2012
12.31

いやぁ~『平清盛』(一年間お疲れ様でした!)


 2012年、ほぼ一年を通じて、けちょんけちょんに言われ続けた大河ドラマ『平清盛』。
 まぁうん、けちょんけちょんに言われ続けたっていうか。
 けちょんけちょんに言うことが正しいみたいな、なんかそんな風潮になってったって気もしますかね(ドラマそのものの批判というよりは、多分にNHKに対する反発って面も強かった気もするし)。
 で、まぁ終ってみての感想でひとネタ。

 うーん…
 なんというか。最終回を見終えても、とにかく評価の難しいドラマだったなぁ…と。
 面白くなかったかといえば、決してそんなことはないんですよね。それこそ、最初から最後まで見ちゃった大河ドラマってホント久しぶりなわけで。

 どっかの知事が言ってた「画面が汚い」は、どっちかと言えば、人の上に立つ知事ともあろう人が、なに見当違いなこと言ってんだろ?日本の歴史の実態を、講談の錦絵か歌舞伎辺りと勘違いしてんじゃない?って思った方なんで。あの小汚いセットはむしろスゴクよかったと思うんですけど。
 ただ、あまりにゴチャゴチャさせすぎっていうのはあったかなぁと。
 特に悪平太の頃の清盛の衣装とか、兎丸の衣装とか…。
 あと、最初の頃によく出てたふんどしで尻丸出しの武士の姿とか、本来なら当り前の風俗なんだけど、でもさすがにあんまり見たくないかなっていうのもありましたかねぇ…。
 確かに、その辺りの許容範囲っていうのは人それぞれなわけで、匙加減はホント難しいってことなんでしょうね。
 
 脚本家についてもいろいろ言われてましたけど。でも、伏線の張り方とか、あれはあれで面白かったんじゃないかなーって。また心情とか、ホントにドキっとするくらい迫力がある時があって、決して酷評されるほど悪くはなかったと思うんですけどねぇ。
 ただ、確かに「戦」の描き方はつまんなかったっていうか、なんであんな風にしちゃうんだろ?って気はしたかな。 とはいえ、まぁ別に戦のシーンを見たくてあのドラマ見たわけではないんで、それはそれなのかなぁという気もしますけど。
 ただ、いろいろな物のリアルさにこだわったって言う割には、確かに「戦」のリアル感はなかったのは確かですね。

 馴染みがない時代でわかりにくいっていうのについては、馴染みがなくてよくわからないからこそ、次はどうなるんだろ?ってなおさら面白いと思う方なんで。
 今はそれこそ、清盛の孫の平の誰々だろうが、摂関家じゃない藤原の誰々みたいなほとんど知られてない人だって、ネットで調べれば色んなことが即座にわかるわけで。
 歴史は好きな方なんで、馴染みがないどころか、源平時代はそれなりに知ってはいるつもりだったんですけど。でも、自分でも意外なくらいあの時代の人物の相関がわからなくて。なんといっても、それを調べるのが楽しかったっていうのはありますね。
 なにより、あのドラマを一年通して見てなるほどって思ったのは、平安貴族の時代から武士の時代に移行するにあたっての「院政」というものの影響の大きさですよね。
 院政によって、それまでの摂関政治の仕組みのバランスが崩れたからこそ、武家がそこに付け入って台頭していったってことがスンナリ頭に入ってくる。そこは、ホントよかったと思いました。
 つまり、それがスンナリわかるからこそ、清盛の平家一門の儚い栄華も、それを倒した頼朝を中心とした源氏一門があっという間に滅んでいくのも。所詮それらは、歴史の転換期に必ず出現する「歴史の捨て駒」に過ぎなかったってことなんだなぁ…ってわかって。
 考えてみれば、平家だの源氏だのって武士とはいえ、所詮は没落する側である平安貴族の端くれなんですよね。次の時代を担う武士階級とは微妙に違うわけで、まぁそういう意味でもいっそのこと貴族の頂点である院を島流しにしちゃう承久の変まで描けなかったものかなぁって気がします。

 また、頼朝が結構クローズアップされてたのも面白かったですね。
 まぁ、頼朝の人物像ってあんななのかなぁっていうのはあるし、お話のナレーターが適当だったのかなぁっていうのはありますけどね。
 でも、もしかしたら日本史の中でも最も傑出した人物の一人であるかもしれないにも関わらず、でもその人となりがよくわからない頼朝を、清盛という人物を通して描いたっていうのは面白かったように思います。
 そういう意味じゃ、頼朝(というか鎌倉武士団)のドラマっていうのは、ぜひやって欲しいですよね。まぁそれはかつて『草燃ゆる』でやったわけですけど。でも、なんかこう現在の視点で、新たに創って欲しいかなぁって思いますかね(まぁNHKは『平清盛』で懲りちゃって。絶対やらないでしょうけどね)。

 そんなわけで、いろいろ評価すべき点はあるんですけけど。でも、正直すんなり「傑作だった」とは言い難いんですよね。
 ひとつは、結局、あのドラマの主題って何だったんだろ?ってことなのかなぁーって。
 タイトル通りに単純に清盛の生涯を描くんだったら、もっと清盛にフューチャーしてもよかったんじゃない?って気がしちゃうし。
 父忠盛の頃から、ずっと言われ続けてた「武士の世を目指す」ってことなら、義朝と関東武士団、頼朝と関東武士団をもっと描いてもよかったんじゃない?って思うし(それこそ、平家の栄華を第一部。鎌倉幕府成立から上皇を島流しにしちゃう承久の変までやって、第二部にしてもよかったんじゃない?)。
 「貴族の世から武士の世への移行」というのは、例の♪遊びをせんとや~生まれ~けん~を最初から最終回まで流し続けてたことをみても、絶対主題の一つだったんだと思うんですよね。
 なのに、頼朝の最後のナレーションが、大陸との貿易は室町時代云々っていうのは、ちょっとトンチンカンだったような(というか、なんで頼朝が室町時代のことまで知ってるの?)。

 まぁ若い時代の清盛が何かというと言っていたセリフの「面白く生きたい」が主題と考えると、確かにすんなり飲み込めるんですけど。でも、そうなると、後半にそのセリフがほとんど出てこなくなっちゃうのがよくわからないし。
 もっともそれは、やっぱり「面白い」をよく言ってた兎丸が、驕る平家を守る手段である「禿」に殺されちゃうっていう設定。あれが、武士の世を目指す清盛から、驕る平家の転換点になっているということなのかもしれないですけどね。
 ただ、それだったらそれこそ解りづらいかなぁーって。
 それになにより、だとしたら政権を掌握してからの清盛のやったこと、つまり貿易によって豊かな国にするってことまで否定することになっちゃう気もしますしねぇ。

 素直に面白かったと言えない、もう一つの理由は変にキャラクター化しちゃった登場人物が出てきたことですかねー。兎丸がカリブの海賊のいでたちそっくりだったこととか、あとホラーかぶれした(というか、アイドルかぶれ?)「禿」もそうだし。
 あと、とってつけたような崇徳上皇が祟るエピソードとか(高貴な身分である上皇が、臣下のさらに臣下である清盛に直接祟るって意識はないと思うけどなぁ…)。
 平治の乱で、いきなり無人の河原で清盛と義朝が一騎打ちしてるのも、どう考えたって変ですよね(ついでに言えば、清盛がずっと持ってたあのバカでっかい直刀。あのドラマで最初にシラけたのがあの直刀だった)。
 今風に言っちゃうと、チャラいっていうか。ホント、ああいうのが出てきちゃうと、途端につまんなくなっちゃうんですよね。ありがちな、いくらでもあるたんに子供ウケを狙ったドラマなのかなって気がしちゃって。
 まぁ別に名称はどうでもいいんですけど、大河ドラマって、ドラマの頭にわざわざ「大河」ってつけてるわけで。それは、別にたんに歴史ドラマっていう意味で「大河」ってついているわけですよね。
なら、大衆ウケが目的のお子さま向けドラマにしたら、「大河」の意味ないんじゃないかって思うんですよね。たんなる講談まがいの正義の英雄譚でなく、またお涙頂戴でもない、雛飾りでもなく五月飾りでもないドラマって、まぁ大衆ウケはしないのかもしれないですけど。
 でも、歴史の中で生きた群像っていうのを描くんだみたいな矜持は持ってて欲しいかなーって。つまり、それこそが「日本の大河ドラマ」なんじゃないかなーって。

 もちろん、子供から大人まであらゆる世代が楽しめるドラマを創りたいってことなんでしょうけどねぇ…。
 でも、「子供向け」のドラマは大人はつまらないから見ないですし。逆に言えば、「大人向け」であるからこそ、子供も背伸びして見ようとするんじゃないですかね(小学生向けだと思ったら、中学生はそれをバカにする。中学生向けだと思ったら、高校生はそれをバカにする。でも、上の年代が対象だと思ったら、途端に興味を持つ。人ってそういうものだと思うんですけど)。


 まぁそれもこれも。『平清盛』一番つまらなくしたのは、結局は制作側の『平清盛』というドラマへのスタンスだったのかなぁーって。
 なんて言うのか、「オレたちが本気でドラマ作ったら、こんなスゴイの出来るんだぜ~」みたいな「驕り」が、予告編の段階から見え見えなんですよね(まさに、「驕る大河ドラマは久しからず」って?)。
 それこそ、例の「汚い画面」だって(いや、個人的にはあれ、絶対よかったと思うんですけどというか、あのリアルさを見ちゃうと、今までの歌舞伎みたいな豪華絢爛な衣装やセットのドラマを見る気が失せちゃうくらい)、制作側の「驕り」が感じられちゃうから、どうしたって「平安時代だもん。汚いの当り前でしょ」みたいな感じで、傲慢に押し付けられてる気がしちゃったんじゃないのかなぁ…。

 制作側が「オレたちが本気になったら…」って思ってるから、当然視聴率だって高いはずだって思っちゃうだろうし。
 ゆえに、視聴率が低けりゃ「ならどうしたらいい」ってなって、ああでもないこうでもないって色々やっているうちに、主題がどんどんボケてきちゃって。
 まぁ人物相関や時代背景を理解させるために別番組をつくったのは、決して悪かったとは思わないんですけど。
 でも、ドラマなんだからドラマの中で理解も評価も全て完結させるのが、製作者の手腕ってもんなんじゃないですかねぇ。
 ツイッターで解説とかにいたっては、本末転倒もいいところだと思います。制作側は、視聴者に何を求めてるんですかね?ドラマを見ること?ツイッターの文字を見ること?
 そういえば、最近は報道系の番組でも画面の下にツイッターの投稿が出ることがありますけど。あれは、見ていてホント邪魔です。どーでもいいような「個人的な感想」にすぎないことばかりズラズラ、ズラズラ。
 もちろん、ああいう風に視聴者が文章にすることで、そのことについてきちんと考えるってことはいいことだと思うんです。
 でも、別にそれを公共の電波に流す必然性はないわけで。ホームページかなんかに書き込みできるようにすれば、それで用は全然足りるわけでしょ。
 テレビっていうのは、「映像を見ることが出来る」がなにより大事なわけで。番組タイトルと、その回のテーマのテンプレートが右上と左上に常にあって。さらに発言の字幕が出てきて、なおかつツイッターって。
肝心の番組の内容が飛んでっちゃいます。


 まぁとにかく。
 ひとことで言えば、政治じゃないですけどポピュリズムに引っ張りまわされた結果なのかなぁーって。
 そういう意味じゃ、今の日本ってものを象徴していたようなドラマづくりだったような気もしますね。
 例えば、83年の『徳川家康』では床几は脚である「×」が正面を向いていたけど、でも88年の『武田信玄』では当時使われていたように「×」を横向きにしていたみたいな。
 80年代っていうのは、日本が空前の経済発展を遂げる時期であるわけですけど。でも、まだ70年代不況の影を引きずっていた83年では時代考証が甘かったりするのに、でもバブル経済の頂点の時期といっていい88年では床几置き方一つとってみても考証された上で置かれている。
 現在は80年代後半から90年代ほんの初めの頃というのは世論的に「バブル期」と呼ばれ、揶揄の対象でしかなくなっちゃったわけですけど。
 でも、そうは言ってもあの時代っていうのは、ドラマの床几の置き方一つとってみても配慮がなされていたわけですよね。そういう意味じゃ、確かに(いわゆる)「バブル期」の大河ドラマっていうのは、今見ても見ごたえがあるのが多かったなぁーって。
 一本筋が通っていて骨太だし、何より見終わった後に登場人物を「あぁこの人って確かにこういう人だったんだろうなぁー」って思えるところがあったように思います。

 まさにそういう意味じゃ、(1年間まぁ面白く見続けたわけですけど)でも、結局平清盛ってどんな人だったんだろ?って、そこに戻っちゃうっていうか。
 確かに、院政の歴史的な役割とか。
もしくは、重盛の歴史的評価が良かったのは所詮は貴族ウケがいいことしか出来なかったから、バカ貴族が清盛を貶める意味でも良く書き残したんだなとか、そういう面とか大枠みたいなのは浮かび上がってくるんですけど。
 でも、肝心の平清盛が浮かび上がってこないんですよね。
 よっぽど、『ヒストリア』だかで45分でやっちゃった、「周囲の女性にとにかく恵まれた」みたいな視点の方が納得感があるっていうか。


 と、まぁ書けば、ホント際限なく書けますね、『平清盛』(笑)
 まぁ大河ドラマの出来の良し悪しって、意外と視聴率と反比例することが多いですから。案外DVDの評価なんかは良かったりしてね。「つまんないって話しだったけど、見たら全然面白いじゃん」みたいに(笑)
 そういえば、再来年はまた例によって戦国モノだとかで、こりゃもう大河ドラマって見ることないかなぁーって思ってたんですけど。
 意外や意外(と言ったら失礼か)『八重の桜』が面白そうで。
 予告編の鶴ヶ城の戦闘シーンなんか見ると、かなり迫力ありますよね。また、東北弁のセリフもなんかやけに親しみが感じられて。さっそく録画予約しちゃいました。
 後半(というか鶴ヶ城落城後?)をどう描くんだろう?っていうのはありますけど、ネットなんかでみる限りある意味パンキッシュな感覚を持った人物だったようで。それこそ、和を乱すことを恐れずに新しい時代を作っていくみたいな視点で描いてほしいかなぁー。

 まぁ大河ドラマ。
 そういえば、BSでは1月からアテルイのドラマをやるらしいですけど。
 別に大河ドラマにこだわらないんですけど(というか、いっそ大河ドラマのワクは、歴史ホームドラマってしちゃった方がいいんじゃない?視聴率という縛りがあるから、つまらなくなるんだと思う)、それこそアテルイから始まって、前九年の役・後三年の役、承平・天慶の乱、平忠常の乱、保元・平治の乱、そして鎌倉幕武士団vs朝廷の承久の変まで。さらに、室町時代の関東管領をめぐる一連のごたごたから始まって江戸幕府開設といった、朝廷や中央政府に対しての反逆(?)の歴史を描くようなドラマ(ドラマじゃなくてもいいけど)を見てみたいですかね。
 いや。別に天皇制は否定しません。というか、むしろ日本(私たち日本人)には絶対必要なものだと思いますけど。
 でも、今の日本っていうのは、「明治の肯定」(さらに言えば、「戦後の肯定」)ってことに縛られすぎている面があるような気がするんですよね。
 明治は、その前の時代が徳川幕府であるがゆえに武士の時代を否定する傾向があるわけですけど。でも、武士というものがなかったら、維新はもちろん、明治という時代も絶対存在しないわけで。
 武士というと、何より徳川将軍や各国の大名が浮かんじゃうから、支配階級というイメージですけど。でも、それこそ『平清盛』を見てもわかるように武士(達)というのは本来は平民だったわけですよね。
 つまり、日本っていうのは貴族が納めてた国ではない(どっかの知事が思ってるような、雛飾りや五月飾りみたいに着飾ってた連中が納めてた国ではない)という辺りっていうのは、日本人がそのアイデンティティとしてしっかり認識する必要があるのかなぁーと。

 そういえば大河ドラマっていうのは。
 前は制作する前に、「今、その時代や人物をとりあげる理由」っていうのを必ず発表したものですけど。
 最近、なんかそういうの聞かなくなっちゃいましたよね。
 なんでなんでしょう?



 と、いうことで、来年はいい年になりますよーに!
 ていうか、いい年にしよっ!







スポンサーサイト
Comment:0  Trackback:0
2012
12.29

50話目

Category: 怪談話

 会社の前の事務所は、東京の下町にあったんです。
 付近には個人の家も結構点在していて、その中には犬を飼っている家も多々ありました。
 私はまぁ犬好きな方なんで大概の犬は問題ないんですけど、相性のいい犬と相性の悪い犬がいて…

 で、まぁ相性のいい犬の話はともかく。
 問題は、相性の悪いほうです。
 その犬ときたら、とにかくもうその家のそばに近づいただけで、猛烈な勢いで吠えてくるんです。もちろんつながれてはいます。だから、全然怖れる必要ないんですけどね。
 でも、相手に1センチでも近づいて吠えてやろうと、前足が宙に浮いた状態になるまで鎖をピーンと引っ張っているその様は、もう迫力のひと言。
 ましてや、いきなり「ワワワワンっ!」ですから、こちらも思わず「わっ!」と飛びのきます。

 当時、夏冬それぞれに2回ずつ。計4回仕事を頼んでいた印刷屋さんがあったんですが、その印刷屋さんに行く細い路地の中ほどにある家でその犬は飼われていました。
 最初の夏は2回とも、とにかくそんな風にいきなり吠えられビックリで終わったんです。
 そして次の冬の1回目は、もう半年経っていたこともあり、そこにその犬がいたことすらすっかり忘れていて、またもや驚かされたわけです。
 とはいえ、3回も驚かされればいい加減そこの家にはそういう犬がいると学習します。
 ということで、4度目に印刷屋さんに行く時、私は密かに復讐を胸に秘め向かったわけなんです。

 さて、いよいよ問題の犬がいる路地の入り口…。
 気配を悟られないようにそーっと近づいていきます。
 しかし敵もさるもの。こんなにもそーっと近づいたのに、なにやら獲物の気配を感じたのでしょう。
 鎖が引っ張られるガシャっという音が聞こえてきて…。

 ここで先に吠えられたら、また私の負けです。
 犬ごときに負けるものかと、私はツツツーとその犬のいる家のところまで足を早めます。
 それは、その犬が今まさに吠えんと体を躍動させようとしたその瞬間!
「ワワワワンっ!ワワワワンっ!」
 私、その犬に思いっきり吠えてやりました。
 ザマアミロ!って、もうスッキリだったわけですが、「えぇっ!?」というようなことが起きたのはその直後。

 その犬、いつものように吠えようとしたまでいいんですが、まさか人から吠えられるとは予想だにしなかったんでしょう。
 よっぽどビックリしたとみえて。
 その犬、なんとその場で固まっちゃったんです。

 いや、ホントホント。
 何度も「ワン!」と吠えようと口を開きはするのですが、その「ワン!」が咽喉のところに詰ってしまうみたいで。
 目ん玉真ん丸に広げて、シャックリでもしているみたいに首から上をビクン、ビクンって動かすばかり。
 ワンのワの字も出てきやしません。
 それを見た私は、もうヤーイ!ヤーイ!って笑ってたわけですが、いきなりその家の窓かカラカラ開く音がして。

 自分の家の犬がやたら吠えてうるさいっていうのは、そこの家の人もやっぱり知っていたんでしょうね。
 だから吠えてうるさい時は、時々そうやって窓を開けて注意していたようなんです。
 ただ、毎度毎度のことでいい加減面倒くさかったんでしょう。
 窓だけ開けて、犬のことなんか特に見もしないで注意していたようなんです。

 アルミサッシの窓が開くカラカラカラという軽快な音がして、中から聞こえてきたのは、の~んびりとした口調のオバサンの声。
 いやもうそれこそ、コタツに入ってお茶菓子でもつまみながら、口もぐもぐ状態で声出してるって感じの声です。
「うるっさい、ぺス。静かにしなさい。」
 その声ときたら、終わるより早く、カラカラバッチン!と窓は閉まって…


 納得いかないのは私です。
 そりゃぁ吠えたのは確かに私です。でも私はペスじゃありません。
 「オ、オレはペスじゃねーよ…。」って思いながら、ふと例の犬(ペスくん)を見たんです。
 そのペスくん。どこか悲しげな表情で、開いた窓の方を見ていたと思ったら、きょろっと私の方に向いて。そして、おもむろに顔をつきだして「えぇーっ!?」っていう表情で、口をアングリ。

 いやホントホント。一切作り無しです。
 そのペスくんの視線ときたら、飼い主のいる部屋の方と私の顔を、何度も行ったり来たり。
 その「なんだよそれ?全然納得いかねぇーんだけど…」って感じの表情ときたら…


 人は、よく犬畜生などと動物を人間より低いものとして扱います。
 しかし、あんなペスくんの表情なんか見てると、人の言葉を話せないというだけで、感情なんかは案外人と同じようなものなのかもしれないなぁーと思ったりします。



 ま、無駄話(長すぎ…)はそれくらいにして…。

 私の実家というのは、いわゆる新興住宅地でしたから、あちこちの家にいろいろなペットが住んでいました。
 犬、猫、鳥。まぁそれ以外にも色々いたんでしょう。
 裏は空き地だったんですけど、夏になるとその空き地の隣の家で飼ってる猫がバッタを追い回して遊んでいて…。

 猫って、捕まえてから獲物をわざと逃がすんですよね。
 逃がしてから、助走無しの見事な跳躍をしてまた捕まえる。
 また逃がす。また捕まえる。
 それを延々繰り返してるんです。
 なんだかとても楽しそうで、ちょっぴりうらやましいような…


 …って、また横道にそれてしまいましたが、いよいよ本題です。

 家の前は、そこそこ広い通りだったんですけど、それを5丁目の方にちょっと行ったある家で犬を飼っていたんです。
 柴犬かなにかの雑種だったんでしょうか?
 全体に明るい茶色で、お腹側が白っぽい毛。
 ホントどこの町にでもいるっていうような感じの犬でした。
 でも、そのよくいる感じっていうのが逆に特徴になっていて、変な話、犬って言われれば真っ先にその犬の姿が思い浮かぶくらい。

 よく飼い主が散歩で連れて歩いるのに出くわしたんですけど、その度「おっ!あの犬だ。いつも可愛いよなぁー。」って、よく見ていたものです。
 面白いのは、犬のことはハッキリ覚えていて、ひと目みれば「あの犬だ」ってわかるのに、飼い主となると全然。
 何度も見ていたはずなのに、どんな人だったとか全く記憶にありません。

 だから、その犬が飼われている家がそこにあるって知ったのは偶然でした。
 たまたま5丁目の方を歩いていて、ある家の庭にいつものその犬がいるのを見て「あ、この家の犬だったんだ」って知ったわけです。
 それは、私の両親や友人達もそうだったみたいで、後にその犬が話題になった時、「あの犬って、あの5丁目の通りに面した家で飼ってた犬だよなぁー」って、みんな言ってました。

 というのも、やっぱり誰が見ても可愛いって思ってしまう犬だったんでしょうね。
 散歩の時なんか、元気にせかせか歩いてて何かに興味を持っちゃ、道のあっちに行ってクンクン。
 そうかと思うとこっちに行ってクンクン。
 なにがそんなに興味を引きつけているのか、しっぽを盛んに振って鼻先を近づけて、もう夢中。
 でも、もうとっくに先を歩いている飼い主が、「行くぞ」とばかりリードをひっぱると、たちまちピョンピョン跳ねるように飼い主を追い越してまた興味の対象を見つけ出す。
 その様子ときたら、まるで下校時に道草を食っている小学校低学年の子供みたいにキラキラしていて…


 それがいつ頃のことだったかとか、あまりよくは憶えてはいないんです。
 ただ、学生の頃でないのは確かだし、またその犬のことで中学校時代からの親友と話したことを考えると、社会人になって、まだそんな年月が経ってない頃なんだと思います。
 ある日の夕方──いや、夕方だっていうのは確かなんですけど、季節とかになると、春先だったような気もするし、夏か秋だったような気もする。ただ、真冬のような寒い季節のことではなかったような気がします。
 まぁそんな夕方、その犬が一匹で歩いているのを見かけて…

 飼い主はいなかったし、リードもなかった。
 でも見かけた瞬間、すぐに「あの犬だ!」ってわかりました。
 飼い主がいないのをいいことに口笛吹いて、「彼」を呼んでやったんです(といっても、オスかメスかも知らないんですけど…)。

 「彼」って、なんだか久しぶりに見たような気がしたんですけど、相変らず可愛いんですよね。
 ただ、その日は飼い主がいないせいなのか、イメージの中の「彼」ほど元気がないような。
 どっちかというとトボトボ歩いているって感じだったんです。

 私の口笛は、聞こえなかったのか…。
 なんの反応もなく、トボトボと自らが飼われている家の方に歩いて行く「彼」のその後姿。
 なんだか、やけにしょぼくれちゃってて。
「なんだよ?おい、どうしたんだよ?」
 それには、ちょっとだけ反応して私の方をチラッとだけ振り返ってみせたんですが、すぐまたトボトボと歩いていく…

 私は、「彼」のその後姿に首を傾げつつも、10歩も歩かないうちにそんなこと忘れていたように思います。


 「彼」のウワサを聞いたのは、それからどれくらい経ってからだったのでしょうか?
 1、2週間後くらい後だったのか?それとも1ヶ月くらい経ってからだったのか?はたまた、「彼」を見かけてすぐのことだったのか?
 その時は家族揃って、夕食を食べていたので、たぶん休日だったのでしょう。
 夕食だと呼ばれて、食卓に着くと父と母が話をしていて。
「それがね、見ていてホントに可哀相でさぁー。
 隣の奥さんも言ってたんだけど…。
 ほら、隣のAクンって小学生じゃない。
 Aクンが言うには、B小学校の門の前でも待っているのをよく見かけるっていうのよ。
 なんでもね。あの家の子、2人ともB小学校に通ってたんだって。
 だから、捜しに行ってるんじゃないかって…。
 なぁーんだろねぇー。いじらしいっていうか…。」
「しかし、あんなにいい犬置いてくなんて。
 まったく許せんなぁー。」
 2人とも夢中で話していて。父なんかは明らかに怒っています。

「なに?どうしたの?」
と私が言うと、母が言います。
「ほら、よく家の前を茶色の犬連れて歩いてる人いたでしょ。
 柴犬かなんかみたいな…。」
「ああ、あの5丁目のとこの家で飼ってる犬だろ?
 明るい茶色でお腹の方が白っぽい…。
 あれ、いつだったか見たな。一匹だけで歩いてたけど。」
「あっ、あんたもあの犬の家、知ってたんだ。
 実はあの家ね、引っ越しちゃったのよ。
 あの犬、置いて…。」
「うそっ!ひっでぇーなぁー…。」
「でね、今度あの家に引っ越してきた人が、あの犬が庭にいるんで、
 追い払ったらしいんだけど、でもすぐまた庭に入ってきちゃって…。」
「えー、なら飼っちゃえばいいじゃん。
 あんな可愛いんだもん。」
 私は、「彼」のことを思い浮かべながらそう言います。

「それがね、その引っ越してきた家の奥さんっていうのが犬嫌いなんだって。
 だから、引っ越してきてその犬が庭にいるのを見た時は大変だったらしいのよ。
 で、何度も追い出して、やっと庭には入って来なくなったらしいんだけど、
 今度は家の前にずっといるんだって。」

 それを聞いて、あの時の「彼」が、あんなにしょぼくれちゃっている感じだったは、そういうことだったのかって思って。
 なんだか、脳裏にあの家の前でしょぼんと佇んでいる「彼」の姿が浮かんでくるんですよ。
 なんとも言えない思いにとらわれていたんですけど、でも…。

「あれだけ可愛い犬なんだから、誰かすぐ飼うんじゃないのー?
 子供なんか見たらすぐ飼いたい、飼いたいって言うだろうに。」
「うん。Cさんちの旦那さんが犬好きじゃない。
 で、1度家まで連れてきたんだって。
 でも、その夜のうちに逃げ出しちゃって…。
 またあの家の前にちょこんっているんだって。
 近所の人達も可哀相って、エサとかあげてたらしいんだけどね。
 でも全然見向きもしないんだって。
 呼ぶと、プイって駆けてどこかにいなくなっちゃうらしいのよ。」
「で、B小学校の門の前にいるんだ。」
「学校が終わるくらいの時間になると、よく門の前にちょこんと座ってるらしいのよ。
 自分を飼ってくれていた家の子供があそこに通ってたこと知ってるんだろうねぇー。」


 実は…
 「彼」のことというのは、その後も何度か見かけたような記憶があって。
 でも、それがどのくらいの期間だったかは定かではありません。
 また、突き詰めて言うならば、見たというのが本当にその家族との話題の後だったのかも定かではない気がします。
 可愛いだなんだかんだ言っても、所詮それは犬のことにすぎなかったのでしょう。
 そしてそれは、私以外の町内の人々にとっても同じだったんだと思うんです。


 ある夜、私は久しぶりに中学校からの親友Dと会っていました。
 このD、実は町一番の事情通で。
 というのも、Dの家は飲食店を経営していて、店に来るお客さんから、そして出前に行った先々で、自然と町の様々な情報が集まってきていたようなんです。
 さらには、Dの母親は市の病院で看護師さんとして長年勤めていて。
 また、伯父さんは市会議員。
 その他にも親戚に警官がいたりとか…。
 そんな感じで、もうとにかく冠婚葬祭的な話から、誰がどこの大学に合格したとか、はたまた昔の同級生がヤバイことやって捕まったとか、そんな情報までなんでも知ってるんです。
 その中に、あの「彼」の情報もあったんです。

 Dのその情報によると…。
 あの家に引っ越してきた家の家族は、追っ払っても追っ払っても庭に入ってくる「彼」にほとほと手を焼いてしまって、すぐに保健所の方に連絡をしたらしい。
 おそらく、とっくに処分されてるだろうと……

「じゃぁあの犬は──。
 オレだって何回か見たぞ。あの犬はなんなんだよ?」
「よく似た犬……、なのか…。
 でも、そんなわけないよなぁー。
 今時野良犬がそんなに長く街をうろついてられるわけないから…。」
 その時のDときたら、なんだかやけに思わせぶりな言い方で。

「じゃぁ、あの犬の幽霊かなんかだって言うのかよ。」
「だからさ、あの犬って、スゴク可愛かっただろ?
 だからさ、印象が強くってさ、みんな記憶がゴッチャゴチャになってるんじゃないのか?
 オレは勘違いだと思うぜ。
 1週間かそこらの間、見かけたのを記憶がゴッチャになって、
 つい昨日見たって思い込んでるって…。
 ただな…。
 ただ…、オレ自身、つい最近…、
 あの犬を見たような気がしてしょうがねぇーんだよなぁ…。」




50話目終わり。フっ!
                   ―─―― 第50話目「犬のお話」 メルマガ配信日:10.2.28
                                             *無断転載禁止


*ブログの無断転載は、呪い・祟り等ご自身に大過を招くこととなりますのでご注意ください。



 人間は、自らのことを「万物の霊長」と呼んだりします。
 でも、万物の霊長だなんて考え方は、たんに「人間の価値観」において人が他の動物より優れているから「万物の霊長」と言っているにすぎないとも言えるのではないでしょうか?

 確かに人間の価値観においては、人間は最上な生物なのかもしれません。
 でも、例えば自由に飛ぶことのできる鳥。
 「鳥たちの価値観」で人間を評価するなら、人間は飛ぶことのできない低級な動物にすぎないのかもしれません。
 さらに1年という期間で、生まれ大人になって子孫を残す昆虫たち。
 昆虫たちの価値観からすれば、20年近くたってやっと大人になる人間なんて、あまりに非効率で低級な動物にすぎないのかもしれません。
 また、他の生物(人間)が自分らの子孫繁栄のためにつくしてくれる、牛や豚、ニワトリ等の家畜たち。
 家畜たちからすれば、「人間って、子孫を残すのになんであんなに毎日あくせくしてるんだろう?低級な動物だなぁー。」って、日々思いながら人間を見ているのかもしれないのです。

 確かに、人間は牛や豚、ニワトリといった家畜たちを自由に食べることができます。
 鳥なんか、鉄砲で撃てばたちまち落ちてきます。
 昆虫なんて、殺虫剤ひと吹きで何十匹もイチコロです。
 確かに強い。まさに万物の霊長です。
 でも、「万物の霊長」って「強い」ってこととイコールなんでしょうか?

 人間は、よく「低級な動物霊」なんてことを口にしたりします。
 でもその「低級」というランク付けは、人間が人間の価値観において動物を「低級」としているからにすぎません。
 動物が、それぞれの動物の価値観で人間をみるとするならば、「人間の霊」なんて、まさに低級霊の最たるモノ。という考え方だってあるのではないでしょうか?

 ま、「霊」というモノが存在するのかどうかは知りませんけど…




Comment:0  Trackback:0
2012
12.15

49話目

Category: 怪談話
 
 48話目のお話と似ているような、似てないような、そんなお話。

 権田章吾さんが、まだ会社の寮に住んでいた頃の、ある日曜日の夕方。
 買い物を終えて寮に向って歩いていると…

 向こうから、歩いてくるのは同じ寮に住む先輩の梅本達吉さん。
 権田さん、梅本さんに笑って手をあげたんだけど…。
 梅本さんときたら、なんだか様子が変。

 首は、何やら左上の方に向けたまま。
 どことなくしゃっちょこばっているといったらいいのか、全体になんとも妙な雰囲気を醸し出していて…。
 そして、テレンコテレンコと、やたらスローモーなその歩調。

 空に何かあるのかと空を見てみるものの、特に何があるというわけでもなく、どんよりとした雲が広がっているばかり。

「空になにかあるんですかぁー?」
 その権田さんの声にも、全然無反応な梅本さん。
 声が聞こえない距離ではないのに…。
 いくらなんでも、今頃から飲み歩いて酔っ払ってるってわけないよなぁ…って、訝しく思いながら歩いている権田さん。
 気がつけば、梅本さんは権田さんの右斜め前5メートルくらいのところを歩いている。
 あいかわらず頭は左上の空に向けたまま。
 やっぱりしゃっちょこばった感じでテレンコテレンコと。
 権田さんのことなんかまったく気がついてないという風。

 やっぱり酔っ払っているのか…?
「梅本さん!梅本さん!やだなぁー。こんな時間から酔っ払って歩いてて…。
 寮長に知れるとヤバイっすよ。」

 その声にやっと気がついたのか、その場にハタと立ち止まった梅本さん。そして、左上に向けていた顔をゆっくり権田さんの方に向ける。
 でも、その顔をゆっくり向ける方向が、権田さんのいる方向と微妙にズレているような!?
 しかしすぐ微妙に頭が動いて…。
 顔は権田さんの真正面。でも、視線はあらぬ方で泳いでいる。

 ん!?酔っているのか?いやー???
「梅本さん…。よ、酔って…るんですか…?」
「……………。」
 その、妙な間の後。目の前の梅本さんが、あらぬ方で泳いだままの目で言った言葉というのが…
「あんだだーでー?おではウデモン。おではウデモン。
 あんだだーでー?あんだだーでー?」

 えっ?「あんた誰?オレは梅本。」って言ったのかぁ!?
って、権田さんが思った時には、梅本さんの姿は見えない。
「っ!?」
 慌てて振り返ると、権田さんが今歩いて来た方に歩いていく梅本さんの後姿が…
 頭は左上の空に向け、元通り。
 やっぱり、元通りのしゃっちょこばった感じで、テレンコテレンコ…。
 そして、今度はかすかに聞こえてくる梅本さんの声。
「あんだだーでー?おではウデモン。おではウデモン。
 あんだだーでー?……」

 な、なんだいありゃ…!?
 酔っ払ってる…。っていう感じでもねーしなぁー……!?
 狐につままれたようなとは、まさにこのことだと権田さん。


 そんな権田さん、なおも首をひねりながら寮に帰ると、食堂のTVの前にはみんなが集まっている。
 誰もが手に手に缶ビールを持って大歓声。
 野球かなんか見ているのか。
 中の1人が、帰ってきた権田さんに気がついて声をかける。
「あっ、権田さんが帰ってきた。
 権田さ~ん!
 権田さんも、こっち来て飲みましょうよー!」

「今さぁ、そこんとこで梅本さんに会ったんだけどさ。
 梅本さん、なんか変で──。」
 その権田さんの言葉に、にゅうっと振り返ったのは当の梅本さんの顔。
 やたらめったらゴキゲンなそのベロンベロンの笑顔に、権田さんの言葉はピタリと止まる。
「なんだとーっ!権田っ!だぁれが変だってぇーっ?
 お前、ふざけたことぬかしてっとビールやんねーぞ!
 ガハハーっ!」


 梅本さんは、今日は昼過ぎくらいからずっとそこでTVを見てたと言う。
 とはいえ、真っ赤な顔してそう言われても…。
 だけど、他の人に聞いてもやっぱり梅本さんはずっとそこにいたと……。




49話目終わり。フっ!
               ―─―― 第49話目「おではウデモン」 メルマガ配信日:10.2.26
                                             *無断転載禁止


*ブログの無断転載は、呪い・祟り等ご自身に大過を招くこととなりますのでご注意ください。









Comment:0  Trackback:0
2012
12.09

スーパーのBGMネタで一発!


 注!ウ○コ系のネタが、嫌いじゃない方だけご覧ください(笑)


 スーパーに行くと、必ずBGMがかかってるじゃないですか。
 実は、あれって結構困りモノなんですよねー。

 まぁたぶんそういう風につくってあるってことなんだろうけど、妙に頭に残るのが多いんですよね。
 ずいぶん前になりますけど、♪さかなさかなさかなー、さかなを食べるとーとか。
 あと、祭事系の音楽も結構きますよね。
 これからだと、正月とか、ひままつりとか…
 
 とにかくもう。
 スーパーに行くと、それがかならずかかってるし。
 買い物している間、延々それが聞えるんで頭に残っちゃって。
 スーパーを出てからも、頭の中で延々リピート再生されることになって。
 結果。何かの時に、それを無意識に口ずさんでいる(笑)
 それも、仕事で何か作業している時とか、一人で街中を歩いている時とか、そういう時にかぎってよく出るという…(ホント。あれはカンベンしてほしいですよねー)。


 最近のそれのヒット(?)は、よく行くスーパーのおでんの具材コーナーでかかってる、♪おーでんー おーでんー おーでんーってヤツ。
 そのリズムといい、メロディといい、そのあまりの単調さで。
 もぉあれは、頭に残る度最強ランクですね。
 さらに困るのが、あの♪おーでんー おーでんーってヤツ。
 流している方としては、あれを流すことで、「あ、今日の夕食はおでんがいいかな」とか。「お母さん、今日おでんが食べたーい」みたいな気持ちにさせることで、おでんの具材を買わせようという魂胆なんでしょうけど。
 聞かされている方としては、あの♪おーでんー おーでんーが頭の中で自動的に変換されてこんな風に聞えちゃうわけなんですよね。

 ♪おー便ー おー便ー おー便ー おー便ー おー便ーって(笑)

 いや、もう可笑しくって
(脳裏では、鍋の中で煮えているアレの光景が浮かんじゃったり? ←最低っ!)。
 それでなくとも、頭の中無意識リピート再生度最強ランクなのに、もぉその可笑しさも相まって。
 最近は買い物している間中、もうずっと(そっと)口ずさんでます!
 (いやもう、レジのところとか…。結構アセるんですよねー笑)



 で、まぁ
 その、♪おー便ー おー便ー おー便ーは楽しくっていいんですけど。
 そのスーパーのBGMで困る…、というかカンベンしてほしいのが、例のおねーちゃんアイドル集団のBGM。

 いや、実は。これは、ホンっト昔っからなんですけど、あの手のアイドルっていうのが、見るのも聞くのも触るのも大っ嫌いで(まぁ、触ることはないか…)。
 虫唾が走るっていうよりは、とにかく何だかわからないんですけど異様にイライラがつのってくるって言ったらいいのか(それこそ、思わずお便とか投げつけたくなっちゃうくらい?)。

 よく行くスーパーっていうのは、8のつく日はハッピーディとかで、割引になるのはいいんですけど。
 でも、そのかわり延々あのおねーちゃんアイドル集団の歌を聞かされるという…(いやもう。あんな所業、地獄の鬼だってしないんじゃないかって!)
 最近は、なるべく8のつく日は、あのスーパーどころか、近くにも寄り付かないようにしているくらいです(だって、そのスーパーの裏とか歩いていると聞えてくるんだもん!)。

 そうそう。話はそれますけど。
 そんな私にとって、あのHDレコーダーっていうのは、ホント偉大な発明です。だって、番組見る前にあの手のアイドルが出ているCMを全部カットして見ることができるんですから。


 で、また話は戻りますけど。
 不思議に思うのは、スーパーでかかるBGMが、なぜおねーちゃんアイドルなんでしょう?
 スーパーの顧客っていうのは、まぁ男も客ではあるわけですけど、でもまぁ基本的には女性、それも主婦がメインの顧客ですよね。
 であれば、単純に考えるなら女性アイドルでなく、男性アイドルのBGMの方いいんじゃない?とか思っちゃうわけで…(いや、私にとっては男性アイドルのBGMだってイヤなことには変わりないわけですけど…)。

 そういえば、前に音楽関係の仕事をされてる方から聞いたことなんでですけど。
 モーニング娘があんなに売れたのは。スピード等あの手の女性ポップスグループが解散しちゃった時期に、それらのメインのリスナー(CD購買層)だった小中学生の女の子がそっちに一気に流れたって面があるんだと。

 ということを考えると。
 あのスーパーでのおねーちゃんアイドルBGMっていうのは、メインの顧客そのものである主婦よりも、主婦が買い物に連れてくる「子供」のためって要素が大きいってことなんでしょうかねー。
 つまり。買い物に連れてきた子供がつまんながらないように(早く帰っちゃうとそれだけ売り上げ減るわけですもんね)、あのBGMを流してると…(?)

 うーん…
 でも、それなら8のつく日だけじゃなく、毎日流した方がいいはずだし。
 また、PBの機能性下着のキャラクターなんかまで、おねーちゃんアイドルがやらなくてもいいはずですよねー(店流してるモニターに映ってる人って、確かあのおねーちゃんアイドル集団の人でしたよね?)。

 そういえば。
 イオンとか西友って近くにないんで、あまり行かないからよくわからないんですけど。
 少なくともTVCMなんか見る限りだと、イオンなんかは若い主婦って感じの人がキャラクターやってましたよねぇ…。
 とはいえ、あのスーパーっていうのは流通では大手中の大手なわけで。
 人気があるってだけで、あのアイドル集団を使うとも思えないし…(ギャラ高いんでしょ?)。
 反面、そういえばあのスーパーって、他の流通と比べるとイメージ戦略ヘタなとこあるよな…とも思ったり。


 まー、とにかく。
 なぜ、あのアイドル集団なんだろ?っていうのはあるんですけど。
 BGMはカンベンしてほしいかなーって。

 しっかしまぁ。
 いろいろな意味でスミマセン。





Comment:0  Trackback:0
2012
12.09

12月といえば?

 
 12月がくると、なぜか聴きたくなる音楽っていうのがあって。
 ひとつは、もちろんクリスマス音楽。もう一つが、ジョン・レノンなんですよね(ビートルズでなく、ジョン・レノン)。

 生誕の月である10月でなく、亡くなった12月になると聴きたくなるっていうのは、やっぱり「殺害」ということが衝撃的だったってことなんでしょうか。
 それとも、たんに12月になるとジョン・レノンの「Happy Christmas」を巷でよく耳にするようになるからなんでしょうか。

 とかなんとか言って、白状すると。
 ジョン・レノンが死んだ時って、全然ファンじゃなかったっけなーって(笑)
 あの頃はジョン・レノンって、何かっていうと「♪ヨーコ、ヨーコ」って歌う、女々しいヤツってイメージだったんですよね。「反戦」とか歌っちゃうのも、ウソくさくって大っ嫌いだったし(ロックンローラーが正しいっぽいこと言うなんてダッさーって)。
 それが、いつの間にかしみじみ聴くようになったのは、正月やクリスマスみたいなものっていうのは素直に楽しむものなのかもしれないな…って思うようになった頃だったかなぁ…(笑)
 
 でも。今考えると、多感な時代ってヤツの時に、(ビートルズでなく)ジョン・レノンをしみじみ聴いてみたかったかなぁ…って。
 火の気のない寒い部屋で、歌詞カード片手に、膝小僧にあごをのっけてさ!ってね(笑)

 まぁ12/8は過ぎてしまいましたけど(そういえば、今年って日本風にいうと33回忌にあたるんですね)。
 Youtubeにある、「おしゃべり人物伝 ジョン・レノン」を、見てみるなぁーんていうのもいいのかなーって(しっかしまぁ。あれ、よく残しておいてくれたなぁ…。感謝!)。




 そういえば、今年はクリスマス・アルバムのいいヤツがないよーな。
 ヨーロッパやアメリカの景気が芳しくないせいなのかなぁ…










Comment:0  Trackback:0
2012
12.08

23話目

Category: 怪談話

 Jさん、それは、小学2年か、3年かまぁその頃のことだったかで。
 時期は5月の連休は過ぎていたか?
 とにかく春爛漫っていうよりは、完全に初夏全開って感じの日のことだったらしい。


 Jクンは、当時バスで小学校に通っていた。
 たまたまその日は、班長会議か何かで遅くなって──、遅いといっても昼前か、昼をまわったくらいの時間だったから、たぶん土曜日だったのだろう。
 1人だけ遅くなったこともあり、いつも一緒に帰る友人たちはいつもの時間のバスで先に帰ってしまっていた。
 そんなJクンが、バス停に1人佇んでいると…。
 Jクンの家の近所に住むY子さんという、3つ年上の女の子がバス停にやってくるのが見えた。

 まぁ今こうしてその時のことを書くと、3つ年上の女の子になってしまうわけだけれど。
 当時のJクンの感覚でいうなら、そのY子さんは3つ年上のお姉さんといった方がピッタリなのだろう。
 小学校位で3歳の差っていうのは大きいし、ましてやJクンは早生まれだったということだし。
 つまり、その時。そのY子さんは、そんな風にぜんぜんお姉さんという感じだったから、Jクンは特に話そうとも思わなかったし。また、Y子さんの方も特に話しかけてこなかった。
 それは、Y子さんというのが、どちらかといえば物静かなタイプの女の子だったというのもあったのかもしれない。

 そんな小学生二人だけが、どこか意識して離れて立ってバスを待っているバス停は初夏の日差しに照らされ、どこかのんびりした風情。
 それはバスも同じなのか、なかなか来ない。


 やっと来たバスは、ガラッガラだった。
 その日は無っ茶苦茶いい天気。おまけに季節は初夏全開って感じだったから、陽射しも空気も風もこれまた無っ茶苦茶気持ちよかった。
 いつも友だちと座るみたいに一番後ろの席に座ったJクンは、窓を全開にして、心地よい暑さを感じさせてくれる陽射しと、その爽やかな風を思いっきり浴びてバスに乗っていた。
 そんな中。
 それは、家の最寄りのバス停の2つ手前のバス停に、バスが停まった時。
 前の方の座席に座っていたはずのY子さんが、すたすたとJクンが座る前の席に座ったかと思うと。
 パっと後ろを向いて言った。
「ねぇJクンさ、次のバス停で降りて買い食いしてかない?」


 「買い食い」なんて言葉、小学生が塾帰り、夜のコンビ二で何か買って食べるなって当たり前の現代じゃ死語になってしまったんだろうか?
 でも、当時「買い食い」というのは、学校帰りに店でなにか買って食べるという、先生や親に見つかったら大目玉的な行為のことだった。
 つまり。その時Y子さんがJクンを誘ったのは、「見つかったら絶対怒られるんだけど、だからこそ楽しい買い食いをしてかない?」というお誘いだったというわけ。
 でも、あの大人しいY子さんが…!?

 もっとも。Jさんはその時、「お金持ってないからダメ」とかなんとか答えたらしい。
 Jさんによると、小学2、3年頃っていったら、学校にお金を持っていくなんて文房具とか工作の材料を買う時くらいだったと思うと言うから、たぶんそれで間違いないのだろう。

 ところが…
 そう答えたJクンに、Y子さんは、可笑しそうにクスって笑って、そしてイタズラっぽい口調でこう言った。
「オゴってあげるから…。ね!」って。
 まぁJさん。いくらなんでも、その「オゴってあげる」のひと言で「うん。じゃぁ行く!行く!」って言うほど現金なタイプでもなかったというのだが。

 結局、JクンはY子さんと一緒に次のバス停で降りた。
 Jクン、Y子さんが大人しいタイプだったこともあって、その時まではほとんど話したことなかったということなんだけど。
 でも、もしかしたら、その綺麗なお姉さんであるY子さんに対し、恋心とはいかないまでも、何かこう淡い憧れみたいなものがあったのかもしれない。
 ましてや、その日っていうのは…
 なんども言うように、初夏全開のとっても気持ちのいい日だったらしいし……


 Y子さんとJクンは、バスを降りると。バス停の前の文房具屋兼パン屋兼駄菓子屋の店に入った。というよりは、Y子さんに連れられるようにその店に入ったJクン。
 店の中では、Jクンはお菓子を選んでいるY子さん後ろで黙って見ているだけだった。
 そのJさんによると。
 その時、Y子さんが何を買ったのかは憶えていないらしいのだけれど。でも、その中にチョコレートのついた菓子パンがあったことだけは確かなのだと…


 買い物を済ませて店を出たY子さんと、Y子さんに連れられたJクン。
 さて。これから家に帰るのにバス停1つ分歩くわけだけど。
 その道をY子さんは、大通りの方でなく裏道の方を通って帰ろうと言う。
 まぁそりゃそうだろう。見つかったら大目玉の買い食いしてるんだもの、大通りを堂々と歩けるわけがない。裏道を行くことにJクンも異存はなかった。

 そんなわけで、大通りを離れ裏道に向かったY子さんとJクン。
 でも、そこは、片や深い藪の林。片や某大企業の研究所の敷地に挟まれた、昼でもあまり人通りのない道。
 その深い藪の林ときたら…
 そこは、下草の手入れが全くなされてない松林で。
 Jクンは、一度だけ大人と一緒にワラビを採りに入ったことがあるんだけれど。その藪のあまりのヒドさにウンザリして、Jクンはそれ以来一度も足を踏み入れたことがない場所。
 また、その深い藪の林と道を挟んで反対側にある、某大手企業の研究所というのは…
 そこは、広大な庭園と、その奥にある建物。そして、フェンスに囲まれた、昼でも暗い竹林を持つ場所で。Jクンも友だちも、そこに人の姿があるのを一度も見たことはがないという、ちょっと謎めいた場所だった。

 つまり。片や藪の深い林、片や人影の全くない研究所ということで、広い舗装道路のわりには昼間でもほとんど通る人のない道で、子供だったJクンにはちょっと薄気味悪い道でもあった。
 だから、雨の日や夕方になったら絶対通らないようにしていた道らしいんだけれど。でも、その日は初夏の陽光溢れる無っ茶苦茶いい天気の昼下がり。
 ましてや、その時は3つ年上のY子さんと一緒。
 だから、薄気味悪さとかそんなものは一切なかった。

 そんな裏道を、朝こそ毎日一緒のバスで通っているとはいえ、普段ほとんど話したことなかったJクンとY子さん。
 お菓子を食べ食べ、いったい何を話しながら歩いていたのか……


 それは、その裏道の1/3を過ぎた辺りのこと。
 Y子さん、ふいに道の向こうを指差して、
「ね、そこ行ったことある?」って。

 見れば、そこは研究所とフェンスに囲まれた竹林の境にある細い道。そこは、いつも木の柵のような門が通せんぼしている場所。
 もちろんその日も柵のような門が閉まっていて、真ん中にはこれ見よがしの太い鎖と大きな南京錠が鈍く光っていた。

 首を左右に振ったJクン。そして、「だって入れないじゃん。」と言うと。
 Jクンのその様子をじっと見ていたY子さんの目。それは、すぐにちょっと小馬鹿にしたような笑みに変わって。
「あぁ男の子達って、やっぱりここ知らないんだ…。
 あのね、ここはね、スっゴクいい所なの。
 ねぇJクン。今からちょっと行ってみない?」


 当時Jクンは友人たちと、近辺のほとんどの所にもぐり込んでいたんだけれど。でも、この場所だけは頭から入れない場所と思い込んでいたから、入ろうと考えたことすらなかった。
 だというのに、そんな場所を大人しいイメージのY子さんが知っているのも驚いたけど。
 それより何より、立ち入り禁止と鍵がかかっている、つまり大人が「ここには入ってはダメ」と意思表示をしている場所に入ったことがあるというのが驚きだった。

「えー、大丈夫なのぉ…?」
「うん。」
「Y子ちゃんは、入ったことあるの?」
「うん。何度もあるよ。」
 またクスっと笑ったY子さん。
「怖いのぉJクン。男のくせして…。
 うふっ…。大丈夫よ。誰も来ないわよ。
 すごくいい所よ。ね、行こ…。」
 そう言ったY子さんは、Jクンの右手をとって。さらにギュぅっと握って。そしてそのまま、Jクンを木の門のところに引っ張るようにして歩いていく。

 当時Jクンは小学生。つまり、女の子の手に触れるなんてことは運動会のフォークダンスくらい。それだってイヤイヤながら「触る」(そう。それは「握る」というよりは、まさに「触る」)って感じだったのに。
 なぜかその時は、Y子さんに手を握られたまま……

 木の門のところまでY子さんに連れてこられたJクンが、その門越しに向こうを見ると。
 そこは、道の左側は、Jクンの背の2倍以上はあるかという高いフェンスに囲まれた真っ暗な竹林。右側は、研究所の石垣とその上の等間隔に植わった松の木。
 それらが左右にずぅーっと向こうまで。暗ぁーく続いている…。
 道はといえば、そこは真っ黒な土。何日か前に降った雨によるものか、ところどころ大きな水溜りがあって、ぬかるんでいる。
 ただ、道をずっと行った遥か向こうは、パァーっと眩しくて……

 Jクンが気がついた時。Y子さんは、木の門の下をくぐっているところだった。
 いつもの大人しい感じとは全然違う身のこなしで、あっという間に門の向こう行ってしまったY子さん。門の向こうでさっと立ち上がったかと思うと、服についた土をパッパと払っていて。
 そして、「ねぇ早く来なよぉー」って、またあのクスっという笑いを浮かべている。

 少し躊躇っていたJクン。でも、結局腹這いになって木の門をくぐりだして…。
 そう。Jさんによれば、あの時、あの門の所で腹這いになった瞬間に感じた、ヒンヤリと冷たい土の感触というのは、今でも憶えているような気がすると。

 でも。その後は、記憶がフっととんでいるんだとかで。
 その高いフェンスの竹林と研究所の石垣の間を通る薄暗い道を、Y子さんと2人して歩いたんだろうけど、その記憶は残っていないんだと。
 Jさんが次に憶えているのは、その薄暗い道を抜けて見た光景。
 パーッっと開けて、ついさっきまでの初夏の陽射し溢れる状態に戻ったかと思ったら、その視界の遥か向こうにS湖が青々と光っていた。


 そう。Jクンは、いつのまにかS湖を望む崖の上に来ていた。
 ただ考えてみれば、それは当たり前だったのだろう。
 Jクンの住む街というのは、S湖から一段高い河岸段丘のような地形の所あるわけだから。S湖のある方角である南に歩いていけば、絶対崖か坂にぶちあたるはずだった。
 とはいえ、Jクン。ついいましがたのジメジメ薄暗い道とは真逆な、光溢れる光景に、子供ながらに呆気にとられてしばらく声も出なかったらしい。

 Jクンがそんな風に目を丸くして呆気にとられているのを見てみて満足したのか。Y子さんは、またクスって笑って。そして言った。
「ねっ!きれいでしょ。」って。
 そのY子さんの、なんだかやけに誇らしげな口調に、Jクンが振り返れば。
 Y子さんは、さらに崖寄りの芝のような背丈の短い柔らかい草が一面に生えている場所にペタンと座っていた。
 そして、買ったお菓子の入った紙袋をガサガサと広げながら、
「Jクン!Jクンもこっち来なよ。お菓子まだ残ってるよ!」
 そう言って、またクスクス笑っている。


 その時Jさんは、なんだか甘酸っぱいような想いを感じながら、Y子さんの隣でお菓子を食べていたんだと…。
 いや、それこそ何を話したのか記憶はないらしい。というよりは、もしかしたらその甘酸っぱさに恥ずかしくなって、何も言えなかったんじゃないかという気もすると。


 それは、そんな時だったらしい。
 目の前の草むらに、野いちごの赤い美があるのを見つけたJクン。
「あっ!いちご!」
 思わず手を伸ばしてその赤い実を摘んだ。
 Jクンが、その透き通った小さな丸い粒が合わさった赤い実を手にとって見ていると。
「食べれるよ。おいしいよ!」
 そう言ったY子さんは、自分でも近くにあったその赤い実を摘んでポンッと口に入れた。
「おいしいの?」
「おいしいって。Jクンも食べてみなよ。」

 Y子さんはそう言いながら、また近くにあった実を摘んで口に入れていた。野いちごってそんなにおいしかったけかなぁ?と、恐る恐るその赤い実を口に入れたJクン。
 それは、やはりJクンの口にはすっぱいばかりで、決しておいしい物ではなく…

「すっぱいよー。おいしくない。」
 顔をしかめてそう言うJクンを見て、Y子さんはクスクス笑って言った。
「このすっぱいのがおいしいんじゃなーい。」
 Y子さんは、そう言うそばからまた近くの実を摘んで口に放り込んでいる。

 野いちごを摘んでは、おいしそうに口に入れているY子さんを見ていたJクン。
 もしかしたら、たまたま摘んだ実がおいしくなかったのかもと辺りを見回し、いかにもおいしそうな赤が鮮やかな実を見つけようと。
 見回せば、なぜ今まで気がつかなかったのか?そこは、辺り一面の黄緑色の葉陰に赤い実がたくさん生っていて……

 Jクンが、茎の小さな棘に注意しながら、おいしそうな赤い実を無心で探していた時。
 Jクンの耳聞えた、なんだか怒ったようなY子さんの声。
「えっ?」
 ってJクン、慌ててY子さんの方を見ると。
「Jクン、あんまりそっちに行くと危ないよ!」
 見れば、そこは。
 野いちごの蔓に隠れて、崖の落口が抉れたようになって、そこにあった。

「わぁっ!」
 慌てて、Y子さんのそばに戻ったJクン。
 といっても。実はそこ、そんな大した崖ってわけではなかった。
 そこは崖といっても、まぁそこそこ7、8メートル位の高さの土の崖。
 東京近県に住んでいる人なら、たちまち脳裏にイメージが湧く、あのお馴染みの黄色い関東ローム層がボロボロと剥きだしになった土の崖だった。
 もっとも。まぁ、落ちたらそれなりには怪我するんだろうけど。

 その時のJさんときたら、Y子さんの座る柔らかい草のところに飛び込むように駈け戻ったらしい。
 その大げさに慌てた風を装ったのも、飛び込むように戻ったのも。たぶんそれは。Y子さんに甘えたい気持ちがあったのだろうと。

 そんな隣に逃げ込むように戻ってきたJクンに、Y子さんは言った。
「Jクン、危ないよ。」
「うん。びっくりしたよー。」
「いちごはもうやめて、これ食べなよ。」
 そう言ったY子さんは、紙袋から菓子パンを出して、それをJクンの口に入れてくれた。
「っ…。」

 それは、表面のチョコレートがドロドロに溶けた菓子パン。
 野いちごのすっぱさとは対照的に、それはトローリと甘く…。
 夢中でそれを飲み込んだJクン。
 のどに落ちていくトローリと甘い余韻を感じながら、ふとY子さんを見れば。

 Y子さんはといえば、手についたチョコレートを舐めながら「おいしいね」って言って、あとはクスクス笑っているだけ。
 そして、それはその後…。
 Jクンの顔をじっと見ていたY子さん。
「Jクン、それじゃお母さんに買い食いバレちゃうよ。」
 そして、スカートのポケットからハンカチを出したかと思うと…

「ほら、Jクン、じっとしてて…。」
 そう言ったY子さんは、Jクンの口のまわりについたチョコレートを拭いてくれて……

 ふわーって顔が暖かくなったかと思うと、首の後ろがそわそわーとくすぐったいような、痺れるよて不思議な感触があって……
 その初めての感覚に、Jクンはただただもう、ボーっとなっているだけだった。



 Jクンは、その後もしばらくY子さんとそこにいたらしい。
 ただ、その記憶はほとんどないんだと。
 唯一憶えているのは、帰り道。
 それは、もう崖の上のその場所を離れて、またあの薄暗い道を歩いて、さらに林の中の道も抜けた、そこはもうJクンとY子さんの家のある住宅地の中の道。
 左に曲がればY子さんの家。Jクンの家はこのまま真っ直ぐという分かれ道のところだったと……

「ねぇ、また行こうね。」
 そう言ったJクンに。
 Y子さんはちょっと口ごもるような、困ったような顔を一瞬だけして。
 そしてひと言。
「うん…。そうね。」
 それだけ言ったY子さんは、急にクルリとJクンに背を向けたかと思うと。
 Jクンが気づいた時。それは、家に向う道をタタターっと駆けて行くY子さんの後ろ姿だったらしい。
 Jクンのその目に映っていたのは、家に飛び込むように入って行くY子さんの姿。
 そして、少し遅れて聞えてきたのは…
 カチャンっ!
 なんだか必要以上に大きく聞えた、金属の門扉が閉まる音。



 その後、JクンはY子さんとそこに行ったことはないのだと…。
 というより。もしかしたら、Y子さんと話したことすらないかもしれないという。
 学校に行くのに同じバスに乗るから、顔こそ毎朝のように合わせていたけれど。でも、Y子さんはいつもの物静かなお姉さんに戻ってしまっていたらしい。

 そして気がつけば。
 季節は、いつしかしとしと雨の降り続くようになっていた。
 それは、夏がくるちょっと前のことだったと。
 Jクンが、お母さんから聞かされたのは、Y子さんが重い病気で入院したということ……





 Jさんには、Y子さんの記憶はその後一切ないんだとか。
 いや。病気で亡くなったってことはないと思うんだけどと。
 なぜなら、亡くなったということであれば、当然お葬式等の記憶があるはずだから……。



 そうそう。
 JさんがY子さんと行ったその場所。
 なんでも今では、辺りはすっかり宅地造成されちゃって。
 さすがに崖の面影だけはあるらしいんだけど。
 でも、そこは家が建ち並んでいるばかりで。
 Y子さんが座っていた、野いちごがあたり一面生っていたあの場所は、どの辺だったか全くわからなくなってしまったんだとか。




23目終わり。フっ!
                    ―――─ 第23話目「Strawberryfields Forever……
                                      メルマガ配信日:09.12.11
                                             *無断転載禁止


*ブログの無断転載は、呪い・祟り等ご自身に大過を招くこととなりますのでご注意ください。











Comment:0  Trackback:0
2012
12.03

初・東野圭吾

Category: R&R
 実は、東野圭吾の本っていうのは読んだことがなくって。
 だって、「読んでみよっかな」って思うと、必ず立ちはだかってくるのが例の『白夜行』でしょ。
 友人知人に「東野圭吾…」って言おうものなら、まずそれを勧められるし。何が面白いんだろう?ってネットで調べると、やっぱりそれだし。
 いや、『白夜行』。実際読み始めちゃえば面白いんだろうなとは思うんです。ただ、どっちかというとクライムノベルって苦手なのと。苦手なタイプであの厚さってなると、ちょっと引いちゃっうんですよねー。

 『ガリレオシリーズ』は、正直何年か前にやってたドラマがダメだったんですよねー。
 いや。途中までは面白く見てたんです。
 でも、回が進むにつれ、あの数式を書き出すと事件解決しちゃうっていう、あの映像にげんなりしてきちゃって。
 だって、それじゃ陰陽師とか霊能力がある人が呪文を唱えると犯人がわかるっていうのと、ある意味同じじゃないですか。
 数式で事件を解決出来るんなら、ドラマの中でとは言わないまでも、番組ホームページとかで数式で事件が解決出来るっていうその過程を示さなきゃ、ミステリにならないと思うんです。
(ま、実際に本を読むと、また違うとは思うんですけどね…笑)。

 そんなわけで、東野圭吾って全然縁がなかった作家なわけですけど。
 とはいえ。あんなに人気があるのはなぜなんだろう?って、その点でどうしても読んでみたくなっちゃいまして。
 とはいえ、どれがいいんだろうって…。

 で、まぁいろいろ話を聞いたり、ネットを見たりして、選んだ結果が以下の三冊。
 むかし僕が死んだ家
 悪意
 パラレルワールド・ラブストーリー

 (笑)まぁファンの方からすると、もしかしたら「そーじゃねーだろー!」とか怒られちゃうのかもしれませんけどねー。
 ただ、ファンのサイトとかも見て選んだんで、そんなに的外れなチョイスじゃないとは思うんだけど…。


 で、この三冊。迷った末、最初に手をつけたのが、『むかし僕が死んだ家』。
 東野圭吾はもちろん初めてだし、松本清張もそれほど読んだことがあるわけでもないんですけど。読み始めてすぐ思ったのが「松本清張の文章に似てるような…」。
 いや。ネガティブな意味で言ってるんでなく。それどころかポジティブな意味なんですけど、一つ一つのセンテンスが短く単純なのが、松本清張に似てるかなーって気がしたんですけど、どうなんでしょうね。
 そういえば。ふと気になって、ウィキペディアで見てみたら。『アルキメデスは手を汚さない』にはまって、松本清張を読み漁ったのが東野圭吾が推理小説を書くきっかけって書いてあるんで。
 まぁ当たらずとも遠からずってとこなのかもしれませんね。


 で、その『むかし僕が死んだ家』。
 *一応ネタバレはしてないつもりなんですけど、読もうと思っている方は、以下は読まない方がいいと思います。

 読み終わって思ったのは、いろいろとレビューを見ないで読めばよかったかなぁ…ですね。
 いや、もちろんネタバレレビューは読まないようにしてたんですけど。
 「伏線、伏線の連続」っていうのが頭にあったんで。読んでいて、どうしてもタイトルの『むかし僕が死んだ家』が頭から離れないんですよね。
 それがある故に、もう一段の展開を期待しちゃったんだけど、それがないことにちょっとガッカリだったというか…

 うん。それこそ読んでいる時は、面白く読めてたんですけどねぇ…
 「僕」と「その家」がどう絡むのか?っていうのを、あれこれ考えながら読んでいただけに、その期待が存在してなかったことがちょっと残念って感じでした。
 あと、レビューだと「怖い」っていうのが結構あったんですけど(東野圭吾本人も、自分の解説本みたいなのにそんなようなこと書いてますよね)。
 私は、とくに「怖さ」は感じなかったかなぁ…
 いや、まぁ。そりゃ登場人物の立場になったら怖いんだろうけど、読者としてのゾクゾク感みたいなのは、特に感じなかったというのが本音ですかね。
 ただ、確かに面白いのは面白かったんで。次(『悪意』か?『パラレルワールド・ラブストーリー』か?)に期待です。


 ところで、この東野圭吾。
 いやホント人気あるんですね。
 本棚サイトのレビュー数もさることながら。
 今回買った3冊。どれも出てからずいぶん経っている本なんで某ネット通販サイトの古本を毎日チェック――安くて状態の良さそうなのないかって――してたんですけど。
 いやもう、出品店一覧が毎日変わっているような状態。
 それこそ、朝いいのがあったと思ってたら、夜には売れちゃってたみたいな感じで。
 某チェーン展開の古本屋さんなんかでも、そもそも東野圭吾の本はないし(宮部みゆきは普通にあったのに!)。
 その人気ぶりにホント驚いた次第です。


 そういえば、某ネット通販の古本といえば。
 ずいぶん前に、この本面白そうだなって目をつけた本があって(タイトルはあえて明かしません)。
 最初に目をつけた時は、1円がずらーっと並んでる感じだったんです。
 それがある時を境に一気に高くなっちゃって、今もずっとそのままで。
 あれなんかは、たぶんネットかなにかで話題になったからなんですかねー。
 つまり、つい昨日までは誰も見向きもしなかったものが、ネット等で評価されるとたちまちパーッと。評価が評価を呼んで、とんでもないような人気になっちゃうっていう、まさに昨今よくあるパターンなのかなぁーって。
 タレントのブログなんかが、まさにそうですよね。
 人気ブログとかネットでいったん紹介されると、たちまちみんなアクセスするからさらに人気が出ちゃうみたいな、あのパターン。
(とか書くと、なんだかやっかんでるみたいだからやめよーっと)

 かのデビッド・ボウイは80年代に、「これからは政治にでなく、マスコミに反抗することが本当の反抗なんだ」って、言ったらしいけど。
 そういう意味じゃ、今の時代っていうのはインターネットに反抗することこそが本当の反抗って言えるのかなーって。



 で、そういえば『むかし僕が死んだ家』。
 最後(の何行か前)の、「もしかしたら私もまた、あの古い家で死んでいるのではないか。(中略)そして誰もがそういう、むかし自分が死んだ家を持っているのではないか。ただそこに横たわっているに違いない、自分自身の死体に出会いたくなくって、気づかないふりをしているだけで。」っていうくだり。

 いやぁ、オレはそれはないかなぁ…って思った、まさにその瞬間。
 あっ、確かに誰でもそういう面はあるのかもなぁ…。気づかないふりしれるだけで…
って思い返しちゃったのは。
 いや。決してそれが怖いとかそういうことではないんだけど。
 「慄然とした」って言っちゃうと、ちょっとオーバーかもしれないけど。でも、確かにハッとさせられたのは事実ですね。





 追記
 東野圭吾の本が某ネット通販の古本で比較的高いor某古本チェーン店に置かれてないのに対して。やはり同じように人気がある宮部みゆきの本は1円が結構あるor某古本チェーンに結構あるのは…。

 発行部数が宮部みゆきの方が多いから、中古として出回るものが多いってことなんですかね(いや。どっちが発行部数多いのかわかりませんけど)。
 それとも、東野圭吾の読者の方が愛着が強いから本を売らないってことなんですかね。
 もしくは、読者の層が微妙に違うのか(例えば、宮部みゆきの方がおこづかいが限られている中高生等が多いため、読み終わったら売っちゃう人が多いとか…)。
 さらに言えば、東野圭吾の本を読みたいと考えている人は、古本でいいって思っている人が多いって可能性もありえるのかな?(ニーズがあるがゆえに、市場が動き値も上がるってこと?)

 誰かそんな、本の発行部数と古本の値段と値動きの関連性、さらにそれに付随したユーザー特性分析みたいなことをやってくれないかなー。
 電子書籍に関わっている人たちなんか、本を読みたければ身近な本屋に行けばいい日本で電子書籍市場を開拓するためにも必要だと思うんだけどなぁ…。


 そういえば。
 電子書籍って、日本で普及させなきゃいけないものなの?
 なんか最近。必要性っていうか、必然性を全く感じなくなってきちゃって…






Comment:0  Trackback:0
2012
12.01

48話目

Category: 怪談話

 Pクンが高2の時のこと。
 家に、同じクラスのVクンが遊びに来て…

「なぁ、中学の卒業アルバム見せてくれよ。」
「卒業アルバム…?なんで?好きな女でもいるのか?」
 Pクンの高校って、実はあんまりガラのいい方じゃなくって。出来れば見せたくなかったんだそうです。

「オマエと同じ中学のヤツに聞いたことあるんだよ。
 卒業アルバムの修学旅行の写真に心霊写真があるって。」
「シンレイシャシンんんー……!?
 あぁー、あれか!」
 Pクンは思い出しました。
 写真屋さんが写したスナップ写真の中に「心霊写真じゃないか?」って、ちょっとした騒ぎになった写真があったことを。

 それは、たしかある湖の風景を写した一枚。
 湖面のわずか上に白い球体が写っていたのを、誰かが冗談半分に「これ、心霊写真じゃね?」って言ったのがきっかけだったそうです。
 面白がった誰かが、オカルトかぶれで有名な女子生徒を呼びに行っちゃったもんだから、さあ大変。
 その女子生徒、張り出してある写真を見るなり、眼を剥いて。
 「ここにも写ってる」、「あっちの写真にも写ってる」って、写真の何枚かを指差し、あげくの果てにはお経みたいの唱え始めちゃって……

 写真を掲示してあった階段の踊り場に、上の階から下の階から生徒がどんどん集まっちゃって。
 たちまち、とんでもないような大騒ぎに。
 結局、駆けつけてきた先生に、その場にいた一同大目玉。


 実は、その写真に写っていた白い球体。騒ぎがおさまって冷静になって見てみれば、たんなる光の乱反射によるものだってことは一目瞭然だったとかで。
 その程度のものでしたから、Pクン自身そんなことはすっかり忘れていたんだそうです。

「あーアレね。
 でも、アレはただの光の反射がまーるく写ってただけだぜ。
 つまんねーよ。あんなの…。
 あっ、それにさ、あの写真は写真屋のスナップ写真だぜ。
 卒業アルバムには載ってねーよ。」
「まーるい光?
 違うよ。顔ってハッキリわかるって聞いたぜ。
 それにスナップ写真じゃなく、修学旅行の集合写真だって言ってたぞ。」
「集合写真?顔?」
 Pクンは、頭の中で卒業アルバムをめくってみますが、しかしどこをどう思い出してみても、そんな顔なんて記憶にありません。

「オレ達の学年じゃないんじゃねーの?
 そんな顔なんて、全然記憶ねーけどなぁ…。」
「1年の時、同じクラスのヤツに聞いたんだぜ…。
 いいから見せてくれよー。」
 そこまで言われたら見せないわけにもいきません。というか、Pクンだって興味津々です。
 早速卒業アルバムをひっぱり出してくると、Vクンと顔をつき合わせるようにしてソレを探しはじめました。


「あっ!コレ、オマエだろ。ハハハっ、ガキくさい顔っ!
 おっ!このコ、カワイイじゃん!名前は…?
 おい!オマエ、このコ紹介しろよー!」
「バーカ!確かコイツはZ高行ったんだぞ。
 オマエみたいなバカ、相手するわけないだろ。
 そんなことより、どれだよ顔って?」
「まぁまぁ。ゆっくり見せろよ。」
 そんなおバカなおしゃべりをしつつ、時には大笑いしながらPクンとVクンは卒業アルバムのページをめくっていったそうです。

「ないなぁ…。」
「オレが全然記憶ないんだぜ。オレらの学年じゃないんだって。」
「やっぱそうなのかなぁ…。」
 修学旅行の集合写真は、クラスによって写した場所が違っていたんだとかで。Pクン達のクラスは神社の前でしたが、他のクラスは違う場所だったり。
 例の心霊写真騒ぎの元となった湖で写っているクラスもありましたが、顔みたいなものなんてどこにも写っていません。

「これで最後のクラスか…。」
「だから言ってんだろ。絶対ほかの学年だって。」
 いやもう。その頃になると、Pクンはアルバムをまともに見てなかったそうです。

「あっ!これっ…。これだろっ!ほらっ!」
「えっ、ホントかよ!」
 そこに写っていたのは…。

 顔……
 と言えば顔に見えるのか…!?
 でも、人の顔というよりは、なんだか埴輪の出来損ないみたいです。

「オマエ、これのどこか顔なんだよ。」
「うーん。でもまぁ顔って言えば顔に見えるよな。
 面長で切れ長の目が二つこうあってさ、鼻がすーってあって…。
 まぁ口はないけどさ。」
 Pクン、実はソレなら気づいていたんだそうです。
 でも、ソレが顔に見えるとか、ましてや心霊写真だなんて思いもしなかったんだそうです。

「なーんだ、つまんねーの。何だよコレ…。」
「バッカヤロー!見せろって言ったのオマエだろー。」
「もーいいや。こんなハニワの出来損ないみたいなの。
 それよりさっきのあのコ見よーっと!」
 それは、Vクンがそう言って、卒業アルバムのページを戻そうとした時。
 Pクン、なんだか変な違和感を覚え、アルバムのページを戻そうとするVクンに思わず叫んじゃったんだそうです。
「Vっ!ちょっと待て!
 ちょっと…。もう一度そのページ見せろ!」
「えっ!?何だよ?ハニワは、もーどうでもいいよ!」
「ちょっと…。いいからこっちかせよ!」

 Pクンが気になったのは、そのクラスの担任W先生でした。
 W先生が、なんだかやけに遠慮深げに写っているように見えて…
 なんでそんな風に写っているんだろう?って変に思ったらしいんです。

「あれっ!?気のせいか…?」
 W先生なら真ん中にデーンと写っています。
 その大柄な体全体でガハハって笑っている感じは、まさにW先生です。

「なんだよ。どうしたんだよ。」
「いや、ちょっと…。
 えっ!?なんだこれっ…。」
「なーんだよ!どーしたんだよ!オレにも教えろよ!」
「なんだよこれっ!W(先生)が二人いる!」
 真ん中にいるのは、確かにW先生です。
 しかし、そのW先生が右端にも写っているのです。
 それは、まるで。集合写真の撮影時、後ろをたまたま通ってしまった通行人が、慌ててその場を去ろうとしつつ、顔だけ横を向いたって感じで写っている二人目のW先生……

 右端に写っている二人目のW先生は、なんだか妙な笑みを浮かべていました。
 それは、集合写真の撮影時に、たまたまその場に居合わせてしまって、ヤバイヤバイと早足で逃げている照れ笑いのようにも…
 でも、写っているみんなを醒めた目でせせら笑っているようにも見える。

「なんだこりゃ?同じヤツが二人いるぞ!
 どういうことなんだよ、コレ?」
「知るかよ。オレが聞きたいよ。」
「真ん中にいるのが先生なんだろ?
 こっちの右端の同じ顔したヤツは誰なんだよ…?
 幽霊か?足はあるな…。
 服は違うから偶然似たヤツだったのか…?
 しかしこれだけソックリだと気味が悪いな…。」


 あとでPクンが聞いた話では。
 この二人のW先生の写真、W先生のクラスの生徒の間では、みんな周知のことだったそうです。

 ただ、不思議なのは…
 この二人目のW先生に気がついたのは、卒業アルバムが出来上がった後だというのです。

 卒業アルバムですから、載せる写真は当然事前にチェックするはずです。いや、それより何より修学旅行の集合写真ですから、写真自体が出来上がった時点でクラスの誰もが見ているのです。
 でも、こんな風にW先生が二人写っているなんて、誰も気がつかなったんだそうです。
 出来上がった卒業アルバムを見て、初めてそのことに気がついて、あらためて修学旅行の写真を確認してみて、そっちにもソレが写っていることに気がついたというのです。


 その後、W先生に何かあったとかそういうことは特になかったそうですが…
 ただ、その妙な薄気味悪さからか、W先生のクラスで自ら進んでその事を語ろうという者はいなかったらしいです。




48話目終わり。フっ!
                ―─―― 第48話目「卒業アルバム」 メルマガ配信日:10.2.23
                                             *無断転載禁止


*ブログの無断転載は、呪い・祟り等ご自身に大過を招くこととなりますのでご注意ください。









Comment:0  Trackback:0
back-to-top