2016
10.30

怪談16.10.30

Category: 怪談話-番外

 6月に『夏至の夜』という、昔、英会話学校に通ってた頃に先生のケイトという人から聞いたお話を載っけたんですけど、実はそのお話、聞いたのは秋。それも、10月の初め頃だったんです。
 きっかけは、その英会話学校のレッスンで話題になったハロウィーンでした。
 その時は、レッスンの後もそんな話をしていたんですけど、ケイト先生が思い出したように、子供の頃、親の仕事の関係でスコットランドに住んでいた時にあったハロウィーンにまつわるお話をしてくれたわけです。
 夏至の夜のお話はその流れで出てきたのですが、まぁそんなわけで明日はハロウィーンということで、今回はそっちのお話を。


 それは、わたしが10歳のハロウィーンの時のこと。
 わたしはカナダ生まれのカナダ国籍だが、当時、親の仕事の関係でスコットランドに住んでいた。
 住んでいたのは、グラスゴーの郊外にある住宅街。比較的新しい住宅街で、今思えばアッパーミドルからミドルクラスが住むエリアだったんだと思う。
 新しい住宅街で、住人もそういうクラスの人だったから整備されたきれいな街並みだった。
 しかし、その住宅街のまわりはホント辺鄙な所だった。
 わたしの住む住宅街に隣接している、古くからあるワーキングクラスの人たちが住む住宅街の向こうは牧草地や荒地が延々広がっていた。
 そして、それらを隔てるようにある森や小川。
 それは、春から夏なら牧歌的で伸びやかで美しい景色なのだが、秋の終わりから冬になると、ただただ荒涼としていて寂しいばかりだった。

 とはいえ、わたしたち子供は友だちさえいれば元気いっぱい。
 確か、スコットランドに来て2年目だった。学校にも慣れて友達もたくさんできて、その年のロウィーンを楽しみにしていた。
 家も周りは、新興住宅地ということで子供のいる家庭が多かったからなのか、ハロウィーンが近くなると、どこの家もオレンジ色のジャック・オ・ランタンを飾っていた。
 ハロウィーンの日には、お菓子もいっぱい準備したり。
 とはいえ、仮装の方は、今からみれば全然地味だったんだろう。
 それでも、紙やらで何やらみんなで作って、それはそれで楽しかったと思う。

 そのハロウィーンの夜、わたしは、近所の友だち何人かと家々をまわっていた。
 でも、途中で同じクラスの、昔からこの土地に住んでいる男の子たちのグループにバッタリ会って。
 男の子たちは、自分たちの住んでいる地区よりわたしたちの住む新興住宅街の方が貰えるお菓子が多いとみて、わざわざこっちに来たようだった。
 わたしたちは合流して一緒に家々をまわっていたのだが、そのうち男の子たちのグループの1人、ショーンが「ウチの方にも来なよー」って誘ってくれて。そんなわけで、今度はみんなでショーンたちの家のある古くからある住宅街の方に行くことになった。
 さっきも言ったが新興住宅街の外といえば、とにかく寂しい土地が広がるばかりなのだが、その夜は友だちと一緒。しかもハロウィーンってことでみんな浮かれていたから、みんなでワイワイ騒ぎながらそっちに向かった。

 それは、みんなワイワイはしゃいで歩いていた時だった。
 先頭を歩いていたショーンが、急にこちらを振り返った。
 そして、私たちに向かって、人差し指を口にあてて「シーっ」と。
 思わず黙ったわたしたちにショーンは、「シー」のポーズのまま左手である方向を指差した。
 つられて見たその先にあったのは、こんもりと背の高い林。
 冴え冴えとした夜の暗がりの中、そこだけが深く沈んでいて。
 さらに、目を凝らすと、木々の間に見え隠れしている大きな屋根が見えた。
「あそこには、男と女のゴーストが住んでいるんだ。
 子供がいると、家に連れ込んで食べちゃうって言われている。
 だからここは静かに、そして急いで歩こう。
 ヤツらに気づかれないように…。」
 そんな風にヒソヒソ声で話すショーンは、いつものおどけもののショーンとは大違い。
 とはいえわたしたちも、それを鵜呑みにするほど子供ではない。
「まーたー!怖がらそうと思ってー。」
 わたしたちがそんな風にゲラゲラ笑い出した時だった。
 一瞬、顔にさっと怯えを走らせるショーン。
 その男と女のゴーストが住むという木々に囲まれたその家の方を、さっと振り返り、そして悲鳴に近いような声を発したのだ。
「みんな走れ!全速力で!ボクの家まで!」

 この時は怖いっていうよりも、ショーンが走り出したことにとにかく驚いた。
 全員パニックのようになっちゃって。わたしたちは、ひたすらショーンの後を追いかけた。
 気がついた時は、みんなショーンの家でハァーハァー息をついていた。

「もぉー。おどかさないでよー。」
 わたしたちは、ちょっとおかんむりだった。
 だって、ショーンがいきなり走り出したもんだから驚いたし、あと、ここまで全速力で走ってとっても疲れたというのもあった。
 しかし、ショーンたち、昔から住んでいる子供らは、お互い顔を見合わせ、何か頷きあっているばかり。 
「キミらは見なかったのか?
 あの家で動き回っていた2つのオレンジ色の光を…。」
 もぉあっけにとられちゃって。しばらく、ポカンと口を開けたままのわたしたち。
 でも、すぐに大声で笑い出していた。
 だって、ハロウィーンの夜にオレンジ色の光といったら、それはジャック・オ・ランタンに決まっている。
「オレンジ色って、それはカボチャランタンでしょ。」
「あの家は誰も住んでないんだぜ。
 なのに、なんでカボチャランタンがあるんだ?」

 確かにそうだ。でも、ハロウィーンということで、誰かがイタズラに置いたのかもしれない。
 そんな風にわたしたちはしばらくワイワイやっていた。
 でも、「まぁまぁ賑やかね」とショーンのお母さんがやって来て。
 そして、自ら焼いたというケーキをご馳走してくれた。
 ほっぺたが落ちそうなそのおいしさに、わたしたちもショーンたちも、そんなカボチャランタンのことなんてすっかり忘れてしまった。

 楽しい時間の経つのは早いもの。
 ショーンの家にずいぶん長居をしてしまったわたしたちは、時計を見てかなり慌ててしまった。
 ショーンに「そろそろ帰らなきゃ」って言うと、ショーンが口を開くより早くショーンのお母さんが、わたしたちの人数を数え始めた。
「これじゃぁ、ウチのクルマだけじゃ乗り切れないわね。
 ショーン。隣に行って、クルマ出してもらうように頼んできて。」
 そう言うなり、ショーンを急かすように使いにやった。

 わたしたちは「大丈夫ですよ。わたしたちだけで帰れますから」と言ったのだが、ショーンのお母さんは聞かなかった。
 「外はもう寒いからクルマで帰りなさい」と言うばかり。
 そんなわけで、その夜わたしたちは、ショーンのお父さんと隣の家のおじさんのクルマで新興住宅街まで送ってもらって帰った。
 もちろん、全員。


 大騒ぎが起こったのは、次の朝だった。
 それは、昨夜も一緒だったルーシーの家。
 朝になっても起きてこないルーシーに、お母さんが部屋に行ってみると、ルーシーがいなかったというのだ。
 昨夜は、もちろんルーシーもショーンのお父さんたちのクルマで帰ってきた。
 それはわたしたち全員が知っているし、何よりルーシーの家族も帰ってきたルーシーと話をしてた。
 ルーシーのお母さんは、ルーシーがベッドにはいるところまで見ていたというのだ。
 なのに、朝になってみるとルーシーの姿はどこにもいない。
 外着に着替えた様子もなく、靴だって全部家にあったらしい。
 この11月の寒空の下、ルーシーは靴も履かずパジャマだけでどこにいるというのか?

 わたしたちの住む新興住宅街もショーンの住む昔からある住宅街も、もぉ大騒ぎになった。
 即座に人が集められ、付近を捜しまわった。
 もちろん、あの空き家も…。
 でも、ルーシーの姿はどこにも見つからなかった。

 それは、ルーシーの家族の焦燥がピークに達した4日後のことだった。
 ルーシーは、住宅街から5、6キロほど離れた森で見つかった。
 特に怪我とかそういう様子もなく、何で死んだのか、結局わからなかったらしい。


 そして…
 その後しばらくたって、わたしたちの間で流れた奇妙な噂が流れた。
 ルーシーのパジャマのポケットには、漢字が印刷された赤い包み紙のキャンディがいくつも入っていたらしい。
 漢字といえば…
 ハロウィーンの夜、ショーンたちが怯えていたあの家。
 あそこはその昔、華僑の夫婦の持ち物だった。
 相当なお金持ちだったけど、子供がなかったらしい。
 ある夏のこと、その家に避暑に来ていたその夫婦。
 たまたま出かけたドライブで事故を起こして2人とも死んじゃって…
 以来、その家はずっと空家。
 誰も住もうとしない。
 だって、あの家には、今でもその2人のゴーストが住んでいるから……


 それは、わたしたちの学校でそんな噂がパーッとたって。そして、あっという間に話されなくなって間もなくだった。
 ショーンによれば、ある日、パワーシャベルやブルトーザーが何台もやってきて。
 例の家を取壊したかと思うと、さらにまわりの木々も全て切り倒して。
 あっという間に更地にしてしまったのだと。


 ショーンたちとは、その後も学校では普通に遊んだ。
 でも、ショーンたちの住む古くからある住宅街には行ったことがない。



                             ―― 『漢字の包み紙』〈了〉


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2016
10.23

怪談16.10.23

Category: 怪談話-番外

 ある夏のこと。
 都内に住むA木さんは、友人と二人、N県にある湖にバスフィッシングに行ったんだとかで…


 バスフィッシングの為だけに、はるばるN県まで行くなんて――それも都内から――と思う人は、もしかしたら多いのかもしれない。
 きっかけは、知人のC田の話だった。
 そのC田。彼はN県に実家があるのだが、お盆に帰った時に近くにある湖でバスフィッシングを楽しんできたとかで。
 その時の釣果と、あと景色の素晴らしさをさんざん聞かされた私は、どうにもこうにも一度行ってみたくなったのだ。

 実は、私。ちょうど、いつも行っている近県にあるZ沼に、ちょっとマンネリを感じていた時だった。
 とはいえ。普段だったら、そんな理由で、わざわざN県まで行くなんてことはなかったのかもしれない。
 つまり、あの時、私をN県のその湖に駆り立てたのは、その夏の狂ったような暑さだった。

 Z沼には、その前の週末も行っていた。
 その日が問題だったのだ。
 つまり、その日というのは、日本全国各地で観測史上最高の気温を記録した、あの日。

 Z沼というのは、位置的には、関東平野の真ん中のちょっと下くらいにあって、つまりは内陸部。
 内陸部ということは、夏はとにかく気温が高いわけだ。
 さらには、Z沼というのは、その名の通りのごとく沼。
 沼というのは、水面にいるかぎりは平らなわけで、日差しを遮るものがない。
 あの日の強烈な日射し、さらには水面の照り返しで、それは、まさにオーブンのように上下から炙られているような灼熱地獄。
 いや。これは冗談でも何でもなく、あの日は、鼻の中まで日差しでヒリヒリしてくる感じだった。
 しかし、しかしだ。
 私が、そんな地獄の業火のような日差しより何より耐えられないって思ったのは、沼の底から垂れ下がってくるような、ジトーっとしたあの湿気だった。

 そんなことを言うと、「垂れ下がる湿気」って何なんだよ?湿気なら、「立ち昇る」の間違いだろって、普通は思うんじゃないだろうか。
 ただ、あの日のZ沼の湿気に限っては「立ち昇る」なんて表現できるような生易しい湿気ではなかったのだ。
 それこそ、湿気が、沼からブクブクとはみ出すように湧いてきちゃぁ、その重みで上昇することも出来ずに、水面にデロデロと広がって。
 次から次へと大気を侵食していくような、そんな感じだった。

 その湿気の気持ち悪さときたら、沼に浮いているアオコが大気に溶け込んでいるようで。
 いや、いくら沼の上だからって、沼のアオコが大気に溶け込んでいるわけがない。それは、わかっている。
 でも、直射日光に炙られた沼の水の匂いと相まって、独特の臭気のある湿気が体中に――それこそ、パンツの中まで!――デロデロ~、デロデロ~と侵入してきて……
「わぁぁーっ!」

 いや。あの時の暑さは、今思い出してみてもゾッとする。
 暑いのに、ゾッとするとはなんだ!と怒る人もいるかもしれないが、そう思うのだから仕方がない。


 あの時は、このまま釣りをしていたら間違いなく、熱さで気が狂うって確信して。私は、もぉほうほうの体で家に逃げ帰った。
 そんな家に帰った私が、ふと思い出したのが、知人のC田から聞いたたN県のその湖だったというわけだ。

 そして、それは次の週の金曜の夕方。
 そもそもよ、「湖」っていうだけで涼しげだよな…
 な~んてなことを思いながら。
 私は、ホワイトボードに「Q社打合せ→直帰」とそれっぽく、かつ、さりげない仕種で書くと、早々に会社を出た。
 後は、家に帰って。クルマを走らせ、友人のB藤を拾って。
 一睡もしないで、はるばるN県の北にあるその湖までまっしぐら。

 しかし…
 考えてみれば、N県だって、同じ日本なわけで。
 カンカン照りの日差しの中で釣りをしていたら暑いのは同じだった。
 いや。とはいえ、暑いながらもずっとボートに乗って釣りをしていられた。
 いつものZ沼でそんなことしていたら、熱中症であの世行きになっていたかもしれなかった。

 せめてもっと釣れたらなぁ…。
 そう、私と、一緒に行った友人のB藤の不満の根本はそこにあった。
 はるばるN県の北の方まで行って、たった2匹じゃ、さすがに空しい。
 とはいえ…
「まぁーよ。帰りに温泉に浸かれたのはよかったよな。」
「あぁ。その後、食ったメシもウマかったしな。」
「釣りの後、のんびりと温泉に浸かって、美味しいものを食べて…。
 ま、その辺は、さすがに観光で名高いN県だよな。」
「確かになー。
 いつものZ沼じゃ、そんなこと期待出来ねーもんなぁ…。」

 そんなことを話していたのは、ついさっきのこと。
 助手席のB藤は、いつの間にか寝てしまったらしい。
 もぉすっかり夜中になっていた。
 昨夜は一睡もせずにこんな遠くまで来たわけだけど、温泉に浸かった後仮眠もとったので、特に疲れはなかった。
 釣りの後、温泉に入って、その後食事もしたので、むしろ普段より体が軽いくらい。
 もっとも、そのせいでこんな夜中になってしまったわけだが…。
 ただ、こんな時間だから道もすいているし。
 たぶん、夜が明ける前には自宅に着くだろう。
 ふと、助手席に目を向けると、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ているB藤の顔が。
 ちぇっ、いい気なもんだな…
 峠を降りたら、運転かわってもらうかな…

 クルマは、県境にある峠の辺りを走っていた。
 カーステからは、私の好きなハードロックが景気よく流れていた。
 音楽に合わせて、ハンドルを握る手がリズムをとっていた。
 そして、自然と口から出てくるサビのフレーズ。
 そんな、快適な夜のドライブ……

  うん?こんな夜中に誰か歩いてる…
 まだ、はるか向こうだったが、左の路肩を歩くその人の姿を見た時、こんな時間のこんな場所になんで?と、私はちょっと驚いた。
 見れば、その人、こっちに向かって歩いているようで…

 あれ?なんか荷物を背負ってるのか…
 あ、なーんだ。登山者か。
 その人は、かなり大きなザックを背負っているのか、妙に四角張って見える。
 そういえば…、そう。確かこの峠の近くに、なんとかっていう有名な山があったっけ…

 そこは峠とはいえ、比較的真っ直ぐな道で見通しがよかった。
 だから、左の路肩を歩く登山者をなるべく避けて走ろうと、ハンドルをわずかに右に傾けた。
 すぐにクルマはセンターラインを跨ぐように走り出し、私の注意は登山者よりもむしろ対向車線にいった。

「うん。うーん…。
 あれ?今、どの辺?」
 やっと目を覚ましたのか、助手席からB藤の声がした。
 県境の峠だと言うと、B藤は、まだ寝たりないのか。あくびをかみ殺しているような声でムニャムニャ言った。
「そぉっかぁ~…。
 じゃぁよぉ~。峠ぇ~、降りたらぁよぉ~、
 運転…、代ぁわろぉ~かぁ~?」

 それは、その「運転、代わろうか?」という言葉が終わる直前。
 B藤のムニャムニャ言葉がスパっと途切れ――。
「う、うっそだろっ!
 うわぁぁぁー!」
「っ!」
 その時というのは、何より助手席のB藤の大声に驚いた。
 だから。
「バカヤロっ!オマエ、ふざけんなよ。危ねーだろっ!」
 無意識に助手席の方に目を走らせながら言ったのは、私が運転するクルマと例の登山者がすれ違う、まさにそのタイミング。
 フロントガラスの左半分から助手席の窓へと、例の登山者の姿がコマ送りの映像のように流れていく。

 ソレは、畳みたいな頭だった
 大きくて、四角で、平べったくて
 こっちを見て、ゲタゲタ笑ってた 
 …………。


「何なんだよっ!アレはよっ!」
 私もB藤が、やっと口をきけたのは、かなり走って見つけた深夜営業のドライブインの駐車場だった。



                            ―― 『峠の畳屋さん』〈了〉

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2016
10.10

怪談16.10.10

Category: 怪談話-番外

 このお話は、A橋さんという、某広告代理店に勤めている方から聞いたお話なのですが、怪談としては、とても地味ぃ~なお話で。
 怪談ファンが喜ぶような怪奇な出来事は、一切出てきません。


 それは、35歳の誕生日が近づいた頃だった。
 ちょうど区切りだし、自分の人生を占ってもらおうと思ったのだ。
 きっかけは、友人から、よく当たると評判の占い師の店を聞いたことだった。
 東京の近郊の、おそらく誰でも知っている寺院の門前にあるというその店に、週末、私は足を延ばした。

 なんとなくわかると思うが、男で、しかも、まぁ多少はいろいろあるけどなんとか毎日やってる…なんて人は占ってもらおうなんて考えないんじゃないかと思う。
 占ってもらおうなどという人は、不幸な出来事が続いているとか、もしくは何かに迷っている人なんじゃないかと思う。
 つまり、その時、私は後者だった。


 私が社会人になったのは、バブル崩壊後の就職氷河期が始まる寸前だった。
 そんな頃に、外資系の広告代理店に営業として入社して。
 ま、当然いろいろな苦労もした。でも、広告の営業は、多少強引なところがある私の性格に向いていたのだろう。
 30代になった頃には、多くのクライアントを抱えていて、社内でも、そこそこのポジションを得ていた。
 仕事は、確かにハードだった。
 でも、それにがむしゃらに取り組み、そしてこなしていくことで自分に自信もついたし、そして、それに見合う給料も付いてきた。
 たまに、大学時代の友人たちに会ったりすると、外資の、しかも広告代理店ってことで、なんかちょっと違うように見られて。
 そのことは、私も意識していたと思う。
 
 住まいは、20代最後の年に買った、都内のマンション。
 その前の年に買った、外車のスポーツカーを乗り回し、ブランド物に身を固め、年に1回は彼女と海外旅行に出かける……。
 こうして思い返していて、あまりにステレオタイプで嘘くさい感じすらしてくる生活。それが、あの頃の私の暮らしだった。

 そんな私が、この頃はなんでこんなに歯車がうまく回らないんだろう?と感じるようになったのは、30代になって、ちょっと経った頃。たぶん、32とか、33歳の頃だったと思う。
 最初は…、そう、忘れもしない、いつも使っていた印刷屋の社長からの電話だった。
 聞けば、頼んでいたパンフレットの納期を伸ばしてほしいとかなんとか。

 納期なんて伸ばせるわけなかった。
 なぜなら、そのパンフレットは、1年に渡って続くプロジェクトの中で使うものなのだ。そのタイミングでパンフレットが出来上がってなかったら、プロジェクトの予定が全部狂ってしまう。
 そんなこと、許されるわけなかった。
 思わず、電話口で「絶対駄目だ」と怒鳴っていた。
 いや。いつもの担当者でなく、電話が社長からだというので変な気はしていた。
 その印刷屋の社長は、私がいつも仕事を発注している担当が急に辞めてしまっただの、そもそもスケジュールに無理があっただのといい訳を言っていたので、私はその場で仕事をキャンセルした。

 印刷屋は、他にいくらでもあった。
 現に、その何日か前にも、仕事をもらえないかと印刷屋の営業が来ていたくらいだ。
 確かに日程の問題はあった。でも、今までの経験から言って、無理をすれば出来ない日程ではないと私は踏んでいた。
 私は、電話を切るや否や、部下に命じて、すぐに営業に来ていた印刷屋を呼び出した。
 飛ぶようにやってきた営業は、そのスケジュールのタイトさには、さすがに引きつった顔になって。いったんは仕事を断った。
 でも、私がそれを押して頼んだのと、さらにその分はずんだ料金の魅力には抗しがたかったのだろう。
 結局、仕事を受けた。
 パンフレットは、もちろん期日通りあがった。
 もっとも、こっちの胃が痛くなるくらいギリギリだったが。

 その時は、なんとかした。
 ただ、その後も、そんなようなトラブルや突発的なことが続いて。
 それが、たまたま一つなら何とか対処出来るが、続いたり、さらには重なったりすることあるとキツイなんてもんじゃなかった。
 そんな風に仕事がうまく回らないと、私も焦って、さらにつまらないミスをしたりした。
 結果、他社に仕事を持ってかれたり、うまくやってる同僚や後輩に差をつけられたり…。
 
 ちょうどそんな時だった。
 ずっと10年近く付き合っていていた彼女から、一方的に手ひどい別れを告げられたのは。
 ある夜、急に別れを告げた彼女は、その理由すら言わなかった。
 それでも聞くと、今度は一方的に私を罵って、あっという間に出て行った。
 荷物も置き去りにして。

 そのあまりの態度に、腹をたてていたうちはまだよかった。
 彼女とはずっと半同棲状態だったから、急にいなくなられると家の中がガラーンとしてしまって。
 そのあまりの空虚さに 休日の夜なんか人恋しさで堪らなくなって。とにかく誰かと話したいと、大学時代の友人に連絡しても「悪いなー。最近は景気悪いくせして、やたら忙しくてさ」のひと言が返ってくるばかり……

 その結果、私が覚えたのは、金を使って憂さを晴らすことだった。
 服や家電・家具、そういった買い物から始まって。
 次は、映画やコンサート、あるいは美術展等に通って、自分は文化的流行の最先端にいるんだって思い込むことで満足を得ようとした。

 でも、どれだけお金を使っても寂しさを埋めきれなくって。
 そう。まさにあの時だった。寂しいという、10代の中頃以来忘れていた感情を覚えるようになったのは。
 とにかく、仕事関係以外の人と話をしたくって。今で言うキャバクラみたいな女の子がいる店に行ったりもした。
 しかし、最初は月2、3回だったそれが、やがて週1、2回。気がつけば毎日行っていたなんていう週もあるくらいになって。
 酒量がやたら増えて、気がつけば体重が30キロ近く増加。
 健康診断では、たちまち引っかかったのを憶えている。


 と、そんな、その頃の私の状況を述べたところで、話は最初の当たると評判の占い師の店に行くところに戻る。
 その店に入ると、まず何を占って欲しいか聞かれた。
 総合運とか、結婚運とか、仕事運とかメニューのようなものがあって。いや。それには、ちょっと面食らったのだが、とりあえず「総合運で」と頼んだ。

 占いのメニューがあったのにも鼻白んだが、実は、その占い師を最初に見た時には拍子抜けした。
 評判の占い師ということで、TVに出てくるガラガラ声のおばさんとか、白髭丸眼鏡のお爺さんみたいのを想像していたのに。
 店に座っていたのは、なんともまぁごくごく普通の中年のおじさんだった。

 その、見たところ普通のおじさんの占い師は、しばらく四角い木の棒何本かを机の上に並べちゃひっくり返したりしてた。
 私はそれを「ふーん…」と見ていたのだが、その占い師が、時々私の顔を上目遣いにチラッチラッと見るてくのは不自然な感じで、ずっと気になっていた。
 その占い師、実は店に入った時からそんな感じで、私は「なんだか気分悪いヤツだなぁー」と思っていた。


 そんな占い師の口から告げられた占いの結果は、ホント、ロクでもないものだった。
 何歳の時に肝臓に注意だとか、何歳の時は交通事故に注意だとか、まぁムチャクチャ悪い事がないのはともかく。その代わり、楽しい事も一切なかった。

 いやもぉ信じる信じない以前だった。
 正直、金を払うのもバカバカしいって思ったくらい。
 そして、それは、そんな私が椅子から立ち上がりながら、「いくら?」とぞんざいに聞いた時だった。

 占い師が、あの入った時からずっとしている、チラッチラッと盗み見るような目つきで私を見ながら。さらに、首を傾げるように「あなたは、どういう仕事をなさっている方なんですか?」と聞いてきたのだ。
 いや。その時、私はよっぽど笑い話のように「占ってみろよ」って言おうかと思った。
 でも、そう言おうと思った瞬間、なぜかふと気が変わった。
「広告代理店だけど…。」

 すると、その占い師はまた首をかしげてウーンと唸って、言った。
「失礼ですけど…。
 あ、これから先は料金はいりませんので。
 だから、そこは安心して聞いて欲しいんですけど…。
 あ、だから、まぁちょっとお掛けになって…。」
 私は、つい椅子に座ってしまったのだ。

「失礼なこと言うようですけど、
 あなたが店に入ってきた時、思わずドキっとしたんです。」
「…!?」
「というのは…、あー、いいですか?
 怒らないで落ち着いて聞いてくださいよ。
 あなたはね、相当な数の人たちから恨まれているようなんです。
 ある意味、これだけ強く恨まれていたら、
 呪われているって言ってもいいくらい…。」

 なんとなく進められるがままに椅子に座ってしまった私だったが、その占い師の言葉に、即座に「あっ!これが霊感商法ってヤツか」と気づいた。
 とはいえ。こうなったら、騙されたふりして。この後、コイツが何を言うのか聞いてやるのも話のタネになると、私は黙って話を聞くことにした。

 そんなことを知ってか知らずか、占い師は話を続けた。
「呪いとか言ったって、夜中に藁人形に5寸釘とか、そういうことではないんですよ。
 そうではなく、日常生活の中でのあなたへの積もり積もった恨みが、
 まるで、呪いのように凝り固まっているのが感じられるんです。」
「ほぉ。」
「あなただって、たぶんあるでしょう。
 まわりの人がうまくいっているのに、自分だけがうまくいかない。
 そんな時、アイツが何かで失敗すればいいのにって、思ってしまうこと…。」

 霊感商法だと思っていた私は、占い師の言うことを「ほぉ、なるほど。だから?」みたいに、冷やかすように面白がりながら聞いていた。
 ところが、話を聞いているうちに、「えっ!もしかしてこの占い師、とんでもないことを言っているのかも…」と思うようになったのだ。

「実は、私も昔、ある中堅の食品メーカーに勤めていたから経験があるですよ。
 あなたもたぶんわかってると思いますけど、
 そういう給料の安いメーカーとかに勤めている人間っていうのは、
 広告代理店はもちろん、その社員にもいい印象持ってないですよね。
 というのも、ほら、給料の差を考えちゃうと…。
 俺は、毎日、流通に頭下げ、怒鳴られ、こき使われと、
 泣きたくなるような思いで働いても、あれしか稼げないっていうのに…。
 こいつは、こんなチャラチャラしたブランドもののスーツ着て。
 話の中に、横文字の言葉、適当に並べてしゃべってやれば、
 こんな田舎メーカーの連中なんて恐れ入るだろうって。
 そんな風に心の中で嘲笑いながら、いったいいくら貰ってんだ?
 倍くらいか?いや。もっとか…、って。
 ね?それは、あなたも、うすうすわかってることでしょう?」
「う…。」
「広告代理店の営業が、見積もりを置いて帰った後。
 その、目の玉が飛び出るくらい高い見積もりを前にして、
 その営業のこと、みんなでボロクソにこき下ろしてたこと、何度もありますよ。」
「……。」
「まー、それを言ってた私が言うのも何ですけどね。
 あの時みんな心の内にあった、あのメラッという思いっていうのは、
 今思い出してみても、ゾワッと寒くなるっていうんですかねぇ…。」

 その時、私が「この占い師、とんでもないことを言っているのかも…」と思ってしまったのは、実は、それとほとんど同じことを、取引先の食品メーカーの担当者から冗談とも嫌味ともつかない口調で言われたことがあったからだった。
 いや。もちろんその時は、その年齢の割にやけに老けた顔の担当者の顔を見ながら、軽く笑って流して。
 そんなこと、すぐ忘れてしまったのだが…。

「大人の世界で生じる恨みや呪いっていうのは、
 死ねなんて、そんな具体的なものじゃないんですよ。
 それは、言葉として形を成さない、もやもやとした、でも、もっと短絡的な、
 一瞬の感情に近いものなんです。
 ただ、だからこそ、それが積み重なると恐ろしいわけです。
 だって、その恨みが解消される具体的な何かがないわけですから…。」

 一つ思いあたると、次々に思いあたることが出てきた。
 命令に近い値引き要請やキツい納期、繰り返されるやり直し、そして高飛車な態度。私は、外部スタッフや下請けを泣かせで知られていた。
 それは、上司やクライアントの方が心配することもあったくらい…。


 なんだか、自分でも驚いてしまうくらい愕然としてしまった私は、その占い師に藁をもすがるように「どうしたらいいんでしょう?」と聞いた。
 でも、その占い師は、ただ首をふるだけ。
「こういうのは、どうしようもないんです。
 なぜなら、相手は、意識してあなたを呪っているわけではないのですから…。」
「じゃぁどうすればいい――。」
「ただ!ただ、ですよ。
 意識して“それ”がなされてないのであれば、
 それは、時間の経過とともに、自然と消えていくはずなんです。
 あなただって、そうでしょう?
 誰かから嫌なことをされて恨んだとしても、そんなこと、いつまでも思ってませんよね。
 何か別のこと…、それはその人にとって楽しいことだったり。
 もしくは、仕事みたいな、何かを一生懸命したりすることで忘れてしまいますよね。
 だから、それを待つしかない。それしかないんです。
 こういうことは…。」
「あ、あ…。」
「ただ。それでも、あなた自身が変わっていかないと、
 また別の場面で別の方が、同じようにあなたを恨むようになるわけです。
 そうなったら、あなたは、ずっと恨まれっぱなし、呪われっぱなしです。
 それは、それこそ死ぬまで続くことってことですよ。」


 いや。今になってみると、あの占い師の言ってたことって、どこまで本当だったのんだろう?とも思うのだ。
 ただ、彼が言ってたことが嘘なのだとしたら。
 もしかしたら、私は、彼の積年の恨みを解いてやったのかもしれない…、とも思う。
 


                               ―― 『呪い?』〈了〉

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2016
10.02

怪奇!謎の茶巾袋

Category: 怪談話-番外

 ある夜。ふと見ると、棚の上の時計が止まっていた。

 電池は買ってあったはず…。
 その時計の電池は単二だった。
 単二なんて、今時、その時計以外には使わないから、替えの電池はいつも時計の後ろに置いていた。

 上から時計の後ろを見ると、やはりそこに電池はあった。
 それを取ろうとしていて、時計と電池の間にあるそれに目がいった。

 え…
 なんで、こんなもんがここにあるんだろう…

 茶巾袋だった。
 濃い赤茶と黒の地に、ジンベエザメみたいな細かい点々の模様のやけに渋い柄。
 しかし、そんなもの、持っていた記憶も、買った記憶もない。
 もちろん、貰った記憶もなかった。

 誰かが忘れてったのか…
 いや。忘れものだとして、何でそれが時計の裏に!?

 何なんだろう?
 と、手でそれを取ろうとしたその寸前、その正体に気がついた。
「えっ。な、梨!?」
 その瞬間だった。
 プーンと。どこかすえた、でも、かすかに甘い梨の匂いが…

 まさか、そんな腐って茶巾袋のようになった梨を、まさかそこに置いとくわけにもいかず。
 捨てようと、恐る恐るつまんだのだが、それは、かすかにジットリするくらいで、もう干からびきっていた。
 しかし…

 私は、梨が大好きで、梨が出回る季節になるといくつも買ってきて。特に置くとこもないので、いつも、その時計のある辺りに並べて置いていた。
 だから、梨がそこにあっても不思議ではない。
 それはそうとしても、そんな茶巾袋のようになるまで私に気づかれずに、こっそり潜んでいたなんて……

 こわい。
 コワすぎる。
 そこに梨があった毎日、次々と手に取られてていく梨の中で、一つだけ、忘れ去られてしまったソレ…
 ソレは、梨が全てなくなった後も、ずっとそこで私に手に取られる日を待っていたというのか……

 それは、怪談以外何ものでもない(爆)

 


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2016
10.02

怪談16.10.2

Category: 怪談話-番外

 A谷さんが、かつて住んでいたのは、昔ながらの団地。
 4階建てで。2部屋(2世帯)ごとに階段が上に伸びている(当然エレベーターなんてない)、今風な言い方をしちゃうなら「昭和の香りのする」、あの団地。

 その団地も昔はたくさんの人が住んでいて、あっちでもこっちでも、子供が遊ぶ元気な声が聞こえて、ホント賑やかだったらしい。
 いや。A谷さんが住み始めた頃だって、住民は普通に住んでいた。
 でも、いつの間にか空き部屋の方が目立つようになって。
 今は、お爺ちゃんお婆ちゃんだけの世帯が多いから、団地全体がいつもシーンとしている。

「団地って、どこも古いから、木がみんな大っきいでしょう?
 俺は、それが好きなんですよ。
 見ていて、なーんか、ホッとするって言うのかなー。」
 ただ。そう思っていたのは、A谷さんだけだったようだ。


 その土曜日のお昼時。
 私の家では、いつもの話の真っ最中だった。
 つまり、ピッカピカなマンションを買って。
 こんな古臭い団地とはとっととおさらばしたい妻のB子と、ここに住み続けたい私の、この1年くらいすっかり御馴染みの会話。
 
 経済的な問題ではなかった。
 私としては、B子と結婚と同時に住み始めたその団地が、なぜかやたらと気に入っていただけ。
 まぁ馴染んじゃったってことなのだろう。
 そういえば、この1年くらい、何回かB子につき合って新築マンションのモデルルームを見たり、既存のマンションを見学させてもらったりした。
 でも、どれを見ても同じようで、見ていると疲れてくるというか、ため息が出てしまうというか。
 私としては、マンション…、それも最近のマンションっていうのは、どうも好きになれないなぁーって思うばかりだった。

 たぶん、あの変に小ギレイな感じがイヤなんだと思う。
 例えば、エントランス?あの入口のとこ…
 あのマンションに住んだら、毎日家に帰るには、あそこから入って。
 さらに、エレベーターの前で、ずっと待ってなきゃならないわけだ。
 でも、あんなやけにピカピカ、小ぎれいな所で、いったいどんな顔して待ってたらいいんだろう?って。
 それ考えると、なぁ~んかゾッとする…


 いや。そのA谷さんって。
 実は、スラーっとした体型で、齢より全然若く見えるタイプだ。
 まぁ着る物なんかは、特におしゃれーな感じはないのだが。
 でも、所々で妙にこだわりを持つ一面があって。
 それは、時計だったり、クルマだったり、その他、趣味のモノだったり。
 いったんこだわる物をがあると、それについてはとことん凝るってタイプなのだろう。

 それは、仕事でも同じだった。
 小さいながらも会社を経営していて。
 しかも、その経営は年月が経つにつれ、ますます軌道に乗ってきている様子だった。
「来年は、社員を2、3人増やして…」。
「あとは、前々から話があるあっちの方にも手を伸ばして…」なんて。そういうことを考えだしたら、もぉ止らないらしい。
 一番上手くやるにはどんな方法があるかとか、資金はどうしたらいいとか、その他アイデアが次々と湧いてきちゃう、そんなタイプだ。


「C美だって、来年は4年生なのよ。
 いつまでもD太と同じ部屋ってわけにいかないでしょ!」
 ダイニングテーブルの向こうで、そんなことを言っているB子の声は聞こえていた。
 ただ、先週の話と寸分違わぬ内容を繰り返しているだけのB子の声は、私の耳を右から左に抜けていくだけだった。
 というか、その頃には、私の頭の中は、いつものように仕事のことに飛んでいた。
 そんな時、ふと、B子の声が止んだ。
 一瞬、何の音もしなくなったことに違和感を覚えた、その瞬間だった。
 ドン!っと勢いよく叩かれたテーブルの音に驚いて。
 思わず、「えっ?」っと見たその顔は、かなり険悪なムードを醸し出していた。
 いや。たった今、B子が何を言っていたのかなんて、全くわからないが、でも、そのキンキン声は耳に残っていた。

「あなたねー。」
「あ…、え?あぁそう、うん…。」
「あなた、また、わたしの話を聞くのを止めて、仕事のこと考えてたでしょ。
「そんなことないって…。」
「嘘、言わないで。
 その目…。その目、見ればわかるんだから…。
 あなたが今している目は、会社のことで頭をいっぱいにして、
 わたしが何を言っても聞こうとしてない時の目じゃない!」

 しかし、何でそれがわかるのだろう。
 時々思うのだが、このB子という女、長年連れ添った妻ながら、ホント不思議に思う。
 ただ、わたしの方も、その辺は心得たもので。
 B子の声が、あのキンキン声になった時は、何をどうしたところで、もぉどうにもならないってことは百も承知だった。
 チラッと見上げた時計は、現在1時20分すぎ。
 そう、2時まで話につきあって…。
 それから、ちょっと事務所に行ってくるか。
 月曜日に使う資料を確認しとかないと、たぶんヤバイ……

 とりあえず、そんな風に割り切ってしまえば、後はいつものパターン。
 言いたかったことを言いたいだけ言って、スッキリしてしまったB子は、2時ちょっと前にはすっかり落ち着いてしまった。
 どこかに出かけるのだろうか?鏡を見ながら、機嫌よさげに鼻歌なんか歌っていた。


 とはいえ、そっちはそっちだ。 
 今日は休日だったから仕事用のクルマでなく、今年買ったRV車の方に乗り込んだ。
 それは、いつものようにエンジンをかけて。煙草に火をつけ、ハンドルを握った時だった。
 そうか…
 C美も、来年は小学4年なのか…
 そういえば、時々こまっしゃくれたこと言うようになったもんなー
 そんな、最近、娘が時々見せる小生意気な顔をフロントガラス越しに思い浮べながら、私は事務所に向かってクルマを走らせた。
 

 その夕方。6時をまわったくらい。
 事務所から戻ってきた私は、いつも通り自宅のある棟からはちょっと離れた所にある駐車場にクルマを置いて。
 団地のメインストリートともいえる、ケヤキの木が生い茂る並木道を自分の家のある棟に向かって歩きだした。

 陽はもう沈んでしまったが、空にはまだ光が残っているそんな時間。
 団地のあちこちに灯っている街灯は、辺りがまだ明るいせいか、ポカーンと間の抜けた感じ。
 ふと見上げれば、そこは土曜の夜だっていうのに、灯りのあまりない団地の風景。
 そのほとんどの窓は、夕方を青黒い空を映しているばかりだった。

 まぁたしかに…
 普段、俺は夜の遅い時間にしか帰ってこないから、人がいなくて当り前なんだけどな
 でも、昼間をここで過ごしてたり、こんな位の時刻に帰ってくるアイツらからすれば、うらぶれて寂しいとこって思うのかな
 まー、そうか。そう考えると、ああ言いたくもなるのもわらなくはないか、ふふっ…
 そんな風に、昼間のB子との話を思い出していたら、思わずクスッと笑いがこみ上げてきた。
 そんな私の脳裏に、いつだったかB子と行って見たマンションの光景浮かんできた。

 あれは、日曜だったか、土曜だったか…
 不動産屋に連れられて、入り口から入ったところはなんだか変にガラーンと広く、そしてシーンと静まりかえっていて
 普通の家とも思えないくらい磨かれた床と、変に無機質に見える鉢植えの観葉植物の並んでいた、その様子……

 ふっぅ…
 まぁなー
 気持ち、わからなくはないんだけどなー
 ただ、俺の家なわけだからな……


 私の家のある棟は、ケヤキの並木道の突き当たり。
 ちょっと高くなったその場所に、並木道から見て斜めに建っていた。
 群青色のまだらな空を背景に、ほとんど黒の壁のようになって建っている棟の4階の右端でクッキリ黄色に灯っている灯り。
 そこが、私の家だった。
 ただ、そこまで行くには、その場所から棟を左にぐるっと回り込まなければならなかった。

 ま、確かに不便っちゃぁ不便か…
 とはいえ、こんな寒くもなく暑くもない季節の静かな夕方
 そんな平穏な夕方を味わうには、そんな不便も悪くもないけどなー
 あいつらはよ、何かと言えば便利とか、流行とかばっかりなんだよ
 情緒を味わうみたいなのって、もぉ少しあってもいいと思うんだけどな……

 私の家のある棟に沿った道の、ちょっと上り坂になった道。
 何気に振り返ると、夕闇の中、黒々とケヤキの木たちが連なっているのが見えた。
 そう。私は、この光景が好きだった。
 何十年も前、この団地が出来たと同時に植えられた木々。
 今では幹もすっかり太くなって、アスファルトの下にしっかと根を張り巡らし、もっさもさ葉を生い茂らせている。
 そんな、当たり前すぎるくらい当たり前の光景。
 うん…
 仕事帰り、ここをぼーっと歩いてると、なーんか、スッと疲れが抜ける…


 そんなことをつらつら思いながら歩いていたら、いつの間にか私の部屋へと通ずる階段の前にいた。
 何を見るでなく、一瞬上の方を見上げて。
 それを意識することもなく階段の上り口を5段ほど上れば、そこは1階の部屋の玄関が向かい合わせにある踊り場。
 そこを、左にくるり。
 回るように、また階段を上がっていく。
 1階と2階の間の踊り場から見える、その日の夕方のなんとも平穏そのものの団地の光景を、やっぱり見るともなく見ていた。
 
 2階の部屋はどちらも住んでいない。
 そのせいなのだろう。2階のその踊り場は、どこか冷たい静けさがある。
 いや。だからって、1階で特に物音があったわけではないのだが…
 そんな2階の踊り場を、左側にくるりと回って、また階段を上っていく。
 
 そこは、2階と3階の間の踊り場。
 ここまで上がってきて、空が大きくなったからか?
 それとも、向こうの家並が黒々と広がっているせいだろうか?
 思ったより、まだ明るいその光景。
 天気、明日もよさそうだな
 そうだ。明日、買い物つき合って帰ってきたら、D太とサイクリングにでも行くのも悪くないな
 あ、でもアイツ行くかなー
 アイツ、最近はゲームばっか──
「ん!?」
 それは、踊り場を左にくるり回って、続く階段に足をかけた時だった。
 私は、視界の上の端に動くものを感じて、反射的に顔を上げた。

「あ…。
 こ、こんばんは。
 …!?」
「こんばんわー!」
 明るく返ってきた声の主は、まだ大学生ぐらいって感じの若い女性だった。
 丁度、今帰ってきたところなのだろう。
 右手でドアのノブに鍵を差し込んだまま、ニッコリ人懐っこそうな笑みを浮かべている。
 私がその女性を見ていた、その0.何秒か――。

「あっ、どうぞ。」
 若い女性は──というか、「女のコ」と言った方がしっくりするくらい──先に階段を上がってくださいとばかり、すっと踊り場の奥に身を引いた。
 それにつられるように「あ、すみません」と、軽く会釈しながら足早に階段を上ったそこは、その女性のいる3階の踊り場。
 相変わらずノブの鍵穴に鍵を差し込んだまま、わずかにドアの方に身を寄せて私をを先に通そうとしている、若い女性。
 その、こぼれるような笑み……

「あ、ど、どーも。」
 一体がどうなっているんだか?
 照れている自分に気づいた私は、ある意味、その笑みから逃れるように足早に3階の踊り場を足早に通り過ぎようと、足早にくるり。
 一瞬で変わった目の前のその光景。その3階と4階の間の踊り場へと続く階段を上がりだしら、かすかな夜風を感じた。
 その途端、ふわっと香った、青味のある甘い香り。
 うん、香水!?
 私の足は、もはやあと2歩で3階と4階の間の踊り場。
 後ろ髪を引かれるように、くるりと振り返ったのは無意識だったのか、それとも…

 その途端ぶつかった、人懐っこい笑み。
 黒目が目立つ、きょろっとした目…
 肩までのふわっとした髪の毛…
 ふっくらとした頬の線…
 そして、ほんのりと赤い唇の下で笑っている白い歯……
「あ、あ。ど、どうもー。」
 振り返ったら、途端に3階の住人の女性の目とピタリ合ってしまったことに、思わずドギマギしてしまった。
 だから、慌ててもう一度軽く頭を下げて。挨拶ともひとり言ともつかぬことを言いながら、私は階段をポンポンと上がって。
 踊り場で、またくるり。
 そんな風に体を左に回しながら、たった今見た女性のその笑みを脳裏で引きずっていた時だった。
 あれ…
 誰だっけ?
 どこかで逢ったことがあるような…
 ……って、当たり前か
 3階に住んでる人だもん。そりゃ会ったことあるよな。ふふ…

 自分の家のドアへと続く階段を上りながら、その時、私は妙に心が湧き立っていた。
 頭の中で心が湧き立った原因である、つい今あったことを思い巡らせていた。
 でも…
「えっ、誰!?」
 もちろんそれは無意識な行動だった。
 今の女性をもう一度見ようと、くるりと。
 やっぱり、左側に体をひねったら――。

「え…」
 気づいたら、私は階段をストスト降りていた。
 いや。「え…」と唖然としたのは、私がいつの間にか階段を降りていたからじゃない。階段を降りたそこが、1階の踊り場だったから。
 視線の先に見える、配電盤等が収まる鉄の扉。
 左右にある、1階の部屋の玄関のドア……

「…!?」
 その状況に混乱している私の頭とは裏腹に、階段を降りる足は止まらない。
 それは、いつも通りの階段を降りる動作。
 くるり。
 私は、踊り場を右に回る……


 気がついたそこは、階段を降りて外に出たコンクリートの上。
 もはや、すっかり暗くなった外の光景。
「え…。」
 思わずキョロキョロと周りを見回してしまったのだが、でも、何が何やら。その唐突な状況を全く呑み込めなかった。
 な、なんだ?
 ど、どういうことだ?

 と、いきなり、私は、矢も楯もたまらずって気持ちになって。
 泡食ったように何歩か走って、振り返った。
 はぁー、はぁー、はぁー…。
 なんだか、やけに息が荒かった。
 そのことに気づくと、心臓がドクドク激しく動いているのも感じた。
 何気に髪の毛をはらった手は、汗にグッショリ濡れていた。
 なぜか、一息入れて。そして、階段を見上げた。

 階段に、ポツポツと灯っている灯り。
 それを次々に見上げていっても、人の気配はどこにもなく…
 あ、部屋に入った?
 でも、3階の部屋の窓は真っ暗。
 夜の空を冷たく写しているだけ。
 そう。それは、もう何年も前からずっと……
 

 後になって思い返してみても。私はその時、不思議なくらい、泥棒とかそういうことは考えなかった。
 ま、それが全然そんなイメージじゃない若い女性で。しかも、人懐っこく微笑んで挨拶されたっていうのもあるのだろう。
 ただ、それよりも…
 あの女性が、どこかで逢った――というより、知っている人のような――気がしてしょうがないっていうのが大きかったのかもしれない。
 そう。3階の踊り場を足早に通り過ぎた後、夜風とともにふわっと香ってきた青味のある甘い香水にも、やっぱり記憶があった。


 ところで、それはそれとして。
 実は、私の家は、それから半年もしない内に引っ越すこととなった。
 というのも…

 それは、あの日家に帰ってからのこと。
 そのことを話したら、B子が気味悪がっちゃって。もぉ大騒ぎになってしまったのだ。
 いつものあのキンキン声だな…って思っていたのに、その時はそれが全然収まらなかった。
 いや、収まるどころか。
 その内、怪談めいたことまで言いだすわ、これだけ言っても引っ越さないならわたしにも考えがあるなどと言いだすわ。
 私としては、引っ越すどころか、あの女性に逢ったことで、ますますこの団地に愛着が湧くようになったというのに……

 ただ、B子のその声を聞きつけたのだろう。
 娘のC美と息子のD太が、口々にB子の援護射撃を始めて…
 ま、つまり、そういうことだ。
 そうなってしまうと、さすがに私も手に負えたものではなかった…、というわけ。


 そして、それは今の家に引っ越してしばらく経った頃。
 ある休日の夕方、B子と2人、お茶を飲んでいた時だった。
 唐突に、B子が言いだした。
「あの時、あなたが言ったあの話。
 わたしは、それ自体も気味悪かったんだけどね。
 でも、それよりも、
 あなたが、その女をもう一度会ってみたいと言った、あの顔?表情?
 ううん、目、かなー。
 そう。目、ね…。」

「わたし、何が気味悪かったって、あれが一番気味悪かったのよねー。
 そう、そうなの。あの時の、あなたの目!
 あれがね、一番気持ち悪かったのよ…。」

「あの時、わたしは、あれは、あなたが仕事のことやなんか、その他いろんなことに、
 夢中になって取り憑かれちゃった時の目だ、って思ったの。
 そう、そうよ。
 あなたは、あの時そういう目をしていたのよ。
 でもね。それって、あなたは絶対わからないんだと思う……。」


                               ―― 『階段話』〈了〉

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