2017
06.10

怪談:17.6.10『姉弟掛け合い怪談-その20』

 
「帰ってさ。話したわけよ。B美。おふくろさんに、さ。
 そしたら、それ、横で聞いてた親父さんが、
 妙臨寺じゃない。あの時の寺は明倫寺だろって…。」
「だ、だ、だから、それってどういうことよ!」
「だから、勘違い。ふふっ。B美のおふくろさんの。
 たぶん、なんとなく、音で憶えてたんだろうね。めいりんじってさ。
 でも、B美のメモにZ海岸の妙臨寺って書いてあったのを見て。
 Z海岸のみょうりんじ?
 え、みょうりんじっていったら、あの時の寺じゃない!って。
 慌ててB美に電話したと…。」
「いや。だから、それって、どういうことなのよ?
 明倫寺なんでしょ?
 小2のBちゃん…、ふふっ。Bちゃんって、なんかいいよね。
 なんか、すごく、らしい。ふふっ。
 って、それはそれ。だから、明倫寺なわけよね?
 Bちゃんが、小2の時にその幽霊を見たのは。」
「うん。」
「でも、妙臨寺なのよね?ゼミ合宿で泊まったのは。」
「ふふっ。うん。そう。」
「違うお寺なのよね。その2つって。
 だから、ほら。京都なんか行くとあるじゃない。
 お寺の中に違うお寺があるとこ…。そういうんじゃないんでしょ。」
「うん。違うらしいよ。
 後で地図を見たら、別々のとこにちゃんとあったって言ってたから。」
「じゃぁ何でおんなじオバケが出るのよ。意味わかんない!」
「ふふっ。だからさ。意味なんてわかるわけないじゃん。
 怪談なんだもん。」
「うっ…。うーん。それはまぁそぉ…。いや、でもね――。」
「だから、怪談なの、怪談。
 怪談っていうのは、理に合わないから怪談なんじゃん。
 何かというと、合理的な解釈を求めちゃうのは、生きてるヤツの悪いクセだよ。」
「な、な、なによ。急にそんな哲学めいたこと言ってぇ。
 そんなこと言って、自分でカッコイイと思ってんじゃないわよ!」
「もぉ、なに怒ってんだよぉー。」
「ムカつくから怒ってんのっ!」
「なんだよ、それ。
 ねーちゃんの方がよっぽど意味わかんないよ。」

 その時、わたしは、自分が何でこんなに怒ってるのかわからなかった。
 もちろん、きっかけは弟の態度だ。
 弟が変な小理屈を言って、薄ら笑いを浮かべてるから、ついカチンときてしまったのだ。
 ましてや、Bちゃんの話がワケわからなかったからではない。
 そう。ちょっと前まで、Bちゃんって呼び名が変にB美さんらしくて、それが微笑ましくて、つい「Bちゃん」って言っちゃったくらいだったのだ。
 なのに、何なのだろう?どこからからなのだろう?
 腹ただしい感情が、次々と湧いてきて止まらない…

「ていうかさ。後がいろいろ大変だったらしくってさ。
 おふくろさんの方は、ほら、電話してる最中だったわけじゃない。
 おふくろさんは心配して電話してきたわけで、
 でも、その最中に…、ってことじゃん。
 だから、それはもちろん心配して、大変だったらしいんだけどさ。
 でもさ。それより何より大変だったのは、そのゼミの人たちなわけ。
 だって、見ちゃったわけじゃん。
 見ちゃった人はもちろん。見てない人まで怖い怖いって。
 幽霊が出るとこなんか泊まってられないってことになったとかでさ…。」
「ていうか、Bちゃんはぁ?
 Bちゃんはどうしたのよっ。」
「B美?」
「だから。Bちゃんは、大丈夫だったのかって話よ。
 だって、そうでしょ。
 小2の時は、怖すぎて記憶を消しちゃったわけじゃない!」
「あー、うん。それがね。B美は不思議と落ち着いてたんだって。
 もちろんさ。怖いのは怖いんだろうけどさ。
 あれかな?怖さより驚きの方が大きかったのかな?
 あー、いや。今でもスゴイ怖がりだよ、B美。
 それは、今でも全然変わんないって言ってた。
 でもね。その時はホント淡々としてたとかでさ。
 むしろ、怖がってるゼミの人たちの面倒みてたらしいよ。」
「……。」
「なんでもさ。お寺の人たちに言っても、
 誰も首を傾げるばっかりだったとかでさ。」
「そ、そうよね。それは言うよね。泊まった方としては…。
 で?お寺の人はなんて言ってたのよ。」
「だから、なんとも…。
 そんなモノ見たことないし。話も聞いたことないって、
 首を傾げるばかりだったって…。」
 そう言った弟は両手を広げ、肩をすくめて苦笑い。
 それは、お寺の人もまさにそんな感じだったんだろうという感じで。シャクに障ることに、一瞬クスッとしてしまった。

「ていうか。Bちゃんは?Bちゃんは、それ、言ったの?
 その小2の時のこと。」
「あー、だからー、言わなかったんだって。
 まぁ何か勘が働いたんじゃない。言わない方がいいみたいだって。
 そしたら、案の定…。」
「あ、そういうことか…。」
「そう。家に帰ったら、妙臨寺じゃなくって、明倫寺だったと…。
 うん。ふふっ。まぁ人騒がせというか何と言うかだよね。ハハハ。
 B美のおふくろさんって、ホントそんなとこあってさ。アハハ。
 オレ、なんか笑っちゃった。」
「えぇー…。
 でもさぁ、でも。なんかさ、キモチワルイのよ。
 だって実際は、それは違うお寺だったわけよね。
 なのに何で…。うん。だから、わたし、そこがすんごく納得いかない。」
「あー、わかった。」
「何よ。何がわかったのよ。」
「いや、うん。
 だから、ねーちゃんが納得いかなくてキモチワルがってるのに、
 オレはなんとなく納得しちゃったわけ。」
「どういうことよ?」
 そう言って見た弟は、なんだかやけに朗らかに笑っていた。
 いや。一瞬、いつものニヤニヤ笑いと思って。また怒りの感情がもたげたのだ。でも、なぜだろう。それは、すっと収まった。
「だからね。たぶん、それはB美のおふくろさんのせいだと思う。」
「?」
「B美からその話聞いてさ。で、B美のおふくろさんが親父さんに、
 お前、あれは明倫寺だろって言われて、ポカンとしてる顔、
 オレ、なんとなく想像出来ちゃったわけ。
 あと、それ見てB美が、もぉー!なんて言ってる様子も、さ。
 それを思ったら、いやもぉ無性に可笑しくなっちゃってさ。
 お母さんらしいよねって言ったら、B美も、でしょぉって。
 ホンっト呆れたって顔で笑ってるし…。
 うん。だからさ、なんだろ?
 そんなこと思ったら、もぉどうでもよくなっちゃったんだよね。
 アハハ、アハハ、アッハッハハハハ……。」

 そんな弟は、笑いが止まらなくなってしまったみたいで。
 わたしは、もぉ付き合ってられないと寝ることにしたんだけど、しばらく一人で笑ってたみたいで。
 わたしが歯を磨いてる時も、くっく、くっくと笑い声が聞こえてた。

 ……。
 そうか。いい家族なんだなぁ、Bちゃんち…
 で、今度は
 そこにあの弟が加わると。
 うん。まぁ…
 あのバカ弟、バカのくせして、ホンっト自分に合ういい相手を見つけたってことなんだな……

 そう。明日って天気はどうなんだろう。
 晴れてくんないかなぁ…
 ホント、明日から引っ越し先、本気で探そ。
 ふわっ…
 うーん。ふー。
 なんだか、急にアクビが出た。ふふっ。
 うん。もぉ寝よう、寝よう。おやすみー。
 あははっ

 って、もぉなんなのよ。
 なんで、明かりを消して布団に入ったら、眠気が覚めてるのよ。
 もぉー。
 あれ?もしかして、また雨降ってきた?
 わたしは、布団に入ったまま耳をすましていたが、確かにポツポツと雨戸に雨のあたる音がしていた。
 ぽつ、ぽつ。ぽつぽつ。ぽつ…

 はぁー。明日も雨なのかなぁ…
 雨の日は、アパート探しに向かない。
 どんなに部屋を見ても、悪いとこばっか目についちゃうから。
 一日歩き回っても、結局雨に濡れただけになっちゃうのだ。
 ううん。でも、そんな風に歩き回る合間に、雨宿りに適当なカフェかなんかに入って。
 コーヒーを飲みながら、不動産屋さんからもらった間取り図を見て。
 いいとこないなーんなんて、ため息吐いてるのも、それはそれで悪くないとも思う。
 思うんだけど、こんな日は…
 そう。さっきの弟の、あのなんとも言えない満ち足りた顔を見ちゃったら…
 あぁ~あ。
 ……。
 一人でいるのは全然辛くない。
 寂しいなんて思ったことないし、むしろ一人の時間は好きだ。
 ただ、一人だと、行くところがないからつまらない。
 どこかに行って、楽しそうな人と人を見てると孤独を感じてしまうから…
 そう。だから、わたしはアパートを探す。
 好きな一人でいるために……
 なんてね。ふふっ。
 そう。その時わたしは布団の中で、違うお寺なのにそれが現れたことを考えてしまうのを止められなかった。
 だって、弟と違って、わたしは一人だから…

 そもそも、オバケとか幽霊ってなんなのだろう。
 いつからいるのだろう。人が先か、お化けや幽霊が先か。
 ていうか、それらは“いる”のか、“ある”のか。
 ふぅー。
 って、そんなこと、わかるわけないじゃん。
 わかるわけないんだけど、でも…、そう。小2といえば8歳?
 で、大学3年っていったら、普通は21よね。
 てことは、13年を経て同じソレを見たってことなわけで…。
 うん。同じとは限らないんだろうけど、ま、ここは同じとしてー、つまり、13年後に同じ町の違うお寺でソレを見たってことになるわけか。
 そう、だから話がややこしくなってるのは、お寺が違うにも関わらず、Bちゃんの記憶では一致しちゃってるのよね。
 でも、お寺は違うのは絶対なんだから、Bちゃんの記憶は勘違いということだ。
 てことは、ソレだって勘違いって可能性が高いわけだけど…
 うん。まぁそれはこの際考えないことにして…。

 なぜだかわからないが、その時わたしは、Bちゃんが見たソレは同じだということに固執していた。
 それは、あとで思えば、ちょっと変なくらいで、そう。それはBちゃんがそうだったように。わたしも無意識に忘れていた――わたしの場合は無理に忘れていただが――心の扉を開こうとしていたのだろう。


 あれは、確か5月の下旬だった。
 ううん。確かじゃない。間違いなく5月の下旬…、うーん。さすがに日にちまでは憶えてないけど、あれは5月最後の日曜だった。
 梅雨に入る前によくある、夏を思わせるような暑い日で、その日、わたしの隣りには……

 だから…、この際だから、ちゃんと思いだしてしまおう。
 わたしが心の一番奥にしまい込んだ、一番暗いそれを。
 あの日、そこ…、わたしの隣りにはE樹がいた。


                   ―― 『姉弟掛け合い怪談:その20』〈つづく〉

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2017
06.04

怪談:17.6.4『姉弟掛け合い怪談-その19』

 
 せっかく海に来たんだからって、みんなで海岸に行ったのはもう夕方だった。
 前にも話したが、その日はいい天気だった。
 いかにも夏もまだ初めって感じの、暑いのは暑いんだけど、でも、どこかさっぱりした暑さ。
 日差しの色にまだ透明感があるというか、そう、ちょっとアニメに出てくる夏のようだった。
 ただ、講義が終わって初めて気がついたんだけど、いつの間にか空は黒い雲に覆われていて。その雲もあちこち風にちぎれ、今にもザッときそうな空で。みんな、思わず、どうしようか?と顔を見合わせていたのだ。

 そうそう。
 例の母からの着信に気がついたのは、その時だった。
 母はメールとかめんどくさいタイプの人で――もちろん、当時はスマホはなかったし、LINEなんかもなかった――普段は留守電に何か入れることが多いのだが、その時は着信だけだったからなのだろう。
 なんだろう?と、変に引っかかったわたしは海に行くの行かないの言っているみんなを尻目に大広間の外に出ようと…、そう。着信の折り返しだから、たぶん大広間の中で発信ボタンを押して、耳に電話をあてながら歩いていたと思う。

 そういえば、普段そういう時って何を見ているんだろう。
 何かを見ていても、たぶんそれを見ていることを意識してなくって、そう、頭は目で見ているソレを意識から外して、電話の相手と話すことを考えていることが多いのか。
 その時のわたしも、たぶんそうだったと思う。
 電話にばかり気を取られて歩いてたら、目に入ってきた大広間の出入り口の向こうの回廊が伸びている風景にハッとしたのだ。
 真っ直ぐ…、というか、正しくは大広間の入り口から見ると、それはやや右斜めに伸びているのだが、その伸びている回廊の屋根の裏と板張りの廊下の風景が頭に入ってきて。
 それから、その横の竹林と反対側の庭が目に入ってきたんだと思うけど、あ…、違う、違う。あの時は、たぶん、大広間の入口から見て左側にある竹林を見た…、正しくは竹林に停まっている軽トラックに目がいってしまったんだと思う。
 その途端、というか、それはもう回廊の風景を見た時から始まっていたんだと思うけど、あの不思議な感じで頭の中が徐々に、徐々にウワーっとなってきて。
 そんな状態だったからか何なのか、竹林の軽トラックを見た瞬間、ソレが甦ってきた。
 ただ、C瀬さんが「既視感」と言っていたように。頭が勝手に見ている風景と過去の記憶と結び付けることで、前にも来たことがあるように感じちゃうんだろうなって思ったのも確かだ。
 だって、なによりわたし、関東の南は東京くらいしか来たことないんだもん。なら、それは気のせいということだ。
 ただ、その前…、そう。講義の合間にトイレに行った時にC瀬さんに会った時一瞬掴みかけた、とっても気持ちの悪い、何かこう記憶のようなもの。あれも、やっぱり既視感なんだろうか?とも思った。
 とにかく、あの時わたしは耳には電話の呼び出し音、目は竹林の軽トラックと周りのことに気もそぞろだった。

 そんなわたしに横から…、横といってもわたし視線はひたすら竹林の軽トラックの方を見ていたから、それはほとんど後ろから聞こえてきた。
「B××××」
「え?」
 わたしの名前を呼ぶ声に振り返ったそこ。
 本堂へと続く回廊の暗がりに立っていたその人って、ホント誰だったんだろう。
 あの時、ゼミのみんなは部屋の中で、海に行くの行かないのって話していた。だから、その時わたしに声をかけたそれがゼミのみんなであるはずはない。
 あっ!でも、先生は…
 あの日、海に行った時、先生はいなかったから、大広間の中の海に行くの行かないのの話の輪には加わってなかったはずだ。
 ということは、講義が終わった後。わたしが気づいてなかっただけで、一人、先に部屋を出ていて。電話をかけようと、わたしが大広間を出たところで先生が声をかけてきたってこともあるわけだ。
 でも…
 そう。結局、そこに戻ってしまう。
 あの時、後ろから聞こえてきたそれは、ゼミのみんなや先生がわたしを呼ぶ時に使う「Bちゃん」じゃなかったと思うのだ。

 繰り返すようだけど、その声の主は本堂へと続く回廊の方からわたしに声をかけてきた。
 その声に振り返ったわたしは、その顔を間違いなく見たはずだ。
 というか、そう。その顔を見たのなら、その後、その人と何か会話をしたはずなのだ。
 なのに、その記憶は全くない。
 それは――あとになって思えば――まるで、駅を降りた時からずっと続いている、あの不思議な感覚の正体に気づきかけたわたしの気を反らせるためにそこに現れたかのようで…。
 実際、その後、わたしはその感じを考えるのをやめてしまったし。なにより、母に電話するのもやめて大広間に戻ってしまったのだ。
 もし、その時、母と話してたら、あんなことはなかったかもしれないというのに…


 大広間に戻ろうと入り口のとこに行ったら、ちょうどみんながこっちに歩いてくるところだった。
「おらおら、Bちゃん。海行くぞー、おら!」
 A沢クンのお調子者ぶりは相変わらずだ。ついさっき、研究テーマのことで先生からあんなにしぼられていたというのに。
「あ、行くことになったんだ、海…。」
「あぁ。部屋で寝てるって言ってるヤツもいるけどね。
 Bちゃんは行くだろ?ていうか、買い出し、手伝ってよ。」
「えぇー、手伝いぃ。どうしよっかなぁー。ふふっ。」
「重いんだからさー。少し手伝ってよぉ。」
「えー、ムリ。だって、か弱いもん。」
「なにがか弱いだよ。そのデカい図体で。」
「ぜぇーったい行かない!」
 そこにC瀬さんがからんできた。
「え、なんだよBちゃん、行かないの?海。
 行こうぜー。ここに居たって、しょうがないじゃん。
 え?それとも、また、ぶぶっ。さっきみたくさ。ハハハ。
 また、ここはどこ?わたしはだれ?ってヨロヨロしてたいとか?
 ダメだって。
 そーいうのはさ、か弱い女の子じゃないと似合わないんだぜ。アッハハ。」
「ちょ、ちょっとC瀬さん!
 わたし、そんなこと言ってない――。」
「なになになに。なにがあったんです?」
「いや、うん。さっきさ。トイレ行って帰ってきたらさ。
 Bちゃん、あの回廊のとこで道に迷っちゃったみたいでさ。
 あっちキョロキョロ、こっちキョロキョロ。
 しまいにゃ目ぇ回しちゃって、フラフラーって。ハハハっ。」
「だから、そんなことやってないですよね。」
「あ、それ、講義が始まる前もそうだったんですよ。Bちゃん。
 そこんとこで、いきなりフラ~って。ハハハ。
 オレ、だから言ったんですよ。
 Bちゃんはガタイがデカいから燃費わるいだろうなーって。」
「B沢クンって、ホンっト、ワンパターンよね。」
「バカ!オマエ、それは言いすぎだぞ。Bちゃんに謝れ。
 仮にもな。Bちゃんは女の子なんだぞ。」
「仮にもって、何なんですか。もぉっ!」
 そんなことやって騒いでいると、やっぱり楽しそうに見えるのだろう。
 他の男の子まで一緒になってやいのかいの…と、なりかけた時。
「もぉさ。こーいうの、相手しなくていいから。
 ウチのゼミってさ。男がバカぞろいなのは、なんか伝統みたいでさ。
 去年もヒドかったんだけど、今年はさ、ほら、女の子が多いじゃない?
 もぉーさ。はしゃいじゃって、はしゃいじゃって…。
 もぉサル山のサルよ、サル!サルなみ。
 キャッキャ、キャッキャって。アハハ。」

 結局、そのままD子さんと、あと同じ学年の女の子たちで海に行ったんだけど…。
 わたしたち女子からそっぽ向かれて10歩くらい遅れてついてくる、C瀬さんやA沢クン、その他ゼミの男の子たちの群れは何だか妙にしょぼくれちゃって。
 それはなんだか、群れから追い出されちゃった若いオスザル同士、とりあえず肩寄せなぐさめあっているようで。
 海までの道すがら、わたしたち女子はそれを時々盗み見しちゃぁ、みんなでクスクス笑っていた。


 でも、せっかく行ったのに、海は誰もいなくって。変に寂しくって、まるで秋も遅くなった頃の海みたいだった。
 まぁ昼間の町中の様子からすれば、それはそうなんだろう。
 でも、海の様子も、水平線すれすれってくらいまで真っ黒な雲が重々しくたちこめ、なんだか今にもざっと降ってきそうな感じで。
 結局、すぐに戻ることになっんだけど、それは正解だった。
 というのも、その帰り道、買い出しを終えて店を出たら、外がやけに暗いのに驚いて。「早く寺に戻ろう」なんて言ってるそばから顔にポツリポツリ。
 「あ、降ってきた?」なんて足を速めていたら。どこからともなくカラカラ、カラカラ、音がやって来て。
 「なんの音?」って振り返った顔に雨粒がビチャっとあたった。
 と、たちまち、辺りはふわーっと雨の匂いに包まれていた。
「ひゃぁ!冷てぇ。」
「なんだよこの雨粒。やけに水の量が多いんだけど…。」
 なんて、空を見上げているうちはまだよかった。
 そのやけに水の量が多い雨粒が、たちまちザーザー降りに。
「ひぇー。」
「もぉダッシュ!ダッシュ!」
 妙臨寺まではそこからすぐだったのだけれど、それでも全員もぉびしょ濡れ。
 「やっぱり行かない方が正解だったなー」とか、「でも、買い出しは行くしかなかったわけだしー」とか。みんないろいろぼやいていたけど、でも、その顔は全員楽しそうだった。


 部屋で乾いた服に着替えた後は、結局また大広間に戻った。
 疲れちゃったから休んでるなんて言ってた子もいたんだけど、わたしはその部屋って薄暗いから好きじゃなくって。
 もっとも、外から聞こえる雨音はさらにゴーゴーと強くなっていたから、その圧迫感もあったのだろう。
 例の回廊に出て外を見たら、あの部屋が暗いというより雨雲で外が暗くなっていたことに気がついた。
 夏の初めだったから、まだ全然明るいはずの時間なのに。回廊から見る庭は、なんだかもぉ夜になってしまったようで。
 ただでさえ強い雨なのに。庭は棕櫚やソテツ、あと照葉樹のような葉っぱの大きな木ばっかりだったから、その葉に雨粒があたる音がバツバツ、バツバツすごかった。
 すっかり暗くなってしまった庭の中。視界の端で、ひょこひょこ動くものがあるのに気がついて見たら。
 それは、大きなソテツの下。その尖った葉の下に植わってるツワブキの葉が一枚、上から落ちてくる雨粒にあたるたび、ひょこひょことお辞儀を繰り返している。
 なぜか、わたしはそれをしばらくぼーっと見ていた。
 でも、そのうち、それが暗がりから何かが手招きしているようにも見えてきて。慌てて目を逸らしたのだ。
 あの不思議な感覚が甦ってきたのはその時だった。
 海に行ってから収まっていたというのに。
「……。」
 わたしは、ぼーっと。回廊の、雨が降りかかってこない所に立って。
 今は墨色に染まっている、庭の木々に雨があたる音を見ていた。
 そう。わたし、この風景、やっぱり前に見たことある…
 やっぱり、こんな風に雨の中、回廊から庭を見てた
 そうか。あの時もたた夜だから暗かったんじゃなくて、雨のせいもあったんだ
 そうよ。こんな風に、雨雲が屋根のすぐ上に垂れこめてて…
 庭の木々の葉っぱに雨があたる音がすごくて…
 それを見てたのよ
 でも、それっていつのことなんだろう…
 中学高校の時は夏休みというと、わたしは部活ばっかりだった
 だから、旅行なんて行かなかった
 てことは、小学生の時ってことか…
 小学生の時の夏休みっていったら、6年の時は裏磐梯よね
 5年と4年の時は、U未やみんなとプールばっか行ってたから旅行に行ってないし…
 3年の時はクルマで草津から日光に行ったんだったなぁ…
 その前は…、あー、そう。引っ越しがあったりで、旅行どこじゃなかったのよね

 そんな風に順々に時を遡っていったけど、夏休みにここに来たことはなかった。
 それはそうだ。そもそも、わたしは南関東の方は友だちと東京に遊びに行った以外ないのだから。
 そういえば、かの有名なテーマパークすら行ったことがなかった。
 でも…
 今、この回廊から見ているこの風景。そう、夜のように暗くなったこの庭で雨音をたてている南国っぽい木々
 あと、あの真っ黒い雲の真下にある本道の屋根のシルエットも…
 それらが、わたしの中のどこかにある記憶にそっくりそのまま重なるのは何なのだろう。

 ザーーー
 激しい雨は、まだ続いていた。
 相当な雨量なのだろう。どこからか、ピチャピチャ流れる水の音が聞こえる。
 そんな光景を見ていたら、それがそのいつのことかわからない時の風景と重なって、なんだか今がいつなんだかわからなくなってきて…
 雨音…
 墨色に染まった庭
 真っ黒な空
 その時わたしは、ふと回廊の方に視線を戻して……
「きゃ」

 それは、低く垂れ込める雨雲の下、墨色に染まった庭をぼーっと眺めていたわたしが、ふと回廊に視線を戻した時だった。
 回廊に戻したわたしの視界の中に、いきなり入ってきた真っ黒い女。
 一瞬、頭の中がぽかーんと真っ暗になった。
 わたしは目の前の真っ黒い女から逃れようと、たぶん無意識に後ずさったのだろう。
 でも、真っ黒い女は、そんなわたしに素早く駆け寄ってきた。
「ー、ー、ー…。」
 もう悲鳴すら出てこない。のどの奥で空気が擦れた音がするだけ。
 虚ろになった頭に、なぜかあの不思議な感じがうわーっと流れ込んでくる。
 もはや、わたしはどうすることも出来なくって。わたしの背より頭一つくらい高い、その真っ黒い女の顔を見上げた。
「だ、大丈夫?」
 気づけば、その真っ黒い女はD子さんの顔になっていて。そしてわたしは、D子さんに体を抱き止められていた。
「はぁー、はぁー、はぁー。」
「ごめん、ごめん。Bちゃん、ぼーっと立ってたからさ。
 あ、だから、おどかそうとしたわけじゃないのよ。
 でもさ。つい…。」
「はぁー、はぁー。大丈夫です、大丈夫。
 あー、でも、びっくりしたぁ…。」
 気づくと、D子さんの顔があまりに近くにあったので。何気に身を引くと、D子さんの体もわたしからすっと離れた。
「ホント、大丈夫?」
「ええ。大丈夫です、大丈夫。
 わたし、なんか、ぼーっと庭を見てたんですよ。
 でも、なんとなく目を戻したら、いきなりそこに人がいたから…。」
「だから、ごめんって言ってるじゃない。
 あー、だから、ホントおどかそうとしたわけじゃないのよ。
 いや、うん。先に声かければよかったんだろうね。
 でも、Bちゃん、ずっとぼーっとしてるから…。」
「あー、そうか。この雨の音で、足音が聞こえなかったんでしょうね。」
「あぁそうか。それもあったのかもね。
 でも、ホントごめん、ごめん。」
「いえ。ぼーっとしてたわたしが悪いんですから…。」

 って、つまり、それは例によって、A沢クンとC瀬さんたちの格好のからかいネタになるわけで。
 というか、D子さんもD子さんだ。そうなるのは目に見えているのに、大広間に行ってからわざわざ話しちゃうんだもん。もぉー。


「アッハハ。“きゃ”はないよな、“きゃ”は。
 Bちゃんのそのガタイで、“きゃ”はない。絶対ない。ないったら、ない!」
「だから、A沢。ハハハッ。
 オマエ、いくらなんだって、そこまで強調したらBちゃんに失礼だぞ。ハハハッ。
 仮にもな、ハハハッ、Bちゃんはな、ハハハッ。
 女の子…、ハハハッ。ダメだ。ハラいたくって。ハハハッ。」
「って、それ、C瀬さんの方がよっぽど失礼でしょ。アッハハ。」
「ばーか。オレはゼミの幹事だから、そのくらいは許されるんだよ。
 ねぇぇー。ハハハッ。」
「なんで許されるんですか!」
「あー、でもね。あの時のBちゃんの顔。
 あれは2人にも見せてあげたかったなぁー。
 人間の目って、あんなに真ん丸になるもんなんだーってさ。
 わたし、初めて知った。ふふふ、あははは。」
「ちょ、ちょっとD子さんまで!」
「ハハハッ」
「でもさ。そりゃD子さんだもん。Bちゃんだって驚きますって。
 だって、それこそ暗がりに大入道が現れたみたいなもんでしょ、イタっ!
 だから、D子さんのそのグローブみたいな手で叩かれたら、イタっ!
 もぉー。」
「ふふふ…。」
「ハハハッ」

 横に置いていたわたしのケータイがブルブルいったのは、そのタイミングだった。
 見れば母からで、あー、そうだっけ。さっき電話していなかったからそのままになってたんだっけと思いだした。
 立ち上がったわたしは電話に出ようと、大広間を出た。
 いや、3人は相変わらず笑っていた。涙を流して。
 そんな3人を尻目に、わたしは舌打ちするやら、笑っちゃうやら。
 「もぉー」なんて苦笑いしてたら、電話の向こうから母の声が聞こえてきた。
「あー、B美?
 あんた、電話台××××泊ま××××連絡先××××。
 ××見て電話×××××、B美、あん×、だいじょう××の?」
「えー、なぁに?聞こえない。」
 大広間の外は相変わらずの雨。さすがに、さっきよりは弱まったみたいだけど、でも、ここは葉っぱが大きな木ばっかりだから…。
「え、なに?今、こっちさ。スゴイ雨なの。
 その音でよく聞こえないんだけど…。」
「電話台のとこ!」
 こっちの状況を察したのだろう。あるいは、向こうまでこのスゴイ雨音が聞こえたのか。いきなり、怒鳴るようにして話す母の大きな声が聞こえてきた。
「え、電話台!?」
「電話台のとこに泊まるとこの連絡先っ、あんた、置いといたでしょ!」
「あぁ、うん。」
 今朝、こっちに来る前。わたしは、何かがあった時の連絡先と思って、この妙臨時の所在地と電話番号を置いておいた。
 ケータイが普及したこのご時世。宿泊先の電話番号を知らせてもあまり意味がないのだけれど、ま、以前からの習慣のようなものだ。
「それ見てっ、さっきっ、電話したのっ。」
「あ、そういうこと。…!?」
 特に何があったというわけではなさそうだったが、ただ、なら何で電話してきたんだろうと、わたしはちょっと変に思った。
「でさ!そこ。そこって、妙臨寺なんでしょ。
 あんたさっ、大丈夫なの?」
「だ、だ、大丈夫!?
 だ、大丈夫って…、えぇー、何が?」
 どうやら母が心配して電話してきたことはわかったけど、でも何を心配してるのかさっぱり要領を得ない。
「だからっ!妙臨寺なのよね?そこ。Z海岸の…。
 あんた、ホンっト大丈夫なの?」
「だ、大丈夫って、何が、よ?
 なに言ってるか全然わからない。」
 大丈夫なの?って聞いてくるのも、わけがわからなかったが。でも、それ以上に母が言っていることに何か違和感があって。
 さらに、この雨音で聞き取りにくいのと、大きな声で話す母の声が怒鳴ってるようで、それが気にさわるのが重なって、その時わたしはかなり混乱していた。
「×××××……。」
「え?よく聞こえない。もっと大きい声で言って。」
 母の言ってることの違和感が何なのか気づいたのはその時だった。
 そう。「そこ、妙臨寺なんでしょ」、「妙臨時なのよね、そこ」って、母はまるでこの妙臨寺を知ってるかのように話しているのだ。

「だからっ。別に大丈夫なんでしょ?特に何ともないんでしょ?
 ならいいの。うん。じゃぁもう切る――。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってって。
 おかあさんさ。今、言ったよね。そこ、妙臨寺なんでしょって。
 妙臨寺なんでしょって、それ、どういうことよ?
 それじゃぁまるで知ってるみたいじゃない。ここのこと…。」
「×××××……。」
「え?だから聞こえないのよ。雨の音で。もっと大きい声で言って。
 そう。雨よ、雨。すーっごい雨。そっち、まだ明るいよね?
 こっちはもぉ夜みたいでさ。暗いし、雨はすごいし…。
 もぉなに笑ってるのよー。笑いごとじゃないわよ、もぉ。ふふふ。
 え?“また雨なんだ”って言ったの?
 “あんたって、意外に雨女”って、えー、そぉ~お?そうかなぁ…。
 …て、えっ!また雨って?
 “また”ってどういうことよ?」
 後になって思えば、意識にこそのぼっていなかったものの。頭のどこかでは、薄々その事実に気づいていたのだろう。
「だからっ。あの時もすごかったでしょ、雨。
 えっ、あんた、ホントに全然憶えてないの!?」
「あの時?憶えてない?
 えぇっ!?なに言ってるの、おかあさん…。」

 わたしの中にある扉が開こうとしていた。
 それは、その出来事があまりに怖かったからなのだろう。その出来事はもちろん、その出来事につながること…、そう、そうだ。わたしが前にここに家族と海水浴に来ていたことも含めて、全てその扉の向こうに閉じ込めて。さらに、その扉の存在すら忘れ去ってしまったんじゃないだろうか。
「昔…、そう、だから、あなたが小学校2年生の時よ。
 夏休みに家族みんなでそこ…、あ、だからZ海岸に行ったの。
 海水浴に。それはわかるわよね?」
 えっ…
 小2の時?ここに?わたしが来た?
「えっ。それも憶えてないの?ホントに?
 えぇー、どうしよう?どうしたらいいんだろう?
 お父さん、まだ帰ってきてないし…。
 それも、また強い雨が降ってるって…。」 
 ふいに、またあの不思議な感覚に襲われた。それも、今までにないくらい強く。
 ぐぃーんと、頭の中にあるものが上に吸い上げられるような。そんな、気がいきそうな感じの後、それはやって来た。

 小学2年生の夏休み。
 夏といっても、もぉ夏の終わりだった。
 家族で来た2泊3日の海水浴。
 その前の年、わたしの家は引っ越しだったから、久しぶりの家族旅行だった。
 なのに2日目の午後、急に雨が降りだして。
 最初は、どうせ濡れるんだからなんて言ってたのだが、雨は次第に強くなって民宿に戻ったのだ。
 すると…、いや、その辺のくわしいことはわからない。まだ子供だったから。
 たぶん雨が強くて避難したんじゃないかと思うんだけど、雨の中、お寺に行ったのだ。

「そう。確か、台風が来てたのよ。
 あ、違う。台風はまだ遠かったんだけど、前線だったかな?
 とにかくすごい雨でさ。泊まってた民宿の横の川が急に増水したとかでさ。
 お寺に避難しろってことになったのよ。それがそこ、妙臨寺。」

 お寺にいたのは、そんなに多くの人ではなかった。
 わたしが泊まってた民宿の横の川の増水ってことなら、たぶん避難することになったのは一部の地域だけだったのだろう。
 避難したわたしたちにあてがわれた場所は本堂だった。
 でも、その本堂は薄暗いし。屋根に雨のあたるゴォーという音で、天井全体が鳴り響いていて、今にもその天井が落ちてくるような圧迫感があった。
 さらに、正面の大きな仏さまの像が気味悪くて…
 だから、わたしは本堂の正面の出入り口のとこから、ずっと一人で外を見ていた。
 もちろん、外だって怖かった。でも、その薄暗い本堂と正面の仏さまはもっと気味悪かったのだ。

「うん、そうなの、そうなの。
 実を言うとね。あの仏像はおかあさんもちょっと気味悪かったのよね。
 だから、あんたが嫌がって入り口のとこにいたの、放っておいたのよ。
 蒸し暑かったから、どうせ戸は開けっ放しだったしね。」

 本堂の中は薄暗くて気味悪かったが、外はホント真っ暗だった。
 本堂から洩れる明かりと、左側を通る、学校にある渡り廊下みたいなみたいな通路のところどころついた明かり。それ以外は真っ暗なのだが、でもそれはどこか澄んだ暗闇で。本堂の見えるようで見えない、あの薄暗さよりはまだ耐えられた。
 そんな暗がりをしばらくぼーっと見てたら、次第に目が慣れてきたみたいで…
 真っ黒な空と真っ暗なお寺の建物や庭の木々の境が、なんとなく見えてきた。さらに、この強い雨で、庭の大きな木々の葉っぱが小刻みに揺れているのも。
 それが見えてくると、この雨音とは別にそれらの葉っぱがパツパツ、パツパツ音を発しているのもわかった。
 本堂から洩れている明かりがあたってるところだけ、それら音をたてている葉っぱが見えた。
 それらは大きくて、とがってたりギザギザだったり。かとおもうと真ん丸だったりで、わたしの家のある辺りに生えている木々の葉っぱとはずいぶん違ってた。
 わたしはそれが妙に面白くて、一人、その強い雨の降る真っ暗なお寺の庭をぼーっと見ていた。

 そんな中、視界のすぐ手前で、ひょこひょこと小刻みに動いているものがあるのに気がついた。
 それは、とがった大きな葉っぱの木の下。その下にあった、真ん丸な葉っぱの一枚だった。
 たぶん、それはその上のとがった葉っぱから雨粒が落ちてくるのだろう。その丸い葉っぱ一枚だけが、ひょこひょことお辞儀でもするように小刻みに動いていた。
 いや、それが面白かったとか、そういうことではないと思う。
 そういうことではないけど、わたしはその時それをしばらくぼーっと見ていた。
 でも、そのうちそれが、とがった大きな葉っぱの下の暗がりで、変なものが手招きしているように見えて。
 急に怖くなったわたしは、慌てて目を逸らした。
 そこは、庭の左側を通る、学校にある渡り廊下みたいな通路だった。

「ほら、そこって、回廊っていうの?屋根がついた渡り廊下みたいなの。
 そうそう。本堂の左側。
 確か、あの時は民宿から軽トラっていうの?ちっちゃなトラック…。
 その荷台に乗っていったのよ。水が出てるからって。
 でもさ。あの雨の中でしょ。もぉびしょ濡れでさー。
 でもって、軽トラが着いたところが竹藪みたいなとこで。
 なんなの、ここ?って思ってたら、回廊が見えてさ。
 なんだ、結構立派なお寺じゃないって、ちょっとホッとしたのよね。
 へぇー、今でもあるんだ。あれ……。」

 そこを見たのは、その渡り廊下みたいな通路に明かりが灯ってたからだろう。
 電球がそのままぶら下がってるような、赤味を帯びた明かりは頼りなかったけど、それでもそこではそれだけが人工の光だった。
 ただ、その明かりのせいだろう。学校の渡り廊下みたいな通路の向こう側は真っ暗で、それはちょっと怖かった。
 暗いのに目が慣れてきたからだろうか。渡り廊下みたいな通路の先にもう一つ建物があるのに気がついたのはそんな時だった。
 ただ、それは誰もいないのか真っ暗で。空も庭もお寺の門の屋根も塀も全部暗いというのに、その建物はさらに真っ黒く見えた。

「えっ。あんた、今、大丈夫なのよね?」
「うん。今は自由時間だから…。」
「違うって!そういうことじゃない。
 あんた自身が大丈夫か?って聞いたのっ。」
「え、どういうこと?」
「あんたって、ほら…。だから、えーと、×××××……。」
「え?なに?最後の方、なに言ってるかよく聞こえない。」
「あー、もぉなんかめんどくさいわね。
 とにかくさ、大丈夫なんでしょ。何ともないのよね?」
「だから、大丈夫って何がよぉー。全然普通。いつも通りよ。」
「じゃぁ言うけどさ。ほら、あんたって昔から怖がりだったじゃない?」
「えぇー、なに言ってんのよぉ。そんな話ならもぉ切るよ。」
 ったく、母親というのは…
 なんでそんなことをこの場面で心配するんだろう。
「あれってさ、その時ことが原因じゃないかって思うのよ。
 ほら。あんた、本堂の仏像が怖いって、一人で入口のとこにいたじゃない?
 あそこからだと、ほら、さっき言った回廊がよく見えるでしょ?」
「あー、だから、今そこ。そこで電話してんのよ。
 雨強くってさー。そう、思いだした。
 そう、そうだった。小2の時、確かにここ、来た。
 そうそう、そうよ。だからだー。
 わたしさ、駅降りた時からずっと前に来たことがある気がしてて…。
 でも、なんでだろ?来たこと、全然忘れちゃっててさー。」
 ついさっきまで、あんなにあーでもない、こーでもないってやってたのに。
 今は、小2の時にここに来たことをアッサリ思いだしていた。
 うん、そう。アッサリというのは、忘れていたそれをやっと思いだしたというのに、わたし自身が意外にアッサリしていた、という意味もある。

「あー、だから。あぁそうか、そうなんだね。
 やっぱり、全然憶えてなかったんだ。あん時のこと…。
 あまり憶えてないようだとは思ってたんだけどねー。
 そう。でもさ、あんたって、今、回廊にいるのよね?
 この電話って、その回廊のとこで話してるのよね?
 で?だから、別に何ともないんでしょ?大丈夫なんでしょ?
 あー、よかった。
 いや、妙臨寺だっていうからさ。もぉ心配したのよー。」
「あのね。わたしだっていつまでも子供じゃないんだから…。」
「そう、そうよね。あー、でも、よかった。
 でもさ。あんた、あの時って、ずっと一人で本堂の入り口のとこにいたじゃない。
 でも、いきなりすんごい悲鳴あげてさ。
 わんわん泣きながら、本堂にいたわたしたちのとこに逃げてきたのよ。
 わたしもおとうさんも、あと他の人も、もぉびっくりしちゃってさ。
 どうしたんだ?って言っても、もぉわんわん泣き叫んでるばかりでさ。
 何なのか全然わかんないのよ。
 で、あんた、やっと話しだしたと思ったらさ。
 女のお化けが、回廊をこっちに歩いてきたって……。」
「え…。」
 
 なんの建物なんだろう?
 わたしは学校の渡り廊下みたいな通路を行った先にある、その真っ黒に見える建物に目を凝らしていた。
 でも、暗くてよくわからないから。わたしは、本堂の入り口のとこを立ち上がって。縁側みたいなところを1歩、2歩、そっちの方に近寄った。
 すると、その建物が渡り廊下みたいな通路に面しているところの戸が開いたのが見えたのだ。
 雨は相変わらず強く降っていて、ゴーッとすごい雨音だった。
 だから、戸が開く音が聞こえなくても変じゃない。変じゃないんだけど、でもそのふわっと開いた感じはなんか変だった。
 というよりは、真っ黒に見える建物の戸が開いても、中はやっぱり真っ暗で。なのに、なんで戸が開いたのが見えたんだろうと変に思ったのだ。
 わたしは、その縁側のようなところから身を乗り出すようにそこに目を凝らしていた。雨で濡れるのもいとわずに。

 なぜなのだろう?
 その時、わたしは視線を真っ黒に見える建物から、ふっと渡り廊下みたいな通路へと走らせた。それは、あの真っ黒に見える建物からその渡り廊下みたいな通路に沿って、ずーっと今わたしがいる本堂まで。
 真っ暗な空に滲むように伸びている屋根のシルエット。その下、ところどころにぽつん、ぽつんと小さな明かりの灯るその通路を。
 でも、すぐにまた目を真っ黒に見える建物に戻したのは、視界の端に何か動いているものを見止めたからだった。
 そう。それは、ちょうど、あの開いた戸を出て歩き出したところだった。
 ドンドン、ドンドン、ドンドン…
 ううん。この雨だもん。足音なんて聞こえるわけない。
 でも、その歩く様はほんとそんな音が聞こえてきそうで。
 それは、真っ白い着物を着た女の人。
 バサバサに伸ばした長い髪の毛が顔にかかるのなんか、全然気がつかないみたいに、ドンドン、ドンドン、ドンドン…
 肩を揺らしながら早足で、あっという間に渡り廊下みたいな通路をこっちまで来たと思ったら。
 わたしがいる本堂の手前で、急にポンッと地面に降りた。
 …!
 やっぱり、ドンドン、ドンドン、ドンドン。
 肩を揺らしながら、こっちに向かって歩いてくる。
 わたしは、その女の人から全然目を離せないというのに。そのバサバサにかかる髪の毛の下の目は真っ黒でぽかーんとしていて、まるでわたしのことなんか全く見てないよう。
 なのに、何でその女の人はこっちに来るのだろう。
 今、わたしのいる方に真っ直ぐ。
 肩を揺らしながら早足で、ドンドン、ドンドン、ドンドン、ドンドン!

「で、あんた、やっと話しだしたと思ったらさ。
 女のお化けが、回廊をこっちに歩いてきたって……。」
「え…。」
 思わず視線を上げると、そこは回廊が伸びる真正面。
 その暗がりにパッと。
 いきなり現れた、真っ白い着物の女の人。
 それは、バサバサと長い髪の毛が顔にかかるのも厭わずに。
 ドンドン、ドンドン、ドンドンこっちに向かって歩いてくる。
 摺り足のような歩き方なのに肩を揺らし、腰の辺りが勢いよく交互動いてるその様は、ここまで衣擦れの音が聞こえてきそう。
 ううん。そんなこと、思ってる間もない。
 ドンドン、ドンドン歩いてくるその女は、あっという間に渡り廊下みたいな通路をこっちまで。
「っ!」
 バーンと女の姿が目の前にいると思った瞬間だった。それは、わたしがいるほんの手前で直角に曲がり、ポンっと地面に降りる。
 その後姿は、やっぱり、ドンドン、ドンドン、ドンドン…
 肩を揺らしながら摺り足で、ドンドン、ドンドン。さらに、雨の降る暗い庭にすーっと……
「……。」
 気づけば、そこにはザーッと雨音が続く、お寺の暗い庭しかなかった。

「っ…。」
 ふいに後ろでした、息を呑む音にビクッと振り返ると。それは、目を真ん丸に見開いて座り込んだD子さんの姿。
 さらに見れば、D子さんの後ろにはA沢クンやC瀬さん、さらに他にも何人か。
 みんなの顔は、一様にD子さんと同じ。ううん。同じじゃない。よくよく見れば、口をポカーンと開けたままだったり、わなわなと震えていたり。
 その時だった。ストンと、崩れるように。A沢クンが床にお尻を落としたのは……


 弟の話すその長い話は、どうやらやっと終わったらしかった。
「ふーん。時を経て、偶然同じ場所に泊まっちゃったと…。
 うん。まぁそういうことってあるもんなんだねー。
 で、結局、なに?
 その女の幽霊は、その場所に何か因縁があるってことだったの?」
「と、思うでしょ?それがさ、帰って聞いたらさ。
 妙臨時じゃなかったんだって。明倫寺だったんだって。」
「……。
 え。どういうこと!?」


                 
                    ―― 『姉弟掛け合い怪談:その19』〈つづく〉

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2017
05.28

階段には踊り場が付きものなわけで…


 ま、つまり、そういうことですね。

 階段に踊り場が付きものなように、怪談にもお休みが必要と(笑)

 いえいえ。
 いいとこまで追い込んだんです。
 
 でも、書いたのを、即、載っけちゃうのはねぇ…
 さすがに、一晩か二晩寝かせて読み返さないとコワいなーと(怪談だけにwww)

 ていうか、“踊り場が付きもの”ってキーボードパコパコしたつもりだったのに、
 “踊り場が憑き物”って、コワすぎです(笑)

 このパソコン、おかしいんじゃないかって。
 はぁ…。ここまで染まりたくないよなーとか思っちゃいました(爆)



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2017
05.21

怪談:17.5.21『姉弟掛け合い怪談-その18』

 
 妙臨寺の中に入ってからも、不思議な感覚は続いていた。
 それは、やっぱり、ふわっと落ち着くようで、その反面、心のどこかがざわっとするような、そんな感じ。
 なんでそんな感覚を覚えるのかわからないのと、時々視界の中に、何かこう違和感を覚えるモノを見て…、あ、いや。それは具体的にはわからない。
 何気に見ている風景の中のソレを見て。その0.何秒か後にソレが発する違和感に気づいて、「あれ?今の…」って、慌てて視線を戻しても、もはや何を見てそう思ったのかすらわからない、みたいな。
 そう。それは、まさにZ海岸の駅を降りた時から、ずっと同じことの繰り返し。
 妙臨寺に来る道すがら、4年のD子さんに「なにボーっとしてるの?」って言われたように。事あるごとにボーっとしている自分に気づいちゃぁ、ハッとして。周りのみんなの顔を見て、ひとり苦笑いなんかして、それをごまかしていた。

 そんな中、その変な感じを起こしているものが何なのか掴めそうになったことがあった。
 ううん。本当に掴めそうになったのかはわからない。
 その時は、ちょっとそんな気がしたのだ。
 それは、講義で使わせてもらっている大広間からトイレに行こうとした時だった。
 ゼミの講義に使う部屋といってもお寺だから、そこは当然座敷だ。
 広い部屋で、そう、確か40畳とか言ってたような。
 ゼミ生は、3年4年ともに12人の計24人+先生で、その全員がゆったり座っても、半分くらいは空いている感じだった。

 実は、わたしたち女子の部屋からそこに行くまでも、ずっとそんな感じがあった。
 建物と建物をつないでいる回廊というのだろうか?周りを囲んでいるわけではないから回廊ではないのか?
 いずれにしても、屋根のある、板張りの床の建物と建物をつなぐ廊下のようなものだ。
 いや。そんなに大げさなものではない。そこは、海辺の小さな町のお寺だから、京都や鎌倉にあるような大規模なものではない。
 ただ、外を隔てているものは木の手すりだけだったから、庭がよく見えた。
 そこは、駅からここまで歩いてきた時に見た風景のように、棕櫚やソテツ、照葉樹が多くて、緑の色がやたらツヤツヤしている庭だった。

 そんな中、ゼミの講義に使う大広間のある部屋の手前に竹林…、いや、孟宗竹のような太い竹ではない。細い竹がわさわさ植わった小さな林なのだが、それを見た途端、頭の中に形にならない何かがウワーっと去来したのだ。
 その時後ろにフラッとしかけたわたしを支えたのは、たまたま後ろを歩いていたD子さんとA沢クンだった。
「お、お、お、おっと!えー。ど、どうしたの?大丈夫。」
「あ、すみません。ちょっとフラッとしちゃって…。」
 必死に笑ってごまかした。
 って、別にごまかす必要もないんだけど…。
「Bちゃん、やっぱり調子悪いんじゃない?」
「えぇー、そんな。ちょっとよろけただけだけですって。ふふふ。」
「え、調子悪いって、どうしたの、Bちゃん。
 あ、さては、もうハラ減ったとか?
 ダメだってー。さっき昼メシ食ったばかりだろ。アハハ。」
「ち、違う…。もぉぉ。」
「Bちゃんはガタイがいいからなー。
 他の人より燃費わるいんだろうね。ぶぶっ。アっハハ。」
「ちょぉっと!」

 わたしは、どうも男の子からすると、からかいやすいタイプみたいで。
 それは、A沢クンの言うところの「ガタイがいいから、ちょっとくらいからかっても全然大丈夫って気がしちゃって、つい…」ってことなんだろう。
 同じ背が高くても、これでD子さんぐらい高いと、普通の男子なんかじゃちょっと見上げるくらいだから違うんだろうけど…。
 ていうか、D子さんの場合は、やっぱりあのキリッと切れ長の目がモノを言っちゃうんだろうなぁ…

 そう。そうなのだ。その時も、わたしはそれを一瞬掴みかけたと思って、その途端フラッとしちゃったもんだから、その後D子さんとA沢クンに話しかけられて、結局わからなくなってしまったのだ。
 そういう意味で言うなら、このお話の出来事というのは、まさにタイミングで起きたってことなのかもしれない。
 後になって考えてみれば、講義の最中にかかっていた、あの母からの電話に講義の後ですぐにおり返ししていれば、もしかしたら何もなかったかもしれないわけで…。
 あぁー、そうだ。
 あの時。講義の後、ケータイに母からの着信があったのに気づいた時、わたしはなんだろうと、何かちょっと変な感じがして。
 すぐ母に電話をしようと思ったのに、誰かから声をかけられて…。
 うーんと、あれは誰だったっけ?
 えぇっ。でも、あの時、あの場にいたのって…
 確か、大広間での講義が終わって。すぐ、ケータイを見たのだ。無意識に。そしたら、母からの着信があったから、わたしは立ち上がって部屋の外へ…
 うん。そこまでは確かに憶えている。そして、その後も。
 部屋の戸の所から回廊を見て、やっぱりあの不思議な感じが甦ってきて、頭の中がウワーっとなっていた時だった。
 その横、本堂に伸びている回廊の方から名前を呼ばれたのだ。
 そう。あれは、わたしの名前だった。
 わたしは、それに「え?」ってそっちを見て…
 あれ?でも、その呼ばれた名前って…
  
 さっきも言ったように、わたしは背が高いせいだからなのか何なのか、からかいやすいタイプのようで。中高生の時のクラスでも部活でも、あと大学に入ってからも、気がつくとみんな「Bちゃん」と下の名前で呼んでいるんだけど、それはゼミでも同じだった。
 それは先生も一緒で、つまりその時、ゼミのみんなや先生がわたしを呼んだのだとしたら、当然「Bちゃん」と言ったはずなんだけれど、でも、えぇぇっ?
 あの時、わたしを呼んだそれって「Bちゃん」ではなかったような…
 だからって、「B美」と呼ばれたかどうかっていうのは全然わからない。
 でも「B美」と呼んだのなら、普通はその後に「さん」とか「ちゃん」とか付くはずだ。
 というか、その時というのはわたしが最初に部屋を出たのだから、部屋を出た横から声をかけてくるとしたら、それはお寺の人のはずだ。
 そう、だって、声をかけられたのは回廊の本堂の方からなんだから、それはお寺の人のはずだ。
 でも、お寺の人だとしたら、わたしの名前なんて知らないわけで…

 しかし、わたしって、ホンっト話がヘタだなぁ…
 変な感じを起こしているものが何なのか掴めそうになった時のことを話してるつもりが、いつの間にか、その前にもあった同じような時のことを話していて。
 それを話しているつもりだったのに、またいつの間にか、母からの着信に気がついた時のことを話している。
 そう、だから、話は、変な感じを起こしているものが何なのか掴めそうになった時のことに戻るわけだけど、考えてみれば、それはもうすでに話したようなものだ。
 つまり、わたしが、講義で使わせてもらっている大広間からトイレに行こうとした時。
 それは、午後のゼミの講義…、講義といっても、みんながそれぞれの研究テーマについて話したのを先生やみんなが質問したりアドバイスしたり。はたまたツッコんだりみたいな感じなのだが、そんな中、トイレに行こうとした時だった。
 みんなの声が喧々諤々聞こえるのを背に、あの大広間の使ってないスペースの畳の上をなんとなくボーっとして歩いて、出入り口の戸のところまで…。

 出入り口の引き戸は、最初から開けっ放しだった。
 部屋にエアコンは付いていたが、でも海風なのだろう。窓と出入り口の戸を開けっ放しにしておくと、いい風が通り抜けるのでエアコンなんか全く必要なかった。
 広すぎて使いきれない、そんな大広間の畳の上を歩きながら、その出入り口の向こう。そこは、回廊の屋根で一瞬だけ暗いのだけれど、でもその向こうにある庭に植わってる棕櫚やらソテツやら照葉樹といった葉っぱに反射した緑がかった光に溢れていて、わたしは歩きながら、思わず伸びをしていた。
 そんなわたしが大広間から回廊に出た、その時だった。
 外があまりに明るいから暗く感じてしまう回廊の左側。そこは回廊の右側とは違って、細い竹がわさわさ植わった竹林になっている。
 お寺の庭に棕櫚やソテツが植わってるというのはエキゾチックに感じてしまうわたしからすれば、それはいかにもお寺らしく見える光景だった。
 そこに、先ほどはなかった白い軽トラックが停まっていたのだ。
「え…。」
 わさわさと密集して植わってる竹林。その中に鼻を突っ込むように停まっている白い軽トラックを見た途端、思わずハッとしたのだ。
 大広間に入る前と同じように頭の中がウワーっと、形にならない何かでいっぱいになって。
 あれ?そう。わたし、こんな風景、前にも見たことある…
 ううん。違う、違う。
 見たっていうより、わたし、ここ、来たことあるような…
 えぇ!?でも、そんなことあるわけないよね。
 Z海岸なんて、ていうか、わたし、Q県はおろか、関東の南の方って東京くらいしか行ったことないもん。
 でも、この風景…、竹林、それもこんな細い竹が植わったところに白い軽トラックが停まってるのを、間違いなく前に見たことある…
 そう!そうだ…。
 やっぱり、あの時も、こんな風に回廊みたいなとこから見たんだ。
 左側に竹林があって、軽トラックがこんな風に停めてあって…
 回廊の廊下が右の方に斜めに曲がっていて…
 あっ、そう。確か、雨が降ってたんじゃなかったっけ?
 それもかなり強く…
 わたしはこんな風に、回廊から雨を見ていて…
 確か、もっと暗かったような…
 雨が降ってたからかなぁ…
 でも、もっと暗かったような…
 そうか。夜だったのかも…
 夜で、雨が降ってって、こんな風に回廊をボーっと見ていたのよ。
 そしたら…
 あれ?何だっけ
 うわっ!何だろ?これって…
 きゃっ…
 気持ち悪い――。

「お、おい。大丈夫かよ。おい!Bちゃん。おい!」
「え…。」
 見上げたそこにあったのは、ゼミの幹事のC瀬さんの顔。
「何だよ、大丈夫か?
 歩いてたら、いきなりしゃがみこんじゃったのが見えたから、びっくりしたよ。
 どうしたんだ?立ちくらみか何かか?」
「え…、あぁ。えーと…。うん、だから、その…。」
「なんだよ。全然いつも通りじゃん。おどかすなよー。
 Bちゃんはさ。デカくて元気なとこが取り柄なんだからよー。
 もぉ頼むぜ!ハハハッ。」
「ちょ、ちょっと、C瀬さん。
 デカくて元気なとこが取り柄って、なんかそれじゃぁ――。」
「まぁまぁ、まぁまぁ。ハハハッ。
 いいじゃん。いいじゃん。そういうのは、人それぞれなんだからさ。
 持ち味、持ち味。ハハハッ。」
「もぉー。なにが持ち味ですかぁー。」
「ハハハッ。」
 笑いながら部屋の方に歩き出したC瀬さん。それを、くるっと回るように見送っていた時だった。
「そう。C瀬さん。」
「あぁん?」
 足を止め、わたしに振り返ったC瀬さんの顔。それは、こう言っちゃなんだけど、ちょっと間の抜けた変な顔で、当時、わたしはC瀬さんのその顔が妙に好きだった。
「わたし、駅に着いた時、C瀬さんに言ったじゃないですかー。
 このZ海岸に来たの、初めてだって。」
「あぁ、うん。そういえばそんなこと言ってたかも…。」
「何ですか、それぇ。
 それじゃぁわたしの話、ちゃんと聞いてないみたいじゃないですかぁ。」
「あぁ、だから聞いてたって。ちゃんと。ハハハッ。
 ていうかさ。あの時って、確か、そう。
 同じ関東なのに南にあるQ県の海は来たことないって、言ってたんじゃなかったっけ?」
「だから…。もぉっ。
 大体ですよ、大体。大体、そういうこと言ったんですっ。」
「ハハハッ。なるほど。うん。まぁそれで?」
「あ、だからぁ。ここ、ここなんですよ。」
「ここぉ?ここって…、えぇっ。ここのことか?」
 おもむろに顔を上げて、回廊の屋根に沿って視線を這わせているC瀬さんの横顔。わたしはそれを見ながら、同じように上を見上げた。
「そう。そうなんですよ。
 この回廊を見てたら、思いだしたんですよ。
 わたし、ここに来たことあるって…。」
「はぁ?なんだそれ!?ハハハッ。」
「だから、この回廊から見た風景に記憶があるんですって。
 この竹林にも、そこに停まってる軽トラックにも。
 あと、この回廊がここから見て右に曲がってる感じとかも…。」
「そうなんだ。ふーん!?」
「だから、ホントですって。見覚えあるんですって。ホントに…。」
「うーん。でも、それはどうだろう…。
 あ、いや。ハハハッ。だからさ。
 別にBちゃんの記憶にイチャモンつけるわけじゃないけどさ。
 寺に竹林は付きものだし、回廊だって普通にあるんじゃない?
 変な話、この回廊ってオレの家の菩提寺にあるヤツにソックリだぜ。
 ていうかさ。実は、今トイレ行ってきてさ。
 しっかし似てるなーなんて思いながら歩いてたくらいでさ。
 軽トラだって、寺は庭の手入れとかいろいろ作業があるから、
 大体どこにでもあるんじゃない。」
「うーん、そう言われてみればそうなんですけどねぇ…。」
「うん。まぁさ。
 オレは、別にBちゃんがここに来たことがあろうがなかろうが、
 どっちでもいいんだけどさ。」
「ちょっと、何ですか。その言い方ぁ。
 まるで全然どうでもいいみたいじゃないですかぁー。」
「あぁ。だから、別にオレはBちゃんの記憶にイチャモンつけてるわけじゃないんだって。
 ハハハッ。
 Bちゃんがさ。ここに来たことあるって気がついて、もぉビックリしちゃって。
 驚きのあまり、つい気絶しかけたみたいだから、いやー、そんなことないんだよって。
 優ぁ~しく諭してるわけで…。」
「なんなんですかー、もぉー。
 人のこと、まるで子供みたいに…。」
「ハハハッ。まぁまぁ。
 だからさ、既視感なんてそんなもんだって。」
「え?あ、既視感…。」
「あ、?知らない?
 ほら、よくデジャブとか言うじゃん。既に見た感じって書くの…。
 見てる風景とかいろんなもんを、頭が勝手に過去の記憶と結び付けちゃってさ。
 そこに来たことあるって思ったりしちゃうんだって…。」
 
 人というのは、そこに何かしら納得出来ちゃう言葉なり、説明なりがありさえすればそれで安心して、そこで考えるのを止めてしまうということなのだろう。
 今になって思えば、あの時わたしは、その既視感というもっともらしい言葉で自分を無理やり納得させてしまったのだろう。
 というよりは、無理にでも納得してしまいたかったということなのか。
 そう。だって、それがあまりに怖かったから…
                                            
 

                   ―― 『姉弟掛け合い怪談:その18』〈つづく〉


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 *のらない時、話をやたら込み入らせてごまかすのは、うーん。困ったものだ(爆)



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2017
05.14

怪談:17.5.14『姉弟掛け合い怪談-その17』

 
「ねーちゃん。ねーちゃん。ねーーーちゃんったら、ねーちゃん。
 あぁーあ。もしかして、コワレちゃったのかも。
 そうだよなぁ。なんだかんだいって、もぉ中年だもんなぁ…。
 ねーちゃん。美人のねーちゃん。ステキなおねーさま。
 ありゃ。こりゃ、いよいよホントにダメか?
 あー、でも、美人とかステキは、普段聞き慣れてないだろうから、
 自分が呼ばれてるって思わないのかもなぁ…。
 そうだ!バカねーちゃ――。」
「聞こえてるわよ!ったく…。
 人が黙ってりゃなに言ってもいいと思って、好き勝手に。
 美人もステキも充分聞き慣れてますぅっ!
 こないだも、隣りのお婆ちゃんが言ってたもん。
 L子ちゃんは、いつもキレイねぇーって。
 それをバカねーちゃんとか、そう!アンタね。ふざけんじゃないわよ。
 こんな素敵なお姉さまに向かって、中年とはなによ!中年とは!
 今や女の平均寿命は80代半ばなのよ。
 それを思ったら、わたしなんてまだ全然…。
 ていうか、それでいったら、アンタなんてまだまだガキじゃない!
 それも、クソガキで、バカガキで、アホガキで…。
 えーと。あとはなに?ゴミガキ?」
「まぁまぁ。アハハ。
 人は気にしてること言われた時に一番ハラが立つって言うしね。
 ていうか、コワレてなくてよかった、よかった。
 アハハー、って、なんだよ!クソガキに、バカガキに…。」
「アホガキ、ゴミガキ。」
「そういうこと、平板に言うなよ!すんごくハラたつんだよ!」
「イヒヒー。」
「なんなの、その憎々しい笑い。あー、このクソ姉、ハラ立つ!」
「クソなんて、まぁなんて下品。育ちの悪いオトコって嫌ぁーねぇ。」
「育ちは一緒だろ。姉弟なんだから。」
「なのに、何でわたしだけお上品なのかしらぁ~。」
「って、ねーちゃんだってクソは言ったよね。」
「言ってないぃ!言うわけないでしょ。」
「じゃぁクソガキはぁ?」
「あ…。」
「ほらみろ。ったく…。
 って、あーっ、もぉっ!そういう話じゃないだろ。」
「じゃぁどういう話よ。」
「だから…。えーと。そう。
 そうだよ。ねーちゃんがコワレてなくてよかったって話だろ。」
「壊れるわけないでしょ!
 ったくもぉ人のことだと思ってぇーっ。
 っていうか、えー、なんなんだろ?
 全く記憶になかったことが、次から次へと浮かんできちゃって…。
 まるで、現在進行形で体験してるみたいにさ。
 語ってるそばから、その次、その次って頭に浮かんでくのよ。」
「怪談を話してるとさ。
 確かに、今まで全然忘れてた体験とか話とか、
 ふいに思いだして驚くことって、時々あるんだけどさ。
 でも、今のねーちゃんのは、ちょっと極端と言うかー。
 なんだろ?頭ん中で、なんか繋がっちゃったんだろうね。」
「ううーん。全く記憶になかったことが、
 まざまざと蘇ってきちゃったのにも驚いたんだけどね。
 でも、それより、その彼女のことがさ…。
 まぁねー。あの頃は親が急に転勤とか普通だったから。
 病気と引っ越しがたまたま重なったのかもしれないけどねぇ…。
 ただ、それにしても…。」
「まぁ気にしたって、どうにもなるもんじゃないんだしー。
 たまたま引っ越しで、今は普通に暮らしてるって。
 気休めだけど、そう思って済ましちゃうしかないじゃない。
 だって、あのトイレを使うのは男子からすれば、普通のことなわけだし。
 ていうか、あれは、そもそも学校の怪談だよね。」
「うん。まぁそうなんだけどね。
 でもなぁ。うーん…。
 ほら。彼女の姿形とかさ、いまにも思いだせそうな気がするのよ。
 喉元まで出かかってるって言うかさ。
 だから、なぁんかキモチワルイのよねぇー。」」
「うん、まぁそれはそうだろうと思うんだけどさ。
 気づいて見りゃ、もぉ3時すぎてるし。
 そろそろ…、っていうのもあるわけでさ。
 ただ、ねーちゃんじゃないけど、ひとつ思い出しちゃったんだよね。
 だから、オレがそれ話して終わりってことにしない?」
「えぇー。また、アンタの話ぃ?」
「だって――。
 えぇー!だって、今、ねーちゃん話したよね。それも2つ続けて。
 なら、次はオレだよねぇー。」
「ううん。いいんだけどね。それで。全然。
 でもさー。」
「なにが、でもだよ。」
「べっつにぃー。
 ただ、アンタが自分の話で終わりって、勝手に決めたのがムカついただけ。」
「な、な、何なんだよ、それぇ。」


「いや、うん。アイツから聞いた話なんだけどね。
 ねーちゃんも知ってると思うけど、アイツ、オバケとかユーレイとか、
 コワい話はとにかくダメなわけ。
 ていうのはさ。実は子供の頃――。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そのアイツって誰?
 ねーちゃんも知ってるとか言われても、
 わたし、誰のことやら全然チンプンカンプンなんだけど。」
「だ、だから、なにヘソ曲げてんだよぉー。
 B美だよ、B美ぃ。
 言うだろ。普通。彼氏は彼女のこと。アイツって。」
「なんだ、B美さんのこと?
 そんなら、ちゃんと名前で言いなさいよね。
 アイツじゃ、アンタの小学校ん時の野良友だちみたいじゃない。」
「な、なんだよ、野良友だちってぇ。新しい言葉作んなよなぁ。」
「だってさ。いかにもそんな感じの子、いなかったっけ?
 ううん。別に舌出して、はぁはぁうろついてたわけじゃないのよ。
 でも、なんかそんなイメージがあるっていうかさ。アハハ。」
「ぶぶっ。わかった。それ、誰のこと言ってるか。
 なるほど。野良友だちね。うん、まぁ。ハハハ。
 って、だから、そういう話してんじゃないだろ。
 アイツ…、じゃなかった、えーと。
 だからさ。B美って、ダメなわけ。オバケとかユーレイとかが。」
「それは、もぉ聞いた。」
「いや、だから…。あー、もぉメンドくせ。」


 駅を出た瞬間だった。なんとも言えない、不思議な感覚を覚えたのは。
 それは、心がふわっと落ち着くようで、その一方で、ざわざわするような。
 駅の周りの風景を、あぁいい所だなーって見回していたら、その風景の中にある一つ違和感に気づいて。でも、たまたまそのタイミングでかけられた声に気を取られ、そのまま忘れてしまった、みたいな…。
 そう。まさにそんな感じだった。

「なんだ、Bちゃん。Z海岸って、来たことあった?」
「え…。」
「ここ、来たことあったの?」
「えー、初めてですけど…。」
「ふーん。でも、キョロキョロして、何か探してるみたいだったからさ。
 てっきり…。」
「いえ。初めてですよ。
 ほら。わたしと、あと、えーと、誰だったかなぁ、あれは?まー、いいや。
 だから、その人と合宿の場所を決めてる時に話してたじゃないですか。
 同じ関東なのに、南にあるQ県の海って一度も行ったことないよねーって。」
「あぁあぁ。そういえば、そんなこと言ってたっけ。ハハハ。
 でー、そう。A沢はどこ行った?
 妙臨寺の行き方知ってるの、アイツだけなんだけど…。」
「A沢クンですか?A沢クンなら、さっき…、あぁ、ほら。あそこ…。」

 A沢クンは、わたしと同じ3年で、ゼミの副幹事。わたしが話していたのはゼミの幹事の4年のC瀬さんだった。
 わたしたちのゼミは、今日から2泊3日の予定で、ここZ海岸にある妙臨寺に合宿に来たのだった。
 お寺で合宿なんていうと、なんだか座禅や朝の勤行が目的みたいだけど、そこはなんていったって大学のゼミ合宿。合宿はあくまで名目で、近くでコートを借りてテニスをしたり、あとは夜のコンパと、遊んで親睦を深めるのが目的らしい。
 今年の3年はわたしも含めて半分が女子だったから、4年の男子がやたら張り切っちゃったらしくて。
 例年なら大学のセミナーハウスを使うらしいのだが、もっとオシャレな所でやろうってことになったのだ。
 で、決まった場所が南関東Q県のZ海岸、しかもお寺って、その辺の感覚はやっぱり東京辺りの大学生とは違うということなのだろう。
 とはいうものの、合宿先としていくつか候補があがった中、ここZ海岸のお寺に決まったのは、わたしたち女子の主張が大きかったというのはある。
 だって、わたしたち女子としても、例の新島とか、はたまた清里のかわいすぎるペンションというのは腰が引けちゃうわけで…
 そうそう。わたしたち女子が、新島や清里のペンションという案に「えぇー」と難色を示したら。その案を出した男子たち全員、思わずホッとした顔をしていたのはとっても可笑しかった。

 そんなZ海岸だったが、ま、まだ小中学校は夏休み前ということもあるのか?
 それとも、平日だからか?例年より早く梅雨が明けたというのに、海辺のこの町はやけに閑散としていた。
 今は、東京からちょっと離れるとどこもこんな感じみたいだけど、それにしても誰も歩いてない。
 前に、そう、わたしがまだ小さい頃、家族で海水浴に来たことがあって。あれはやっぱりこんな町だったけど、あの時は海水浴客でもっと人が沢山いた気がするんだけどなぁ…

 元々漁師町なのだろう。通りから別れる路地は人一人がやっと通れるような狭さで、家と家の間をずっと奥まで通じている。
 所々にある塀をめぐせた広い家は、昔の網元の家か何かなのだろうか。
 塀の中に堂々とした棕櫚の木が覗いてたり、あと、枇杷や照葉樹のやけに大きな木がやたらと目立っている。
 それと、なにより駅を降りた時からずっとある、海の気配。
 それは、辺りになんとなく漂ってる潮の匂い?音なのか、振動なのか、どっちにしても知覚出来ない波の振動?
 それとも、たんに日差しが違うのか…

「なんかさ。同じ関東なのに、エキゾチックぅ~って感じよね。」
「え…。」
 見れば、いつの間にか4年のD子さんが横を歩いていた。
「景色、がさ。なんか全然違うのよね。」
「景色?」
 D子さんの視線を追っても、特に何を見てそう言ってるのかわからない。
「Bちゃん。さっきからずっとボーっとしてるけど、どうしたの?」
「えぇ、ボーっとしてる!?
 いいえぇ。全然普通ですよぉ。ふふふ。」
 D子さんは背が高い。わたしは中高とバレー部で、女の中では背の高い方だと思うのだけれど、D子さんはさらに高い。そう、頭一つくらい。
 見上げるようにしてそう言ったわたしに、D子さんはきょろっと目を返してきた。
「さっきから何をキョロキョロしてるのかなーってさ。
 気になってそっちを見てみたら、あぁそういうことかって思ったんだけど。
 でも、違うみたいだし…。」
「えぇっ。どういうことです?」
「うんん…。」
「なんですかぁ。D子さんの方が、よっぽど変ですよぉ。
 もぉっ。ハハハ。」

 そう言ったわたしだったけど、確かにその時わたしは何だかボーっとしていた。
 ううん。ボーっとというのはちょっと違うような…
 そう。だから、Z海岸の駅を出た時からずっと覚えている不思議な感覚を、今も引きずっていたということなのだろう。
 つまり、それはこの景色の中にある、気づいているのにわからない、何かしらの違和感なんじゃないだろうか。
 でも…
 辺りを見回してみても、そこにあるのは、ふわっと落ち着く海辺の町の風景ばかり。
 それは、家と家の間を通る、人一人がやっと通れるような路地だったり、塀の上から覗く大きな棕櫚の木や枇杷、つやつやとした大きな葉っぱを茂らせてる照葉樹だったり。
 民宿やお土産の看板をあげてる建物や、その軒先で揺れてる「氷」の布きれ。その横に並ぶ浮き輪や水中眼鏡や麦わら帽子。
 そして、それら全てを覆うように漂う海の気配、それだけだ。
 そこにあるのはそれだけなはずなのに、なぜか心のどこかがざわっとする違和感が視えてしまう。
 ううん。わたしは霊感なんかない。
 お化けとか幽霊は大嫌いだ。なぜかはわからないけど、わたしは小さな頃からそういうものが無性に怖い。
 だから、霊感みたいなものは絶対ないし、持ちたくもない。
 ということは、わたしが今ずっと覚えている違和感は、お化けや幽霊のようなものではないということだ。
 でも、じゃぁそれって…
「ほら。やっぱりボーっとしてる…。」
「え…。」
 見上げると、逆光の中、そこにあったのは真っ黒いD子さん輪郭の中からわたしを見ていたきょろっとした目。
 その時、前で誰かの声がした。
「ここでーす。ここが今日からオレたちが泊まる妙臨寺でーす。」
 日差しに目が眩んだ青い風景の中で、一人A沢クンが飛び上がっておどけていた。

 妙臨寺。
 その夜、わたしはそこで、ゼミのみんなにとんでもない迷惑をかけることになる…



                   ―― 『姉弟掛け合い怪談:その17』〈つづく〉

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