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2017
11.26

根も葉もあるお話:17.11.26

 
 それはウン十年前、Aさんがまだ学生の頃。
 Aさんはその日、当時つきあっていた彼女と派手なケンカ別れをしたとかで。
 付き合って1年ちょっとだけど、最近は小さな諍いをすることが多かったこともあって。Aさん、実はその日会う前から予感みたいなものがあったらしい。
 ただ、実際に別れてみると、ずっと胸につかえてたものがとれたような感がある反面、胸にポカンと穴が空いちゃったような。
 そんな、相反する気持ちを抱きながら街を歩いていた時だった。
 なぜかふいに浮かんできた、別れ間際、最後の最後に見た彼女の顔。
 怒りをなんとか抑えるように、上目遣いにAさんをじっと見ていたその表情。
 暗渠の下の川のようなそれは、休日の雑踏の中でそこだけ時間が止まっていた。
 うわぁー。そんなこと、今の今まで気づいてなかった…とAさん。
 その途端思い出したのは彼女と過ごした、嫌やぁーな記憶。
 いや。もちろん楽しいこともたくさんあった。だからこそ今まで付き合ってきたんだけど…
 そう。楽しそうに笑ってたと思ったら、実は苛立ってて。そのことをずっと根に持ってて事あるごとに蒸し返すみたいな、変に陰にこもったとこがあるんだよなー、アイツ。

 そんなことを思いながら歩いていて、Aさん。気分転換に飲みに行こうかと思った途端、腹が減っていることに気がついた。
 そうだよ…。
 今日だって、アイツがワケわかんないこと言いだすからさ。まだ昼メシ食ってないんじゃん。
 まわりを見回すと、あったのは街の中華屋。
 あ、ラーメン食いたい…と、Aさんはその店のドアをガラガラと開けた。

「いらっしゃい」
 一字一字をやけにハッキリ言うみたいな低い声に思わずたじろいだAさん。
 赤いL字型のカウンターとテーブルが2つあるだけのこじんまりした店内。お客は1人もいない。
 うわっ、これは失敗だったかも…と、後ろで閉めようとしたドアを止めかけたAさん。でも、その途端カウンターの中の愛想悪そうな店のおやじと目が合っちゃって。
 しょうがないから壁のメニューも見ないで「ラーメン」と言ったら、「毎度」と短く店のおやじ。
 何を思ったか、水の入ったコップをL字カウンターの奥から2つ目に置くもんだから、仕方なくAさんはそこに座った。

 カウンターの中でいそいそとラーメンを作ってる、愛想わるそうな店のおやじ。
 一方、手持無沙汰なAさん。普通、こういう店ってテレビが点いてたり、漫画雑誌とかあるもんだけど…とキョロキョロしても何もない。
 しょうがねー店だなーなんて壁のメニューを見ていて、「ラーメンと餃子のセット500円」というのが目に入った。
 しまった!こっちの方がいいじゃん。今からでも大丈夫かな?なんて思った時だった。
「お待ち」
 首を回して壁のメニューを見ていたAさんの顔の後ろで、いきなり聞こえたおやじの例の低い声。
「あ、あ、あ、…はい。」
 驚いて、餃子のことなんてすっかり忘れちゃったAさん。急かされるように、すぐ横にあった箸立てから箸を取って。
 パチンと割って、どんぶりの中の麵をスープを箸で軽くかき混ぜる。
 とはいえ、それはラーメン。顔を持って行くと、暖かい湯気となんとも言えないいい匂いに、ぷわーっと包まれる。
 うわー、ウマそうだと、どんぶりに箸を入れ麵を引き出せば、もぉ至福のひと時。
 つい今しがた彼女とケンカ別れしてきたこと、愛想わるい店のおやじ、餃子のことも全部忘れて、熱々の麵を啜りだした。

 ズルズルズルー、ーーーーー。っ!?
 それはAさんの人生をもってしても、最初で最後の経験で。その瞬間の感じを何と表現していいかわからないらしい。
 というのも、ズルズルと口で啜りだしたラーメンがいきなりピタッと。なぜか急に止まっちゃったんだとか。
 それは、まるで啜っていた麵が、なぜかどんぶりの底に張り付いているような。
 間違いなく啜っているはずなのに、麵はそれ以上ウンともスンとも。全く口に入ってこない。
 …!?
 なんて思ってる間もなかった。
 啜っていていきなり啜れなくなったラーメン。それが今度は逆に引っ張られているような感覚。
 バッシャーン!
 いや。そんな音がAさんの耳に聞こえたのかはわからない。
 だって、Aさんの顔は熱々のラーメンどんぶりの中だったから。
 とはいえ、それは出来立ての熱いスープが入ったラーメン。
「わーっ!」
 慌ててラーメンどんぶりから顔を起こした。
「あっつぅぉあーっ!」、
 勢い余ったAさんは、その途端カウンターの椅子から転げ落ちていた。


 Aさんによれば、愛想わるい店のおやじは意外とやさしかったらしい。
 カウンターから慌てて出てきて、Aさんを助け起こしたり、乾いたタオルを出してくれたり。
 幸い火傷なんてことはなく、タオルで顔と服を拭いてやっと落ち着いたAさんに「食べてきなよ」と炒飯を出してくれたり。

 散々ウンザリする目に遭った日は、他人の情けが身に染みるもの。
 そんなAさんがしみじみとウマい炒飯を食べ終え、「どうもお世話掛けちゃって。ホントありがとうございました」と立ちながら、お代を払おうと財布を開いた時だった。
 「あぁー、いいって」と、例によって店のおやじの低い声に顔を上げれば。
 それは怪訝そうにしきりと首を捻っているおやじの顔。
 その目はAさんではなく、その後ろを見ているような?
 思わず振り返ってもそこにあるのはテーブル席と壁、そして壁のメニューだけ。
「…!?」
 怪訝に思いながらもAさんが顔を戻すと、今度は首を前に出し、じっと眇めるように自分を見ているおやじの顔にぶつかった。
「な、なんです?」
 変にドキリとおやじの顔を見ていたAさん。
 あれ?こんな顔、つい最近見たような…と記憶をたどっていたら、またおやじの低い声。
「うん…。まぁ…、うん…。」
「あ、だからお代を…。」
「あぁ。だからそれはいいって。」
「でも、それじゃぁ…。」
「うん。だからいいって。それより…。」
「え?それより!?」
「うん…。いいや。俺もわかんね…。」
「は、はい?」
「学生さんなんだろ?早く帰んな。
 だからよ…、気をつけてさ。」

 Aさん、その後は追い出されるように店を出たらしいのだが、その後の記憶はなんだか妙に曖昧糢糊。
 いや。次の日、ラーメン匂いのする服ひ辟易して、近くのコインランドリーに行ったのは間違いないのだが…。
 ちなみにAさん、ケンカ別れした彼女とはそのまま。二度と会うことはなかった。
 もちろん、その中華屋へも二度と行くことはなかったと言う。



                 ―― 根も葉もあるお話:17.11.26『ラーメン』〈了〉

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 聞いた話のメモのつもりがメモにならなくて(笑)
 ていうか、ミョぉーっ!に「実話怪談本」にあるような文章になってることに笑いました。


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2017
11.11

根も葉もあるお話:17.11.11

 
 齢をとるというのは、カレンダーと意識がズレるということなのか、個人的にはいまだ10月上旬くらいの感覚なんですけど、気候はすっかり秋、それももはや晩秋の趣きがあるよなーなんて思っていたら、なんと!もぉ11月も中旬なんですね(笑)
 11月の中旬といえば、1ヶ月したら12月の中旬なわけで(当たり前)。
 とはいえ、12月の中旬といったら、もはや今年、終わりじゃん! えっ!?

 終わりって、個人的にはついこの間忘年会があった(ちなみに新年会はなかった)気がするわけで、なんだそら?って感じですけど、よくよく思い出してみれば、そういえば、春には桜も咲いてたし、いかにも初夏って日もあったなーなんて。
 ま、その後は季節が狂って、雨の降らない梅雨。さらに梅雨明け以降は雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨、雨…ばかりでここに至ってるわけですけど、まぁなんと言うか(笑)
 いや。笑いごとじゃなくて、思えばあの事件って、あの雨ばっか降っていた夏に始まったってことなんだなーって。



 まだ高校に通っていた頃。
 中学時代、同じクラスだった友人が自殺をしたということがあった。
 聞けば、焼身自殺だったとかで…

 それから2、3年が経った頃だと記憶している。
 あるところから、地元のA病院に、おそらく「彼」ではないかと思われる幽霊が出るという話を聞いたのだ。
 その話によれば、「彼」の幽霊を見たと言うのは、一人はそのA病院に入院していた患者のBさん。もう一人はA病院の看護師のC子さん。
 どちらも、「彼」とは全く関係のない人。
 そして、死んでから2、3年後。
 いったいなぜなのか?
 意味のないと思われる時間、そして全く関係のない人……


 気づいた時、Bさんは何がなんだかわからなかった。
 見たことのない場所、見たことのない人たち。
 起き上がろうとしたのは無意識の行動だったのだろう。
「あ、じっとして寝ていてくださいね。」
 頭の上から、テキパキした女性の声がした。
 その声の主の方に視線を向けると、それは知らない中年の女性。
 でも、その女性が着ている白衣を見たことで、自分が病院にいて、しかも手当てを受けているということがわかって困惑した。
「Bさんは、クルマを運転していて事故に遭われたのです。
 憶えていますか?」
 その瞬間だった。Bさんが事故のことを思い出したのは。

 それは、踏み切りをわたり終えた直後。
 いきなり視界の右に入ってきた、クルマの姿。
 どこか遠くから聞こえる、鋭い急ブレーキの音。
 ドーン!
 その瞬間、意識は真っ暗。気づいた時は、もう今ここ。

 幸い、怪我はたいしたことはなかった。
 おそらく1週間もすれば退院できるという医者からの説明を、駆けつけてきた奥さんと一緒に聞かされた。
 動くと鈍痛がある首も、寝ている分には特に痛くもなかった。

 しかし、初めての交通事故、初めての入院ととにかく面食らうことばかり。保険会社の連絡や会社への連絡、さらには事故処理のことなどなど。
 ついさっきまで面会時間をオーバーして奥さんといろいろ話していたのだが、消灯になってやっと落ち着いてきた。

 ベッドのまわりにはカーテンがぐるりとひかれ、部屋の様子はよくわからない。
 でも、病室の天井には他の患者が見ているらしい、TVの光が明滅していた。
 同室のベッドはほぼ埋まっているのか、多数の人の気配がある。
 TVでお笑い番組でも見ているのだろうか?クスクス笑う声もする。
 明日、奥さんがきたら自分もTVを申し込もうなんて考えながら、今日は寝ることにした。

 ふと目を覚ました時は何時ころだったのか?
 さすがにもうみんな寝てしまったのか。天井に反射しているTVの光の明滅はもうなかった。
 そんな時だった。ガソリンの匂いを感じたのは。
 いや。というより、ガソリンの匂いで目を覚ましたといったほうが正しいのかもしれない。
「えっ、ガソリン!?」
 そうつぶやいた瞬間、体がぎゅっとしめつけられるような感じがした。
「!?」
 体がまったく動かない。
 金縛りだった。体がスゥーっと冷えていく。
「!!!」
 必死に体を動かそうとするのだが、指1本動かせない。
 汗がつぅーっとしたたるのが感じられる。
 怖い…
 今までに感じた事のないような恐怖の中、ふいに目の前に黒々としたなにか残骸のようなものが見えた。
 ベッドの周りにごつごつと転がっているそれは焼け焦げた何かのように見えた。
 不思議なのはベッドに仰向けに寝ているはずなのに、まるで起き上がっているかのようにその光景が見えること。
 もっとも、それを言ったら病院の大部屋のはずのこの場所に、ガソリンの匂いとこんな光景がひろがっていること自体が変なのだが。

 ガソリンの臭いがさらに強くなった。
 それとともに何かが焼け焦げている匂いもしてきた。
 やはり、ベッドの周りで黒くごつごつ転がっているものは、何かが焼けたあとなのか?
 体は相変わらず動かないが、ガソリン匂いと焼け焦げの匂いに吐きそうだった。
 それはいきなりだった。
 黒々とした焼け焦げの跡の光景が一際ハッキリ見えるようになったかと思うと。
 その真っ黒な中、一際黒い人のようなものが現れた。
「ひっ!」
 悲鳴をあげても声が出なかった。
 身動きどころか瞬きすらできず、ただただその黒い人のようなものを見つめるばかり。
 そんな恐怖に追い討ちをかけるように、その黒い人のようなものが近寄ってくる。
 さらに強くなっていく、ガソリンの匂いと焼け焦げの匂い。
 気のせいか、体が熱い。
 いや。気のせいじゃない。熱いのは、近づいてくるその黒い人のようなものがまだ燃え燻っているから。
 燃え燻ったその人はさらに近づいてきて、右手をこちらに――。
 Bさんが意識を保っていられたのはそこまでだった。


 その日、看護師のC子さんは夜勤だった。
 この病院はそれほど大きい病院ではないが、大きい病院でない分スタッフの数が少なく仕事に追われることが多かった。
 それは、そんな普通の日々の中のある夜のこと。
 その時はC子さん、巡回を終わらせて一息つきながら書類に目をとおしていた。

 仕事の疲れからか、目がしょぼしょぼする。
 「いけない。いけない」と顔を振って目を覚まそうとするのだが、瞼が重くなってくる。
 やがて、書類を見ている視線の先がぼやけてきて。
 いつしか椅子に腰掛けたまま、すーっと眠りに落ちていく。

 ヒヤ~リ。
 何かヒンヤリした空気を感じて目が覚めた。
 夜勤をしていたはずの自分が、一瞬今どこにいるかわからない。
 というのも、部屋が暗いのだ。
「えっ!どういうこと!?」
 ここは病院。停電だとしたら大変なこと。
 慌てて立ち上がろうとして、その時体がまったく動かないことに気がついた。
「か、金縛り!?」

 病院勤めは長いから、病院には付きものの怪談話はさんざん聞かされていた。なんか妙だなと思う体験をしたこともあった。
 しかし金縛りは初めて。まず、落ち着こうとしていて…
「え?なに、この匂い!?」
 それは、重い刺激臭。
「こ、これって、ガソリンの匂いじゃない…。
 何なの?いったい…。」
 その時だった。自分の身に起こってるそのことにやっと気づいたのは。

 か、体が宙に浮いてる……
 たぶん、1メートル位?
 椅子に座った姿勢のまま、体が浮いていた。
 爪先が、机に広げた書類の上を漂っているのが見えた。
「……。」
 ヒンヤリしていた空気が、かっと熱くなったのはその時だった。
 いや。熱いなんてもんじゃない。それは、まるで炎の傍にいるような熱さ。
 一際強くなるガソリンの重い匂い。
 なのに体は身動きひとつ出来ない。
「こ、怖い!だ、誰か…。」
 声にならない悲鳴。体を覆ってくる何かの恐怖。
 机の向こうに、ふっと現れた何か黒いもの。
 その途端、熱さはかっと強く、ガソリンの匂いが濃くなった。
 焼け焦げた残骸のようなものが机のむこうに点々と転がっているのが見える。
 その中心には真っ黒な人が立っていた。
「っ!」
 悲鳴を上げても声にならないもどかしさ。
 だんだんと近づいてくる、黒い人の姿。
 どんどん強くなっていく炎の熱さ、ガソリンの匂い。
 すぐ間近に炎を突きつけられているような熱さに顔を背けたいのに、それでも体は動かない。
 右手を上げ、こっちに向けて近寄ってくる黒い人の姿。
 一歩、二歩…。さらに一歩…
 しかし、それは次第にヨロヨロとした足取りになって…
 やがて、右手をこっちに向けたままそこに崩れていく。
「助けて…、助けて…、助けて…、……、……、……」
 
 ふとC子さんが我に返ると、そこはいつもの夜のナースステーション。
 なのにC子さんの耳には、あの黒い少年の「助けて…、助けて…」という悲痛なつぶやきが残って離れない。

 その後、C子さんがこのことを同僚に話した時。その黒い人影が若い男性、それも10代半ばから後半くらいのように感じたということから、それは2、3年前に焼身自殺をして運ばれてきた「彼」ではないかということになったらしい。


 以下は、怪談ではないのだが、まぁついで。
 この話は、中学時代の友人、つまり「彼」を直接知っている人には、2人にしか話したことはない。
 その2人の友人は、この黒い人影は「彼」ではないんじゃないかという感想を持っていた。
 その理由は、2人ともあの「彼」が「助けて、助けて」なんて言うかな?というものだった。
 というのも、「彼」は中学生の頃、わかりやすい言い方をしてしまうなら「番長」のような存在で、それこそ若い女性の先生なんかは名前を呼び捨てに出来ないくらいだったから。
 確かに、そんな中学校の頃の「彼」のイメージと、その「助けて、助けて」はどうしても結びつかない。

 話は変わるが、その話を聞いた何年か後に私自身、もうちょっとで自殺をしそうになったことがある。
 それは、「自殺をしようと思った」ではない。「自殺をしそうになった」だ。
 その時期は、あることで悩んでいて、何をしていてもそのことばかりが心の中を占めていた。今思い出しても辛い時期だった。
 そんなある日、駅のホームで電車を待っていた時だった。
 その時も、その悩みのことばかり考えていたと思う。
 ただ、その悩みで前途を悲観したとか、絶望していたとか。ましてや、死んで楽になろうなんてことは一切考えていなかった。
 それは間違いない。

 それが起こったのは、電車がやってくる音が聞こえてきて。視界の端に、小さく電車の先頭が見えた時だった。
 いきなり、自分の足が、つつつつ…っと勝手に歩き出した。
 ホームの端に向かって。
 いや。その瞬間、私はそのことにまったく気づいてなかった。
 プワーン !
 そのことに気づいたのは、間近で鳴ったその大きな警笛を聞いた時だったと思う。
 我に返った私のすぐ目の前を電車が次々と通り過ぎていく。
 その光景を見ていたら、思わずゾーっとして。その場に座り込みこそしなかったが、とてもじゃないけどその電車に乗り込める気持ちではなかった。
 とりあえずベンチに座ることにしたのだが、怖くなったのはむしろそれからだったように思う。
 というのも、落ち着いてくるにしたがって、体がガタガタと震えだしたから。
 戦慄。
 それは戦慄という言葉につきた。

 人というのは、どうやら心がある状態の時、発作的に無意識に自殺を選んでしまうのではないだろうか。
 その自分だけの体験で言っているわけではない。
 大学の友人が首を吊った時の経緯も、詳しく聞いていくと、どうもまさにそんな感じなのだ。
 ある日、親子で進路のことで大ゲンカをして。
 お互いさんざん言い合った結果、彼も親もお互い意見の一致をみたはずなのに。その後、親が買い物から帰ってくると、部屋で彼は死んでいたらしい。
 それ以外にも、ある駅での飛び込み自殺を目撃した人の話だと、ホームの真ん中をこっちに向かって真っすぐ歩いていた人がいきなり直角に曲がって、後ろから来た電車に飛び込んでいったとか…。

 そんな人たちは死の瞬間、いったい何を思うのだろう?
 それは、ふと気づいたら自分が死んでいくことを自覚するという恐怖から逃れたくて叫ぶ、「助けて、助けて」ではないだろうか。

 日頃、「死にたい」と言ったり考えたりしている人は実際には死んだりしないものらしいが、確かにそれはそうだろう。
 それは、たぶん「死にたい」と言ったり、思ったりしているうちはちゃんと正気を保っているからだと思うのだ。
 でも、そうやって「死にたい」「死にたい」と死への恐怖というストレスに身をさらしていると、その人は死から無防備になっていって。やがて、何かのタイミングで自分が気づかぬまま死にさらわれてしまうことになる。
 そのあまりの恐ろしさに正気を取り戻した人はそのことに気づく。
 ずっと生きていたいからこそ、「死にたい」と思ったり言ったりしていたんだと。



                         ―― 『助けて…、助けて…』〈了〉

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注!「自殺」とか「死にたい」とか書いてあるのは、あくまでお話の都合ですからね。
  ホントに死んじゃいたいなんて思ってる人はこんな悠長なこと、しかも怪談なんてヒマなことやりませんから。



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2017
11.04

根も葉もあるお話:17.11.4 -下


「うん。こんなもんだろ。」
「ウチはケーキ屋なんだからさー。
 お客さんがケーキ買って店を出ようとした途端、ドアがドーン。
 ケーキがバシャーンじゃさ。すみませんじゃすまないでしょ、もぉー。」
「俺だって、そんなことわかってらい。
 しっかし。なんでこんなに強くしちゃったんだろ?
 ま、最近は変なのもうろついてるしな。無意識にやっちゃったってことなんだろうな…。」

 それは、あのスラーっとおしゃれな若いお母さんとその子供が帰ったすぐ後の店の入り口。
 珍しく奥から出てきた店主が、首を傾げながらドアのバネを調整している横で。ブツクサ文句を言っているのは、店の奥さん。
「P美さんもさー、こういうことは気がついたらすぐ言ってよぉ。
 もぉさ。お客さんのこと、バッチャーンなんて挟んじゃってからじゃ遅いんだから。」
「すみません。お店の休みの後、
 なーんかドア閉まるの早くなったかもって思ってはいたんですけどねー。」
「まぁね、幸いBさんの奥さんだったから…。
 びっくりくらいで済んでよかったけどね。」
「あ、あの方。あの方って、よく来るお客さんだったんですか?」
「あら。P美さんは初めてだった?
 たしか、この前の通りずっと行ったとこに住んでてね。
 ちょくちょく来るのよ。あのA太ちゃんと2人でね。フフ…。
 しかしあのBさんの奥さんって、子供生んでもぉずいぶんだけど、
 全然変わんないわねぇ…。」
「そうそう。なんだかモデルみたいな人ですよね。
 それと、あの子。あの子もかわいいですよねー。
 ドアの音にびっくりしちゃって。もぉ目ぇ丸くしてお母さん見上げてて。
 なーんか、思わず笑っちゃいそうになっちゃいました。」
 まぁそんな。ちょっとかわいい後味の出来事があったせいなのだろう。
 P美さん、その日視界の端に感じた些細な違和感のことは、その時は忘れてしまった。


「あ、また…」
 それは、まったくあの時と同じ。目の一番外側、視界のギリギリのところで感じられる違和感。
 いや、その頃には、それは明らかに誰かが見ていると、P美さんは感じられてしかたなかった。
 でも、誰かにって誰が?
 P美さん、もしかして店のすぐ外じゃなく、道の向こう側の店からかと、手が空いている時なんかに、向かいの店を見回してみた。
 でも、いくら見ても、何度見ても、そんな雰囲気はどこにもない。
 結局…。
 そのたんび、「うーん…」って首を傾げるくらいしか出来なかった。

 もしかして、ストーカーかなんかなんじゃないか?みたいに考えても不思議じゃなかったんだろうけど。
 でも、その時のP美さんっていうのは、明日が見えない不安で心がぼろぼろになっていたのが、やっと修復出来てきたような時期だったから。
 ま、それがいいことだったのか、悪いことだったのかはなんともわからないが、P美さん、とにかくそういう風には気が回らなかった。

 ただ…
 人間の五感の機能というのは、日々そういうことが頻発して起きていると研ぎ澄まされてくるものなのか。それとも、たんにそのことに慣れてくることで、それなりに考えて対応が出来るようになるものなのか。
 その時っていうのはP美さん、ケーキのガラスショーケースに背を向けて紙ナプキンを折っていた。
 そんな時、右の目の端の、やっぱりギリギリの所に入ってきた、あの感覚。
 あ、きた…。
 いつもならその刹那、キッとばかりにそっちに視線を走らせていたんだけれど。
 P美さん、その時はふっと。そうだ。これって、そのまま放っておいたらどうなんだろう?と思った。
 そんな、今すぐにでも振り返りたい気持ちと、ドキンドキン鳴っている心臓を懸命に押さえつつ、背中に全神経を集中していると…。
 それは、一瞬スーッと強くP美さんの背中を上から下に。
 脇から肌をスーッと流れる触感に全身が粟立った、その直後。
 …!?
 それは、あの違和感がすぅぅーっと消えていくような…、そんな感覚。
 うん?いや…
 あー、ある。
 その違和感みたいな感覚は、まだ確かにあった。
 そう。いつものようにサッと視線を走らせれば、それは完全に感じれなくなってしまうはずなのに…。
 今も、かすかながらに、まだ確かに感じられる。

 カタカタと鳴っているかすかな音に、ふと目を落とせば。
 それは、折りかけの紙ナプキンの上で小刻みに震えている、自分の両手の指。
 その間も続いている、あの視線のような違和感。
 うん…、見てる…
 今も…
 でも、わたしのことじゃない…
 と、思う…、んだけど…。

 その感じは、冬の夜に。換気のために窓をわずかに開けて、そのまんま閉め忘れちゃっていて。
 すーっと入ってくる冷たい空気の流れに気がついて、ゾクっときて。やっと窓の開けっ放しに気がついたみたいな、そんな感じ。
 そう。それをそのまんまにしていたら、せっかく暖まった部屋が冷え切ってしまう。
 ソレをそのまま放っておくのは、そこが限界だった。
 何より、悲鳴が…、今にもワーっって出ちゃいそうで。
 せーのせっ!って、一気に振り返れば。
 そこは、ドアのすぐ横のガラス窓の向こう。
 狙うように一気にそこに走らせた、視線の先……


 うん。わたし…。
 それってさ、どうやってみてもね、うまい言葉に出来ないのよ…。
 だってさ、そのことって気持ち悪いことなの。
 でもね。わたし、その時ってそこ(バイト)を辞めるわけにはいかなかったのよ。
 それはわかるでしょ?
 経済的にもさ。そして、それと同じくらい精神的にもね。
 そこ辞めちゃったら、またあんなへたり込みたくなるくらい怖い夜を過ごさなきゃならないんだもん。
 だからね、そのことって無視しよって…。
 だってさ、ソレってさ、気持ち悪かったとしてもね。違和感みたいなのを感じて、すぐにそっちを見ればなくなっちゃう、そんな程度のものなんだもん。
 そんな風にね。そのことは、心の奥に無理やり押し込めちゃおうって。
 忘れちゃおうって…。

 もちろんね。ホントのホントに気持ち悪いのよ。
 あの時、一気に振り返ったそこにほんの一瞬見えていた、人の姿みたいな形の空白なんてさ…
 そんなモノ見ちゃったら、気持ち悪いに決まってるでしょ。
 まるでさ、そのガラスの向こうでさ、今の今までソレが立っていて、店の中をじーっと覗いてたのがさ。
 わたしが振り返った途端、そんな風にパッと消えちゃって。
 で、そんな人の形の残像みたいな空白だけが一瞬見えたなんて、気持ち悪い以外なにものでもないじゃない。

 でもね。ホント何度も言うようだけどさ。
 夜、布団に入る前にさ、必ず「もし夜中に目が覚めちゃったら、その時は絶対起きて水を飲みに行くんだからね。行かなきゃ絶対ダメなんだから。行かなかったら、わたし、死んじゃうんだから…。」なんて言いきかせてから寝るような毎日よりは全然マシだったの……

 そういえばね。
 学生の頃に、中学の友だちのお葬式に行ったことがあるの。
 うん。彼女も自殺だった…
 そりゃびっくりしたわよ。
 でもね、わたしも他のみんなも、悲しいって気持ちは不思議なくらいなかった。
 中学の時の友だちみんなで、お葬式に行ってね。
 みんな、とりあえずはしおらしい顔をしてお焼香したらさ。後はもぉ完全に同窓会になってた。それも、彼女の部屋で…

 ううん。それがいいとか悪いとかって言ってるんじゃないの。
 あの時って、誰もが来年の1月になったら成人式ってそんな頃だもん。
 死ぬなんてこと、たとえ昔の友だちが本当に死んじゃったとしても、全然実感として迫ってこないのよ。
 今だってそんなものだと思うよ。
 だって。わたしだって、みんなだってさ、自分で自分の人生を生きてんだもん、しょうがないじゃない?
 だってさ。それこそがさ、生きている人と死んじゃった人の違うとこでしょ。

 でもね。確かにそうなんだけどさ。
 それってさ、わたし達が生きている側だから、そう言えちゃうんだろうなーとも思うの。
 ていうか…、わたしが思いたいだけなのかもしれないけどね。
 それこそね、死んじゃった本人からしたらさ…。
 うん。まぁね、死んじゃったら、そんなこと関係ないんだろうけどね。
 それが…、つまり、死ぬってことなんだろうしね。
 でも、その人の存在や、その人が生きていた時の気持ちや思いまで、生きてる人たちの勝手にされちゃう…
 死ぬってさ、つまりそういうことなんだよね。


 そんな、違和感に付き纏われる毎日だったけれど。
 でも、P美さんにとって、そのことがあって当り前のこととして考えちゃうならば…、そう。ソレに気がついてハッとして。パッとそっちを振り返れば、ソレは消えてなくなってしまうわけで。
 ソレなんて、所詮そんな程度…と思うならば、特にどうというほどのものでもない。
 そう。そう割り切ってしまえるならば、そんな程度の些細なストレス、誰しも日々普通にあるわけで…。

 そんな日々を過ごす中、なんだか思い出したみたいに決まったP美さんの就職。
 ま、人間なんてものは、つまり犬も歩けば棒に当たるってことか、それとも急がば回れってことなのか?
 つまりはまぁもがいてでも何かしら動いていれば、人の運なんてものはそれなりに…、あるいは、いくらだってひらけてくるってことなのだろう。
 とはいえ。その時のP美さんにとっては、そのケーキ屋さんでのバイトは楽しかっただけに、辞めるのは寂しかったし。また、自分の人生ってものを救ってもらったみたいな思いもあるだけに、うしろめたい気持ちもあった。
 でも、P美さんにとっての自分の人生というものがある以上、安定した生活というそれには代えられなかったのだ。


 そして、P美さんがそのケーキ屋さんで働いた最後の日。
 それは、お店を閉めた後で、店主と奥さんがP美さんのために店の奥のキッチンスペースで開いてくれたささやかな──でもケーキだけは豪華な──送別会。

「ほら。これはよ、P美さんのために特別作ったんだぜー。」
「わっ。すっごい!
 えー、ありがとうございまーす。」
「P美さん。ウチのケーキを食べること出来るのは、これが最後なんだからねー。
 よく味わって食べてよー。ケラケラ…。」
「そんな…。
 お給料もらったら、真っ先に買いにきますってー。絶対!毎月!」
「あら、今度はお客さま?
 なーんか、シャクにさわるわねー。」
「もぉー。フフフ…。」
「そんなことよりよ、P美さん。
 それ、早く食ってみてくんねーかな。
 実はよ。それ、ウチの新商品として出そうかって思っててよ。
 若い子の感想が聞きてぇんだよな。
 ほら…。オレとこれじゃぁ…。な、わかんだろ?」
「もぉっ。だから、そんなこと言っちゃったらP美さんだって、
 正直なこと言いにくくなっちゃうじゃない。ねぇ。
 でさ、どぉ?どうなのよ?早く言ってよ、もぉっ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいって。今、食べますから…。
 でも、なんていったってケーキですからね。
 まずは、見た目ですよねー。うーん…。」

 それは、3人が店の奥で、そんなお互いの暖かい気持ちをそんな風に楽しく味わっていた時だった。
 ガタン!ガターン!
 ガタガタ。ガタガタ。ガターン!
 ドアがいきなり激しく鳴ったと思ったら。
 バン、バン、バン!バン、バン、バン!
 つづいて聞こえてきた、たぶん、店の表のガラスを叩く激しい音。
「きゃっ!」
「わっ!」
「っ!」
 P美さんたち奥にいた3人は、それぞれに声をあげたり、息を呑んだり。
 でも、それはそれだけ。
 まるで、欲しいものが手に入らなくて駄々をこねる子供が、地団太を踏むように騒ぎたいだけ騒いで飽きちゃったみたいに。ふいに静まったその音。
「……。」
「……。」
「……。」
 音がしなくなっても…。3人とも、誰もがお互いの顔を見合わせているばかりで全然動けない。
 どのくらいそうしていたのか…

「か、風…。風が出たみたいですねぇー。」
 最初に口を開いたのはP美さんだった。
 でも、その口調は今だ動揺を隠し切れてない。
 音がした、背後の店内の方を振り返りたいんだけど、その顔はわずかに動いただけ。それ以上はどうしても振り返れない。
 目だけが忙しく、わずかに振り返った側の視界の端と目の前に座る2人の顔を行ったり来たり。

 その時の店主と奥さんが座ってた位置は、店内からは完全に陰になったところ。そんなところに座る店主が、ふっと口を開いた。
「まったく…。変なタイミングでお客さんが来ちまったもんだな。
 失敗したぜ。シャッター…、さっさと閉めちまえばよかった。」
 店主のその「お客さんが来た」って言葉は、P美さんの体を思わず体が反応させてしまったのだろう。
「お、お客さん!?
 あ、お客さんですか…。」
 そう言って、P美さんはイスから立ち上がりかけた。
「P美さんっ、座って!座ってってば!」
「えっ?」
 立ち上がりつつ、背後の店内の方を振り返りかけたP美さんの顔は。でも、それは奥さんの怒ったような声に引き戻された。
「座って…。
 うん。そぉ。座ってればいいから…、ね。
 だってさ、おかしなもん、わざわざ見ることもないでしょ?」
 見れば、店の奥さんは、なんだか泣き笑いでもしているような顔をしている。
 そう。音はもぉそれっきり。今はなにも聞こえない。

「P美さんさ…。」
「はい…。」
「あたし、ずっともしかしてそうかな?って思ってたけど…。」
「…!?」
「そっかー。やっぱり気づいたのよね。」
「うん…。そりゃそうだろう。
 一日中ほとんど奥にいた俺たちですら、気づいてたんだから…。」
「え、なに?え…。」
「あれ…、まだ若い女の子よね。たぶん、P美さんくらいの…。」
「みたいだよな…。」
「えぇっ…。ちょ、ちょっと…、えぇっ!?
 わたしくらいって…、それって、どういう──。」
「まぁ俺なんかからするとよ。
 毎日していることだから、ケーキ屋なんて地味ぃな商売だって思うんだけどな。
 でも、傍から見たらやっぱり華やかに見えるのかなぁ…。
 まぁそうか…。
 お客さんが見たくて見てるのは、あくまでケーキであってよ。
 別に俺の仕事っぷりを見たいわけじゃないもんな…。」
「P美さんね。人の往来の多い所で、こういう仕事をしているとね。
 こういうことってさ、時々あるもんなのよぉー。
 そう…。前は、確か中年の女の人だったよねぇ。」
「あぁ…、あの女か…。
 あの女は長かったよなぁ…。」
「外から見るとさ、なんかこぉパーって華やかに見えるから…。
 ついつい、覗いちゃうんだろうねぇ。
 なんかさ…、人間ってさ…。
 うん。なーんか哀しいよね。
 生きていても、死んでからも、さ……」


 ホントのこと言うとね。
 あの時、店主さんと店の奥さんが言ってたことって、わたし、よくわからないのよ。
 ううん。というより全然わからない!
 だってさ。ああいう風に何十年って夫婦2人だけで、ずーっと仕事してたらさ。あの2人だけが常識っていう、そんな世界があるわけでしょ。

 あのね。わたしさ。ホントのこと言うと、怪談とかって全然好きじゃないのよ。
 ていうかさ、わかんないって言ったらいいのかな。
 怪談が面白いとか、楽しいってさ。わたし、全然わかんないのよ。
 だって、そういう怪談で起こった事っていうのはさ、死ぬしかなかった人の思いじゃない?
 よく思うのよ。幽霊とか霊とかって言っちゃえば、生きている人とは全然違うもののようになっちゃうけどさ。
 でも、それって、あの頃のわたしと何が違うんだろうって…

 そういえばね。
 店主さんと店の奥さんがわたしの送別会開いてくれた時。
 そう。奥さんが、「あれ、まだ若い女の子よね。たぶんP美さんくらいの…」って言っているのを聞いた時…
 それを聞いた時ね。わたし…
 あ、わたしは、もぉここには来ない方がいいんだな…。来ちゃいけないんだなって…
 ふっと、そう思ったの。

 なんだかね。わたし…、自分のことを言われてるような気がしちゃったのよ。
 だってさ、わたしもそうだったの。
 あの、貯金がなくなりかけてるのに、仕事探しもどうにもならないって時…
 やっぱりさ、そんな風にさ。なんの用もないのに、そう…、お金なんて、これっぽっちだってないんだもん。用なんてあるわけないのにさ。わたし、ずっと、あんな風に街のいろんなお店を覗いてたのよ…
 うん。
 同じだったの…
 同じだったのよ。あの店の中を覗いていた人と。
 わたしもね、やっぱりお店の中には入れなかったの……

 あ、ゴメンね。
 わたしみたいに一度死んじゃうとさ…。フフ…。
 でもさ。生きていてもそんな風で、死んでからもそんな風なんてさ…
 そんなの、やってらんないじゃない!

 あ…、ゴメン。
 そんなこと、生きてる人にはわかんないよね。


                  ―― 『根も葉もあるお話:17.11.4 -下』〈了〉

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2017
11.03

根も葉もあるお話:17.11.3 -上

 
 現在は、ある会社で事務の仕事をしているP美さん。
 でも、その会社で働く前のほんの一時期、その頃住んでいた下町のとあるケーキ屋さんでバイトをしていたことがあったんだとか。

 それは、P美さんが前の会社を辞めて。仕事先を探さなきゃと思いつつも、ついズルズルと先延ばしにしていた、そんな頃。
 ある時、ふとこのままいったら貯金も底をつくと、P美さんは慌てて仕事探しを始めた。
 でも、人生なんて、そうそう都合よくはいかないもの。
 仕事の方は全然決まらない。なのに、貯金の残額の方はどんどん少なくなっていく。そんな状況の中、P美さんはこのままだと本当にヤバいことになると、とりあえずバイトをしようと思いたった。
 もちろん、仕事探しは続ける気だったから。それなら事務仕事みたいな、前まで働いていたような会社でのバイトの方がよかったんだろう。
 でも、P美さん、今になって思うには、それはとにかく自分の日常にパぁーっとした何かが欲しかったからだったんだろうなぁ…と。


 女性だったら、幼い頃に将来何になりたい?って聞かれて。
 「ケーキ屋さん」とか「お花屋さん」って答えた憶えのある人は多いって思うんだけど…とP美さん。

 今だったらさ、その気持ちってたんに「かわいい」って言葉だけで表しちゃいがちだけどさ。
 でもね、それっていうのはさ。たぶん、ケーキ屋さんだったり、お花屋さんだったりの…。そう、たんに華やかさっていうのとはまた微妙に違う、何とも言えないあのパぁーっとした何かへの憧れ? それに、自分が少しでも近づきたい…みたいな感じっていうのかなー。
 とにかくね。あんな、いつ貯金が尽きるかもしれない、でも仕事探しもままならないみたいなさ。来る日も来る日も、日々日常がそんな不安に追いかけられているような毎日だとね。夜中、ふっと目が覚めた時っていうのが一番怖いの…
 そういう時ってね。自分のこれからってもんが悲観的なもの、絶望的なものにしか考えられないものなのよ。
 もぉね。それはホント、今思い出してもゾッとするくらい…。
 あぁ。もぉ死んじゃうしかないんだろうなぁ…みたいなさ。
 そんな思いに取り憑かれちゃってさ……

 どうやったら楽に死ねるかな?
 電車に飛び込むのがいいのかなぁ…
 でも、それじゃぁ電車止めちゃうから、毎日真面目に仕事にいってる人たちに迷惑かけちゃうよね。
 じゃぁ、どっか高いとこから飛び降りるのは?
 この近くだったら、あぁあそこ。あのマンションかなぁ…
 高いし、裏通りから非常階段まですぐ行けそうだし…
 あー、でもなぁ…。
 それって、あのマンションに住んでる人は堪ったもんじゃないよなぁ…

 やっぱり、どこかで首吊るのが一番いいのかな…
 紐はさ…
 あ、ベルトかなんかでもいいのか……
 なんてさ。部屋の中を何気に見ると、真っ暗だっていうのに、なぜかかけてあるベルトが見えてくるのよ。
 うん。あの頃はわたし、ホントそんなだった。
 毎晩……

 そんな風にね。どんどん、どんどんさ。深いとこ、深いとこに落ちってちゃうの…
 もちろんね。そんな、電車に飛び込んだら迷惑かかるとか、そんなこと考えられるうちは自殺なんてしないんだとは思うの。
 でもね、だからこそなのよ。
 自分に死にたくないっていう正気が残っているからこそ、そんなことをずっと考えていることに自分に気がついちゃうのが堪らなく怖いの。

 ううん。そんな時はね。それこそ、自分を布団からパって起こしてやってね。
 とりあえず冷たい水でも飲んでさ。あと、ちょっとでいいから…、うん。それは、ホントなんでもいいの。なんか、ちょっと体を動かしてやれば、「こんな自分だって、今を頑張ればまだまだ道はあるって!」って気持ちが湧いてくるもんなのよ。
 うん。あれはホント不思議。
 動物って言うけどさ。まさに人間も動物で、動かないと変な考えに捕らわれちゃうってことなだなーって思った。

 眠ってる時ってさ、誰だって無防備じゃない。
 それはさ、たぶん目が覚めた直後も同じなんじゃないかって思うの。
 そんな無防備な時にさ、不安しか感じられてない毎日のことなんかを真っ先に思い出しちゃったらさ。誰だって「もぉいいや…」ってなっちゃうんだと思うのよ。
 うん。だから、わたし…、あの頃はね。布団に入る前にさ、「もし夜中に目が覚めちゃったら、その時は絶対起きて水を飲みに行くんだからね。絶対、行かなきゃダメなんだからね。」って自分に言い聞かせてから寝るようにしてた。
 ううん。ホントよ。ホントにそんな風に口に出して言ってた…

 でもね。
 人ってさ、なかなか布団から出られないのよ…
 でも、出られないとね、布団の中で心だけがどんどんどんどん落ちてっちゃうの…
 わたし、そのたんびホント怖い思いしてさ。
 なんとか、やっと起きて水飲んだ後はね。髪なんかさ、もぉ洗った後みたいにびっしょり濡れてるの…
 ねぇわかる?
 それが、どんなに怖いか……

 こんなこと、言っていいのかどうかわかんないんだけどね。
 ほら、毎朝会社に行くのに電車使ってるとさ。たまぁに人身事故ってことで電車が遅れてたりすることがあるじゃない。
 あれがあると、いつも思うの。
 心がそこまで落ちちゃう前に、布団から出さえすれば…
 えい!ってさ。とにかくなんとか布団から出てさ。冷たい水飲んでさ。
 あと、なんかちょっと体を動かしてさえやれば…って。
 たったそれだけのことなのよ。たったそれだけのことで、その人だって、絶対まだまだ全然頑張れてたはすなのよ。


 そう。ケーキ屋さんよね。
 とにかくさ。ああいうものってさ、目の前にあるだけで違うじゃない。
 気持ちがさ、いい方向に変わってくるのよ。ふふふっ。
 うん。自分自身変わるのもあるんだけどさ。それもあるんだけど、ほら、ケーキ屋さんに来てるお客さんだって、みんな楽しそうじゃない?
 いろんなケーキの中から、どれがいいかなって選ぶだけで楽しいしさ。
 あと、誰かと食べたり、人にあげたりするんだったら、その時のことを想像したり、相手のことを思い浮かべたりしたらさ、もっと楽しいじゃない。
 そういう人を見てるとさ、こっちまで楽しい気持ちになるものなのよ。

 そう、だからさ。いかにもケーキ屋さんなんてほとんど入ったことないって感じの男の子がオドオドと店に入ってきてさ。
 「友だちの女の子の誕生日なんですけど、どんなのがいいでしょう?」なんて相談されちゃったりとかね。ふふっ。
 友だちの女の子なんて言ってるけどさ、それって絶対彼女じゃない?
 それも、たぶん付き合って間もない…。
 それってさ。それこそ、一番ウキウキワクワク、あとドキドキもしてる頃じゃない。
 ね。だからさ、なんだかさ。わたしまでね、ワクワクドキドキしてきちゃうのよ。
 うん。だから、わたし、あのケーキ屋さんでバイトしたことで、ホント気持ちが救われたの…
 それこそね。もしかしたら、あの時あのケーキ屋さんでバイトさせてもらったからこそ、わたしは現在ここにいられるのかもしれないって…
 でもさ。でも……



 そのケーキ屋さんがあったのは、東京の下町を走る私鉄の、とある高架の駅の下をくぐるように伸びる狭くてごちゃごちゃした商店街の中ほど。
 そこは、下町らしい細くて、緩くうねった通り。
 小っちゃな店がごちゃごちゃと並んでいる商店街だけに、当然その店もそんな大きな店ではなくて。それでも、全面ガラス張りで。店の中にあるショーケースに並ぶケーキやその他お菓子が外からでもよく見える、オープンな雰囲気の明るいお店だった。
 店の中から見て、右側にはこげ茶色の木の枠の上下にガラスがはまったドアがあって。ドアの左側は、外から中を見るのに邪魔にならない高さに、様々なディスプレイをするやっぱりこげ茶色の棚。
 その棚は、店の左側の焼き菓子等を並べてある、幅の狭い3段の棚にそのままつながっていた。
 ケーキを並べてあるガラス張りの保冷ショーケースは、その焼き菓子等を並べてある3段の棚が終わったところから、Lの字の形に奥に長く伸びていた。
 ケーキが並んでいるL字型のガラス張りのショーケースの内側は、さらに奥のケーキやお菓子をつくるキッチンスペースへとつながっていて。
 そこは、丸見えってわけではないものの。それこそ外からでも見ようと思えば、それとなく見えるような造りになっていた。
 そんなウナギの寝床みたいなケーキ屋さんでのP美さんが任された仕事はお客さんの応対だった。

 見た目、50代後半から60代前半くらいの店主と、やはり同じくらいの奥さんは、入ったばかりのP美さんにちょっと心配顔で。だからなのだろう。やたら忙しく、キッチンスペースと店内を行ったり来たりしていた。
 でも、P美さんが慣れてからは、2人とも店内は任せっぱなしで、奥でケーキやお菓子作りに没頭していることが多くなった。
 といっても、ま、そこはなんといっても街のケーキ屋さん。
 まぁクリスマス前とかでもあれば、また全然違うんだろうが、それこそP美さんだけではお客を対応しきれないほどお客さんが並ぶなんてことはほとんどなかった。
 でも味はいいし。お店の雰囲気もよいこともあり、お店のファンも多いのか、日々それなりにお客は来ていた。
 

 そもそも店の全面をガラス張りにして、外からお店の中の様子がよくわかるようにしてあるせいか──それともケーキという誰でもワクワクする商品を扱っているお店のせいか──歩きながら中をそれとなく覗いていく人は多かった。
 P美さん、それこそバイトを始めたばかりの頃は、道行く人たちからの視線にちょっとドギマギしてしまったくらい。
 でも、店の奥さんはそのことはすぐにわかったのだろう。
 なにかの作業をしている時、すっと感じられたその視線の触感に、P美さんがハッとした顔をしていると。
「大丈夫よー。P美さんがいっくら美人でも、ウチのケーキには敵わないからぁー。」
 奥さんは、ケラケラ笑いながらそう言っていて。
 とはいえ、P美さん。奥さんのその言葉の意味がいまひとつわからないでいると。
「あたしもね、この店始めたばかりの頃は
 外を歩いている人の視線が気になっちゃってしょうがなかったのよ。
 ほら、その頃はあたしもまだ若くてキレイだったからさ…。」
「…………。」
 今度は、奥さんにどう答えていいかわからないP美さん。
 でも、その瞬間。
「ケラケラケラ…。
 いやぁーねー。P美さんって正直で。失礼しちゃうわ、ふん!フフ…。」
「いえ、そんな意味じゃ…。」
 そんな慌て顔のP美さんに、ちょっとイタズラっぽい目をした店の奥さん。
「ね、P美さん。ちょっと外に出てさ。歩きながら店の中を見てみてよ。
 あたしは、ここ(ショーケースの内側)にいるからさ。」
「はい?」
「いいから。外に行って、中を見てみなさいって。フフフ…。」

 ワケがわからないながらも、なんだか追い立てられるように、外に出たP美さん。
 でも、中を見たら。すぐに店の奥さんの言っていたことを理解した。
 つまり。外からガラス越しに店の中を見ると、ガラス張りのショーケースに並ぶケーキはよく見えるのに、その内側に立っている奥さんは人影としか見えなかったのだ。

 P美さんがそのことに感心しながら店の中に入ると、奥さんはやっぱりケラケラ笑っていた。
 なんでも、店主である旦那さんがそういう風になるように設計してもらったとかで。そのことを自慢顔で話す奥さんに、P美さんもなんだか嬉しさが湧き出してきちゃって。
 一緒になってケラケラ笑いながらP美さんだったが、ふと、あ…。わたし、こんな風に笑ってるの、もしかしてスゴイ久しぶりよね、と驚いていた。


 そんな風に楽しく、そして心地よい忙しさがある毎日。
 さらに待望のバイト代も入って。とりあえずは明日の心配をすることもなくなると、P美さんは夜も気持ちよく眠れるようになった。
 それは、「今度バイト代入ったら、なんか服買いたいなー。あ、あと、少し髪も切りたいな…。」なんて、そんなやっと人心地がついたような頃。
 そう。P美さんがそれに気がつくようになったのは、初めてのバイト代をもらってから、ちょっと経った頃だった。

 最初は、視界の端の違和感だった。
 ガラス張りのショーケースの内側に立っていた時に感じた、左目の視界のギリギリのところでチラっチラっとしている何か。
「っ!?」
 って。P美さんが視線を向けても、そこは店の正面の大きなガラスがあるばかり。
 表のガラスの向こうの、昼下がりの商店街を通り過ぎていく人たちは、時間が時間だけにのんびりした歩調の人が多い。
 でも、ケーキよりは和菓子って人の方が大多数であろうお年寄りが多いせいもあるのか、ケーキ屋の中に興味深げな視線を向けてくる人はほとんどいない。

「…!?」
 首を傾げながらもP美さん、そんな些細な違和感にいつまでも付き合っているわけもなく。
 そうそう。暇な時に、箱とラッピングペーパーを整理しておいてって言われてたんだったと思い出した。
 そんなわけで、ガラス張りのショーケースに背を向けて作業していると、今度は、右目の端に入ってきた違和感。
「え…。」
 慌てて、それを感じた方を見ても、もちろんさっきと同じく店の大きな表のガラスがあるばかり。
 P美さん、もしかして、小っちゃな子供かなにかが店の壁のとこに隠れながら店内をのぞいているのかな?って。
 ガラス張りのショーケースの外に出たP美さん。ドアを半分だけ開けて首を左右にめぐらすも、そんなような子供の姿はない。右も左も、ただただのんびりした雰囲気の商店街が、ゆるやかにうねって並んでいるばかり。
 そんな、ドアから首だけ出して首をひねっているP美さん。
 それって、さっきから何度目?

 P美さんは、小っちゃな子供かなにかが表のガラスの端のところから店内を覗いていて、わたしが顔を向けると隣りの店との壁に隠れちゃうのかなとも思った。
 そう。よくよく見れば、隣りの店はそんな隠れるスペースがないくらいすぐの所にある。
 でも、そこを見ても、そんな小っちゃな子供の姿なんてない。
「変ねぇ…。」
 そんな言葉が、思わず口から出ちゃったP美さん。あきらめてドアを閉めようとしていて何気に視線が行ったのは、はす向かいにあるお肉屋さんの店先に立っている赤いのぼり。
 そのパタパタはためく様子を見ていて、「あ、風が出てきたのね…」とひとり言。
 空を見上げれば、朝来る時は全然青空だったのに、今は空のあちこちに千切れたような濃いグレーの雲があちこちに浮かんでいる。
 なんだか、すぐにでも天気が変わりそうなその空を、一瞬何もかも忘れて見入っちゃったP美さん。
 そして…
 あ、いつの間にかそんな季節になったんだ…
 そんな、何より大事なはずの自分の時間を無駄にしていた、つい昨日までを思い返していて、ふと気づいた。
 あ、風だったってこと?


 なのに、店の中に戻ってからも、なんだか妙に外が気になってしょうがない。
 いや、それはさっきの違和感のことでなく。
 そのことは、P美さん自身よくわかっていた。
 外が、なんだか無性に気にかかる…。
 なんだか、自分が大事なことを放っぽりだしているような…。
 そのくせ、それが何だか全然わからない。
 それが頭のどこにあるかわかっているのに、そこを探っていると、いつの間にかどこか別のところに行ってしまう。そんな変に気が急く思いにとらわれ、ケーキの並ぶガラスのショーケースの内側に戻って作業の続きを出来ないでいた時だった。ソレと視線が合ったのは。

 それは、表のガラスのこっち側。飾り付けをする棚の一番端、淡いベージュ色の塗り壁とくっついた所。
 そこにあったのは、壁に寄りかかって座っていたロンドンの兵隊さん──赤い上着に黒い帽子の近衛兵──みたいなギョロ目の人形。
 あれ?こんな人形あったっけ
 あ、あったか…
 そう。あれは、店の定休日の次の日。
 店に来たら、店先のガラスの手前の棚の飾りつけが変わっていて。
 そう。そうだった。あの時からずっとあったけ…。
 えっ。なら、さっきの誰かが見ていたみたいな違和感って、この人形ってこと?
 それに引かれるように近寄っていくP美さんの足。
 その40センチくらいの人形は、近くで見れば思ったより傷やら、汚れやらがあった。
 なんだろ?アンティークなのかな…。
 でも、なんなの?このギョロ目。
 あんまりカワイクないなぁ…
 あ、うん。違う。
 さっきの変な感じって、これじゃない…

 そう。確かにそのロンドンの兵隊さんみたいな人形のギョロ目は、ギョロ目すぎちゃって逆に視線って感じにはならない。
「うんん…っ。」
 そんなため息とも、そのなんだかわからないことへの抗議ともいえる声をのどの奥から発したP美さん。
 そしてそれは、その直後。2歩3歩と、無意識に後ろに下がった時。
「っ!」
 右目の後ろに走った人影に大慌てで振り返れば、そこはドアの外。
 それは正面じゃないから、ちょっと歪んで見えてハッキリと確認できたわけではない。でも、たぶんその人の足の向く先はここに来ようとしているお客さん。
 そう。ドアのガラスの斜め向こうでゆがんでいた人の姿は、黒っぽい女の人らしい姿に変わって。
 そして。ドアに手をかけた、その女の人。
 わずかに開いたドアから流れ込んできた外の音。
 そして、小さな子供のヒソヒソ声。
 それは、内側に開いたドアの隙間に見えたほっそりした手首と、その下をくぐるように入ってきた、パタパタとした歩き方の小さな男の子。
「ちょーっと、A太。お店の中ではママのそばにいてよぉー。」
 ちょっと遅れて、そんなちょっと鼻にかかったような声も店の中に入ってきたと思ったら。それは、やけにスラーっと背の高い、おしゃれな若いお母さんの姿になった。

「いらっしゃいませー。」
 ドアに手をかけたまま…。笑顔の一歩手前みたいな表情で、ひょいと小さく頭を下げたそのお母さん。そして、そのまんま、なんだか盗み見るような目で、P美さんの顔をチラリと見返した。
 そんなすらりと背の高いお母さんのすぐ後ろ、陰になってよく見えない女の人は一緒に来た友だちかなんかだろうか?
「A太!だから、先行かないでって!」
 一瞬、パーッと駆け出しかけたその子の手をすんでのところでつかまえたからだろう。そのお母さんのもう一つの手がドアから離れ、その途端、ドーン!と大きな音が店内に轟いた。
「きゃ。」
 思いがけず、勢いよく閉まったドアがたてた大きな音に驚いたのだろう。そんな、小さく悲鳴を発したお母さん。
 手をつながれたままの男の子も、目をまん丸にしてお母さんの顔を見上げている。
 そんなお母さんの顔が、さっとP美さんの方に向いて言った。
「ご、ごめんなさい…。」
「いえ。申し訳ありません、こちらこそ。
 このドア、ちょっとバネが強いみたいなんですよねー。
 ホント、すみません。
 ボクぅ、ビックリしたぁ?大丈夫ぅ?」
 P美さんが、そんなことを言っていると、ドーンというドアの音にやっぱり驚いたのだろう。奥から、店の奥さんがバタバタと飛び出してきた。
「ど、どうしたの?何があった…、あ、いらっしゃい、ませ。え!?」

 店のドアのバネがちょっと強かったのは確かだった。
 でも、それにしてもドアが閉まった勢いは強すぎたような…
 いや。P美さんがそんなことを思ったのは、ずっと後のことだった。



                   ―― 『根も葉もあるお話:17.11.3 -上』〈了〉

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