2012
10.31

11話目

Category: 怪談話
 ケイト先生から聞いたお話はもうひとつありまして。
 ただ、このお話にはハロウィーンは出てきません。
 でも、こっちのお話のほうがハロウィーンっぽいんじゃないかなぁーって(笑)


 それはケイトが17歳の時のこと。
 6月初めの日曜日。
 その日、ケイトはボーイフレンドとデートの約束をしていて、朝ウッキウキで目が覚めた。
 今日のデートはこれを着けていこうと昨日から決めていたお気に入りの下着を、タンスの引き出しから出そうとして……

「あれっ!?」
 下着がない。
「昨日の夜、どこか別のとこに置いたんだっけ…?」
 別の引き出しを見たり、ベッドに置き忘れたかとあちこちさがしてみても、どこにもない。
「変ねー。」

 ふと時計を見ると。
「えっ!もうこんな時間?」
 まだ顔も洗ってなかった。


 結局ケイトは、その日のデートはお気に入りの下着をあきらめ、別の下着を着けてデートに出かけたんだそうです。
 もっとも、その別の下着でデートに行ったことで、本来の使用目的以外で下着を使用しなかった(?)とか、お気に入りだったら使用しただろう(?)とかそういうことはまではわかりません。
 ここで大事なのは、ケイトのお気に入りの下着が、昨日の夜にはあったのに朝になったら見あたらなかった。このことです。


 その日の夜遅く。
 ケイトが楽しかった今日のデートのこと、約束した来週のデートのことに思い馳せながら家に帰ってくると。

 ケイトの部屋のドアを荒々しくノックする音。
 入ってきたのは、ケイトのお姉さんのサラ。
 サラは、入ってくるなり、
「あんた、またわたしの下着を着けてるでしょ!」

 実は、ケイトには前科があった。
 その何年か前、サラの部屋に忍び込み気に入った下着を無断で借りて、その下着でデートに行ったことが、確かにあった。
 でも、今日はそんなことはしていない。
 だって、サラはケイトより2歳年上のくせして、どう見ても要所要所肝心なところが、ケイトにはキツそうだったから…。

 もちろんそんなことは言わなかった。
 ケイトは、服をまくって今着けている下着をサラに見せただけ。
「あれっ?あんたじゃないんだ…!?
 うーん、じゃぁどうなってるんだろ?」
 ケイトへの疑いが晴れても、釈然としない様子のサラ。
 その様子を見ていたケイトは。
「えっ!もしかしてお姉ちゃんも、
 朝になったら下着が見あたらなかったとか…!?」
「そうなのよぉー。
 せっかく先週買ったばかりなのにさ、今朝着けようと思ってみたらないのよぉー。
 だから、こりゃ絶対あんたの仕業だと思ったんだけどねぇー…。」


 ところで、カナダの女性って、姉妹で下着を貸し借りとかしたりするものなんでしょうか?
 日本の女性だと、なんとなくしなさそうですよねー。もっとも聞いたことないですけどね(もちろん、ケイト先生にも聞きませんでしたけど…)。
 というよりは。こういうことはカナダの女性とか、日本の女性って国単位で考えるべきではなく、カナダの女性でも日本の女性でも、貸し借りする女性もいれば、しない女性もいると考えるべきなのかもしれませんね。
 それはさておき…。
 いずれにしても、ここで大事なのは、お姉さんのサラの下着もその日の朝見あたらなかった。このことです。


 次の日。
 学校の昼休み。
「昨日さ、ムカついちゃってさ…。
 もう聞いてよ、ケイトぉぉぉー。
 ウチのお母さんったらさ、昨日帰ったらやたら怒っててさ。
 聞いたら、あたしの下着勝手に着けてるでしょって。
 ってさ、なに言ってるかわかんないわよね。
 お母さんの下着なんてブカブカ、ダサダサで、あたしが着れるわけないじゃんね。
 もうイヤんなっちゃうぅぅぅ~。」

 最初はなんでもオーバーに言うスーのことだから、ケイトはほとんど聞き流していた。
 しかし…。
「ち、ちょっと、スー!
 えっ!なに、あなたの家でも、下着がなくなったの?」
「いや、だっからー、あたしんじゃなくってー、お母さんの。
 まったくヒラヒラスケスケなんていい歳こいてやめてほし──。
 えぇぇーっ!なに?あなたの家でもって…。
 えぇーっ!ケイトんちでもなのぉぉぉー?」

 スーの声はいつも大きい。
 でも、この時の声ときたら、いつもの何倍も大きかった。
 だから、当然今のスーが言っていたことは周りに筒抜けだったのだろう。

「ねっ!ちょっと、スー、ケイト。」と、2人に話しかけてきたのはカレン。
 ケイトならともかく、普段ならちょっと不良がかったスーとは、ほとんど話さないはずなのに。
「ウチもなのよ。わたしのとお母さんの…。」


 スーの言葉づかいがなんか変とか、フツーそんな言い方しないとかっていうことは、ここでは大事ではありません。
 大事なのは、下着が忽然と姿を消していたのが、ケイトの家だけでなく、スーやカレンの家でも起きていた。このことです。
 実は、この下着消失ミステリー。この時、ケイトやスー、カレンの家だけでなく町中で起きていたらしいんです。
 ただ、まだこの時点では、それほど大きな話題にはなっていなかったんだそうです。


 ところが…。
「ねぇ、ケイト。あんた、まさかわたしの下着──。」
「ええっ!やっぱりお姉ちゃんも!わたしのもなくなってるー!」
 2人の大騒ぎを聞きつけて来たお母さんも。
「あんた達もなの?お母さんのもないのよー!」

 ケイトの家のように2度、3度なくなるって家も次々に現れて…。
 さらに、最初の頃はショーツやブラジャーと比較的小さ目のものだけだったのが、だんだんキャミソールやスリップ、ガードル、ストッキングと大き目の下着までなくなっていくようになり……。
 もぉー町中大騒ぎ!!


 日本以外でも下着泥棒っているのかって聞き損ねてしまったんですけど、これがもし日本だったら警察が厳戒態勢ひいちゃって、もう大変だったでしょうねぇー。
 男性は夜歩いているだけで職務質問なんていう状況になっていたんじゃないでしょうか?
 とはいえ、これは下着泥棒のお話ではありません。
 (いや、泥棒といえば、まぁ泥棒なのかもしれないのですが…)
 とにかく、その点はかなり大事です。


 しかし…
 本当の大騒ぎが起きたのは、夏至の夜が明けた次の日の昼間。
 その噂が、どこから始まったのかはわからない。
 気がついた時はケイトを含め、町中の人が知っていた。

 どこの誰かはわからない。それが男なのか、女なのかも。
 その誰とも知れない誰かが、夏至の真夜中、家の窓から外を眺めていて。
 まだ、鳴く虫のいない季節。
 音のすっかり消えたいい夜だったらしい。

 ふと、窓から見えた中空に、フワフワヒラヒラ飛んでいるのは、なんとブラジャー……!?
「えっ!?なに、妖精!?」

 そのどこの誰ともわからない誰かが、夜フワフワ飛んでいるブラジャーを見て、思わず妖精の仕業と思ってしまう感覚というのは、もしかしたら日本人にはわかりにくいのかもしれません。
 実は、私もよくわかりませんでした。
 ケイト先生によると、西欧では夏至の夜に妖精王や妖精たちが丘に集まって宴をするという伝説があるのだそうです。
 そう、大事なのは、これが夏至の夜だった。このことです。


「えっ!?なに、妖精!?」
 その誰とも知れない誰かは、そのフワフワヒラヒラ飛んでいくそのブラジャーを追いかけたのだという。

 空飛ぶブラジャーは、やがて町外れに…
 さらに草原に…
 なおも、フワフワヒラヒラ宙を飛んでいくブラジャー。
 それは森に入って、抜けて。また森に入って、抜けて……
 やがて、遥か向こうでポトッと落ちたブラジャー。

 その場所に駆け寄る、誰とも知れない誰か。
 その誰ともしれない誰かがその場所で見たのは……

 妖精?
                                      …………………… まさか。



 もちろん、その噂には後がちゃんとあります。
 ただ、せっかく噂を聞きつけ、それを実際にそれを見たケイトがいるのですから、ここはケイトが見たというものをお話するとしましょう。
 そう、大事なのはまさにこのことです。


 そこにあったのは……

 ミステリーサークル!!
 のような……!?

 森を抜け、ポッカリとあいた緑の草原。
 そこに、無数の下着が、大きな渦を巻くように敷きつめられていた。




11目終わり。フっ!
            ――─ 第11話目「真夏の夜の出来事」 メルマガ配信日:09.10.31
                                            *無断転載禁止


*ブログの無断転載は、呪い・祟り等ご自身に大過を招くこととなりますのでご注意ください。 

 


 このお話をケイト先生から聞いたのは、もうずいぶん前のことなんですけど。でも、何年か前に似たような話をインターネットのニュースかなにかで見たような記憶があるんですよねー。
 それは、草原だか牧場だかの柵か何かに、無数の女性の下着が翻っている光景の写真付きで。
 もっとも、それがイタズラだったか、アートだったか、ジョークだったか、はたまた妖精の仕業だったかは忘れてしまったのですが…。
 詳しいことを憶えている方いたらぜひ教えてください。










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2012
10.30

10話目

Category: 怪談話
* この10話目と11話目。飛ばしていたんですけど、やっとその季節になったということで 

10話目

 もう何年も前に、英会話学校に通ったことがありまして。
 その時、気が合う先生というのが何人かいたのですが、そのうちの1人カナダ人のケイト先生から聞いたお話です。


 それは、10月の始めか中くらいのこと。
 レッスンが終わって帰ろうと思っていたら、エレベーターの前でばったりケイト先生と鉢合わせしたんです。

「ハァーイ!」
 なんていきなり言われても、ニコッと笑い返して「ハァーイ!」なんてなかなか言えるものではありません。
 もっとも、ケイト先生も日本人のそういう特性には、すっかり慣れていたのでしょう。ニコニコしながら、いろいろなことを話しかけてきます。
 今となってはまったく無理ですけど、当時は結構会話できたんです。
 もっとも、私のレベルを合わせてくれてただけなのかもしれませんけどね。

 学校のあるビルを出て新宿駅に行く道すがら、ちょっと飲みながら話でもしようかってことになり、近くのアイリッシュ・パブに入ったんです。
 当時はアイリッシュ・パブというと客の7割くらいは外国人で。ケイト先生はカナダの方ですから、もう全然日本って感じじゃなくって。
 なんだか日本の外に出た時みたいな、ワクワク感と自由感があったのを憶えています。
 キッカケは、メニューにあった「ブラッディ・メアリー」だったと思います。
 ブラッディ・メアリーって、つまり「血まみれメアリー」です。
 血まみれメアリーって、つまり処刑されたスコットランド女王メアリー・スチュアートのことなのかな?と思って、ケイト先生に聞いてみたんです(なお。後に知ったんですけど、「ブラッディ・メアリー(マリー)」は、メアリーはメアリーでも、メアリーⅠ世にちなんだ名前らしいですね)。

 ケイト先生、ブラッディ・メアリーとメアリー・スチュアートに関係があるかどうかは知らなかったのですが、でも「わたしは子供の頃ずっとスコットランドに住んでたのよ」と教えてくれて。
 スコットランドといえば、お隣アイルランドと共にハロウィーンの本家本元。
 もっとも。今でこそ日本でも10月に入るとハロウィーンの飾り付けが目立つようになりましたが、その頃日本では映画等の影響で名前こそ知られているけれど…って感じでした。

 英会話学校の方は、10月に入ってからは飾りつけがすごかったし、レッスンでもハロウィーンの話題がよく出ていました。
 その時も、自然ハロウィーンの話題になって、ケイト先生から本家本元のハロウィーンの様子を聞いていたのですが。
 ふと「そういえばね…」って、ちょっと声をひそめるように話してくれたのが……



 それはケイト先生(以下先生を省く)が、確か10歳のハロウィーンの時のことだったといいます。
 当時ケイトは、グラスゴーの郊外にある新興住宅地に住んでいたということですが、その住宅街のまわりときたら、むちゃくちゃ辺鄙な所だったんだそうです。
 うねりながらはるか向こうまで広がる牧草地や荒地。
 それらを隔てるようにある森や小川。
 春から夏なら牧歌的で伸びやかな美しい景色なのに、秋の終わりから冬にかけては、ただただ荒涼としていて寂しいばかり。

 とはいえ、子供のことですから友達さえいれば元気いっぱい。
 スコットランドに来て2年目。学校にも慣れ友達もたくさんでき、今年のハロウィーンは楽しみだなぁって思っていたらしいです。

 新興住宅地ということで子供のいる家庭が多かったからなのか、ハロウィーンが近くなると、どこの家もオレンジ色のジャック・オ・ランタンを飾って。もちろんお菓子もいっぱい準備して。
 もっともコスチュームの方は、今とは違いぜんぜん地味だったとかで、紙で自作するようなものがほとんどだったそうです。
 それでもケイト達は、ワクワクでハロウィーンの夜を迎えたといいます。

 その夜、ケイトは近所の友達何人かと家々をまわっていたんだそうですが、途中で同じクラスの、昔からこの土地に住んでいる男の子達のグループにバッタリ会って。
 彼らは、自分達の住んでいる地区よりケイト達の住む新興住宅街の方が貰えるお菓子が多いとみて、わざわざこっちに来たようです。
 その後、2つのグループは一緒に家々をまわっていたのですが、そのうち昔から住んでいる子供達の1人ショーンが「ウチの方にも来なよー」って誘ってくれたんだとかで。

 さっきも言いましたように新興住宅街の外といえば、とにかく寂しい土地が広がるばかり。
 でも、今夜は友達と一緒。しかもハロウィーンでみんな浮かれていましたから、みんなでワイワイ言いながらそちらに向ったんだそうです。


 それはみんなでワイワイはしゃいで歩いていた時。
 ふいに先頭を歩いていたショーンがこちらを振り、人差し指を口にあて、シーっ。
 思わず黙るみんな。
 ショーンは、シーのポーズのまま左手である方向を指差します。
 つられて見るその先には……

 こんもりと背の高い林。
 冴え冴えとした夜の暗がりの中、そこだけが深く沈んでいて。
 目を凝らすと、木々の間に見え隠れしている大きな屋根。

「あそこには、男と女のゴーストが住んでいるんだ。
 子供がいるとわかると家に連れ込んで食べちゃうって言われている。
 だから、ここは静かに。
 ヤツらに気づかれないように…。」
 そうヒソヒソ声で話すショーンは、いつものおどけもののショーンとは大違い。
 とはいってもケイト達も、それを鵜呑みにするほど幼くもありません。
「まーたー!怖がらそうと思ってー!」
 なんてケイト達がゲラゲラ笑い出した時。

 その大きな笑い声に、顔にさっと怯えを走らせたショーン。
 男と女のゴーストが住むという木々に囲まれたその家の方を、さっと振り返り、そして悲鳴に近いような声を発したかと思うと!
「みんな走れ!全速力で!ボクの家まで!」

 ケイトが言うには、この時は怖いっていうよりも、ショーンが走り出した事にとにかく驚いたんだそうです。
 全員パニックのようになっちゃって、ひたすらショーンの後を追いかけたといいます。
 気がついた時は、みんなショーンの家でハァーハァー息をついていて。

「もー、おどかさないでよー。」
と、ちょっと怒り気味なケイト達新興住宅街の子供ら。
 それに対し、ショーン達昔から住んでいる子供らは、お互い顔を見合わせ、何か頷きあっているばかり。
 そして…

「キミらは見なかったのか?
 あの家で動き回っていた2つのオレンジ色の光みたいなヤツを…」
 あっけにとられ、ポカンと口を開けたままのケイト達。
 でも、すぐに大声で笑い出します。
 ハロウィーンの夜にオレンジ色の光といったら、それはジャック・オ・ランタンに決まっています。

「オレンジ色って、それカボチャランタンでしょ。」
「あの家は誰も住んでないんだぜ。
 なのになんでカボチャランタンがあるんだよ。」
 確かにそうです。でもハロウィーンということで、誰かがイタズラに置いたのかもしれないし……


 ケイトとショーンたちは、しばらくショーンの家でワイワイやっていたのだそうです。
 また、ショーンのお母さんが自ら焼いたというケーキをご馳走してくれたりで、とても楽しい夜を過ごしたといいます。
 楽しい時間の経つのは早いもの。
 すっかり長居をしてしまって、もうずいぶん遅い時間だと気がついたケイト達。
 「大変。もぉこんな時間。帰らなきゃ」と言うと。
 すると、ショーンが口を開くより早くショーンのお母さんが、ケイト達新興住宅地から来ている子供達の人数を数えながら、
「ちょっとウチのクルマだけじゃ乗り切れないわねー。
 ショーン、隣に行ってクルマ出してもらうように頼んできて。」
 そう言ってショーンを使いにやります。

 ケイト達は「大丈夫ですよ。わたし達だけで帰れますから」と言うのですが、ショーンのお母さんは聞きません。「外はもう寒いからクルマで帰りなさい。」と言うばかり。
 結局、ショーンのお父さんと隣の家のおじさんに住宅街まで送ってもらったんだそうです。


 さて……
 大騒ぎが起こったのは、次の朝だったといいます。
 それは、ケイトと昨夜も一緒だったルーシーの家。
 朝になっても起きてこないルーシーに、お母さんが部屋に行ってみると。
 ルーシーがいない。

 もちろん昨夜は、ケイト達と一緒にショーンのお父さん達のクルマで帰ってきたのです。
 それはケイトたち全員が知っているし、もちろんルーシーの家族も帰ってきたルーシーと話をしています。ルーシーのお母さんは、ルーシーがベッドにはいるところまで見ていたそうです。

 なのに、朝になってみるとルーシーの姿はどこにもない。
 外着に着替えた様子もなく、靴も全部家にある。
 この11月の寒空の下、ルーシーは靴も履かずパジャマだけでどこにいるのか?

 ケイトの住む新興住宅街もショーンの住む昔からある集落も、もう大騒ぎになって、人が集められ付近を捜しまわったといいます。
 もちろんあの空き家も…。
 でも、ルーシーの姿はどこにも見つからなかったそうです。

 そしてそれは、ルーシーの家族の焦燥がピークに達した4日後のこと。
 5、6キロほど離れた森で見つかったルーシー。
 特に怪我とかそういう様子もなく、死因は結局よくわからなかったといいます。



 そして……
 その後しばらくたって、ケイト達子供らの間で流れた奇妙な噂。

 ルーシーのパジャマのポケットには、漢字が印刷された赤い包み紙のキャンディがいくつも入っていたらしい。
 漢字といえば…
 ハロウィーンの夜ショーン達が怯えていたあの家。
 あそこはその昔、華僑の夫婦の持ち物だった。相当な資産家だったけど子供がなかったらしい。
 ある夏のこと、その家に避暑に来ていたその夫婦。たまたま出かけたドライブで事故を起こして2人とも死んじゃって…。
 以来、その家はずっと空家。誰も住もうとしない。
 なぜなら、あの家には今でもその2人のゴーストが住んでいるから……


 それは、ケイト達の学校でそんな噂がパーッとたち、そして話されなくなってまもなくだったそうです。

 パワーシャベルやブルトーザーが何台も入って。
 あっという間に例の家を取壊したかと思うと、まわりの木々も全て切り倒し更地にしてしまったといいます。




10目終わり。フっ!
                ――─ 第10話目「漢字の包み紙」 メルマガ配信日:09.10.30
                                             *無断転載禁止


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2012
10.23

富裕層世界2位とSNS依存症。もう一つ、ミス・ユニバース(!?)


 スイスの金融大手クレディスイスによると、今年日本で純資産100万ドル(日本円8000万円以上)を持つ所有する富裕層は、約360万人で、アメリカに次いで世界第二位。
 日本の360万人は昨年比8万3000人増。また、2017年には540万人になると予想。

 って、どうなんでしょうね?
 日本ってやっぱり豊かな国なんだとみるのか、それともこんなにも貧富の差が広がった国とみるのか。
 思わず、次の選挙は共産党に入れようかなぁ…なんて思っちゃってみたり(というか、共産党あたりの党がもう少しまともな党になると、いろいろ違ってくるような気はしますよね)。


 はからずもそのニュースを見た前日、クローズアップ現代で「SNS依存症」を取り上げていて。
 まぁSNS依存症はともかく。今の日本(世界?)って、なんだか中世の封建時代みたいだよなーって気がしましたねー。
 封建制と言うか、農奴制と言った方がわかりやすのか。
 インターネットとかケータイやゲームとか。麻薬に似た作用のあるサービスを提供して、広くお金のない人からでも定期的に確実にお金を徴収していくシステムがあってみたりとか。
 お金を徴収される庶民は、そういうサービスを提供する会社をまるで領主さまと崇めるがごとく、新商品が発売されるたんび店の前に行列を作る(はたして、サービス会社の社長は、それをビルの上から眺めてるんだろうか?)。
 いや、もちろん。中世とは違って、サービスを買うのも、続けるのも、並ぶのも、どれも庶民の自由なんですけれどね。

 ふと、この日本で近い将来。
 共産主義革命って起きたりしないんだろうか?って(ある意味希望的に)思ってしまったり……




 今の日本で、純資産100万ドル(日本円8000万円以上)を持つ所有する富裕層が約360万人いて、それは昨年比8万3000人増というニュースを見て。
 そしてその後、たまたま別のニュースで、ミス・ユニバースで優勝した吉松さんの「自分がなりたい自分の象を明確に描いて、明確に描きすぎて夢にまで見ちゃうくらいに意識して、どんな状況でもぶれずに自分の目標に向かって突っ走る」というインタビューを見ていて。
 まぁ富裕層360万人のニュースと、ミス・ユニバースのニュースを関連付けるのは、全然お門違いなんでしょうけどねー。
 日本が豊かな国だとか、貧富の差が広がったとか見るよりも。
 むしろ、ジャパニーズドリームってもんがあると考えるべきなのかなぁとも思いましたね。

 うん。がんばろ!←結構月並み。SNS依存症の番組に出ていたコメンテーターの発言みたい(笑)




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2012
10.21

76話目-その6

Category: 怪談話

*76話目は続き物です。「76話目-1」からご覧いただければ幸いです

「ふーん…。しっかし遠山の金さんって……。」
「俺、それ、いきなり言われたら…。うーん……。
 しっかし…。ブブっ!」
 その二人の登山者、最初こそその唐突なワケのわからなさにうなってたりしてたんだけど、でもすぐに大笑いに変わって。
 そんな二人の登山者を見ていたTyさんは、
「このTsってね、もぉ、いっつもそんな感じなんですよ。
 いっちいちヒネらなきゃ話できないから、こっちは全然ワケわかんなくて…。」
って、もうホント勘弁してほしいですよねっていう口調で言うと、Tsさんはムッとした顔。もちろん、わざとなんだけど。
「うるせーよ。オメーらがニブいだけなんだよ。」
なんて言って、後は照れ臭そうに笑っている。

 そんな時。
 その登山者の一人が、ニヤッと変な笑みを一瞬浮かべたかと思うと。
「…!?」
 でもすぐに、今度は急に作ったような真顔になって。
 そして、なんだか辺りを見回すような素振りをしてから、すっと顔を前に出して。さらに、妙なひと呼吸の間をおいて、さらに声をヒソめるように。
「でもさ…。ほら、あの話……。
 俺は、なんだか今急にさ、このZ山域のあの話を思い出したなぁ…。」
「なんだよ、あの話って?」
と、その登山者に聞くもう一人の登山者。
 Iさん達も、そのなんとなく思わせぶりな言い方に興味を魅かれて、
「え、なんなんです?Z山域のあの話って?」
って、思わず身を乗り出すように聞けば…。

「うん…。まぁZ山域といってもここは東Z山域だからさ、
 場所はちょっとばかし違うんだけどさ。
 でもさ、Z山域の主稜線っていうのは、
 ここからZ山域で一番高いC岳に向かってるわけだろ。
 で、そのC岳から西に伸びている尾根を行けば、もうそこは西Z山域だよ。
 あっちまで行くとさ、
 こっちの東Z山域ほどには人が入ってないルートがたくさんあるわけだけど…。
 霧が深い日なんかにさ、そんな人気のない西Z山域を歩いていていると、
 なにやら地面から手が伸びてきて、足首をつかまれるって──。」
「あぁぁー。なんだその話かぁー。
 その話なら俺も聞いたことあるけどさぁ。でも、それは西Z山域の話だろ?
 ここは東Z山域だし、
 それに彼らはザックやヤッケを叩かれたような感じだったって言ってんだぜ。」
「でもあれだろ?最初の彼。えーと誰だっけ?稜線から落ちたの…。」
「あ、それはオレですけど…。」
って、Yさん。
「あ、キミか。
 確かキミは、手の平でザックを叩かれたような気がしたんだろ?」
「え、えぇぇ…。
 確かに、そんな感じといえばそんな感じだったんですけど…。
 ただ、うーん……。」
 なんてYさんが言ったもんだから、その若い登山者の一人はもう一人に、「ほら見ろ、彼だってそう言ってんじゃん」なんて言って笑っていて。

 そんな中、ちょっと遠慮深げに口を開いたのはTyさん。
「あのぉー、すみません。
 その、霧の日に地面から伸びた手に足首をつかまれるっていう話…。
 実は、オレも前に聞いたことあるんですけど。
 でもそれってZ山域じゃなくて、D山嶺じゃなかったでしたっけ?」
 D山嶺というのは、このZ山域からみてずっと北にある山域。どちらも首都圏の登山者には人気のある山域だけれど、位置的には全然違う。

「あっ…。
 そうそう。そういえば、確かにD山嶺にもあったよね。
 手が足首をつかむ話は…。
 うん、あったあった…。」
って、その登山者は、ちょっとうれしそうな表情で言っている。
 そして、さらに。
「うん。実を言えばさ、この手が足首をつかむっていう話はさ、
 北アルプスでも聞いたことがあるし、南アルプスの南部の方にも確かあったはず。
 まぁそんな風に結構あっちこちで聞く話でさ…。」
と、その登山者。そう言って、表情を今までの作ったような真顔から、イタズラっぽい笑みに変えて、Iさん達4人を見ていて…。

「え、それって結局どういうことなんです?」
と、Iさんが聞くと。
「まぁ、つまりさ、どこの山にでもある話ってことかな…。
 あ、いや。俺が、西Z山域のそういう話を聞いたことがあるのは本当だよ。
 ただ、地面から伸びてきた手が足首をつかむって話って、
 別に山だけに限った話じゃないだろ?
 下界でも聞くし、海でも聞くし…。」
「あ、そういえばそうか…。
 クルマ乗ってて、足首つかまれる話なんて定番だもんな…。」
と、Tsさんが言うと、
「そういうこと。」
って、その登山者は可笑しそうに笑っている。

「たぶん、キミらもわかると思うけどさ。
 山ってさ、深くなれば深くなるほど、なんだか独特の空気感っていうのがあるじゃん。
 山酔いっていうのは、まぁ普通は軽い高山病のことを指すらしいんだけどさ。
 でも、そうじゃなくってさ。山深いとこ歩いていると、
 なんだか山に酔わされてるような感じがするって言ったらいいのかなー?
 急に居ても立ってもいられないような、異様な不安感に襲われる時ってあるじゃん。」
「あー、ソレ、ありますよねぇ。
 それこそ稜線上の一本道で道に迷うなんて絶対ないのに。
 霧が濃い時なんかに、歩いても歩いても全然目的の地点に着かなくって…。
 えっ、いつの間に道を間違えたんだろ?
 引き返そうかどうしようかって、スッゲー不安になってきて…。」
「そうそう。
 つまりさ。うん。
 やっぱり…、山は異界なんだってことなのかなぁ……。
 さ、そろそろ寝るか。キミらも明日は早いんだろ。」


 その夜。小屋の外では一晩中、例のゴォォォーーーっという風の音が轟いていたけれど。
 Iさん達4人と二人の登山者は、布団部屋の特権で掛け布団使い放題。
 その風の轟音がまるで別世界のことであるかのように、暖かい布団にくるまってグッスリと眠った。

 そして次の朝。
 ハシゴを降りれば、例の団体さんたちも起きていて。
 ラジウス(石油コンロ)でお湯を沸かしている者、布団に包まったまま座ってボーっとしている者と様々。
 ただ、その全員に共通しているのは、口々に「寒い」「寒い」ってつぶやきながら震えていること。
 どうやら、布団が足りなかったらしくて…。


 Iさん達はそんな団体さん達を横目で見ながら。
 この混雑だし、とりあえず出発しちゃって、朝食は気持ちのいいとこで食べようかって、ほぼ夜明けと同時に小屋を出ることに。
 小屋の外に出れば、辺りも遠くも、一面朝日の色に染まっていて。
 その、ピンク色からオレンジ色の間の色で全てが完結しているような光景の美しさときたら。
 とてもじゃないけど、言葉では言い表せない。

 そんな山ならではの美しい光景の反面、B岳を越えてちょっとしてからは、また昨日のような強風に悩まされるようになった。
 まぁそれも山ならではということなのだろうが、さらには時々あの「遠山の金さん(風)」もやってきて。
 ザックの後ろや側面を手の平でパシッと叩かれるような、そんな感覚を、4人のうちの誰かが感じるたんび、
「また、遠山の金さん来たよ!」
「ゲッ。今度はオレんとこだ!」
「金さん…。」
って、Iさん達4人はそのたんび大笑い。
 その感覚が風だとわかってしまえば、誰一人昨日のように怒りだすこともなかった。


 そして。Iさん達は、いよいよZ山域の盟主たるC岳を目の前に望む小さなピークの上。
 そこで1本 (休憩)とっていた時。Tyさんが、「C岳をバックに4人で写真を撮ろうぜ」って言い出した。
 Tyさん、たまたま手頃な岩があったのを見て、この上にカメラを置けばセルフタイマーでみんな一緒に撮れると思ったらしい。
 そんな風に、セルフタイマーで4人一緒で写れば、誰からともなく「焼き増ししてくれよな」なんて言って笑っていて。

 Iさん達。そうやって笑ってはいたものの、実はずっと体の芯から冷え切ったような状態で。
 写真を写している時だって、みんなブルブル震えているようなそんな感じ。
 無理もない。太陽は昇ったとはいえ、ほぼ夜明けと同時に小屋を出発してからというもの、この強風にずっと晒され続けているのだから。
 4人の誰もが思うのは、早く腹の中に暖かい物を入れたいってこと。
 朝食は、(目の前にそびえている)C岳の山頂で食べようって言ってたこともあって、そんなZ山域の盟主が目の前に見える絶景の場所だっていうのに、Iさん達は早々に出発することに。

 そんな、(写真を写した)小ピークからC岳に向かって尾根をいったん降りて、そこは小ピークとC岳を結ぶ尾根の一番低い地点(コル)。
 コルという地形は、そもそも風の通り道なんだけれど。
 それはそうなんだけれど、そのコルに下りていくにしたがって、例の強風はどんどん強まってくる。
 おまけにIさん達の歩いている尾根というのが、ちょっと痩せていて(幅が狭くて)、ちょっとばかし怖い。
 Iさんは、後ろを向いてYさんに「こういうとこはよ、強い風にいきなり煽られることが多いから注意しろよ。」って声をかけたんだけれど。
 でも、そう言ったIさんの顔も、「OK」とこたえたYさんの顔も、いつになく真剣でなんだか変な顔。
 とはいえ、その時はさすがにお互い冷やかしている余裕もなく。

 そんな時、一際大きく上空で風が鳴った。
 ゴォォォーーー!
 遠くの方から、まるで滑走路みたいな轟音が聞こえてくる。
 それは、下から。
 ザザザザザザザザーーーーーー!
 Iさん達のいる尾根の遥か下。
 それは、谷に沿って風が一気に登ってくる音。
 ザワザワ、ザワザワと周りにある木々が揺さぶられる音が、徐々に徐々に大きくなってきて。
 遥か下の方から聞こえてきたそれが、今はその尾根の真下辺りから聞こえてたと思った時には──
「うっ!すげっ!」
 Iさん達4人は、一気にその暴風の真っ只中。
 ゴォォォーーー!
 びゅぉぉぉーーー!
 その風の中、振り返ったIさん、Yさんはじめ、TsさんTyさんとみんながその風に背を向け、腕で顔を覆って風を避けている姿を確認出来たのは一瞬。その暴風の中じゃ、とてもじゃないけど目なんか開けてられやしない。

「な、なんだ、この風ぇーっ!」
 風の轟音の中、途切れ途切れに聞こえてきた、悲鳴みたいになっているTsさんの声。
 そして。それを感じたのは、そんな、いままでで一番強いんじゃないかっていうその暴風の真っ只中のことだった。
 パンっ!
「うっ!」
 まるで、Iさんが担いでいるザックの後ろを、思いっきり平手で叩かれたようなそんな感触と音。
 思わず「えぇっ!」って振り返ってみても、そこは次から次へと風が押し寄せてくるばかりで、一瞬たりとも目を開けていられない。
 ゴォォォーーー!
 びゅぉぉぉーーー
 まるで、前後左右で一斉にジェット機が飛び立ったようなそんな音の中。
 気がつけば、風は弱くなっていた。


「何なんだ今の風。今までで一番凄かったんじゃないかー?」
と、Iさんが後ろのYさんを見れば。
 Yさんは、ちょっと放心したような表情。
 そして、
「来た、今…。
 遠山の金さん…。
 オレのザック、後ろからパシって……。」
って、ぼそっと。
「えっ?オマエもかよ!」
 Iさん、なんて驚いている間もなかった。
 Tsさん、そしてTyさんも、
「オレも、叩かれた…。」って、やっぱりちょっと放心したような口調で呟いていて……


 写真を撮った小ピークとC岳の尾根の間では、あんなに暴風が吹き荒れてたっていうのに。
 C岳の山頂は、なぜだかそれほどでもない風。
 そんなC岳の山頂で、Iさん達がやっと朝食にありついていると、Z山域名物の鹿がのろのろ寄って来て「何かくれ」とねだってきた。
 食べ物はねだるくせして、鹿は一緒に写真を撮ろうとすると、プイとあっちをを向いたっきり。絶対カメラの方に顔を向けようとしない。
 Iさん達、「これがホントのシカトだ」なんて、おそらくそこで鹿と写真を撮ろうとした登山者全員が言ったであろう、全然面白くない駄洒落でゲラゲラ笑ってみたり。

 3月下旬といえば、下界ならもう春。
 でも、昨日から歩いているこのZ山域の寒さときたら、真冬そのもの。
 だったんだけど…。

 そのC岳から下った辺りからは、なんだか妙にポカポカ暖かい。
 小さな沢の水の流れるチョロチョロという音が、あちらこちらから聞こえてくるなって思っていたら、いつの間にかそれは道の真横で小さな流れになっていたり。
 木々の上では鳥がピーチクパーチク、やけにのんびりと鳴いている。
 C岳直下であんなに吹き荒れていた風も、Z山域の山々に遮られてしまうのかなんなのか、今は気にならない程度に吹いているだけ。

 そんなZ山域主稜の縦走路を歩いているIさん達4人。
 気がつけば、2日間にわたって歩いたZ山域主稜の最後のピークを、ポクポク降りているところ。
 そこは、もはや完全に春の陽気となっていた。



 そんな、なんだかやけに充実感のあった山行が終わって、何日か経ったある日。
 Iさん達4人は、居酒屋に集まっていた。
 Tyさんが、写真が出来たからって……

 それは、あのC岳を目前にした小ピークで、4人一緒に写した一枚。
 バックには画面いっぱいC岳がそびえていて、その手前、岩の前に並んでいるTsさん、Iさん、Yさん、そしてセルフタイマーを押して慌てて画面に駆け込んだ勢いで笑っているTyさん。
 そのTyさんの足元、岩に立てかけたYさんのブルーのザック。
 なぜかその上には、粉をまぶしたような真っ白い左手がひとつ。

 「手袋?」ってよく見ても、ソレの指先にはうっすら爪が見える。
 そのくせ透き通っているのか、かすかに下のザックの線が見えて…。
 隠れているのか何なのか、ソレには親指がなかった。




76話目終わり。フッ!
               ―――─ 第76話「遠山の金さん」 メルマガ配信日:11.10.7
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2012
10.20

76話目-その5

Category: 怪談話

*76話目は続き物です。「76話目-1」からご覧いただければ幸いです

 A岳からB岳へと向かう尾根の上。
 本来なら1時間弱の行程だって言うのに、Iさん達4人はあーでもないこーでもないと口ゲンカで立ち往生。
 そもそもはといえば、Yさんに押されたと思ったIさんが、Yさんに怒っていたんだけど…。
 何がどうなっているんだか、いつの間にかTyさんがTsさんに怒鳴っているのに変わっていた。
 つまりそれって、A岳山頂直下の登りでやっていたTsさんとTyさんの口ゲンカがまた始まっちゃったのかと思いきや。
 あの時は、TsさんがTyさんに怒っていたんだけど、今度はどうもそれが逆になっているような……

「Tsよ。オマエだって、この風ですっげー寒いのはわかんだろ?
 寒くて汗かかなきゃ、手拭いでオマエのザックを叩くことなんか出来やしねーんだよ。
 それが、何でわかんねーんだよ。」
「だからよ、そんなことはわかってんだって。」
「わかってんなら、なんでオレがオマエのザック叩いたって言うんだよ。」
「だから、オマエが叩いたなんて、今は言ってねーじゃん。」
「今は言ってねーって…。うん!?」
 Tyさん、Tsさんの言っている言葉そのものは理解したものの、とはいえ今度はその意味がわからない。

「あのなぁTy。
 A岳直下のあん時、オマエがオレのザックを手拭いで引っ叩いてたなんてことはよ、
 今は思っちゃいねーよ。
 うん。そりゃ、あん時はオマエが叩いてんだと思って怒鳴りもしたけどよ。
 でもよ、今は思っちゃいねーんだよ。」
「あ、あぁ…。ううん…。え?」
 Tyさん、相変らずTsさんの言っていること、理解は出来るんだけど。
 でも、やっぱり全然わからなくて、もう目の玉があっち行ったりこっち行ったり。
「あのさ、Ts。オレ、オマエの言ってること──。」
「だからよ、それはオマエも同じだろ?
 A岳の頂上で、Iがオマエのヤッケをパシパシ引っ叩いてたなんてこと、
 今は全然思ってねーだろ?」
「A岳…?I…?
 あ、あぁ。さっきのことか…。
 うん…。思ってない…。
 うん。たぶんアレっていうのは、あの時のやったら強い風に煽られてバサバサしてたのを、
 叩かれたって思っちゃったんだろうな。
 で、たまたま後ろにいたのが──」
「Iだったわけだよな。だからIが叩いてるんだと思った。
 そういうこったろ?」
「う、うん…。そういう…。あ、そうか!そういうことか!」

 Tsさんの言ったことがやっとわかったTyさん。
 しっかし…。
 Tsさんも、そうならそうと、わかりやすい順番で言えばTyさんだってすぐに納得できるのに。
 とはいうものの、未だ納得出来てないのがまだ二人いるわけで…。

「おい、なぁY。」
 Tsさん、今度はYさんとIさんの方に顔を向けて。
「だからよ、オマエが一番早くわかったわけだよな?」
「は、はいぃー?
 わかったって、オレが?何を?えぇっ!?」って、今度はYさんが目を白黒。
「もぉ。わかったくせして、わっかんねーヤツだなぁ。
 オマエが尾根から落っこった時。
 オマエ、オレがオマエのザックを押したからだって、最初思ってたわけだろ?
 で、その後Iが、ウエストベルトが風で煽られたんじゃないかって言って、
 あれは風だって思ったわけだろ?
 そうだよな。だって、オレがオレのザックをTyが手拭いで叩いてるって言ってた時、
 風だろって言ったのオマエだもんな。」
「あぁ…。あぁ、そういうことか。
 うん。風…、だよな。うん…。
 たださぁ、風っていうか──。」

 Tsさん、Yさんが自分の言ってることを理解したと見ると、その話を遮るように今度はIさんを見て。
「で、我らがサブリーダーさまのIだよ。
 ここまで言えば、オマエだってわかんだろ?」
「うん…。そうか。風ってことか…。」
「A岳の山頂で、Tyがヤッケを叩いてるのをオマエだと思ったように。
 Yが落ちた時にオレが押したんだと思ったように。
 オレがオレのザックを引っ叩いてるのをTyだと思ったように…。」
「オレも、Yがオレのザックを押したって思っちまったってことか…。
 うぅぅぅーん……。
 ただなぁ。うーん……。」
 Iさんがそこまで言って、なにやら考えるようにうなっていた時。
「げっ!いつの間にか3時半過ぎてんじゃん。
 おい!もう、行こうぜ。B岳山荘、いっぱいになったらヤバイしよ。
 それにB岳山荘って、たぶん今日は管理人いないからよ。
 着いたら、大急ぎで水場まで降りて水汲んでこねーとよ。
 だって、夕飯作る水ないんだぜ。」
 そのいきなりのTyさんの慌てた声にIさんも。
「そう、それ。オレ、さっきそれをTyに言おうと思ってたんだよ。
 まさか、水場まで1時間も降りるなんてことはないだろうけどさ。
 でも、暗くなっちまったらヤバイぜ。」

 山に入ったら、リーダーの言うことは絶対。
 パーティのリーダーとサブリーダーがそう言ってしまった以上、パーティは即座に出発するしかないわけで。
 とはいえ、歩きだす前にIさんが、なんとなくYさんに「ゴメン」って謝れば。それにつられたように、YさんはTsさんに謝り、次にTsさんがTyさんに。最後に、TyさんがIさんに謝って。
 一瞬の沈黙の後。気がつけば、噴出したのは4人同時。
 「ほんじゃ、行こうぜ」って。


 そんなこんなで、ひょっこり着いたB岳山頂は、山頂というよりはなんだかA岳から緩やかに続いている尾根の、たんなる一部みたいな場所。
 うねるように妙にだだっ広い感じなのが、まぁ山頂といえば山頂ってことなのか。
 Iさん達が泊まるB岳山荘は、そんなだだっ広いその場所の片隅に建っていた。

 しかし…。
 今日って、他の登山者何人いた?みたいな日だったっていうのに。
 Tyさんの「B岳山荘、いっぱいになってたらヤバイしよ」というのは、全然杞憂でなかったらしい。
 その日のB岳山荘ときたら、どこかの山岳会の団体さんで大賑わい。
 聞けば、逆ルートで来て、Iさん達のパーティが到着する1時間くらい前に到着したばかりだとかで。

「参ったなぁ。こりゃ…。」
 山小屋だから、どんなにいっぱいでも泊まれないってことはないのだけれど。でも、この混雑ぶり、おまけに団体さんと一緒じゃ快適な一夜はとてもじゃないけど望むべくもない。
 Iさん達、早々と土間で夕食作りを始めているその団体さん達をちょっとウンザリしたように見ながら、入口を入ってすぐの所に立っていた時だった。

「あれ。キミらは4人?」
 見れば、Iさん達よりいくつか年上な感じの若い男性の登山者。
 夕飯を作るところなのか、手にはポリタンとコッヘル(山用の鍋類)を持ち、さらに食材が入っているのであろうビニール袋をぶら下げている。
「そうですけど…。」ってIさんが答えれば。
「じゃぁ、上(屋根裏)の布団部屋に来れば?
 こっちじゃさ、これでさ、ちょっとどうにもなんないだろ…。」
って、その若い男の登山者。大騒ぎの団体さんを見回しながら、ちょっとこれみよがしに言ったんだけど、団体さん達はどこ吹く風。
 というよりは、そこでそんなこと言っているのなんて、耳に入りなんかしやしないのだろう。

「あ…。それは助かります。ぜひお願いします。」
 思わずIさんはじめ、他の3人も頭を下げると、その若い男性の登山者はちょっと照れたように笑いながら、
「俺達と一緒だけどさ。俺達は二人だから、全然余裕。
 俺らはさ、今メシ作ってるんだけどさ。
 そこのハシゴ上がったとこが布団部屋だからさ。」
 その若い男性の登山者はそこでふいに話すのを止めると、周りの団体さん達に目をグルリと回した後、今度は声をヒソめるように。
「ほら、こういう状態だろ?
 だから、場所取られないようにわざと散らかしてあるんだけど、
 メシ食ったら場所空けるからさ。
 どうせキミらだって、これからメシ作んだろ?」
「ありがとうございます。
 じゃぁとりあえず、ザックだけ置かせてもらいますんで。」
「うん。じゃぁまたね。」
 その若い男性の登山者はそう言って、夕飯作りに行きかけたんだけど。
「あれ、すみません。今日ここ、管理人さんって…。」
と、Tyさんが聞けば。
「うん、シーズンオフだからいないみたいだね。
 料金はそこの箱に入れとけって書いてあるよ。」
と、その若い男性の登山者は柱にくくりつけてある箱を指した。
「すみません。あと、水場ってわかります?」
「あぁ。それもそこに地図が書いてあってさ。さっき俺達も行ってきたんだけどさ。
 ちょっと距離あるから、行くんなら早く行ってきた方がいいかもよ。」


 そんなこんなあったけど、Iさん達は夕食も終わって。今は布団部屋でくつろいでいた。
 アルコールが入ったのか、下からは楽しそうな声も聞こえてくる。
 ただそれは、この布団部屋にいる分には耳障りというほどではなかった。

「いやぁーさー。さっき、メシ作ってる時のアレも、
 やっぱり遠山の金さんだったのかなぁ…。」
 遠山の金さんなんて言っていてもTsさんではなく、それはYさん。
 実は、A岳とB岳の間でIさんが登山靴のヒモを直そうとしていてひっくり返った後も、そんなようなことが何度かあって。
 Iさん達、それからはソレがある度、いつの間にかソレを「遠山の金さん」って言うようになっていた。

 このB岳の山頂は、山頂だっていうのに不思議とA岳の山頂ほど風は強くなかったのだけれど。
 なのに、外で夕飯を作っていると──下の土間は例の団体さん達でしっちゃかめっちゃかで落ち着かないので、結局小屋のかげで作ることにした──急に夕食の材料を入れた袋やビニール袋がバサバサと音をたてたり、水ポリ(水を入れたポリタン)が転がってみたり。

 もちろんそれは、どれも風の仕業といえば風の仕業なんだけど…。
 でも、下界で言うように普通に風の仕業と言ってしまうには、なんだかちょっと変なような感じもあって。
 誰もそうとは言わなかったんだけど、なんだか誰かが悪フザケしているようだよなって、4人の誰もが漠然と思っていた。
 だからIさん達4人、それがあるたんびいつの間にか、「まった、遠山の金さん(風)かよ」って、たんなる風とは区別して呼ぶようになっていて。
 ただ、もちろんそれは、半分以上は冗談で言っていたこと。
 まぁある意味、例のIさん達特有のいつものおフザケの延長に過ぎなかった。

 そういえば、TsさんとTyさんが二人で水場に水を汲みに行った時にも、それがあったとかで。
 それは、水を汲み終わって帰る時。水ポリを入れて手に下げていた袋が、急にバサバサ煽られたんだとか。
 最初はTyさん。次にTsさんと順番にあったとかで、Tyさんなんかは、そのバサバサでバランスをくずして、道から落ちそうになったりもしたらしい。
 その時はTsさんとTyさん、「くっそ、また遠山の金さん(風)かよ!」って二人でゲラゲラ笑ってたってことなんだけど。
 そのくせ、今こうして布団部屋で落ち着いてみると、「あれって、なんだかちょっと不自然だったよなー」なんて、ちょっとしみじみした口調で言ってみたりで。

 そう。それは、誰もがずっと思っていたこと…。
 風といえば風には違いないんだけど、でも稜線でYさんがザックを押されたと思った時…。
 A岳の登りで、Tsさんがザックを叩かれ続けているように感じた思った時…。
 A岳の山頂で、Tyさんがヤッケを引っ張られたように感じた時…。
 そしてA岳とB岳の間で、Iさんがひっくり返った時にザックの底を押されたように感じた時…。
 さらにはその後の時も……。

 そんな風にIさん達4人が「風というには何だかなぁ…!?」なんて、話をしていた時だった。
 Iさん達をこの布団部屋に誘ってくれた、例のIさん達よりはいくつか年上って感じの登山者二人が、
「さっきから、ずっと遠山の金さんがどうとかこうとか言ってるけどさ。
 いったい何モノ?その遠山の金さんって?」
って、興味深そうに聞いてきた。

「えっ…。」
 そう言ったっきり、なぜか一瞬ピタリと黙ってしまったIさん達。
 でも4人で顔を見合わせた後、すぐに噴出すように笑い出して。
 その後Tyさんが、「いやぁー、このTsがワケわからないバカで……」って、それを話し始めた。
 もちろん、ソレはあくまでたんなる「風」なんだというふうに。




 ―── 本日これまで!(その6に続きます)
                          76話目-その5〈了〉メルマガ配信日:11.10.7
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2012
10.14

76話目-その4

Category: 怪談話

*76話目は続き物です。「76話目-1」からご覧いただければ幸いです

 Iさんたち。実はその時、風も強いことだし、いっそ予定を変えてそのA岳山荘に泊まっちゃおうかとも言っていたのだけれど、そうはいってもまだ時間は早い。ということで、結局は予定通りB岳の山頂にあるB岳山荘を目指すこととしたとかで。
 A岳からB岳までというのは、小一時間ほどの行程。
 それほどアップダウンもない尾根道ということ、さらに例の強風がA岳に遮られ多少なりとも弱くなったこともあり、4人とも気持ち的にはかなり気楽に歩いていた。

 ただ、いままで歩いていたA岳までの尾根道が、下界と直接接するZ山域の前衛的な尾根だったのに対して。ここからは、いよいよZ山域の中心部。
 カラッと明るい感じのA岳の山頂から、ちょっとB岳に向かって歩き出しただけだというのに、そこは不思議なくらい山が深く感じられる。
 そう。A岳までは、どこか「ハイキングコース」って感じがあるのに対して。Z山域は、A岳の山頂をちょっと越えた辺りから、急に「登山」という雰囲気が強くなるのだ。
 それは、たんにA岳までのルートが下界との境にある尾根に沿っているからなのか、それとも植生の微妙な変化のせいなのか。
 そんな山特有の空気感が濃く漂う尾根道を、ポコポコ歩いているIさんたち4人。

 その日というのは、3月下旬のウィークディ。
 そのせいもあってか、他の登山者にほとんど会わない日だったんだけど──そう。いつも登山者で賑わっているあのA岳山頂ですらIさんたちのパーティだけだった──A岳を越えてからは、それにも増して妙なくらい人の気配が感じられない。
 とはいっても。太陽はずいぶん西に傾いたとはいえ、例の強風のせいもあり、雲一つない超ドピーカンの日。さらに、3月下旬の日差しそのものは意外なくらい強いから、深山の幽玄な雰囲気や、ましてや不気味さなんてこれっぽっちもなかった。

 A岳から南側というのは麓に接しているせいか杉の植林が多く、A岳に直接突き上げている尾根の登山道の下部などは真冬でも暗いような場所も多いのだが。
 でもA岳を越えると、途端に本来の植生であるブナの木が多くなる。
 ブナは冬になると葉を落とすから、尾根の上は明るい。
 それは、そんなA岳からB岳へと続く。ブナの木が多く自生する尾根道──それは、ちょうどA岳とB岳の中間くらいの場所──でのことだった。

 ゴォーーッ!
 それは、上空を、そして周囲の山で吹き荒れている例の風の轟音。
 その風。幸いこの辺りはA岳が盾になるから、その凄まじいまでの音ほどには感じられないのだが…。
 A岳の山頂から降りてきて、深まった山の空気感にのまれていたのか、気がつけばずっと黙って歩いていたIさんたち4人。
「しっかし、スゴイ音だなぁ…。」
 そんな中、誰に言うともなくラストを歩くTyさんが呟いた途端。
 まるで、それが合図だったかのように、他の3人も話し出して…。

「B岳の山頂って、風、どんな感じなんだろうなぁ…。」
「ていうかさ、B岳山荘ってどんな小屋なんだろ?
 メシ作んのにさ、
 山小屋の中で作れればいいんだけどさ…。」
「あ、そうか。B岳山荘が狭くて
 そんなスペースないとかってことになったら外で作るしかないわけか。
 いやぁ…。風、A岳の頂上並に吹いてたら、メシなんて作ってるどこじゃねーだろ。」
「えぇーっ!それって夕飯抜きってことかよーっ!」
「大丈夫だって、Y。
 最悪、食いもんならIがいっぱい持ってっからよ。なぁ、Iっ!」
「あ、そういうもんなんだ!」
「馬鹿ヤロ!そういうもんじゃねーよ。納得してんじゃねー、アホY!
 ていうかさ、なぁTy!」
「おぉ~い!Ty。サブリーダーさまがお呼びだぞぉ~。」
「いちいちうるせーよ、Ts。聞こえてんだよ。」
 相変らずのそんなおバカな会話の中。
 Iさんの後ろ、2番目を歩いていたYさんが…

「あっ。なぁI。オマエさ、右の靴のヒモ、ほどけてるぜ。」
「えっ?」
「靴ヒモ…。右の…。」
「あ、ホントだ。サンキュー、Y。
 おい、ちょっとストップ!靴ヒモ締め直すわ。」
「なんだぁ~?どうしたぁ~?」
「うん。Iが靴ヒモほどけちまったから直すって。」
「なにぃ。靴ヒモがほどけただとぉ~。サブリーダーのくせに…。
 出発前に確認しなかったのかよ!」
「いっちいちうっせーんだよ、アホTsっ!」

 Iさんは、相変らずバカばっかり言ってるTsさんにそう返しながら、無意識に前の方向に何歩か早足で歩いて──それは、一応止めたとはいえ、後ろから歩いてくるYさん以下3人を慮ってのことだったのだろう──さらに登山道の脇に寄って。
 そこは、登山道とはいえほとんど平らな土の道。
 Iさん、手頃な岩か木の根でもあれば、右足をそれにのせて靴ヒモを直したのだろうが、でも周りにそんな手頃なものはない。
 かといって、いちいちザックを降ろすのもまた面倒。
 ま、いいか…って。
 この場所なら、そんな危険なこともないだろうと。
 Iさんはザックを担いだまま、靴ヒモを直すために左膝をついて、右の登山靴の靴ヒモを直そうと前に屈んだ。
 後ろから聞こえてくる、相も変わらずバカ言ってはしゃいでる3人の声を感じながら…。

 靴ヒモは、結び目がほどけていたのではなく、(登山靴の)途中のフックから外れていた。だからIさん、まず靴ヒモの結び目をほどいて。それから下のフックからキチンと締め直そうとしていて、その音にふと顔を上げる。
 ゴォォォォーーーー!
 まるで、頭のすぐ上をジェット機でも飛んでいるような風の音。
 しっかし、強い風だよなぁ…。
 Iさん、そんなふっと気持ちがそっちにいった時だった。
 ふらっと体がよろけるのを感じて、靴ヒモを直している右足と背筋を踏ん張る。
 でも。踏ん張ったつもりだったのに、屈んだ姿勢のまま担いでいるザックの重心がどんどん前(ザックの上)側に加わってきて。
 それは、グイグイと。
 屈んだ格好のIさんの担ぐザックの底あたりを押してくるような…

「馬鹿ヤロっ!押してんじゃねっ── ウボっ!」
 そう叫んだと思った時にはIさん、体の左を下にするような格好で登山道に転がっていた。
 その途端、聞こえてきたYさん、Tsさん、Tyさんの歓声。
「ブハハハー!何やってんだよー、Iぃーっ!」
「なぁ~に遊んでるわけぇー!ギャハハー!」
「ヒィー、ヒィー。Iって、もう楽しすぎ!」

 瞬時に、頭にカーっ!と怒りがこみ上げてきて。
 立ち上がろうと、上半身を捻るように起き上がったIさんの目の前。そこにいたのは、大口をあけて笑っているYさん。
 倒れたIさんに手を差し出そうというのか、Yさんは右手を差し出しているものの、ゲラゲラ笑っているもんだから、その目はギュッと閉じられIさんのことなんか全く見ていない。

「馬、馬鹿ヤローっ!ふざけんなっ!」
 Iさんはそう怒鳴って、目の前に出されたYさんの手をパーン!と払う。
「うっ…。な、何すんだよ──」
「Yっ、コノヤロっ!ふざけてんじゃねーぞ!」
「な、なんだよ、いきなり!?」
「いきなりじゃねーよ。
 靴ヒモ直してる時に、後ろからザック押したら危ねーだろ!」
「えぇっ!?」
 Yさん、Iさんが何を言っているかさっぱりわからなくて、思わずちょっと後ろにいるTsさんとTyさんを振り返ったんだけど。でも、やっぱり二人ともきょとんとしているばかり。

「だからよ、Y。
 下界なら、そういうおフザケは全然楽しいんだけどよ。
 山じゃヤバイんだよ。
 ちょっとした捻挫だって、一人が歩けなくなったら、助けを呼ぶしかないだぜ。
 オマエだってそのくらいわかんだろ?」
「I、いや、だからオマエ何言って──。」
 Iさんが何を怒っているのか全くワケわからなくて、戸惑ってそう言ったYさんの言葉を、ふいに遮ったのはTsさんだった。
「あっ。これ…。
 まった、例の遠山の金さんだろ。
 最初はYで、次がオレ。次がA岳の山頂でTs。で、今度はI。
 うん。そういうこったろ?」
と、また始まったTsさんの遠山の金さん発言。Tyさんは、ちょっとウンザリ気味の顔。
「なぁTs。もぉ、遠山の金さんはいいってよ。
 それよりよ、I。大丈夫か?」
「あぁ。大丈夫だけどよ。まったくYのヤツよぉー。」
「だ、だからI。何なんだって…。」
と、Yさん。何で怒っているのかわからないIさんにほとほと困った顔。

 そんな中、IさんとYさんの所に行こうとした、ラストを歩いていたTyさんを、3番目のTsさんがグイと顔を突き出し遮った。
「だから、Ty。また、あの遠山の金──」
「いつまでもうっせーんだよ、Ts。」
と、Tyさん。いつまでもワケのわからないことを言っているTsさんを押しのけるようにIさんとYさんの歩いていって。
「でさ、I。オマエさ、Yが押したとか言ってたけどさ。
 そんなことな いんだって。
 だってYは、オレとTsとでずっとバカ話してたんだ──。」
「ふざけんなよ。
 (オレが靴ヒモ直そうと屈んでいる時)ザックの底をグイグイって押したろうがよ!
 なんだ?Yじゃねぇってんなら、そうか。Ts、オマエか?」
と、Iさん。今度は、一人離れた所にいたTsさんをぐいと睨みつける。

 そのTsさん。いきなりIさんに名指しされ、もうビックリしたような表情。
 「へっ?」声にならない声を出して、わずかの間何も言わなかったんだけど。でもすぐに、変な薄ら笑いを浮べながら肩をすくめて。
「おいぃー、Iよぉ。オレはここにずっといるんだぜ。
 この距離でオマエのザック、どうやったら押せんだよ。」
「気にいらねーな。オマエのその笑い。」
「おいよー、勘弁しろよ、I。
 だからよ、たぶんまた遠山の金さ──。」
 性懲りもなくまた遠山の金さんを言おうとしたTsさんを、Tyさんが素早く遮る。
「Ts。オマエ、少し黙ってろよ。
 オマエがしゃべっとよ、なんかイライラしてくんだよ。
 で、I。オマエさ、ホントだって。
 YもTsも。もちろんオレだって、オマエのザックなんて押してないんだって。」
「じゃぁ、なんでオレはひっくり返ったんだよ?」
「知るか…、いや、だからさ。オレたち3人、今Tsの立ってるとこにずっといたんだって。
 あそこにいて、どうやってオマエのザック押せるんだって。
 なぁY。そうだろ?」
「う、うんん…。そ、そう。そうだって…。」
「Tsだって、そうだよな?」
「あ?あ、あぁ…。そうなんだけどさ…。
 うん。Tyが言うように、誰もIのことなんて押してないんだけどさ。
 でも、それじゃIだって納得出来ねぇーんじゃねーのぉ?
 だって、現に押されたんだから…。」
「…!?」
 Tyさん、一瞬Tsさんが何言っているのかわからなかったらしくて。でもすぐに。
「オマエよ、ふざけんのもいい加減に──。」
「あのな、Ty。オレは、ふざけてなんかいねーよ。
 だって、そうだろ、I。
 オマエ、確かにザックの底を押されたんだろ?
 押されたから、ぶっ倒れたんだろ?
 そうだよ。オレだって同じだよ。さっきA岳山頂直下登ってた時。
 確かに、ザックをパシっパシって、何度も叩かれたんだよ。」
「お、オマエ、また…。
 あのな。だから、オレは叩いてねーって言ったろ!
 オマエ、今さらワケわかんねーこと言ってんじゃねーよ!」
「バカヤロ、Ty。
 誰もオメーが叩いたなんて言ってねーだろ。」
「言ってんじゃねーかよ!」


 なーんて。
 せっかく気心の知れた仲間たちとの楽しい山行だっていうのに、さっきからなんだかイライラと口ゲンカばかりしているIさん達4人。
 ただ、それが最初は、誰かがザックやヤッケを押されたり叩かれたりするのを感じて。
 そして、押されたり叩かれたと感じた人が、パーティの誰かがふざけてやってるんだと思い込んで怒り出して始まっていることには、なぜかTsさん以外は気がつかなくて。
 いや、Tsさんだって、そうならそうと言えばいいのに、いつもの調子で「遠山の金さん」ってばかり言ってるもんだから……




 ―── 本日これまで!(その5に続きます)
                          76話目-その4〈了〉メルマガ配信日:11.10.5
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2012
10.13

76話目-その3

Category: 怪談話

*76話目は続き物です。「76話目-1」からご覧いただければ幸いです

 実はIさん、その時一人みんなとは背中合わせに座っていて。
 いち早くヤッケを着たIさんは、その時水の入ったポリタンを出して、あと何か行動食でも食べようとザックの中に顔を突っ込んで、ガサゴソ漁っていた時だった。

「なんだよ、Iっ!こんな時にふざけんてんじゃねーよ!」
 そのいきなりのTyさんの怒鳴る声に、慌ててザックから顔を出し振り返ったIさん。
 その瞬間、ぱっとぶつかったのはTyさんのイラついた目。
 Iさんは、そのTyさんのイラついた目に一瞬ビクっとしたのだけれど。でも、すぐ「もぉカンベンしろよぉー」的な苦笑になって。
「な、なんだよぉ~Ty…。脅かすなよぉ~。
 さっきのTsじゃねーんだから──。」
「Iよ。オレは寒みぃーんだよ。わかんだろ!
 そりゃオマエは、一人ヤッケさっさと着ちまったからいいのかもしれねーけどよ。」
「な、何、いきなり怒ってんだよー?」
 Tyさんが何で怒っているのかさっぱりわからないIさん。

「なんだ、どーしたぁ?
 やっと山頂着いたってーのに、何フザけてんだぁー?」
「いや、だからよ。たぶんTyって、さっきの遠山の金さんの続きやってんじゃねぇ?
 でもよぉ、桜吹雪見せるにはよぉ、ここ、ちょっと寒いよなぁ…。」
なんて。関係のないYさんとTsさんは楽しくふざけている。

 それを聞いていたIさんは、なんだそういうことかって。
「なんだよー。また遠山の金さんかよ…。
 なぁTy。もーそれやめねーか?あんまり面白くねーし──。」
「馬鹿ヤロ!ふざけてんじゃねぇんだよ。
 I、オマエよ、なんでオレが着ヤッケようとすると、
 後ろからバシバシってヤッケの裾を引っ張んだよ!
 寒ぃーんだよ。オマエだってわかんだろ!」
「おい、オマエ…。何言ってんだよー!?」
と、わけがわからんという顔をIさんがしていると、横からTsさんが呆れたような声で入ってきて。
「ていうかさ、Ty。
 オマエ、寒ぃんなら、まずヤッケ早く着ればぁ?
 まず着てから、Iと好きなだけ、遠山の金さんごっこでも、
 水戸黄門ごっこでも何でもすればぁ?
 しっかしさ、Tyが遠山の金さんに、そこまでハマっちゃってたとは知らなかったなぁー。
 なぁY。ハハハ…。」
「ブっ、ハハハ…。」
なんて、さっきはあんなに怒っていたTsさんは、そんなすっ呆けたような口調でYさんと笑い合っている。

「テ、テメ、Ts…。遠山の金さんって、オマエ──。」
「だからTy。まずさ、ヤッケ着ろって。
 寒いからさ、ハラだってたってくるんだってさ…。」
「オメーに言われなくたって、着るよ!」
 そのYさんの言葉に、Tyさんはやっとヤッケを着始まったんだけど。
 その時、どこからともなく聞こえてきたゴォーっという、まるで予兆のような音。
 しかし、その音を感じたと思った時には、A岳の山頂はもうその狂暴な風の中。
「うわっ!なんだこの風!」
 やっと着始まったヤッケを、吹いてきた強い風にあっという間に煽られてしまったTyさん。
 右袖だけ通した状態でこの強風に煽られたもんだから、ヤッケはバッサバサ音をたててはためいちゃって、それこそ、風に持ってかれないように必死で押さえているのがやっと。
 それを見ていたIさんは、慌ててその風に煽られているTyさんのヤッケをつかもうと。
 とはいえIさん。開けっ放しの自分のザックの口を風に飛ばされないように左手で押さえながらだったから、風に煽られたヤッケのファスナーが顔に当たるのを避けきれなくて。
「クッソっ!痛っ!」
 折からの風でキンキンに冷え切っちゃった肌には、その一撃は痛いのなんのって。

 Iさんは、それでもなんとか風にバッサバサに煽られているTyさんのヤッケを指何本かでかろうじてつかんだ。 しかし、それは指先でなんとかかんとか引っ掛けているような状態。
 しかし、なおもその強風は狂暴に吹き荒れている。

「うわっヤバっ!」
と、Tyさんが思わず叫んだ時には、右腕だけ通したヤッケは風に煽られ、あっという間にバサっと脱げてしまって、風の流れの中できりもみ状態。
「馬鹿ヤロ、Ty!
 (オレがなんとかつかんでいるうちに)早くヤッケつかめってーの!
 ホント飛んでっちまうぞ!」

 まだまだ風は吹いていたけれど、今の突風はやっとおさまって、思わずみんなホッ。
「ほらTy。ヤッケ、今のうち早く着ちゃえよ。」
 Iさんはそう言って、つかんでいたヤッケをTyさんに投げて渡そうとしたんだけど。しかし、今のような突風は止んだとはいえ、引き続き吹いている風に、ふと思いとどまって。
 しょうがないから、ベンチを回り込むようにしてTyさんに手渡しすることに。
「悪ぃ……。
 サンキュー。助かった…。」
 つい今の今までIさんに怒っていたTyさん。照れくさいのか、それともまだ怒りが治まらないのか、そんな風にゴニョゴニョと。
 二人でバカやっていたTsさんとYさんはTsさんとYさんで、今の突風にはもぅビックリ。自分たちの荷物を飛ばされないようにするのに夢中だったらしい。
「いやぁー。今の風、何なんだぁー!」
「ふっひゃぁ、おっとろしー!」

「なぁTy。この風ってさすがにヤバくねーか?
 ちょっとさぁ、そこの山小屋(A岳山荘)で休ませてもらおうぜ。」
 と、Iさんが言えば、Tyさんもうなずいて。
「そうだな。そうすっか…」


「そういえばさ。なぁ、Tyよっ。
 オマエって、さっき何怒ってたの?」
 そこは、A岳山荘の中。ストーブの周り。
 外の極寒状態が信じられないくらいポカポカ暖かい。
 しかし、中はそんなポカポカ状態でも、外ではあの強い風がゴーゴー音をたてて吹いていて小屋全体を揺らしている。
 Iさんたち、小屋で休ませてもらっていて、しばらくはただただずっとストーブに手をかざしていたんだけど、Tsさんがそんな風にふと言い出して……。

「うん…。」
 しかしTyさんは、何やらストーブを見つめながら唸っているばかり。
「なんだかよぉ、オマエがヤッケ着ようとしてたらよぉ、
 Iが引っ張ったとかなんとか言ってたよなっ?確か…。」
「ああ…。」
「だからさ、オレそんなことしてねーって。」
と、Iさんが言っても。
「うん…。」
と、Tyさんはストーブを見続けているばかり。
「考えてもみろよ。あん時っていうのは、オレだけベンチ逆向きに座ってたんだぜ。
 確かに、オマエ(Tyさん)とは背中合わせに座ってたけどよ。
 でも、あん時オレはヤッケ着て、水ポリ(水のポリタンク)出して、
 それから行動食、何食おうかなぁって、
 (ザックの中の行動食入れた)袋を漁ってたんだって。」
と、Iさんがそこまで言った時。
 今まで何も言わなかったYさんが、思い出したっていうような表情で口を開いた。
「そうそう、そうだよ。そう。
 あん時さ、オレ、Iに前の休憩で貰ったスモークチーズをまた貰おうと思ってさ。
 ほら、あれウマかったからさ…。
 でさ、(一人後ろに座っている)Iの方を見たんだよ。
 うん。確かにI、あん時はザックに顔突っ込んで食い物探しに夢中だった…。」
「あぁーそうそう。
 Iはよっ、いつも食い意地はってるからなぁー。
 あれっていうのはよ、たぶん育ちが悪いん──。」
「うっせーんだよ、Ts。テメーっ!」
と、Iさんが怒鳴って、Tsさんがゲラゲラ笑いながら首をすくめた時。ずっとストープばかり見つめてTyさんが、やっぱりストーブを見ながらボソっと口を開いた。

「そう…。そうなんだよ……。
 今思い起こしてみれば、あん時っていうのはよ、
 オレも、Iがザックに顔を突っ込んでいるのは見てたんだよ…。」
「おいぃぃぃー。なんだよそれぇぇぇーっ!」
 Tyさん、そんなIさんにはかまわずに。
「オレの後ろにIが座っててさ、ザックに顔突っ込んでるの見ててさ。
 その時オレは、ヤッケ出して着ようとして広げててさ。
 ザックに顔突っ込んでるIを視界の端で感じながらさ、
 あぁーまたIのヤツ食い意地はらしてんだなぁー。
 ありゃ、やっぱ育ちが悪いのかもしれねぇーなぁ…なんて──」
「うるせーよ、Tyまでよ。
 休憩の都度、何か食べてエネルギーを補給するのが、
 山の鉄則じゃねーのかよ!」

 いつの間にか、Tyさんは笑っていて。
「いや、悪ぃー悪ぃー。Tsを見習って、つい…。」
「そんなもん見習うんじゃねーよ、このバぁーカ!」
「いやよー、確かに行動食をこまめに食うのは山の鉄則かもしんねーけどよぉ…。」
「違うのかよ、Ts、コノヤロー!」
「いや、Iの場合は食いすぎじゃねーかなぁーって。
 だって、いつもオマエのザックだけ、微妙にデカくねーかー?」
「あー、デカイよ。デカくて悪かったな。
 よし、わかったよ。
 次からは、行動食はきっちりオレの分だけ持ってくることにするよ。
 ただな、言っとくけどなTs。
 今度、オマエがバテてぶっ倒れても、オレはオマエに何もやらないからな。」
「あーっ!ちょ、ちょ、ちょっと待った。
 あのー、Iさん、Iさま…。
 オレといたしましては、Iさまって、
 かねがねサブリーダーとして尊敬をしておりまして…。」
なんて、いつになくしどろもどろに慌て気味のTsさんに、TyさんとYさんは大爆笑。
 そして、Tyさんは笑いながら。
「そうだよなー。
 Tsがバテてぶっ倒れちまって動けねぇ時、いつも介抱してるのIだもんなぁ…。
 そう…。
 考えてみりゃぁよー、それって高校の時からずっとだよなぁ…。
 へぇぇー。そんなこと、今初めて気がついた。
 ふぅぅーん。結局いいコンビなんだなぁ、IとTsって。」
「うっせーんだよ、Ty。
 で、なんだよ。
 結局、さっきオマエが何だかオレに怒ってた濡れ衣っていうのは晴れたのかよ?
 そもそもな。オレがあの時オマエのヤッケつかんでなきゃ、
 この山行中オマエは、
 ずっとヤッケなしで行動しなきゃなんなかったってこと忘れんなよな。」

 いやはや。そのIさんの言葉には、TyさんもTsさんに倣って「ははぁー」と平伏するしかなくて。
 で、そのTyさんとTsさん、今度はIさんの肩を揉んだり、足を揉んでみたり。
 そんな3人の様子を見て、山は今回が始めてのYさんは、「いやぁ、山ってこんな楽しいんだぁー」ってゲラゲラ笑っている。

 その、IさんにTsさんとTyさんがへいこらへいこらしている様ときたら。
 なんだかそれこそ、Tsさんが言い出した「遠山の金さん」が、Iさんにとり憑いたような……!?




 ―── 本日これまで!(その4に続きます)
                         76話目-その3〈了〉メルマガ配信日:11.10.4
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2012
10.08

76話目-その2

Category: 怪談話

*76話目は続き物です。「76話目-1」からご覧いただければ幸いです

 Iさんは、そのパーティ(山に登るグループの単位)のサブリーダー。
 山では、パーティの先頭を歩くのはサブリーダー。2番目は、山の初心者や体力の弱い人がきて、その後ろには経験者や体力のある人。そして最後はリーダーが歩くという決まりがある。
 さらに、それぞれの人の間隔も、通常1.5メートルから2メートルくらい開けて歩くのがよいとされている。

 もちろん、そんな山の教科書的なことは無視して歩くパーティや登山者も多いのだろうけど。
 でも、Iさんのパーティっていうのは、Yさんを除けば高校の山岳部以来の仲間。決まりとかセオリーとか別に意識するでなく、山行中はそのように行動するのが普通だった。
 つまり、先頭はサブリーダーのIさん。2番目には、本格的登山は始めてのYさん。その後ろにはTsさん、そして最後はパーティのリーダーであるTyさんという並び。
 それは、歩き出してからずっとだった。


 登山道にアイスバーンがあったり、ぬかるんでたり。
 さらには吹き飛ばされそうな強風と悪条件はあったが、風が強い分雲ひとつない冬晴れの日。また、強風のせいで寒くて長い時間休憩してられないこともあり、Iさんのパーティは、かなりハイペースで主稜を進んでいた。
 進行方向には、今日の行程の中で一番高いピークであるA岳の山容がドーンと迫ってきて、いやが上にも期待が高まってくる。
「うわー…。A岳、こっから見ると迫力だなぁ…。」
 Iさんは、誰に言うともなくそう言って。そして、何気に後ろを歩いてくるYさんを振り返った。
「なぁーY。あれ、ほら、A岳。」
 そのYさん。見たところ、特に疲れているとかそんな感じは全然見受けられない。
 Yさんはスポーツはなんでもいける方で、大学時代はともかくも中高と野球部だったから体力だってあるのだろう。

「だからさー。A岳はいいんだけどさ。
 それよりさ、今日泊まる山小屋っていうのはまだなのかよぉ?
 オレさ、なんだか完全バテてきた…。」
と、Yさんは意外にヘロヘロの情けない声。
「なんだよー、Y。
 こんなんでバテたとか言ってんじゃねーよー。
 オマエって、野球部じゃねーのかよぉー!」
 後ろから聞こえてきたTsさんの声に、今度はYさんが歩きながら振り返って。
「オマエさ。野球部って、いったいいつの事言っ──、おわっ!」

 Yさんの前を歩くIさんも後ろを見ていたから、それは全員見ていた。
 Tsさんの言葉に、歩きながら振り返ったYさんが蹴っ躓いたかと思ったら、ダダっとよろけて。
 いや、そこは比較的広い尾根道だったから、一瞬あっとこそ思ったけれど、誰もそんなに心配したわけじゃなかった。
 だがYさんは、よろけて無意識に手をついた登山道の傍らの岩の場所が悪かったのか何なのか。
 その瞬間Iさんたち3人が見たのは、その岩をまるで回り込むみたいいに向こう側に倒れていくYさんの姿。
 もう「あっ」も「わっ」も言ってる間もなかった。
 岩の向こうの空間にポーンと倒れていくYさんの、まるでスローモーション映像のような光景を目にしたと思ったら──。
 その岩の向こうにあるはずのYさんの姿が見えないことにも、すぐに気がついた。
「っ!」
 Yさんの後ろを歩いていたTsさん、Tyさんが、そして一歩遅れてIさんが「Y!」って叫んで、その岩に駆け寄れば。

「痛っぇぇぇぇー!」
 聞こえてくるその声の方を見下ろせば。
 その岩の向こう。登山道から一段下がった、冬枯れの草むらに横向きに転がってうめいているYさんの姿。
「おいY!大丈夫かよ!」
「あぁー…。うーん…。大丈夫だけど……。
 ったくよぉー!」

 Yさん、幸い大したことはなかったみたいで、Tsさん、Tyさんに左手を引っ張り上げられるようにして上がってきた。
 そのYさんのしかめっ面を見ていたら、誰もが安心すると同時になんだか笑いがこみ上げてきて。
 気がついたらみんなで爆笑していた。

「馬っ鹿ヤロ!笑いごとじゃねーよ。
 ったく、イッテぇなー!」
 大笑いのIさん、Tsさん、Tyさんに対して、一人あちこちさすりながらぼやいているYさん。
 思わず笑っちゃったんだけど。いや、確かに笑いごとじゃない。
 倒れて落ちた所がたまたま危険でない所だっただけで──そう。これがついさっき通過した岩場だったら…──ひとつ間違えばとんでもない事故になっていたところ。
 笑っていた3人も、すぐに真顔になって。
「Y、オマエさ、ふざけてるとマジヤバイぜ。
 山なんだからよ、
 ホンっト簡単にさ、あっという間に死んじまうんだぜ。」
 高校時代以来の気心の知れた親友とはいえ、どこか諭すような口調で言ったリーダーのTyさん。
 しかしYさんは、ムッとした口調で、
「馬っ鹿ヤロー!ふざけてんのはオマエらだろう。
 後ろから押しやがって。
 なぁTs、オマエだろ。オレのこと押しやがったの!」
「押すぅ…!?
 オレがぁ…?
 オマエのことぉ…?
 おいぃぃー…。
 なぁYよぉー。
 オマエ、自分で蹴っ躓いて転んだのが恥ずかしいからって、
 人のせいにしちゃうってさぁー…。
 ヤダなぁ、もぉぉ~。」

 普段は、とんでもないくらいおフザケがすぎる高校時代の友人同士だけれど、でもここは山。稜線上で後ろから押すなんて、命に関わるおフザケをするわけがない。
 だからTsさんは、Yさんが自分が転んだのを照れ隠しに(いつもの調子で)ふざけているんだと思い込んで、ついニヤニヤ笑い。
 そしてそれは、Yさんの前を歩いていたIさんも、ラストを歩いていたTyさんも同じだった。Yさんが怒ってるのは、照れ隠しにふざけてるんだと思い込んで、やっぱりニヤニヤ笑っていて。
 だからTyさん、つい、そのおフザケをさらにエスカレートさせて…。

「あっ!Yさ。Tsの言うこと信じちゃダメだぜぇ~。
 オレ、Tsがオマエの背中押すとこ、バッチリ見てたからよぉ~。
 おい!Ts。オマエ、ウソついてんじゃねーぞ。
 オレは、後ろでずっと見てたんだからな。
 なぁ、I。オマエも見てたよな!」
「うん。見てた、見てた。
 オレ、びっくりしたぜ。
 Tsのヤツ、すっげー凶悪な顔つきでさ。
 Yの背中押した後なんて、ニヤぁなんて笑っちゃって…。
 なぁY、Tsのヤツにダマされんなよ!」
「おい!Ts。
 しらばっくれて見事ウソを突き通そうとしたけれど、
 オレたちに見られてたのが、オマエの運のツキだな。
 大人しく観念するんだな!」
「くっそぉぉー。あの時、オマエらも
 Yと一緒に突き落としておけばよかった…。」
 なぁーんて。
 当のTsさんまで調子にのって、TVのサスペンスドラマ風にふざけ始まっちゃって。

 Yさん、最初こそそのおフザケを楽しんでいる3人をムッとした表情で見ていたんだけど。
 とはいえ、そこまで3人がみえみえでおフザケしているのを見たら、Yさんも逆にTsさんが自分のことを押したなんてことはないんだなってわかったらしくて。
 そのくせYさん、なおもしきりと首をかしげながら。
「いやぁー…。うーん…。
 なんかさ、こう…、蹴っ躓いて体がよろけた時さ、
 ザックをバーンって押されたっていうかさ…。
 ザックの横を捻るっていうかさ、
 横に回されるような感じで、力がバーンって加わってきてさ。
 わっ!って思った時には、足が地面から浮いてて──」
「あー、だから風だろ、風。
 あん時さ、確かスゲー風が横から来てなかったけ?
 あのスゲー風に、ザックが煽られたってことなんじゃねーの?」
と、Tyさんが言えば。IさんもTsさんも思い出した。
 そう。確かにあの時。遠くからゴーってやってくる風の音を聞いていたような…

「でも、風っていったら、体全体に当たる感じだろ?
 当然体にも当たるだろ?
 違うんだよなぁ…。なーんかさ。
 あん時っていうのはさ、
 ザックの横?側面の上の方を平手でバーンって押されたって感じだったんだよ。
 押す力が一点だった感じがしたっていうかさぁ…。」
 Yさんは、なおも納得がいかないみたいで、まだ首を傾げている。
 Iさんたち3人は、そんなYさんをなんとはなしに上から下まで見ていて…。

「あ…。」
「なんだよ、I?」
 Iさんにさっと目を向けた、怪訝そうな残りの3人の顔。
「ウエストベルト!」
「ウエストベルトぉぉー?」
 ウエストベルトというのは、ザックの下部の左右両側から伸びているベルトのこと。そのベルトをしめることで、ザックとウエストを固定させて、体に密着させる働きがある。

「Yさ、オマエ、ウエストベルトはちゃんと締めた方がいいぜ。
 ちゃんと締めないからザックが振られるし、
 背中に密着しないから重く感じるし…。
 あっ。だからオマエ、バテたとか言ってたんじゃねーの?」
「そう言うけどさぁー。
 これ締めると、オレがザックに括り付けられてるみたいでさ。
 窮屈で、なぁんかイヤなんだよなぁ…。」
「オマエさ、行動中にウエストベルトとかをダラダラさせてっと、
 木や岩とかに引っ掛かって危ないんだって。
 オマエが今言ってた、手の平でザックをバーンって叩かれたみたいっていうのも、
 もしかしたらウエストベルトが風で煽られて、
 バックルが当たったってことなんじゃねーのかぁ?」

「どれっ!Y。ちょっとオマエ、ザック見せてみ!」
 IさんとYさんの会話を聞いていたリーダーのTyさん。
 おもむろにYさんの所まで歩いてきたかと思うと。ザックを担いだままYさんを屈ませたり、Yさんのザックのベルトやらストラップ(調整ベルト)やらを引っ張ったり緩めたり調整し始めて…。

「うわっ!ちょっ…、ちょっとTy!
 ザックが、オレに絡み付いてくるみたいで気持ち悪いって!」
「オマエさぁ…。
 下界じゃないんだぜ。
 こんなにダラダラのユルユルでザック担いでたら、そらバテるって。
 失敗したなぁー…。
 なんで登り出す前に気がつかなかったんだろ…。」
「うわっ!なぁーTy。キっツイって…。」
「うん。こんなんでいいんじゃねーか?
 どうだ、Y?ザックが体にピッタリくっついてくる感じだろ。」
「あれぇ!? そういえば、なんだかさっきより楽な感じ?」
「Yさ。オマエ、なんかよ、
 いっぱしの山ヤ(登山者の自称)みたいだぜ。」
「うるせーよ!
 オレは、別におめぇらみたいな山男になんて、なりたくはねーんだよ。
 ったく、ダっせー!」
 Yさん、Iさんのひやかしにそう悪態で答えたんだけれど。
 それでも、Tyさんに調整してもらって背中にピッタリ張り付くようになったザックにちょっと驚いたように、また嬉しそうにもしている。
 それは、つい今しがた風に煽られて登山道から転げ落ちちゃったこととや、転ぶ前にザックを押されたとか言ってたことなんか、すっかり忘れてしまったかのよう。

 そんなYさんを確認するように見ていたTyさん。
 時計や空の様子やらを見ながら、なにやらうなずいていたんだけど。
「さ、そろそろ行くかぁー。」
「うん。行こう、行こう。
 ったくさー、この風。寒みくて参ったよ。体が冷え切っちまったぜ。」



 再び歩き始めたIさんたちのパーティ。
 相変らず強風が吹き付けてくる稜線の上。しかし、A岳の大きな山容は、もう目の前に迫っている。

 そしてそれは、そのA岳の山頂へと続く登り道。
Iさんたちは、みんな黙々と登っていたんだけど、いきなり──。

「だっからTyっ!オマエ、うるせーよ!」
 いきなり怒りだした、3番目を歩いていたTsさん。
 そのいきなりの怒鳴り声には、IさんもYさんももちろん驚いたんだけど、何より驚いたのはラストを歩いていたTyさん。
 半ばぼーっと──それは、何か考えているような何も考えてもいないような登りではありがちな状態──黙々と登っていたのに、Tsさんに振り向きざまいきなり怒鳴られたTyさんは、「っ!」って一瞬呆然。
 もう目の玉を真ん丸にして驚くばかり。
「な、なんだよ、Ts……」
 Tyさんはそう言ったきり、すぐ前で自分を見下ろすように睨んだままのTsさんを少しの間見上げていたんだけど。
「あー、びっくりした。
 しっかし、登りの途中でいきなり振り返って大声出して脅かすって…。
 オマエ、嫌なギャグ考えたなぁー…。」

 そう。Tyさんが言ったように、確かにいつもワケのわからないギャグを考えつくTsさんらしいっていえば、それはまさにそんな感じ。
 だから、Tsさんのいきなりの怒鳴り声にやっぱり呆然としていたIさんもYさんも。Tyさんの、そのしみじみと呆れてる口調に思わずふーっと息を吐くなり、ブブーっと噴出しちゃって。
「Ty、災難んんー…。
 あぁーオレたち、Tsの前でよかった。」
 なんて言っていたんだけど、でもTsさんはまだ怒った口調。
「Ty!オマエはよっ、遠山の金さんなのかよっ!
 ったぁっく、いい加減にしろよっ!」
と、Tsさん。また新しく考えたギャグなのか?でも、何がどうなって遠山の金さんなのか、Iさんたち3人は何のことかさっぱりわからなくて目を白黒させているばかり。
「遠山の金さんんん…!?」
「桜吹雪ぃぃぃ…!?」
 といっても、ここは3月のZ山域。1500メートルにはわずかに足りないくらいの稜線上。
 桜吹雪も、お白州もあるわけなく…

「それだよっ!そのオマエが首にかけてる手拭いっ!」
「手、手拭い!?」
 相変らず怒った口調のTsさんが指を指したのは、Tyさんが首からかけている手拭い。
 手拭いは、汗っかきのTyさんが汗拭き用にと、山行中はいつも首からかけている物。手拭いは、タオルよりすぐ乾くからって…。
「オマエさっ!
 それでさっきからオレのザックを叩いてただろー。
 あのよっ、手拭いでパシパシって、遠山の金さんじゃねぇんだからよっ!
 いい加減にしろよっ!」

 Tsさんの怒った声を聞いていたIさん。はたと気がついた。
「あ、遠山の金さんって…。
 あぁあぁ…。あぁそういう意味か…。
 ったく、Tsっていうのはよ…。
 あー、ホンっト。いっちいち面倒臭ぇっ!」
「えっ?えっ?ど、どういうこと?なぁI、どういうこと?」
 一人Tsさんの言う遠山の金さんの意味がわかって、思わず叫んじゃったIさん。Yさんは、その顔を覗きこむようしてもう興味津々。
「ほら。だからさ、遠山の金さんって、
 悪いヤツやっつける時に、水で濡らした手拭いでパシパシ(悪いヤツを)引っ叩くじゃんよ!」
「知らねーよ。オレ、時代劇なんて見ねーもん。」
「オレだって、別に見ねーよ!
 でも、チャンネル回してて、なんとなく見ちゃう時あんだろ!」
 とまぁ。掛け合い漫才やっているみたいな上の2人はともかく…。

 もっとも。一番下のTyさんも、上のIさんとYさんの掛け合い漫才みたいな会話を聞いていて、Tsさんの言う遠山の金さんの意味がやっとわかったらしくて。
「遠山の金さんって、そういう意味かよ。
 Tsよぉー…。
 ホンっト、オマエって、なんで怒ってる時まで、
 いっちいちヒネんなきゃ話できねーんだかなぁ…。
 なぁTsよぉー。オマエさ、なんか思い違いしてねーかー?
 何で、オレがオマエのザック叩かなきゃなんねーんだよ。」
「だからっ、あれだろっ?
 いつもみたく登りに飽きちまったんだろっ?
 オマエってさ、登ってて飽きてくると、よく手拭いパシパシ振り回すじゃんよ!」
「オレが…?手拭いを振り回す…!?
 あぁ、あぁ。あれかぁ…。
 あれは、オマエ、違うって。
 飽きたんじゃなくて、暑くてイヤんなった時だって。
 あとさ、汗で手拭いがビショビショになっちゃってるから、
 振り回して少しでも早く乾かそうと──」
「だからってよぉっ、オレのザック、パシパシ叩きながら登ることねーだろぉっ!」
「だから、オレは叩いてなんかいねーって。」
「叩いてんだろーがよっ!この登りに入ってからずっと。」
「叩くって、オマエ…。
 あのさぁ、叩けるわけねーだろ。
 この冷たい風、ずっーっとビュービュー吹き付けられてるっていうのによ。
 この寒さじゃ、汗なんて全然かかねーもん。
 手拭い振り回そうたって、乾いてるから風に煽られるだけだって。
 ほら、見てみろよ。」
 そう言って、Tyさんは手拭いを振り回そうとしたんだけれど。
 でも、確かにその手拭い。Tyさんがいくら振り回そうとしても、吹き続けている強い風にあっちこっちあおられるだけ。
 Tyさんの手で風にあおられているだけの手拭いを見たTsさん、一瞬詰まったようになったんんだけど。でもすぐに。
「じゃぁオマエ…、手で引っ叩いてたってことかよっ!
 確かにそういやぁ、手拭いにしちゃぁなんかザックにあたる感じが強くバシッとくるなぁって
 気がしてたんだよなっ!」

 それを聞いていたIさん。Tsさんの遠山の金さんには、もう呆れはてちゃってたんだけど、いつまでも二人を言い合いさせておくわけにはいかなくて。
「なぁTsぅー。
 オマエさ、それはねえーんじゃねーのー。
 手で叩くっていったら、Tyはオマエのすぐ後ろ、
 それこそオマエのザックに引っ付くくらい後ろを歩いてなきゃ叩けねーだろ。
 Tyがそんなすぐ後ろ歩いてたら、オマエ、いくらなんだってすぐ気づくだろー。
 てゆーか、それ以前にその方がウザったいだろー。」
 それを聞いていたTyさん。ちょっとホッとような口調になって。
「なぁTsよぉー。
 オレが、オマエのザックに手が届くようなすぐ後ろ、歩くわけねーじゃんかよ。
 第一、この登り(の勾配)だぜ。
 すぐ後ろ歩くなんて、そんなおっかねーこと出来っかよ。
 それに、たとえオマエのすぐ後ろ歩いててザック叩こうたって、
 (この登りの勾配じゃ)オマエのザックの下くらいしか、手が届かねーだろうがよ。
「あぉっ……」

 そう言われてみれば、確かにその通りだっていうのは、Tsさんもすぐわかったのだろう。
 Tsさんが言葉を詰らせてしまうと、そのすぐ下にいるTyさんも、二人のちょっと上にいるIさんとYさんも、やっぱり何も言わなくて…。

「あっ、わかった。」
と、そんな沈黙を破ったのはYさん。
「ほら、さっきのオレと同じなんじゃねーの?
 だからさ、風だろ?」
「…!?」
「この風が当たって、叩かれてるように感じたってことじゃねーの?
 うん…。そう言えば、オレもさっきそんな風に感じたもん。
 後ろを歩いていたTsが押したんじゃねーかってさ。」


 結局。気がついた時は4人で大笑いしていた。
「しっかしさ、遠山の金さんには参った。あれは全っ然わかんなかった…。」
って、Tsさん以外の3人はあらためて呆れ笑い。
 そんな馬鹿笑いしながら登っていたIさんたち、ちょっとあっけない感じでA岳の山頂に到着。
 頂上ということで4人ともホッとしたように、山頂にある木のベンチにザックを下ろしたんだけど。
「うぇぇっ!寒ぁみっ!」
 A岳の山頂を吹きすさぶ風ときたら…。
 寒風吹きすさぶ極寒状況。
 一刻も早く風を防ぐヤッケ(ウインドブレーカー)を着なきゃ、とてもじゃないけど寒くて体がもたない。
 それこそ、そうしている間にも体がぎゅぅっと凝縮してくるような…。
「うぅっそぉぉぉ~。す、すっげぇぇ~寒ぁみぃぃ~」
「な、なんなんだよ、この風ぇぇー。」
「ひぇぇー、死むぅーっ!」
 Iさんたち4人、それぞれ思い思いの叫び声をあげながら、ザックをガサゴソ、ガサゴソやってヤッケを引っ張り出していて。
 そして、風でバサバサ煽られながらヤッケを着ようとしていて──。

「なんだよ、Iっ!こんな時にふざけんてんじゃねーよ!」
 Tyさんの怒鳴る声が、いきなり……




 ─―─ 本日これまで!(その3に続きます)
                         76話目-その2〈了〉メルマガ配信日:11.10.3
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2012
10.07

76話目-1

Category: 怪談話
 山のお話が続いたんで、ついでってことで76話目にとびます。
 76話目っていうのは、メルマガでは去年の10/2に配信したお話なんで、そういう意味じゃ季節的にちょうどいいかなーって。
 とは言っても、お話自体は3月のお話なんですけどね(笑)

 面白なーって思ったのは、私自身が45話目の頃はよく言われる「山は異界…」って言葉を、どっちかといえば好意的な表現として使っているのに、この76話目ではやや揶揄気味に使っていること。
 まぁ、つまり。
 人間ってぇのは、変わるもんなんだなぁ…ってことなんですかね(笑)

 ま、ということで……



 しっかしまぁ大学生の頃って、今くらいの時期まで夏休みだったんですねぇ…。
 今になってみると「ホンマかいな?」って感じで、まったくもって考えられない世界ですよね。

 もうこんな秋だっていうのに夏休みの話題っていうのもなんなんですけど、大学時代の夏休みというと、個人的には山、それも夏山縦走のイメージが強いです。
 遥か彼方まで続く3000メートルには満たない稜線のぼわーんと巨大な空間の中をぽこぽこ歩いている、そんなイメージ。
 横を見れば、グワーンと谷底まで一気に下って、また隣に見える尾根までグワーンと突き上げてる、そのやはり巨大な空間。
 後ろを振り返れば尾根の上に取り付いた最初の山が遥か彼方に見え、やっぱりそこにも巨大な空間がある。
 上を見上げれば、今までよりさらに巨大な薄青色の空間が広がっていて、そこにどデッカイ夏雲が浮かんでいる。
 そう。夏といえば夏山だし、山といえば夏山縦走って感じですね。

 そんな山が、最近はブームなんだとかで。
 まぁー、なんて言うか。
 こんなこと言うと怒られちゃうのかもしれませんけど、山ガールって、まぁ何が悲しくって山なんてモンに登んなきゃなんないんだろ?若い女性なんて他に楽しいことイッパイあるだろうになぁ…って気がしちゃうんですけどねぇ…。
 ま、ひとたび「ガール」と名がついちゃえば、山でも何でも楽しくなっちゃうってことなのかなぁ…とか、私みたいな根性曲がりのヘソ曲がりは思ってしまうわけで(笑)

 もっとも。
 私自身、山は結構入れ込んだ口なんで、山に向かう気持ちっていうのは、わかるっちゃぁわかるんです(そりゃぁもぉーいろんな意味で)。
 つまり、わかる(気がする?)だけに、「ワっカンネぇー!?」とも思っちゃうってわけなんでしょうかね?(笑)


 しかしまぁ、よりによって山なんてもんがブームになっちゃったせいか、何がどうなってどうなってんだか「山の怪談」まで流行っちゃってるんだとかで。
 やっぱり山は異界だー…(なぜか誰もが詠嘆口調)とか何とか言って(笑)

 で、山の怪談っていやぁ、真っ先に思い出されるのは、例の山小屋の4隅に一人一人座って…ってぇヤツ。
 ただ、あれは山の怪談というよりは、むしろ下界の(作者による)怪談なんじゃないのかなぁ(!?)という感がありますかねぇ…。

 だってあの怪談、山で聞いたことないもん!というのは、まぁ別として。
 あのお話は眠ると凍死するから、(眠らないために)タッチされたら次の隅まで歩くってことになってるわけですけど、実際の山でそんなことをする登山者はまずいないと思いますー(笑)
 まぁ山で遭難して「眠ったら死ぬぞ!」って頬を引っ叩くっていうのは、昔っからTVドラマ等の超ド定番シーンなんで。遭難したら眠っちゃダメなんだってイメージが定着してるんでしょうけど。
 でも、あの怪談のような状況のおかれた場合では、山では眠らないよりもむしろ眠って(というか、寝て)体力を温存するのが常道だと思います。

 もし、あの怪談がもし本当にあったお話なんだとしたら。
 それは、4隅に座ってタッチして…を始めた時点で、4人とも低体温症で頭をやられちゃってるってことなんじゃないでしょうか。
 そんな頭をやられちゃった状態の時に、こんな怪異な出来事があったとか言われてもぉ…。
とか、思っちゃうわけなんですよね(笑)

 まぁそれ以前に。
 「四隅のそれぞれが順番にタッチするって、よくよく考えたら4人でそんなこと出来るわけないやん!」(なぜか関西弁)って後で気づいてゾーって思わせるオバケって…
 いくらなんだって「芸」が細かすぎだろー!って(笑)


 ま、そんなお話はともかく。
 山っていうのは異界は異界なんですけど、ただそこは下界の延長にすぎませんし、なにより下界の人間がたくさん入っているわけで、基本的は(気圧や気候を除けば)下界と全く同じです。
 下界で起こりえないような不可思議な出来事が、山では普通に起こるなんてことはまずありません。
 ま、山が好きな人っていうのは (むっさいくせして)ロマンチストが多いんで、山で語られる怪談も必然的に(怪談的な方向で)ロマンチッになるというのは絶ぇーっ対!にあるんだと思います(笑)
 また、山っていうのは、下界よりもはるかに死が身近なのは間違いないですから、そういう意味でも出来事が怪談じみてきやすいっていうのもあるのかなぁって気もします。

 山っていうのは天候が悪い日の行動は危険ですから、天気の悪い日は行動しないことも多いんです。それを山用語で「沈殿」って言うんですけど、そんな沈殿の日は、テントや山小屋の中で一日中ゴロゴロしているしかないわけです。
 当然、超ヒマです。
 1日ならまだしも、悪天は1日で終わるとは限りません。2日、3日となることだってあります。
 山の怪談(or山の猥談)が始まるのは、だいたいそんな時です。
 まぁそこが山小屋なら、山小屋のおじさんがとっておきのヤツを話してくれるんでしょうけど。
 テントや冬山の場合はそんなクオリティの高いお話は望むべくもないし、山小屋だって何部屋もあるのが多いですから、必然的に同じ部屋の人たちの間でのお話になります。

 つまりまぁ想像がつきますよね。
 当然そこで語られるお話っていうのは、よくありがちなお話に、眉唾やら尾鰭やらがたっぷりとついちゃってるってわけです。
 で、そんなお話を聞いた登山者は、また別の山行の沈殿時にさらに眉唾やら尾鰭をつけて話して、それを聞いた登山者はまた別の山行の沈殿時に……

 かくして、山の遭難死した人は、(なぜか必ず)次に来る登山者を死に引きずり込もうと、「血まみれ」で手ぐすねひいて待っている…。
なぁーんてお話になっちゃうわけですね(笑)


 とまぁ、山の怪談を否定するようなことばかり書いちゃいましたけど。
 でも、山っていう所は、極々たまぁーになんとも不可思議な事の起こる場所であるっていうのも確かです。
 それは、人がいないからなのか、それとも人がそこに入り込んで様々な思いが繰り広げられるからなのか、まぁそれはわかりませんけど。

 ま、これは人がいないゆえのお話になるんでしょうか?
 東京近郊の私鉄沿線にあるZ山域。
 それこそ、そのZ山域の代表的な山の山頂から麓まで(2時間くらい)降りて。さらにバスと電車を1時間から1時間半くらい乗り継げば、そこは都心の雑踏みたいな、そんなエリアですよ。
 山麓だって、登山口まで普通にベッドタウンが広がっているような場所なんですけど、でもそこから1時間か2時間登った山小屋の軒先には、「狐」に化かされないための用心として、油揚げがぶら下がってるんです。
 それは、現代でも。
 そして、その小屋番のおじさんは、その小屋に時々やってくるという「狐」を心の底から怖がっている……

 まぁ昨今の実話怪談に慣れ親しんだ怪談ファンなら、そんな程度のお話は、鼻で軽く笑って終わりなのかもしれません。
 でも、そんな現代の実話怪談ファンでも、実際に人っ子一人いない登山道の脇に立つそんな山小屋で、くる日もくる日もずっと一人でいたとしたら…

 私がその山小屋のおじさんに聞いたのは、ある時気がついたらその山小屋の土間に一匹の狐がちょこんと座っていて、山小屋のおじさんの一挙一動をじーっと見ていた。
 はっと気がついて、「狐」と目を合わせた時の、その心の中まで見通してくるような目の気味悪さときたら……

 と、下界で聞いたら、全く他愛もないようなお話でしたけど。
 でも、真夏だというのに冷たい霧雨が降り続き、まわりに見えるものといったら、一面真っ白な霧とその霧に浮かびあがるように立つ、木々の黒の濃淡だけ。
 どこまでも静まり返っていて一切何の音もないのに、何か絶えず何かの音がさざめいているような──霧雨が木々の葉にあたる音?──そんな幽玄極まりない世界の中で聞かされると、山小屋のおじさんが感じたであろう気味悪さがリアルに伝わってきて…

 まぁそんな、もうあの山小屋のおじさんの顔すら思い出せないような古い記憶ですけど。
 でも、あの時のその静まり返った山小屋の中の様子と、霧の中に見えなくなっていく登山道の光景だけは、不思議と今でも鮮明に思い出すことができます。

 実はそのZ山域というのは、この45話目「滝の上の会話」の舞台となった所でもありまして。
 都心から近く交通の便もよいので、尾根道には気軽なハイキングコースも多い反面、その尾根の上のハイキングコースからわずか下を流れる数々の沢では遭難事故も多々起きています。
 いや、尾根の上のハイキングコースだって、そこは標高1000~1500メートル前後の稜線の世界です。
 ふとした拍子に、下界とは違う「異界の顔」を見せることはあるわけで……




 ある年の3月の下旬のこと。
 Iさんは、いつもの山仲間(高校の山岳部以来の仲間)のTyさん、Tsさん。 さらに本格的な登山は初めてという、やはり高校以来の友人のYさんという、気心の知れた4人で1泊2日の予定でZ山域の主稜縦走に出かけたんだそうです。

 Z山域だから、3月の下旬に根雪ということはない。
 ただ、そうは言っても雪は、登山道の所々にカチンカチンのアイスバーンとして残っていたり、あるいは溶け出して脛までもぐるような泥道になっていたり。
 それはまったく、雪の方がよっぽど始末がいいって感じで。
 でも、その山行でそれよりも始末が悪かったのは、実は風。
 登り始めの時はそれほどとは思わなかったのだが、ひとたび稜線に出てからは…
 遥か彼方からゴーっという、その凄まじい音が聞こえてきたと思うと。
 それは、あっという間に体や背中のザックにとバーン!とぶつかってきては、辺りをグルグル回りながら吹き抜けていく。
 その風の強さときたら。Iさんたち、吹き飛ばされるんじゃないかって怖くなっちゃって、思わず登山道にしゃがみこんでしまうことも度々。

 それがあったのは、そんな山行中のことだったとかで……




 ―── 本日これまで!(その2に続きます)
                         76話目-その1〈了〉 メルマガ配信日:11.10.2
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2012
10.07

怪談って何?~その6

 実は、怪談ファンには悪いクセがありまして。
 それは、怪談というモノに、何故か実話or非実話のボーダーラインと引きたがるってこと。

 だって、怪談ですよ、怪談。
 怪談なんて、ぶっちゃけ、「オバケが出た時点でウソ(つまり、非実話)に決まってんだろー!」なんて言う人、世間には普通にいるっていうのに(笑)

 いやもちろん、そこは私も怪談ファンなんでー。
 怪談ファンが実話or非実話にこだわる理由は十分過ぎるくらいに理解るつもりです。
 つまり。怪談の面白さっていうのは多くの場合、怖いか怖くないかってこととニアリィイコールなわけです。
 実話っていうのは、文字通り本当にあったことってことですから、本当にあったことなら当然怖いし。反対に、非実話なら実際にはなかったわけですから、まぁそんな怖くない。
 怪談っていうのは、何より「怖い」ってことを楽しむエンターティメントですから、「怖いお話」が尊ばれるわけです。となると、怪談においては、当然「実話」ってことが重要となってくるわけです。
 ゆえに、怪談ファンは実話or非実話ってことにこだわるんでしょう。


 もちろんそれはわかるんです。
 わかるんですけど、怪談の肝である「怪異な出来事」というものに対して、実話か実話でないかと(誰もが納得出来る形で)判断する基準は、少なくとも今現在一切存在しないわけじゃないですか。
 体験した本人が「怪異な出来事だ」と言ってしまえば、その怪異な出来事そのものを第三者が否定することは絶対出来ない。それが「怪談」というものですよね。
 つまり、怪談に実話or非実話のラインを引くというのは、まず不可能だと思うんです。

 もちろん、個々人がそれぞれに「これは信じられるけど、でもこれはウソかなぁ…」っていうのはアリでしょうし。また、それがあるがゆえに実話or非実話という議論になるんでしょう。
 でも、誰もが納得出来る「これは実話。あれは非実話」というライン引きというのは絶対に出来ません。
 というか。それって、怪談なんて特に好きでもない世間の人からしたら、「オバケが出た時点でどんなお話だってウソに決まってんだろー」って笑われるだけだと思うんですよねー。

 「実話怪談」という言葉がありますけど、「実話」が謳い文句の怪談のその「実話」というのは、どんなお話であっても所詮は自己申告にすぎないわけじゃないですか。
 今の「実話怪談」というのは、体験者がその自らの体験を「あれはオバケだった」「あれは怪異な出来事だった」と結論付けてアウトプットしてしまえば、それが「実話怪談」ということですよね。
 ぶっちゃけ言っちゃえば、その時寝惚けていて夢と現実ごっちゃにしたんだとしても「幽霊を見た」としてしまえば、それは「実話怪談」になるわけです。現に実話怪談というのは、就寝中のお話というのが非常に多いですよね。
 また、やはり多いシュチエーションとして心霊スポットがありますが、「出る」という噂の所に、怪談を好きな人たちが「出る」ことを期待して行って、期待通り見て帰ってきたっていうのは、はたして「実話」になるんでしょうか?
(いや、もちろん。いわゆる「実話」な出来事だってあるとは思いますけど)
 心霊スポットに行って、一人は見て一人は見なかったとしたら。はたしてどっちの人の体験が「実話」なんでしょう?
 いやもう変な話。怪談に実話or非実話のラインを引くっていうのは、怪談というのが怪しいお話である以前に「その実話or非実話を決めるラインが一番怪しいじゃん」ってことになりかねないと思うんですよねー。


 とはいえ。数ある怪談の中には、実話か非実話かを判断するってことが可能なお話があるのも事実です。
 それは、その怪談話の怪異な部分でなく、日常の部分や通常の部分に明らかな齟齬があるお話です。
 その典型的な例が、怪異の語り手(体験者)がお話の最後で死んじゃうパターンです。
 いわゆるお話を聞いた後に、思わず「その死んだのって、誰がどうやって知ったの?」って言ってしまう類のお話。

 また、その当時なかった物が出てきたり、あってもそれほど普及してなかった物が(なんの注釈もなしに)普通に出てくるお話なんかも日常の部分や通常の部分に齟齬のあるお話と言えるでしょう。
 さらには、公務員や教職員等、幽霊的な事を公に肯定してしまったら社会的に追及されるみたいな、その立場の人だったら絶対そういうことは言わない・行動しないようなことを、お話の中で平気で言ったりしたりしているお話も同じでしょう。

 いや。怪談というのは、あくまで個人の体験の記憶を、個人or他人がその知識や感覚というフィルターを通した上で「お話」としてアウトプットしたものですから。
 当然、そこには思い違いや勘違い、思い込み、さらには人間なら誰でも無意識にしてしまう記憶の合成や改ざん等で齟齬が出てきてしまうというのはある程度は仕方のないことなんだとは思います。
 また、怪談に限らず自らの体験を文章にした経験がある人ならわかると思うんですけど。
 文章にするというのは、詳しく書こうとすればするほど、微妙な乖離というものが自然発生していくものですよね。

 ただ、まぁ友人知人との間で楽しむような怪談はともかく。他人に提示する怪談(コンテンツ)の場合は、そういう日常や通常の部分の齟齬にもう少し注意をはらうべきではないかと思うんですよねー。
 なぜなら、お話の中で受け手がそういう齟齬を発見してしまうと、受け手はどうしたってそのお話に対して「リアルさ」を感じなくなってしまうからです。

 例えば、怪談本を読んでいて、70年代のことなのに携帯電話が出てくるお話があったとしたら、誰だってそのお話の信憑性を疑いますよね。 
 それどころか、そんなお話を平気で載せているその怪談本そのものの信憑性を疑うかもしれません。
 怪談に接している時に受け手が、そのお話に一度でも疑いを抱いてしまったら。受け手はそれ以降のお話を、注意深くいちいち考えながら接するはずです。
 実は、怪談というのは考えてしまったら、途端に怖くなくなるものです。

 何度も言いますけど、怪談というのは怖いということを楽しむエンターティメントです。
 怖いということを楽しみたいからこそ、「実話」ってことにこだわるわけです。だからこそ、「実話怪談」の「実話」っていう二文字に魅力を感じて、そのお話に接するわけです。
 なのに、(例えば)怪異の語り手が最後に死んでしまったら……


 今の「実話怪談」というのは、頭についている「実話」の二文字に甘えすぎはしないでしょうか?
 最初にも書きましたように、怪談ファンが実話or非実話にこだわるのはとてもよくわかる気はします。わかる気はするんですけど、でもそのボーダーラインというのは人によって千差万別です。
 ある人がそのお話に真実味を感じたとしても、別の人もそう感じるとは限りません。
 オバケや幽霊ってモノが何なのか、明確に答えられる人がこの世に存在しないように。その「怪談」が、実話か実話でないかを正確にシロクロつけられる人もこの世には存在しません。
 なら、そんなことよりも。むしろ、「実話」の二文字を付けることに甘えている現在の怪談の世界から脱却して。怪談ファンでない人にも怖がって楽しんでもらえるお話(怪談)を流通させるってことの方が大事なのではないでしょうか。
 「実話」というのは、頭に「実話」と付いているか否かで決まるのではありません。受け手が、そのお話の内容にリアルさを感じられるか否かで決まるのだと思うのですがどうでしょう。

 何より大事なのは、面白い怪談話が世に一つでも多く出てきて、それを楽しめるってことですよね。
 でも、ハッキリ言って。現在の「実話怪談」の世界観では、怪談なんて特に好きでもない人は、とてもじゃないけど自らの不思議な体験を語ろうって気にはなれないんじゃないでしょうか。
 怪異な出来事・不思議な出来事というのは、別にアイツはその手が好きそうだからor嫌いそうだからと選り好みして訪れるわけではありません。
 つまり。世には、話したいんだけど「こんなこと話したら、笑われるんじゃないだろうか」と話されることなく埋もれている面白い怪異な出来事・不思議な出来事がたくさんあるはずなんです。
 怪談ファンが、そういう埋もれしまっている面白い怪談話を楽しみたいのなら。
 怪談ファン自らが「怪談」ってものを、怪談なんて特に好きでもないって人でもソレを話しやすいようにしていくことだって必要なんじゃないのかなぁって思うんですよねぇ……って、それこそホント「どーでもいい!」!?(笑)
 






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2012
10.06

46話目

Category: 怪談話

 山ブーム…。
 どーせまた消費のための流行なんじゃねーのぉ~って思っていたんですけど。
 それにしちゃずいぶん流行ってるようで(でも、あんがいと流行り最後の盛り上がりだったりして…笑)
 ただ驚いたのは、TVで普通に山登りぃ~って番組があること。
 たまたまTVの番組表を見ていたら、土曜の朝6時『大人の山登り』って番組があって。
 http://www.tv-asahi.co.jp/yama/
 まぁねぇ。土曜の朝6時かぁーって思わず笑っちゃったんですけど、とはいえ山といえば早起きが鉄則ですから(6時でも遅いくらい?)。

 しっかしまぁ。
 山の番組があるってだけで充分すぎるくらい驚きだったんですけど、初回が篭ノ登山って、なんだかやけにシブいとこついてきたなーって。
 思えば、学生時代に山に登っていた頃。
 山がTVに映るなんて、夏山シーズンに突入した頃の朝のニュースか、正月くらい――それもまず北アルプスだったよなぁーって。
 篭ノ登山をTVで見ることが出来るなら、山ブームって大歓迎かなーって思ってしまいました。
 とはいえ。
 山って、考えたみたら6年前の秋に金時山行って以来、とんとご無沙汰だよなーって(笑)
 というわけで、46話目も山のお話。




 これも最近教えてもらった山のお話です。
 場所はとりあえずQ山としておきますが、結構人気のあるハイキングコースですから、「あれっ?もしかしてあそこのことだったりして…」ってわかる方も多いかと思います。


 Oさん、何年か前のこと、デジカメを衝動買いしちゃったんだそうです。
 で、無性に写したくなって…。
 Oさん、その頃は東京からみて北の方の某沿線周辺にある山をハイキングすることが多かったとかで。ということで、そのエリアでまだ登っていなかったQ山に行くことにしたんだそうです。

 そのQ山。
 最初は快適だったそうです。
 紅葉の盛りはとっくに過ぎちゃったものの、11月にしてはちょっと暖かいかな?みたいな超どピーカンの日。
 もう、仕事のことなんか、頭の中からきれいサッパリ消えちゃって。
 ところが半分くらいまで登った辺りから、道がやけに急になってきて運動不足でたるみきった体にはとにかくキツイ。

 山には、急登の途中ではなるべく休憩しないっていう不文律(?)があるのですが、もうそんなこと言ってられなかったそうです。
 とてもじゃないけど息が切れちゃって、足が前にいかない。
 この程度の登りを一気に上がれないなんて、俺も体力ずいぶん落ちたもんだなぁーなんてことを思いながら、下を見ながら休憩。
 というのも、これから登らなきゃならない上を見てたらウンザリしてくるからっていうんだから相当です(笑)

 そんな中、Oさんはふとガイドブックに書いてあった一文を思い出したとかで。
 「Q山は、戦国時代には遠見として使われていたらしい……」
 Oさん、思わず辺りを見回しちゃって。
 戦国時代の連中って、こんな急な道を駆けずり回ってたんだなー。
 いやぁー、オレには出来ねぇー出来ねぇー。

 Oさん、急な道にヒーハーヒーハー息も絶え絶えになりながらも。でも、おニューのデジカメを写すことはしっかり忘れなかったそうです。
 まぁとかなんとか言って、写真を撮るのにかこつけて休憩してたんじゃねーの?って気もするんですけどね。
 ただ、さきほども言いましたように、秋のどピーカンの日ですから、それこそ何を写したって絵になったそうです。

 1000メートルそこそこの山。
 そんなことやってるうちに道は緩やかになってきて…
 木がまばらになってきたなぁーなんて思ってたら、そこからちょっと行った所が頂上だったそうです。

 頂上に着くと視界がうわーって感じで開けていて、もう大パノラマ!
 何度も言うようですけど、秋の超どピーカンの日。
 空は青くどこまでも高く、まわりの山々がずっと連なっていて、その合間に下界が伸びやかに広がっている……

 Oさん、もちろんここで昼食タイムです。
 家から持ってきた缶ビールをプシュっとばかり開けてグビグビやりながら、おニューのデジカメで写した写真を見たり。
 さらに、カップラーメンのお湯を沸かしながら、おにぎりも頬張ります。
 おニューのデジカメ、なかなかいい感じだったとかで、Oさん、すっかりご満悦。


 そんな、あまりの気持ちよさにすっかり長居してしまったOさん。
 さてそろそろ行くかと、時計を見ると12時半をちょっと過ぎたくらい。
 P駅までは、ガイドブックによると2時間弱くらいですから、途中の休憩を入れても余裕で3時半前には着くだろうと。
 いそいそと身支度をしてザックを背負って、忘れ物はないかとまわりをキョロキョロしていると、ふと小さな古い石の祠が目について。
 近寄ってよく見ると、苔むしていてかなり古い物のよう。
 もしかして、このQ山が戦国時代に遠見として使われていた頃のものなかのかな?なんて、なぜかしばらく見ていて…。
 ふと、軽く拝んで出発。

 山頂直下の下りは、一気に急降下。
 いやもう爽快だったそうです。
 とはいえ、すぐにだらだらした下りになってしまったとかで。
 まぁそこは低山ですから。

 あいかわらずのいい天気。
 遥か遠くには、秋の空を映した湖面が真っ青に輝いていて。
 あれは、どこの湖なんだろ?なんて思いつつも、面倒で地図を見る気にもなれない。

 そのくせ、おニューのデジカメは下りで体力的に楽なこともあって、登りの時より大活躍。
 そんなことをやっていたら、ちょっと開けた場所に出たとかで。
 古ぼけた案内看板があるので読んでみると。
「へぇー。ここって古戦場なんだー。」
 といっても、何があるってわけでもなかったそうです。
 一応史跡ということで整備したのか、木を少し切って草刈りもしてあって。
 Oさん、その場所が妙に気に入っちゃったとかで。しばらくその辺を歩き回って、土地のデコボコを眺めては往時を想像して楽しんでいたといいます。

 そんな時、ふと。
 目に入ってきた、なにやら板で作った屋根みたいなもの……
 いや、それは古いものではなくごくごく最近作られたもの。
 Oさん、なんだろう?って前にまわったんだそうです。
「…っ!」
 いやもぉ。思わず息を呑んじゃったっていいます。

 そこにあったのは、石の六地蔵。
 古いものなのか新しいものなのかさっぱりわからなかったそうですが、そんなことよりも驚いたのは、その六地蔵、一体残らず首がない。
 Oさん、一瞬ギクっとして「イヤなもの見たなー」とも思ったらしいんですが、そこはしつこいようですがその日は超どピーカン。
 わずかに傾きかけた秋の日差しの中、それはむしろあっけらかんとした感じで。
 後で思うと、その六地蔵の上のいかにも応急って感じの木の屋根も、そんな不気味とか気味悪いとかそんな気持ちにさせなかった要因かもしれないと、Oさんは言います。
 とはいえ、そういう場所でのんびりした気にもなれるわけもなく、早々にその場を退散することにしたんだそうです。


 道は山腹を右に曲がったり、左にまがったり。
 所々木々が開けていて、ずいぶん下に来たことがわかります。
 疲れてきたものの、まだ休むほどでないかなと先を急ぐOさん。
 藪の中を右に曲がったり、左に曲がったり。
 そんな道を下っていたら、意外にあっけなく林道に出たんだそうです。
 まだ日は高かったらしいのですが、林道は深い谷沿いにあって、おまけにまわりは杉の植林帯。
 ずいぶん薄暗かったらしいです。


 沢の流れる音しかしない薄暗い林道をしばらく黙々と歩いていると、なにやら前がぱぁーって明るい様子。
 この暗い植林帯、やっと終わってくれたのかな?なんて思いながら、道を曲がると、そこは道のすぐ脇をきれいな沢が流れている所。

 Oさん、そこで休憩することにしたんだそうです。
 ザックを降ろして、沢の水で顔を洗って。
 その冷たさが心地よくって、シャキッとする感じ。
 そして、「大丈夫だよな…」ってつぶやいて、ちょっと飲んでみると。
「うまっ!」
 まろやかで、ほのかに甘くて。
 もう、咽喉につるーって入ってくる感じだったそうで、Oさんずいぶんゴクゴクと飲んだらしいです。
 ふーっと一息ついて。
 日の暮れる時間にはまだまだだったそうですが、なにせ秋のことだからって早々に歩き出したといいます。

 それは、その場所から少し行った所。
 曲がった先は杉の植林帯が切れてるみたいだなぁと思っていると、そこは、沢が道の上を跨ぐように溢れている。
 Oさん、最近大雨なんて降ったっけ?なんて思いながらジャブジャブ歩いていて、ふいに変な気持ちに襲われたんだそうです。

 と、平たく言ってしまうと状況が伝わりにくいのでしょう。
 まぁわかりやすく言うと、Oさん、なにやら急に淫靡な気持ちに襲われたんだとかで。
 それと、なんだか体がフラフラするような…
 視界が極端に狭くなって、まわりがぼんやりしてきて。
 五感が外に向いてるんじゃなくて、全て体の内に向いているような、そんな感じ。
 脈拍が、ドクンドクンと打っているのが体のあちこちで感じられ、その音がまるで体の中で反響でもしてるかのように、しきりと聞こえてくる。
 視界はさらに狭まっていき、それとともに首の後ろがゾワゾワゾワーーーって感じに締まっていって……

 足元をちゃぷちゃぷ洗っている水の感じはわかるんだけど、今自分は地面を踏みしめているのか、それとも宙を踏みしめているのか、なんだかさっぱりわからない。
 Oさん、実はそんな様々な感覚の中でも一際強く感じていたのはお腹の下あたりだったんだそうです。

 この話を話してくれた時、Oさんはやたらと照れながらも、でも真剣な顔で「変な話だけど、あんな気持ちいい感じ初めてでさ…」って。
 「なんの話やねん!」って聞いた方としては思わず大爆笑だったんですけど。
 でも、Oさんにしてみれば、その時はそれどころじゃなかったそうです。

 いや。自分は今、道を歩いているんだっていう感覚はあったらしいです。
 狭められた視界とはいえ、ほんのわずかな隙間ながら前が見えていて、自分はそこを進んでいるんだっていう風に風景が移り変わっていって。
 とはいえ、やはりいま自分は立っているのか?それとも逆さになっているのか?はたまた横になっているのか?って感じ。
 そのくせ足の下の地面の感覚はおぼろげながらもあって、なおかつ足を左右交互に出して歩いているというのも感じられたといいます。

 そんな中、ふいにどこからともなく聞こえてきた異様な声。
 それは、「うぅぅっ!うぅぅっ!」って……。
 ずっと続いているお腹の下辺りの快感を感じながら、いったいこの変な声って何の声なんだろうって、虚ろになった頭で思っていると、
「あれ、この声ってどこかで聞いたような?どこでだろ…?」
 ふいにそれが自分の声だって気がついた時。
 いきなり腰が抜けたように、スーっと体が沈んでゆく……


 つい今まであった視界の隙間が、今は皆無。
 ぼやけたような木々の緑色や空の青い色が、視線のすぐ上でぐるぐる廻っているような感じで、それはまるで水の底から見てるような光景。
「俺は、もしかして沢の中で倒れたのか…?
 だとしたら、起きないと溺れ死んじゃう…」
って、体のどこかから危険信号を発しているんだけど、頭も体もさらなる快感を求めてズブズブと沈んでいく……

「あー、俺、ここで死ぬんだなぁ…。」っていう思い。
 それとともに、きゅぅっと収縮していく意識。
 しかし、それはあまりにも気持ちがいい……・・・ ・ ・  ・


 パーン!
 最初は、目の前で火花が散ったような感覚だったそうです。
 その感覚の後、うすぼんやりした視界の先になにやら顔のようなものが見えてきて。
 それが次第にハッキリした像として結ばれる。
 気がつけば、それはいかめしい顔をした女性……
 …!?

 その女性のいかめしい顔つきが、ふっと緩んで。
「気がつきました?」
「……。」
「そこにベンチがあります。とりあえずそこに座って。」
「…!?ベンチ…?」

 Oさん、その女性に肩を借りて横にあったベンチに座らせてもらったんだそうです。
「フラフラやって来るからビックリしましたよ。
 道をあっち行ったりこっち行ったりで…。」
 フラフラ?道をあっち行ったりこっち行ったり…?
 今の自分の状況こそわかってきたとはいえ、まだどこかぼーっとしているOさん。
「大丈夫ですか?
 大丈夫だったら、いま暖かい飲み物持って来ますから、ちょっとここに座っててください。」
「暖かい飲み物…!?えっ、ここは…?」
「ここはP神社です。わたしはここの者です。」
 よくよく見れば、親切そうな中年の女性。
 かすかに笑みを浮かべ、どこか品がある感じ…

「私は…。私は、いったいどうしたんですか?」
「大丈夫です。もう大丈夫です。
 ちょっと待っていてください。暖かい飲み物を持って来ますから。
 それをゆっくり飲めば大丈夫です。」
 その女性はそう言ったかと思うと、足早に向こうに行ってしまったんだそうです。
 その後を視線で追っていくと、Oさん、今自分が神社の参道のような所にあるベンチに座っていることがわかったといいます。

 先ほどの女性が走っていった先には建物があって…。
 社務所かなにかなのか…?
 参道はといえば、両脇に低い木が並木のようにずっと連なっていて。
 ただ、その参道をずっと行くと何があるのかは木々に阻まれて様子がわからない。
 あたりは高い木ばかり。
 歩いていた道の傍にあった沢からは、いつの間にか離れた所にいるのか、水の流れる音すら聞こえないシーンとした空間。
 いったいここはどこなのだろう?とザックから地図を出そうと思うのだけれど、Oさんそれが妙に億劫……


「さ、これをゆっくりゆっくり飲んでください。
 そうすれば大丈夫ですから。」
 戻ってきた先ほどの中年の女性は、そう言ってお盆にのった湯飲みを差し出す。
「お茶…?ですか…」
 お盆の上の湯飲みの中を見て、さらに女性の顔を見ると笑ってうなずいている。
 手に伝わる熱い感覚がほっと落ちつかせてくれ、それを口に含んだ途端さらにそれは強まって。頭の中が、サーっと霧が晴れるように冴えてくる。
「あー……。助かった…。」
 
 Oさん、そのお茶を飲んだ瞬間、思わず詠嘆口調でその言葉が出たといいます。
 そのくせ何が助かったなのか、全然わからなかったんだそうです。
 ただ、その言葉を聞いてニコッと笑った目の前の中年の女性の顔を見て、その助かったというのが間違いじゃないんだって確信したといいます。
 Oさん、その女性に聞いたそうです。
「私に、いったい何があったのですか?」と。
 しかしその女性、首を横に振ってかすかに笑みを浮かべるばかり。
「もしかして…。
 私は、この神社の神様に助けられた…
 ってことなんでしょうか?」
 まだ温かい湯飲みを両手でしっかり握って、Oさんがそう言うと。
「Q山を登られたのですよね?」
「ええ…。」
「Q山は確かにそんなに高い山ではないので、
 甘く見られがちなんですけど、急なところが意外に多くって、
 みなさん自分で思っているよりも疲労が溜まる山みたいですよ。」
「そうなんですか…。
 あ、これ、ありがとうございました。
 ホントおかげで助かりました。」
 そう言って湯飲みを差し出すと女性はお盆で受けて、ニッコリ笑う。
「いえいえ、どういたしまして。」
「あのー…。
 神社の神様に、お礼に拝ませてもらおうかと思うんですけど、
 この向こうでいいんですか?」
 Oさんが参道の奥を指さしながらそう言うと。
「それはかまわないのですが…。
 でももうすぐ日が暮れますよ。
 駅まではここからまだ1時間以上かかります。
 この辺はタクシーもありませんし、
 先を急がれた方がいいと思いますよ。」

 Oさん、その時はその女性の言う「もうすぐ日が暮れますよ」という言葉に思わず慌ててしまったんだそうです。
 何がなんだかわからないものの、あんな変な経験をした後だけに、初めての場所で日が暮れるというのはどうしても嫌で。
 慌てて立ち上がって、その女性への挨拶もそこそこに、参道を鳥居の方に向かって歩き出したんだそうです。


 ふと、鳥居の所で振り返ったOさん。
 先ほどのベンチのところにあの女性が立っていて、Oさんの方を見て頭を深々と下げている。
 思わずOさんもその場に立ち止まって頭を下げたんだけど、なんだかふと変な気持ちになって。
 後は、もう後ろを振り返ることなく女性が教えてくれた道を急ぐことにしたんだそうです。

 そして、またもや杉が生茂る暗い道。
 しかし道幅は先ほどの道とは違ってクルマ2台が通れるくらいの広さ。
 下は砂利が敷いてある。
 おまけに10分も歩かないうちに集落に出て、Oさんはほっと一息。

 小さいながらも段々畑があって、思ったよりも全然明るい西日に照らされ、地元の人が農作業しているのが見える。
 しばらく歩いていると、前から農作業着姿のおじさんがこっちにやってきて。
 Oさん、そのおじさんに駅までの道と時間を聞いたんだそうです。
 すると、
「えぇっ、駅ぃー?
 駅ならそこ曲がって、通り渡ってすぐだよぉー。」
と、なんだかやけにのんびりした声。
 Oさん、さっきの女性の言ったこともあり、そんな近いはずはないと。
「えっ、鉄道の駅ですよ…。Z線のP駅なんですけど…。」
「だから、Z線のP駅はそこ曲がって通り渡ってすぐだよぉー。
 こんな田舎に駅なんていくつもあるもんかね。」
 おじさんは、やはりのんびりした口調でそう言って笑いながら、Oさんが来た道を登っていってしまったんだとかで。

 Oさん、首をかしげながらも、
「まぁ田舎の人のすぐは、とんでもなく遠いって言うからなぁ…」って歩き出したんだそうです。
 しかし、おじさんの言う角を曲がって通りの向こうに見えたのは、間違いなく駅。
 通りには、「P駅入口」という案内看板も立っている。
 あの神社からどう考えたって20分くらいしか歩いてない感じなのに変だなぁーって思いながらも駅に向かうOさん。
 ふと駅舎の時計が目に入って…。

「えっ!まだ3時半!?ウソっ!」
 慌てて自分の腕時計を見ると、やっぱり3時半をちょっとまわったくらいの時間。
「!?」
 まわりを見回せば…。
 西の空、ずいぶん赤みを帯びてきたとはいえ、まだまだ高い所に輝いている太陽。
 振り返れば、ぼこっと一際高いQ山の頂が西日に照らされている。
 やはり西日に照らされているその下の山腹。さらにその下には先ほど見た段々畑。
 ところどころ畑で働いている人の姿さえ見える。
 それは、どう見たって1時間もかかるような距離とは思えない。

 もう一度自分の時計を見るOさん。
 その駅舎の時計と同じ時刻をさしている自分の腕時計を見て、ふとあの神社に今から行ってみようかと思ったんだそうです。
 でも、そう思った途端、ゾクゾクってきたなにか…
 Oさん、即座にくるりと後ろを向いて。
 ポケットからデジカメを出して、駅の写真を1枚だけ写して駅舎の中に入っていったといいます。



 Oさん、現在でも時々、自宅のパソコンに入っているあの日のQ山の写真を見ることがあるんだそうです。
 そのたんび、古戦場の写真から一気に飛んでいる駅舎の写真までの「一時間強の空白」について考えるといいます。




46話目終わり。フッ!
                  ――─第46話「一時間強の空白」 メルマガ配信日:10.2.14
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