2015
09.21

17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐9

Category: 怪談話

17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐9』


 菜里さんが6時で上がりというその日。
 ずっとポツポツだった店は、4時半を回った頃にちょっとした混雑があっただけだった。
 今は奥のテーブルが3つ、一人で静かにコーヒーを飲んでいるお客がいるだけ。
 そんな店内では、ついさっきの混雑で事務所から出てきたママが、珍しく客席で休んでいた。
 そんなママの、ちょっとなんだか虚脱しちゃったような様子……

 そうだよなー。
 ここ最近、やっぱり忙しいよなぁ…。
 そんなことを思いながら菜里さんがガラス越しに外を見れば、向かいのビルの壁も、前の通りを行きかうクルマも夏の夕方の色に染まっている。
 いや。夏のそれよりは、赤みが増しているか…
 そう。ついこの間まではこの時間だったら、もっと黄色味がかった光景だった。

 ぼんやりそれを見ていた菜里さんの目が店内に戻る途中、時計に目が止まった。
 あぁーあ。お店がヒマだと時間が長い…
 ヒマだと動かないから、足が痛くなるんだよなー
 あ、そういえば絵里ちゃんたち、もう来たのかな?
 そっか。絵里ちゃんたち来るんだもん、いつもみたく大忙しでクッタクタでも困るか…
 そうだ。絵里ちゃんたち来るんだもん。いっちょサービスしてやるか!

 首を回して辺りを見回した菜里さん。
 いや、別にどっちでもよかった。でも、たまたま先に目に入ってきたのは、カウンターの向かいにあるある4卓のイスに座っていたママだった。
「あのー、ママ。すみません。」
 疲れて、ぼーっとしていたのか。なんだかきょとんとした表情で菜里さんを見つめ返した、ママのその表情。
「今日、お店のケーキって売ってもらうこと出来ます?」
 それは、何も言わずに座ったまま、体を伸び上がらせるようにして、ケーキのショーケースの中を見ているママの横顔。
「今日、ウチ、従姉妹が来てるんです。
 たまにはサービスしてやろうかと思って…。」
 ママが黙ったままだから、ついそんなことまで言ってしまう。
「うん。いいわよ。
 ただ、レアチーズは数ないみたいだから、それ以外でね。」
「はい。そう、2個ぐらいずつなら大丈夫ぅ…、ですよね?」
 菜里さんも、やっぱり体を伸びあがらせるようにしてショーケースの中を見ながらそう言った時だった。
 お客のほとんどいない店内で、やけにポーンと響いてきたそれ。
「わたし、今日さ。なんだか疲れちゃったのよ。
 菜里さんさ、それ、自分でケーキ出してやってくれない?
 いいよね?」
「は、はい…。」
 それは、ちょっと口ごもった返事の菜里さんと、いつも通りの表情硬めなママの笑い顔。

 後になって思えば。その時って、カウンターの中の和美さんは、いったいどんな顔をしていたのだろう?
 マスターは、どんな顔をしていたのだろう?
 マスターとママのことだから、二人でもう納得していたのか?
 ところが、肝心の菜里さんはといえば……
 例のずっと引っかかっていた些細なこと。そう。例のケーキはどうしてマスターかママが取るんだろう?ということはその時、頭に全くなかった。
 そこは菜里さんも女の子。ケーキを前にすれば、しかもショーケースの中から好きなケーキを選ぶとなれば、やっぱり心が躍ってくるということだろう。
 つまり、「レアチーズはダメだけど…、でもガトーショコラはOKなわけだし…」という、好きなモノを選べるワクワク感でいっぱい。
 そのケーキを従姉妹たちと一緒にワイワイおしゃべりしながら食べるウキウキ感もあった。
 さらに、そのケーキは自分が働いて得たお金で買ったんだって、みんなが思ってくれるちょっとした誇らしさみたいな気持ちもあったのかもしれない。

 ケーキのショーケースの場所は、ガラス扉越しに店内が見渡せるような位置にあった。
 つまり、ショーケースのすぐ向こうには2人席である1卓。
 その向こうには4人席である2卓と3卓。そして、今はたまたまママが座っている2人席の4卓と続いていた。
 ただ、その時。目の前のケーキと、ケーキを従姉妹たちと食べることで頭がいっぱいの菜里さんの目にそれは映っていなかった。

 うーん。まず、ガトーショコラが2つとー。
 あと…。
 うん。いいや。レアチーズ以外、全部2つずつで!
 買うケーキを決めた菜里さんは、ケーキ色いっぱいに染まった頭で、覗き込むような体勢でガラス扉を開ける。
 そして、まずは一番上のガトーショコラのトレンチを取ろうと――。
 うん!?
 あれ?1卓って、お客いたんだ…
「失礼しましたぁー。」
 疑問を持つより早く言葉が先に出てしまったのは、ここ何ヶ月間バイトしていたことの条件反射だったのだろう。
 とるもとりあえず、覗き込んでいたケーキのショーケースから顔を上げて1卓のお客さんに謝った菜里さん。
 あれ?でも、1卓って、いつお客来たんだっけ!?
 その何分の1秒。
 菜里さんは、自分の記憶の中にその1卓のお客の記憶が全くないことに気がついた。
「えぇっ。」
 菜里さんがショーケースの横から見れば、1卓のお客なんてもちろんいなかった。
「…!?」
 カップもグラスも、お冷のグラスすら置かれてない1卓のテーブル。
 あれ?今、確かに小っちゃな女の子が見えたんだけど…
 そんな菜里さんの目に飛び込んできたのは、4卓に座ってこっちを見ているママの顔。
 あ、なに。ママのこと見間違えたってこと…!?
 そのママは、あの笑顔で菜里さんを見ているだけ。
 でも、なんだかいつもよりふわーっとしているように感じられる、その笑い顔を見ていて気がついた。
 え?ママ、わたしを見てるんじゃない…
 なにを見て、笑ってるんだろう。
 あっ…。
 そういえば、ママがあんな風に笑ってるの、いつだったか見た…
 えぇー、いつ見たんだろ…
 菜里さんはそれを思い出そうと。でも、思い出しそうになった瞬間、それが前に奈津子さんが言っていたことにすり替わってしまう。
「そう…。ママはね、表情がちょっと硬すぎるのよね。
 だから、ちょっと愛想悪い感じするけど、
 でもね、ずっと話してると何気にスっゴイ面白いのよね。
 そう、茶目っ気があるっていうのかなぁ…。」
 ふーん。茶目っ気かぁ…
 確かに、マスターをあそこまで手なずけてるんだからなー
 フフっ。手なずけてる…、か。
 わたしもママを見て、少し勉強しよっかな…
 なんて、ちょっと愚にもつかないことを思った菜里さん。
 でも、すぐにケーキのことを思い出して。また、ショーケースの扉を開けて、ガトーショコラのトレンチを取ろうとしたその瞬間。
「っ!」
 菜里さんは体勢のまま、今度は完全に固まってしまった。

 それは、扉を開けたショーケースの中。
 一番上の棚に並んでいるガトーショコラの深いチョコレート色の向こう。
 菜里さんのの目にすーっと入ってきた、ショーケースのガラス越しの小っちゃな女の子。
 見間違いなんかじゃなかった。
 確かに今、菜里さんの目の前。ショーケースの向こう、1卓にそれは座っていた。
 楽しそうに笑っているその目は、いったいどこを見てるのか……
 その途端、サーっと。まるで心臓が真っ白い霜で覆われていくような、そんな感触。

 菜里さんの感覚が真逆に変わったのは、そのあまりにあどけなく、そしてあまりに無邪気な笑顔だったのか。
 それは、不安というものが存在するのを知らない子犬か何かが、夢中で遊びまわっているような、そんな目。
 フフ…。
 なに、この子。かわいい…
 その途端。菜里さんは、冷たい霜だと思っていたその真っ白いものが、目の前にあるケーキの表面にかかっている粉砂糖だったことに気がついた。



 後になって思えば…。
 目の前のありえない出来事の驚きに、ただただ呆気にとられちゃっていたということなのだろう。
 現に菜里さん、その後自分でケーキを箱に詰めたはずなのに、何も憶えていない。
 そんな菜里さんの記憶は、手にケーキの箱を持って和美さんと店を出たところから始まっている。

「織田クンさ…。」
「織田さん?え…!?」
 和美さんの声に、菜里さんはやっと我に返った。
 なんだか顔がぽーっと熱かった。
 そこは、秋の気配がまだない、9月の夕暮れ時。
 真後ろから差してくる西日は色こそ赤いものの、真夏のそれと同じだった。 
「今日は菜里さんが早く帰っちゃうもんだからさ。ふふっ。
 織田クンさ、物足りなさそうな顔してたよねぇぇー。」
「え…。」
 その、和美さんらしくない絡むような口調。慌てて見れば、そこにあったのはいつも通りの笑い顔。
 菜里さんは、その安心できる目に言った。
「もぉ和美さん。なに言ってんですかー。そんなわけないでしょ。
 ていうか織田さん、今日わたしが早く上がるって知ってますよ。
 だってわたし、昨日言いましたもん。」
「うっわ。仲いいんだ。なんか、ムカつく。」
「もっ、だから違いますって。
 昨日マスターに言った時、横に彼もいたんですって。」
「…っ。」
 いや、菜里さんとしては、その時織田さんのその名前を言うのが気恥ずかしくて、そう言っただけだった。
 でも、その「彼」という言葉をまさにその意味として聞いちゃった和美さんは思わず絶句。その大きな目をパチクリさせている。
 それを見て、菜里さんも自分の口から何気に出た言葉がもたらした誤解に気がついた。
「あぁー、もぉ。だから…。」
 堪らず頭の中で「わー!」って頭を抱える。
「ふーん、そう。
 つまり、菜里さんがそれを織田クンに言った時、
 横にマスターもいたって、そういうこと?」
「え…。」
 頭の中の大絶叫で、変に頭の回転が鈍くなっている菜里さんの頭は、和美さんの言っていることが一瞬で理解出来ない。
 織田さんが言った時に、えーと、マスターが横にいた…?
 うん!?
「うん、菜里さん。もぉいいっ。ハハハ…。」
「え…。」
 そんな風に大笑いをしている和美さんって、初めて見る…
 菜里さんは結局、またもや呆気にとられている。


「でもさ、よかったのよね。わかったから…。」
「え、よかった?
 よかったって、え、何?織田さんのこと?
 えっ?あ、わかったって?え…。」
 また目を白黒させている菜里さん。
「もー、なんなのよー。それぇー!」
 それには和美さんも、さすがにウンザリ顔。
「あれ?今って、何の話してたんでしたっけ?」
「うん、だからさ。初デートはどうだったのよ?」
「えぇっ、デートって。まだそんなとこまで…。
 あーっ、もぉっ!違うでしょ、和美さん、それ。
 というか、やめましょうよ、それー。
 今日の和美さん、ちょっと変ですよ。
 なんか、すっごく、らしくない。
 そう。奈津子さんみたい。ハハハ。」
「そりゃそうだよー。
 だって、いろいろ変わったんだもん。
 この夏って…。」
「変わった?変わったって…。」
 見れば、和美さんは、さっき──あのやめるって言ってた時──みたいな真顔をしていた。
「……。」
 あぁそう。
 そうなんだよなぁ…。
 こんな風に真顔になった時の和美さんは、びっくりするくらいきれいなんだよなぁ…
 和美さんって、なんでこんな表情が出来るんだろう
 齢、わたしと一つしか違わないはずなのに…

「ホント、この夏…。
 うん。夏になったくらいを境にさ。
 いろいろ変わったよね。あそこ…。
 そう言って振り返った和美さんの横顔。思わず菜里さんも、つられてそれを振り返ってしまう。
「え。それって、奈津子さんや、
 あと、宇田川クンや沢田クンがやめちゃったってことを言ってるんです?」
 それを言った菜里さんは、そのことに気がつく。
 あれ?わたしって、宇田川クンと沢田クンの名前出す時、いつの間に宇田川クンの名前が先に出るようになったんだろ…
 でも、そんなことを思ったのは、ほんの一瞬のこと。1秒の100分の1もないくらい。

「うん…。それもあるんだろうけどね。
 でも、そうじゃなくってね。
 奈津子や、あの二人がやめたから変わったような気がするんじゃなくって。
 変わったから、やめてったんじゃないのかなって。
 ……。
 なんか、そんな気がする。」
「え…。それって、どういう…。
 もぉー、和美さん。それじゃまさに奈津子さんですよ。ハハハ。」
 わかるようで、でも全然わからない。その和美さんの言っていることに、菜里さんは笑い出すしかない。
 でも、なぜか和美さんは全然笑ってくれない。
「うん…、人ってさ。そういう時?タイミング?
 違う…、役回り?
 うーん。ピッタリな言葉が思いつかないんだけど、
 でも、人にはそういうことってあるんだなーって。
 なんかさ。そのことは、すっごく思ったの。この夏…。」

 隣りを歩く、そんな和美さんの横顔。そして、横から見るその目。
 ずっと見ていても、こちらを向いてくれないその顔と目を見ていた菜里さんは、ハッと気づく。
 えっ。それって、わたし?わたしってことなの……
 その瞬間、和美さんの顔が菜里さんに戻ってきた。
 それは、まるでそのことを菜里さんが最後まで思ってしまうのを遮るかのように。
「あ、違うよ。そういう意味じゃないからね。
 ほら、さっき…。」
「さっき…。」
「ほら。わたし、言ったじゃない。
 バイト、なるべく早いうちにやめよっかなって思ってるって。
 そのこと、そのことよ。」
 その顔にやっと笑いが戻ってきた和美さん。
「あー、それ。和美さん、本気なん──。」
「うん。あのね。このまま続けてたらわたし、先に進めないんじゃないかって。
 このまま大人になったら…、ううん。4年になったらすごく困るんじゃないかって…。
 なんだか、そんな気がしてきちゃったの。」
「困る?先?え…。」
「菜里さんさ。菜里さんは、奈津子や、あと宇田川クンや沢田クンのこと…。
 もしかしたら勝手だって思ってるかもしれないけど──。」
「そんな!そんなこと。」
「うん…。もちろんさ、勝手と言っちゃうなら、まぁ勝手なんだろうけどね。
 でも、思うの。
 みんなさ、そのタイミングが来ただけなんじゃないかって。
 そのタイミングが、たまたまこの夏だったってことなんじゃないかって。
 だから、わた…。
 ううん。ま、それはいいよね?フフっ。」
 それは、やっといつもの笑顔に戻った和美さん。
 なのにその時、菜里さんはいつもに戻れない。
 例の心の引っ掛かりがとけたというのに、和美さんから新たな謎をもらったような、そんな気持ち。
 そう。それは菜里さんが持たなければならない、新たな心の引っ掛かりだった。

 いつの間にか立ち止まっていた菜里さん。先を歩く和美さんが、そんな菜里を振り返った。
 それは、真っ直ぐ差してくる西日に顔を真っ赤にさせて、ちょっと眩しそうに笑っていた。
「ううん。わかんない。わたしにも…。
 だからね、菜里さん。わたし、明日も昼間バイトなんだけどさ。
 マスターに言っとくね。
 昨日帰る時、菜里さんがコーヒー淹れる練習するって言ってましたよーって。」
「っ!」
「アハハハ…。」
 それは、なんだか高笑いみたいな笑い声。
「ちょ、ちょーっと、和美さん。なにを、いきなり――。
 それ、ホントやめてくださいね。お願いですから。」
 わたしはウェイトレスの方が楽しい――。」
 やっと我に返って慌てふためく菜里さん。その目に映る和美さんは、くるりと前を見てそれを遮った。
「ふふっ。じゃぁね。また!」




 その菜里さんは、その後もずっとそのバイトを続けたらしい。
 でも、ショーケース越しに見た女の子の記憶を思い返したことは一切なかったらしい。
 決してそのことを忘れていたわけではない。でも、その後それを意識したこともないように思うのだと。
 というか、それすら、今更思うことなんだと……

 そのことが、そんな程度にしか感じなかったのは、そのことがどんなことであったとしても、対比的に見てしまえば日常に埋没してしまう程度のことだったということなのだろう。
 つまり、菜里さんにとってそこでの経験というのは、「今更だけど、あんなことがあったんだなーって、ホント思う」って言えるくらい、大事なことだったからなのだろう。
 そう。それは、そこに集っていた面々との出逢い。
「あんな人たちが、あの時あの同じ場所にいたことなんて、ちょっと信じられない気がする」と菜里さん。

 そんな菜里さんは、いまだに和美さんが言ったこと…、さらにみんなが言っていたことを考えてしまうことがあるらしい。
 そのたんび、あの時みんなの思いに応えなかった自分に。さらに、期待に応えていない現在の自分に胸が痛むのだと…。




17話目終わり。フッ!
  17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3
     :それは甘いはずのに、ガッツーンとほろ苦い』
〈了〉



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2015
09.07

17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐8

Category: 怪談話

 17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐8


 しかし、そんなことを言っていた宇田川クンが、2ヶ月もしないうちに店からいなくなってるなんて……

 宇田川クンがクルマの免許をとったその日。
 さっさく友だちとクルマで出かけて、その日はバイトに来なかったと思ったら。結局、それ以降ずっと…

 菜里さんは、あの夜、宇田川クンがフザケ半分に言っていたことを思い出してしまう。
「もぉいいでしょ。どうせ僕、元族なんだから。
 あれ。東野さんは、知らなかったでしたっけ?」
 そんな宇田川クンに、菜里さんは言った。
「だから、そんなこと自慢したってしょうがないじゃん。
 宇多川クンらしくもない…。ねぇ。」
 その後、何気に視線を向けた、織田さんの笑っていた顔。
 そして、照れて苦笑いをしていた宇田川クンの顔……

 一生懸命…、そして楽しくバイトしていた宇田川クンと、免許取ったことでタガがはずれて急にいなくなっちゃった宇田川クン。
 はたして、どっちがホントの宇田川クンだったのだろう。


 しかし、そんなことを思っている間もなかった。
 今度は奈津子さんが、
「サーフィン始めるならおまけするからさ。店、来てよね」と言って。
 サーフショップでバイトしたいからと、店から去っていった。
 和美さんは、もちろんまだいた。
 でも、夏を境に、菜里さんは夜にバイトに入ることが多くなったこともあって、和美さんと顔を合わせることは少なくなっていった。


 店は相変わらず繁盛していた。
 心なしか、前より忙しくなったような気もするくらい。
 でも、いろんなことが変わった。
 新しいバイトも入ってきたり、メニューが変わったり。
 菜里さんの呼び名も、いつの間にか東野さんから菜里さんに変わっていた。
 そんないろいろ変わったその店でも一番変わったのは、そう、それはカウンターの中……

「1、アイスカフェ。お願いしまーす。」
 菜里さんがオーダーを通した途端、カウンターの中を豆を挽きに走るその姿。
 やっとお客にコーヒーを出せるようになったばかりの、相変わらず緊張の抜けない顔。
 カウンターの中のそんな顔をを見ていると、菜里さんは自然と笑みがこぼれてしまう。
 だから、つい冷やかしたくなる。
「おぉぉー、バッチリ!」
「もっ、黙って。こっちは真剣なんだから。」

 沢田クン、宇田川クン、そして奈津子さんまでいなくなってしまったこの店だけど…。
 でも、そんな織田さんがいるこの店が、いつの間にか菜里さん自身が奈津子さんの立場になっていたバイトの時間を、前よりもずっと楽しいと感じていた。

 あの「些細な心の引っ掛かり」は、菜里さんの心に まだあった。
 でも、もうそれはその頃には「引っ掛かり」とすら言えないようなものになっていた。


 秋になったとはいえ、まだまだ暑いある朝。
 今日は午前中からバイトかぁーなんて菜里さん。
 学生のくせしていっちょ前に憂鬱になっていたら、玄関でお母さんに呼び止められた。
「ねぇ菜里。今日美紀ちゃんたち来るの、忘れてないわよね。」
「大丈夫、わかってるって。」
 美紀ちゃんというのは、お母さんの弟の娘で、今年高校生になったばかり。今日は、その美紀ちゃん一家が来ることになっていた。
「何時ごろ帰ってこれる?」
「大丈夫。美紀ちゃんたち来るから、
 今日は6時で上がらせてもらうことになってるから。」
 そう言った菜里さんの脳裏に一瞬浮かんだ、織田さんの顔。


 店に行ったら、すでに和美さんが来ていた。
 なんだか久しぶりに会ったような…
 でも、1週間前だって一緒にバイトしていた。
 なんでだろ?変な感じ…と菜里さんは首を傾げる。

 と、そんな和美さんと菜里さんという強力メンバーが揃った割には、お昼を過ぎてもお客はあまりこない。
 ポツリと来てポツリと帰って、またポツリと来る…、そんな時間が経つのがやたら遅く感じられる日。
 ママは事務所に引っ込んじゃって、マスターはあっちうろうろ、こっちうろうろ。
 絵の傾きを直したり、ドアから外を眺めちゃぁ、いつもの「人は通ってんじゃんかよぉ…」をブツクサ言っていたり。

 そんな店内で。
 菜里さんは、カウンターの中でコーヒーを淹れている和美さんの前にいた。
 和美さんがコーヒーを淹れているその様子を見ていて、ふと思う。
 なーんか、誰とも違うんだよなぁ…と菜里さん。
 ポットを回す速さやお湯が注がれていくその様子、コーヒーがカップに溜まっていくのも、和美さんだと、なぜか不思議なくらいゆったりしているように感じる。
 和美さんだけゆっくりとか、そんなはずないのに、だけどそんな風に感じられる。
 えー、なんだろ?不思議だなぁ…

「菜里さん。菜里さんってば!」
「えっ。あっ…。」
「大丈夫?置くよ。」
 菜里さんが持つトレンチの上のソーサーに、和美さんは淹れたコーヒーを置こうと…。
 カタン。
 小さく聞こえたカップを置くその音は、和美さんのその言葉と同時だった。
「味変わっちゃうから、早く。」

 菜里さんは、頭のどこかでそのふわりとした笑いを感じつつ、コーヒーを客席に運んで行く。
 そう。コーヒーっていうのは淹れた瞬間から味が変わっていく。
 それはびっくりするくらい、本当にあっという間。
 淹れたコーヒーの味が変わるなんて、そんなこと、ここでバイトする前は考えたこともなかったのに…。
 だけど、今はそれを当たり前のこととして知っている。
 なんだか不思議だよなぁ…


 カウンターに戻ると、和美さんは3つ並んだお湯のポットを入れ替えているところだった。
 火の加減を見ながら、和美さんが言う。
「菜里さんも、そろそろしないと…。」
「えぇ。マスターとママには言われてるんですけどね。でも…。」
 それは、コーヒーを淹れる練習。
 ただ、コーヒーを淹れるようになるってことは、カウンターの中に入るってこと。
 ウェイトレスの方が楽しそうだなって思っている菜里さんとしては気が進まないのと、あと…

「ほら…、織田さん。」
「織田クン?え…!?」
 きょとんと顔をあげた、その和美さんの顔。
 マスターのいる入り口の方にチラッと見た菜里さんの目は、すぐ和美さんの顔に戻ってヒソヒソ声。
「ほら、わたし、最近は夜入ることが多いじゃないですか。
 だから、織田さんがコーヒー淹れる練習させられてるの、ずっと見てたんですよ。
 あの時、横にいたマスターの鬼のような顔を思い出すと、なーんか、ちょっと…。」
「ふふ…。大丈夫だって。」
 そこまで言って、和美さんもマスターのいる入り口の方にチラッと目をやる。
 すぐに戻ってきたその目は、やっぱりヒソヒソと笑っていた。
「大丈夫。マスター、女の子には甘いから…。」
「ぷっ…。ハハハ…。」
「でしょ?ふふふ…。」


 そう言って笑っていた和美さんだったのだが。
 急に真顔になって、じっと菜里さんの目を見つめてきた。
「…!?」
「あのさ。なんだかんだで年内かな?とは思ってるんだけど…。
 でもね、なるべく早くやめようって思ってるの。わたし、ここ…。」
「えぇっ!ちょ、ちょっと和美さん、なに言って――。」
「ほら、奈津子見てたらさ。
 わたしも、今のうち、いろんなことやっとかなきゃダメなんじゃないかって…。」
 そんな、妙に伏し目がちに言っている和美さんに、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう菜里さん。
「えっ、和美さんもコンテスト!?」
 口から出た瞬間、そんなわけないと気づいたが、でも、まさかそう言うわけにもいかない。
「あのね。そんなわけないでしょ!
 まったくぅー。」
「えー、でも和美さんもいいとこいくと思う──。」
「うるっさい、もぉ。ふふ…。
 うん。違うのよ。
 なんかさ。今のうちいろんなことやって、いろんな引き出し作っとかないと、
 社会人になってから困るんじゃないかって…、ね。」
「あぁそれ、奈津子さんもいつだったか言ってたなー。」
「えぇー、菜里さんにも言ったんだ。」
「はい…。
 でも、なんだか考えちゃいますよね…。」
「でしょぉ。
 奈津子はさ。そうやってさ。時々、人に強迫観念みたいなもん植え付けるのよ。
 何なんだろ?あれ…。」
 そう言って、ドアの向こうを見る和美さん。
 つられてそっちを見た菜里さんは、視界の端にあるその苦笑交じりのどこか遠い目に気づく。

「でも、引き出し…、かぁ…。
 引き出しって、わたしにはどういうことなのか。
 あと、それがないと困るってどういうことか、まだ、よくわかんないんですけどー。
 ただ、わかんないなりに焦るっていうか…。」
「え、なによ。
 菜里さんまで奈津子の口車にのせられちゃったら意味ないじゃん。」
「え…。」
 和美さんのその口調に、びっくりして顔をあげた菜里さん。
 そこにあった菜里さんを見るその目の奥には、何かキッとしたものがあった。




── 本日これまで!
             17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐8』〈了〉
                         *「Episode3-9」に続きます



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2015
08.31

17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐7

Category: 怪談話

 17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐7


「ねー、宇田川クン。」
「えー、何です?」
 そんな宇田川クンの顔は洗い物の方を向いたまま。菜里さんの方を全く見ようともしない。
 まぁこの洗い物の量で、それどこじゃないっていうのもあるんだろうけど…。
 でも、わたしが奈津子さんだったら、宇田川クンは今いったいどんな態度とるんだろ?と、菜里さん。
 それは、ちょっとシャクにさわるような、でも、クスリともしちゃうような。

「前から思ってたんだけどさ。
 マスターとママって、ケーキだけはなんで自分たちで取りに行くんだろ?
 だって、大変じゃない?毎回毎回、いちいちカウンターの中から出てくの。
 外にいるわたしなんかが取った方が絶対いいよね?」
「そう!それはオレもずっと不思議に思ってたんですよねー。」
「えっ!」
「えっ?」
 いきなり割り込んできたその声に慌てて──思い思いの声をあげて──そっちを見た菜里さんと宇田川クンの目。
 つい今、外で作業していたと思ったのに、いつの間に中に入ってきていたのだろう。それは、カウンターのすぐ前で菜里さんをじっと見つめる、織田さんの驚いた顔。
 菜里さんはポカーンと。その時それを、どのくらい見つめていたのか…

「な、なんですかぁー。二人してぇ、もぉー。
 なーんか、やけに仲良くないですかぁ?織田さんと東野さん。
 もぉやだなぁ…。ハハハ…。」
「え?あ、あぁ…。
 だ、だから、ちょ、ちょっと宇田川クン…。」
「あ…。あぁ…。宇田川クン、ちょっと…。」
 二人全く同時の慌てた声。しかも言ってることまでほとんど同じで、宇田川クンはもう大笑い。
「ハハハ。な、なんだかなぁー、もぉー。ハハハ…。
 あのね。今日、カウンターの中でね。マスターとママ、ずっと言ってたんですよ。
 織田さんと東野さん、今日が初めてだっていうのに、
 やけに息ピッタリだよねーって。フフフ…。」
「もぉ何なのよぉー、それぇー。」
「いや、ホントです、ホント。
 ずーっと言ってたんですよ、マスターとママ。
 こうなったら店、あの二人に継いでもらおっかなんて。」
「もぉっ!だからっ!」

 その、何をどう言えばいいのかわからなくなっちゃった菜里さんの声と顔には、宇田川クンもさすがに大笑いを収めざるをえなくなったのだろう。
 でも、笑いがおさまった宇田川クンは、やけに覚めた目になっていて。
 そして、言った。
「そういえば沢田のヤツ、ここやめたって知ってました?」
「え、沢田クンやめちゃった!?うそ…。」
「うん。わたしは昼間、奈津子さんからチラッと聞いた…。」
 菜里さんは織田さんの表情をちらりとのぞき見して、また言った。
「でも、何がどうなってるの?
 来年受験っていうのは聞いてたけどさ。
 でも、なんだかいきなり…、だよね。」
 菜里さんの言葉を聞いていた宇田川クン。ふと、体を伸び上がらせるようにして奥の事務所のドアの方を見れば。
 織田さんが、何気に店内を見回るように歩きだして、奥のドアまで行って戻ってくる。
「大丈夫。マスター出てくる気配ないですよ。」
 そんなひそめた声の織田さんと宇田川クンの目と目で何か語り合っている様子に。
 えっ何よ。よっぽどこの二人のほうが息ピッタリじゃない…
 なんて、菜里さん呆れつつ、でもちょっとうらやましいような、なんだか複雑な感じ。

「沢田はね、マスターに睨まれちゃったみたいなんですよ。
 アイツが言うには、盗み食いバレんじゃないかって…。」
「ぬ、盗み食いぃぃーっ!?」
「も、だから東野さんっ。声、大きいって。」
「あ…。」
 そんな菜里さんに、やっぱり声をひそめたままに織田さんが説明をしてくれた。
「宇田川クンと沢田クンね。
 実は、後片付けしながら、時々冷蔵庫の中の物、食べてんですよー。」
「なによ、それー。」
「でしょぉ?
 仕事はさ、それこそオレなんかよりしっかりやるんだから、
 そういう、まるで高校生みたいなことやることないって言ったんですけどねぇ…。」
「いいじゃないですかー!
 オレは、織田さんや東野さんみたく大学生じゃないし、
 進学もする気ないんだしー。」
「え、それってさ。
 つまり、食べたくて食べてるんじゃなくて、ありがちなスリルを味わいたい的な…、
 そういうこと?」
「ねぇ…。」
 見れば、しょうがないよなーって苦笑いしてる織田さんの顔。
「それってさ、高校生っていうより中学生じゃないのよー。」
「もぉいいでしょ。どうせ僕、元族なんだから。
 あれ。東野さんは、知らなかったでしたっけ?」
「ハハハ…。だから、そんなこと自慢したってしょうがないじゃん。
 宇田川クンらしくもない…。
 ねぇ。」
 笑いながら視線を向ければ、やっぱり織田さんも大笑いでうなずいている。
 結局、宇田川クンも照れながら苦笑い。
 そんな照れ笑いの顔の中、一瞬だけギロっと菜里さんの目の奥に無遠慮な視線を向けてきた宇田川クン。
 でも、それは菜里さんがハッとする間もないほどに一瞬だった。

「沢田は、それがマスターたちにバレたみたいだって
 言ってたんですけど、僕はそうじゃないと思うんだよなー。」
「え、何なの?」
「あのー、うん…。よくはわかんないですけど…、
 でも、もしかしたら、二人…。」
 口を濁した宇田川クンは、まず織田さん、そして菜里さんと順に視線を向けてから──それは一瞬すーっとくる感覚──あとを続けた。
「つまり…、ね。
 二人がいるから、沢田はいらなくなっちゃったんですよ…、
 マスターは…。
 たぶん…。」
「……。」
「……。」

 宇田川クンのその言葉をじっと考えている菜里さん。
 うん。わかっていた。
 たぶん、そういうことなんじゃないかって、奈津子さんからそれを聞いた瞬間に。
 見れば、ふいにミルの掃除を始めた宇田川クンの背中。
 だから、その背中に菜里さんは言った。
「いくらなんだって、そんなことあるわけ――。」
「あぁ、うん…。それはあるのかも…。」
「え…。」
 それは、今の宇田川クンの背中みたいな顔をした織田さん。
「オレ、仕事覚えるの遅かったんですよ。
 だから、オレを見るマスターの視線とか言い方方とか、
 かなりキツかったことが一時期あって…。」
「……。」
「でも、沢田クンとか宇田川クンって、仕事テキパキやるじゃないですか。
 だからマスター、あの頃は二人への態度とオレの態度、全然違うんですよね。」
「え、マスターって、確かにちょっと意地悪いとこあるけど…。
 でも、そこまでするかなぁ…。」
「するんですって…。
 それは、菜里さんにはわかんないですよ。
 だって、女だし…。きれいだし…。」
 最後の方は口ごもるような声でそう言っている宇田川クンは、相変わらずミルの掃除中。
 菜里さんは何か言おうとして。でも、そこに何の言葉もないことに気がついた。

「あれは先々週だったか…。」
「え…。」
 見れば、何かを思い出している織田さんの上を向いた目がそこに。
「あぁうん、違う。もっと前だ。
 あの日は、宇田川クンが休みで、
 バイトはオレと沢田クンだけっていう珍しいパターンで…。
 うん、そう。確かに、あの時だ。
 あの時、今までのオレに対するマスターの態度とか物言いと、
 沢田クンに対するそれがまるっきり逆になってることに気がついて、えっ!って。
 ちょっとビックリしたっていうのはあった…。」
「です…、よね。
 うん。オレも、それは何となく感じてました。
 マスターの織田さんと沢田に対する態度って、
 いつ頃からだったかわからないけど、でも確かにいつの頃からか、
 まるっきり逆になっちゃいましたよね…。」
 ミルの掃除が終わったからなのか?菜里さんと織田さんの方に戻ってきた宇田川クンの顔。
 それは菜里さんをじっと見て、そして言った。
「でもね。
 僕は、それはそれでしょうがないんだろうな…って思うんですよ。
 だって、この店はあの二人の店なんだもん。」
「で、でもさ――。」
「これは、東野さんとか、あと他の女の人のバイトの人たちがどう思うかは、
 僕はよくわかんないんですよ。
 でもね。もしかしたら、織田さんは同じなんじゃないかなーって思うんですけど、
 僕にしたって、あと沢田にしたって、
 何だかんだ言っても、マスターのこと好きなんですよ…。
 うん。もちろんママも好きだし…、ていうか、ここが好きなんですよ。
 だから、それで……
 うん。だから…、ね。そういうことですよ。」
「いや…、うん。それは、わたしだって……
 うーん……。」

 マスターが好き。ママが好き。ていうか、ここが好き……
 うん。わたしだって、好きだよ、ここ…。
 だからずっとバイトしてるんだし…
 でも、だからって、マスターのことが好きとか、ママのことが好きって、そんな風に言えちゃうって……
 えぇっ。よくわからない。
 ふっと自分を見ている目を感じた菜里さん。
 反射的にそれを見れば、ぶつかったのは織田さんのの目。
 え…

「だから…。」
 それに何かを感じる間もなく、宇田川クンの口を開いた。
「だから…。
 ほら、僕にしたって、織田さんや東野さんにしたって。
 この店でバイトするのは、どんなに長くたって学生の間の何年かのことでしょ。
 そう。織田さんも東野さんも、絶対今はそう思ってるでしょ?
 なら…、いや、だからそれでいい──。
 あ、でも…。」
 と、いきなり言葉をぷっつり止めてしまった宇田川クン。
 その表情に、「あ、ヤバイ。話に夢中になってて、もしかしてマスターが事務所から出てきたのかな?」って奥のドアを見ても、特にそんな気配はない。
 怪訝に思いながら視線を元に戻せば、宇田川クンの顔はまた向こうを。
 見れば、小刻みに揺れている肩。
 え、泣いてるの…
 と、思った時だった。
 急にガバーっとこっちを見た宇田川クンの顔は、もうくっちゃくちゃ。
「ハハハー!」
 なんだ、笑ってたのか。
 えっ。でも、なんで…?
「でも、そうか。そうでしたよね。
 ここは、織田さんと東野さんが二人で継ぐことになったんだったっけ。
 ハハハ。それ、忘れてた。
 すみません。ハハハ…。」
「宇田川クンっ!」

 結局。なぜだか、またケーキのことを忘れている菜里さん……




── 本日これまで!
           17話目 『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐7』〈了〉
                        *「Episode3-8」に続きます



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2015
08.24

17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐6

Category: 怪談話

 17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐6


 そんな夏の始まりのその日。
 3時ちょっと前くらいから始まったお客の波が、やっと落ち着いてきたのは夕方5時を回った頃だった。
 例の団体のお客がどっと帰ったら、その後にやってきたお客もなんだかつられるように帰ってしまった店の中。
 お客はといえば、パラパラ奥のテーブルにいるくらい。
 マスターとママも、この調子だと今夜は忙しくなりそうだから今のうち夕食を食べちゃおうと事務所に引っ込んでしまった。
 外はまだまだギラギラと暑いようだったが、エアコンの効いた店内は先ほどの大忙しの心地よい疲れもあって妙に気怠い感じがあった。

「ねぇ菜里さんさー。洗ったやつ、
 拭いて棚にしまってくれるとうれしいんだけどなー。」
「あ、はい。」
 そう言ってカウンターの中に入った菜里さんだったが、その洗い終わったカップや皿、グラスの量にびっくり。
 しかも、今も奈津子さんが洗い物をしている洗い場にも、その前のカウンターにも、カップやグラスはまだ山のようにある。
 とはいえ、後ろの棚が空になっているくらいなのだから、当り前なんだろう。
「忙しくて夢中だったからよくわかんなかったですけど、
 今って、すごく混んでたんですね。」
「ホントよねー。
 わたしたちは、マスターとママが作って出したもの、
 運んでるだけだから楽なもんだけど…。
 でも、ホント。あの2人には感心するよね。
 だって、この洗い物の分だけコーヒー淹れて。
 さらに、サンドウィッチなんかの食事メニューも作ったってことだもんね。」
「あ、そっか…。」
 そう奈津子さんに言われて、その量を実感出来た菜里さん。
 つまり、カップとグラスの分だけコーヒーを淹れて出して、パン皿の分だけパンメニューを作って出して、その他にもスパゲティとかケーキとか。
 いや。洗って出した分もあるから、もっと…。
 しかも、それはこの2時間くらいの間のこと。

「てことは…。
 つまり、これだけの量を奈津子さんとわたしで運んで、
 またカウンターまで下げてきたってことですよね。
 うーん。なんか、それもちょっとびっくり…。」
 何気に口から出た菜里さんのその言葉に、「あ、そっか…。」と、ポカーンと奈津子さん。
 しばし自分が洗ったばかりの大量のカップやグラス、皿を呆気にとられたように見ていて、ぽつーんとつぶやいた。
「痩せるはずだよねー。」
「はい!?」
「だって、わたしたち。
 このカップやグラスの数だけ、カウンターと客席を往復してるってことだよ。」
「あ…。」
「ううん。違う。
 お冷持ってくのと、オーダー取るのもあるから、この洗い物の数かける3往復だ…。」
「えぇっ。それって、なんかちょっと信じられない…。」
「だよねぇー。」
「……。」
 見れば、あの黒目をきょろっとさせる、あの奈津子さんならではの笑い顔。それは、同性の菜里さんから見ても、思わず見とれてしまう煌めきのようなものがあった。
 しかし、菜里さん。
 そんなタイミングで、なぜ例のケーキのことを奈津子さんに聞いたのか……

「あのー、奈津子さん?
 わたし、前から思ってたんですけど、マスターとママって、
 なんでケーキを、わたし達バイトに取らせないんでしょうね?
 さっきなんかもそうでしたけど、ママ、ショーケースからケーキ取ろうとしていて、
 お客さんとぶつかりそうになってたでしょう?
 ケーキは (カウンターの)外にいるわたし達が出した方が、
 絶対いいって思うんですけどねー。」
「え…。」
 きょろっと動く黒目が、電源を切ってしまったみたいに。いきなりストンと止まってしまった、その表情。
 でも、すぐにその目を1、2度パチクリさせたと思ったら。奈津子さんは、照れ隠しでもするかのように言葉を急がせた。
「そうっ、そう!それ、わたしもそれは思ってたのよー。
 そうよねー、ママ。さっきだってお客とぶつかりかけてたし…。
 ふーん、そうかー。菜里さんもやっぱり思ってたんだー。」
「え…。」
 奈津子さんの口から出てきたそれに、今度は菜里さんの方が電源を切られてしまったような。
 あれ?なんでこんな展開になっちゃってるんだろ?
 和美さんに聞いた時と全然違う…
 そう。和美さんに聞いた時は、確か奈津子さんは気にしてないって…
 あ、ううん。違う。ケロッとしてるって言ってたと──。
「ねー、菜里さん。そんなことよりさ。
 今日、夜、織田クンいるよ!」
「えっ、織田クン!?織田クンって…。」
「あ、なんだ。忘れちゃった?
 ほら、前に言ったじゃん。わたしと同級生の…。」
「あぁーあぁー、その人。
 奈津子さんのこと忘れちゃったっていう、例の…。」
「そう、その織田クン。フフっ。」
 頭の中でいろんなことを考えていた菜里さん。奈津子さんのその笑顔を見ていたら、日焼けした奈津子さんってグラビア度増したよなーなんて。
 そんなことを頭に浮かべていて、ふと気がついた。

「あれ?でも、今日って夜は沢田クンと宇田川クンじゃ…。」
「あぁうん。沢田クンは、ここ辞めたって聞いたよ。
 だって、ほら。彼って、来年受験じゃない。」
「えぇーっ。先週そんなこと何も言ってなかったけど…。」
「うん。そうなんだ…。
 でも、そうらしいよ。」
「進学するっていうのは聞いてたけど…。
 でも、なんでいきなり?まだ7月だっていうのに…。」
 先週のことを思い出してみても、そんな気配も何もなかったよなーなんて菜里さんが思っていたら。
「あぁっ!もしかしてー!」
 急に、わざとらしい素っ頓狂な声をあげた奈津子さん。
 見れば、それは片目だけ瞑ってみせている、何だかとっても嬉しそうな顔。
「え、何です?」
「そうよねー。沢田クンって、ちょっとカッコイイもんね、ふふっ…。」
「え…。あ…。」
 菜里さんが言葉を一瞬詰まらせてしまったのは、ある程度図星だったから。とはいえ…。

「えぇもぉー奈津子さん、なに言って…。
 沢田クンって…、あっ宇田川クンもそうなんですけど。
 あの2人って、わたしがここでバイト始めた時からずっと一緒だったから…。」
「ふーん、そうなんだー。
 でもさー。織田クンもいいと思うよ。ヘヘっ…。」
「……。」
 菜里さんがまた言葉を詰まらせてしまったのは、奈津子さんの言っていることがわからなかったから。
 でも、すぐに。
「ちょ、ちょっと奈津子さん。
 なに言ってるんですかぁ。もぉー。
 そんなにいいんなら奈津子さんが──。」
「うーん。わたしもね、
 昔はちょっといいかなーって思ってたことも、なくはなかったんだけどね。
 でもさ、今ってさ…。
 ほら、だってわたし、なんてったってグランプリじゃない?」
「……。」
 いや。菜里さんが、またまた言葉を詰まらせてしまったのは…。
 そう。思わずアングリ開いちゃった口がふさがらなかったから。
 でも…。
「でしょ?グランプリ…、ぶぶっ。ゲラゲラゲラ…。」
「ゲラゲラゲラ。もぉーっ!
 なに言ってんだかー。ゲラゲラゲラ…。」
 そんな菜里さんと奈津子さんの笑いが収まった頃、例の大量の洗い物も元通り棚に納まっていた。



「しっかしあの人、よく動くよねー。」
 それは、奈津子さんが上がってから2時間も経った頃。
 店は、本日2度目の混雑のピークの真っ只中。
 なんだけど…
 奈津子さんが言うところの「織田クン」が、あまりにも動き回るんで、菜里さんは混雑の割にはすることがない…、みたいなそんな状況。
 そんなわけで菜里さん。今度お客入ってきたら、わたしが絶対先に動いてやるんだから!とばかりお冷の前で陣取っているというわけ。
 ところが、カウンターのお冷のポットとグラスが置いてある場所というのは洗い場の前。
 つまり、そこで洗い物をしている宇田川クンに、つい言葉をかけてしまうと。

「織田さんは、ホントよく動くようになりましたねー。
 最初の頃は全然だったんですけどねー。」
「えっ、そうなの?うっそぉ。」
 それを聞いて宇田川クンは、洗い物をしながらコーヒーを淹れているマスターをさっと窺ったかと思うと。ふいに顔を菜里さんの方に近づけて、今度はヒソヒソ声。
「一時期は、マスター、結構イラついちゃって。
 織田さん、どうもマスターに睨まれちゃったみたいだよなー。
 長くないかもなーなんて、沢田と話してたくらいったんですけどねー。」
「そう!その沢田クンはどうしちゃった──。
 いらっしゃいませー!」
 菜里さん、お冷の前に陣取っていただけあって。さすがに今度は織田さんよりも先にお冷を運ぶことができた。


 ウェイトレスっていうのは、個々のテーブル、個々のお客というよりは、場面場面で店全体を記憶しているようなところがある。
 どこの卓はこんな人がお客でオーダーは何で、まだ運んでない。
 どこの卓はこんな人で注文を全部運んだみたいに、その時その時の店内の状況が常に頭の中にあって、ある程度の広さなら一人でも全然対応出来る…、というか一人の方が店内の状況を把握しているだけにやりやすい部分があった。
 もっとも和美さんや奈津子さんのように、その人がどんな風に動くかわかっている人なら、その人が動いた部分は全て任してしまえるから問題ないのだ。
 でも、この織田さんみたいな人は、店の状況をどこまでカバーできるのか、そしてどんな風に動くかわからないからやりづらいなーと菜里さんは思っていた。
 いや。それは織田さんから見た菜里さんも同じなのだろう。
 だからこそ、まるでわたしの機先を制しているみたいに…、それこそとりあえず、今の忙しい時だけは全部自分でやっちゃうくらいのつもりで動いているんだろうなーと菜里さん。

 そんなお客がひっきりなしにやってくる、忙しい夜だった。
 ところが、閉店30分前のオーダーストップの時間を境にお客が次々に帰りだした。
 一方、ドアには閉店の札を下げてるので、客はもう入ってこない。
 もうバイトだけでも大丈夫だろうとママは上がり、マスターも事務所に引っ込んでしまった、そんな店内。
 宇田川クンは、一人カウンターの中でバシャバシャ洗い物。
 菜里さんと織田さんは、トレンチにカップや皿、グラス等の下げ物を山のようにのせて、カウンターと客席の間を行ったり来たり。

「宇田川クン、手伝おっか?」
 それは、客席は下げ物はほぼ片付いて、あとは織田さんだけでも大丈夫だろってタイミング。
「あれ?でも東野さんって、そろそろ上がりの時間なんじゃ…。」
「うん。あと20分くらい…。」
 菜里さんのバイト時間は閉店時間まで。宇田川クンと織田さん閉店後の後片付けまでだった。
「うん。じゃぁ洗ったヤツ、拭いて後ろの棚に戻してもらえます?」
「OKぇ~。」

 カウンターに入って、宇田川クンが洗い終わったカップやグラス、皿を次々に拭いては棚に戻している菜里さん。
 残っているお客は2組だけ。
 そんな店内は、妙にガラーンとした感があって、なぜかいつもより薄暗い気がした。
 看板と外の灯りを消して暗くなった店先。
 そこでは、織田さん何か作業している姿がガラス越しに見える。
 あと10分くらいか…
 忙しい時はあっという間に時間が過ぎていくのに、こういう時の時間遅々として進まない。

「ねぇ宇田川クン。お店の中、なんか暗くない?」
「え…。あ、外の灯り消しちゃったからでしょ。」
「それはそうなんだけどさ。
 でも、なんかそれだけじゃないような…。」
「あぁわかった。
 ケーキのショーケースの明かりも落としちゃったからでしょ。」
「えっ。ショーケース…。」
 それは、店の出入り口のすぐ手前。
 明りが落ちて、妙にまわりに溶け込んじゃっているそれをしばしじっと見ている菜里さん。
 そう、ケーキのショーケース…
 そう、そうよ。
 わたし、なんで宇田川クンには聞こうとしなかったんだろう……


 それは、菜里さんが折にふれ心に引っ掛かっていたこと。
 和美さんに言った時は、苦手とか、奈津子さんは全然ケロっとしてるとか、全然脈絡のないことを言っていた、あのこと。
 そのケロッとしているという奈津子さんにやっと聞いた時は、ものの見事にさらっとかわされてしまった。
 そのことについて、和美さんや奈津子さんが「何か」──でも「何か」ってなに?──を知っているのなら。
 その二人以上にカウンターの中にいることが多い宇田川クンなら、絶体何か知っているはずだった。




── 本日これまで!
            17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐6』〈了〉
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2015
08.17

17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐5

Category: 怪談話
 17話目『スゥィーーーツな怪談話~Episode3‐5


 その謎。
 いや、何度も言うように、それは菜里さんっては謎というよりは時々気になるって程度のことだった。
 ゆえに、菜里さんがそれを奈津子さんに聞くのは、まだまだ先のことになる。

 というのも、そもそも菜里さんと奈津子さんが一緒にバイトに入る日は少ないというのもあったし。
 また、一緒の日でも、忙しかったらそんなこと聞いてるヒマがないというのもあった。
 だからって菜里さん、そのことが聞けなくて悶々としていたなんてことは全然なかった。
 まぁつまり、菜里さんにとっての「それ」は、その程度の些細なことだったのだ。
 ただ、結局「それ」を聞くこととなったのは、やっぱり些細ではあるものの、バイトをしていて「それ」は絶えず菜里さんの心に引っかっていたってことなのだろう。

 そう。それは、ケーキのオーダーが入るたび……


「1(ワン)、コロンビア。1、アイスカフェ…。
 1、ガトーショコラ。1、レアチーズ。お願いしまーす。」
 その日も、菜里さんが最後のメニューを言い終わった途端、カウンターの中で手分けして動き出したマスターとママ。
 いつものことだが、特にどっちが何をやると決まっているわけではない。
 今はマスターがコーヒーを淹れて、ママがケーキを出すように動いているけど、それが逆のこともある。
 また、サンドウィッチ等がオーダーに入ると、ママが豆を挽いている間、マスターはパンを切って。
 挽いた豆をママから受け取ったマスターはコーヒーを淹れ始め、ママはマスターが切っておいたパンでサンドウィッチを作り出すみたいな、そんな分担作業をしていたり。
 それは、ホント流れるような動き。しかも、2人とも言葉を交わすことなくそれをこなしている。
 言葉を交わすなんて、それこそ挽いたコーヒーの銘柄を言う時くらい。
 それでも、このオーダーのコロンビアとアイス用みたいな、ひと目でそれが何だかわかるコーヒーの場合はそれないことが普通だ。

 そんな中、オーダーを伝票に書きんでいる菜里さんの右手。
 一方、その左手は、そのオーダーに必要なコーヒーのソーサーやスプーン、ケーキのフォーク等をトレンチの上に並べていく。
 そんな菜里さんの視界の端。
 いつものようにケーキのショーケースの所に行くママの姿が見える。
 パタパタとサンダルの音をたてながら…

 いつものことながら、菜里さんはその光景を見るたび思ってしまう。
 背の小っちゃなママが、ショーケースの一番上にあるガトーショコラがのったトレンチを取り出す様子は、ホントあぶなっかしい。
 今回のオーダーは、ガトーショコラと3段目のレアチーズケーキだからまだしも。これが、一段目と2段目──今日はオレンジのムースケーキ──だったりすると、ママもさすがに危険って思うのだろう。
 一段目のガトーショコラのトレンチをを出すと、いったんカウンターに置いて。そして、あらためて2段目のケーキのトレンチを取っていた。

 というか、どんな取り方をしても危険なのだ。それは、ケーキのショーケースのある場所にあった。
 その後ろ何歩か下がったところは、お店の出入り口だし。
 ケーキのトレンチを持って行くカウンターは、お店の真ん中を通る通路の向こう側。
 そこは、帰るお客さんが連れの人と話をしたり、特に前も見ないで歩く場所。
 また菜里さんたちバイトも、忙しい時なんかはものすごい勢いで歩き回っている。
 そのことを、マスターもママも気づいてないわけがない。
 どんな忙しくたって、2人とも何も言うことなく動けるくらいお店のことがわかっているのだから。
 なのに、なぜ――。

「菜里さん…。菜里さんってば!」
「えっ!あっ…。」
 ちょっとばかしイラついているマスターのその声。
 菜里さん、慌てて顔を前に向ければ。
 それは、一瞬ギロリときて、でもすぐ視線を反らしたマスターの目。
 それと、トレンチの上に置かれたコーヒーのはいったマグカップ──茶色味が明るいそれはまさにコロンビアとかそっち系くらいには菜里さんもわかるようになっていた──と、グラスに入った黒褐色のアイスコーヒー。
 菜里さんとしては、ホットとアイスコーヒー、ケーキ2つくらいなら、余裕でいっぺんに持っていけるのだが。
 だがまぁとりあえずはマスターの機嫌を立てておくか…と、それをお客のもとに持っていくことに。
 そんな菜里さんの目は帰り道、どうしたってショーケースにケーキののったトレンチを戻しているママの姿にぶつかる。
 その、小っちゃなママが、ガトーショコラをショーケースの一番上に戻す、なんとも危なっかしいその様子……
 なんで…
 なんで、マスターとママは、ケーキだけは絶対自分たちで取ろうとするのだろう?
 カウンターの外にいるわたしたちが取った方が絶対いいのに……

 そんな菜里さんの脳裏に、ふっと浮かぶのは。
 バイトを始めた初日に仕事の手順を教わっていた時のママの言葉と顔。
 そう。それは、「ケーキのショーケースは絶対さわらないでね」って、
 わざわざ「絶対」なんて強調して言ったママの強張った顔。
 いや、そのすぐ後に、ちょっと片目つぶって恥ずかしそうな感じで笑ってたんだけど。でも、それだってどこか不自然で、ちょっと奇異な感じがあった。

「うん…。なんでなんだろ…。」
 思わずつぶやいた菜里さん。
 そんな自分のその声にハッとして、何気に視線を走らせれば、それはやっぱりケーキのショーケースのところ。
 それは、ケーキのショーケースの中を覗き込むようにしながら、何か話しているマスターとママの姿。
「……。」
 そう。奈津子さんだ。
 奈津子さんに聞いてみなきゃ…



 とはいえ。
 奈津子さんというのは、毎度のことながら、まさに奈津子さんなわけで…
「うわっ!ど、どうしたんですか?いきなり真っ黒…。」
「へっへっへー。サーフィン始めちゃったぁー。」

 それは、水曜日。
 いつも通り3時前にお店に入った菜里さん。
 その日はバイトでないはずの奈津子さんがいたことに「あれ?」って思うよりも、何よりその顔が日焼けで真っ黒になっていることに驚いた。
「え?もしかしてお仕事…、とか…。」
「し、しごとぉ!?はい?」
「例の…。ほら、あれ…、グランプリ…。」
 そう言った途端、奈津子さんはガッカリしたようなしかめっ面。
「もー…。」
「あ、すみません。言っちゃダメなん──。」
「あれはさ、あれで終わりなの。ああいう世界、わたしは興味ないし…。」
「えー、なんかもったいない…。」
「そうかなぁー。
 あんなことに時間とられてる方が、よっぽどもったいないと思うけどなぁ…。
 せーっかく学生なんだもん。」
「え、学生?勉強…、てことです?」
「ううん。遊び…、だけどさ…。
 でも、今のうちいろんなことやって、いろんなこと知っとかないと、
 働くようになってから困ると思──。」
 例によって、きょろっとした黒目が笑いかけた奈津子さんの顔。
 それが、ぱっと真面目な顔に変わるその様子に、奈津子さん、はっと振り返れば。
「いらっしゃいませー。」
 頭の後から響いてきた奈津子さんの元気な声。
「わ、団体さん…。」
「菜里さん、もっ!早く着替えてきて!」

 その水曜日。
 やたら暑い日だったせいかもあるのか、もうお客がひっきりなし。
 喫茶店とかカフェっというと、なぜかカウンターの中のマスターはゆったりハンドミルで豆を挽いて、ネルドリップかなんかで優雅にコーヒーを淹れている…なんてイメージがあるものだが。
 でも、あれはあくまで小説やドラマの中のお話。
 喫茶店やカフェというのは客単価が低いから、カウンターの中も外もスタッフが火事場並みに走り回っているなんてくらいじゃないと経営は成り立たないのだ。
 というか、マスターが優雅にコーヒーを淹れられるくらいしかお客がいない喫茶店のコーヒーなんて、豆が古くて飲めたもんじゃない。




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