2018
02.25

♪彼が帰ってきた~

Category: R&R

 いやー、『帰ってきたヒトラー』(ティムール・ヴェルメシュ著)。
 いやもぉコレ、読んでいて、変に楽しい!楽しい!(爆)

   帰ってきたヒトラーIMG_3363


 そもそも知ったのは、レンタルした何かのDVDに映画の予告が入ってたからだったんですけどー。
 https://www.youtube.com/watch?v=I4a5XgNT6vQ

 予告編を見ると単純にコメディータッチで面白そうって感じだったんですけど、原作の方は興味深い方の“面白さ”って感じかな?
 ていうか、ついニヤニヤしちゃう“興味深さ”?(笑)

 ドイツ人によるヒトラーの「再考」なんでしょうね。
 あくまで「再評価」ではない。再評価するかはしないかは読者次第www

 ヒトラーがなぜか現代のドイツに現れるんだけど(タイムスリップ?)、姿形から言動までそのまんまのそのヒトラーを見て、みんなそれをコメディアンだと思い込んじゃう。
 最初に面倒を見てくれた新聞スタンドのオヤジさんが、いわゆる人のいい善人、つまり、どこにでもいる普通の市民で。
 ヒトラーそのまんまのヒトラーをこの男の姿形言動は“新しい笑いなんだ”と、(相手を理解しようという善意に基づく)曲解をたのに始まって。
 そのスタンドのオヤジさんがお客のTV局のスタッフ(やっぱり普通の市民)に紹介すると、今度はTV局のスタッフも、ヒトラーの言う“トゲ”の部分を、かねてからある自分たちの潜在的は不満を大っぴらに口にしちゃう“笑い”なんだと曲解しちゃうと。
 結局、これは絶対ウケると、ヒトラーはコメディアンとしてデビューしちゃうわけです。

 とはいえ、コメディアンと言っても、言ってることは全くヒトラー(笑)
 でも、スタンドのオヤジさんが善意に基づいて曲解しちゃったように、TV局のスタッフが自分たちにあった潜在的な不満を言ってしまう可笑し味に、しかもそれがあの“ヒトラーのそっくりさん”が言っちゃうという可笑しさに、現代の普通の一般市民、特にユーチューブなんかを楽しんでる若者層にバカウケしちゃうと(笑)

 そのヒトラーの“マジ”を現在の恵まれた社会で暮らしている市民たちが無意識に相手を理解しようという善意に基づいて“曲解”しちゃう流れがミョーにニヤニヤしちゃうんですね。
 それが端的に表しているのが、TV局のスタッフが「ユダヤ人ネタは(シャレにならないから)やめてね」と言うと、ヒトラーは「もちろん。ユダヤ人はジョークにならない」と返すシーンなんでしょう。
 そして、たぶんそれは(今の経済的に豊かな時代とヒトラーが出てきた経済が最悪だった時代という違いはあるにせよ)あの時代、ヒトラーは何より一般市民にバカウケしたということと重ね合わせているのでしょう。

 そんな風に見ていくと、ヒトラーって、歴史上の人物(政治家?)というよりは、あの時代のポップスターだったのかもしれないなーと思っちゃったり(笑)
 実際、ヒトラーの演説はビアホールでお金払って見られてたんだとか

 そう。マイケル・ジャクソンとかプリンスといったポップスターが人気の絶頂を極めた後、急に変な言動をしたり、変にオタクな方向に突っ走って。
 あげくの果てに(クスリで)寿命を縮めちゃうのと、どこか似てる気がします。
 ポップスター(大物になればなるほど)が一般市民(若者に)にはわかりやすくて、理想的なんだけど、でも実際はダメダメな政治論を歌うという点でも、ミョーにダブりますよね(爆)
 ま、マイケル・ジャクソンやプリンスは政治は語らなかったけどさ

 ヒトラーという人は、人種差別(というかアーリア人種絶対主義?)という絶対に受け入れられない部分はあるにせよ、日本人の私なんかから見るとミョーに憎めない部分もあったりするわけですがー(笑)
 ガミラス帝国とか、ジオンとか。ほら、アナタも好きでしょ?(爆)

 ま、それは子供の頃にドイツ軍の戦車のプラモデルをさんざん作ったとか、例の戦後にドイツ人と出会うと「今度はイタリア抜きでやろうな」と肩を叩かれるという都市伝説とか(笑)
 ウチの親父は昔ドイツ人にそう言われたことがあったとかで「あれってホントだったんだ」と驚いてたっけ

 あとは、そもそもは英仏とドイツ帝国の植民地争いに根本があるわけだよね?みたいな、英仏やアメリカ、さらにはロシアといった連合国(中華人民共和国も連合国なの?)への不信感からくるドイツへの同情みたいなものがあるんでしょうけどねー。

 それはありつつ、この本を読んでいると主人公のヒトラー(ちなみに全て現代に現れたヒトラーのモノローグになっている)にミョーに肩入れしちゃうのが面白いところですね。
 もちろん、人種差別(アーリア人種絶対主義)的な語りには絶対同調しないんですけどね。
 そこはアジアの雑種たる日本民族なんでー(爆)

 ただ、(この本のヒトラーはフィクションですが)あー、ヒトラーって、無茶苦茶真面目な人だったんだなー。こういう真面目さっていうのは、今の政治家にはいないのかもしれないなー。特に日本の政治家だと皆無なんじゃない?と思っちゃうところとか。
 あと、ヒトラーが既存の政党の党首(実在の人らしい)2人と話をして、2人の政治に対する欺瞞とか不真面目さをこてんぱんに叩いちゃうところとかに(水戸黄門的な痛快さ)を感じちゃうからでしょうね(笑)
 いやはや。そーいう意味じゃ、フィクションとはいえヒトラーの言動に酔っちゃってるわけで、そこはちょっとコワいかも?(爆)

 とはいえ、これはあくまで「ヒトラーの再考」本なわけですよ。
 つまり、作者がラストを“「悪いことばかりじゃなかった」。歩き出すのだ。このスローガンとともに”というヒトラーのモノローグで終わらせているように。
 この本のヒトラーに共感しちゃってる自分に「ちょっとコワいかも?」という、「ヒトラー=絶対悪」に基づく感想を述べてしまうのは、あの時代にヒトラーの演説に酔った人たちがあのようなことをやってしまったのと同じということだと思うんですよね。
 そこんとこは結構大事なコトのよーな気がする

 この本を単純に言っちゃうと、現在のドイツにヒトラーが現れた(タイムスリップした)ら、ヒトラーは何を思うのか?何をするのか?ということになるんでしょうけどね。
 ただ、それを期待して読んじゃうと、なんかビミョーに違うんですよ。
 実際、映画の予告編を見た時はそれを期待した

 そういうトコを見ても、作者の意図はあくまで「ヒトラーの再考」なのだと思いますね。
 (たぶん)現在のドイツ人に流通している「ヒトラー=絶対悪という思想」を絶対的に信じ混んじゃっていることは、逆にあの時代のヒトラーを国民が絶対的に称賛したのと同じ構造で。
 具体的にヒトラーの何が悪くて、さらに何は良かったという風に改めて整理しなさいよ。じゃないと同じ轍を踏むよ、ということを言いたいのかなーと(笑)

 つまり、第三帝国によるヨーロッパ支配は失敗したけど、でも、「EU」の名の下でドイツ(の価値観)がヨーロッパを支配しつつあるこの時代。
 ですよね?(爆)

 作者は、イギリス(人)がEUにどこか胡散臭さを感じて、EUを離れる決断をしたように、浮かれていると(ドイツは)また足をすくわれるよ、と言いたいんだったりして(笑)



 ヒトラーというのは、基本的には真面目で善意に基づく人、つまりどこにでもいる小市民だったように思いますね。
 ただ、芸術を志しただけあって、変な美意識があったのと。あとは、なんと言っても時代が悪かった。悪すぎた。
 欧米の列強かアジアやアフリカを植民地として蚕食するのが正義だったり、蚕食する植民地をめぐって列強が戦争するのが普通という時代(の第一次大戦で敗戦したドイツに)生まれ育ったことで、挫折や鬱屈が変な美意識を醸成させていったみたいなとこがあったんじゃないでしょうか。
 そう考えると、ヒトラーといえども、あの時代が次の時代をつくるために踊らされたという面も相当あったように思いますね。
 それこそ今の時代にヒトラーが生まれ育ったとしたら、クソ真面目でちょっと付き合いにくいとこもあるけど、でもまぁフツーのオジサンとして普通に暮らしてるんじゃないでしょうか?

 『帰ってきたヒトラー』は、現代に現れたヒトラーが人気コメディアンになって。その後、意外な事件が起きたところで唐突に終わります。
 作者がそこで終えたのは、まぁそこで終えて。読んだ人がそれぞれその後のヒトラーの活躍を想像した方が面白いと思った(本の売り上げが上がるwww)からなのでしょう。
 ある人は、政界に進出したヒトラーがまたかつてのようなことをする暗黒を想像して楽しみ。ある人は、ヒトラーというのはバカじゃないんだから、今の時代ならむしろ既存の政治家より良い政治家になるんじゃないだろうかと想像して楽しむ…。
 ね、その方が面白いでしょ?みたいな(笑)

 そういう意味じゃ、じゃぁヒトラーが現れたのがドイツではなくて、この日本だったら?と思っちゃうわけです。
 ま、ヒトラー本人はアーリア人絶対主義なわけで、アジア人の雑種にすぎない日本人の国で暮らすなんてウンザリでしかないでしょうけどね(爆)
 ただまぁヒトラーがその気になったら、真面目で善意に基づく人が多く、さらにそれらの人の多くが今の世の中に不満を抱えている今の日本(人)は相当ヤバイのかもなーなんて。

 例の秋葉原の事件みたいな「生きてたくないけど自殺するのは怖いから大きな事件を起こして死刑になりたい」みたいな人が起こす事件はあれからも結構起きてるわけです(もちろんその前からも)。
 そういう気持ちがある潜在的な人も相当数いるはずですよね。
 それらの人がヒトラーの演説によって鬱憤の矛先(不満を起こしている正体)を見つけてしまったらどうなるのか?
 実際、今の普通の日本人なら誰しも、漠然とながらもその矛先(不満を起こしている正体)が何なのか知っているわけじゃないですか。さらには、ヒトラーが持っていたような変な美意識も今の日本人の多くが共有しているわけです。

 いや。正体といっても、それは“わかりやすい正体”にすぎず、ホントにホントの正体(原因)は、私たち日本人そのもののなんでしょうけどね。
 ただ、(それが自分たちであるだけに)不満の矛先を向けられなにがゆえに、“わかりやすい正体”に不満の矛先を向けちゃう(かもしれない)構造というのは、あの時代、ドイツがユダヤ人に矛先を向けたのと全く同じなわけです。

 そう考えると、ヒトラーが帰ってきたら、今の(いろいろ上手くいっている)ドイツは大して変わらないけど。
 今の日本だと、たちまちヒトラー一色に染まっちゃって。
 朝の挨拶が「ジーク、ハイル!」
 なぁ~んて(笑)
 誰です? ジオンみたいでカッコイイじゃん!なんて言ってる人は?(爆)



  

       いや。これでこれって、いくらなんでも短絡的だとは思ったんだけどさー(爆)



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2017
12.09

寒くなったら、リモコンを隠せ!

Category: R&R

 寒くなりましたねー。
 先々週のある夜、寝ていたらスースー寒かったんで、次の日慌てて布団を替えたのに。
 今週はそれでも寒くなっちゃって、「毛布、もぉ一枚出そうかなー、どうしようかなぁー」なんて悩む日々ですがー。

 寒いとそれ以上に困るのが、TV等のリモコンなんですよね(ま、寝ていて寒い方が困るか?www)。
 押しても、押しても、とにかく作動しない(泣)
 朝起きた時なんて、ホントどーにもならないって感じなんですけど、まぁたぶん、いい加減新しい電池を入れたらいいんでしょうけどね(笑)
 ただ、電池を捨てられる日って、2週間に1回だし。
 それに全然動かないってこともないんで、捨てちゃうのはちょっと悔しい気もする(笑)

 ていうか、もしかしたら電池じゃなくて、接触不良なのかなー。
 というのも、動かないのは頻繁に使うレコーダーの方のリモコンなんですよね。
 それも、早送りボタン等の普段一番よく使うボタン。
 一方、ほとんど使わないTVのリモコンは早朝でもピキピキ動くわけで、そう考えると電池が古いのもありつつ、押しすぎによる接触不良もあるということなのかなぁ…。

 とはいえ、そういう時にはいい方法があるんですね。
 それは、リモコンをコタツに隠すというもの。
 先シーズンの冬、たまたまリモコンにコタツの布団がかかったまま寝ちゃったみたいで、次の朝、えらい探したってことがあったんですけど。
 ところが、コタツの布団の中にあったリモコンはやたらピキピキ動いて、昨日までと大違いでビックリ!なんてことがあって。
 それ以来、夜寝る前にリモコンをコタツに隠すというようになったんですけど、まぁその後夏とかもあったこともあって、そんなこと忘れちゃったんですね(笑)

 そんなわけで、今週…、ていうか先週からはリモコンをコタツに隠してから寝るようになったら、朝の寒い時でもまぁ動くようになったんですけどね。
 ただ、動くのは動くんだけど、去年と比べて早送りボタンとかは反応が鈍いんですよねー。
 やっぱり、使いすぎによる接触不良が起きてるってことなのかなーと思うわけですけど。
 とはいえ、先シーズンの冬もそうやって電池交換しなかったわけで、いい加減新しい電池に交換した方がいいのかもしれませんね(笑)
 ていうか、あの電池。いったいいつから使ってるんだろ?


 ま、そんなすっかり寒くなったこの頃ですが、それは先週の日曜の夜。
 やっぱり寒くてコタツに入って、例の京極夏彦の本の続きを読んでいた時でした。
 あの本って、ほら、厚いから。真ん中辺りは左右の重さが同じで開きやすいんですけど。でも、読み進んで3/5くらいになってくると右側が重くなるもんだから、油断してるとページがパラパラパラっとめくれちゃって。下手すりゃ背表紙まで一気にめくれちゃうなんてことがあるわけですよ。

 その先週の日曜の夜も、それが起きたわけです。
 ちなみに私、本は(紙の)カバーをかけなきゃイヤな人なんですけど、ただ、あの厚さでしょ?
 普通なら表紙裏表紙それぞれの裏の半分くらいまでかかるはずの(紙の)カバーが、裏の端っこちょこっとまでしかかからないわけですよ(笑)
 なんとなくイメージ出来ますよね?
 それは文庫本ですから、ちょっと厚めの表紙と裏表紙があって、それにツルツルの紙でイラストが描かれてるカバーがついているわけです。
 つまり、京極夏彦の本ですから、あのおどろおどろしいヨーカイの絵とやたら難しい感じのタイトルがついた表紙。背表紙と裏表紙はグレーのヤツです。

 でー、話を戻しますけど、3/5ほど読んだところで、右側の重さでページがパラパラパラっとめくれちゃったわけです。
 それは裏表紙までいったところで、左手でなんとかささえたわけです。
 ホッとしつつ、目に入ってきたのは、私がかけた紙のカバー(裏表紙の裏の端っこちょこっとまでしかかかってない)の下の、例のグレーのツルツルの紙のカバー。
 そこに、京極夏彦の他の本のタイトルが載っていて、何気にそれを見ちゃったんです。
 ま、あれですよ。『潤目鰯の夏』から始まって、『エアコン(=納涼の函)』、『京子ちゃんの夢』、『箱根ネズミーランド』……。

 あぁこのシリーズもこの『お漏らし鬼のKiss』で終わりなんだなー、なんて、ぼぉーっと見ていたら。
 あれ?『お漏らし鬼』の後にまだある…。え!?

 確か、去年の夏に気まぐれで『お漏らし鬼』を読んだら面白くて、ラストの『ジャミラに雫(はダメでしょ)』をつい買っちゃったんだけど。
 『お漏らし鬼』が厚かったんで、さすがにすぐコレ読むのもなーって、今まで積読になってたんだから、次があるわけないんだけどなぁー。
 なんだコレ!?
 中表紙の『ジャミラに雫(はダメでしょ)』を見たり、私がかけた紙のカバーをわざわざ外して、表紙のタイトルを確認したり。
 で、また裏表紙の裏にある今までの本を見て、あれぇ~?やっぱり『お漏らし鬼』の後にもぉ一冊ある…。
 なに、これ?どういうこと!?
 今読んでるのは『お漏らし鬼』でー、(何気に表紙を見て)だから表紙も…、えっ!?
 『ジャミラに雫(はダメでしょ)』、うん!?

 だから、今読んでるのはー、(と、また裏表紙の裏を見て)『お漏らし鬼』でー。
 これでラストのはずなのに、なぜか『ジャミラに雫(はダメでしょ)』という新しいヤツが載っててぇー。
 でー、今読んでるのは(また表紙に戻って)、えーと、『ジャミラに雫(はダメでしょ)』と。
 『ジャミラに雫(はダメでしょ)』って、確か裏表紙の裏にシリーズの最後として載ったタイトルでー、今読んでるのは『お漏らし鬼のKiss』。
 でも、その後にもう一冊あったよな…(と、また裏表紙の裏を見ると)、やっぱり『お漏らし鬼』の後にもう一冊ある。
 うん!?

 いや、そこらでやっと気づいたんですけどね。
 今までずっと『ジャミラに雫(はダメでしょ)』読みながら、頭の中ではタイトルが『お漏らし鬼のKiss』に、なぜか入れ替わってたってことなんでしょうね爆)
 という、なんだか『ジャミラに雫(はダメでしょ)』のストーリーをなぞったみたいな勘違いで笑いました。
 妖怪オタクじゃない人にとっちゃ、「陰摩羅鬼」も「邪魑」も、ただの難しい漢字の羅列でしかないってことさ!


 


 いやー、『ジャミラに雫(はダメでしょ)』。
 読み始めてから、まぁ真ん中くらいまでは、章の始まりごとにある長々とした独白に、「京極夏彦って、もはや意地になって本を厚くしてるよね?」なんて(笑)
 ていうか、このシリーズは“とにかく厚いこと!”が何よりのニーズなんだろうなーなんて、半ば呆れて読んでたんですけどね。
 でも、半分過ぎた辺りからは、結構一気でしたね。
 とか言って、最後の赤鼻緒男がしゃべくるくだりは、クライマックスであるにもかかわらず、あまりの長さに2回くらい休みましたけど(爆)

 とはいえ、この長さ(というか厚さっ!)で、あのややこしい構造にもかかわらずお話にちゃんとついてける文章とその読みやすさはさすがです。
 それは、今までの登場人物がやたら出てくることで、読む側が「この人は何者?」と考える分を省くことで、お話の筋がわかりやすくしてるのかなーなんて思いました。

 今までの登場人物といえば、今回はレギュラーメンバーよりこれまでの端役の人が大活躍だったのもよかったかな?
 ぶっちゃけ、ラストでいきなり赤鼻緒男が現れた場面なんて、あぁもぉ。出てきちゃったよー!とか思っちゃったくらい(爆)
 赤鼻緒男が出てくると確かにスッキリするんだけど、彼はオールマイティすぎちゃうからあの程度出てくれば充分!

 レギュラーメンバーといえば、比較的出演場面が多かったのが関口クンですけど。
 ま、彼は今やこのシリーズで赤鼻緒男や薔薇十字をしのぐ人気キャラ(?)へと成長したわけですが、ただ、作者としては『潤目鰯』を書き始めた時点ではどういう扱いにするつもりだったんでしょうね。
 それこそ、“肝心な場面で見えなかった”人がストーリーに必要だったから、そういう時に見えなさそうなタイプの人ということでああいうキャラを考えた、という可能性だってあるわけじゃないですか。
 『潤目鰯』の時点で作者はプロではないわけで、そうなるとシリーズのキャラクターなんて考えてない可能性の方が高いわけです。
 てことは、たまたまストーリー上必要だった、ああいうキャラが、いざ本になったらやたら人気が出ちゃって。というか、書いてるうちに作者に愛着が湧いちゃってあそこまで育ったっていうことなんですかねー。
 過去作で登場する警官、警官、ことごとく辞めちゃったり、毒気が抜けて登場してくる傾向を思うと、実は関口クンも最初は使い捨てキャラだったのかなーなんて、ちょっと不思議な感じがします。
 って、「不思議」とか言っちゃうと、“それは解釈の押しつけだ”って、赤鼻緒男が怒りやがるんですけどね(爆)


 ま、登場人物の話はそれくらいにして。
 真ん中くらいまでは、なんだかやたら地味ぃ~な話だなーくらいに思いながら読んでたんですけど、読み終わってみると、これはかなり好きかも!(笑)
 前の『お漏らし鬼のKiss』もそうでしたけど、変にミステリー小説の括りにこだわらないで、単純に「物語」になっているとこがいいんだろうなぁ…。

 ただ、個人的には、章ごとの冒頭の独白部分をもぉちょっと少なくてして。代わりに死んじゃう人を1、2人増やして、あの入れ替わりと順繰りをもっと複雑にしてもよかったかなー。
 いや。すでに十分すぎるくらいややこしいんですけどね(笑)

 あとはね。
 京極夏彦って、ロマンスや悲恋みたいなのは得意じゃないんだなーと思った(爆)
 アゾマンのレビューとか見ると、“切ない”とか“後味がよくない”とか見かけるんだけど、私はそんなの全然ないんですよね。
 あ!私って、もしかして “邪”?(爆)
 そーいえば、そういう服、2、3着持ってるけど… ←それは横じま!

 ていうか、『潤目鰯』。
 あらためて、じっくり読んでみたくなりました(笑)



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2017
02.12

『Another』、読んじゃいました

Category: R&R

 『Another』(綾辻行人著)、読んじゃいました。
 読もうか、読むまいか、かれこれ何か月も迷ってたんですけどねー。
 結局、読んじゃいましたね(笑)

 another_IMG_3226.jpg


 カンタンに言っちゃうと、面白かったー!です(笑)
 読もうか、読むまいか、さんざん迷ってたのは、表紙のイラストの印象から、ありがちなアキバっぽいお話なんだろうなーというイメージだったんですが、ま、それはあまり感じなかったよーな。

 読むのを迷っていた、もぉ一つの理由、“Another”、“感想”で検索すると上の方に出てくる、あるブログの「キャラクターがもろエヴァンゲリオン」とあったのも、読んでみれば、えー、そぉ!?って感じで。
 いや、ま、確かにそう言われてみると、あー、そういえばあてはまるかも?って気もするわけですけど…。

 でもまぁこの登場人物の配置って、考えてみれば、昔っから漫画やアニメの定番ですよね。
 ていうか、あの手のお話を読みたい人向けの定番のキャラクター配置なのかなーと。
 ま、こう言っちゃうと、ちょっとトゲがあるようですけど、「キャラクターがかぶる」っていうのは、そのブログの方にエヴァンゲリオンの印象が強かったからなんじゃないかなーって気がしました(笑)
 今はアニメがあまりに当たり前すぎるから、それに強く影響されてることに気づかないじゃないのかなぁ…


 お話としては、中学生の主人公がある地方の町に転校してきて。
 ちょこっ、ちょこっと、大したことではないんだけど、でも違和感を覚える出来事が起きていく。
 しかも、クラスメートをはじめ、住んでいる祖母の家(だったか?)の人たちも主人公に何かを隠しているような…。

 そのひとつが、クラスにいる一人の女子生徒。
 体育の授業だというのにフラフラしてたり、しかもクラスメートたちはその女子生徒が見えないかのようにふるまっている。
 でも、主人公の目にはあきらかにその女子生徒は存在する。現に話しかければ、素っ気ないながらも返事をする。
 しかし、クラスメートたちはその女子生徒の存在を無視し、さらにそれと接触しようとする主人公に「近づくな」とまわりくどく警告。

 胸に異物を飲み込んだような日々の中、主人公といないように扱われている女子生徒の前で起こった事故。
 クラスメートの1人が学校で事故死。それは、その中学校の3年3組で時々起るクラスメートの死が連続するソレの始まりを意味した。

 やがて、いないかのように扱われる女子生徒とともに主人公も、クラスメートから存在を無視されるようになる。
 そんな中、主人公は、いないかのように扱われていた女子生徒(だったか?)に、その中学校の3年3組にまつわる秘密を聞く。
 つまり、必ずしも毎年ではないが、3年3組ではクラスメート、およびその家族が不可解な死をとげるということが連続して起こる年があるのだと。
 ソレは3年3組に一人の「死者」が紛れ込むことで起こる。
 でも、クラスの誰も、担任の先生も、その他の先生もその「死者」が誰かということはなぜか気づかない。
 30人(だったか?)のクラスの机がなぜか一つ足りなくなっていて、というか誰も気づかない(気づけない)「一人」が混ざっているがゆえに机が一つ足りなくなるという現象が起こると、クラスでは担任とも相談の上、クラスメートの1人を“クラスには存在しない者”と決めて。
 あくまでクラスは30人という状況をつくる、「おまじない」でしのぐのだと。
 「死者」が“普通の人”として意識を持ってる設定は、ちょっと奥さん作の『屍鬼』っぽいかもwww

 しかし、その年はその後事故死が連続したことで、もはや「おまじない」の意味はなくなった。
 そのことで、主人公といないものとしてあつかわれている女子生徒(以下ヒロイン)は普通にクラスメートして扱われるように。

 その後、ソレによる不審死が途中で止まった年があることがわかる。
 その時は、町にある山の神社にクラスのみんなが詣でたことが判明する。
 さらに、その年の生徒が偶然わかった、ソレによる不審死を止める(ことが出来るかもしれない)方法をも、主人公たちは知ることになる。

 そして、始まった神社に詣でるための、副担任とクラスの有志による合宿。
 はたした、主人公たちはソレを終わらせることが出来るのか?
 そして、クラスに紛れ込んだ「死者」は誰だったのか?
 へっへっへ…


 まー、とにかく、「ソレ」の設定が楽しいんですよね。
 もー、ワクワクしちゃう(笑)
 正直、クラスメートやその家族が死んじゃうシーンは、今時のスプラッターもどきの怖がらせっぽくてシラケちゃうんですけどね(ま、作者はその手が好きなんでしょーねwww)。
 だけど、その設定の面白さとそれが徐々に明かされていくワクワク感で全然許せちゃうみたいなー。

 よくよく考えれば、その設定って、そこが学校であるがゆえに絶対あり得ないんだけど、でも、学校であるからこそ(主人公たちが中学生であるからこそ)その設定が生きるわけで。
 いやもぉ作者のヤツ、これを書く時、心底楽しんで書いたんだろうなーって、なんだかニヤニヤしちゃいました(笑)

 ま、いわゆる、少年少女によるひと夏の冒険譚モノ(春~夏)なわけですが、いやもぉコレ、作者の性格なのかなんなのか、夏の気配、これっぽっちも感じません(爆)
 合宿があるんで、冬だといくらなんでも寒いだろうから、まー、夏なんだろうなーと不承不承思うわけですけど、お話の雰囲気は冬っぽい。


 お話は最後、ヒロインのちょっとした特殊な能力で死者がわかるわけですけど、ま、その超常的な能力やソレが合理的に解明されないっていうところで、拒否をしちゃうミステリー小説ファンは多いんでしょうね。
 その辺りが、否定的な評価をしちゃう人が多い理由なんでしょう。
 あと、作者が綾辻行人であるがゆえに、「館シリーズ」の延長(つまり、普通のミステリー小説として)読んじゃって。
 超常的な設定が、結局、超常で終わっちゃうことに拒否をしちゃう人も多いのかもしれませんね。

 とはいえ、ま、私は怪談好きのおバカなんで(笑)
 超常的なお話だよって納得しちゃって読めば、むしろ大好物なわけで、ていうか、変てこりんな館で連続殺人が起こる方がよっぽど超常現象だろ!って思っちゃう方なんで、これは好きだなぁー(笑)
 とは言うものの、この作者って、読者を怖がらせるのはヘタ、ですかねー(爆)
 うん。まぁその“怖がらせ”の部分は、作者の好みでスプラッター的場面を描くことで「怖いでしょぉ~」としてるのかもしれませんけどねー。
 でも、私の好みで言っちゃうなら、“怖がらせ”は(この作者の)奥さんの方が一枚も二枚も、いや、5枚くらいは上手、かな?(笑)


 ま、そういう意味でも、作者はあくまでミステリー小説の作家なんでしょう。
 ただ、やっぱりこれはあくまで「ホラー小説」だと思うんですよね。
 そういう意味で、「死者」の正体のトリックにシラケちゃうんですよねー。
 だって、そのトリックによって、「死者」の正体は読者は気づかない(気づけない)わけですけど、でも主人公はよく知っている人物なわけです。
 でも、このお話というのは、主人公の一人称語りの文章です。
 お話の語り手が、その人物が「死者」であった証拠を延々語っちゃう(回想しちゃう)って、変じゃん(笑)
 しかも、あんなにやたら切羽詰まった状況だっていうのにさー。

 いや。今思い返すと、それはそれでまぁアリかぁーとも思うんです。
 でも、読んでた時は、そのせいでせっかくのクライマックスが、ミョーに間延びしちゃった気がしたんですよねー。
 あらためて思えば、屁理屈的なトリックを仕込んどいて、「どぉ?スゴイでしょ?」的な。そんな小賢しい(ミステリー小説的)テクニックに、屁理屈こねてイチャモンつけてただけなのかもしれませんね(爆)


 ま、その辺りが、巷でやたら持て囃されてる「新本格」というジャンルの胡散臭くて、インチキ臭いとこだと思うわけですけど、まーそれはともかく(笑)
 でもまぁそんな胡散臭さや、表紙のイラストのウンザリ感はあったものの、これは一か八か読んでホントよかったなーって思いました。
 もちろん、ミステリー小説を読みなれてる人なら、「死者」が誰なのか途中でわかっちゃうでしょうし。
 最後、なんでそんな人が紛れ込んでくるの?的な展開(ある意味ドリフ的な)もなんだかなーっていうのもある。
 でも、ミステリー小説の作家が、超常的なオリジナルの世界観を設定して、その中でミステリー的展開をするお話を書くっていうのは、意外とありそうでなかったんじゃないかって。
 ていうか、ありそうな気がするんだけど思いつかない

 ま、そんな子供の頃、光瀬龍や眉村卓のSFジュブナイルが大好きだった私としては、もぉタマラナイお話だったわけですけどね。
 とはいうものの、あの頃のように主人公たち(の世代)に感情移入できないのは、まぁつまり齢のせいってことか?クソっ!(爆)
 ぶっちゃけ、「死者」の方に感情移入しちゃったい!www

 ま、なんだ。
 読んでみたいんだけど、でも、どうもライトノベルっぽそうで躊躇しちゃうって人には、背中押します(笑)




 『Another』を読むのを迷ったのは、(個人的に)表紙のイラストが幼稚に感じたことで、これはライトノベルなんじゃないかって思ったからなんですけど、いや、この表紙のイラストレーター。実は、今スゴく人気のある人らしいですね。
 正直、見てるとアチコチかゆくなってくる絵だなーとしか思えないわけですけど、まーね。それは、私が今の感覚についてけないってことなんでしょう。 
 ただまぁ、そんな今の感覚に別についてかなくてもいい齢になっちゃたのは、ホンっト楽チン、楽チン(笑)


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2016
10.30

たまにはブログらしいこと、やってみたいなーって(笑)

Category: R&R

 そう。だって、コレ、ブログなんだもん。
 たまには、ブログらしいこと、やってもいいと思うんです。

 とはいえ、犬や猫の画像を載っけたくても飼ってないからダメだし。
 あと、日本初上陸のほにゃららスィートとか、なんちゃらパティシエの店とか行く用事も特にないし。
 散らかしたり、茶化したりするのは大、大、大スキ!だけど、まとめるのは大っキライだしなぁ~(笑)

 そんなわけで、どーしたもんかなーと思ってんですけど、そういえば10月なわけで。
 10月といえば、あー、そう、従兄弟が誕生日だなーというのもありつつ、あ、そう!ハロウィーン!って。

 てことで、そうだ!ハロウィーンにちなんで、ハロウィーンが出てくる本読んで。
 その感想載っけるっていうの、すっごくブログっぽいよなーって思いたったと(笑)


ハロウィーンパーティIMG_3175

 ま、そんなわけで選んだのが、クリスティの『ハロウィーン・パーティ』だったんですが、実は、アマゾンで「ハロウィーン」で検索してみて、レスリー・メイヤーの『ハロウィーンん完璧なカボチャ』とどっち読むか、ちょっと迷ったんです。
 というのは、どっちも面白そうだなーって(笑)

 だけど、せっかくブログらしいことしようって、ハロウィーンにちなんでハロウィーンが出てくる本の感想を載せるわけじゃないですか。
 なら、表紙の絵がよりハロウィーンっぽい方がいいよなーってことで、『ハロウィーンに完璧なカボチャ』を選びかけたんです。
 でも、何気に中古本の値段見たら、「あ、ハロウィーン・パーティ―、1円だ!」って。
 即、決定!(爆)

 いや。実際には1円のヤツは状態が悪そうだったんで、買ったのはもぉちょっとしたんですけどねー。
 でも、クリスティの中古本は安い時もあるけど、高い時はホンっトバカ高いことも多いですからねー。
 レスリー・メイヤーさんには申し訳なかったですけど、ま、中古本だから印税には関係ないからいいですよね?(笑)
 正しくは、東京創元社には申し訳ないかwww


 ま、そんなこんなで『ハロウィーン・パーティ―』を読んだわけですがー。
 え?なんだよ、これ。
 全っ然、ハロウィーンの趣き、ないじゃん!って(爆)

 いやもぉ、この本。仮装はおろか、「トリック・オア・トリート!」という言葉すら出てきません(笑)
 つーか、表紙が、どう見たってペコちゃんだろー!って(爆)

 ま、面白かったからよかったんですけどねー。
 でも、なんだかなぁ…。


 あらすじは…
 そう。ハロウィーンパーティで子供が殺されちゃって。
 で、ポアロが解決しちゃう(爆)

 と、まぁ身も蓋もないあらすじで、どーもすみませんなわけですが、というか、クリスティって久しぶりに読んだんですけど、クリスティってこんな雰囲気でしたっけ?
 なんか、ビ、ミョーにイメージと違うというか、ぶっちゃけ、ポアロって、もっとイヤミったらしいヤツじゃなかったっけ?というか(笑)

 なんでも、解説によればクリスティの晩年に書かれたお話とのことで、また、出てくるポアロも相当お爺さんになってるようで、ま、その辺は作者も登場人物も齢とっていろいろ変わったってことなのかな?

 とはいえ、お話はとっても面白かったです。
 シンプルなお話なんだけど、でも、事の真相の根っこは、あ!そっちなのね、みたいな。
 “犯人っぽくないヤツが犯人”という、身も蓋もないミステリー小説の法則にしたがって読んでいけば、「あー、コイツが犯人なんだろうなぁ…」っていうのはおのずと察せるわけですけどねー(笑)
 でも、お話上の凶器でもある、「水」については全然気がつかなかったんで。そういう意味じゃぁ、その人については、ちょっと意表をつかれました(笑)

 とか書いちゃうと、犯人当てで読んでたようですけどね。
 全然そんなことなくって、ポアロが、そのウドリー・コモンという、ま、新興住宅街なのかな?そこの住人たちを訪ねていくくだりとか、あと、次々と出てくる人がホント人それぞれで楽しかったですね。
 ただ、最後のくだりは、ちょっと急ぎ足だったかなぁ…。
 もっとも、最近の小説はその辺をやたらとド派手にアクションしちゃうのも多いから、こういうあっさりっていうのもいいのかな?(笑)


 あと、読んでいて、ずっと感じていたのが、今まで読んだクリスティの本よりずっとマーサ・グライムズっぽくない?って(笑)
 ま、というか。
 そもそも、マーサ・グライムズの方が自分の小説をクリスティの雰囲気っぽく書いたわけですけどね。
 ただ、マーサ・グライムズから海外ミステリーを読み始めた私としては、初めてクリスティを読んだ時、そんなに似てるかなーって思ったんですよね。
 ま、そもそも読んだソレは『そして誰もいなくなった』なわけで、似てるわけないんですけどね(笑)

 でも、この『ハロウィーン・パーティー』に、探偵作家(そう書いてあるwww)のミセス・オリヴァという登場人物がいるからなのか?
 マーサ・グライムズにもシリーズの途中からポーリーという作家が出てくる
 ミランダという女の子が、マーサ・グライムズのお話に出てくる女の子の雰囲気とよく似ているからなのか?
 あと、失踪する若い女性っていうのも、なんだかミョーにマーサ・グライムズのイメージとダブるよなーって(笑)

 とか言っちゃうと、あちこちから「天下のクリスティ・ブランドに、なにイチャモンつけとるねん!」とかスゴまれちゃいそうですけどねー(爆) ←なんで関西弁なんだ(笑)
 また、マーサ・グライムズはマーサ・グライムズで、好きな人はメッチャクチャ好きな人がいますから、「だから、それはオマージュつぅんだよ!ボケっ」(←やっぱり、なぜか関西弁www)とかどつかれちゃいそうですけど(笑)
 最近って、オマージュってぇーの、なんかやたら好きよね。創る方も、言う方も、さwww

 というか、やっぱりコレってマーサ・グライムズっぽかったよなーって、それで終わりって、全然空気読めてなくて、結局ブログっぽくなかったなぁ~(爆)
 でも、マーサ・グライムズは好きです。
 今でも!
 とか言って、読んだのずいぶん前なんで中身はほとんどわすれちゃったんですけどね

マーサ・グライムズIMG_3170


 てことで、ハロウィーンといったら、やっぱりコレですよね。
 トム・ニューマン「妖精交響曲」!
妖精交響曲IMG_3172
 https://www.youtube.com/watch?v=nR3dqUI1XIg
 https://www.youtube.com/watch?v=4ypmFj9X4Zk
 https://www.youtube.com/watch?v=SuoTWwQCn3w



 そうそう。
 クリスティといえば、本屋で公認のポアロ物続編『モノグラム殺人事件』というのが並んですますよね。
 へーと思って、ネットで感想見てみると、案の定、ケチョンケチョン。
 いや、こうなると、逆に読んでみたくなります(笑)
 とはいえ、ま、安い中古本待ちですね。だって、本家だってそうなんだもんwww
 ていうか、『謎のクイン氏』の公認続編っていうのはないんだろうか?(笑)



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2016
10.09

Book!Book!Book! ~その何回目か

Category: R&R

 『夏の名残の薔薇』恩田陸著

夏の名残の薔薇IMG_3133

 恩田陸ですよ、恩田陸!

 「だから、恩田陸は苦手だって言ってんじゃん」
 って言ってるのに、なぜか回ってきちゃうのが、恩田陸の恩田陸たる所以なんでしょう(笑)
 つまり、言い換えれば、そこが恩田陸のスゴイとこ!(笑)

 ま、ファンの方だと違うんでしょうけどねー。
 ただ、私のように、ファンじゃない、というか苦手(笑)な人っていうのは、たぶん、恩田陸の書くお話に結末がない…、というか、楽しく読んでいたのに結末がどっか別のとこに行っちゃう展開にガッカリって人が多いんだと思うんです。

 私もそうですけど、恩田陸が苦手っていう人って、実は意外と恩田陸の本を何冊も読んでるんですよね。
 でも、結末がどっかいっちゃうような結末(変な表現)に、思わず「はい!?」ってなっちゃって。
 その結果、「恩田陸を読むのは、もぉ絶対よそう!」って心に誓うわけです(笑) ←これ、身につまされる人多いと思います

 ところが、そのほとぼりが醒めた頃。
 なんとなーく本屋に行くと、恩田陸の文庫の新刊が並んでいる。

 もちろん、前の苦い経験を忘れたわけではないですから。
 「読まねーぞ。読まねーぞったら、読まねーぞ」って、別の本を手に取る。
 後ろの紹介を見たり、パラパラめくってみたり。
 はては解説をよんだり、冒頭を斜め読みしてみたりするわけですけど、その視線の外にある恩田本の表紙が気になって、気になって、どーも落ち着かない(笑)

 ただし、それは恩田陸の本ですから。
 絶対、結末がどっかいっちゃうにお話に決まってるわけです。
 つまり、読んだ後、買ったのを後悔するのはわかりきっていると(笑)

 でも…
 本屋で手に取って、どんな内容なのか見るだけなら、別に後悔もしません。
 本代、損もしません。
 よって、
 ふん。なになに?『夏の名残の薔薇』だぁ? ←とりあえずこのタイトルにしときます
 うん。タイトルは悪くないよなー。
 ていうか、いつもながら、そそるタイトルだよなー。
 で?どんなお話なんだぁ…

 なぁ~んて。
 つい、興味をひかれちゃって。
 気がつけば、ひっくり返して、後ろの本の紹介を読んじゃうわけですね。

 えー、なになに…

 沢渡三姉妹が山奥のクラシックホテルで毎秋に開催する、豪華なパーティー。
 参加者は、姉妹の甥の夜目で美貌の桜子や、次女の娘で女優の瑞穂など、華やかだけど噂のある人物ばかり。
 不穏な雰囲気の中、関係者の変死事件が起きる。
 これは真実なのか、それとも幻か?
                           ――以上、裏表紙の内容紹介の丸写し(笑)


 ま、つまり。
 そこまできたら、もぉ恩田本の罠に落ちゃったようなもんです(爆)
 結末なんて絶対あるわけないのに、どんな展開になるのか知りたくて、知りたくて。
 そのままレジへ……
 ただ、この本の場合、その紹介文だと「ありがちな山荘モノか」って、私は絶対買わなかったと思います(笑)
 そういう意味では、この内容紹介はヘタだと思いました。
 ただ、ありがちな山荘モノと思わせて買わせるって意味ではウマい、のか?(笑)


 そうやって、買われた恩田本。
 ま、それは恩田本であるがゆえに、読み始めると、興味をひいて面白いわけです。
 それゆえ、どんどん読んじゃう。
 しかし、それは恩田本。
 結末は、絶対……、
 ない! 

 かくして、恩田本は友人知人同僚へと回っていく。
 この、“結末がない”ことのやるせなさを、他人に味あわせるために……
 って、怪談か!(笑)

 ま、つまり。
 正しい恩田本の楽しみ方(ただしファンじゃない人の)っていうのは、そういうものなわけで。
 それゆえ、気がつくと恩田本が回ってくるわけですね(爆)


 ま、そんな『夏の名残の薔薇』ですがー。
 これは、恩田陸に関しては、異色作(?)でした。
 というのも、結末があるんです(笑)

 ただまぁ、結末がどっかに行っちゃうかわりに、章が変わると、その前の章であったことがどっか行っちゃうみたいな(!?)
 な~んか、そんな展開で、それは“人の記憶というモノは人それぞれにあって、しかもそれはきわめて曖昧なものだ”的な。
 ま、それは、お話の中にも、やたらと引用される『去年マリエンバートで』という映画から、恩田陸がヒントをもらってるらしいんですけどね。
 だから、そのマリエンバートってなんなんねん?www

 ま、そんな、ミステリー小説的に言うととっても非合理的なんだけど、現実では至極当たり前なそのことをテーマにするのは面白かったんですけどね。
 ただ、如何せん、そのテーマはテーマとして出しただけで終わっちゃったよーな?(笑)

 ていうか、作者は、このお話に限って、なんで結末をつけたんだろ?
 このお話なら、むしろいつも通り「結末って何?ここはどこ?わたしは誰?あぁ…」的に終わらしちゃった方が、むしろよかったんじゃないかなー。
 だって、人の記憶というのは曖昧で。しかも、それぞれ微妙に違うものだ、がテーマなわけですもん。

 ま、それもありつつ、あのマリエンバートのパートって、ホントに必要だったのかなぁ…。
 もちろん、お話と微妙にかぶってるんだけど、かぶってるから何なの?とも思っちゃうわけで。
 身も蓋もない言い方になっちゃうけど、ちょっとカッコつけじゃない?なんて(笑)
 今の日本の小説って、カッコつけすぎ、出来すぎ、箱庭的すぎ!の傾向が強いすぎなんじゃないかなぁ…


 しっかしまぁ結末がなければないと文句言うくせして、あればなかった方がいいと文句言う読者って、ホンっト最悪ですよね(爆)
 作家って、いやー、ホント大変だなーって。
 なんだか、つくづく思っちゃいました(笑)

 ただ、そう言いつつ、この『夏の名残の薔薇』って、そんな悪くなかったような気もするんです。
 少なくとも、楽しく読めたし…。
 これを機会に、評判のいい『中庭の出来事』と『ユージニア』を読んでみたいな!な~んて(笑)
 でも、評判がいいということは、展開がまさに恩田陸!だったりするのか?(爆)


 しかし、話は変わりますけど。
 帯の「恩田ワールドの魅力が花開く艶やかなミステリ」っていうコピー。
 いや。“恩田ワールド”っていう言葉もわかるし、“魅力が花開く”っていう言葉もわかるんです。
 恩田陸のファンとは絶対言えない私でも、“恩田ワールド”っていわれれば、どんな世界かなんとなくイメージ出来ますもん。

 また、“魅力が花開く”っていうのも、恩田本は結末がどっかいっちゃうから苦手なだけで、決して“魅力”がないわけではない…、 どころか“魅力”は大いにあると思うので、それもよくわかるんです。

 でも、“艶やか”? 
 はい!?
 いっやー、私。
 恩田本に、“艶やか”はないんじゃない?(笑)

 変な話ですけど、それを見て私、恩田陸が描く「性愛」ってどんな世界になるのか、スッゴク読んでみたいって思っちゃいました(笑)
 ま、“艶やか”って言葉から性愛に連想がいくのもどうかと思いますけどね(笑)


 そんな、恩田陸が描く「性愛」ってどんな世界になるのか、スッゴク読んでみたい私が、つい手を出しちゃったのが、花房観音の『女の庭』(爆)

女の庭IMG_3155

 いや、ね。
 裏表紙のあらすじ紹介の、
『恩師の葬式で再会した五人の女。
 近況を報告しあううちに、教室で見たビデオの記憶が蘇り――。
 先生と濃厚なセックスをしていた、あの女は誰だったのか。
 互いに互いを疑いながら、女たちは今日も淫らな秘め事を繰り返す。
 不倫、密会、出会い系……。
 秘密を抱える腹黒い女たちと、それを監視する街、京都。
 重ねた噓が崩壊する時、女の本性が放たれる。』
                    ――これも、裏表紙の内容紹介の丸写し(笑)
 
 …っていうのを読んでいたら、あー、これなんか、まさにエロの要素が入った恩田陸じゃん!って(笑)

 とはいえ、世の中、そうは問屋が卸さなくって。
 いや、うん。全っ然、恩田陸っぽくなかったです(笑)


 ていうかー。
 これ、とてもじゃないけど、真面目には読めません(笑)
 だって、
「ああっ!」「いやや…」「もうあかんあかん」「かんにん、もうたまらへん」「はぁっ!」「はぁあああっ!」「もう、うち、たまらん」って、延々そんなのばっかなんだもん(爆)

 そんなもん、文字にしたらアホバカの極地以外、ナニモノでもないじゃないですか。
 でもってさ。京都弁がアホバカさにさらに拍車かけてくるんだよなぁ~www

 というのも、出てくる女性のセリフを読んでいると、もろ、その言葉を連呼することで興奮して喜んでる、男子校の男どものあの衝動とまるっきり一緒だよなーって(爆)
 男子校出身の私としては、あの頃を思い出しちゃって、もぉ可笑しくって、可笑しくって。

 ていうか、登場人物たちがやってることも、それって、えっちでぃーぶいでぃー見すぎだろー!みたいな感じで。
 ていうか、ソレって、みんな、普段は正しいっぽい顔してても、結局その辺りに落ち着くってことなのかなーなんて。
 なんだか、世の中をみょぉ~に達観しちゃいましたよ(笑)


 そう。達観しちゃうというか、醒めちゃうというか。
 コレ、一応「官能小説」ってことになってるらしいんですけど、全っ然コーフンしないのが面白かったです(笑)
 なんでも、作者もそこは狙ってるとかで、あー、そういう意味じゃぁそこは確信犯なんだなーって。
 もっとも、そういうのに免疫のない10代の頃に読んでたら、全然違うんでしょうけどね(笑)

 そこは、へー。面白いなーとは思ったんですけどねー。
 とはいえ、大学卒業して12年後のゼミ生同士(女性5人)の虚栄心と嫉妬って、意外とソレは女性同士を主人公にした小説の場合、ありがちなテーマ…、というよりは水戸黄門だったり…、かな?
 ただ、そんな風に思ったら、それって男だって同じじゃん!って気がついたのは面白かったです(笑)


 ま、コレ。
 ぶっちゃけてカテゴライズしちゃうなら、「ミステリー要素の少なめ、エロ要素多めの、舞台が京都ってことでちょっと文学っぽい匂いもするイヤミス」って感じになるのかな?(笑)
 って、そんな風に、つい軽く見ちゃうところがある反面、読んでいると、「いや。意外と侮れないかも…、この人」と思うことがあるのが不思議なところ。

 というのは、最初に書いたように、とてもじゃないけど真面目に読んでられない、登場人物のセリフや行為が延々続くわりには、意外なくらいズンズン読んじゃうんですよね。
 お話は5人の女性毎に章立てされていて、それぞれの女性の視点ですすんでいくんですけど、読んでいて気がつくとその章の女性を応援してたりする。
 それは、やっぱり、読んでいてその女性のいろんな気持ちが伝わってくるからこそなんだろうなーって。
 ホント、読んでいてハッとすることが何回かあったのは確かです。
 いや。だから、エッチなシーンでハッとするんじゃなくね(笑)


 ただ、そう思うと、お話の「ミステリー」の部分の位置づけが中途半端だったかなーって。
 5人の女性それぞれの思いや気持ちを描いた部分は、もちろんよかったんですけどね。
 ただ、そこがクローズアップされるがゆえに、“ビデオに映っていたソレの主は誰なのか?”っていう話が、それぞれの女性にとって、それほど重要でなくなっちゃってるように感じるんですよねー。

 お話をガタンガタンと落とすなら、「ソレの主は誰?」をメインに据えるべきだし。
 女性の思いや気持ちをメインにするなら、オチはシンプルにした方がよかったんじゃないかかなー。


 それと、お話に出てくる男の嫌ったらしさやアホバカぶりが、あまりに女性作家が書く男のパターンすぎかなーと(笑)
 ま、確かに、そういう人もいるでしょうし。
 また、こと、そういう欲望がむき出しにされた場面で(男ってヤツを)女性側から見ると、そういう面ばかり見えちゃうのかもしれないですけどねー。
 ただ、そこは男からすると「男って、そんなにありきたりかなー?」って(笑)

 とはいえ、ま、そこは、男の作家が書いた小説のレビューによくある、“女性の描き方が、女性からすると違和感”というのと同じってことなのかな?とも思いました(爆)

 ていうか、逆という意味じゃ、この花房観音が恩田陸っぽくお話を書いたらどうなるんだろう?って(笑)
 いや、なんかソレ、スッゴク読んでみたいですね。
 そう言う意味じゃぁ、花房観音って、まぁスグには読まないけど、でも、そのうちまた読んでみたくなる作家なんだろうなーって気がしました。



 とまぁそんなわけで、ソレっぽいのをもぉ一冊読んでみたいなーって選んだのが、篠田節子著『純愛小説』(笑)

純愛小説IMG_3158

 いやもぉ“純愛”ときたもんだ!(爆)

 そういえば、昔、「純」っていうチョコレートがありましたけど、あれ、いつの間になくなっちゃったんでしょう?
 ネットで見てみても出てこないんだけど、あれー、「純」じゃなかったっけ?

 って、まぁチョコレートはどーでもよくって、篠田節子で「純愛」って、もぉそれだけで、“なに、また、何に悪態つこうとしてんだか”って感じでニヤっとしちゃいます(笑)

 篠田節子が「イヤミス」と呼ばれることはないわけですけど。
 でも、正しい世間に冷や水浴びせる、というか、読者にだって冷や水浴びせちゃうって意味では、心底、イヤ(ミス)な作家じゃないかって(笑)
 100%褒め言葉、言ってみりゃ、「純褒め」です

 ていうか、“イヤぁ~なおばさん”って言った方がピッタリか?(爆)
 職場とか親戚にいたら、みんなから煙たがられるんだけど、でも、ここぞという時に頼られる、みたいな感じ、かな?(笑)

 つまり…、
 “…その物語は、『野菊の墓』の焼き直しのような陳腐極まる内容だが、ドラマ、小説を問わない純愛大流行のただ中で、コミック化、ドラマ化、映画化とメディアミクスの大成功をもたらし…”(1話目「純愛小説」より)

 “…今の若者の口にする純愛など、それに比べてなんと安っぽく薄っぺらいことだろう、有名作家が朝っぱらから新聞紙上で連載している不倫小説の不潔さはどうだ?”(3話目「知恵熱」より)

 みたいな。
 思わず、「江戸っ子か!」ってツッコミたくなるようなケンカっぱやさが、ミョーに気持ち(いい人には、とっても気持ち)いいんでしょうね(爆)


 お話は4つ。
 「純愛小説
 さんざん浮気してた男は、ある浮気相手の死がキッカケでその手のことに醒めてしまう。男は自分の人生にも醒めてしまったことで、代わりに、奥さん孝行や家族サービスに精を出すように。
 そんな男の奥さんが離婚を選択したきっかけ、そして理由とは?

 「鞍馬」
 流れで家族の面倒を見続けた末、結婚することなく初老を迎えた長女。
 そんな長女の電話がつながらないことに不安を覚えた次女が家に行くと、長女の住む実家は更地になっていた。しかも、土地はいつの間にか不動産会社のものに。
 長女が家と土地を売ってしまったのは、彼女に一瞬だけ訪れた女の幸せのためだった。
 でも、それは…

 「知恵熱」
 ある夜、父親が大学生の息子のマンションに行くと、一人の娘の姿が。
 母親に黙っていてくれとお願いされた父親の奥さんとのきわどいやりとりと、その娘の鮮やかさについ胸をときめかしてしまう父親の心。

 「蜂蜜色の女神」
 40代後半の女医のメンタルクリニックにやって来た30代の女性。
 その女性(妻)の相談は、旦那が10歳以上年上の女性との性愛にのめりこんでいること。
 クリニックにやってくる妻→旦那の弟→旦那(と妻)の話から、クルクルと変わっていく、女医の中の浮気相手の女性のイメージ。
 そんな中、浮気相手のところから家に帰ってきた旦那は病気で入院してしまう。
 入院して妻に看病されたことで旦那と年上の女性との関係は終わったかに思われたのだが…

 って書くと、しっかし、地味ぃ~な話だなぁ…ってなっちゃうんですけどね。
 でも、いったん読みだすと不思議なくらい、「え?これって、どう落ちるの!?」って、もぉ止まんない、止まんない!
 結末が気になってしょうがないっていう意味じゃぁ、下手なミステリー小説なんて真っ青って感じでした(笑)
 個人的には、最初と最後の話が、「えー!どうなる?どうなる?」って。
 もぉ直滑降のように読んじゃいました。 ←どういう読み方だ?

 いやー、どれも、苦ぁーいお話なんですけどね。
 でも、最初のお話が、結局全員が愚かな選択をしちゃう、(傍から見ると)ちょっとクスっとしちゃう苦さだとすれば。
 2話目の苦さは、ズシンと重い、絶望の苦さ。
 でも、淡い救いも感じられるような、ないような…。
 というか、誰を主人公として読むかで、苦さの質が変わってくるってことかな?
 一方、3話目は、平凡な日常に潜む、光を知ってしまった、あがこうとしたけど、もうあがけない自分に気づいた苦さみたいな感じ?
 それに対して、最後のお話は、知った光から離れられなくなってしまう、妄執の苦さ。
 というよりは、実は、知った光こそが自分にとっての「ケ(日常)」で。
 今まで持っていた日常が、「ハレ(憧れ)」になっていたことに気がつかないという、いつの間にか妄執の対象が逆転していたという苦さ…、かな?

 つまり、どのお話も、自分の人生は自分でコントロール出来るもんじゃない。そんな、ままならない人の生に、“純愛”という、ある意味憧れである概念を持ち込んで。それを持て囃すことで、安易に○×をつけてしまう人の世の愚かさを篠節流に料理したってことなんじゃないですかね(笑)

 まー、そんな、繰り返しになりますけど、読者に冷や水を浴びせるって意味じゃぁ、たぶん当代一でしょうねー。
 その冷や水を心地よく感じるか、ニヤっと笑うか。はたまた、快哉を叫ぶか。
 もしくは、イヤミったらしいババア…とウンザリするか(爆)

 ただまぁ読者が何を思うと、本人はどこ吹く風なんでしょうね。
 だって、“小説は書きあがってしまえば、それは100%読者のもの”って言ってんだもん(爆)

 そんな、おっそれ入谷の鬼子母神!な一冊。 ←江戸っ子か!(笑)







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