。
 さっきオレの首を絞めてた、アイツ…。
 オマエと初めて会った夜に、やっぱりオレの首を絞めてたアイツ…。
 アイツはいったい誰なんだ?
 あの、日本人は…
 なぁ、いったい誰なんだ?
 教えろよ。
 なぁ、あの日本人は誰なんだよ…」




――── 本日これまで!
               57話目-5〈了〉/57話目-6につづく メルマガ配信日:10.4.25
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2013
04.20

57話目-4

Category: 怪談話
*57話目-4は続き物です。57話目-1から読んでいただければ幸いです
http://kaidansweets.blog.fc2.com/blog-entry-119.html

 船は、両岸に椰子の木の生茂る細い水路を、タタタと軽快に進んでいた。
 頭上の太陽は、ただただ眩しいだけで姿形が全くわからない。
 そんな溢れかえる陽光の下、どこまでも続く豊かなグリーンの色。
 まるで、見えるもの全てがグリーンからイエローの間のトーンの色彩を帯びているかのようなその世界。
 色彩の平衡感覚が、そのうち狂ってくるんじゃないか?って。
 それくらい、圧倒的に鮮やかな色の世界。
 この色の世界はこの濃密な暑さを──今にも背中が踊りだしそうな暑さなのに…。その色彩のあまりの鮮やかさゆえに、暑さをどこかトロ~リとした甘みに変えてしまう。

「なぁ、A。町にはいつ着くんだろうか?」
と、Aさんに話しかけてきたのはウィリアム。
 昨夜、というより時間にしたらつい何時間か前のことなのだが、あの大騒ぎなどすっかりなかったかのような陽気さだ。
「町?さぁ、どうだろう?
 町らしい町なんて、今日は出会わないんじゃないかな。」

 船は、椰子が生茂る中、時々船着場に立ち寄る。
 そのたんび、Aさん達船に乗っているツーリストは船を下りて、船着場にある掘っ立て小屋のような店にいっせいに駆け込む。
 それは、飲み物を買うため。
 買い求められたリムカやゴールドスポット(インドのソフトドリンクの銘柄)は、一気にツーリスト達の咽喉に流し込まれ、一瞬で肌から蒸発。
 そして上空に上っていって、その何時間後にスコールとなってインドの大地に降り注ぐ。
 それは、ツーリスト達が自分の国で汗水流して働いて得たお金がインドのルピーという通貨に換えられた後、あちらこちらでインド人達の懐をちょっとずつ潤していくのにどこか似ているような…。
 つまり、それが悠久の時を刻むインドという大地の「仕組み」というものなのだろう。

「吸うか…」
 ウィリアムは、一瞬で飲み干してしまったリムカの後、2本目のリムカを飲みながら、火のついたハッシッシをAさんの目の前に差し出す。
「ああ…。サンキュー…。」
 一瞬だけ躊躇して、それを手に取ったAさん。
 一息深く吸い込んで、その妙に色の濃い煙と吐きだす。
 軽くむせる。あいかわらずいがらっぽい。
 しかし、吸っていると、後からじわじわと酩酊感がやってくる。
 決して好きな感じとはいえないのに、不思議とそれを求める気持ちがあった。

「もう、手持ちがないんだよ。
 だから、どこかで買いたいんだけど町はないのかな?
 さすがに、こういう所じゃ手に入らないだろう。」
 周りのバナナや椰子の葉で葺いた屋根の家々を見まわしながら、そんなことを言っているウィリアム。
「なぁ、ウィリアム。昨日あのツーリストに言われたろ。
 少し控えた方がいいんじゃないのか?
 また、あんな風になったらヤバイぜ。」
「え…。あぁ昨夜のあれか?あれは違う。
 あれはハッシッシのせいじゃない。」
 そのやけに確信めいた口調とは裏腹な、ちょっとドギマギしたようなウィリアムの目の動き。
「?」
 Aさんのその表情に気がついたのだろう。ふっと真剣な表情になってAさんを見つめ返したウィリアム。
「違うんだって、あれは。絶対…。」
「絶対って?」
「だから絶対さ。オレにはわかるんだ。」
 Aさんは、別にウィリアムの言う「あれは違う」に拘ったわけじゃなかった。しかし、ウィリアムが変に強くそう言い張るもんだから、逆に引っ掛かって…。

「絶対って、なぜ?」
「言えるさ…。ずいぶん前に、同じことがあったからな…。」
「お、おい、ウィリアム。オマエ、もしかして持病かなんかあるのか?
 インドなんか来て大丈夫なのか?」
 ちょっと慌てた口調でウィリアムに聞くAさん。
 先ほど見た地図上では、これから2日位はまともな病院がありそうな大きな町はない感じだった。
 そりゃ鉄道で半日か1日行けばそれなりの町に着くだろう。
 でも、その駅に着くのに同じくらいかかるだろうし、そもそも駅にたどり着いたからってその日に列車があるかどうかわからない。

「なぁ、ウィリアム。
 こんな所で持病の発作かなんかおこしたら、ほんとヤバイんだぜ。」
「病気?ハハハーっ!違うって──。
 おっ!船、そろそろ出るみたいだぜ。
 こんな所で置いてかれたら、それこそヤバイぜ。」
 そう言ったウィリアム。リムカのビンをグッと上に向け中を一瞬で飲み干し、ビンをテーブルの上に置いたかと思うと、いきなり駆け出す。
「おい!A、早く来いよ。」
 慌ててAさんも、残っていたリムカを飲み干し船着場に向かった。


 船は、再びグリーンからイエローの間の鮮やかな色彩の中にいた。
 暑さはさらに酷くなって…。
 上に覆いで日差しが遮られるのはいいが、その分汗が纏わりついて気持ち悪い。
 だからといって、直射日光にあたり続けていたら、あっという間に脱水症状に陥ってしまうのだが。

「しかしまぁなんて色なんだ。」
 船が出発してから、ずっとウトウトしていたウィリアムが、ボソっとつぶやいた。
「よく寝てたな。」
「あぁ…。昨日はよく眠れなかったからな…。」
 ウィリアムは、あの明け方のことを言っているのだろう。
「もう、大丈夫なのか?」
「ああ…。」
 ウィリアムは、短くそう言ってまたスーっと目を閉じる。
 横目でそれを見ていたAさんは短く息を吐いて、また延々と続く周りの色彩の中に目をやる。
 そんなAさんの視線の後ろから、ぼそぼそっと聞こえてきたのはウィリアムの声。

「オレは、デヴォンの生まれなんだ。
 A、オマエはデヴォンって知ってるか?」
「さぁ…。イギリスなのか?」
「コーンウォールの方…、正しくはその手前だ。」
「そう言われてもわからん。」
 Aさんのその答えに、ウィリアムは寄り掛かったまま肩をすくめて、ちょっとばかし皮肉めいた表情。
「まぁいいさ…。
 寒々しい景色が続く場所だ。
 特に冬は、空にしか色がない…。
 物心がついてちょっとしてから、ロンドンの近くに住むようになったんだが、
 伯母の屋敷がデヴォンにあって。
 夏になるとよくそこで過ごしたんだ。」
「イギリスの夏かぁー。行ってみたいなぁ…。
 特に今はこんな所にいるからな。よけいそう思うな。」
 思わず笑ったAさんが、ウィリアムの方を見ると。
 それは、今まで見せたことのない虚ろな目のウィリアム。
 まるで瞳に何も写ってないような…。

「おい。気分、また悪いのか?」
「あぁっ?ああ、違うって…。いろいろ考えてたんだよ。
 この鮮やかな色彩を見てたらさ、なんだかわかった気がしてきた。」
「なにが?」
「オレ達の先祖が、この国を欲しがったわけがさ…。
 たぶんこの色彩が欲しかったんだろうなってさ…。」

 Aさん、なんだか今までと違う一面のウィリアムにちょっと驚いて。
 やたら馴れ馴れしかったり、軽薄だったりってイメージだったのに、今は瞳のどこかに理知的な光のようなものが感じられる。
「なぁウィリアム。
 オマエって、もしかしてイギリスの貴族かなんかの家系だったりするのか?」
「あぁ…。」
「おいおい…。」
 Aさん、(イギリスが英国病と揶揄されるようになって久しいその時代に)よりによってこのインドで、大英帝国の貴族の末裔と道連れになるとは…と苦笑い。

「ずいぶん前に──。
 そう、10歳くらいの時だ。
 夏にデヴォンの伯母の屋敷でしばらく過ごしたんだ。」
「屋敷って、ホントに屋敷か?デッカイ…。」
「屋敷っていったら、大きな家のことだろう?
 まぁそんなことはどうでもいいんだけどな。
 嵐が来た時があってな。
 ほら、子供って嵐が来たりすると妙にワクワクしたりするだろ?
 オレと弟も、そんな風に2人で昼間から大はしゃぎさ。
 近くの丘に登ってずぶ濡れになりながら、好き勝手に動いている雲を眺めていたり…。
 屋敷に戻ったら伯母にひどく怒られてな。
 そんなことをやってたもんだから疲れたんだろう。
 ひとしきり怒った後に伯母が淹れてくれた温かいティーを飲んだら、急に眠くなって。
 オレも弟も、そのまま夜まで寝ちまったんだ。」

「ハハハー。オマエにも無邪気な時があったんだな。」
「フフっ。今だって無邪気なもんだぜ。
 無邪気じゃなきゃ、インドなんて来ないだろ?」
「うーん…。
 確かに無邪気じゃなきゃ、インドなんて来ないのかもしれないけど…。
 でも、よっぽどひねくれてないとインドに来ようなんて思わないんじゃないのか?」
と、Aさんがウィリアムをじっと見ると、ウィリアムはそれに応えるようにAさんの顔をじっと見ていたのだが。
 やがてブブーっと噴出した。
「ひねくれてるか…。
 そりゃそうかもな。
 A、オマエはなかなか面白いヤツだな。」
「で、どうしたんだよ。夜まで寝ちまってさ…。」

「ああ…。それでな、昼間そんなに寝ちまったもんだから、
 今度は夜、なかなか眠くならないわけさ。
 オレの家というのはさっきも言ったように、それなりの家だからな。
 躾けとか厳しいんだよ。
 だから叔母は寝る時間になると、オレと弟を否応なくベッドに行かせた。
 だが、外はいよいよ嵐が大暴れって夜さ。
 全然眠くならないオレと弟は、明かりを消した部屋の窓から、
 ずっと嵐の夜の丘を見てたんだ。
 外はすごい嵐だった。
 窓は絶えず雨で洗われているし、
 時々風にちぎれた葉っぱが飛んでくる。
 音だってすごかった。雨の音、風の音……。」

「なんだか、映画のワンシーンみたいだな。」
「そういえば、伯母の屋敷は映画のロケにも使われたことがあるから、
 もしかしたらAもどっかで見たことあるかもしれないな…。」
 船の進む先を遠くを見るような目で見ながら、そんなことをことなげに話しているウィリアム。Aさんは、そんなウィリアムの横顔をちょっと呆れた思いで見ている。

「でな、飽きもせずずっと外を見てたんだけど、弟がトイレに行きたいって言いだしてな。
 一人じゃ怖いって言うから一緒に行ったんだ。
 で、その帰りさ。
 オレと弟が寝ていた部屋の方に向かって歩いている伯母の後姿が見えて…。
 見つかったら怒られるって思って、たまたま近くにあった部屋に入ったんだ。」

「まさに映画だ。」
「ああ。本当に映画みたいだった。
 中は子供部屋みたくなってて、オレも弟もしばらくキョトンとしてたよ。
 でも、すぐに思い出したんだ。
 ここが、伯母から入ってはいけないってずっと言われていた、
 オレが生まれる前に病気で死んだ伯母の子供の部屋だってさ。
 そのことは、弟もオレと同時に気がついたみたいだった。
 『こ、ここって、チャールズっていう子の部屋だよね…』って震えながら言ってた。
 いや、別にそこに何がいたとかそういうわけじゃないんだ。
 その部屋が、たぶんそのチャールズが暮らしてた時のまま、
 時が止ったような状態になってるってだけで…。
 ただ、なんだかわからない。
 突然、オレは無性に怖くなって、
 弟の手をつかむと必死になってその部屋を飛び出したんだ。
 そして、自分達の部屋にたどり着いたオレと弟は、
 2人一緒にベッドに潜り込んで2人で震えてた…。」

「うーん…。結構ゾクゾクくるな。」
「それは光栄だな。
 それでな、オレと弟は、嵐の雨の音や風の音にいちいちビクっとしてたんだけど、
 まぁ子供だったんだな。いつの間にか眠ってたらしいんだ。
 そんな時、オレは夢うつつに息苦しさを感じて──。
 いや、弟だと思ったんだ。
 弟が怖がってオレに抱きついてるんだって…。
 『おい、苦しいから離れろよ』って言おうとして、隣を見たら弟は気持ちよさそうに寝ている。
 えっ!?って、上を見たら、
 何かがオレの上にのっかっているみたいな気がして…。」

「無数の黒い点のような人影っていったらいいのかな。
 いや、その時オレが、そういうものを本当に見たのかどうかはわからない。
 後になってから、そういうものだったって思い込んでいるだけなのかもしれない。
 ただ、その時何かがオレの胸の上にいたような気がしたのは確かなんだ。
 で、ソイツが、
 オレの胸にのっかってグイグイって胸を圧してきて。
 声を出そうと思った時には、もうソイツの重みで声が出なかった。
 いや、怖くて出なかっただけなのかもしれない。
 そうしてる間にも、ソイツの力はどんどん強くなっていって……。」

「で、ここから先は、後から弟と伯母から聞いた話なんだけどな。
 弟が眠ってたら、いきなり隣で悲鳴が──。
 『おわぁぁぁぁっ!』って、
 その声に弟は本当に動転してしまったらしい。
 そのまま伯母の部屋に逃げ込んだらしいんだな。
 伯母は伯母で、夜中に弟が絶叫あげながら部屋に飛び込んできたんで、
 心底驚いたらしい。
 でも、やっと伯母が落ち着いて。そして、弟も落ち着いて。
 そこで初めてオレは?ってことになったらしい。
 慌てて、オレの所に駆けつけると、
 オレは部屋の床の上で、
 咳き込みながらのたうちまわってったって──。」

「お、おい、ちょっと待て…。
 オ、オマエ…、ウィリアム。そ、それって、さ、昨夜と…」
 なかなか雰囲気出ててゾクゾクくるなぁ…なんて思って聞いていたウィリアムの話。
 ずいぶん昔の子供の頃の話だし、はるか遠くのイギリスの話だしって、他人事のように半ばニヤニヤしながら聞いていたのに……

 それが、急に現在、そしてこの場につながってしまった。
 ピッタリと…。

 話しながら、今までずっと走る船の外の景色を見ていたウィリアムの横顔。その目は水面…、いや、水面のずっと下と見ているような…。
 そんなウィリアムは、Aさんの視線を感じたのか、しきりと左頬を手で引っかくような仕種をしている。


「そうなんだ。
 昨日のアレは、オレのその子供の頃の出来事とまるっきり同じなんだ。
 あの何かわからないモノ…、
 そう。あの時と同じような黒い点の人影が、オレの胸の上にのっかっていたのも…。
 なぁ、A。あれは…、
 あれは、ゴーストってヤツなんだろうか……」

 そう言って、水面のはるか下を見ていた視線を、ゆっくりAさんに向けたウィリアム。
 その妙なくらい目を細めた、どこか諦観したような目の色を見たAさん。ふいに、なにやら戦慄のようなものが心の中で揺らいだ。

 そう…。あの時…。
 あの時は、オレもなにか感じていた。
 誰かいるような気配みたいな…。そして、視線みたいな触感も…
 そう、そもそも、その前にあの変に生々しい夢を見たんだった。
 しかし…。
 オレのそのことと、ウィリアムのそのことって、何か関係があるものなんだろうか?
 というか…
 関係してるわけないじゃないか。
 だって、ウィリアムとは昨日会ったばかりなんだから…

 すっかり押し黙ってしまったAさん。
 それを見たウィリアムは、なぜか一瞬ギクっとした表情をして。
 そして、わずかな間、Aさんの目の奥を窺うようにじっと見ていたが、すぐにいつもの陽気さに戻って言った。
「クスっ!なんだい?どうした?A。
 オレの話が、あんまり怖いんでブルっちまったのかい?
 大丈夫だって。
 子供の時にソレがあったのはもう10年以上前のことだ。
 ということは、次またソレがあるのは、10年以上先のことってことだろ?
 ハっハーっ!」
 そう言うなり、急に腕をAさんの首にまわしてきたウィリアム。
 照れくさそうに笑いながら、Aさんの体を揺すってくる。


 船は、相も変らずの鮮やかな色彩の世界をタタタと進んでいた。
 まるで、朝からずっと同じ所を走ってるんじゃないかっていうくらい、椰子の木のグリーンも続いていた。
 それでも昼が近づくにつれて、イエローが濃さを増したのか?

 船の旅はまだ続く。
 そして、目的地のインド最南端カニヤクマリは、さらに彼方……




――── 本日これまで!
               57話目-4〈了〉/57話目-5につづく メルマガ配信日:10.4.20
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追記:

 怪談話の追記っていうのも、まぁ変なんですけど。
 先週の土曜日の『世界ふしぎ発見』で南インドをやっていまして。
 『世界ふしぎ発見』で紹介していたのは、マハバーリプラムという所なんですが、そこは57話目のお話の舞台とは東側の反対に位置するような場所です(57話目の舞台は、インドの西海岸コーチンの辺りから、トリヴァンドラム、最南端カニヤクマリを仮の舞台としています)。

 ところで、『世界ふしぎ発見』の最後のクエスチョンで石像の工房がちょっと映ったんですけど。
 その工房の光景が、私が行ったウン十年前と全く変わらなことにはかなりビックリしました。
 それこそ日本の仕事場の状況なんて、この15年ちょっと前辺りから、PC、ネット、ケータイ、さらにタッチパネル端末とめまぐるしく変わっているじゃないですか。
 しかも、それは最近はオフィスだけでなく、農業等の一次産業においてもそうですよね。

 でも、インドじゃ全然変わらない。
 いや、インドも都市部では日本以上に変わりまくってるわけですけど、その一方でウン十年毎日全く同じ光景が過ぎていて、その中でそれを普通として暮らしているっていうのもスゴイなぁーというか。ある意味、ここ15年ちょっとで仕事場の風景がガラリと変わってしまった日本人からすれば、異世界に近いというか…。

 まぁ自然災害の多い日本では、間違いなくお金を稼がなきゃならないというのはあると思う反面。
 でも、思わず
 「今の日本の状況ってどうなんだろう……」
と、考えてしまったあの石像の工房の映像でした。

 
 




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2013
04.15

57話目-3

Category: 怪談話

*57話目-3は続き物です。57話目-1から読んでいただければ幸いです
http://kaidansweets.blog.fc2.com/blog-entry-119.html

 Aさんは、朝起きてすぐその町を出ることにしたといいます。
 なんだか、妙に昨夜見た夢が気にかかって…。
 Aさんは、予知夢とかあまりそういうことを信じる方じゃなかったらしいんですけど。
 でも、一人旅ということもあったのか、不安感がもくもくと湧き起こってきちゃって。もう、矢も楯も溜まらずって感じで、その町から移動することにしたらしいんです。
 半日くらい列車に乗ると、海沿いに水郷(湿地帯)が広がる地域が広がっていて、そこから小船を乗リ継いで南の方に向かうことができたとかで。
 もしかしたら、クルマがあまり走ってなさそうなその水郷でしばらく過ごしていれば、気持ちも治まってくるのではと思ったのかもしれません。


 日記をつけて、あとは元気でいるって証しの絵葉書を自宅宛に書いたら、もう特にすることもなかった。
 列車を半日乗って着いた町は、ほんとに小さな町。
 宿は、ドミトリー(一部屋にベッドがいくつも並んだ相部屋)の宿しかなくって。
 ドミトリーは安いのはいいが、きれいじゃないし、なにより落ち着けない。

 そんなAさんが、まだ寝る気になれなくて、見るともなしに地図をながめていた時だった。
「日本人かい?」
 やけに陽気な感じで話しかけてきたのは、見たところ同じ年齢くらいの歳の欧米系のヤツ。
「そうだけど。キミは?」
「オレは、ウィリアム。イギリスからだ。」
 しきりとくゆらせている煙草は、ハッシッシ(マリファナ煙草)なのか、煙の色が妙に濃い。そういえば、臭いにも独特のクセが感じられた。
「吸うか?」
 ウィリアムと名乗ったそいつは、Aさんの前にソレを差し出す。
「ハッシッシか?」
と聞くと、肩をすくめる仕種。
 たぶん「当然だろ」という意味なのだろう。

 マリファナは、インドでは手に入れようと思えば、比較的容易に手に入った。
 しかし、州ごとに法律が微妙に違っていて、見つかると相当ヤバイことになる州もあると聞いていたから、Aさんは今まで手を出すのは控えていた。
「ここって、ヤバくないのか?」
 Aさんの問いに、ウィリアムはまたもや肩をすくめるだけ。
 そして、手に持っていたハッシッシを口に持っていくと吸い込むと、一際大げさに煙を吐き出した。
 さらに、目を閉じて首から上だけをユラユラ揺らしてみせてから、パッチリ目を開けてニヤリと笑ってAさんにそれを差し出す。
「問題ないさ。最高だぜ。ほら…」
 ウィリアムの差し出す、ハッシッシを恐る恐る受け取ったAさん。
 ほんのわずか、それを見つめていたがおもむろに口に持っていって…。

 ウグっ…。ゲボッ!ゲボッ!
 そのいがらっぽさに思わずむせる。
 そんなAさんを見て、ウィリアムは目を真ん丸にして驚いている。
「あれっ?初めてなのか?」
 咳き込みながらも、Aさんがうなずいていると。
 ウィリアムは、まるで珍しいものでも見るようにAさんを見ながら大笑い。
「そりゃ悪かったな。
 しかし、インドを旅していて、マリファナやったことないヤツがいるとは思わなかったな。
 だって、もうずいぶんいるって感じだよなぁ?」
と、Aさんのことを上から下までじろじろ見ているウィリアム。
「2ヶ月くらいかな…。」
「ワオ!そりゃすごい。オレは来てからまだ2週間にもなってないぜ。
 なぁいろいろ教えてくれよ。
 ゴアには行ったか?今でもヒッピーがいて、フリーセックスなのか?
 あと、タール砂漠の方やカシミールへは行けるのか?」


 それを聞いたAさんは、なんだかタール砂漠とかカシミールとか、ヤバイ場所にばっか興味があるヤツだなって。おまけにゴアでフリーセックスなんて、いつの時代の話だよって思わず苦笑をしてしまったといいます。
 で、ゴアがヒッピーのメッカだった時代はとうに終わったんだとか、今はタール砂漠やカシミールは原爆実験やら隣のパキスタンや独立をめぐる紛争で行かない方がいいだろうし。というか、そもそも入れないんじゃないかっていろいろ教えてやったらしいです。
 最初は、マリファナを吸ったことのないAさんをちょっと馬鹿にしてた様子だったウィリアムも、Aさんが今まで旅してきた話を聞いてかなり見る目が変わってきたとかで。


「そうかぁ…。
 ゴアでしばらく楽しんだら、タール砂漠をラクダで旅して…。
 時間があったら、カシミールの方にも行ってみたかったんだけどな。
 うーん。明日からどうしようかなぁ…。
 で、Aは?Aは、これからどこ行くんだい?」
「ああ…。
 とりあえずは、船を乗り継いで南に向かおうかなって。
 カニヤクマリへは、ずっと行ってみたいと思ってたからな。」
「カニヤクマリって…。
 あぁ、コモリン岬か…。インドの最南端だよなぁー。
 うん。それも面白そうだなぁ…。
 あっ、カニヤクマリからはスリランカに渡れなかったけ?」
「今度はスリランカかよ。
 ウィリアムは危ない所ばっか行きたがるんだなぁ…。」

 そんなことを言いながら、そのウィリアムと2人でゲラゲラ笑っているAさん。
 こんな風に誰かとゲラゲラ笑いあっているっていうのは、ホント久しぶりだなぁ…。
 そういえば、アイツも今頃──。
「なぁなぁA!オレも南に行くことに決めた。
 なぁ明日からしばらく一緒でもいいか?」
と、腕をAさんの首にまわしてきてやたら馴れ馴れしいウィリアム。
 なんだかんだ言って、コイツも来たばっかで不安なんだろうなって自分の2ヶ月前を思い出したAさん。
 OKって言ってやると、ウィリアムは見ているAさんの方が逆にうれしくなるくらい、大はしゃぎ。
 ポケットから、まだ吸っていないハッシッシを出して、その1本をAさんに差し出しす。
「ハッシッシはいいよ。オレには合わないみたいだ。」
「実はオレも最初はむせまくったんだ。でもすぐよくなるんだって。」
 と、そんなこんなで。
 寝るまでには、Aさんとウィリアムはすっかりうちとけるようになっていた。
 


「うっ!うぅぅぅぅーっ!
 はぁ、はぁ、はぁ……」
 意識が覚醒した時には、Aさんはベッドの上で上半身を起こした状態で荒く息をついていた。
 はぁー、はぁー、はぁー…
 はぁー、はぁー、はぁー…

 まただった…。
 昨夜見た、あの夢と同じ夢。
 妙に生々しくって、意味がわからないあの夢……
 そう。今夜もまったく同じ夢で目が覚めた。

 みるみる間に大きく迫ってくる強烈な光。
 そして、それ以上の速度で音が耳をつんざく。
 前から迫ってくるアンパサダーの黒いシルエット。
 巨大なつむじ風が目の前で回転してるような急ブレーキの音。
 それは、目の前──。

 月明かりが窓から差し込む、寝息やいびきが行き交う部屋…
 そんな平和な部屋の中で一人、Aさんは荒い呼吸を繰り返していた。
 はぁー、はぁー、はぁー…
 はぁー、はぁー、はぁー…
 耳につく心臓のドクドク、ドクドクという音。
 それは、寝ている連中が起きだすんじゃないかっていうくらい激しく大きくて。

「いったい、なんなんだろう…?」
 船着場のすぐ近くの宿。そこは、着いた時ですらオートリクシャーが時おり来るくらいで、クルマの往来はほとんどないというのに。
 何気にミネラルウォーターのボトルをつかむと…
「あ…。」
 それは、やけに軽い。
 ちぇっ!ウィリアムと話し込んで、ミネラルウォーターに気がまわらなかった。
 それでもかまわずキャップを開けて傾けると、わずかばかり残っていた水がのどを通っていくのが感じられる。

「今、何時だろ?」
 腕時計を見れば、まだ4時を過ぎたくらい。
 その瞬間思わず出た、深いため息。
「はぁぁぁぁぁーーーー」
 それはまるで、寝る前に吸っていたハッシッシの煙のように、青く暗い部屋の隅々まで広がっていく。

 と、寝息のひとつがふいに止まって…。
「?」
 反射的に、そっちに眼を向けたAさん。
 外から差し込む月明かりが強くて、逆に陰影が濃すぎてよくはわからないが、それはたぶんウィリアムのベッドのあたり。

 え?誰かいる…!?
 いや、そりゃ誰かはいる。みんな寝ているのだから。
 ただ、それとは微妙に異なる気配が、このねっとりと甘い香りのする空気を通して肌に伝わってくる。
 そう。そんな感覚……

 こんな安宿には付き物の、ゴキブリでも這いまわっているのか?
 Aさんがそんなことを思った時だった。
 ふいに、寝ている者達以外の気配が濃厚になったような気がして、はっとそっちに視線をやると。
「うぐっ…。うっ、うっ、うぅ、うぅ──。
 うぐっうぐっうぐっ──…………………」
 うめいているような、その明らかに異常な声。
 思わずベッドから降りて立ち上がろうとしたAさん。
 なぜかはっとして、それをやめ。代わりに伸び上がるようにそっちの様子を窺ってみたのだが…。
「…!?」
 たった今聞こえた、あの異常な状態の声は、パッツリ途切れたまま。
 ただ、なんだかわからないが、あんなうめき声みたいな声って相当ヤバイと、その声のしたベッドの方に行こうとして──。
「えっ!?」
 前に出るどころか、逆にペタンとベッドに尻餅をつくように押し戻されてしまったAさんの足。
 な…、なんだ?
 驚くというより、あっけに取られてしまったAさん。
 それは、あの苦しそうな咳の音の方から、一瞬だけ感じられたキッという視線。

「おわぁぁぁぁっ!」
 低く割れた悲鳴が、部屋の中に響き渡ったのはその時だった。
 まるで古い絵画から聞こえてくるような虚ろな響きに、ゾワゾワっという触感が背中から首筋に突き上がってくる。
「うっ!」

 途端に、今の今まで部屋から聞こえていた寝息やいびきがピタっと止まり。
 そして、その悲鳴に呼応するかのような声にならない悲鳴。それは、寝ていたみんなが一斉に飛び起きた気配。
 濃い蒼のモノトーンに染まった部屋に、いろいろな国の声が行き交かう中。
 パッと黄色く走ったのは、誰かが点けた懐中電灯。
 さらにガサゴソあたりをまさぐったりしている音は大きくなって。
 そのかなり大きなざわめきの狭間から聞こえてきたのは、苦しそうな咳の音。
 そのゲボっゲボっ、ゲボっゲボっという咳の合間にひゅる~っと聞こえる音。それは、明らかに呼吸が出来ない者が必死で空気を求めている音。

 いきなり点いた明かり。
 むき出しの白熱灯ひとつだけの暗いオレンジ色の光の中で、あのゲボっゲボっと苦しそうな咳の音は、まだ続いている。
 飛び起きた誰もがキョロキョロしている中で、床に転がって体を折ってもがき苦しんでいたのはやっぱりウィリアムだった。
 いち早く気がついた比較的近くのベッドのツーリストが、ウィリアムを慌てて助け起こしている。
 やっとベッドから立ち上がれたAさん。
 そんなAさんが、ウィリアムの傍まで駆け寄った時。
 ウィリアムは、相変らずゲボゲボいいながらも近くのツーリスト達に介抱され、渡されたミネラルウォーターの水を飲んでいた。

「ゲホン、ゲホン…。あぁぁぁー。
 大丈夫。もう大丈夫…。
 ゲホン、ゲホン…。ゲホン、ゲホン…。うぅぅー。
 大丈夫。もう、大丈夫…。」
 まるで咽喉だけでしゃべっているような、ぐずぐずと苦しそうなウィリアムの声。しかし、その口調も目ももうしっかりしていた。

「大丈夫か?ウィリアム。」
 ウィリアムを囲んで心配そうに見ているツーリスト達の後ろから、Aさんが声をかけると。
「だいじょ──、ゲホン、ゲホン。」
 慌ててまた背中を擦りだすツーリスト。
 そのウィリアムは、手の平でそれをさえぎるような仕種。
「サンキュー。サンキュー。もう、大丈夫。大丈夫…。
 いや参った。寝てたらなんだか急に息が出来なくなって…。
 死ぬかと思ったぜ…。」
と、涙目のまま笑っている。

 それを見て、やっとホっとした表情を浮かべる部屋のツーリスト達。
「おどかしやがってー。」
「あー、びっくりした。」などと、口々に。
「いや、悪かった。
 大丈夫だから。もう大丈夫だから。サンキュー。サンキュー。」
 しきりと詫びとお礼を言っているウィリアムの目がAさんの目と合った。
「A、サンキュー。もう、寝てくれ。大丈夫だから──。」
 そんなウィリアムを遮るように、近くにいたツーリストが言った。
「オマエら、さっきハッシッシ吸ってたろ。
 ハッシッシ吸うの、別に止めはしないけど。
 でも、少しは注意した方がいいぞ。
 人によっては、心臓にまわってかなりヤバイこともあるっていうぞ。
 どうせその辺をうろついてるインド人から買ったんだろうけど。
 ああいう連中の中には混ぜ物が入ってる粗悪品売ってるヤツ、いくらでもいるんだぜ。
 場合によっては、意識が戻らなくなったり、ショック死なんてこともあるって話だぞ。
 それと、この州はどうか知らんけど、
 持ってただけで刑務所何十年なんて州だってあるんだし。
 持ったまま出国して、着いた国じゃ持ってただけで死刑ってことだってある──。」
「わかった。わかったって…。
 オレだって、もう懲りたって…。」

 胡散臭いものでも見るような目で、ウィリアムとAさんを交互に見ているそのツーリスト。なおも、なにか言いたそうだったが、
「おーい、もう明かり消すぞぉー。」って声に、あきらめたようにベッドに戻って行った。
 そして、なんとなくお互いうなずき合ってベッドに戻ったAさんとウィリアム。
 すぐに明かりが消えて。
 その途端、部屋中から一斉に安堵のため息が聞こえた。


 それを聞きながら、Aさんは思わずもう一度ため息をついた。
 変な夜だ…。
 心の中でそうつぶやいて、もう一眠りしようと体を横に。
 でも、その変な夜が今夜だけじゃないってことを思い出した。

 もういいかげん、疲れきってるのかな?
 最南端まで行ったら…
 そうだなぁ…。
 オレもそろそろ帰るかな…。

 もう夜が明けようとしているのだろう。
 鳥のさえずる声がどこからか聞こえてくる。
 そう。それはそんな時刻のことだった。




――── 本日これまで!
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2013
04.13

57話目-2

Category: 怪談話
*57話目-2は続き物です。57話目-1から読んでいただければ幸いです
http://kaidansweets.blog.fc2.com/blog-entry-119.html

 さて、ホテルを出たAさん。
 まるで、上からガバーっとのしかかってくるような強い日差し。
 体の上の方から、たちまちカァーっと熱を帯びていく。
 頭のすぐ上に、でっかいヒーターがあるような感じと言ったら、さすがにそれは言いすぎか?

「熱いなぁ…。
 とりあえず今日泊まるとこ見つけるかぁー。」
 ホテルの門の所にはガードマンが立っていて、ホテルから出てきたAさんを一瞬ジロリと胡散臭げに見つめた後、ニコッと笑う。
「いやぁ~、ホットだねぇ~」
と、ひとり言とも挨拶ともつかぬことを日本語で言いながら門を出れば。
 その途端、一斉にAさんに駆け寄ってきたオートリクシャー(三輪タクシー)の運ちゃん達。
 口々に「ヘロー、ジャパーニ!」とか「乗れ」とか、もぉ五月蝿いことこの上ない。
「ジャパーニーは、ノーマネーよ。ノーダラーよ。バイバイ」
(オレは金持ってないよ。米ドルも持ってないよ。バイバイ)
 Aさんは、そう言って運ちゃん達の包囲網をかいくぐって道路へ。
 途端に、モワっと妙に生暖かく感じられる排気ガスの臭い。
 この頃は、そのインド特有のまるで黒く色がついているようなその空気で呼吸していても、特になんとも思わなくなってしまった。

 まだ歩いて3分も経ってないっていうのに、朝補給した水分の大半が蒸発してしまったのが実感できる熱さ。
 一瞬でカラッカラに蒸発してしまった汗のない肌に、陽射しは容赦ない。
「げぇぇーっ。しっかし、今日はなんともホットだなぁー」
 あまりに大きなひとり言に、ビクっと立ち止まって怪訝そうにAさんを見ている中学生くらいの少年。
「アッチーな」
 って、肩をすくめてみせると、彼も同じように肩をすくめてクスクス笑いながら、あっという間にあっちの方に駆けていく。

「この町、ちょっと長居してみようかな…」
 また、そう一人でしゃべったAさん。今夜泊まる所を求めて歩き出した。


 見つけた宿は、インドには珍しく小ぎれいな住宅街の中にあって、静かなのがよかった。
 すぐ近くにはチャイニーズフーズの食堂もあって、インディアンフーズにいい加減食傷気味のAさんにはありがたいかぎり。
 町をブラブラするのにも飽きたAさん。その日も早々に宿の自分の部屋に戻って。ベッドに寝っ転がって、ボーっとしていた。

 すっかり夕方になったとはいえ、あいかわらず熱い。
 とはいえ、ここは高台にあってなおかつ4階のせいか、時々思い出したように風がフワーっと入ってくるのが心地がよかった。
 もうちょっとしたら、あのチャイニーズレストランにメシ食いにいくかなぁなんて考えていて……
 ベッドの上でいつの間にかウトウトしていた。


「わぁぁーっ!」
 いきなり大声をだして上半身を起こしたAさん。
 はぁー、はぁー、はぁー……
 その、荒い息。
 いつもの如く枕元に置いてあるミネラルウォーターをひったくるように取ってゴクゴクと飲み干し、そしてボトルをもどす。
 水を飲んでやっと落ち着けば、全身が汗でぐっしょり濡れているのに気がつく。
「うわっ、マイッタなぁー。またシャワー浴びに行くしかないか…」
 また例によってひとりしゃべりしながら、すっかりうすっ暗くなった部屋で荷物をゴソゴソやっているAさん。

「うん!?待てよ…」
 振り向いたそこには全開の窓。
 わずかに光の残る蒼い空をバックにわさわさと揺れているのは、隣の家の庭からそびえる一際高い椰子の木のシルエット。
 4階のこの部屋からだと、上で茂っている葉とその下にぶら下がる実が、ちょうど目の高さに見えて…。
 その光景が気にいってこの宿に決めた(インドの安宿は泊まることを決める前に部屋を見ることが出来る)のに、今はなんだか妙にその椰子の木が気にかかる。

 そのままの姿勢で、窓の向こうを見つめていたAさん。
「あっ…」
 思い出した。
 それは夢。
 たった今、大声出して目が覚めたのは、ウトウトしていて変な夢を見たから……。

 椰子の葉の下にぶら下がっていた実の1つが、急に大きくなったような気がして。
「うん、誰か実を取っているのか?」
 実のなっている場所に、人の姿のように見えるシルエット。
「あれっ!?何もない…」
 今、確か人の姿のようなものが見えたのに、よくよく見ればそんなものはどこにもなくて。
 考えてみればそれは当たり前。
 この窓と同じ高さということは、4階建てのビルと同じ高さということ。
 いくらインドといったって、人がそんな高さまで登るものか?
 とそこまで思っていて、ふと思い出したのは、以前TVで見た猿に椰子の実を取らしている場面。
「あ、もしかして猿に実を取らしてるのか?」
 こりゃ面白いと、慌ててカメラを取り出そうとバックパックの中をさぐっているAさんの手元が急に暗くなる。
「?」
 反射的に、窓の方を振り返ろうとして、それは振り返る途中だったのか?それとも、完全に振り返って窓の外を見たのか…。
「わぁぁーっ!」

 そう。つい今しがた、自分の大声で飛び起きた原因はそれ……
 でも、その夢の中で窓を振り返った時、何を見て叫んだのか?
 その肝心なところをスッパリ忘れてしまって、どうしても思い出せない。
 ふいに脳裏に浮かんだのは、なぜかアイツの顔…。
 Aさん、首を振るように苦笑い。
「あーっ、やめよう、やめよう。シャワー浴びて──。
 あ、いいか。どうせ外出たらまた汗かくしな。メシ食ってからシャワー浴びたほうがいいや…」
 そうつぶやきながら立ち上がったAさん。
 すっかり暗くなった部屋の中。
 窓を見れば、先ほどの椰子のシルエットが、あいかわらずゆらーりゆらーり揺れているのが見えるが、今はべつにどうということもない。
 「いかにも南の暑い国って感じでいいじゃん」ってつぶやこうとして…。
 その南の暑い国にいることが日常な今の自分に気がついて、Aさんは思わず苦笑い。


 食堂で食べたチャイニーズフーズは、ちょっとばかりインドテイストな感もあった。
 しかし、胃袋までもがしみじみ「懐かしい」って言いだしそうな味に、すっかり満足したAさん。
 「この町はいい町だなぁー」なんてつぶやきながら、日記に「この町のチャイニーズ・レストランは美味い」なんて書き込んでいる。
 シャワーも浴びたし、さぁ寝るかって灯りを消したのだが、目が妙にさえていて…。

 意識上では何も考えてないのに、でも心のどこかで何かをジーっと考えているみたいな状態。
 インドに来てから…、一人になってから…、ふと気がつくとこういう状態になっていることが多い。
 瞑想?
 というのとはちょっと違うような…。
「見てるんだよなぁ…」
 青黒く暗い部屋に、ぽつんと響いたAさんの声。

 まるで、自分という物が「見る道具」になってしまったかのように、自分の意識がフーって消えていって。でも目の前の風景や人々をただ見て、それを脳に送り込んでいる。
 過去のそれが、急によみがえったりすることもあって…。

「オマエさ、なんか知らんけど、さっきからずっと怒ってるよな?」
「ふーん。わかるんだ…」
「おいぃー。なんだよぉー、それぇー?」
「わかんねぇんなら言ってやるよ。オマエはよ──」

 はぁー…………
 深いため息。
 それは、部屋の暗がりに染み入っていくように長くて…。
 Aさんは、寝返りをうつように顔を窓の外に向ける。
「月が出てんだなぁ…」
 窓の外では、蒼い空をバックに、椰子のシルエットが黒くゆらーりゆらーりと揺れている。
 ずいぶん遠くからのように聞こえてくるクルマのエンジンの音。
 時々ボソボソとした感じで聞こえてくるのは、人の話し声だろうか?
 下の部屋に泊まっている人か?それとも隣の家の住人の声か?
 暑くて眠れなくて、なにか話しているのだろうか?

 なんだか、インドとは思えないくらい静かな夜。
 いつしか眠ってしまっていたのか、それとも意識だけがどこかに飛んでいった状態だったのか……

 その強烈な光に目が眩んで顔を背けたのと、その音は同時。
 光はみるみるまに大きく迫って、そして音はつんざくように──。
 前から迫って黒い塊はクルマ?
 その丸みを帯びたシルエットを見れば、それだけでわかる。
 アンパサダー(かつて、インドで最もポピュラーだった国産車)だ。
 迫ってくるヘッドライト。
 そして、エンジンの爆音!急ブレーキの音!
 うわっ!オレのすぐ前だっ!もう駄目──。

「うわぁぁぁぁぁーっ!」
 その大声に、ベッドから飛び上がるように上半身を起こしたAさん。
 はぁー、はぁー、はぁー……
 はぁー、はぁー、はぁー……
 荒い呼吸が止まらない。
 枕元に置いてあるミネラルウォーターを、ひったくるように取ったAさん。
 でも、あまりにもボトルを上に向けたもんだから、水が溢れてあごを伝ってベッドを濡らす…。
 ひとしきり飲んだミネラルウォーターのボトルを、ベッド脇に置くと。
 Aさんは、暗闇の一点を見るともなしに見つめる。

 はぁー、はぁー、はぁー……
 はぁー、はぁー、はぁー……
 荒い息遣いが、まだ止まらない。

 夢…。
 夢だ。
 でも、なんだかやけに生々しい夢。
 部屋の青白い暗闇を見つめる先には、ヘッドライトの残影が今でも青黒く見えるし、つんざくような急ブレーキの音もしっかり耳に残っている。

 はぁー、はぁー、はぁー……
 はぁー、はぁー、はぁー……
 荒い呼吸は、まだ部屋の中で続いていた。
 こんな生々しい夢って……。


「えっ!?オレ…、今寝てたんだっけ…」
 青白い暗さに染まった部屋から聞こえるAさんの声。
 しかし、その問いに答えるものがあるわけもなく。

 下から聞こえていた話し声は、いつのまにか気持ち良さそうないびきに替わっている……




――── 本日これまで!
               57話目-2〈了〉/57話目-3につづく メルマガ配信日:10.4.18
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2013
04.13

本屋大賞って…


 本屋大賞って、な~んかお行儀よすぎない?
 …って思っちゃうのは私だけなんですかねー。
 ていうのは、今回選ばれた本見ても、ノミネートされた本見ても。
 な~んか「いかにも…」って感じがしちゃってしょうがなくって…。

 まぁ「本屋の店員さんが一番売りたい本」が賞のコンセプトということだから。そこには、「一番売れそうな/ウケそうな」っていうニュアンスも当然含まれているとは思うんだけど…。
(いや。それはそれで全然OKとは思うんですけどね)

 でも、なんていうのかなぁ…。
 学級委員的というか、それこそ図書委員的というか……(笑)
 なーんか、面白味がないんだよなー。
 お行儀のよい音楽を延々聴かされてるみたいっていうか…。
 ま、過去全ノミネートを含めても、実際に読んだのは3冊しかない私が言うのもなんなんですけどねー (笑)
 http://www.hontai.or.jp/
 http://www.hontai.or.jp/history/index.html

 正直言って…。
 読みたいって思わせてくれるパワーや、ワクワク感ドキドキ感を感じさせてくれる本が少ないような気がするっていうか…。
 いや。どの本だって、実際に読みはじめちゃえば面白いんだとは思うんですけどねぇ…。
 
 ていうか。違和感の大元は、選ばれた個々の本よりは、むしろ賞全体のトーンなんでしょうね。
 ま、私自身がここ数年くらい本を読まなかった時期もないから、そのせいもあるのかもなーとも思うんだけど。
 でも、もうちょっとパンキッシュな感覚…、ていうかハプニング性というか、意外性というか。
 な~んかこう…、「おっ!」と思わせてくれる何かがあってもいいんじゃない?って。

 とはいえ。
 「じゃぁどんな本ならいいんだよ?」って聞かれちゃった日にゃぁ、「あ、UFOっ!」とか言って、笑ってごまかすしかないんだけどさっ!(爆)


 まー、そうっ。他の賞に対しては別に何も言う気ないのに、この「本屋大賞」に対してだけは何かこう言いたくなっちゃうっていうのは…。
 やっぱり、「本屋」って言葉がついているからなのかもしれないなーって。
 だって、本屋好きだし!

 町の本屋がどんどんなくなっていったり、もしくは売れ筋の本と雑誌しか置いてない、まるでコンビニみたいな店になっていく中で。
 確かに本屋だって商売だから儲からなきゃしょうがないっていうのは大いにわかりつつも。でも、本って商品でありつつも、微妙にそれとは異なる部分も持っているわけじゃないですか。
 それは当然、本を扱っている本屋だって同じなんだと思うんですよ。
 つまり、本を買う場所であると同時に、日々の立ち寄り場所であったり、コミュニケーション空間であったりと。
 そう、飲食店でいえば、喫茶店やカフェ、もしくはバーみたいな…。
 本屋っていうのは、そういう意味合いを持っている店であり、またそういう意味合いを持った商品を扱う店であるわけですよね。
 確かに、私自身も現在は本をネットで買うことが多くなってきてるんだけど。でも、だからって身近に本屋がない暮らしっていうのは(私個人としては)絶対考えられないですしねー。

 そういう意味で、本屋っていうのは絶対そこにあり続けてほしいわけですけど、でもそう考えた時、そのための方策として現在の「本屋大賞」の傾向ってホントそれでいいの?
って疑問を感じてしまうってことなんでしょうね。
 たぶん…(笑)

 本とか音楽っていうのは、確かに楽しんだり心を癒したりするモノではあるんだけど。
 でも、時代を創っていく・引っ張っていくモノでもあるわけで。
 そういう面で見ていくと、現在の「本屋大賞」っていうのは、世のアーリーマジョリティとレイトマジョリティにウケそうな本を選出しているだけにすぎないんじゃないのかなぁ…って。
 やっぱり本屋の店員さんっていうのは、何より本のプロなんだし。
 そこは、マジョリティの視点は保ちつつも、反面(まぁイノベーターではなくてもいいのかもしれないけど)アーリーアダプター的なスタンスも持っていて欲しいような気がするんだけどな…。



 とまぁ。
 いろいろと不満の多いお年頃ってことで…… (笑)



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2013
04.06

57話目-1

Category: 怪談話

 インドというと、やっぱり神秘とか、混沌とか、そっち系のイメージが強いですかね。
 また、最近だとIT大国とか、インド式算数とか、優秀なイメージ。
 まぁどれも正しいのは間違いないんですけど、それらはインドのほんの一面ともいえます。
 なにせインドは、人口推定約11億、陸地面積は約328万平方キロ(ちなみに日本は約38万平方キロ)。
 とまぁ、とにっかくやたら人がいて、またやったら広いですから、旅行しても神秘とか頭いいとかそういったイメージにたどり着く以前に疲れ果てちゃって…。
 気がつけば、ただただボーっと辺りを眺めてるだけって感じです。
 まぁそんな風に、やたらだだっ広いところに人がわんさかといるわけですから、たぶん不思議な事だっていっぱいあるんでしょうね。


 実は私も、もうウン十年前に行った時に、不思議といえばまぁ不思議(?)という場面に出くわしたことがあります。

 とある海岸で、いきなりのスコールに目の前にあったビーチハウス(海の家みたいなやつ)に慌てて飛び込んだ時のことです。
 その中にいたツーリストが、なんと日本人ばっかり5人。
 当時は、そのエリアって日本人ツーリストに、それほどポピュラーじゃなかったんです。
 もちろん、歩いていればヒマなインド人たちから、あのお決まりの「ヘロー・ジャパーニ。チェンジ・ダラー? (こんちは、日本人。ドルの闇両替しない?)」をひっきりなしに声かけられてたんで、まぁそれなりに日本人ツーリストはいたんだとは思います。
 でも私自身としては、それまで1日1人の日本人に会うか会わないくらいのペースだったこともあって。その時、たまたま雨宿りで飛び込んだ店に、東アジア系の顔立ちがズラーっと並んでいるのをいきなり見た時は、ちょっとビックリでした。
 いや、中にいた彼らも「うわっ!なんだ?また日本人が来た!」って驚いてたくらいで。
 その中の1人は、もう何日もそのビーチハウスに泊まってたらしいんですけど。
 その日っていうのは、寝坊して遅い朝食を食べてたら、次々と日本人ツーリストが入ってくるので「なんだろ?今日は…」って思ってたって言ってました。

 ところが、本当の驚きはその後でした。
 そこにいたみんなと、「どこ行った?」「どこそこはよかった」「どこそこでは何という宿が安くてよかった」だのと、お決まりの情報交換をしていた時のことです。
 いきなり、
「なんだよー!オマエぇ、なんでこんなとこにいるんだよー!」
って日本語が聞こえてきて。

 見れば、そこにはまたもや日本人ツーリスト。
 私たちは、「なんなんだぁ!また日本人だよ!」って驚くやら、大爆笑するやら。
 ビーチハウスの主人のおっちゃんまでもが、目ん玉真ん丸にして大笑いしている中、一人口をアングリしてたのがそのビーチハウスに連泊してたという日本人ツーリストの彼。

 実は、彼らは友人同士。
 それも2ヵ月くらい前に一緒にインドに来て、2人で北の方を回ってたらしいのですが、やっぱり一人旅じゃないと面白くないってことになって、もう1ケ月半くらい別行動してたらしいんです。
 一人は東のカルカッタの方に行ってみたいってことだったので、もう一人は「じゃぁオレは西の方だ」って。
 それが、あのとにかくだだっ広いインドで、何を思ったのかその日その場所で再会してしまったという偶然。

 ビーチハウスにしたって、その海岸にはもうズラーって何十軒も並んでいるんです。
 後から来た彼が隣のビーチハウスに入ったとしたら、お互いすれ違ったまま、次の日はどちらかが別の町に移動していた可能性だってあるわけです。
 みんな、インドの広さ人の多さを実感しているツーリスト達ですから、「うわっ!すげぇ偶然」って、驚くことしきりです。

 そんな中、一人のツーリストがポツリと…。
「でもさ、なんだか例のあの話みたいっすよねぇー」って。
 すると、その横に座っていたツーリストも。
「うん。オレもそう思ったんですよ…。」
「あぁ、やっぱりみんな知ってんですねぇあの話…。
 実はその話、
 オレも何週間か前に会った日本人から聞いたんですけど、
 この店入って、コイツがいるの見て、真っ先に思い出したんですよねー。」
って、最後に入ってきた彼も言い出して。

「なんだよ、それ?」
 と、怪訝そうな顔つきの最初からこのビーチハウスに泊まっていた彼。
 実は私も、彼らの言う「あの話」ってわからなくて。
「何なんです?あの話って…。」って聞いたわけなんです。
 すると、最初に「あの話みたいだ」って言ったツーリストが、
「ほら、Qホテルって知らないっすか?あの有名な…。」って。
「Qホテルって…。
 あぁあれですか?
 体売って旅行続けてる、日本人の女のバックパッカーがいるっていうウワサ。
 っていうか伝説…。」
「あー、それはQホテルの話のバリエーションじゃないすかね? 
 実は、オレもこの間会った日本人ツーリストに、いろいろ教えてもらったんすけど。
 あの話は、もう何がホントでウソかわかんないくらい、
 いろんなバリエーションがあるって言ってましたよ。」

 インドあたりを貧乏旅行しているツーリストは、2、3ケ月くらい旅行しているのはごく普通。ヘタすると何年も旅行している人もいるくらいなので、ある種ひとつの世界を形成しているんです。
 その世界の中で、様々な役に立つ情報から根も葉もない情報、デマまでいろいろな情報が飛び交っているわけですが、まぁそのQホテルの話もそのひとつだったわけです。
 しかし、彼らの言う「あの話」は、それとはまた別の話だったらしくて…。

「実はQホテルは関係ないんっすよ。
 まぁそんな風に、
 旅行者の間で伝わってる話ってことなんすけどね……」



 そのホテルの部屋に入った時、Aさんはかなり疲れていた。
 無理もない。
 今日は、明ける前からずっと列車で揺られっぱなしで…。
 ただそれだけとも思えない。この疲れは。
 たぶん、4日前からずっと続いている下痢に、体力をすっかり取られちゃってるんだろう。
 インドに来てはや2ヶ月。もう何度目だろう?
 今日は、もぉ寝ちゃおうかな…。
 あっ、夕メシまだ食ってなかったんだっけ。
 いいか。あんまり食欲もないし。ミネラルウォーターも買ったばかりのあるし…。


 インドの貧乏旅行者が泊まる安宿というとドミトリー(部屋の中にベッドがいくつもある相部屋)というイメージがあります。
 でもそのAさんという人は、盗難が怖いのと、あと夜くらいは一人で静かに寝たいっていうのがあって、極力一人部屋に泊まるようにしていたらしいです。
 その日は、続いている下痢と一日揺られ続けた列車の旅のせいで、今までになく疲れきっていたこともあり、奮発して普通の旅行者が泊まるようなエアコン付きのホテルに。
 あちこち砂埃でジャリジャリいうものの、昨日まで泊まっていた安宿から比べれば一応清潔。エアコン付きの部屋だから、あの日本では絶対味わえないような熱気で眠れないってこともない。
 今夜一晩ぐっすり寝ちゃえば明日には元気になってるだろうって、その日は早々にベッドに入ったといいます。


 ジ、ジ、ジ、ジー、ジジジジー
 カシャカシャ…
 パリパリパリ……

「っ!?」
 ふっと、目が覚めたAさん。
 今、なんか物音がしてたような…。
 スイッチが入ったかのように急激に覚醒していく意識。
 そーっと頭だけ起こして、ゆっくりとあたりを見回せば……

 カーテンの隙間から青白い光が差し込んでいて、意外に部屋の中は明るい。しかし、光が差し込んでいる分、光のとどいていないドアの方は逆に闇が深い。
 しかし、五感の全てをキーンと張り巡らしてみても、音なんて何ひとつ感じられない。

「気のせいか…」
 ぼそっとつぶやいて、時計を見ればまだ4時前。
 枕元に置いておいたミネラルウォーターのボトルを取って、一口飲んでいると…。
「疲れ、取れたなぁ…。すっかり……。
 あ…、腹も調子よくなったみたいだ…」
 あれだけ続いていた、下っ腹のなんとも心もとない感じがすっかり消えていた。
「もうひと眠りするか…」


 そして、朝。
 昨日までの体調が嘘のようにスッキリしていたAさん。
 せっかく安宿じゃない所に泊まったんだしと、久しぶりにインド飯じゃない朝食が食べたいとホテルのレストランへ。
 といっても、トーストとチャイだけの、いわゆるコンチネンタル・ブレックファースト。
 大都市ならともかく、こんな田舎町じゃ日本食メニューなんてあるわけない。
 とはいえ、体の調子も戻って食事も済ませたAさん。
 だらだらと廊下を歩きながら、さて今日は何をしようかと考えつつ、自分の部屋に戻った。

 いくらこのホテルが日本の感覚からすれば全然安いとはいえ。Aさんは、もうしばらく旅行は続けるつもりだったから、今日は安宿に移ろうと荷物をまとめていて、ふと…。
「あっ!いけね。昨日、日記つけるの忘れてた…。」
「ダメじゃ~ん」
 と、部屋の中でうつろに響くひとりでしゃべっているAさんの声。
 気がつくとひとりでしゃべっているようになったのは、一人で行動するようになってどれくらいからだろう?

 道に迷って地図を見ている時、ホテルを探している時、その他インドの人達の暮らしを眺めている時…
 ふと気がつくと、よくひとりでしゃべっていた。
 独り言で会話していることだってあるくらい。
「やっぱり、ずっと一人で旅行してると、変になるのかなぁ…?」
「でも、別にそれがイヤだってわけでもないだろ…」

 ほらまたやってるって苦笑いをしたAさん。
 日記をつけているノートを取り出そうと、バックパックのポケットのファスナーを開け、中をまさぐる。
「あぁれっ!?」
 ノートがない。
 濡らさないようにって、わざわざタワーレコードあの黄色いカシャカシャうるさい袋に入れておいたのだからすぐわかるはずなのに、その袋の感触が手の先のどこにもない。
 慌ててバックパックのポケットの中を見るAさん。しかし、やっぱりない。
「変だなぁ…」
 ガイドブックや地図が入っているビニールのケースに紛れたのかの思って、そっちを見てもやっぱりない。
 結局、バックパックの中味を全部ベッドの上に広げたのに、どこにもノートはなかった。

 昨日列車の中でノートを開いて、列車の発車時刻を書き込んだのは憶えていた。
 てことは、列車の中に忘れたのか?
 日記とはいえ、大したことが書いてあったわけではない。
 その日どこにいたとか、何時の列車乗っていつ着いたとか、あとは特に何かあればそれを箇条書き程度に書いただけのそんなもの。
 とはいえ、インドに来てから毎日かかさずにずっとつけていただけに、失くしてしまったというのは妙に寂しい。
 それに…、
 日本に帰ったら、アイツに──。
「あれっ?」
 それは、たまたま目がいった、窓の桟の上。
「えぇっ!?オレ…、昨日の夜、ノートここに置いたの?」
「いやぁ…。
 だって、ここ(ホテル)着いてすぐ寝ちゃったじゃん…」
「でも、現にノート、ここにあるぜぇー」
「ええぇー!?うっそー…。
 じゃぁ昨日オレ、日記つけたってこと…?」
 例によって、独り言で会話しながらAさん。慌ててノートを手にとり、ページをめくる……


 ないないって探していたAさんの日記のノートは、なぜか部屋の窓の桟にちょこんとのっかってたらしいんです。
 Aさん、昨夜は日記をつけた記憶なかったんですが、あれだけ疲れてたから記憶がどっかいっちゃったのかな?って思って、中身を見たらしいんですけど、当然昨日の日記が書いてあるわけもなく。


 それは、首をかしげながら窓に腰かけたAさんが、例によってまた一人で会話していた視線の先。
 まるで、袋に手を入れて中の物を取り出して、そのまま無造作に放り出したかのように。
 そんな感じに口を開いてふくらんだ状態の黄色いタワーレコードの袋が、ベッドの下に転がっているのに気がついた……


 Aさん、もちろんその時は首をかしげつつも、特に考えもせず済ましちゃったってことなんですけど。
 しかし…
 後になってみれば、それが最初だったのかもしれないと……。




――── 本日これまで!
               57話目-1〈了〉/57話目-2につづく メルマガ配信日:10.4.17
                                             *無断転載禁止



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2013
04.06

え!それってバブルじゃないのー!?

Category: guchitter

 いや。経済は、あんまり詳しくはないんで、えらそうなこと言えないんですけど。
 例のアベノミクス以降、日本の会社の株価が上がってるのって、たぶんバブルですよね。
 まぁ確かに円安や、アメリカ経済が好調っぽいという好要因(?)はあるにせよ。だからって、途端に日本製スマホがトップ2社を席巻することも、TVが途端に売れ出すなんてことないわけだし。
 まぁ日本経済を家電メーカーだけで語るのは確かに変なんでしょうけど、でもこれから経済が好転する要素って、少なくとも現状では特に何があるってわけじゃないですよね。
 だからこそ、誰もが、成長戦略としての「第三の矢」が何より重要だって言ってるんですよね。

 確かに「景気の気は気持ちの気」というのは、わからなくはないんですけど。
 でも、好景気になる要因が産業界の側に特にない状況の中で。
 最近、株が上がってるからって、投資セミナーが活況だったり、証券会社の新規客が増加してたりっていうのは、まさにそれこそバブルだと思うんですけど。
 だって、実態は(少なくとも現在では全然)伴ってないわけでしょ?

 いや。決して景気がよくなりそうな現在の状況をくさしたいわけではないんです。
 それどころか、(企業だけでなく)国民全体が景気がよくなって欲しいって、ホント心から思っています。
 でも、(少なくとも現状では)最近盛んに言われている日銀主導によるデフレ脱却というのは胡散臭いものにしか思えないんですよね。
 というのは、確かニュース(NHK)では、以下のように解説をしていたように思うのですが。
 (注:うろ覚えです)。
 ①日銀が市場にお金を大量に供出する
 ②そのお金で企業が設備投資をする
 ③物価が上がるという期待が生まれ、国民が消費をするようになる
 ④国内消費が増え、企業は賃金・雇用を増大させる

 まず、②の段階で、現在の企業経営者がはたして設備投資しますかね?
 だって、ここ何年か企業の内部留保は最大って話をよく聞きますよね。
 それが、市場にお金が出回ると、途端に設備投資するんでしょうか?

 そして、何より根本的にわからないのは②の順番になぜ④の要素がなく、しかも③の後にあるのかってことですよね。
 物価が上がるという期待…、というよりは物価が上がる恐れから、物価が上がる前に消費してもらうことを期待するってことなんでしょうか?
 まぁ確かに一部のお金持ちは、消費するかもしれませんけどねぇ…。
 大部分は逆に財布の紐締めるだけのような気がしますよね。
 国民が消費をするようになるには、何より④の「企業は賃金・雇用を増大させる」がない限り絶対無理だと思うんですけど、黒田総裁ともなるとそうは考えないんでしょうかね。
 なんともまぁその辺をもっと説明して欲しいものです。

 ま、私は経済はホント素人なんで。上記の①~④の流れでどうしてデフレが脱却出来るか全くわかりません。
 ゆえに、国(官僚)がなんとしてでも消費税を上げたいたがための、「景気浮揚ごっこ」にしか見えません。
 あの説明では、日銀や安倍さんが東電に見えてきます(笑)


 とはいえ。
 信じたいっていうのは、ホントヤマヤマなんですけど…。



 まぁそんなわけで、ずっと続いていたデフレの原因が、日銀の政策だったのかどうかはホント全然わかりませんけど。
 でも、庶民感覚としては、デフレの原因は。何といっても、大企業の経営陣がバブル崩壊後のドサクサの中で、単年度ごとの収支の帳尻を雇用や賃金の減少で帳尻を合わすという仕組みにしてしまったってことのように思いますけどねー。
 そのことによって、企業経営というものが長期的視点重視から、その年毎の営業収支重視に変わって。
 先のビジョンを描く経営者や社員、さらには仕事よりも、組織を維持させる経営者や社員、仕事がもてはやされるようになり。
 結果、単年度の収支の帳尻を合わすためにリストラされた社員が新興国のライバル企業いってしまったり。また、リストラで社員が減ったことで、残った社員に全てしわ寄せがいく。
 その結果起きたことは、新興国のライバル企業の技術レベルが日本に一気に追いついてしまう。
 さらには、日本の企業ではリストラで減った社員は日々の仕事に追われるばかりで全く余裕がなくなってしまい、スマホのような新たで大きな潮流を逃してしまう。
 ということなんじゃないですかね。



 そういえば。
 今日たまたま目にして、ちょっと唖然としたことがありまして。
 それは、「スマートテレビ」というものの広告で。以下のような見出しだったんです。
 アプリやネットが楽しめて  
 テレビが見られる!

 うーん…。
 「スマートテレビ」って、そもそもはテレビなんでしょ?
 なら、
 アプリやネットが楽しめるテレビ!
 じゃないんですかね(笑)

 もしくは、最低限
 テレビが見れて、アプリやネットも楽しめる!
 だと思うんだけどなぁ…(いや、結構ヘンか…笑)。

 いや、アプリやネットが出来るって楽しみを伝えたいんだろうなっていうのはわからなくはないんですけど。
 なんかこう違和感を覚えるっていうか…。
 ちょっと、やっつけ仕事っぽくない?っていうか…。
 最近ありがちな、意味の微妙に異なる言葉を、伝えたいことにあいまいに合わせてそれで良しとする傾向を感じるというか…。

 ここ数年、ネットを利用する企業サービスなんかを利用していると、説明がなんかいまひとつ親切じゃないんだよなーって思うことが多いんですよね。妙に独りよがりな傾向があるっていうか…。
 ま、それは。おそらくたまたまネットを利用することが多いから、ネット経由でサービスを行う企業で目につくってだけで、たぶん他の企業も同じなんだと思うんです。
 それこそ、某家電メーカーや、某光学機器メーカーの失墜を思い出すまでもなく…。

 確かに現在、政府や日銀のデフレ脱却・景気浮揚対策は絶対大事なことだと思うんですけど。さらには、これから放たれるであろう第三の矢はさらに大事だと思います。
 でも、それと同時に。国民全体が好景気を実感するには、この失われた20年の間に日本の会社や社員が失ってしまったモノ、手放してしまったモノを取り戻すことも大事なんじゃないのかなーって。

 なんだか、そんなことを思っちゃいました(笑)








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2013
04.05

怪談って何?~番外:某怪談投稿コンテスト2013

 毎年2月3月が恒例の某怪談投稿コンテストサイト。今年は、去年にも増して投稿が少ないですよね。
 2月は15話。3月は現時点3/31で27話。4月に入って1話と。
 まぁこれ以降多少投稿されたとしても、これでコンテストは成立するんだろうか?と他人事ながらちょっと心配になっちゃいます(笑)

 しっかし、なんでこんなに投稿が少ないんでしょうね。
 まぁ特に最近が怪談がブームだったとも思えないんで、ブームが去ったというわけではないんでしょうし。また、怪談が好きな人がここにきて急に減ったりというのもちょっと考えにくい…。
 やっぱり唯一考えられるのは、怪談の消費スタイル(まぁ「楽しみ方」でいいと思うんですけど。でも、「消費」とした方が実態を表している気がします)が、スカイプ等による怪談会に変わってきているってことがあるんじゃないでしょうかね。
 つまり、個で楽しむ怪談からつながって楽しむ怪談へってわけで、なんだか喜んじゃう人が(企業までもが)多そうで、まぁホント完璧今風な流れですよね(笑)

 まぁ確かに。スカイプ等で好きな人同士が集まって怪談会するのは、ホント楽しいですからね。もしかしたらあの怪談コンテストも、文章のコンテストから語りのコンテストに変わっていくのかもしれませんね。

     *ただ、投稿が少なくなったのは、去年2012年からなんですね。
      2011年は、そこそこ投稿されていたように思います。
      2011年と2012年の間にあるもの…
      といえば誰でもすぐ思い起こすと思いますけど、あの東日本大震災ですよね。
      でも、はたして震災があのコンテストに影響を及ぼすものなのかどうか…。
      その辺りは皆目見当もつきません。


 ま、話は戻りますが。
 怪談っていうのが「怖さ」を楽しむエンターティメントだっていうのは、まぁ間違いないと思うんです。
 映像のインパクトやタイミングでの「怖さ」。語りの話術に引き込まれる「怖さ」。あるいは、怪談会でのみんなでワーキャー言って楽しむ怪談の「怖さ」。
 確かに。それらと比べてしまうと、文章(本)の怪談の「怖さ」というのは劣ります。
 ただ、文章(本)の怪談を一人で楽しむっていうのには、それらとはまた違う味わいがあるように思うんですけどねぇ…。
 でもまぁインパクトが弱い(地味)っていうか、なにごともソーシャルな現代には合わねーんだろなぁ…っていうか…(笑)

 とはいえ、怪談の楽しさっていうのは、なにも「怖さ」だけではないんですよね。
 むしろ、怪談において「怖い」っていうのは、あくまで必要条件にすぎなくて。それ以外のなんらかの十分条件があることで、受け手は満足を得られるように思うんです。
 あの99話の怪談本だってそうです。
 シンプルとか、事実を淡々みたいな表現で評価されることが多いあの本ですが。
 でも、実はあの本って、読者を満足させるための様々なアイデアがこれでもかってぐらいに盛り込まれています。
 また、十分条件が充実しているからこそ満足するといえば、怪談会はその典型ですよね。
 怪談会の面白さは、いろんな人の怪談を聞いて怖がるっていうことはもちろん楽しみではあるわけですけど。
 でも、それよりも、人の怪談を聞いたことで、忘れていた話や体験を思い出したり。さらには、怪異とは切り離していた記憶を怪異とつなげてしまうという、その感覚に何よりエキサイティングさがあり、面白いわけです。

 まぁそういう視点で見ていくと、今の怪談の状況っていうのは…。
 もしかしたら、90年代のホラーブーム以降ずっと続いてきた、送り手も受け手も「怖さ」ってものにこだわりすぎちゃったことからの揺り戻しなのかなーって。
 つまり、こだわりすぎたあまり「怖さ」って要素に飽きちゃった(麻痺しちゃったとも言えるのかもしれませんけど、あえて「飽きた」とします)のにも関らず、そのことに気づいてないってことなのかと。
 そういえば、何年か前に流行った一連の「小っちゃなおじさんのお話」なんかは。もしかしたら、まさに「怖さ」って要素に飽きちゃったことを象徴しているとはいえるのかなーって。

 そう、これはもう何年も前のことだったと思いますけど。
 あるTV番組で、街を歩いている人に「最近おいしいもの」だか、「最近ハマっている食べ方」だかを聞いていて。
 その中で、ある女子高生が「最近、ショートケーキに七味唐辛子をかけて食べるのが好き」って答えているのがありまして。
 怪談を好きな人たちが、例の「小っちゃなおじさんのお話」を見たとか、聞いたなんて楽しんでいたのは、まさにそんな感覚なのかなーって。
 まぁうまい言葉で説明出来ませんけど(笑)


 あと、これって最近ふと思ったことなんですけど。
 そういえば「うらめしや~」って言葉、忘れてたよなーって。

 本来、幽霊っていうのは、「うらめしい」からこそ怖かったわけじゃないですか。
 それこそ、風が吹けば飛んでっちゃうような程度の存在である幽霊から、「うらめしい」って言われて。
 その言葉によって、自分の中にあるうしろめたい心をえぐられるからこそ、素直に「怖い」って感じれたわけですよね。
 なのに、それを忘れていたって、いったいどういうことなんだろう?って。

 もしかしたら、この十何年か。
 私たち怪談ファンは。送り手も受け手も「怖さ」にこだわるあまり、「怖い」って感じる心を忘れていたってことはないんでしょうか?
 てな感じに言っちゃったら、ちょっとお行儀がよすぎる感じで、ちょっと歯が浮いちゃう気もするかな…(笑)


 そういえば、TVの心霊番組って最近はすっかりなくなっちゃいましたよね。
 昔見たヤツで、今でも「あれは怖かった…」っていうのがあって。
 それは、イタコだか霊能力者だかが、(確か)50代くらいの女性に依頼されて、その女性の自殺した娘を呼ぶっていう場面だったんです。
 といっても、特にすんごい場面が出てくるわけではないんですね。
 もぉとにかく、そのイタコだか霊能力者だかが、最初から最後まで泣きいているだけ。出てくる言葉といったら「帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい…」の延々繰り返し……。

 とはいっても、あくまでテレビの番組ですから。
 まぁたんなるシナリオ通りのお芝居だったって可能性は大いにあるわけですけど(笑)
(というか、まさにそういうことか……!?)
 ただ、それを踏まえたとしても、あの泣き通し、「帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい…」の延々繰り返しっていうのは、思わずゾワーっとくるんですよね。
 いや、それは今思い出してみても。
 ただ、それは変なモノを見ちゃってゾワーって総毛立つ、あの感覚ではなく。
 むしろ、「うっわー、絶対嫌…」みたいな、絶対的な拒否感からくる怖さって感じで。

 いや、変な話。あれが「帰りたい、帰りたい、帰りたい…」じゃなく。
 怪談とかでありがちな、「呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる…」とか、「死ね、死ね、死ね…」の繰り返しだったとしたら。
 怖いどころか、「またか…」って思わず鼻で笑っちゃったじゃないかって。

 かつて、幽霊というものを表現する言葉として、「哀れ」という言葉がありましたけど。
 それは、「同情」や「共感」というよりは、むしろ「(我が身に置き換えた時の)拒否感」に近い感覚であるように思うんです。
 ただ、その「拒否感」っていうのは、その存在そのものを厭うというよりは。むしろ、明日はそれが(その状況が)我が身とも知れないだけに、拒否するしかない感覚というか。
 そう、後ろ髪を引かれる思いで、とにかく目でも何でも瞑って、なんとか自らをそこから立ち去らせるしかないというような――やるせないというか、それしかできない自分を許してくれみたいな――そんな感覚なんじゃないかって…。
 つまり、幽霊というものの「怖さ」…、ひいては怪談話の「怖さ」っていうのは、本来はそこいら辺にこそあったものなんじゃないんでしょうか。


 確か、藤沢周平の本だっと思うんですけど。
 その解説で井上ひさし(だったか?)が、「最近の小説っていうのは、ストーリーでなく情報になっているのが多い(でも、藤沢周平は違う)」みたいなことを書いていて。
 それを読んだ時真っ先に思ったのは、「それって、まさに今の『実話怪談』だよね」ってことだったんです。
 送り手も受け手も「怖さ」ってことに拘りすぎるあまり、その「怖さ」ってことをどんどん追求していって。
 その結果って、出てきたソレの容姿を延々描写することだったり…(つまり、それってまさに「情報の伝達」ですよね)。
 それは、いわゆる血まみれ、ドロドロ、グチョグチョ。生首だの、目ん玉飛び出ぇーの、(実際見たことなんてあるわけのない)脳漿だのって表現だったり…。
 もしくは、「不思議感のある怖さ」を楽しむのが目的なはずの怪談話で、生きている人間が起こした猟奇事件を主題にしちゃったり…。
 あるいは、「呪」「怨」「忌」「禍々」…みたいな怖い文字をやたら並べてみたり、カビの生えたような因習を持ち出してみたりと…。
 いや、確かにそれらは怖いといえば、怖いんでしょうけど。
 でも、それらを楽しめる人って、よっぽどの怪談好き(といよりは、怪奇な雰囲気マニア?)だけですよね。
 大多数の普通の人は…、いや、それどころか特に怪談が好きってわけじゃないけど、でも怪談話は楽しく聞けるって人でも、そんなことを延々並べられたら「はぁ?」って呆れるだけだと思うんです。
(少なくとも、私の周りではそうでした)

 別の所でも書きましたけど。『ハリー・ポッター』は、魔法使いのお話ですから、当然何があっても何が出てきてもおかしくないわけですけど。
 でも、そこにゴジラのような圧倒的な力を持つ巨大怪獣は出ないし、またそれを退治するための巨大ロボットも絶対出てきません。
 なぜなら、それが作者と読者の間にある暗黙のルールだからですよね。
 もし、作者がルールを破ったとしたら、読者から総スカンを食うのを覚悟するか。もしくは、読者がこれならルール破りもやむなしと、納得出来るだけのお話にしなければならないわけです。

 つまり、そう考えていくと。
 今の「実話怪談本」というのは、一般の人たちからすれば、そんなルール破りばかりのお話を集めた本という認識になってしまっているってことはないんでしょうか?
 今の「実話怪談」とよばれる本から、「実話」をとっぱらっちゃってもなお楽しめる本(お話)って、はたしてどれだけあるのか?
 さらには、怪談の「怪」もとっぱらっちゃって、たんなる「談」という前提でもなお楽しめる本(お話)って、はたしてどれだけあるのか?

 変な話ですけど、今の「実話怪談本」は。
 その「実話怪談」というカテゴリーから、「実話」と、さらに「怪」をも、とっぱらっちゃうべきなんだと思います。
 それも、自らが。
 「実話」=本当にあったことを謳うんでもなく、「怪」を謳うんでもなく。
 たんなる「談」として、そのお話を読者がどれだけ楽しめるか?
 その点で勝負していくようじゃなきゃ「実話怪談本(文章の怪談)」というのは、近いうちにスカイプ等を利用したソーシャルな怪談に淘汰されていくんじゃないかなーって。

 ま、もっとも。
 そこは怪談だけに淘汰されたようでも、いずれ蘇ってくるような気はしますけどね。
 怪談っていうのは、つまり。
 所詮は素人の与太話であるがゆえに陳腐で飽きられやすいという面と、でも素人の与太話であるからこそ身近で「怖い(=ゆえに楽しい!)」という面の二つの顔を持っているってことなのでしょう。




追記:
 そういえば、例の2月3月恒例の怪談投稿コンテスト。
 今年は、今までとは微妙に異なるテイストのお話を投稿している方が1人、もしくは2人くらいいるようですよね。
 ま、あの手のお話に、実話怪談の世界では恒例の、犬も食わない「実話or非実話論議」を持ち出す人もいるんでしょうけど(笑)
 私としては、あの一連の「投稿作品」はホント一生懸命書いてるし、またあの手のテイストが出てくるその流れっていうのもとても面白いように思っています。
 “長いわりに怖くない”的なコメントをしている方もいるようですけど。でも、「長い」と「怖い」は、別に比例するわけでもないし、また比例させなきゃいけないわけでもないし…(笑)

 ただ、それが「実話怪談」にしろ、「怪談」にしろ。
 怖さを煽りたいがために、「事」の顛末を最後まで書かずに途中で終わらせたりみたいな、ああいう即座にウソとわかってしまう(or読者はウソと思い込んでしまう)お話はちょっとどうなのかなーと。
 だって、現実の人との会話の中で、お話を途中でぶち切る人っていないでしょ。
 仮にあったとしても、聞いていた側は、「結局その後どうなった?」と絶対聞きますよね。
 つまり、それが本当にあったこと(実話)であるなら、「事」の顛末が書かれないなんてことは絶対あり得ないわけです。
 (何度も言いますけど)実話怪談界では恒例の「実話or非実話論議」というのは心底くだらないと思います(あんなことを真剣に論議してるから、世間から怪談は馬鹿にされるんです)。
 でも、だからといって、一応「実話(=本当にあったこと)」という前提のカテゴリーの中に、明らかに「ウソとわかるお話」を投稿するのはマナー違反だと思うんだけどなぁー(笑)








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