2012
07.28

31話目

Category: 怪談話

 前の2つのお話。それと似たような記憶が、実は私にもひとつあるんです。
 ただ、どうなのかなぁー。
 似ているような気もするし、似ていないような気もする…。
 ほのかに甘酸っぱいような味わいがある、その「記憶」のお話です。


 何年か前のこと…。
 8時か9時くらいにTVを見ていたのですから、その日は早く帰ってきていたのでしょう。それとも祭日だったのか?

 特に見るともなくTVを見ていたんです。
 ちょっと見ては、すぐリモコンでチャンネルを変える、そんな見方です。

 ふと、あるバラエティ番組に目が止まって…。
 それは、その頃人気が出だしたタレントが何人かが順番に出てきて、司会のタレントに生い立ちや、いままでのエピソードを話するトーク番組みたいな番組でした。
 その番組に出ていたある女性タレントに目がとまった瞬間、思わず声を出してしまったんです。
 なんとその女性タレント、昔の友達だったからです。

「あれっ!このコ、(────じゃんっ!)」
 しかし、実際に声になったのは、「あれっ!このコ、」まででした。
 そこから先の「────じゃんっ!」は声にならなかったんです。口がアウアウ言うばっかりで…。

 なぜなら、「────じゃんっ!」の「────」の部分、つまり名前とそのコとの記憶がどうしても出てこなかったんです。
 たんに、ど忘れっていうんじゃなくって、そのタレントを見て、「あれっ!このコ、」と言うまではその名前も記憶も確かに存在していたのに。
 それが「あれっ!このコ、」まで言って、いざ名前を言おうとした瞬間、記憶がどこかに消えてしまった。
 そんな感じなのです(まさに29話目のBさんと同じです)。

 頭の中で、その記憶が保管してある引き出しがどこにあるかもわかっているのに、その引き出しの取っ手をつかもうとする度、なぜかその隣や上下、あるいは斜めにある別の引きだしの取っ手を掴んでしまう。
みたいな感じ…。
 あるいは、こう言ってもいいかもしれません。
 ドーナッツの穴みたいに、確かに存在しているんだけど、でも無い。


 もうTV番組なんて頭に入りません。
画面に映るその女性タレントを見つつ、頭から記憶を引っ張り出そうと七転八倒です。
 
「ほら、あの時だよ。あの時、ほら、────。……。えぇぇっ!?」
 同じです。
 そのコとの記憶は間違いなくあるのに、なぜか具体的な記憶が頭の中で形作られる瞬間、その記憶がどこかに行ってしまう。
 イライラすると言ったらいいのか、ものすごく気持ちがワルイと言ったらいいのか…。
 気がついた時は、その番組はとっくに終わっていました。


 ところが…
 ふいにある記憶が蘇ったんです。
 それは、思い出すのをあきらめて、もう寝ようとした時でした。

「そうだよ!いつだったか、
 夕方にあのコの家に借りていた本を返しに行ったじゃん!
 玄関のとこで、しばらく話しして…。」

 玄関の横の壁にもたれかかったあのコは、クリーム色のリブのセーターを着ていました。
 ということは冬だったのでしょう
 そういえば、その時の記憶にある夕陽の感じは、立春をすぎてやっと春らしくなってきた頃の色合いのようです。
 
「そう!あの時のコじゃん!家を出て道を左に行って、
 3軒隣の家の角を曲がった坂の途中にある家。
 ちょっと洒落た感じの家で──。」
 そこまで思い出して、ふいにかき消されるように薄れていく記憶……

 気がついたんです。
 家を出て道を左に行った3軒隣には、曲がり角が無いことに…。
 曲がり角があるのはもっと先です。
 なら、その実際にある角を曲がって、坂をあがった所にそんな洒落た家があるのか…

 いや、そんなものあるわけないのです。
 そこは、ずっと資材置き場になっているからです。



 人の記憶というのは、実は自分で思っているよりも全然あてにならないものなのだそうです。
 別の記憶を結合して憶えていたり、思い込みが全然別の記憶を創ってしまったり…。
 時間が経てば経つほど薄れていくはずの記憶が、逆に細部にわたって鮮明に偽りの記憶を創りあげていくなんてことだって、普通に誰にでもあるものなんだそうです。

 常識的に考えるならば、私のこの記憶も、29話目のお話のBさんの記憶も、そんな風に脳の中で別の記憶が結びついたりして出来てしまった偽りの記憶なのでしょう。

 とはいうものの。
 今でもTV等でその女性タレントを見ると、頭の中には形をなさない記憶のようなモノが蘇るんですよね。
 モヤのようなものに包まれていて、ほのかに甘酸っぱい味わいのする記憶のようなモノが…




31話目終わり。フっ!
             ――― 第31話目「甘酸っぱい記憶」メルマガ配信日:09.12.30
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2012
07.28

30話目

Category: 怪談話

 ところで、29話目の「彼の記憶って…」っていうお話。
 もしかしたら、「似たような話を聞いたことあるなぁ…」と思った方がいるんじゃないでしょうか?

 そうです。その通りです。
 私もこのお話を聞いたとき、光瀬龍の体験談とソックリじゃん!って思いました。
 光瀬龍といっても、今となってはわからない人の方が多いかもしれませんけど。

 光瀬龍というのは、もう亡くなってしまいましたがSF作家です。
 『百億の昼と千億の夜』の作者といえば「ああ…」って思い出す人も多いかもしれません。
 その光瀬龍の作品のひとつに『明日への追跡』というのがあったんですが、そのあとがきに書かれている光瀬龍本人の体験談。29話目のお話は、それととってもよく似ているんです。
 『明日への追跡』はもう絶版なので、そのあとがきに書かれていることを簡単に記しますと。



 光瀬龍が中学生の時、1人の男子がクラスに転校してくる。
 時、戦時中。
 空襲がひどくなってきた東京の中学校に、転校生というのは珍しかった。

 光瀬少年は、ある日なにかの用事でその転校生の家に行き、二人で話していると、隣の部屋から転校生の妹と思われる少女が現れる。
 その少女は、なぜか室内なのに乳母車のようなものを押していたりする。 

 やがて、転校生が立ち上がり、「今日この家に爆弾が落ちる。だから早く帰った方がいい。たぶん学校はやめることになるだろう。」そう言って、光瀬少年をせかすようにして帰す。

 帰る途中で鳴りだす空襲警報。
 その日の空襲は特にひどかった。
 空襲警報が解除され、転校生の家に行ってみると、その家は爆弾の直撃で跡形もなかった。
 それ以来彼の消息は一切不明。
 
 あとになって、その転校生の顔と名前がどうしても思い出せない光瀬氏が、同級生に聞くと、やはり誰もがその記憶だけをいつの間にか消されてしまったかのように、それを思い出せない。


 光瀬龍は、そのあとがきの最後にこう書いています。
 「私は時々思うのです。
  もしかしたらあの二人はまだ中学生で、どこかの中学校にもぐりこんでいるのではないだ
  ろうか?
  私たちには想像もつかないなにかの理由か目的で。」


 Bさんからお話を聞いたとき思ったんですけど…、
 このBさんや光瀬龍のように、妙な同級生の記憶を持っている方って、もしかしたら、他にもたくさんいるってことはないでしょうか?
 それは、もしかしたらこれを読んでくださっているあなたにあるのかもしれません。
 いや、あなたに記憶がなかったとしても、あなたの友人にはうっすらと記憶が残っているかもしれません。

 そして…
 今日もどこかで、彼らはふいに学校の親しい友人達に別れを告げちゃ、スルリ消息を絶っているのかもしれません。
 友人達から、自分の記憶だけを消し去って……




30話目終わり。フっ!
  ――― 第30話目「彼は、今どこで何をしているのだろう?」メルマガ配信日:09.12.29
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2012
07.21

29話目-後編

Category: 怪談話

 Bさんが、玄関の戸の脇のチャイムのボタンを押すと……。

 ピンポ~ン
 ちょっと遅れた感じで、家の中から聞こえてくるチャイムの音。

 そして。
 家の中からのバタバタという音が徐々に大きくなっていって。
 それがスリッパを履いた足音だってわかった途端、目の前の戸が勢いよく開いた。

 開いたその戸の隙間から覗いたのは、意外にもニコニコ笑った「彼」の顔。
 陰鬱な梅雨空。古びた陰気な感じの家。しかしそれだけは夏の太陽のようにパァーっと明るくて…。


 Bさんは、その体操着姿で元気そうな「彼」を見てちょっと呆気にとられたそうです。
 そりゃそうでしょう。学校をもう1週間以上休んでいたわけですから…。

「あれ?なんだ、元気そうじゃん。」
「うん。今日は随分調子がいいんだ。
 さっき先生から電話があって、Bクンがプリントを届けてくれるって言うから
 楽しみに待ってたんだぜ。
 誰もいないから上がれよ。」
 出てきた「彼」は、たぶんそんなことを言ったんだと思うといいます。

 狭く薄暗い玄関で靴を脱ぎ、やはり薄暗く急な階段を登って通された「彼」の部屋は、やはり薄暗い畳敷きの4畳半。
 ひとつある小さな窓の外には、雨に濡れそぼるどこか白っ茶けたエンジ色のトタン屋根が意外に大きく伸びていて。そのさらに向こうには、背の低い草がぼうぼう生えた空き地が広がっているのが見える。

 Bさん、その「彼」の部屋の窓から見えた、トタン屋根の白っ茶けた感じのエンジ色と、その向こうに広がっていた空き地の瑞々しい黄緑色の対比だけは、今でも鮮明に残っているそうです。
 しかし…
 それ以外の記憶は妙に曖昧糢糊としていて……


 「彼」の部屋には勉強机があった記憶があるらしいのですが、使い古された木製の机だった気もするし、その頃の小学生がよく使っていたスチール製の机だったような気もする。
 机以外に何があったのか?壁は?押入れかなにかあったのか?そういったことは、まったく憶えていないのだそうです。
 その時Bさんは、その部屋で「彼」と、たぶん2時間以上は話してたような記憶があるらしいんです。
 しかし、その内容となると、やはり何も憶えていない…。
 ただ、ひとつ。
 暗くなり帰ろうと立ち上がった時に「彼」と交わした言葉。その言葉だけは、内容が内容だけに、その言葉はシッカリ記憶に焼きついているといいます。

「Bクン……。実は僕さ、また転校することになっちゃったんだ…。」
「えぇぇっ!?」
「7月中には引っ越ししなきゃならないんだ。
 だから、もう学校で会うことはないかもしれない…。
 Bクンにはスゴク仲良くしてもらったんだけど、
 もしかしたらこれでお別れかもしれない。」

 それが、Bさんの「彼」との最後の記憶なのだそうです。
 もちろんその後、何かやりとりがあって「彼」の家を出たと思うのだけど、それから先は、一切憶えていないといいます。


 当時は、親の転勤等の都合で転校ばかりしている子供というのは、特に珍しくもありませんでした。
 学期が始まる時に転校してきて、学期が終わるとまたどこかに転校していってしまう子供は、クラスで常に5、6人くらいはいました。
 それどころか、学期の途中に転校してきて、その学期が終わらないうちにまたどこかに転校して行く。そんな子供だって決して珍しくはなかったのです。
 例のUクンも、2学期の途中にはBさんの学校にはいなかったといいます。
 そんな風でしたから、「彼」もそんな一人なんだろうと、Bさんは特に不思議にも思わなかったといいます。



 ところが…。
 「彼」との思い出ってなんだか変だな?と思うようになったのは、Bさんが6年生になった時のこと。
 6年になってすぐ、クラス対抗のドッジボール大会が開かれることとなって…。

 低学年の時ならばともかく6年ともなると男子は野球かサッカー。女子はバレーをすることが多く、「なんでドッジボールなんだよ!」と文句を言いつつも、クラスで練習をしていた時のことだったそうです。

「Bクンさ、3年の時みたく教えてくれよ。」
 そう言ったのは、3年生からずっと同じクラスだった友人Sクン。

「3年の時みたく…!?」
 Bさんは、Sクンが何を言っているかわからなかったといいます。
「ほら、3年になったばっかりの頃、
 班対抗でドッジボール大会をやったじゃん。
 班のメンバーが、オレとBクンと、あと女子。
 それからあのUクンでさ、もうビリ決定って感じだったのに、
 Bクンが練習でみんなにアドバイスしてくれて勝ったじゃん。」
「……!?」
「あれ?あの時の事忘れちゃったのかよ。
 Bクン大活躍だったじゃんかよ。
 みんな、いきなりBクンがうまくなったもんだから、アセってたじゃんか!」
 それを聞いたBさんは、Sクン何を勘違いしてるんだろ?って、思わず笑いだしちゃったそうです。
「なーに言ってんだよ。あの時は、オレじゃないって、────。…!?」

 その時Bさんは、「あの時は、オレじゃないって、」の後、「彼」の名前を言おうとしたんだといいます。
「あの時は、オレじゃないって。○○(彼の名前)がみんなに教えてくれたんだろう。」って。
 でも、それを言おうとしたまさにその矢先、「彼」の名前が頭からフっとなくなってしまったのだそうです。
 
 そんな「彼」の名前を思い出そうと四苦八苦しているBさんを見て、Sクンが言います。
「どうしたんだよBクン?」
「うん。なんだか急にど忘れ…。ほら、Sクン覚えてない?
 3年の1学期に転校してきてオレの班にいた…。
 ほら、あー、名前出てこない。えーと、ほら!アイツ!アイツ!」
「転校生?あの時、オレ達の班に転校生なんていたっけ?
 Uクンと勘違いしてんじゃないのか?
 Uクンが転校してきたのは2年の3学期だぜ。」
「Uクンじゃないって。オレとUクンともう1人…。
 ほら!あれ?なんだろう?どうしても名前が出てこない。
 あーっ、気持ち悪いなー。」
「あと1人って、あの時男子はBクンとUクンと、あとはオレだろ?男子4人はいなかったろ?」
「だーから。Sクンは違う班だろ。
 ほら、アイツだよ。あー、なんで思い出せないんだろ?」
「なんだよ。それ…。オレのこと忘れてんのかよ。
 それ、ちょっとヒドくねーか?」
 
 最初は、相手が勘違いの多いSクンだったこともあり、Bさんはもうしょうがないなぁ…って感じで話していたといいます。
 しかし、違う班だって言ったことでSクンが怒りだしてしまい、その後ちょっと言い合いみたくなってしまい、他の友人がどうしたんだと集まってきたんだそうです。
 その中には、やはり3年の時同じクラスだったEクンもいたので、Bさんは「もうSクンがいつもの勘違いでさ…。」みたいな調子で話したといいます。

 ところが…。
 そのEクンも「Bクンの班の男子は、間違いなくBクンとSクンとUクンだった。」と、Sクンと同じことを言うのだそうです。
 それでも納得しないBさんをみて、Eクンは3年の1学期の時にいた転校生の名を1人ずつあげだします。
 3人の頭の中に、それらの転校生の名前と顔の記憶が流れていきます。
 今でもこの学校にいるヤツ…。転校してしまったヤツ…。
「それで全部だぜ。」
 EクンとSクンはそううなずき合います。

「じゃなくってさ、ほら、オレの班にいたじゃん──」
「だーから、Bクンの班の男子は、Bクン、Sクン、そしてあのUクンだって。
 転校生って、Uクンと勘違いしてんじゃないのか?」


 Bさんは、自分の記憶に絶対自信があったので「コイツら何言ってんだよ。」って、その時校庭にいた3年の時同じクラスだった友人を探して聞いたといいます。
 しかし、その誰もが口をそろえたように「Bクンの班の男子はUクン、Sクン、Uクンで、転校生なんていなかった。」と言うばかり。
 おさまりがつかなくなったBさんは、SクンEクンと一緒に職員室に行って、3年の時の担任の先生にまで聞いたのだそうです。
 しかし、やはり答えは同じで……


 そして。
 Bさんは気付いたんだそうです。
 それは、職員室で3年の時の担任の先生が、当時の名簿を見ながら
「Bにしては珍しいボケかたねぇー。」って言って、Sクン達と大笑いをしているのを、ちょっと悔しい思いで見ていた時。
 気づいた時は、思わず愕然としたといいます。

 それは…、
 つい今しがたまで憶えていたと思っていたはずの「彼」の顔が、記憶のどこを探しても見つけることができない。
 「彼」の家に行った時、玄関の戸の隙間から覗いた「彼」の笑顔の記憶ですら、そこだけがパァーっと光に照らされたように眩しいだけ…。



 その日の放課後、Bさんは1人で「彼」との最後の記憶の場である「彼」の住んでいたあの家に行ってみたんだそうです。
 どうしてもそうせずにはいられなかったのだといいます。
 「彼」と最後に会ったあの家に行けば、「彼」の顔が思い出せるんじゃないかって気がしたし、何よりも自分の記憶が間違いないんだって確認したかったんだそうです。


 しかし、「たしかこの辺のはず…」と思われる辺りには、最近建ったばかりらしい同じような外観をした建売住宅が、春の陽光の中に並んでいるばかり。
 ふと見上げたその建売住宅のベランダには、あの7月の雨の日に「彼」の家に行った時。その「彼」も着ていた、Bさんの小学校の濃い緑色の縁取りのある白い体操着が干してあって。

 しかし、それがあの時「彼」が着ていた体操着であるわけもなく……




29話目終わり。フっ!
                ――─ 第29話目「彼の記憶って…」メルマガ配信日:09.12.28
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2012
07.21

29話目-前編

Category: 怪談話
 このお話は、Bさんが小学校3年の時、クラスの同じ班だった友人(「彼」)のお話です。
 怖さとなると、ぜんっぜんなお話なんですけね。
 ただ、個人的にはすっごく印象深いお話です。



 「彼」は、転校生だったそうです。
 小学3年生の1学期の初め、クラスに転校してきた何人かの1人だったということです。
 Bさんは、みんなから結構人気があったらしく、常に班長やら学級委員長を推されていたということですが、3年の1学期にBさんが班長だった班のメンバーのひとりがその「彼」でした。

 実は、Bさんにとってその時の班のメンバーというのが、頭痛のタネ。
 というのも、男子のメンバーに2年生の3学期に転校してきたUクンがいたからなんだそうです。
 まぁこう言ってはなんですが、そのUクン、勉強もスポーツもまるで得意じゃなくって。
 それでも面白いとか、あるコトにはスゴク詳しいとか、なにかひとつでもつき合っていて楽しいということがあればいいのですが、まったくそういうこともなく。

 実はそういうBさん自身も、勉強の方はともかくスポーツはそれほど得意な方ではなかったんだそうです。
 つまり、Bさんの班というのは、男子3人のうち2人はスポーツが苦手。残りの1人である「彼」は転校生ということで、全く未知数という班だったわけです。
 その頃Bさん達の学校では、レクレーション大会と称して班対抗のドッジボール大会をすることがよくあったのだそうですが、Bさんはそういう理由から、ドッジボール大会なんてやらないようにと密かに祈っていたといいます。
 しかし、苦手な学科の授業で先生に指されませんようにって祈りながら下向いている時ほど、なぜか不思議に指名されるというのは、誰もが学校時代憶えのあることと思いますが。
 その法則っていうのは、Bさんの密かな祈りについてもあてはまったらしくて…

 それは、Bさんのクラス全8班対抗のドッジボールのトーナメント戦。
 日程は次の週の土曜の午後。
 ドッジボールが得意なBさんの友人達はもう大変な張り切りよう。それに対し、Bさんの心は沈む一方。
試合が行われる来週の土曜日が近づいてくるのが、もう憂鬱で憂鬱で仕方なかったそうです。

 その時っていうのは、ドッジボール大会がある週の月曜の、給食の時間が終わろうとする時だったといいます。
 転校生の「彼」が、Bさん達に「ボクらの班も練習しようよ」と言いだしたとかで……


 「彼」には、独特の訛りがあったそうです。
 70年代の東京のベッドタウンの街の小学校ですから、生徒の半分以上は転校生でした。
 当然、日本全国から集まってきているわけですし、昔から地元に住んでいる生徒は土地の訛りがある者もいましたから、訛りなんて特に珍しくもありません。
 ただ、「彼」の訛りは、他の誰の訛りとも違っていたんだそうです。
 もちろん、Bさんはそのことに気がついてはいたんですが、似たような訛りを、以前ドラマかなにかで聞いたような気がしたとかで。
 たぶんそのドラマの舞台となった所辺りで生まれたんだろうなって思って、特には気にもとめなかったといいます。


 さて。「彼」の言葉に練習を始めてはみたものの、いざやってみると他の班と比べ劣るのは明らか。そもそも班長であるBさん自身が、ドッジボールを苦手なわけですから、まともな練習になるわけありません。
 「やっぱりダメだなぁ…」って、Bさんも女子達もあきらめムードになりかけていた時。
 ふと、「彼」がBさんにアドバイスのようなことを言ったんだそうです。

「Bクンはさ、ボールを捕る時に怖がって手だけで捕ろうとするから
 落としちゃうことが多いんだよ。
 体で受け止めて、あとは手でボールを抱え込むような感じに捕れば
 落とさないよ。ほらっこんな感じ。」

 「彼」は、そう言って手本をやってみせてくれましたといいます。
 実際「彼」が、どうアドバイスしてくれたかは、Bさんも具体的には覚えてはいないということですが、たぶんそんな感じだったのではないでしょうか。

 その後、「彼」はBさんだけでなく、班の他のメンバーにもBさんと同じようにアドバイスをしたのだそうです。
 そうして「彼」のアドバイスにしたがって、みんなボールをとったり投げたりしていたら、いつしかみんな練習に熱中していて…。
 驚いたことにドッジボールというと、いつもはただボーっと立っているだけだった例のUクンですら歓声をあげ、楽しげに練習をしていたといいます。

 Bさんの班は、そんな風に試合のある土曜日まで「彼」を中心にみんなで練習したそうです。
 Bさん、そのように練習しているうちに、なんだか自分がうまくなったような気がしたといいます。おまけに、なんだか土曜日が楽しみになってきて。
 そしてそれは、班の他のメンバーも同じだったようで、みんな練習を始める前とはうって変わってニコニコと笑顔になっていたらしいです。


 そして当日。
 なんとBさんの班、最初の試合で苦戦ながらも見事勝っちゃったんだそうです。
 しかもBさん、大活躍だったとかで、Bさんも、Bさんの班のメンバーも、もうビックリだったらしいですが、それ以上にビックリだったのは相手の班。
 相手はBさんの班だということで完璧楽勝だと思っていたのに、思わぬ苦戦。そして敗退。
 トーナメント戦ですから、負ければあとは他の試合を見ているだけ。
 他の班が試合をしているのに、横で座って見ているだけというのは屈辱だし、何よりドッジボールに自信があり、大好きなわけですから全然面白くありません。

 とはいうものの。Bさん達の班も2回戦では善戦したものの、結局負けてしまったんだそうです。
 でも、Bさんも班のメンバーはその結果には充分満足できたし、さらにその思わぬ善戦がクラスの皆の記憶に焼きつくこととなり、Bさん達の班は一目置かれるようになったといいます。

 そしてその後も、勉強スポーツとも「彼」のちょっとしたアドバイスや助けでうまくいくことがたびたびあって。
 いつしかBさんにとっても、Bさんの班にとっても、いやクラス全体にとっても、「彼」は絶対なくてはならない存在になっていたんだそうです。


 そんな楽しい1学期はあっという間に過ぎていき、夏休みも近づいた7月のある月曜日。
 珍しく「彼」が休みだなぁと思っていたら、結局その週はずっと休み。
 そして、次の週も学校には来ないので「どうしたんだろ?」と思いはじめた時のこと。Bさんは学校のプリント等を「彼」に届けてきてと、担任の先生から言いつかったんだそうです。

 「彼」とは、学校にいる時だけでなく放課後もよく遊んだりしたのですが、家に行くのはその時が初めて。
 先生に書いてもらった地図は、学校から10分ほどのところ。たまに体育の時間に使用していた学校が借りている広場の横の道を、ちょっと行った所でした。

 さしている傘からみるみる滴が落ちてくるような雨の中。
 たどりついた「彼」の家は、その頃どこにでもあった古い木造の2階家。
 くすんだ色の板張りの壁は、ペンキがところどころ剥げていて。
 道に面して、わずかばかりある庭の大きなヤツデ。その下にはゼニゴケの生えた地面が広がっていて、そこを雨が濡らしている…。
 滴に濡れた錆の浮く門扉の向こうにすぐある玄関の戸。
 その玄関の戸も、やはり上の方から縦に表面が割れるような感じにペンキが剥げかかっていて…。

 その時Bさんは、その「彼」の家を見て、
「転校してきたばっかりなのに、家はずいぶん古いんだな…。」と、ちょっと意外に思ったそうです。
 転校生といえば、最近造成された住宅地の新しい家というイメージだったので、そんな古い家とは思わなかったのです。

 サーっと間断なく続いている雨の音。
 時おり、電線から落ちてくるのかボツボツンとBさんのさす傘に雨粒があたる。
 人っ子一人、クルマの1台も通らない、降り注ぐ雨粒の下で静まりかえった住宅街。
 そのあまりの音の無さ…。
 なんだかチャイムのボタンを押すのが恐ろしいようで。

 妙なためらいを感じつつ、Bさんはチャイムのボタンを押します。

 それは、ちょっと遅れて……

                                          ♪ピンポ~ン




 ── 本日これまで!
                29話目-前編〈了〉後編につづく/メルマガ配信日:09.12.28
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2012
07.15

大っキライシリーズ


 今日の大っキライ!は、インターネットの広告。

 ネット特有のあのわかりにくい文章を読んでいる横で、チラッチラされるのはホントジャマです。
 あとは、某買い物サイトで何ヶ月も前に見た商品が、ネットを見てる先々で表示されたりとかもイヤですよねー。
 どこにいても現れるって、貞子さんじゃないんだからーって(笑)
 まぁねー。向こうもそれが商売なんでしょうがないっていうのはあるんでしょうけどね。
 でも、あんまりつき纏われると、そういうストーカー的通販サイトでは絶対買い物しない!とか決心しちゃいます。


 まぁそんなこともあって、インターネット広告は絶対クリックしないようにしてるんですけど(というか、広告には意識して視点を合わせないようにしています)。
 思わず見ちゃったのが、オリンパスOM‐Dのネット広告。
 「そうだ、カメラって構えるものだ」
 あのコピーには、「そう!そう!そうなんだよ!」って、思わずクリックしちゃいました。

 デジカメは、最近ミラーレスが大流行りみたいですけどねー。
 確かに、思わず所有欲をそそられるデザインだし、何よりあの手におさまり感っていうのが魅力で、欲しいなぁーって思うんですけど。
 でも、そのたんび「あ、そうだ。ミラーレスってファインダーがないんだよな…」ってなっちゃうんですよね。
 ファインダーの有無なんて、まぁ「慣れ」にすぎないのかもしれないですけどねぇ…。だって、それこそ今は、カメラはファインダーがないのが普通っていう人だって多いんでしょうしねー。

 とまぁそんな風に。
 カメラには絶対ファインダーは付いてて欲しいって思う私ですけど、もしかしたらそれってフィルムカメラの発想でしかないのかなぁ…と思ってしまったのが、ちょっと前になりますけど例のiPad。
 カメラ(一眼レフ)の形っていうのは、フィルムカメラだからあの形なわけですよね。つまり、光を当ててはいけないフィルムを巻物のように使うから、長方形の箱にレンズが付いた形になるわけです。
 しかも、写したものは現像しなきゃ見ることができないから、モニターなんてものは必要がない。

 一方、現在のカメラ(デジカメ)っていうのは、感光させてはいけないフィルムを使うわけでないから長方形の箱である必要はないわけです。
 さらに、撮った写真をその場で見ることができるわけだからモニターは必要だし、かつ映像を見るということなら絶対大きい方がいい。
 そう考えると、従来のカメラにモニターをくっつけた形よりは、モニターにレンズをくっつけた形の方が理に適ってるのかなーって。
 つまりそれって、iPadですよね。
 まぁそうは言っても。私はやっぱり「そうだ、カメラって構えるものだ」に共感しちゃうんですけどー(笑)


 まぁiPadみたいな形のデジカメって、ないわけですけど(もしかしたらある?)。
 ただ、思い出したのはビデオカメラが流行りだした頃。
 今でこそビデオカメラって、視聴用のモニターは当然のごとく付いてますけど。でも最初の頃は、確かあんな大きなモニターって付いてなかったように思うんです。
 定かではないですけど、大きなモニターが付くようになったのはシャープ(だったか?)が、モニターにカメラを付けたみたいな形(厚みこそあれ、つまりiPad型)のビデオカメラを出して。
 そのTVCMで、新婚旅行に向かう夫婦が飛行機の中で結婚式を二人で見てウットリ(ニッコリ?)してるってのをやったんです。
 あのTVCMの効果もあって、商品はかなりヒットして(したような記憶)。
 でも、その後はソニー(だったか?)が、モニターが横にパカって開く形のビデオカメラを出したことで、それが主流の形になったように思います(注!あくまで記憶の範囲のことで、定かではないです)。

 つまり、何が言いたいかっていうと。
 iPadみたいな形のカメラ、もしくはモニターが主体のビデオカメラみたいな発想をするっていうのが、今の日本の企業、さらに言えば今の日本人から一切なくなっちゃったよなぁーって。
 もしくは、そういう発想にゴーを出させるセンス、もしくは度胸がなくなったか?
 それって、いったいどうして、なにが原因でそんな風になっちゃったんでしょうね?
 また、いつ頃からそんな風になっちゃったんでしょう?
 

 とまぁ、そこで話は全然変わるようですけど、つまり「トイレッツ」!!
 あれには、思わず笑っちゃいました。
 いや、実際に見た(体験した?)わけではないんですけどね。
 
 発想を誉めるべきか、商品化しようと思った実行力を誉めるべきか、それともゴーサインを出した組織を誉めるべきかってとこですけど、まぁ全部誉めるべきなんでしょうね。
 確かにオシッコじゃぁ、子供の頃はいろいろ遊びましたしねー(爆)
 さすがに今となっては、まず根本として発想しないだろうし。
 ましてや商品化なんて暴走はしないだろうし。さらには、ゴーサイン出してくれるほどトチ狂ってないですしねー(笑)

 つまり、iPadみたいな形のカメラや、ジャープだったかが出してたモニターが主体のビデオカメラみたいな発想が今の日本の企業や日本人から一切なくなっちゃった話から、トイレッツに飛んだのは。
 こういうトイレッツみたいな、おバカな発想や発想の具現化の暴走、さらにはそれを認めちゃう鷹揚さっていうのが、今の日本の会社や社会人からいつの間にか欠けちゃった部分ってことなのかもしれませんね。
 なーんか、何でもかんでも小ギレイにまとめたがるっていうか、小ギレイにまとめるのが仕事になっちゃってる(仕事と思ってる)というか。
 そういう意味でもガンバってほしいです、トイレッツ!!(笑)


 でも、ふと思ったのは。
 トイレッツって、利用はしたくないなーって。
 トイレの時間くらいボーっとしてたいっていうか、トイレの時間くらい「情報」だの「ゲーム」だのに目の前をチラッチラされたくないっていうか。
 変な話、トイレッツで遊んでたら、トイレッツみたいな発想は出来ないんじゃないかなーって。
 トイレタイムみたいなあの手の時間っていうのは、やっぱりいったん思考をゼロにする、あるいは逆に一つの思考を突き詰めるからこそ、いろんな発想が出てくるんじゃないのかなーって気もするんですよね。

 いまの社会人って、とにかく情報、情報か、でなければ「何か(既存のサービス)」をしてる人が多いじゃないですか。
 やっぱり、どこかで空白っていうのは必要なんじゃないのかなーって気がするし、また人間の情報っていうのは五感全部で収集するものですから、目と耳だけの情報では不完全なんじゃないのかなって思うんです。
 それこそ、トイレッツっていうのは、「視」と「触」(「聴」もか?)の感覚を感じることで、初めて組み合わせることが出来る発想なわけじゃないですか。

 いや、もちろん。
 トイレッツで遊んでスッキリ気分転換(笑)っていうのもあるのかもしれませんけどね。
 それに私はゲームは一切興味ないんで、根本的にズレているのかもしれませんし。まぁそういう意味じゃ、トイレッツの関係者の方はご安心くださいませ(笑)

 まぁなんですか。
 とにかく最近の日本の会社や日本人って、ちょっとお行儀良過ぎるとこがあるのかなーって、そんな気がしてしまったOM-Dとトイレッツ。ということで、何だかミョーに竜頭蛇尾。お粗末!!



 もっとも。
 ブログ記事なんて、竜頭蛇尾だからいいって気もしますかねー(笑)


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2012
07.14

28話目

Category: 怪談話

*28話目は、26話目27話目と関連したお話になっています。
 もしよろしければ、26話目から順にご覧いただけると嬉しいです。



 2話にわたってお話したMクンとJ子ちゃんのお話。
 あの2つのお話には、さらにもうひとつ後日談がありまして。

 といっても。この3つ目のお話は、托鉢のお坊さんがJ子ちゃんの家にやって来た次の年の春の初め頃にあったことで、時系列的には26話目と27話目の間のことになるんだそうです。
 つまり後日談は後日談でも、前の27話目のお話が、必ず泣き顔に写ってしまう写真の秘密のようなものが明かされる、いわば事の顛末のお話であるのに対し。このお話は、26話目のまさに続きともいえるお話だということです。



「L子の様子どうなの?」
 その日、J子さんは家に帰ってくるなり、お母さんに妹のL子さんの容態を尋ねた。

 去年、家の門の前で托鉢のお坊さんに、ここで亡くなった女性がいるから供養した方がいいと勧められたことで。お寺からお坊さんを呼んで供養してもらったり、J子さんとL子さんの姉妹が毎朝水と食べ物をお供えしたりして。
 その結果(か、どうかはわからないものの)、J子さんを写真に写しても泣き顔になるようなことはなくなって。 また、体の弱かった妹のL子さんも、体調をくずして寝込むようなこともなくなり喜んでいた。
 そんなある日の朝……


 いつまでも起きてこないL子さんを、不審に思って部屋を見に行ったお母さん。
 そのお母さんが布団の中で意識朦朧の状態で震えていたL子さんを発見し、慌てて救急車を呼んだのだがけれど。
 でも、病院に運ばれたL子さんは、そのまま入院。
 さすがに意識こそ戻ったものの。しかし、1週間が過ぎた今となってもL子さんは原因不明の高熱はひかず、1日の大半は昏々と眠って過ごしているようなありさま。

「お医者さんね…。
 これ以上熱がひかないなら、
 もっと設備の整った病院に移った方がいいっていうのよ。」
と言って、庭の向こうを見つめたお母さん。
 その目つきは、心なしか嶮しい…。

「わたし、ちょっと門まで行ってくる…。」
 J子さんのその言葉にも、お母さんは庭の向こうを見つめたまま何も言わずにうなずくだけ…。

 やっぱり、お母さんも、あの女の人のこと考えてるんだ…
 あれから、お寺からお坊さんに来てもらって、懇ろに供養をしてもらった。
 私もL子も、毎朝かかさず水と食べ物をお供えして、心安らかになってもらえるようにお祈りしている。
 それなのに、どうしてあなたはわたし達を許してくれないの?
 何が不満なの?何をしてほしいの?言ってよ?

 長屋門の前のところにしゃがんで、J子さんがそんなことを考えつつ手を合わせていると…

「っ!」
 ふいに、後ろに何かの気配が。
 ドキッとしたJ子さんは、立ち上がりつつ後ろを振り返った。

「なんだ、お母さんか。もう!驚かさないでよ…。」
 しかしお母さんは、そんなJ子さんの声なんか全然聞こえないみたいで。
「えぇっ!ちょ、ちょっとお母さ…」
 J子さんが思わず息をのんでしまったのは、そのお母さんの表情。
 目をカッと見開き、娘のJ子さんでも怖くなるような表情で、長屋門の一点と見つめている。
 そのお母さんの異常な様子に、J子さんは何を言えばいいんかと迷っていたその時――。

 長屋門の天井にワーンと響いた、お母さんの激しい声。
「なんなのよ!あなたはっ!
 あなたに、わたしの娘達が何をしたっていうの?
 あなたが、これ以上わたしの娘達に何かにするっていうんなら、
 わたしはあなたを絶対許さない。
 死んで、あなたの許に行って、引っ叩いてやるからね。
 あなたがどんなに謝っても絶対許さないからね。
 死人だか幽霊だか知らないけど、いつまでも頭にのってるんじゃないわよ。」

 お母さんは、そう叫んだかと思うと。
 今度は、右手を大きく振り上げ、門の入口の左端の水と食べ物が備えられている場所をめがけ、何かを思いっきりぶちまけた。
「……………。」
 目の前のその出来事に何も言えないでいたJ子さん。
 はっと我に返った時には、お母さんは家の方につかつか帰っていく後姿だけだった。


 辺りに散らばっていたのは、大量の塩。
 薄黒く古ぼけた長屋門の壁の色と、その地面の土の色。
 そこに、毎朝お供えしている水を入れる湯呑みと小さなおにぎりの白い色。
 そんな場所に点々と飛び散っている塩の白い色は、どうしてなんだか不潔に見えてしょうがない。
 でも、その時J子さんは、ただその場に立ち尽くしてることしかできなかった。



 次の日、J子さんが学校が終わるなり向ったのは、妹のL子さんの入院する病院。

 L子さんのベッドには、珍しく家族の誰もいなかった。
 明るい南向きの6人部屋。L子さんは病室を入って左側の窓際のベッドで、あいかわらず眠ったまま。

「L子、調子どう?」
 J子さんの言葉にも、L子さんは何も反応しない。ただただ眠っているだけ。
 窓からは、春の柔らかな夕日がL子さんのベッドにまで差し込んでいて、その寝顔をほんのり赤く染めている。

「L子、昨日お母さんさ……。」
 J子さんは、そう言って昨日の夕方の、お母さんの鬼気迫る行動を話し始めた。
 ただし、ちょっとだけユーモラスに脚色して。

「……という話。
 うん…。
 もうさ、お母さんったらさ、お化けにケンカ売ったってしょうがないじゃんね。
 引っ叩いてやるとか言ってさ…。」

「まったくもう…。
 あんたが早く治らないと、
 お母さん、ホントにあの人のこと引っ叩きに行っちゃうかもよ…。
 だから、早く治りなさいよね。」

 そんなことを言ってみても、L子さんは眠り続けたまま。
 目が覚ましている時もあるとはいうのだけれど…。
 さすがに涙を堪えられなかった。


 しばらくL子さんの寝顔を見ていて、やっと落ち着いたJ子さん。
 大きなため息をひとつ吐いた後。もう帰ろうかと腰を浮かしかけた時だった。

「お母さんってさ、変なトコで短気になるのよねぇー。」
 見れば、うっすらと目を開いた妹が、枕の上で顔をわずかにJ子さんの方に向けていた。
と、見る間に頬に一筋流れた涙。

「な、なによ。今頃目覚ましてーっ!」
「お姉ちゃんも短気ぃー。さーすがお母さんの娘!」
「そんな冗談言ってるとね、今すぐ連れて帰っちゃうよ。
 まったく。毎朝、わたしひとりで水と食べ物お供えしてるんだからー。
 早く帰ってきて、あんたもやりなさいよね。」
 さすがに声は弱々しいが、会話の感じは普段のL子さんのまんま。
 案外もう治りかけなのかもしれない。J子さんがそんなことを思っていると。

「お姉ちゃんさ、わたし、ここに入院してから変な夢見たのよ。
 ううん。いつ見たんだかわからないんだけどさ。」
 L子さんはそう言って、その夢を話した。

「最初はね。どこかの村なのよ。
 秋の稲刈りの季節みたいで、どの田んぼも、もう真っ黄っ黄。
 みんな、鎌持って稲刈りしてて…。

 でね。いきなり場面が変わって、今度はどこかの家の夕ご飯なの。
 真ん中に囲炉裏があって、
 その家のお母さんが家族にご飯をよそってあげてるの。
 ニコニコしてなんか言いながらご飯食べてるんだけど、声は聞こえないのよ。

 あぁ美味しそうだなぁーなんてって思っているとね、
 その家のお母さんがわたしに気がついたみたいで、しきりと挨拶をするのよ。
 わたしさ、思わずつられて挨拶しちゃったんだけど、
 でもわたし、全然知らない人でさ…
 誰なんだろう?って思ってたら、
 もうお腹いっぱいだよーって男の子の声が聞こえてくるの。
 その声の方を見ると、その家の男の子がニコニコ笑って
 自分のお腹撫でてるのよ。
 その男の子の頭を、わたしに挨拶したお母さんが笑いながら撫でてて…

 と、思ったらね。そのお母さんが窓の外を指差すのよ。
 えっ?何?ってそっちを見ると、ウチの門が見えるの。
 夕焼けなのかなぁー…。
 真っ赤な空の中にウチの門がバーンって建っててね。
 あれっ?ウチの門だって、わたしが思ったら、
 今度はわたし、門の前に立ってて…。
 うん。ちょうど門を道側から見てる感じなのよね。

 でね。気がついたら門の前に人がたくさん並んでるの。
 子供から大人、お爺ちゃん、お婆ちゃん。
 もういろんな人が並んでて、なんだろう?って思って見てると、
 その人達みんな、ウチに入っていくのよ。
 わたし慌てちゃってね、
 ここはわたしの家よ!みんな出てってよ!って叫ぶんだけど、
 誰も振り向かなくって…。

 どうしようって思って困ってたらね。
 いきなりさっきの男の子の、もうお腹いっぱいだよーって声が聞こえたら。
 その途端にお母さんがその子の頭を撫でている場面に戻ってさ……

 それで終わり。
 あー疲れた……」


 見たという夢を一気に話した妹のL子さん。それが、話し終わった途端、コテンって感じで目をつぶったかと思うと、寝息をたて始めて…。

「ちょ、ちょっとL子!何よ?あんた大丈夫?」
 その様子に、慌ててL子さんの体を揺さぶったJ子さん。

 しかし、そんな心配とは裏腹に、
「なぁーによ、お姉ちゃん…。
 もう寝かせてよぉー。」
 それだけ言ってまた寝入ろうとする妹の姿に、ほっとしたJ子さんは思わず大きなため息を吐いて。
 まったく人の気も知らないでいい気なものねと、寝ている妹の鼻を軽ーく人差し指ではじいてやった。
 L子さんは、クシュッと顔をしかめて顔を反対側に向けて。
 そんなL子さんを見たJ子さんは、すっかり安心したように勢いよく立ち上がり。
「じゃ、帰るね。
 早く治らないと、今度はそれくらいじゃすまないから!」


 その夜J子さんは、お父さんとお母さん、そしてお祖母ちゃんの3人に、そのL子さんが見たという夢のことを話したんだそうです。
 といっても。J子さんに別にどうという考えがあったわけでなく、ただその夢を聞いて、両親やお祖母ちゃんがなんて言うかって思ったんだとかで。

 というのも。L子さんの夢に出てきた女の人というのは、素直に考えれば門の所で亡くなった女の人なんだろう。でも、その家族や家の門の中に入ってくる人達って何なの?ってJ子さんは思って。
 もしかしたら、門の女の人以外にも、死なしちゃった人がいるんじゃないかとも思ったらしいです。

 J子さんが、そのL子さんの見たという夢を話した後。
 お父さんもお母さんも、お祖母ちゃんも、そしてJ子さんも、それぞれ自分の思ういろんなことを話したそうです。
 いっそあの門を壊してしまえばいいんじゃないか?といった話も出たらしいですが。
 でも最終的には、お坊さんに供養してもらうことでそれで何事もなくなるのなら、それでいいんじゃないかってことになって。
 たとえ、それが毎年しなきゃならないことだったとしても、それで済むのなら、そうすればいいことだ結論になったんだかで。



 そして結局。
 このお話は、またお坊さんに供養をしてもらって、妹のL子さんもすっかり元気になって終わるわけですが。
 付け足しみたくなってしまいましたが、以下はお父さんがお寺に供養を頼みに行った時に、お坊さんから聞いた話だということです。

 お父さんがお寺に行って、これこれこういうわけでまた供養をお願いしたいと、お坊さんに話すと…。
 お父さんの話を静かに聞いていたお坊さんが、「話には聞いておったが、そういうことというのは本当にあるものなんじゃな…。」と、ちょっと驚いた顔で言いだして。

 なんでもそのお坊さんが言うことには、あかの他人を供養した後。まれにあの家に行けば供養してもらえるって、迷っている亡者達が集まってきてしまう事があるのだとか。
 さらにそのお坊さんが言うには、供養してからもお水と食べ物をお供えしていたのも、かえってよくなかったのかもしれないと…。

 L子さんの夢の話から考えても、集まってきていたのは全然関係ない亡者ではなく、最初の女の人と同じ飢饉で亡くなった人達だったのではないか?と言ったということです。



 まぁねぇ…。
 夢に、亡者が出てくるのかどうかはともかくも。
 (ついでに言っちゃえば、あそこに行けば供養してくれるぞー!なんて、そんなお調子モンの亡者がいるのか?)
 ただ、その後はJ子さんの家族に変異が起きるなんてことはなくなって。
 ちなみに。
 長屋門は、現在でもJ子さんの家にあるそうです。




28話目終わり。フっ!
       ―─―― 第28話目「泣き顔と笑顔の間に…」 メルマガ配信日:09.12.23
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2012
07.08

27話目

Category: 怪談話

*27話目は、26話目と関連したお話になっています。
 よろしければ、26話目からご覧いただけると嬉しいです。



 26話目「泣き顔」というお話には、後日談がありまして。
 それは、「泣き顔」の時から、時は流れて10年後。
 J子ちゃんは短大の2年生。Mクンは一浪したので大学1年生で、それはやはり夏のこと。

 誰しもその位の歳になると、あまり親戚の所に行き来しなくなるものですが、Mクンの所はいとこ同士仲がよかったこともあり、お盆や正月ともなると必ずといっていいくらい顔を会わせていたそうです。
 とはいえ、その時はMクンが一浪したこともあり、J子ちゃんに会ったの、随分久しぶりだったということです。


 大学生になってすっかり綺麗になったJ子ちゃん。
 短大の2年生ということで、一浪でやっと大学生になったMクンなんかよりずっと垢抜けていて、Mクンはちょっと話しづらい。
 J子ちゃんはクルマの免許を取ったとかで、Mクン、お昼ご飯の後ドライブに誘われちゃって。

 でも、クルマに乗ってしまうと、J子ちゃんは運転するのにほとんど前を見ているせいもあり、気恥ずかしさは薄れてくる。
 いつしか、高校生の頃のように会話がはずんでいた。

「それでMクン、大学生になって彼女できた?」
「できないよー。理工学部だもん。女の子いないから…。」
「そっかー。
 バイトとかすれば?バイトすると出逢いがあるんじゃない?」
「バイトかー!秋になったらやろうかなー。
 そういえばJ子ちゃんは?」
「してるよ。1年の時からずっと。ウェイトレス。」
「違うよ。か・れ・し…。」
そう言って、J子ちゃんの横顔を横目でそっと見たMクン。

「いるよー。バイト先で知り合った人。」
 J子ちゃんの横顔に一瞬だけ現れた、スっゴク嬉しそうな表情。
 Mクンはちょっと、いや相当ガッカリ。

「なんだよ。それでバイトしたら?とか言ったのかぁー。」
「そういうこと!」
 声をあげて笑うJ子ちゃんに、Mクンも思わず笑っていた。


 山の中腹のロープウェイ乗り場に着くと、爽やかな風が吹いていて、どこか秋の気配。そういえば、ススキにはもう穂が出かかっていて。

「あー運転疲れちゃった。ねぇロープウェイ乗らない。おごるから…。」
「いいって。そのくらいオレだってあるよ。」

 それじゃぁってドアを開け外に出たJ子ちゃん。忘れ物でもしたのか、まだクルマの中にいたMクンに声をかけた。
「Mクン、ゴメン。カメラ取ってくれない?
 グローブボックスに入っているから。」
 J子ちゃんはそう言うなり、ドアをバタンと閉めて。
 しかしMクンは、J子ちゃんのその言葉に、助手席で固まってしまって。

「カ、カメラ…」
 Mクンの頭に浮かび上がる、小学校4年の夏のあの苦い記憶の映像……


「キャーっ!やめてっ!キャーっ!キャーッ!」
 ヒステリック悲鳴をあげ、Mクンを押しのけるよう家の中に駆け込むJ子ちゃん。
 そして、1人その場に取り残されるMクン自身の姿…


「何よー。どうしたのよー!」
 いつまでもシートに座ったままのクルマから降りようとしないMクンに、J子ちゃんはドアを再び開けて中を覗き込む。
 強張った表情のまま、J子ちゃんの顔を見つめたMクン。
 でも、ドアの向こうのJ子ちゃんは、夏空をバックに覗き込むような姿勢でケラケラ笑っていた。


「カメラって…。」
 グローブボックスに手を伸ばした状態でそう言ったMクンを見て、一瞬だけ陰が浮かんだJ子ちゃんの表情。
 でも、それはすぐにとっても優しい笑顔になって。

「そっか…。わたし、あの時のこと謝ってなかったんだよね。」
「謝るなんて…。悪かったのはオレの方だから…。」

 J子ちゃんは、そんなシュンとなっているMクンを元気づようと思ったのか。わざとっぽくケラケラ笑いながら言った。
「Mクンさ、上で話そうよ!上は眺め良くて気持ちいいよ。
 わたしね、写真、もう大丈夫になったの。
 だからカメラ取って。それで、上で話そうよ。ね!」


 でも…
 そんなはしゃぎ気味のJ子ちゃんの言葉とは裏腹に、ロープウェイの中の2人は黙ったまま。
 上に行くにつれどんどん広がってくるパノラマを、2人並んでただぼんやりと眺めているだけ。

 Mクンは、J子ちゃんの言った「わたし、写真大丈夫になったの。」っていう言葉を考えていたし。
 J子ちゃんはJ子ちゃんで、やっぱり何か考えている様子……

 展望台の上は、一気に空が高くなっていて。
 なんだかひと足早く秋の空。そういえば、空気もサラッとしている。
 でも、陽射しはまだまだ夏のそれ。ギラギラやたら眩しくって。
 まわりの木では、ツクツク法師たちがまだ現役。


 そんな中、展望台の手すりにもたれながら何も言わず、広がる光景を見ているMクンとJ子ちゃん。
 その後ろを、子供を連れた家族が笑いながら通り過ぎていく。それぞれの手にはソフトクリーム…。
 何気に後ろを振り返って、それを見ていたMクン。

「J子ちゃん、ソフトクリーム食べようよ。おごるからさ…。」
 そう言うなり、J子ちゃんの返事もまたずに売り場へ駆け出して行ったMクンの後姿。

「チョコとバニラどっちがいい?」
 そう言って、両手のアイスクリームを差し出したMクン。
「Mクンって、わかってないなー。女の子はバニラに決まってるのよ。」
 そう言って、Mクンの左手からソフトクリームを受け取ったJ子ちゃん。

「ああー、うまいなー!」
「うん、おいしい…。フフ…。
 でね、中学生の時、うん1年生の時。
梅雨の頃なんだけどさ、でも晴れて暑い日だったの・・・」
 今の今まで二人ともだんまりだったのに、なんだかいつのまにやら始まったその話…

「ウチの長屋門あるでしょ。
 あそこにね、托鉢のお坊さんが立ったっていうのよ。」
「た、托鉢のお坊さん!?そんなのまだいるの?」
「うん。わたしも話を聞いた時ビックリしたんだけど、
 大きな駅とかには今でもよくいるって、お父さんは言ってた。
 まぁね。その時はさ、わたしは学校に行っててその場にはいなかったから。
 これはお母さんとお祖母ちゃんに聞いた話なんだけどね。
 お母さんとお祖母ちゃんが昼ごはん食べてたら、
 どこからともなくチリーンって音がしたんだって。
 でね。窓の外を見たら、ウチの長屋門あるでしょ?
 あの長屋門のとこに、笠をかぶったお坊さんが立っていたんだって。」

「うん。もちろんお母さんもお祖母ちゃんも、
 托鉢のお坊さんとはまた珍しいものが来たもんだって、
 二人で門のとこに駆けつけたらしいのね。
 お米とお金両方持ってね。どっちがいいのかわかんないから…。」
「へぇー、本当にお米とか受け取るものなんだー。」
「うん。そうなんだって言ってた。でね……」


 J子ちゃんがその後続けて話した事というのは、Mクンにとってあの小4の夏に聞かされた話以上に、なんとも不可思議な話だったんだそうです。


 お母さんとお祖母ちゃんが門に駆けつけると、その托鉢のお坊さんは、門の前で熱心にお経を唱えているところ。
 頭を下げながらお金とお米をうやうやしく差し出すと、お坊さんも笠のまま頭を下げる。
 で、立ち去るのかと思いきや。
 そのお坊さん、唱えていたお経をピタリと止め、なにやら門の左の所をじーっと見ていて……

 お母さんもお祖母ちゃんも、つられるようにそこを見たのだけれど特になにがあるわけでなく、わけがわからず二人で顔を見合わせる。

「なにか…?」
 お母さんが、お坊さんにそう言うと、
「ご当家には、13歳くらいの娘さんがいますね?」
 お坊さん、今度は笠を手で上げて自らも顔を見せ、お母さんの顔をじっと見てそう言う。

「えっ、ええ…。いますけど…。」
 お母さんは、ちょっと変な人と関わっちゃったのかな?というのもチラリと頭をかすめつつも。
 笠を上げたそのお坊さんのきちんとした顔立ちに、思わず正直に答えていた。

「いつの事か、正確には私にもわかりません。
 たぶん江戸時代とかその頃の事でしょう。

 ひとりの女の方が、門のそこの所でお亡くなりになっています。
 どうも飢えで亡くなられたようです。
 ここは東北も近いですから、飢饉かなにかでここまで流れてきたのかもしれません。

 その女の方は、お宅で何か食べる物をと乞うたようですが、
 当時のご当主はそれを拒否し、その結果この門のその場所で亡くなられたようです。

 いや、私は当時のご当主が行為を責めているとか、そういうことではありません。
 もし飢饉であったとすれば、この辺でも食べ物に困っていたのかもしれない。
 ただ、とにかく何らかの理由でご当主は、その女の方に食べ物をめぐむのを断った。
 そして、結果的にその女の方はこの場で亡くなってしまった。

 どうも、その女の方は、ご当家の娘さんに何か悪さをしているようです。
 でも、その女の方も、決してしたくてそんなことをしているわけではありません。
 それもこれも、飢えの辛さゆえであるようです。

 どうでしょう?
 お水と、あとなにか食べる物をお供えしてあげられたら…。
 それと、もしよかったらお寺に頼んで成仏できるよう供養してあげられたらどうでしょう。

 では、私はこれで――――」

 はっとした時には、道のずっと向こうを歩いていくお坊さんの後姿が見えるばかり。
 チリーン、チリーンという音はどんどん遠ざかって……


 実は、お母さんとお祖母さん。そのお坊さんの話を聞いているうちに、体の震えがワナワナと止まらなくなっていたんだそうです。
 それは、J子ちゃんの家には、確かに代々そういうような話が伝わっていたから。

 江戸時代のある時期、飢饉でここまで逃れてきたひとりの女性が、門の前で死んだと。
 しかも、その托鉢のお坊さんの言う通り、なにか食べる物をとしきりと乞うその女性の目の前で、無慈悲にも門を硬く閉じてしまった。
 次の日の朝、門の前にはその女性の息絶えた姿があったと…。



 J子ちゃんの家というのは、代々女の子になんらかの禍があることが多かったといいます。
 ある者は子供の頃に病気で亡くなったり、ある者は子供が生まれなくて嫁ぎ先を追い出されたり、またある者はある年齢を境に急に素行が悪くなって行方知れずになってしまったり…。

 最初の頃こそ、祈祷などもしたらしいんです。
 でも、した時こそ効き目はあるものの、また年月が過ぎると別の娘になんかしら禍が起こる。
 いつしか、祈祷などしても無駄という思いと、年月が経つにしたがって禍そのものもなくなったという事と相まって、今ではたんなる昔話としてそういうこともあったと代々伝わってきたらしいんです。

 ところが、何かが変わったのはJ子ちゃんが生まれてから。
 J子ちゃんを写す写真が、なぜか泣き顔にしか写らないというのがまずあって、次はJ子ちゃんの妹のL子さん。
 そのL子さん、生まれつき体が弱くなにかというとすぐ風邪をひく。ひくと何日間も寝込むというありさま。
 家に救急車を呼んだことも何度もあるくらいということで、お父さんお母さん、お祖父ちゃんお祖母ちゃんは、これがあの話によるものなんだろうか?と随分話し合ったことがあったのだそうです。


 托鉢のお坊さんの話を聞いた後。
 J子ちゃんのお母さんとお祖母ちゃんは、すぐにおにぎりを握って、水とともにその場所にお供えしたそうです。
 さらに、その夜お父さんに話をして、お寺に供養してもらうことを決めて。
 そして。お寺に頼んで供養してもらった後は、毎朝J子ちゃんと妹が、長屋門のその場所にお水と食べ物をお供えするのが習慣に…



「うーん…。そんなことって本当に──。」
「あるのよ、ううん。あるみたいなの、本当に…。」

 「あるのよ」と言った瞬間のJ子ちゃんの怖いくらいな真剣な顔…。
 そして、その後言い直した時のJ子ちゃんのなんともいえない不思議に柔らかい笑顔。
 それを見たMクンにの頭に、フワーっと去来したなにか…。
 それは、J子ちゃんが話してくれた事、そしてJ子ちゃんがかつて背負っていた思いみたいなものを、なんとなくでもやっと理解できたような気がした瞬間だった。
 そんなMクンの手には、ソフトクリームを食べ終わった三角錐の紙だけが残っていて…

 あれっ?全然食べた記憶がない。口ものどもカラッカラ。
 それは、もうひとつ食べない?ってMクンが言おうとした時――

「それ、ちょうだい。捨ててくるから。でさ、捨ててきたら写真撮ってよ。
 あ、それより誰かに撮ってもらおうか?
 Mクンと2人で撮った写真ってないわけだし…、ね!」
 そう言って、思いっきり微笑んでいるJ子ちゃんの顔は、Mクンにとって小さい頃から見なれているはずのなのに。でも、なんだか前より眩しく見えてしょうがない。
 


 その後撮ったMクンとJ子ちゃん2人で笑っている写真。
 それは、現在でもMさんにとっては、大事な宝物なんだそうです。
 もっともそれは、奥さんにはナイショ。
 J子さんとMさんの奥さんは、実の姉妹みたいにとても仲がいいらしいんですけど、でもその写真が宝物だということは絶対ナイショにしているらしいんです。

 でも、Mさんには、J子さんに関係した宝物があと二つあって…
 その一つは、初めて2人で写真撮った後、J子さんがクルマの中で言った言葉。
「Mクン、あのね…。
 わたしさ、来年。東京の会社で働きたいなって思ってるんだ。
 うまく就職先見つかるかわからないけど。
 でも、働けるようになったらもっと逢えるようになるかもね。
 そしたら、東京でデートしてよね!」

 でもJ子さんは、地元で就職しちゃって。
 結局、J子さんの夢もMさんの夢も叶わなかったんだけど。
 でも、その時J子さんが言ったその言葉と、そう言った時のJ子さんの笑顔。
 そのJ子ちゃんの笑顔は、真剣な笑顔ってすごく変な言い方だけど、でもそう言うのがピッタリな感じなんだとかで。
 とにかくMさん。その3つは、奥さんには絶対ナイショの宝物なんだそうです。




27話目終わり。フっ!
                     ―――─ 第27話目「笑顔」メルマガ配信日:09.12.24
                                             *無断転載禁止

 と、まぁなんだか。やたらとハッピーエンドな27話目でしたけど。
 でも、J子さんの家がそういうハッピーエンドな27話目に至るには、実はもうひと波乱あったんだとかで。
 とはいえまぁそれは、また28話目で。


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2012
07.07

26話目

Category: 怪談話

 怪談で写真というと、まず心霊写真なんてなもんが思い浮かびますけど。あの心霊写真ってヤツの中でも、顔がドワーンってデっカク写っちゃってるようなのは、やっぱりゾクっときますよね。

 ただ、最近は画像作る技術が進みすぎちゃって…。
 何を見たって作り物にしか見えない。
 オバケってのは、昔は白くモヤモヤ~っと写ってるってのが相場だったけど。最近は、目立とう根性が旺盛になっちゃったのか、やけにハッキリ写るようになって。しかも色つきときたもんだぁーなんて(笑)
 ガイコツの姿で写ってるものや、首だけで写ってるもの。
 そりゃ見る方は確かに怖いんですけど、でもそんな姿で写ってる当の本人は何がどうなってそんな姿で写ることにしたんだろ?なぁーんて(笑)

 まぁねぇ…。
 中には、本物(?)もあるのかもしれないですけどね。でも、逆に言っちゃえば、作り物と区別がつかない本物なんて意味ないじゃん!とか思ったりもして。

 そういう意味で言えば、心霊写真という物が怪談として成立しえたのは、パソコンや画像ソフトが一般に普及した90年代半ばすぎ位までなのかもしれませんね。
 このお話(26~28話目)は、そんな心霊写真をまだまだ怪談として楽しむことの出来た、60年代後半~70年代半ばにかけてのことらしいです。



 その夏、Mクンは、夏休み前に前々から欲しかったカメラを買ってもらって大喜び。
 Mクンは小学校4年生。
 クラスに自分のカメラを持っているヤツなんて何人もいない。
 5年生になったら林間学校があるし、6年生なら修学旅行もある。皆にたっぷり自慢できると、もうほっくほく。


 とまぁ、ケータイにカメラが付き、各家庭には買い換えて使わなくなったデジカメがゴロゴロという現代では考えられない状況ですけど。
 でも、60年代後半といったら、カメラなんて所有していない家庭の方が普通だったのではないでしょうか。
 カメラってものが普通にどこの家庭にでもあるようになったのは、おそらく80年代の初めから半ばくらいのことでしょう。
 80年代っていうと、現在ではある意味「歴史」になっちゃっていて、かなりカリカチュアされて伝えられることが多いでけど。
 でも、実際の80年代っていうのは、華美で贅沢な暮らしをたんなる日常としか感じられなくなってしまったような現在と比べたら、はるかに質素だったように思います。
 確かに、バブル期の最盛期であるほんの何年かというのは異常な部分もありましたけど。それでも、やたらとお金が飛び交っていた以外は、(不況と言われる)現在よりも、全然質素な暮らしだったような気がします。


 まぁそれはそれ。話を元に戻しますと。
 カメラなんてどこの家にあるものではない。そんな時代ですからMクンが買ってもらったカメラ、もちろん一眼レフなんて超高級品じゃなくって、「バカチョン」。
 いわゆる押せば写るっていうカメラです。

 当時はフィルムカメラですから、写真を写すのにはフィルムを買わなければならないし、写した写真を見るには現像が必要です。当然現像代がかかります。
 そんな大金、小学4年生のMクンにあるわけもありません。
 Mクン、せっかくカメラを買ってもらっても、その夏に写したのはフィルム2本だけだったそうです。
 でも、それで充分満足幸せ…
 そんな時代でした。


 Mクン、1本目のフィルムは、カメラ屋さんにサービスでつけてもらった12枚撮りのフィルムで、それはカメラを買ってもらった嬉しさでたちまち全部写してしまった。
 2本目のフィルムは、カメラを買った時に一緒に買ってもらった36枚撮りのフィルム。
 でも、それはお盆にお父さんの田舎に行く時用。いとこ達に自慢ができるように、大事にとっておかなければならない。

 そして、やっと来たお盆。
 久しぶりにいとこ達に会えるだけでも嬉しくてしょうがないのに、今年の夏は自分のカメラがある。Mクン、もうはしゃぎまくり。
 はしゃぎすぎて、何度お父さんお母さんに怒られたことか。

 お父さんの実家に着いて、まずはお祖父ちゃんお祖母ちゃん、そして伯母さん伯母さん達に挨拶。Mクンは4年生になってもこれがどうも苦手。
 その後、仏壇にお線香をあげていると、後ろからクスクス笑う声。
 思わず後ろを振り返りかけて、お母さんに頭を後ろからピシャリ!
「ちゃんとお線香あげてから!」
 後ろからは、いとこ達のはやす声が聞こえる。

 縁側で伯母さんが切ってくれたスイカを、いとこ達と食べているMクン。
「今年は、カブトやクワガタどうなの?」
「今年は、上のため池のクヌギ林はダメだなぁー。
 でも墓場横の栗畑はかなりいる。」
「えー!あそこぉー?」

 Mクンは、墓場横の栗畑がずっと苦手だった。
 お父さんも、お祖父ちゃんお祖母ちゃんも、「ウチのお墓なんだからMに怖いことなんてするわけないだろ」って言うんだけど、やっぱり怖い。
 だって、あそこには死んだ人がそのまんま埋まっているから…。


 Mクンのお父さんの田舎に限らず、当時は地方に行くと土葬というところが結構ありました。
 私の親の田舎がやっぱりそうでした。
 棺桶が腐るせいだったか、それとも埋められて間もない新しいお墓だったか忘れましたが、たまに足がズボッと地面に潜り込む場合があるとかで、お墓に行く時というのはいつも緊張して行ったものです。
 また、その地方だけなのか、それとも全国的にある慣わしなのかわかりませんけど、お墓(墓場)で転んで手をついたら服の片袖をお墓に置いてこなければならないっていう決まりがあったりで。

 農村でしたから、見渡す限り広がる田んぼや畑の中にポツンポツンと各家の墓場があって。
 お盆の夜ともなると、先祖の霊を迎えた印である提灯を持って墓から家へと戻る灯が暗闇の中あちこちに見える…
 もちろんそれは人だとわかっているんですけど、でも暗闇の中をふわふわと動いている灯はなんとも薄気味悪くって。
 今思えば、とても幻想的で美しい光景だったのでしょうね。


 Mクン、いくらお墓が怖いといっても、カブトやクワガタの為そこは我慢。
 その夏休みがいかに充実した夏休みだったかというのは、カブトとクワガタの捕れた量と比例するからだ。
 それに、今回は買ってもらったカメラもある。
 木の幹をのっしのっしと歩き回るカブトやクワガタの写真は、絶対撮りたかった。

「今回はさ…、ジャーン!」
 Mクン、いとこ達に誇らしげにカメラも見せびらかす。
「うぉっ!カメラじゃん!えっオマエのかよ?
 スッゲーっ!おいっ写そうぜ!」
 いとこ達と撮ったり撮られたり、フィルムはたちまち半分以上使ってしまった。
「あっ!もう、こんなに写しちゃった!
 後は明日。カブトとクワガタを写すのにとっておかないと!」


 Mクン、その夜はお父さんお母さんやいとこ達等々一族総出でお墓に行ったそうです。
 そして次の朝。Mクンはいとこ達と、まだ薄暗いうちから起きてカブト・クワガタ捕り。
 その時は大漁だったとかで、もちろんカブトムシやクワガタの写真もバッチリ撮ったんだそうです。


 楽しい時が過ぎるのは早いもの。
 あっというまに4日がすぎ、帰る日になってしまった。
 Mクンもいとこ達も、ムチャクチャ寂しくって昨日までの元気が出てこない。
 そんな午前中。いとこ達に手伝ってもらって、捕ったカブトとクワガタを持って帰れるように荷造りしている時だった。

「あーら、J子ちゃん大きくなったわねー。ウチのMより全然大きいんじゃない?」
 縁側から聞こえるMクンのお母さんの声。
 Mクンが振り返ると、ちょっと大人びた感じの少女が縁側に立ってMクンに手を振っていた。


 Mクンにとって、J子ちゃんは親戚の子供の中で唯一同じ歳だったんだそうです。
 といっても、J子ちゃんの家は本家中の本家。Mクンのお父さんの実家はその分家にあたっていたこともあるのか、田舎に行く度会うというわけでもなかったらしいんです。

 実はMクン、小さい頃からこのJ子ちゃんのことが、密かに好きだったんだとか。
 Mクンは一人っ子でちょっと甘えん坊なところがあるのに対し、J子ちゃんはいわゆるしっかりして面倒見のいいお姉さんタイプ。
 同じ歳なのに、いつもこんなお姉さんがいたらなぁーと思っていたということです。


「なーんだ。今日帰っちゃうんだー。」
「うん。」
「たまには、ウチにも泊まりにおいでよー。」
「うん。」
 小学校4年生といったら、女の子の方が全然大人びている。
 しばらく会わなかったJ子ちゃん。すっかりお年頃っぽくなっちゃってMクン、なにをしゃべっていいかわからない。

「あっ!そうだ!J子ちゃん、ちょっと待ってて。」
 何を話したらいいかわからなくて、すっかり困ってしまったMクンが思いついたのはカメラ。
 確かフィルムは、何枚か残っていたはず。
 Mクンは、J子ちゃんのことを写してあげることで、カメラを自慢したかった。

「J子ちゃん、ほら!写してあげる!」
 Mクン、J子ちゃんのところに戻ってくるなり、後ろに隠したカメラをJ子ちゃんの方に向けた、その時だった。
「キャーっ!やめてっ!キャーっ!キャーっ!」

 いきなりのヒステリックなJ子ちゃんの悲鳴。
 Mクンを押しのけるようにして、家の中に駆け込んでしまったJ子ちゃん。
 1人、その場に取り残されるMクン……

 突然のただならぬ悲鳴に、縁側からこちらを見ているMクンのお父さんとお母さん。
 お祖父さんお祖母さん。
 J子ちゃんのお母さん、大人たちみんな…

「ぼ、ぼく、何もしてないよ。た、ただ写真を撮ってあげようと…。」

 ふと、肩を叩く感触にMクンが振り返ると、一番年上のいとこが困ったような顔をして笑っていた。
「M、気にすんな。J子ちゃんだって別にオマエのこと、悪く思っちゃいないから。
 ただ…、ただ、ちょっとビックリしただけなんだ。
 だから気にすんな。」
「ぼくは、写真を撮ってあげようとしただけだって!」

 半べそになって大声をあげたMクンの両肩を後ろから抱えたのは、Mクンのお父さん。
「おいM!女の子を撮る時は、ちゃんと写していいか断ってから写さないと嫌われるんだぞ。」
そう言ってゲラゲラ笑っている。
「そんなこと言ったって…。」
 J子ちゃんにカメラを自慢したかったんだ。とは、さすがに言えなかった。

「おい、M。話すには丁度いい時なのかもしれない。ちょっと来い。」
 お父さんはそう言って納屋の向こうへ歩いていく。
「なんだよー。」
 ちょっと不貞腐れてみせながらお父さんの後を追いかけるMクン。

 納屋の向こうは、直接陽に照らされとても暑かった。
「ふぅーっ!あっちいなぁー、ここ。」
 お父さんは、それだけ言ってなにも語らない。

 怒られるんだろうと思って下を見ていたMクンは、ちょっと不審げに恐る恐るお父さんを見上げる。
 そんなMクンに気がついているのかいないのか、お父さんはなにやらじっと空の方を見て黙ったまんま。
 脇の庭木のすぐ手が届くところで鳴きだしたのはツクツク法師。
 今、手を伸ばせば捕まえられる。Mクンがそんなことを思ったときだった。

「なぁM、お前は幽霊っていると思うか?」
「えっ!?」
「幽霊…。まぁ幽霊でもいいし、宇宙人でもいい。
 雪男でもいいし、ネッシーでもいい。お前、そういうのって、いると思うか?」
「宇宙人やネッシーはいると思うな。
 でも幽霊はいないんじゃないかなぁー。」

 ツクツク法師は、いつの間にか鳴き止んでいて…

 そのMクンの答えに、思わず大笑いするお父さん。
「幽霊はいないっていうくせして、なんでこないだの夜、お墓に行くの怖がってたんだよ。」
「……。」
 痛いところをつかれ、何も言えないMクン。
 無関心な2人の様子に安心したのか、再び鳴きだすツクツク法師……

「あのな、父さんも幽霊がいるかどうかなんてわからん。
 でもな…。でも、世の中には誰も説明のつけられない、
 わけのわからないことっていうのがあるものなんだ。
 幽霊みたいなものがいるんだって思ってしまった方が、よっぽど納得いくってことがさ…。

 お前も自分のカメラ持ったことだしな、今後これだけは約束しろ。
 J子ちゃんには、絶対カメラを向けちゃダメだ。
 今後、J子ちゃんにカメラ向けたら…、
 いや、J子ちゃんの前でカメラを出したら、お前のカメラ取り上げるからな。いいな。」


 この時、お父さんが何を言っているのか、何を言いたいのか、Mクンは全くわからなかったそうです。
 お父さんが、なにかとても真剣に話しているってことだけは伝わってきたものの、自分に何をどうしろって言ってるんだろう?って思って。
 だから、その後お父さんが話した事というのは、Mクンにとって、ある意味世界観がちょっと変わってしまうくらいだったといいます。


「これは、なぜだかわからないだ。
 人間ってぇのは、なぜだかわからない時は、幽霊だとか、神だとか、そういう物を持ち出して
 無理にでも納得するしかないんだ。
 世の中にはそういう事だってあるってことなんだ。
 だから、この事についてなぜってことをお前に説明する事はできない。
 こういう事実があって、だからそれをしてはいけないんだということだけを憶えておけ。
 いいな!」

 そう言って、Mクンの目の奥をグッと見据えたお父さん。
 その有無を言わせない強い視線に、思わずコクリとMクンはうなずいた。

「J子ちゃんは、生まれてからこのかた、
 写真を撮ると泣き顔にしか写らないんだ。
 どんなに笑っている時に写しても、絶対泣いている顔なんだ。
 写真屋さんに頼んだってそうなんだ。
 だから、お前がカメラを向けた時、J子ちゃんは逃げ出しちゃったんだ。」

 傍のツクツク法師は、いつの間にかどこかに飛んでいってしまったのか?
 でも、あたり一面からいろんなセミが鳴く声がワンワン聞こえてきて…。
 夏はまだまだ真っ盛り。


 その時、お父さんはそれ以上は語ろうとしなかったそうです。
 ただ…
 Mクン、いつもは聞けばなんでもわかりやすく教えてくれるお父さんが、そんな風な説明しかしてくれないということで、逆にこの事がとっても異常な事なんだって気がついたといいます。



 そして後日。
 田舎で写した写真が出来てきて、それをお母さんと見ていた時。
 Mクン、お母さんに、ふとその事を聞いてみたんだそうです。
 その時は、お母さんも何をどう言ったらいいかしばらく考えていたといいます。

「その話はね、母さんもそんなによくは知らないのよ。
 でもね、そのどうしても泣き顔になっちゃうって写真、母さんも1度だけ見たことあるのよ。」

 Mクンのお母さんは、そこで話を一端区切ると、窓の向こうを見て黙ってしまった。
 その横顔をじっと見続けるMクン。
 やがて、お母さんはまたMクンの方を見て。でも視線はMクンのはるか後ろを見ているよう…。

「あのね、
 母さんね…、
 いままで、あんなに怖い物…、見たことないかもしれない…。
 うん、写っているのは確かにJ子ちゃんなのよ。
 でも、違うの…。
 J子ちゃんなんだけど、よぉーく見ると違う女の人が写ってるの。
 ううん。知らない人。誰も知らない女の人。

 母さんが見た写真は、
 J子ちゃんが幼稚園に上がる前くらいの時の写真なんだけど。
 じっと見てるとね、J子ちゃんの顔が大人の女の人に見えてくるの。
 大人の女の人が、泣き崩れているような顔に見えてくるのよ。

 泣いているんだから悲しいんだろうけど、
 その悲しさが悲しさを通り越して、ツーっと怒りとして伝わってくるのよ。

 そんなこと言っても、まだわからないよね。
 たぶん大人にならないとわからないかもしれないな…。

 でね、母さん、その写真を見た夜、お父さんに言ったの。
 たぶん、ああいうのが怨念っていうものなのよねって…。
 そしたらお父さん、ああやっぱりお前もそう感じるんだなぁーって。

 でね、聞いたの。何があったのって…。
 でもね、教えてくれないのよ。
 っていうより、お父さんも詳しい事は知らないみたい。
 お父さんが言うことには、
 分家の人間には教えてもらえないんで、あくまで推測なんだけど。
 怨念だとか、祟りだとか。その類の因縁めいた話があるらしいって……」




26話目終わり。フッ!
                 ―――─ 第26話目「泣き顔」メルマガ配信日:09.12.23
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